帰還
「ま、夜も更けてきたし、みんなこの場で火の番をしながら就寝だ。以上」
という形で俺達はその晩、思い思いに就寝する事になった。
仕切り屋と化した谷泉はその責任を取るとばかりに火の番を半分受け持っている。
地面に直に横になって寝るとか……みんな苦しそうだぞ。
くっそ……俺が下位互換とかふざけんなよ。
何か応用の方法でも閃くしかないのか?
「寝辛い……」
薄眼を開けると、寝られないのかみんな思い思いに能力を確認してる。
茂信もそれは変わらないようだ。
……そうだよな。ここから先、何が起こるかわからない状況なんだ。
「幸成、大丈夫か?」
「ん? ああ、姫野さんに掛けてもらった回復のお陰で全く痛みは無い」
俺の能力は魔力という項目を消費して発動する。
この魔力も姫野さんの能力で回復したのか満タンだ。
「どうやら俺の鍛冶の方は素材とポイントがあればかなりの物を簡単に作れるみたいだ」
「そうか……」
正直、羨ましい。
俺はハズレ能力という訳じゃないが下位互換とか馬鹿にされてる。
倉庫役が適任じゃないかとか意見があるが谷泉は馬鹿にする姿勢を崩さない。
「きっと、幸成にも何か良い使い方があるはずだ。ゲームだとそういう物だろ?」
「……そうだな」
あれだ、慰めてくれているんだよな?
こういう状況だからこそ人情が身に染みる気がした。
周りを見渡すとクラスの連中も思い思いに工夫する方向を模索している。
そこで飛山さんが俺の所に歩いてくる。
「羽橋くん」
「何?」
飛山さんが俺の隣に座る。
なんだ? 一体どうしたって言うんだ?
「その……ごめんね」
「ああ、別に良いよ。飛山さんの所為じゃないし」
ぶっちゃけ谷泉が俺を馬鹿にしていただけみたいなもんだ。
気にしなきゃどうってことない。
と言う所でグーと腹が鳴る。
「やっぱそうだよね……お腹空くよね」
う……腹の音を聞かれて恥ずかしい。
「昼間に食べたお弁当が少し残ってるから羽橋くん、食べる?」
「いやいやいや!」
なんで俺に気に掛けてくれているかは分かるけど、こんな非常時に女の子から食料を恵んで貰うなんて俺の良心が咎めるっての!
「むしろ俺が飛山さんに分けなきゃ行けない範囲だし!」
とは言いつつ、飢えを凌いでおけるようにと念の為に残しておいた弁当の残りは僅かだ。
あんまり長く保存しておく事なんて出来ない。
精々、明日の朝飯が限界か。
「むしろ飛山さんはお腹空いてない?」
俺の返答に飛山さんは何かクスクスと朗らかな笑みを浮かべて笑う。
「私は大丈夫、羽橋くんは優しいね」
「いや……別に優しくなんかないと……思うけど」
「こんな状況なのに私の心配をしてくれるんだもん。優しいと思うよ」
な、なんか気恥しくなってきたぞ。
「と、とりあえずこんな状況だけど、みんなで頑張って行かなきゃさ」
俺の言葉に飛山さんは夜空を見上げて頷く。
「うん。これからどうなるか分からないけど、頑張ろう。羽橋くんは本当に大丈夫?」
いや……だから飛山さん。俺の心配はしなくて良いから!
そう思っていると飛山さんの反対側で茂信がヒューヒューと茶化す様な顔をしてる。
うるさい! そう言うんじゃねー!
飛山さんは能力が被ってるし、周りの評価から俺が馬鹿にされないか気に掛けてるだけだっての!
「大丈夫だから、これ以上気に掛けるならお弁当の残りを食べて貰うけど良い?」
俺の自身の食料を盾にした脅しを受け、なんか飛山さんが微笑ましい物を見る様な眼で頷く。
「わかった。じゃあ、その……ゆっくり休んでね」
俺が隣に居ると休まらないのを悟ったのか飛山さんは俺から離れて行った。
ふー……別段意識していた訳じゃないけど、こう……優しい言葉を掛けられると胸が締め付けられる。
「さて……」
興奮を抑えつけないと行けない。じゃないと寝付けん。
能力で何か出来ないか調べておくか。
俺も何か工夫をしてのし上がりたい。
だから試しに色々と実験する事にしてみよう。
薪を持ってきて良い使い方を考える。
……これ、相手の人体とかに飛ばしたらとんでもない事になったりしそうだよなぁ。
そう思いながらカーソルをぐるぐる回していると自分を指定出来る事に気付いた。
あれ?
まあゲームにもよるけど、回復魔法を自分にだけ掛けられる、とかもある。
ま、失敗する事を前提に自分を指定する。
どうせさっきみたいに何も効果が無いみたいな感じに……飛ぶ先の指定部分が浮かんでる?
「茂信、えっと……――」
言うよりも前に谷泉に馬鹿にされ、大塚に殴られた事を思い出す。
……自分だけを飛ばせて何になる?
どうせ馬鹿にされるだけだ。
発動まで時間が掛るし、その程度で飛山さんの能力は超えられない。
飛山さんは敵じゃないし、能力の違いを教えてくれた。
競う相手じゃない。競う状況でもない。
まずは実験だ。
工夫をしてみるんだ。
何が出来るのか……それを考えろ。
飛ぶ先のイメージに帰りたい場所……日本の自分の部屋をイメージする。
多分、帰れない。
こういう異世界パターンだと何か達成するまで帰れない、というのが王道だ。
すると薪を飛ばした時と同じく砂時計が浮かび上がった!?
何? ヒステリック女子の大塚には出来なかったぞ!
しばし砂時計を凝視し……砂が……落ち切る。
フッと視界が切り替わり、ドサッと床に落下した。
「いて!」
痛みをこらえつつ辺りを見渡す。
そこは見覚えのある俺の部屋そのものだった!
「お、おい……」
窓から外を見る。
そこは何にも変わらない日本の景色……。
どうやら異世界と同じく、夜のようだ。
俺は急いで部屋から出て両親の下へ向かう。
「父さん母さん!」
「ん? どうしたんだ幸成」
当然の様に両親が俺を出迎えて首を傾げている。
二限目が始まった辺りで集団失踪したっていうのに、のんき過ぎる反応だ。
まさか学校が隠匿しているとかじゃないよな?
「いきなりどうしたの? 何か用? 小遣いの値上げはダメよ」
「そうじゃなくて! あの……俺がここにいる事に何の感情も湧かないの?」
「何を言っているんだ?」
「いや、だって、学校から連絡とか来なかった? 集団で生徒が何処かへ出かけたとか」
「は? 何を言っているの幸成。夕方頃にいつも通りに帰って来たじゃない」
……え?
両親との会話の齟齬に背筋から嫌な汗が吹き出す。
こう……能力で洗脳とかされているとか、そういう事なのだろうか?
それとも自身の能力で何処か日本であっても別の世界に飛んだとか……いろんな可能性が渦巻いていく。
「幼馴染の茂信もさ、俺と一緒に異世界って説明がわからないか。何処か別の所へと」
「茂信……? 誰の事?」
……は?
いや、知らないとかありえないだろ。
何回家に連れて来たと思っているんだ。
泊まった事だってあるんだぞ。
「茂信だよ! 小学校から一緒の幼馴染。母さんや父さんだって知ってるはずでしょ。今年も同じクラスになったじゃないか」
「誰の事を言ってるんだ? お前にそんな友達いないだろ」
人をボッチみたいに言うなよ!
本当にどうなってるんだ?
「中学の頃によく遊んでた丸井くんの事じゃないかしら?」
それは茂信の友達だろ!
友達の友達だよ。
しかも高校は別の学校になっただろ。
「そもそも幸成、貴方のクラスって……貴方だけじゃない」
「何を言ってるんだよ! そんなクラスがある訳無いだろ! ああもう、埒が明かない」
俺はアルバムを取り出して茂信を指差そうとして……俺と一緒に茂信が映っている写真を見て絶句する。
そう……まるでそこに人なんていなかったかのように茂信が居た形跡が無くなっていたのだ。
しかも学校の集合写真にまでその細工は行き届いていた。
クラスの集合写真に俺だけぽつんと立っている。
だが、俺の立っている位置が中心ではない。
まるで俺以外の人間を繰り抜いたみたいな不自然さがある。
そんな歪な……写真。
「ああもう、じゃあ見ててくれ!」
異世界から日本に来たにも関わらず、俺の視界にはステータスが浮かんでいて、能力の使用が出来る。
俺は迷わず転移を指示し、父さんと母さんの目の前で転移し、茂信達の下へ戻る。
これで人間が突然消えた事に驚くだろう。
スッと俺は二度目の転移で着地し、隣で能力をチェックしていた茂信を見る。
「おい」
「ん?」
「見てたよな。俺が目の前で消えた事」
「は?」
茂信も父さんと母さんと同じ反応で首を傾げる。
「幸成、お前はずっと俺の目の前にいただろ?」
ど、どういう事だ!?
ここで茂信に直接転移出来る事を説明するか?
……信じてはくれると思うが、大塚や谷泉の反応から察するに……危ないかもしれない。
この状況で俺だけが日本に帰れる、なんて言って見ろ。
確実に大塚が大騒ぎをするだろう。
更に言えば、他の連中だって何をするかわからない。
大塚に殴られた俺をギャグで済ませていた連中だからな。
今は何にしても能力の解明に入るべきだ。
「いや……そうだったな」
などと誤魔化し、俺は転移を使って父さんと母さんの目の前に飛ぶ。
やっぱり……二人の反応は同じだった。
俺がそこにいた事になっている。
何だろうか。強引な強制力が働いている様な違和感。
俺だけのクラス集合写真。
茂信達の存在の形跡の消失。
日本側では事件にすらなっていない。
最初からいなかった事になっている。
そんな状況で帰還出来た俺……その帳尻を合わせるかの如く、両親や茂信の認識が書き換えられる。
ともかく俺は……クラス召喚に巻きこまれながらも日本に帰還する術を手に入れてしまった、希少な能力の所持者という事のようだ。