パイプ椅子
「ちなみに萩沢くんは知らないかもしれないけど、城下町の夜の見回りをしている時もあるそうよ」
「ニャ?」
あ、ミケさん自体は当然の事をしてるって感じで首を傾げている。
それを当然と思えるのは立派ね。
対して萩沢くんは……。
「ハッ! 面白くねー! ミケの自慢話なんて聞きたくもねーよ」
「とにかく、萩沢。ミケの屋敷でパーティーがあって俺達が誘われているんだから出るべきだろ。幸成みたいに問題のある奴は……」
茂信くんが私に視線を向ける。
ああ、やっぱりそうなる? 後は聡美さんかしら?
日本人の中でも希少能力だそうだし、出席は出来れば避けた方が良いって所かしら?
だけど……。
「パーティーに出なくても準備の手伝いくらいはしても良いでしょ? 手伝うわ」
「ニャ? ニャニャニャ」
なんかミケさんが私達の近くで一礼して断った様に見えた。
手伝いは十分って……。
「まあ、どっちにしてもミケくんのお屋敷見に行きたいなー」
「ニャーニャ」
「よろしくね」
実が空気を読まずにミケさんと会話した。
とりあえず行く方向になったみたい。
「私も同志達とネタの補充をするからパーティーに出るわ」
黒本さんは是非とも出席する方向らしく、必然的に依藤くんも参加。
代表として茂信くんも出るし、実は……出るのかしら?
「何勝手に決めてんだよ。俺はいきたくねーよ」
「萩沢、諦めろって。ミケはお前のペットなんだから一度は顔を出さなきゃ面子ってもんがあるだろ」
「うへー」
「パーティーだから美女も勢ぞろいだぞ!」
何かを思いついた依藤くんがそう言った。
確かに萩沢くんには効果のありそうな話ね。
「おっしがんばるぜ! ミケを餌に釣り上げてやる。うへへへへ」
「フシャー!」
うわ……萩沢くんが凄く最低な理由でやる気を見せている。
そんな訳でパーティーが始まる前の余裕のある時間に私達はミケさんの屋敷へ遊びに行く事にしたのだった。
「ニャー」
パーティー当日、私達はミケさんの案内で屋敷へ向かっている。
ミケさんは萩沢くんをエスコートするみたいな歩調で、付かず離れずの案内。
最近、私は萩沢くんが乙女に見える時があって困る。
少なくとも黒本さんみたいな感情は無いと思いたい。
「こっちか」
で、城下町の外れである若干のどかな雰囲気のある庭園とかが多い区域を進んで……ややこじんまりとした屋敷が見えてきた。
庭は広めだけどね。
「懐かしいわね。この辺りと言うと学級委員が仕事場にしていた区域よ」
「へー」
真面目と言うよりは遊び方とか知らないって印象の学級委員。
彼は失神事件の後、園芸部に入部して学校の菜園で花とか作物を育て始めたんだっけ。
教室の花瓶にある花は毎日彼が入れ替えしていたのを覚えている。
一応、ゲームで遊ぶ人への理解も深くて……なんて言うか人柄が大きくなった様に見えた。
「ニャー」
なんて感じに雑談をしていたら屋敷の目の前まで辿り着いた。
するとそこには執事とメイドの方々が揃って集まって頭を下げて出迎えてくれる。
「おかえりなさいませ。ミケ様」
「ご帰還をお待ちしておりました」
何か心の底から従っている様な意志の強さを感じるのは……私の気の所為?
「ミケ……てめぇ。執事にメイドを従えてるってどう言う事だ!」
「ニャー」
萩沢くんが悔しがっているのを何か嬉しそうに鳴くミケさん。
これ、構ってくれてうれしいって態度だ。
「ニャア」
で、ミケさんは萩沢くんにじゃれながら執事に向かって鳴く。
「はい。ただいま、夜会に向けた準備をしている最中です」
「ニャ」
ミケさんが片手を上げて鳴くと執事達が顔を上げて軽く首を振る。
「そんな事は出来ません。私たちは万全に万全を重ね、必ず成功させてみせます」
「失敗は許せません!」
「ニャー……ニャー」
「ありがたき幸せ!」
「うお! 何抱えてんだ! 放せー!」
ちょっと困った様子でミケさんは鳴いた後、萩沢くんを抱えたまま屋敷の中へと私達を案内する。
執事とメイド達はミケさんの合図と共に作業に戻る。
とは言っても執事は同行するみたいだけど。
ガチャっと屋敷の扉が開いて広めのエントランスへ行く。
「お城も凄かったけど、こっちはこっちで雰囲気が凄いなぁ……緊張してきた」
メイド達が世話しなく動いていて屋敷中をメンテナンスしている様子が見て取れる。
何か場違いな気がしてきた。
「こんな事で緊張していたらキリがないよ」
茂信くんが緊張している私と聡美さんに微笑みかける。
「ミケくんのお屋敷ー執事さんとメイドさんが揃って出迎えしてくれたね」
「そうね。もっと人数が少なくて私達が手伝いをするとか考えていたけど、確かに、不要な事なのは確か……ね」
ミケさんの屋敷は……大きさの割に働いている人が多い気がするのだけど……。
「この前、お城の人にミケくんのお屋敷の話を聞いたよー。ミケくんのお屋敷で働くのって凄く競争倍率が高いんだって」
「そうなの?」
「うん。立候補者が多いんだってー、今日のパーティーだって近隣の貴族の所で働いている使用人が自発的にお手伝いに来るくらいだとか」
……それは一体どんな状況?
ミケさんにどんなカリスマがあるの?
普段、萩沢くんにじゃれていることしか考えていない様な猫だけど……まあ、なんとなく分からなくもないか。
城下町での出来事とか、毎回やっていたら人気も出ると思うし。
「何時まで抱えてんだよ放せってーの!」
「……ニャー」
「うお! 頬ずりすんな! 俺のLvが低いからって調子に乗るんじゃねえぞ! 覚えてろよ!」
ミケさんに頬ずりされて萩沢くんが悪態を付いているけど……それで良いの?
身の危険を感じないのかしら? それこそ黒本さんの趣味にしている物みたいな事が起こりそうで怖いわ。
「ウッホ」
黒本さんもこの趣味が無ければ、女の私から見ても知的で魅力的な女性なんだけどな……。
なんて感じで私達は屋敷の中を案内された。
あ、さすがにミケさんは萩沢くんを降ろしたわ。近い距離に居るけど。
手入れが行き届いていて、なんて言うか私達の家が小汚く見えてしまう。
貴族と庶民ってこんなにも違いが出てしまうのだろうかと上流生活との差を嘆く……事は無いわね。
「こちらは今から百二十年前に、我が国の有名な職人が拵えたテーブルでございます。かの職人は――」
と、家具一つ一つに歴史があるらしく、執事が説明して行く。
歴史があるのはわかるんだけど、凄く使い辛くなっちゃうんだけど?
休んでいた時にもソファーの説明をされて座り辛かったし。
こんな博物館みたいなお屋敷でパーティーって凄く疲れそう。
私は参加しなくて良かったと胸をなでおろす。
あんまり物怖じしないとは言われる私だけど、ここでは緊張くらいする。
「えーこちら、皆さまの友人であるハネバシ様が異世界から仕入れた椅子でございます」
そこにあったのは……仮設のパイプ椅子だった。
アンティークの中に異物として混ざっているパイプ椅子に私はなんとなく安堵をおぼえる。
みんなもそんな気持ちなのか、パイプ椅子の方に目が向いているわ。
「あ、はい」
幸成くん、こんな所でもみんなの心の支えになるのね。
パイプ椅子一つで、こうなるってちょっとどうなのかな? とも思うけど。
屋敷を見て回る最中の休憩時間で、私や聡美さん、萩沢くんと黒本さん以外の人はパイプ椅子に腰かけていた。
「城の方でも似た様な家具が当然の様に設置されていたけど、そんな歴史があったんだなぁ」
茂信くんが困った表情で呟く。
「もう城の方でも座り辛くね?」
「ニャーニャー」
気にしなくて良いって感じでミケさんが鳴いている。
知らなければ使えたと思うと怖いわね。
「壊さない様に座れば良いんじゃないか? いちいち気にしててもしょうがない」
その点で言えば依藤くんは冷静ね。
「そうよ。仮に壊れても能力で修理するからどうにか出来るんじゃないの?」
黒本さん、貴方の意見もどうかと思うわ。




