第八話 エンチャント
大変長らくお待たせしました。
現状と更新予定は活動報告に書きます。
「彼女がヒューエルさん。この街で一番の技術者なの」
「一番かどうかは別として、エンチャンターのヒューエル・フォトンよ。よろしくね」
そう言った彼女はにっこりと笑うと、僕に手を差し出してきた。
「アキラ・ヒイラギです。よろしくお願いします」
そう返すとその手を握り返す。
今僕が来ているのは、ヴァルハラ城から真っ直ぐ伸びている大通りから二本中に入ったひっそりとした路地にある店に来ていた。
「じゃあ、さっそくコアクリスタルを貸してちょうだい」
「これです」
彼女に差し出す。
「どういうエンチャントにする?」
「そうですね。……魔法攻撃力と速度出力と魔力制御補助のアップでお願いします」
ほんの少しの思考の後にそう答える
「分かったわ」
彼女は渡したコアクリスタルを受け取ると奥へと入る。
工房に入ったのだろう。
エンチャンターとは簡単に説明すると、コアクリスタルの制限の開放や能力の付加を行う職業の人間だ。
コアクリスタルには無限の可能性があって、エンチャントしてゆけばその分だけ強い武器や防具を手にすることができる。
ただし、それを扱うだけの能力も必要になり、最初のうちはランククラスで上昇限度枠が設けられている。
限度枠が取れるのはAランククラスを超えてからだ。
その後はほぼ自由にエンチャントをしていくことが出来るが、制限解除とは違って高レベルのエンチャントを行う場合は希少な素材も必要となるため、必要となるお金もそれ相応に高くなる。
そして、それだけのお金を稼ごうと思えば高難易度の依頼をこなさなければならなく、高難易度の依頼を受けようと思うとランククラスをあげなくてはいけない。
というわけで、比較的自由にエンチャントが出来るが、よほど資金的に恵まれていない限り身の丈にあったレベルのエンチャントしか出来ないのが実際だ。
「攻撃重視で行くんだ?」
「まずは回避できるだけのスピードと中長距離で決められる魔法が必要だと思いますし。接近戦はスキルが足りないですから」
まずは攻撃をよけること。
勝つんじゃなくて負けないこと。
それが、今の僕にとっては一番必要なことだ。
それに、持っている武器は剣だけど、接近戦を挑むだけのスキルがない以上、選べるのは実質それぐらいだ。
「まあ、でも、それが正解だよね」
「それが妥当な線ですね」
「え?」
思わず、疑問符が浮かび上がる。
まるで間違いがあったなら正そうとしていたように聞こえる。
「今日は昨日よりももっとアキラさんには頑張ってもらうつもりだったわけだし」
「どういうことですか?」
いまいち状況がつかめない。
なぜ、僕が頑張らなければいけないのか、理解できない。
いや、心の片隅に多少の予感はあるにはあるが。
「いや、今日は昨日よりももっとたくさんの魔物と戦うことになるから、それに合わせて魔法攻撃力を上げてもらおうと思ってたんですよ」
「目標Aランククラス10体、Sランククラス5体以上です」
「はい?」
「ですから、Aランククラスの魔物を10体以上、Sランククラスの魔物を5体以上倒しましょうっていうんですよ、今日のユグドラシルの森でのイベントで」
「……今日の、イベント?」
思わず、固まる。
「そうですよ。今日も三時からユグドラシルの森でイベントがあるじゃないですか」
「ああ、えっと、やっぱり?」
そう尋ねるが嫌な予感しかしない。
「そうですよ。昨日と今日、そして明日まであるじゃないですか」
「このイベントは三日間あるの知らなかったの?」
「………」
答えられなかった。
いや、知らないわけじゃない。
ちょっと調べたときにそんな感じのことを言われたのは覚えているし、保険の意味を兼ねて、あと終わった後遊びにいけるようにと部屋は長めに借りている。
ただ言われるがままにユグドラシルの森に入って戦っていた。
そして、何も聞かずに、鍛えられていた。
目の前のことしか見えていなかった。
だから今日以降のことをまったく考えていなかった。
「頭になかったみたいですね」
「はい」
情けないが、仕方ない。
「一応確認ですけど、このイベントは、昨日と今日、そして明日まであるんですよ。ただ、今日は昨日と同じ時間まででいいんですけど、最終日の明日の夜十時まであるんです」
「最終日はずいぶんと長いんだね」
三時開始だから十時だと七時間ぐらいになる。
そんなに戦えるのだろうか。
魔物の数が少なかったり、弱かったりするのならばそれぐらいは持ちそうだが、ユグドラシルの森は魔物の数も多ければ、どれも強い魔物だ。
かなり厳しいと思う。
「そうですね。でもその分だけ戦力の補充はありますから。近衛隊から一小隊が配属されます」
「そうなんだ」
そう答えるが、正直言うとあまり分からないというか、一小隊が何人なのかがはっきりとしないのでどれだけの戦力補充になるのか想像しにくい。
ただ、彼女たちが大丈夫というのだから、大丈夫なのだろう。
「まあ、そういうわけで、明日がかなり辛いことになるから、今日のうちに一人でもある程度行動できるようになってもらいたいなと思ってたの」
「ああ、だから、僕の選択を試したんだ」
「はい、そうです。中長距離の魔法攻撃と回避するための敏捷は、今の柊さんには必要なことですからね」
確かに、まずは生き延びることが先決だ。
そのためには、攻撃よりも坊行のほうが大事だけど、防御だけじゃ逃げられない。
逃げるためには、スピードが必要になる。
だけど、防御とスピードだけでは、レベルアップは出来ない。
そうなると、中長距離で攻撃をして逃げる、と言った感じの戦法をとるしかないだろう。
「まあ、でも、この分だと明日も大丈夫そうだと思うよ?」
「そうですね。私たちがサポートしますけど、それ以上に柊さんは飲み込みがいいですから」
「そんなことはないよ。説明してもらってもなかなか理解できてないし」
大人としては少しどころか、かなり恥ずかしいが、何度も説明してもらってようやく理解できるような頭の持ち主なのだ。
「ううん、たぶん、柊さんは、実戦派なんだよ。何回か実際にやってみたら、ちゃんと覚えてるし」
「そうですね。説明だけの時は手間取ってますけど、いざ実際にやってみると、すぐに実践できてますし」
「そうだといいんだけど」
正直そんなふうだとは思えない。
どちらかというと、彼女たちの教え方がいいからだとしか思えない。
「そうなんですよ。柊さんはもっと自信を持ってください」
そう言ったアイシャはにっこりと笑った。
「うんうん、柊さんはすごいと思うよ。いくら私たちが手伝ったとはいっても、Sランククラスの魔物を倒したんだから。普通のビギナーランククラスじゃ、できないことだよ?」
続けたミィーナも笑顔だった。
「分かったよ。ちょっとだけ自信を持ってみる」
だから、僕は笑みを返す。
気を使ってもらっているのだろう。
だったら、それに乗っておこう。
そっちの方が彼女たちに、更に気を使わせなくてもすむし。
「頑張りましょうね」
「そうだね」
そのお礼は、彼女たちが出した目標を達成することにしよう。
そして、そのあと感謝の言葉を述べよう。
ありがとう、と。