温泉転移
「坂枝、酔い耐性の付くアクセサリーって無い?」
「あっても今の状況じゃ作りたくない」
「チッ!」
舌打ちするな! そんなに遊びたいか!
これって本当に遠征なんだよな?
みんなで揃って長期休暇とかに見えてきたぞ!
「「「羽橋ー充電お願いー」」」
「ホントお前等な、いい加減にしろよ!」
そんな感じで、遠征の旅は続いた。
ゲーム機の電池が切れると、途中で立ち寄った村で休憩、俺に充電をお願いして、漫画を回し読みを始める。
そうして夜になると俺に出前を頼む。
最近だとハンバーガーだけでなく、寿司やらうな重やら、割と高価な物を頼まれる。
みんな物凄く楽しそうにしているなぁ。
森を出る時とは雰囲気が相当違う。
立ち寄った村が何か賑やかに見えてくる。
これもクラスメイトのみんなが楽しげな声を出しているお陰なんだけどさ。
「楽しい旅になっているのは羽橋のお陰だな」
依藤が休んでいる俺にそう答える。
コイツは何を言っているんだ?
「そうだな。幸成のお陰でみんな必需品や娯楽品が潤っている。そのお陰で余裕が出来ているのも事実だと思う」
茂信も同意する。
これは褒め殺す計画か?
「作業染みたLv上げじゃなく、楽しく強くなっていきたい。それが今回の遠征の目的だ。だから感謝するよ」
依藤はそう言って拳を強く握りしめた。
「まだまだ俺達には可能性が眠っている。がんばっていかなきゃいけない」
「ああ……ところで、今回の遠征で戦う魔物ってどれくらいの強さなんだ?」
「戦闘向けの連中で、坂枝の装備で固めるとLv50前後くらいで戦える奴等だ」
結構高い。
その敵を安全に倒せるという事はもっとLvが高い事だ。
順調に依藤達は強くなっているのか……。
金稼ぎばかりしていたが、俺もLvを上げないといけないな。
まあ、今回はそういう面も含めての遠征だけどさ。
「強化した武具無し、谷泉のやっていた方針だと70くらいは必要なんじゃないかな? この世界の連中も適正はその辺りとか言っていたが、俺達なら行ける」
「危険は無いんだよな?」
俺の言葉に依藤は頷いた。
「ああ、むしろもう少し危険な所に行かせるか悩んだ結果、安全な方を選んだんだ」
「そうか、それなら良いんだけど」
依藤達の協力に期待して行こう。
「羽橋ー」
そこで何か大工の能力持ちのクラスメイトが大工道具で……村の宿の隣で何かを作って俺を呼んでいる。
あれはなんだ?
「何?」
「確かお前、温泉のある村で便利な権利持ってたよな?」
「……あるけど?」
アダマントタートルを倒した際にもらった報酬だ。
正確には村の永久滞在費無料の約束だ。
温泉地だから、近くに温泉が引かれていて入り放題。
大工の能力持ちも復興に呼ばれていたはずだ。
「ちょちょいと行って温泉のお湯を転移で持ってきてくれよ」
「「「お願いしまーす」」」
「混浴か!?」
お願いしますのコールに俺が呆れるよりも前に萩沢が言った。
萩沢が大興奮で騒ぐと女子からブーイングが始まる。
「仕切りを付けるに決まってるだろ!」
カンカンと大工が仕上げとばかりに仕切りを付ける。
そのままお湯を何処からか引けよ。
というか村の連中も何か文句を……と思っていると宿屋の店主が満面の笑顔!
アレはタダで浴場を作ってもらえて満足って顔だ!
きっと宿屋内の劣化した所も修理してもらったし、俺達が支払う滞在費を受け取ってほくほくなんだろう。
「まったく……ちょっと待っててくれよ。あっちで許可もらって来ないと取り寄せるのは出来ないから」
「はーい」
「魔力を使うから、実さん、後でお願い」
「うん! 温泉、楽しみです」
なんか思い切りパシリに使われているとは思うけど、この程度なら特に苦労でも無い。
やるしかないか。
「幸成、すまないな」
「俺もだ。もっとゆっくり休むはずが、羽橋に甘えっぱなしで」
依藤も茂信と一緒に申し訳なさそうに謝罪している。
なんかコイツ等、性格が似てきたな。
立場が近いとこういう性格になるのかもしれない。
「気にするなって、みんなが揃って笑顔ならそれが良いに決まってる」
「ガウ」
「じゃあ行ってくるか」
という訳で温泉のある村に転移……視覚転移は登録の関係で使わなかったのが少し怖かったけど、大丈夫だった。
視覚転移なしじゃ自分を飛ばすのは怖い。
で、俺の顔を覚えている人に聞いて、温泉の源泉に案内してもらい、確認を取る。
まさに湯水のごとく溢れてくるから持って行っても困らないそうだ。
そう確認を取ってからみんなの所に戻った。
「源泉だから熱いぞ? 十分に水で温度を下げてから入れよー」
と、注意してから転移でお湯を指定して取り寄せる。
ぐ……やっぱり地味に魔力消費が大きい。
やがて、温泉の源泉が転移で指定した場所に降り注ぐ。
風呂に調度落としたら浴場が大損害を受けるから上空に設置したんだ。
バシャッと音を立てて源泉が浴場に満ち溢れる。
「温泉!」
「冷やして適温になったら入浴だ!」
とまあ……割と陽気にみんな入浴を楽しんだ。
途中お湯が温くなったら、黒本さんの魔法や茂信の作った炎属性の武器とかで温め直して入る。
「良い湯だったぜー! 風呂の後はまた一狩り行こうぜ!」
と、男子勢の元気な奴等はゲーム機でゲーム。
他に漫画とかを読んでる連中、トランプを始める連中等様々だ。
ただ、狩りという単語はLv上げでも使うから、表現をなんとかしてほしい。
「暇な奴は近くの森で木を切って来てくれよー過ごしやすくする為によー」
大工が能力に物を言わせて宿屋の増築を思い切りしていた。
今夜だけの滞在にどれだけのポイントを掛けて行くんだ?
それだけ儲けているんだろうけどさ。
「いやぁ……異世界人の皆さまは素晴らしいですね」
ラムレスさんがそんな俺達に声を掛けてくる。
……最近気付いた。
ラムレスさん、こればっかり言っている気がする。
異世界人の気分を良くする為……ではなく本心で言っているっぽいのが気になるな。
「自由奔放で申し訳ありません」
「いえいえ、悪い話じゃありませんし、とても興味深いですから」
「そういう物ですか?」
「ええ、異世界人の皆さまのお陰で宿も改築されておりますし、とても過ごしやすくなるともっぱらの評判ですよ」
そんな評判があるんだなぁ。
ちなみに大工の能力はハンマー系なら思い通りに武器として扱えるそうだ。
何だかんだで拠点向けの皮を被った能力は多い。
短期間のリフォーム工事で宿を大改造した後、俺達の遠征は続いて行った。
なんと言うか、森を抜けた時のサバイバル感はもう遠い彼方に飛んで行った気がする。
みんな逞しいなぁ。
短い間に、随分と置いて行かれている気がする。
やはり……日本に帰る事が出来る俺は心のどこかの成長が遅れてしまっているんだろうな。
俺ももっとがんばらないといけないな。
「という訳でライクス国の海岸に到着したぞ」
俺達は長い馬車での移動を終えて、ライクス国の海岸……ルフォット海岸? に到着した。
「まずは班単位で別れて近隣の魔物の討伐に行く。人家に近い場所は冒険者がマメに魔物を倒しているし、生息数が少ないけど、岩礁や干潮時に行ける島には無数に魔物が出現するから十分注意してくれ」
「了解」
「班分けは今までの行程で決めているから間違えない様になー」
という事で俺達はパーティー分けをして行動する事になっている。
俺とクマ子は茂信と実さん、そして依藤達と一緒に狩りをする事になった。
まあ、依藤達の強い要望らしいんだけどさ。
同行する騎士はラムレスさんだ。
萩沢は別パーティー、浅瀬から見える島で採れる素材が目的らしい。
他にもこの辺りには色々と取れるとか何とか言っていたな。
後で俺が工房に転移させる約束をしている。
「約束通りこれからよろしくな」
依藤が親しげに俺に握手を求める。
週間少年ステップを執拗に求めたのが嘘みたいな好青年っぽい態度だ。




