岩の拳
く……ダメージこそ受けなかったが攻撃の隙を潰された。
挙句、あっちも器用にステップして広範囲のフックをかまして来る。
巨体から放たれる攻撃はそれだけ射程が長い。
動体視力を駆使して紙一重で交わし、カウンター気味にボディにストレートを叩きこむ。
バシンと良い衝撃が手に伝わる。
が……。
「ガア?」
効かねえな?
とばかりにボスは俺の一撃をへでも無いとばかりに受け止める。
決定打に成りきれないか?
いや、効果が無いはずは無い。
「うりゃあ!」
知らんとばかりに二撃目をぶちかまして下がる。
一瞬、僅かだがボスの頬が上がった。
完全に効果がない訳じゃない。
今は少しでも相手の体力を削り、少しでも有利に事を運んで――。
「ウガアア!」
予想よりもはや――。
大塚に殴り飛ばされた時よりも強い衝撃が中途半端なガードをぶち抜いて俺の胴に入る。
ビーンとコーナーロープまで吹き飛ばされ、ロープが大きく伸びる。
うぐ……意識が飛ぶかと思ったぞ。
強化された鎧が若干へこんでいる。
物凄い攻撃力だ。
伸びた反発を利用し、俺は小細工とばかりに小さく腕を振りまわしつつ、高速で接近する。
ついでにカンガルーステップを併用して加速する。
「おらぁ!」
右手でボスの顔面を殴りつける為にストレートを放つ。
「ガアアアア!」
ぬるい!
そう言うかのように俺の体重の掛った拳をボスは受け止め、グローブが若干浮かぶ。
「それを待っていた!」
左手で防御の緩い所を抜ける様に、風を纏ったアッパーをボスの顎にかます。
「ガアアア!」
予想よりも動きが早いからって、俺が追いつけないと思ったか!
ボスは俺のアッパーを喰らって大きく仰け反った。
そのまま倒れ……そのまま顔を戻す。
顎の部分をグローブで拭いにやりと笑う。
やっぱこの魔物共は戦いを楽しんでいる傾向があるな。
「ガウ!」
そして強く顔面を守る様に、防御態勢を取りながらボスは俺に接近してくる。
胴の守りは良いのか?
いや、そこは自身が自覚しているタフな箇所と言う事か。
「だからって……俺は引く訳にはいかない!」
頑丈だと言い張るならば、耐えきれない程の一撃を放てばいい!
萩沢の支給した傷薬はあるが、それ以外の回復の手立ては無いに等しい。
日本の薬は実さんの魔力補充を掛けて貰わないと意味が無いしな。
こっちはダメージを最低限に、それでありながら相手には致命傷を与える。
……どんな条件だと愚痴りたくなる。
早く、早くみんなと合流しないと行けないのに、こんな所で熊を相手にボクシングをしている暇は無い!
焦る気持ちを抑えて、俺はボスの拳を捌く。
「ガウガウガウ!」
ボスの拳が輝く、何か仕出かす気か!?
俺は大きく距離を取り、ボスの攻撃を見切ると同時に風の拳をあてる為に小さく腕を振る。
ボスは地面にグローブをあて、地震を発生させる。
「それは見切った!」
カンガルーステップで跳躍して地震を避ける俺だったが、ボスは更なる動作に入った。
「ガウ」
ぐらっと……地面に当たったグローブの先に回りの地形から石が集まって巨大な岩となる、まるで岩の拳と言い張るかの様な形状になって掲げる。
「ガウウウウ!」
喰らえとばかりにボスは俺に向かって岩の拳を振りおろす。
「チィ!」
振りかかる岩の拳を姿勢を低くして……振りおろすボスの懐に入る。
「ガアアア!」
背面や側面に回避すると予測していたとばかりにボスは笑みを浮かべ、残った手で俺の顔面を殴りつける。
「ぐ……」
だが、巨大な岩の拳に叩きつけられるよりはまだマシだ。
ジンジンと痛むのを堪えて、風の拳を纏わせたグローブでボスの顔面にワンツーパンチの後にアッパーをかます。
「ガグ――」
ワンツーパンチが効果的に入ったのかボスの頬に命中し、殴った方角を向く。
最後のアッパーで大きく仰け反ったが、それでもボスは倒せる気配を見せない。
「ガアアア!」
岩の拳を振りかざし、俺を叩きつけようとするが接近戦では効果は薄い……自分にも当たりかねないしな。
距離を取ろうとするが、俺はそれを許さない。
このボス……遠距離から叩きつける攻撃を好む傾向がある。
インファイトで攻めるのが吉と見た。
まあ、巨体から来るベアーハグとかされたらひとたまりも無いし、至近距離故の思わぬ反撃が時々来て、やばくなりそうだったが、茂信が強化してくれた鎧のお陰である程度、耐えられる。
致命傷には至っていない。
やがてバキンと岩の拳が砕け、バラバラと地面に破片が落ちる。
その直後だっただろうか。
カーンと、ラウンドの終了とインターバルが挟まれる。
くそ……悠長に事を構えている暇は無いというのに。
戦闘を続けようとしてジャッジに停められ、グローブが勝手にコーナー端にまで俺を押さえつける。
「ガウガウ」
ボスもインターバルで口の中に溜まっていた血を、飲み物を口に含んで吐き出している。
そして手当てを部下にさせていた。
俺は自分でやるしか……。
チョンチョンと俺の肩を誰かが突く。
「ガウ」
はい、とばかりにボスに支給されていた飲み物と同じ物を、グローブを持っていないベビーブルーパンチングベアーが手渡してきた。
これはフェアな戦いをしろって事か?
それともこの個体の独断か?
どっちなんだ?
「お、おう……」
とりあえず渡された飲み物を口に含むと、口の中の傷口がふさがった様な気がした。
今度は傷口の手当だ。
「ガウガウ」
この熊、手際が良いな。
青痣になっている所をぺろぺろと舐めてくる。
……この感覚、実さんの拠点回復を施してもらった時と似ている?
急速にその部分が回復する感覚。
見ると舐められた所の青痣が薄くなっていた。
そんな一分間のインターバルが終わる頃……完全回復とは言い難いが第二ラウンドが始まる鐘が何処からか鳴った。
「……ありがとうな」
「ガウ!」
どうってことない。
とばかりに俺の手当てをしたベビーブルーパンチングベアーが手を上げて答える。
次行ってこいとばかりに背中を押された。
……ここには敵しかいないと思ったが、どうやら違うようだ。
少なくともボスを含めて、正々堂々対等な状況を提供している。
だが、それでも俺はここで長い間戦っている暇は無いんだ!
「おりゃあああ!」
素早く接近して鳩尾にグローブを叩きこむ。
「グオ……」
おお、どうにか入ったか!
筋肉の塊みたいな感触だったが、さすがに内臓まで鍛えちゃいないだろう。
「ガアア!」
腕を振りおろしてきたが、相手も制限があるのか何かに弾かれている。
そして取っ組み合いになるとグローブが反応して距離を取らされた。
丁寧な事で……。
そんなこんなでボスとの長い攻防が続いた。
王道、邪道、奇策を繰り返し、それぞれの体力がジワリジワリと削り取られて行く。
「ガウ……ガウ……」
ボスはその大きな巨体故にスタミナが長く続かない。後半になればなるほど動きが緩慢になってきた。
そして気づいた事なのだが、ラウンドが終わる一分前にボスは必ず岩の拳をグローブに纏わせる。
効果時間は一分なのだろう。
俺だって馬鹿じゃない。
一撃が強力なボスの一撃を何度も受けていたら体が持たない。
だから距離を取って風の拳を纏った遠距離攻撃も使って地道に削る。
焦って短期決戦をしようとしたが第二ラウンドの半分が過ぎた所で辞めた。
ここで俺が倒れたら、めぐるさんの想いが無意味になってしまう。
回避前提で動く俺を仕留める為に岩の拳を振るって仕留めようとしてくる。
殴られるのはインファイトに入ったラウンド最後の一分間だけで良い。
そう思って戦って行くとボスの動きに完全に慣れる。
もちろん、相手もそれを理解しているのか、アウトファイトからインファイトに戦闘スタイルを変えるラウンドがあったけどさ。
「ゼェ……ゼェエ……」
双方、満身創痍になった。
「てめぇ……タフすぎるぞ」
「ゼェ……」
それはお前もだとばかりにボスが俺にボコボコの顔面を向けて答える。
致命傷は避けているが、地道な攻防でボロボロだ。掠りでも結構痛いんだよ。
くそ。
これが最後か。
カーンと次のラウンドが始まった。
確かにこのボス……ボディがタフすぎる。
第二ラウンドから内臓に良い一撃を加えてやっと動きが鈍くなった程度だもんな。
適度に顔面を殴った方がまだ効果があったって感じだ。
ちなみに後ろから殴るとかの攻撃は出来ない。グローブが反応する。
それでも……顔面じゃあ倒せないのはこれまでの戦いでなんとなく分かった。
コイツを仕留めるには……。
「おらああああああ!」
ボスのデカイ拳を全身を使って紙一重で避け、ボディに向かってグローブを叩きこむ。
バシンと良い衝撃がグローブを伝って来る。
が、ボスもそれを理解していたのか耐えきって笑う。
残った手で俺に殴りかかる気だろう。
「残念だが……もう一度!」
殴ったグローブから、もう一段階前に押しだす。
すると拳を伝って風の刃が……ボスのボディの内側に発生して再度衝撃が発生する。
「ガ!?」
「ああ、風の拳を……纏わせず、お前の腹の中に発生させた。これを受けてお前は……耐えきれるかな?」
振り切り、大きく距離を俺は取る。
風がボスの腹部を巻き込む様に発生した。
ボスは腹部を押さえつけ、俺を睨む。
「ガハ……」
口から血を噴き出し、俺を見て笑みを浮かべる。
そして……膝をついて……チワワのような――




