第一章 12. 双子の宴会芸と武器屋
それからはユエとシンが交代で毎日キヨの女王様役…もとい、セコンド役をしてくれた。コボルトの群れに追い回されたり、ショトカコースの中ボスと対決させられたりと、割と散々な目にあわされもしたが、その甲斐あって10日程の間にキヨのLvは19まで上がっていた。
そして今日は、訓練は休みにして街に装備を見に行く予定だった。
いつもより少し遅い時間に迎えに来た双子とシルバーとともに、キヨは財布を大事に抱えてギルドを出た。
商業店舗は大通りや中通りに面した店が圧倒的に多い。中には原宿やアメ横のような同系列の小店舗が軒を連ねる小路などもあったが、ダンジョン探索用の装備品を揃えるなら信用の置ける大店の方がいい。そしてそういった店は通り沿いでも連盟本部に近い街の中心部に多かった。
「そういやキヨ、俺たちちょっと前に魔法が発現したんだ」
「えええええ! うそうそなにそれ! ちょー見たいんだけど!!」
店へとそぞろ歩く道すがら、さらりと告げられた言葉にキヨが食いつく。
魔法優位種と言われるエルフ以外の種族は、魔法自体が発現しない可能性もある。今のところローランギルドでは誰も魔法を発現させておらず、誰でもいいからと心待ちにされていたのだ。
Lvの上がりの早い双子が最も有力視されていたのだが、やはり一番乗りだったらしい。いや、この場合ワンツートップとでも言うべきか。
「双子だしそんなとこでも仲良く同じ魔法なのか?」
初心者でも発現しやすいスキルやアビリティはすでに全員が持っているのだが、その種類も発現時期も双子は仲良くかぶっていた。
「それが違う魔法なんだ」
「俺が大気で」
「俺が水」
顔を見ていても大気担当がどっちで水担当がどっちなのかわからない。じーっと顔を見比べていると、珍しくシルバーが助け舟を出してくれた。
「ユエが大気でシンが水だ」
「お、サンキューシルバー」
にこっとキヨは顔を仰向けて礼を言う。60センチからの身長差があると会話するのも難儀だ。
「キヨ、見てみるか?」
「おお! ぜひ見たい!」
気軽な調子で問われたのでキヨも気軽に答えたが、当然ダンジョンの中とか、せめて街の外でのことだと思っていたら、二人はおもむろに片手を上げて前に突き出した。
「え、ちょ…ちょ…っ!」
以前ダンジョンの中で垣間見た他パーティーの魔法使いの魔法は結構な威力だった。大火力と引き換えの呪文詠唱があるのが魔法の特徴だ。モンスターとのエンカウント中に発動するには仲間の協力が不可欠となる。
そして今いくら落ち着いて詠唱できるといっても、間違っても街中でホイホイ使っていいものではないはずだった。
しかし、現れた『大気』と『水』の魔法を見てキヨの目は思わず点になった。
「え…なにこれ宴会芸?」
ユエの手からふわんふわんと風の塊らしきものが吹き出し、キヨの顔に向かってきた。
シンの手からふよんふよんと水の塊が浮かび上がり、キヨの顔に向かってきた。
ふわーっと爽やかな風に吹かれ、ぴしゃっと水を浴びる。いずれも大した量ではない。
タネも仕掛けもある水芸かマジックか、そうでなければでんじろう先生のサイエンスショー。
「なにって俺たちの魔法だよ」
「がっかりっつーかなんつーかなぁ。もしかして異世界人ハンデなのか?」
魔法を発動した手をぴらぴらと振りながら、二人は肩を竦めた。
「そしたら俺だってそうなる運命じゃん。やだよーっ、すげー楽しみにしてるのにぃ!」
ギャーギャー暴れ出すキヨである。心技体どれをとっても双子に劣る(身長だけはちょっとだけ上だが…)キヨが、もし魔法を発現させたとしても双子より上をいけるとは思えない。
「なあそれって魔法Lv上がると威力も増すとかそういうんじゃねーの? よくあんじゃん、ファイアボールLv1とかっつって。使えば使うほど威力増して最終的にはイフリート召喚レベル!とかさ」
「ローランに聞いたけど、習熟していけば威力は確かに増すけど、魔法の形態は変わらないらしい」
「最初からこういう勢いのないタイプの魔法は攻撃には向かないんじゃないかって言われたわ」
「オーマイガッ!」
頭を抱えて嘆くキヨの肩に、ぽん、ぽん、と双子が手を置く。
「まあそう気を落とすな」
「次の魔法が発現するかもしれないし」
なんだか立場が逆である。がっかりと言いつつ案外双子は平気そうだ。もともとの戦闘力が十分以上あるので、魔法がしょぼくてもあまり気にしていないのかもしれない。
「エルフじゃあるまいし、二つ以上の魔法なんてそう発現するもんか?」
「そこはほら、俺たちだしな」
「そうそう。俺たちに不可能なんてあるもんかよ」
自信家の二人がそう言うと、本当に発現しそうで怖い。キヨが苦笑を返したとき、一行はお目当ての店に到着した。
そこはチルカギルドという武器&防具を扱う大店だった。
大通りをはさんで連盟本部の真向かいという一等地に店を構えていることからもわかるように、街一番の武器防具屋だ。ギルドと名のつくからには、当然テラをマスターに据えた老舗中の老舗。初心者が連盟でまず紹介されるのも大抵はここだ。
大店であるがゆえに、初心者用装備からベテラン用装備まで、あらゆるユーザーニーズに応えてくれるオールマイティーさが売りらしい。
鍛冶スキルを持つステラを大勢抱えていることでも有名だった。
立派な構えの入口を入ると、ざわりと店内にざわめきが走った。シルバーといるとさすがに慣れっこになってくる。
「おー広いなァ」
キョロキョロと店内を見回すと、同じような陳列棚が並んでおり、武器や防具が値札とともに置かれている。
「地球の量販店みたく種類ごとに陳列されてないから探しにくそうだな」
「おいあれ見ろよ。あんなの使えんのシルバーぐらいじゃねぇ?」
キヨが正面の壁に飾られている大剣を指差した。キヨの身長よりデカイ。どう考えても客寄せ用の見世物だ。
近くにいた年配の店員がにこやかな揉み手で歩み寄ってくる。
「よろしければどうぞお手に取って近くでご覧くださいませ」
慇懃な態度をとってはいるが、持てるもんなら持ってみろ的なプレッシャーを感じる。ひきこもり歴を持つKY気味なキヨですら感じ取れるのだから、と双子の方を見ると、にこやかな顔でシルバーを促すところだった。
―――………笑顔が怖ぇ。
店内に居合わせた客や他の店員たちも固唾を飲んでこちらを見守っているのがわかった。
シルバーだけが頓着せずに、普段のままの仕草でその大剣に近づいていく。無造作に柄を握ると、壁のホルダーから剣を外した。傍で見ていてもものすごい厚みの剣だ。
しかしシルバーはまったく重さを感じさせない動きで剣を手元に引き寄せると、目の高さに持ってきて間近で眺めたりしている。
店内のざわめきは徐々に大きくなり、やがて大きな歓声となった。
「素晴らしい!」
件の店員ですら表情から一切の侮りの色を消し、心からの敬服の顔つきで手を打ち鳴らした。周囲はそれに追従するように、やがて割れんばかりの拍手に包まれる。
「お客様、そちらは150年ほど前に活躍した我がギルドの名匠の作なのですが、残念ながら自在に操れる剣豪が現れませんで、そのように壁の飾りと化しておった次第です。まさにこの150年、お客様をひたすらにお待ちしていたと言っても過言ではありません。この出会いはもはや運命と言えましょう!」
RPG的にはこの手のイベントはつきものだ。「これは君にしか使うことができない伝説の剣なのだ!」とか言われて。
若干胸躍らせたキヨだったが、シルバーはこれといった感動もなく手にした大剣を壁に戻した。
店員&店内にがっかりした空気が流れる。
「お気に召されませんでしたでしょうか…」
「俺は武器を持ったことがないのでよくわからない。俺のものは後回しでいいから、まずはこいつの武器を選んでやってくれ」
珍しくそんなふうに言ってキヨを前面に押し出した。
勘違いされがちだが、シルバーは普段無口なだけで、愚鈍でもなければぼんやりなわけでもない。ただ言動に若干天然なところはあるが…。
「そういうことでしたら喜んで!」
すっかりシルバーのシンパにでも鞍替えしたかのように、店員はにっこりと請け合った。
そこからは至ってスムーズだった。予算、ターゲットのLv帯、サイズ、欲しい物の種類などを聞くと、店員がフィッティング用のスペースにめぼしい商品を見繕って持ってきてくれた。他の客への扱いなどを見ていても、シルバー御一行様はかなり優遇されてそうな雰囲気だ。
「あのぅ、俺予算以上は出せないっすよ?」
恐る恐る念押しするも、年若い男性店員は心得顔で「承知しておりますよ」とにっこり。
―――わかっててこれならまあいっか。
深く考え込むことのないキヨは存分にショッピングを楽しむことにした。
予算があとふた桁くらいあればデザイン性なども考慮できたが、如何せん貧乏ギルド員としては贅沢も言っていられない。
キヨは片っ端から試着をし、剣を振ってみた。店員の性能や素材などの薀蓄を聞きながら、まずは値段を見ずに着心地や手に持った感触で候補を絞っていく。
「どうだ? キヨ」
最終候補まで選んだところで、別行動だった双子がやってきた。
「お、もう買ったのか?」
「買ったっつーか、とりあえず交渉はしてきた」
「交渉?」とキヨが首をかしげると、
「こいつを貸し出す代わりにイプスリウム製の長剣とシッダリン鉱石製のサーベルを格安で売れってな」
キヨはかしげた首の角度がさらに深くなっただけだったが、近くで聞いていた若い店員が驚いて声を上げた。
「武器の貸出でですか!?」
「こいつにはそれだけの価値があるってことさ」
双子のどちらかが、にやりと笑うと鞘に収まったナイフを手の中でくるりと回した。
「キヨ、こっちは合金の技術があまり発達してないみたいなんだ」
「まあ地球だってステンレスが普及したのはたかだかここ100年てとこだろうけどな」
「それでも錆びない鉄の話をしたらえらいびっくりされた」
「え、ここってステンレスないの?」
キヨの素直な問いかけに、二人は頷いた。だけど、と片方が続ける。
「錆びない金属なら存在する」
「ん? それって金とかってこと?」
「そうじゃない。それがさっき言った、イプスリウムだのシッダリン鉱石だののことだ」
「主に高級武具の材料として使われている」
「詳しい説明は…」
そこまで言うと、双子はそばでウズウズしていた店員にバトンタッチする。お仕着せの制服を着た店員はコホンとひとつ咳払いをすると人差し指を立てて口を開いた。
「それでは僭越ながら…。えーまずイプスリウムというのは、イプスラダンジョンで産出される鉱石です。シッダリン鉱石というのはリシッダダンジョンから採れます。どちらも洞窟ダンジョンで、こういった特殊鉱石の特産地として知られております。さて、イプスリウムの特徴は、錆びや温度変化に強く、硬さと柔軟さを兼ね備えた優れた特性を持ちます。一方シッダリン鉱石の方は、錆び――というか、あらゆる腐食条件を寄せ付けない耐食性を持っていることで知られています。強靭さの点ではイプスリウムに一歩及びませんが、たとえば湿地のダンジョンなどではシッダリン製の武器は必携と言われております。―――どちらの武器も、とぉっても高価なんですよ?」
「それってつまり…! ミスリルとかアダマンタイトとかオリハルコンとかサクラダイトとかみたいなやつぅ!!?」
にわかに瞳をキラキラさせ始めたキヨが、興奮して叫んだ。
「ファンタジー鉱物キタ――――――!!!!!」
天井に向かって絶叫するキヨを生温かい目で見守って、双子は店員に言った。
「いつものことだから気にしないでくれ」
「で、どれがキヨの選んだやつだ?」
興奮冷めやらぬキヨに代わり、店員がキヨの選んだ二種の防具と二種の武器の解説をする。
「なるほど、金属製のライトアーマーと革鎧、こっちは中古と新品の長剣か」
「防具については、着心地としては革の方がお気に召したようですね。ですが私としましてはこちらのライトアーマーの方が断然おすすめです。大変軽くて丈夫ですし、このランクのセットアーマーとしては格安なんです」
「ほうほう」
「長剣の方は、中古の方をおすすめします。傷や錆びも完全に修復されておりますし、先ほどのアーマーと同様もし新品だったらこの値段では買えないランクのお品ですよ」
「うんうん」
双子が適当な相槌を打っている間に、どうにかキヨがこちらの世界に戻ってきた。
「だけど、予算的にその二つだと足が出んだよなー。革は今着てるやつと使用感が似てるから違和感なくていいかなーと思ってさ。剣は、単に他人の手垢が気になるっちゅーか…」
現代っ子らしい感想に、双子はにっこり微笑んでこう言った。
「とりあえず足が出る分くらいは払ってやるから」
「自分で後悔しない方を選べ?」
―――………だから笑顔が怖ぇって!
「よ、よし決めた。店員さんオススメの二つにします!」
なんとなく汗だくになりながらキヨが宣言すると、三人同時にこっくりと頷かれた。