プレイヤー組
クラス転移から二週間が経過した。
「預かり物屋! さっさと物資を運んでおけよな!」
現在、俺は戦闘組……の一人にそんな風に言われている。
相手は見ての通り、上から目線だ。
二週間前まで同じ教室で勉強を共にしていた者の言葉とは思えないが、人間変わる時は変わる。
それが非常事態であり、更に言えば治外法権であれば尚更だ。
まあ明確な理由があるとすれば……。
谷泉の洗脳が本格的に効果を発揮してきたのかもしれない。
そう……戦闘組、拠点組の認識は変わり……いつしかプレイヤー組、NPC組と名称が変化した。
名前の由来はもちろんゲームだ。
花形である戦闘をして経験を得て成長し、素材とポイントを持ち帰る戦闘組のプレイヤー。
拠点でプレイヤーへ様々な物を提供する、商店とか宿屋とか……鍛冶屋とかのNPC。
そういう認識になってしまったのだろう。
凄く歪な状況へと変化してしまっている。
こんな状況に俺は昨日知った事を反芻する。
昔、海外でとある実験をした事があるそうだ。
スタンフォード監獄実験と言われるのを昨日、このクラスで行われている状況と酷似しているな、とインターネットで見かけて思った。
「能力ってのは人を狂わせるんだな……」
このスタンフォード監獄実験というのは実験した大学の名前が由来となっているみたいなんだけど、内容はこうだ。
新聞広告で集めた人達を刑務所という舞台装置設定で看守役と囚人役に分けてそれぞれ演じてもらう事になった。
まあ結果だけ言えば看守役はより看守っぽく、囚人役は受刑者らしい精神状態に陥ったとの話。
でだ。
この実験は途中で中止される事になったんだが、看守側はより過激に囚人側へ拷問に等しい事を平然とさせられる様になった挙句、暴力にまで手を染める様になってしまった。
しかもその演じる内容を楽しいと感じてしまっていたのか、実験の継続を進言したそうだ。
逆に囚人側の負担はとてつもなく、精神に異常を起こし離脱者が出たらしい。
まあ実験結果で証明された事を簡潔に述べると。
強い権力……この場合、能力による弱者を支配できる状況、しかも助けは期待できない狭い世界で一緒にいると強者側の理性の歯止めが効かなくなって、暴走状態に陥るって訳だ。
しかも自分達はこのサバイバルな状況を打開できる……プレイヤー気分で一緒に戦う仲間達との冒険だ。
きっと楽しい冒険を毎日しているんだろう。
戦いの高揚感とか、あるのかもな。
Lvが上がると痛みに鈍感になっていくそうで、多少の怪我でも気にならないらしい。
回復役がいると怪我も治療してもらえるから、まさにゲーム感覚。
魔物も敵わない程の強さじゃないのがそれを助長してしまっているのだろう。
死者でも出れば我に返る者も出てくるんだろうけど……って死者が出る事を願ってはいけないな。
谷泉の支配下にあるこの状況からミルグラム実験にも該当する。
ま、こっちも似た様な物か。
こっちの場合は谷泉が全ての責任を取ってくれる。
要するに最近、谷泉の方針という事で、戦闘向けでは無い能力を持っている人への態度が悪くなっている。
いや、人として認識を出来なくなって来ているんだ。
NPCという俗称が相手を人間だという意識を剥離させている。
茂信もさすがに我慢も限界を超えて谷泉に注意したが、今度は知らぬ存ぜぬで通されたそうだ。
ま、目の前でその事を話している訳じゃないし、いつからかみんなで呼び始めたとか言い張っているみたいだしな。
さすがに茂信相手にその俗称を使ったら武具の作成をしてくれない事を奴等も理解しているのか、用途の高い拠点組の連中は人間扱いをしている。
さて、秀でた能力は人を狂わせる。
深い深い森の中……危険な魔物が闊歩する森において、それが高いヒエラルキーとなって二週間。
谷泉が心を入れ替えるとは思えないし、この状況の打開をするのは何かしらの要因が必要なのもまた事実。
谷泉も馬鹿では無い。
中途半端に支配者の才能があった訳で、拠点組の下剋上を懸念しているのか、監視が開拓された広場……集落にいる。
下手に森の方へ装備でも付けて向かったら監視が邪魔をしてくるだろう。
拠点組が戦う必要なんて無いんだ、とか綺麗事をかましてな。
その癖、馬鹿にし、差別してるのはどういう理屈なんだろうか。
ポータルは小野に複写させて帰る時だけ使ってるとか。
話によると小野の複写能力の効果時間が延びたそうだ。
だから飛山さんは用済みとばかりに拠点配置に戻された。
本人は気にしていない。
というより谷泉と一緒にいるのが相当苦痛だったらしく、むしろ喜んでいる。
……というか、能力って強化されるんだな。
やはり例のLvとやらが関係しているんだろうか?
この強化、という奴を利用して物を持ってこれる、みたいな状況に出来ると良いんだが……。
しかし……致命的なのは谷泉の支配が何も戦闘組にだけ、と限定されない事だ。
茂信はああ言う奴だから頑として譲らないが、みんながみんな茂信の様になれる訳じゃない。
要するに、拠点組であろうと必須な能力であれば優遇される。
茂信の鍛冶、飛山さんの転送、食事を作る料理、安全地帯を作る結界。
この辺りを中心に谷泉は優遇処置を取っている。
茂信と飛山さんはともかく、優遇される者と冷遇される者が一つのグループにいれば不満の声は上にだけでなく、隣にも来る訳で。
だから、拠点組が一丸となっている訳じゃない。
現状、谷泉と対立しているのは茂信と飛山さんが中心だ。
この二人を拠点組の何名かが味方している。
俺もこれに分類されるだろう。
だが、それ以外の者が全員味方、という訳ではない。
つまり結束出来ない状況が出来上がっている
かと言って、戦闘組……プレイヤーとのLv差は放れるばかりだ。
まあ、この点は最近、茂信と一緒に意見して煙たがられた挙句、二軍扱いされた飛山さんが協力して、とある作戦が計画されている。
拠点配備された飛山さんの話だと監視の目を無視して、転送の力で飛ばせるそうだ。
そういう訳で近々拠点組が主導となって魔物退治をしてLv上げをしようという打ち合わせが行なわれた。
その魔物退治に俺も参加する。
一応、茂信の話だと装備の調達の目処が立ったらしく、後は谷泉達に気づかれない様にどうやって作った装備を隠すかが課題となった。
そこは俺が立候補して隠せる場所を確保したと説明した。
絶対に谷泉が見つけられない場所……つまり日本にある、俺の部屋に隠す。
後は俺が谷泉達に怪しまれなければ問題無い。
まあ谷泉が俺を視界に入れる事は滅多に無いけどさ。
「……わかったよ」
適当な相槌を打って命令に従うとプレイヤー組の生徒は小馬鹿にした笑みを浮かべて俺を蔑む。
以前の俺なら、誰が預かり物屋だ!
とかキレそうな状況だが『俺だけ帰れる』という事実が、俺の心に余裕を作っている。
正直な話、コイツ等がどんなに偉そうな態度を取っても、そんなに怒りを感じない。
まあ……良い気分ではないが。
何より茂信達の計画の為にも問題事は極力避けたい。
「で? 輸送に対する代価は?」
拠点組の連中は能力使用にポイントを使う。
それに習って、ポイントでは無く魔力使用の拠点組でも報酬として……秘密裏に茂信に武具を作ってもらうため、要求する事になっている。
「は? 何言ってんだお前。普通ゲームの預かり物屋は、無料で出し入れしてくれるだろ? お前の役職はそれなんだから……タダ働きに決まってるだろ? このごく潰し」
うっぜぇ……全てを投げだして日本で平和に生活してやろうか!
とは思うのだが、茂信や飛山さん、姫野さん、クラスの友人達を見捨てるのは忍びない。
自分だけ帰れるという余裕から、ある種上から目線になっているのが自分でも嫌だが、なんとかしてやりたいんだよ。
「いいからさっさと運べよ! 怪我してえのか!」
俺の頬に剣を当てて、脅してくる。
……確か彼の能力は剣術だったか。
日本では考えられない様な、達人すら超越した剣捌きが彼の能力だ。
戦闘という基準で言えば、彼は上位に属する。
「……はいはい。やれば良いんだろ、やれば」
タダ働きを要求してごく潰しとかどういう理屈だよ。
そもそも戦いに向いていないからって拠点から出さない様にしてるのはどうなんだ?
完全にプレイヤーというユーザー側の認識で俺達をただのキャラクターと思っている。
好きでこんな状況にいる訳じゃないんだぞ。
二週間前までは普通の奴だったんだがな。
どうやら戦闘組は谷泉の洗脳が浸透しているようだ。
「それで良い。じゃあな預かり物屋」
納得したのか彼は去って行った。
はぁ……やっとうるさいのがいなくなったな。
「大丈夫だった?」
その後すぐに姫野さんが俺に駆け寄って来て、切られた頬に手を添えて癒し始める。
さらにウンザリした顔で飛山さんもやってくる。
「預かり物屋ってまるでゲームみたいに……」
「まあ気にしない方がいいよ」
「だけど……幾らなんでも酷すぎるよ」
さすがの姫野さんも参って来ているのか、不快感を露わにしている。
飛山さんと姫野さん曰く、女子内のヒエラルキー的な物にも変動が掛っていて……言ってしまえば拠点組の女子は秘密裏に戦闘組と関係を持って有利な状況に持って行こうとする層が出始めているとの話だ。
当然、まともな精神を持っている者からすれば軽蔑の対象だ。
これも極限状態の女性にありがちな精神らしいな。
ネットで見た。
俺もそういう場面に偶然遭遇した事があるけど、純愛じゃなかったのか……。
強要したかと思って近付いたら『愛し合っているんだから邪魔するな! 下位互換!』と罵られた。
女子の方に。
だから好き好んでそういう関係なんだと思っていた。
もちろん、そういう可能性を考えはしたが……こう、サバイバルの中で目覚めた恋愛だと……信じたかった。
女性特有の逞しさ、とでも言うんだろうが……ちょっと女が怖くなってきたな。
食べ物や生活云々は関係無くなっていて、支配者に取り入ろうと躍起になっているんだろう。
そういう心理を本で読んだ事がある。
こう言っては何だが、その女子にも俺は食べ物を分けていた。
お菓子だって何回渡したか覚えていない。
あそこまで罵られる謂れは無いはずだ。
と、ともかく、そういう連中を含めると、本当に信用出来る人は意外に少ない。
「こんな状況なのに、まるでゲームみたいに! 本当、信じられない!」
「まあまあ……姫野さん、落ち付いて」
「落ち付いていられないよ!」
「……ほんの二週間前までクラスメイトだったのに、何あれ。私達を奴隷みたいに考えてるとしか思えない!」
姫野さんも飛山さんも相当頭に来てるんだなぁ。
まあ……そうだよな。
普通はブチ切れてもおかしくない状況か。
「そうかもね」
あの戦闘組の奴は確実に思っている。
先ほど俺が考えた事は間違いなく真理だろう。
ゲームのNPCに誠実に対応する人は少ないだろう?
道具屋は話しかけたら淡々と道具を売れば良いし、宿屋は回復させれば良い。
むしろ本当にゲームであったなら、その職務を放棄されると困る。
だから勘違いしている。
それに……こっちの言い分だけで語っているが彼等は自分の命を賭けて戦い、ポイントを稼いでこの二週間間を生き抜いたのは事実なんだ。
魔物と戦えない俺達にズルイという感情を抱いたとしてもおかしくはない。
逆を言えば、面倒を見てやっているんだから命令を聞け、という心情なのかもしれないな。
……だけど、限度を超え始めているのも事実だと思う。
その露骨な発露が役立たずに該当する、拠点組の能力者……預かり物屋なんて使わない施設の筆頭なんだろう。
谷泉などのトップは、絶対にいらなくなった武具を預けたりはしない。
戦闘組で流用し、それでも使わなくなった武器の類は念のためと自身の家を倉庫にして隠しているだとか、外に捨てているとか聞いた。
まあ……谷泉の考えそうな事だ。
盗まれるかもしれないし、返さないかもしれない。
それだけ俺の能力には利点が無い。
少なくとも、彼等には。
「……羽橋くんって、なんか大人だよね」
治療を終えた姫野さんが首を傾げながら言った。