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モブだって主人公になりたい!  作者: 玉村ピコ
第一章
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第一章 13. 白鳩通りのファッションショー

「そういやお前らって防具は着ないの?」

 細かなサイズ直しを依頼し、シルバーと合流すると次の店へと移動することにする。店を出るときにふと思い出してキヨが訊いた。武器の話は聞いたが、防具は選ばなかったのだろうか?

「俺たちはまた今度にするよ。今日はシルバーの防具だけ発注してきた」

「すげーカッコいいのになる予定だから楽しみにしとけよ!」

 シルバーサイズのものとなると、特注品になるというわけか。オーダーメイド防具といえばいつかはキヨも着てみたい憧れではある。

「おう! そりゃスゲー楽しみだなっ」

 シルバーほどのイケメンならば何を着てもサマになるだろう。

「どんなのにしたんだ?」

「それは見てからのお楽しみ~!」

 自分のことのように嬉しげな双子が微笑ましい。対比してさきほどの双子のアコギな値切り技を思い出す。

「なあ、さっきのステンレスの話だけどさ、そのナイフをレンタルしたらそれと同じものがここでも作れるようになるのか?」

「たぶんならないだろうな」

「え、じゃあ店としては高価な武器を安く売るメリットないじゃん」

「そうでもないさ。ここの連中はこいつを見てこれがなんだかわからないのと同時に、これがダンジョン産鉱石を使わない合金の完成品であることを知るだろう」

「つまり、合金という技術の可能性に気づくってことだな」

「そもそもキヨ、どうしてこの世界ではステンレスが存在しないんだと思う?」

 大通りを抜け、とある辻を折れながら双子が訊いた。

「ええ? んーと、錆びない金属がすでにあるから?」

 話の流れ的に間違ってはいなかろうと思いながらキヨが答える。

「そのとおり」

 キヨの頬がホッと緩む。

「こっちではこの手の現象はわりとよくあるんだ。あっちの世界で発明され、一般に流通している便利なものが、こちらでは違う形でダンジョン産のものとして存在してる」

「ただしダンジョン産のものは流通量がそれほど多くないから、総じて高価だ。たとえばあっちではステンレスは大量生産されて一般家庭に溢れかえってるだろ? でもこちらではそれがない」

 双子の説明にキヨはうんうんと頷いた。

「必要は発明の母って言うもんなァ。ちょっとお高くてももうあるなら別にいっかーって気持ちになっちゃったわけね」

「そう。それに市場自体がそれほど巨大じゃないのも理由だと思う」

「大量生産大量消費の構造を成り立たせるためには流通のインフラ整備が絶対不可欠だ」

「流通に関してはこっちは完全な後進だからな」

「乗り物…っつーか運搬か。なんか微妙だよね」

 キヨは言いつつ、こちらの荷馬車や街中を走っている自動車を思い浮かべた。こちらの自動車は当然のごとくスフィールを動力源としているのだが、どうもあまり速くできないらしい。それに大きさも小さくて、荷物を運ぶなら馬車の方がいっぺんにたくさんのものを運べる。ただし、土木作業用の装置などはあるから場所を固定しての作業には向いているのかもしれない。

「仮にステンレスの製法を発明品として売り込んだとしても、合金を作る技術、その材料を大量に仕入れる輸送手段、製品を輸出する輸送手段、もろもろの技術が追いつかない状態じゃ発展のしようがない」

「そういうのもあって、レンタルだけなのか~」

「それに金属は武器にできるからな。ダンジョンで活躍するくらいならまだいいが、人間同士の争いに勢いをつけさせる結果になるのはちょっとな…」

「ああ、慎重になるに越したことはない」

 地球でも、新しい技術は戦争とともに発展し、そして戦争自体を発展させていった。

「平和はカネには代えられねぇわな」

 嘆息とともにキヨが言うと、双子は少し歩調を速めてキヨを追い抜くと立ち止まった。振り返って表情をガラリと変えると、左右対称に腕を広げてみせた。

「どっちかっていうと、俺たちが売り込みたいのはこっち系なんだよ」

「さあ着いたぜキヨ。ここが次のお目当てのショッピングモールだ」

 言われて気づいたが、いつのまにか一行はこれまでとちょっと雰囲気の違う通りにやってきていた。

「わ…なんか洋服屋がいっぱいあるな」

 噂には聞いていたが、ここがドーンの竹下通りか。

 間口の小さな店が小路の左右にずらりと並んでおり、店先には店内から溢れた洋服がトルソーに飾り付けられて客の目を楽しませている。店にはそれぞれ鉄製の看板が下がっており、すべて同じ意匠で統一されているらしい。特徴的な糸車のマークの下に、それぞれの店名が透かし文字で描かれている。

「ここは服地や衣服、小物なんかを売る店が集まってる白鳩通りだ」

「あのマークは服飾組合のマークなんだってさ」

「…お前らなんでそんな詳しいの」

「猫の目館の姐さんたちはオシャレさんばっかりだからな~。いろいろ教えてくれたよ」

 そういえばこいつらまだ娼館+ラブホ宿に泊まってるんだったっけ、と思いながらキヨの頬がほんのり赤らむ。

 娼館のオシャレなお姐さんたちに囲まれてこのホモたちが一体どんなふうに過ごしているのか気になってはいたが、なにやら仲良くやっているらしい。

「キヨもその着たきりの小汚いジャージだけじゃ寂しいだろ、好きな服を選べ」

「え、買ってくれんの?」

 こちらに来た時に着ていた寝巻き=ジャージがキヨの一張羅である。一応下着と粗末な木綿の服を上下で購入して着まわしているが、ひきこもっているならまだしも毎日外出しているのでもう少しくらいは欲しいと思っていた。

「お前今文無しだもんな」

「マジサンキューな! なんだったら出世払いでもいいぜ」

「そうなると10倍返しになるぞ?」

「ゴチんなりやす!!!」

 体側に両腕を突っ張らせて、キヨは『押忍!』と叫んだ。


 色とりどりの衣類を眺めていると、自分が着るんでなくてもウキウキしてくる。たとえ並んでいるもののほとんどが女物だったとしても。それでも店をひやかしていると男物もちらほらとあり、中にはなかなかいいセンスをしているものもあった。

 双子は先導して小路の外れの方にある『ポワ』という店に入っていった。

「ちはーす」

「頼んでたのできてる?」

 すでに常連ぽい雰囲気を醸し出している。

 キヨは後から店内に入っていくと、キョロキョロと狭い売り場を見回した。完全に男物の衣類で埋め尽くされている。白鳩通り全体を満たすキャッキャウフフの女性専用車両ゾーンから隔離されたような店だった。

「な、なんか居心地がいい…」

 キヨがぽつりと漏らすと、カウンターの中にいた男性店員がハハハと笑った。

「ここに来る男の客はみんなそう言うよ。女房や娘の買い物につき合わされた親父さんが逃げ込んできたりね」

「デパートでありがちな光景だな。どこの世界もお父さんの苦労は変わらんのね」

「――――はいよ、ご注文の品だ」

 背後の棚をゴソゴソ漁っていた店員が、くるりと振り返って言った。カウンターに乗せられた商品を見て、双子が口笛を吹く。どうやらシルバーの着る服を特注していたらしい。やたら大きな布地の服だ。

「シルバー着てみてくれよ!」

 双子が甘ったるい声でおねだりすれば、狭い店内で所在なさげにしていたシルバーがこくりと頷いた。カウンターの横のフィッティングルームは丈が足らなかったので、大胆にもその場で試着を始めたシルバーだった。

 幸い客は少なく、また全員男だったので生温かく黙認された。

 注文品は何点かのシャツ。どれもシルバーに似合っていて見ているだけでも飽きない。キヨも双子と一緒になってこれもいいあっちも素敵だとシルバー着せ替えごっこに夢中になってしまった。

「やべーシルバーがイケメンすぎてツライ」

「カッコよすぎるからってヨクジョーすんなよ」

「約束は出来かねる」

 ―――キリッ!

「じゃあ奢る約束はなしってことで」

「あっ、うそうそ。俺ってばあの人一筋だから!」

 そんなこんなで、キヨと双子も自分たちの服を物色し始めるのだった。


「こっちは服高いよな~」

 双子の好意に甘え、必要最小限だけ購入したキヨがぼやく。一行は白鳩通りをあとにし、昼食を食べるために再び大通りを目指していた。

「布地や、糸そのものが高いんだよ」

「地球では綿花栽培から化繊生産、繊維産業、アパレルまでのトータル産業としてもかなり成熟してるといえるからな。その分安売り競争も激しい」

「ここってやっぱ化学繊維ってないの?」

「あるわけないだろ」

「その代わりにダンジョン産の生地がある、と」

 先回りしてキヨが言うと、双子はちっちっちと人差し指を振った。

「それだけじゃないぜ」

「こっちにはシルクが存在しない」

「え、そうなの? でもたまに金持ちそうなご婦人やお嬢さんがツヤっツヤのドレスとか着てない? これぞまさにシルクの光沢って感じの」

「それは洞窟系ダンジョンにいるっていう蜘蛛型モンスターのドロップアイテムを使ったやつだな。あっちでいうシルクと同じような扱いをされてる。その代わりこちらでは養蚕という産業は一切ない」

「へぇ~。改めて考えると蚕の糸もあれだけど蜘蛛の糸も着るのに抵抗ないんかね」

 キヨ的にはどっちにしろ着る機会はあまりなさそうなのでどうでもいいのだが。

「そうも言ってられないぜ。蜘蛛の糸の方は伸縮性があって火や冷気にも強く、さらに対衝撃性もあるというスグレモノだ。ダンジョン探索の上級者にとってはスタンダード装備らしいぞ」

「そ、そうなんだ…。上級者……なりたいようななりたくないような」

 ハハハ、とキヨは乾いた笑いをもらす。

「あと、こっちには織りの技術はあっても編みの技術はほとんど未発達みたいだな」

 キヨは頭の上にハテナを浮かべて「編みィ?」と鸚鵡返しする。

「編みって、編み物ってこと?」

「お前の頭の中におばあちゃんがロッキングチェアに乗ってニコニコしながら毛糸を編んでる姿が浮かぶのが見えるな」

「あるいは女学生が好きな人のために手編みのマフラーを編んでる姿だな」

「俺の頭を勝手に覗くなァあああ! それに女学生ってお前…、そこはかとなく昭和臭がすんな」

 ちょいちょい感じてはいたが、双子の知識は本やPCで得たものが多い印象だ。殺し屋だったというのが真実か否かは置いておくとしても、どんな生活をしていたのかイマイチ想像がつかない。

「だけどお前らが歩くウィキペディアだということは認めよう!」

 もっとおばあちゃんの知恵袋的な知識もあると完璧なのだが。

「それはともかくとしてだ。編みってのはこういうののことだよ」

 キヨの脱線を華麗にスルーすると、双子の片割れがキヨのジャージをつんつんと引っ張った。

「は? ジャージ? って編み物だったのー!?」

 キヨの頭の中におばあちゃんがニコニコしながらジャージを編んでいる姿が思い浮かぶ。

「ジャージだけじゃない。お前が普段着てたグ○ゼの下着やフク○ケのくつ下なんかもみんなそう。まあ編んでるのはおばあちゃんでも女学生でもなくでっかい工場機械だが」

「だから見てきたみたいに言わないでぇえええ! …って、ああ! ひょっとして伸びる系の布ってこと? お肌にフィットする系の。……そういやこっちで買った服って伸縮性がなくてなんかブカブカしてんなーと思ってたんだよね。パンツのウエストとか紐で結ぶタイプだし。地味にめんどくさい。すぐずり落ちてきちゃうしさ」

「一応ゴムも存在はするらしいぞ。天然ゴムとか、あとはかなり希少になるがダンジョン産のゴム的なものがな。天然ゴムの方は、産地の付近ではそれなりに一般利用もされてるみたいだが、距離が離れたこのあたりの地域では王侯貴族や金持ち連中が独占してるってところのようだな」

「貧乏が憎い!!」

 ――――パンツがずり落ちるのが貧乏のせいだったとは!

「じゃあさ、その編みの技術ってのを売ろうぜ。吸水性と通気性に優れたピチピチの下着で大儲けだ!」

 ―――それでゴムを買い占めて金持ちたちのパンツをずり落ちさせてやるのだ!

「んー…、編み機の知識はないから、お前のジャージとグン○を一緒にしてアイデアだけ売るか」

「パンツだけは堪忍してぇえええ!」

 つい必死の形相でウエストのゴムを押さえてしまうキヨだった。


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