NPC組
大人?
俺が……?
いやいや、無い無い。
「うん。私達が怒ってるのに全然、気にしてないって……凄いと思う」
飛山さんも同意する。
「そう?」
「うん。こんな風になる前は普通の男の子って感じだったけど、落ち付いているって言うか。ほら、戦闘組はあんなだし、私達は媚売ってる子以外だと文句ばっかり言っているじゃない?」
「……そうだね。あっちはあっちでドロドロしてて嫌になる……ね」
「……冷めてるだけだよ」
みんなと同じ状況だったなら、こんなに落ち付いてはいないと思う。
何せ俺は日本に一人だけ帰る事が出来るんだから……。
そう思うとどんな罵詈雑言も聞き流す余裕が出来てしまう。
ギャーギャー騒がれてもどうとも思わない。
これも全てこのサバイバルな状況が悪い……いや、谷泉とかプレイヤー側の連中も悪いな。
拠点組も多少は自衛出来る様にとかの名目でパーティーに連れて行けば良いのにしないのだから。
それこそ弱い魔物がいる場所で戦わせておけば効率が良いのにな。
考えられるのは支配願望か?
小学生の時にいたな。
運動神経の良い奴だけ固めて、勝つ為だけに組み分けした野球やサッカーの授業。
生徒の自主性って事で先生が関わらなかったんだけど、代表となった奴が見事にそんな組み分けをした。
その時は幸い、茂信が異議を唱えて運動神経の無い方に行ったんだけどさ。
茂信が勝ったら強者チームはずっと言い訳を言っていたっけ。
あの時はファウルだった。ゴールだった。アイツがズルした。とかな。
俺? 茂信に誘われて弱い方のチームでがんばったよ。
アイツと一緒の方が楽しいからな。
「とりあえずありがとう。ところで姫野さんは……例の作戦に参加する?」
茂信と飛山さんが主導でやっているのは分かっているけど姫野さんが参加するかは聞いてない。
「んー……迷ってるけど、拠点組の回復役は私だから行くしかないんじゃない?」
そうなんだよねー。
姫野さんって便利な回復持ちであるのは事実なんだ。
拠点組であるけれど、戦闘組にも誘われている。
回復に時間が掛る難点さえ目を瞑れば……普通の回復能力持ちと同じ扱いで運用できる訳だし。
更に言えば拠点回復というだけあって、魔力も回復するしな。
怪我だけ治せる能力者よりも、その面では上だ。
だけど谷泉達の勧誘を頑なに拒んでいるのは姫野さん自身な訳で。
無論、強引に連れて行かないのも理由がある。
姫野さんが断ったのもそうだが、拠点を維持している結界能力を使える奴がいるんだが、結界を生成し続ける為には膨大な魔力が必要だ。
魔力は睡眠で回復するのが判明しているとはいえ、睡眠だけで24時間結界を維持する事は出来ない。
だから姫野さんの拠点回復で魔力を回復させる必要がある。
結果的に姫野さんは戦闘組と拠点組、どちらかを選ぶ事が出来た訳だ。
「なんで姫野さんは拠点組の方に協力してくれるの?」
「……最初は二軍扱いで行かなかっただけで、その後は戦闘組の態度かな……ああはなりたくない、染まりたくないって思っていたら引けなくなっちゃった。坂枝くんや飛山さんとおんなじ感じだね」
姫野さんはクラスでも人気者だったけど、今はその地位を別の人に譲っている。
谷泉は時々姫野さんを……夜の楽しみに誘おうとしているらしいけど、それとなく姫野さんはお断りしている感じだ。
「幾らなんでもあんな態度じゃ、私は一緒に行きたくない」
飛山さんも同様に……って感じ。
ま、谷泉も姫野さんや飛山さんに手を出す程の権力は……今は無い。
いくら極限状態とはいえ、関係を強要出来る程、煮詰まってはいない。
それに谷泉の派閥の連中は姫野さんや飛山さんを狙っているのが結構いるから、強引な手段に出れない感じか。
ま、それに関して言えば小野を懸念してるんだろう。
茂信からも疑われ、性格は最悪だが、女好きである小野とも関係がこじれると武具の更新は完全に不可能になる。
だから姫野さんや飛山さんを独占するには決定的な強さが必要……なんだろう。
そういう意味では戦闘組も一枚岩という訳ではないみたいだ。
ここを切り崩せればなんとかなるかもしれないな。
「ありがとう姫野さん」
「どう致しまして」
誰とでも優しく接してくれる姫野さんに恋心は……俺にあるかわからない。
たぶん、日本に帰れるなんて有利な精神状態が負い目になって感情にブレーキを掛けている。
「何かお礼をしなくちゃね」
「そんな、みんなで資産を共有しているのに悪いです!」
元々カバンの中に入っていた物は本人の物、というルールがある。
要するに日本から持ち込んだ物は本人の物だ。
持ち寄るという思考が働くかと思ったが、独占したいという奴が多かったのでこうなった。
まあ、まだ弁当がカバンに入っていたからなぁ。
谷泉もそこまでクズでは無かったんだろう。
いや……そろそろ共有の財産とか言って隠している奴から没収するかもしれない。
食料となる物は無くても何か良い物があるかも、とな。
そんな中で密かに……って生徒は少なからずいる。
姫野さんもその辺りを察して拒んでいるんだろう。
だが、大丈夫。
俺はこんな事もあろうかと、密かに持っていたお菓子(第二弾)を姫野さんに分ける。
もちろん、飛山さんにも。
今回は飴玉だ。
「まだカバンに残っててさ、良かったら受け取ってよ。ちょっと古くなってるけどさ」
もちろん古くは無い。
昨日買った奴だしな。
「そんな……羽橋くん、あんまり食事をもらってないのに、飴までもらっちゃ悪いです。むしろ羽橋くんこそ……」
「そうそう……ここ最近、羽橋くん、全然食べて無いじゃない」
そこで俺は余裕を見せて微笑む。
「大丈夫、それよりも俺が支払える物なんてそれくらいしかないし、何かある度に回復させてくれたのは姫野さんなんだ。恩返しくらいさせてよ。飛山さんもみんなの為にがんばってるんだから、ここで倒れちゃダメだよ」
苦笑を浮かべていたと思う。
だけど姫野さんは俺の意図を察してくれたのか微笑んでくれた。
「わかりました。じゃあこれは預かっておきますね。近いうちに……支払える物が手に入ったら受け取りますから」
「じゃあそれで良いよ」
受け取ってはくれたけど、食べてはくれそうに無いか……少し残念。
「私は……やっぱ受け取れないよ」
と、返してきたのは飛山さん。
「じゃあどうしたら――」
「私の目の前でこの飴を舐めてくれたら私は嬉しいかな?」
と、姫野さんと一緒に飛山さんが睨んでる。
う……仕方ない。
俺は飴を口に入れて転がし始める。
口の中で甘い味が広がって行く。
「うん。ありがとう羽橋くん」
飛山さんが俺を見て微笑んでる。
別にそんなに良い事じゃないと思うんだけどな。
とりあえず、何か……みんなの力になれる方法が無いかを考えよう。
とはいえ、不自然に日本からの物資を持ってきたら怪しまれる。
飛山さんも俺が無償で飴を配ったらこうして俺の身を心配してくるし……難しい問題だ。
そんな感じで、今日も陽が沈んで行った。
異世界の空気、異世界の日常……拠点組の者達は息苦しさを感じている。
こんないきなりのサバイバルな挙句、拘束されている様な状況じゃ、いつ不満が爆発してもおかしくは無いが。
戦闘組に正面から挑んでも手も足も出ない。
こう……谷泉の洗脳という訳ではないが、戦闘組は拠点組を尊重……相手を人間であるとちゃんと理解し、暴行を加えたら手痛い仕返しがある事を理解させなくてはならない。
対等な状況であるのが正常であるはずなのだが、戦闘組の認識に差異があるのが一番の問題なんだろうなぁ。
本来だったら拠点組は戦闘組にとって生命線となるべく存在であるはずなんだ。
RPGで言う所の拠点……例えば茂信が担当する鍛冶を使用しない制限を課してプレイしたら、どんだけ大変なのか簡単に想像できる。
そう……戦闘組も困る。
ゲームだったらやり遂げる者もいるかもしれないが、ここは異世界の現実だ。
死んだらどうなるかはまだわかっちゃいないけど、試して良い問題じゃない。
そんな状況でやりこみプレイなんて本来は出来ない。
だからこそ、谷泉達戦闘組は拠点組を尊重しないといけないのに、この状況だ。
良く使う拠点組は優遇し、使えない奴には冷遇。
挙句、NPC扱いと来ている。
……やはりその原因は複写の能力を持つ小野の所為だろう。
最悪、必要になったら生かさず殺さずにしている拠点組の能力を使えば良いと思っているんだ。
だからと言って小野が悪い訳じゃない。
対等じゃないといけないのに、そう出来ない状況。
なら、と、拠点組内でも自身の身の安全を考えて戦闘組に奉仕しなくてはいけないという空気。
馬鹿の癖に谷泉のカリスマが響くな。
拠点組の女共はまだマシだ。
最悪の最悪だが、体を差し出せば気に入られて抱え込んでもらえる。
男の方は悲惨極まりない。
日本に帰れる俺は別枠だとしても、最低限の食事は与えられているが、満足に食べられない状況は相当やばい。
まだ誰も倒れちゃいないがストレスで体調不良を訴えている奴が居る。
姫野さんのお陰で物理的な問題は解決するが、精神的な問題はまた別だ。
とにかく、こんな問題が付きまとっている。
どうにかしないとなぁ。
ここが森ではなく、国とか街とか……せめて俺達以外の人がいる場所ならどこでもよかった。
そういう場所なら拠点組の地位はここまで低くはならなかったはずだ。
サバイバルという状況が立場を分けてしまっている。
……日本に帰ってから考えるか。
そろそろ菓子類も切れるし、買出しも必要だから丁度良い。
じゃなきゃ冷静に考えられそうにない。