第八話 死闘
分割するかどうか迷いましたが、これ以上分割するとおかしくなりそうだったので、一まとめに。
珍しく量が多め。
ごくりと生唾を飲み込む。
左肩を落としたからもう飛べないし、ダメージだってあるから、動きだって鈍くなっているだろう。
諦めなければ、なんとかなるかもしれない。
振り下ろされた右腕をかわし、足元に滑り込むと、思い切り右の膝裏を切りつける。
ここなら、まだ他の場所よりも防御力が落ちるだろう。
たとえ、傷をつけられなくても、よろけさせることぐらいは出来るかもしれない。
「くっ、いってぇ」
というのは、少し甘かったみたいだ。
やはり、使い慣れていない剣では、無理があったみたいだ。
バックステップで、その場を飛び退く。
その時だった。
「がああああ」
右腕を振り払った。
向かってくる右腕を剣でなんとか防ごうとするが、力が違いすぎる。
耐えきれず、吹き飛ばされ、
「がはっ」
地面にたたきつけられる。
肺に入っていた空気は一気に吐き出され、軽い酸欠状態になる。
おまけに、口の中が妙に苦い。
けれど、そんなことなど気にしている暇などない。
剣をぎゅっと握りしめる。
力の違いがはっきりと出ているが、まだ大丈夫だろう。
まだ、可能性はあるだろう。
ぐっと身体を起こして、ワイバーンの方へと向き直る。
だが、その視界は歪んでいる。
そして、それを感じた途端に強烈な衝撃を身体中に感じる。
耐えることなんてできやしない。
再び吹き飛ばされ、今度は木の幹にたたきつけられる。
「がはっ」
今度は、味を確認しなくても分かる。
吐血した。
おそらく、内臓にダメージを受けたせいだろうが、たった二発連続で攻撃を受けただけで、ここまでのダメージを受けてしまうとは、やはり格が違いすぎる。
剣を杖になんとか立ち上がるが、視点がいまいち合わない。
頭だけはなんとかかばったつもりだったんだけど、身体全体に受けた衝撃が脳にまで達してしまったみたいだ。
不意に視界の端にヴィゼッタさんの姿が見えた。
険しい顔をしている。
助けに来てくれたみたいだ。
結局、勝てなかった。
ヴィゼッタさんの出された課題はクリアすることは出来なかった。
彼女にしてみたら覚悟が足りなかったんだろうけど、Bマイナスランククラスで装備が汎用型のEマイナスクラスだなんて、勝てる可能性なんて最初からなかったのだ。
ワイバーンが思い切り右腕を振りかぶる。
鋭い爪が僕へと襲いかかる。
だけど、僕には慌てる必要はない。
彼女がが助けてくれるから。
鋭い爪が眼前に広がる。
もうそろそろ何かのアクションがなければ、即死。
だけど、何か変わったアクションはない。
視界の端に捉えた彼女は、その場に動かないでいる。
ただただ、険しい顔をしている。
僕は、瞬間的にその場から飛び退く。
叩きつけられた爪によって破壊された地面から、石つぶてが襲いかかる。
「ごぼっ」
その中でもとびきり大きい、僕の拳ほどの大きさの石が腹に直撃した。
ディバインオーラがあるからダメージは随分と軽減できたが、それでもあまりにもひどい衝撃だ。
完全にどこかしらの内臓にひどいダメージを受けたはずだ。
「ぐっ、がはっ、げほげほげほ」
呼吸がうまくできない。
立ちあがろうにも腹に力が入らないから剣を杖にしても苦しい。
もう、戦うとかそういうレベルじゃない。
このままだと、完全に死んでしまう。
彼女が割って入ってくれない限り、もうどうしようもない。
しかし、助けは入らない。
ちらりと彼女たちを見る。
それは、ありえない光景だった。
彼女は腕組みをしてただただ眺めているだけだった。
「うぐぐぐぐ、ぐああ、がっ、かあ!!」
痛む腹に気休め程度の回復魔法をかけて、立ちあがる。
なぜ、彼女がそうしているのかなんてわからない。
ただ、何もしなければ、死んでしまうことだけは予想がつく。
ワイバーンがブレスを吐いた。
痛む身体では、動くことは出来ない。
エンジェルウィングで無理やりその場から浮上する。
魔力はそんなに残ってはいないけれど、地上戦ではあまりにも分が悪過ぎる。
この怪我では、まともに立つことが出来ない以上、魔法で浮かばない限り戦いにならない。
ただ、重力に逆らった行動をしている分、魔力消費が大きい。
魔力総量の少ない僕では、短時間なら維持出来るが、長時間は無理だろう。
早めに決める必要がある。
それにしても、翼竜とも呼ばれる空の覇者ワイバーン相手に、空中戦を挑もうというのだからおかしな話だ。
最初のうちに翼をもいだから、なんとかなったようなものだけれども、普通に考えれば有り得ない選択肢だ。
それでも、もうこの選択肢しか残っていない以上、どうしようもない。
この状況下でどうにかする対処法を考えなくてはいけない。
相変わらずヴィゼッタさんは見ているだけで、助けを期待出来そうもない。
あれは一人で倒さないといけない。
彼女は僕を見殺しにするつもりなのだろうか。
いまいち、真意が分からないというか、もう、信頼する気がかけらも起きない。
正直言うと、憎しみしかわいてこないから、考えないようにする。
そんな感情に揺れている余裕なんてない。
僕の持っている魔法で、ワイバーンの鱗を貫ける魔法はディバインカタストロフだけで、今の僕の魔力ではワイバーンの鱗を貫くだけの力を込めたディバインカタストロフは打てない。
とはいえ、そんなに残っていない魔力でも、まだ、いくつか魔法は打てる。
アークライトジャッジメントなら、二発ぐらい打てるだけの魔力は残っている。
そう考えると、ディバインカタストロフがどれだけ身の丈に合わない魔法なのかがよくわかる。
「ちっ」
その場から身を翻し、攻撃をよける。
ブレス攻撃だ。
空にいるから、物理攻撃の可能性はないけれど、ブレスに関しては届く。
とはいえ、それにさえ気をつければ、攻撃を受けることはない。
『ナインズソード』
九つの光の剣を再び生み出すと、翼をはためかせ、急降下する。
ワイバーンがぐっと身体をのけぞらす。
片翼を少しだけ沈ませて、方向転換する。
その瞬間に、先ほどまでいた場所にブレスが通り過ぎていた。
攻撃のタイミングも、分かってきた。
これならば、更に戦いやすくなる。
着地をすると、身体中に激痛が走ったが、そのまま、再び舞い上がる。
やはり地に足付けた戦闘では身体にかける負担が大きすぎて、無理そうだ。
その時には、またブレスが通過していた。
そのまま、右、左と回避していく。
次々と、ブレスが僕の襲いかかる。
休む暇は与えてくれないみたいだが、予備動作さえしっかりと見ていれば、そんなに危険なことではない。
ただ、方向転換するたびに、身体に痛みが走る。
着地したときほどのものではないが、それでもやはり身体に負担はかけてしまっているみたいだ。
ひらりひらりとかわしてゆく。
もう一発でも攻撃を受けたら、終わりだ。
それに耐えうるだけの体力は残っていない。
避けるたびに痛みが身体に走る。
おそらく、今の僕の表情は苦痛で歪んでいるだろう。
だけど、それでも、生き残るためには絶えなくちゃいけない。
右に左にかわしていると、ちょうど左肩が真正面に来た。
赤黒い肉が目の前に広がっている。
ここがチャンスだだろう。
『ブレイブソード』
九つの剣を一つにして放つ。
「ぎゃあああ」
途端に悲鳴が上がる。
当たった部分から血肉が振りまかれる。
やはり、さすがのワイバーンも傷口はやはり痛むらしい。
ここを集中的に狙えば、突破口が開けるだろう。
ただし、そのやり方だと長期戦になるため、今の僕では無理だろう。
右へ左へ、空へ地上へと瞬時に場所を移動する。
身体中に受けたダメージがあまりにもひどくて、今では呼吸するだけであちこちが痛くて今すぐにでも失神してしまいそうだけど、このままうまくやりさえすれば倒せる可能性がある以上、そんなことは言っていられない。
生き残れるのなら、ちょっとぐらいの痛みや苦しみなど耐えて見せる。
『ブレイブバスター』
右手に黒く光る球体が浮かび上がり、そのまま留める。
このまま放ってしまったんでは、意味がない。
ただの闇属性のブレイブバスターでは、勝利には決して届かない。
黒い球体に意識を注ぐ。
ブレスは、いまだに僕を狙い続けるから、もちろんそれをかわしながらで、なかなかうまくいかない。
木の陰に隠れてやるのが一番なんだろうけど、さすがにこれだけボロボロの状態では、ワイバーンでも血の匂いでも嗅ぎつけて場所がばれてしまう可能性がある。
だから、多少危険でも、こうするしかない。
球体の黒が少しずつ深くなり、闇という名に相応しく深淵なものへと変わっていく。
翼をはためかせて、再び急降下。
付加は十分すぎるほど出来た。
再び、右へ左へと翼を使って方向転換して、捉えさせるようなことはしない。
狙う場所は一点のみ。
『カースオブブレイブバスター』
真正面に来た右肩へと狙う。
「ぎゃああああああ」
甲高い悲鳴が辺りに響き渡る。
直撃だ。
着弾した右肩からは血肉が飛び散り、更に、そこから少しずつ黒く変色してゆく。
闇は浸食を付加できる。
いくら硬いうろこでおおわれていたとしても、その内側の肉は違う。
傷口からジワリジワリと呪いにも似た腐食の浸食をさせれば、ダメージを与えられるだろうと思ったのだが、やはり正解だったようだ。
かなり苦しい戦いになってしまったが、それでもなんとかワイバーンを倒すことができそうだ。
ヴィゼッタさんの課題はクリアすることができた。
これで、僕はまた、戦える。
「え?」
かくんと、不意に力が抜けた。
先ほどまであった浮遊感はなく、地に落ちる。
身体を見てみると、先ほどまであったはずのエンジェルウィングはおろか、ディバインオーラもなければ、防護服すらない。
先ほどまで握っていた剣もない。
「あ、あああ、あ、や」
それが明かすことは、もう一つしかない。
魔力切れ。
もう、防護服や剣を維持するだけの魔力すら残っていないということ。
まだ、防護服や剣だけでなく、ディバインオーラとエンジェルウィングを維持するだけの魔力は残っていると思っていたんだが。
「くっそぉぉぉ!!」
吐き出されたブレスをかわす。
「うわあああああ」
だけど、直撃は免れても、余波だけで吹き飛ばされてしまう。
「ごほっ!!」
そのまま、木の幹にたたきつけられる。
ばきっと嫌な音がした。
頭と背骨をせめて守るためにわずかだけ身体をひねったんだけど、そのせいで、左腕と左の脇腹の骨が折れてしまったみたいだ。
呼吸ができない。
もしかしたら、肺に刺さったのかもしれない。
そもそも、立ちあがることすらできない。
あともう少しだった。
あともう少しで、あのワイバーンを倒せるはずだった。
その証拠に、ワイバーンの体のあちこちが黒く変色している。
それでも、動いているのは大した生命力だが、もうほとんど持ちそうもない。
身体をのけぞらせるブレスの予備動作を取っているが、それを放ったら最後、そのまま倒れるだろう。
本当にあと少しだった。
後、もう少し魔力が残っていれば、僕が勝っていたのに、僕の予想よりもずっと早く魔力が切れてしまった。
たぶん、魔力の予想外の消費の速さは、出血量のせいだろう。
出血と合わせて、体力と魔力も流れ出てしまったんだろう。
こういう時の経験不足がやはり痛い。
ある程度予想はしていたけど、それ以上の速度で消費されてしまったんだろう。
さっき言い聞かせたばかりだと言うのに、同じ失敗をさっそくしてしまった。
そして、それが原因で死ぬ。
覚悟したことだった。
平穏な暮らしがないことを、望まぬ形で死んでしまうことを覚悟していた。
まだ、死にたくはない。
生きて、いろんなことがしたい。
そう思うけど、諦められる。
最初から分かっていたことだから、諦められる。
痛む身体で、ヴィゼッタさんの方へと向く。
顔は見えない。
ただ、彼女は助けに来ない、それだけは分かった。
彼女にその意思はない。
だから、僕はこのままだとここで死ぬだろう。
死。
こちらに来てから何度も直面したもの。
まだ、死にたくはない。
まだ、やりたいことはある。
生きていたい。
だから、死というものに対して恐怖がある。
それに、友達も出来た。
サミュー陛下、シャリーア、ミィーナそしてアイシャ。
見事に女の子ばかりだが、こんな僕でもよくしてくれた子達だ。
もし、僕が死んだら、彼女達を悲しませてしまうことになるだろう。
きっと彼女達は泣いてくれている。
僕のためなんかに泣いている。
こんな僕でも、泣く価値があると思ってくれている。
それが少しだけ嬉しくて、だけど、辛い。
やはり、自分のせいで女の子を泣かせるのは辛い。
自分が死んでも、誰も泣かないと思っていたわけじゃないけど、深々と心に刻みつけるほどのものではないと思っていた。
そこまで、自分のことを大切に思ってくれる人なんていないと思っていた。
昔から一人だった。
普通の人と違って、だけど、それを表に出すことができなくて、人と付き合う時はいつも上辺だけだった。
孤独が寂しいから、一人きりになることだけは避けていたけれど、心から信頼できる、心の奥底を吐露できる人は誰もいなかった。
だからこそ、二つの属性を持つ魔法剣士にしたのだ。
誰にも心を開くつもりがなかったから、自分ひとりで戦って、自分ひとりで生きていこうと思ったからそうした。
ただ、寂しさを紛らわしてくれる友人さえがいてくれれば、それでいいと思っていた。
あの時、アレックス隊長の言葉に、悩んだのは、それが理由だ。
寂しさを紛らわせてくれる程度の友人のために、自分の命を危険にさらすようなことをするのとためらったのだ。
どれだけ最低な人間だと言うのだろうか、僕と言う人間は。
そして、アイシャさんと一緒にいようといまいと、ユミールで生きる限り変わり命の保証がないことを、いつも死の恐怖に晒されていることに気付いたから、アイシャと一緒にいようと思った。
どっちでも一緒なら、寂しくない方を選ぼうと思った。
自分にとって都合のいい選択をしようと思った。
自分の都合だけを優先して選択したのだ。
そして、その結果として命を失っても、構わないと思った。
もともと、ユミールに来た時点で覚悟していたことだった。
市が目の前にあることは、最初から分かっていたし、それを受け止められたのは、諦められたからだ。
僕のことを特別に思ってくれる誰かも、僕が特別に思っている誰かもいなこの世界に未練はない。
だから、諦められたのだ。
諦めこそが僕の全てで、僕を迷いなく導いてくれていた。
だけど、それが揺らぐ。
不意に声が聞こえた。
年若のヴィゼッタさんとは違う声が聞こえた。
いるはずのない少女の声が聞こえた。
その声が、心に深く深く突き刺さる。
そんな声で呼ぶ必要のない僕のことを必死になって叫ぶ。
ワイバーンは、まだブレスを吐かない。
腐食した身体で攻撃するのは簡単ではないらしいが、それでも確実に最後のあがきで僕を殺しにかかるだろう。
僕の死は変わりない。
もう僕の体は、魔法なしでは動かせない。
だけど、その魔法だって、魔力切れで使えない。
もう、どうしようもない。
だけど、それでも、彼女は叫んでいる。
必死になって、僕の名前を叫んでいる。
その目に大粒の涙を流して。
どうして、そんなに彼女は、僕のことを思ってくれるのだろう。
まだ、一緒に過ごした期間はわずかな時間だというのに、一週間にもなっていないというのに、なのに、なぜ彼女はそこまで自分のことを思ってくれるのだろう。
分からない。
僕の何が、彼女をそこまで思わせてしまったのか、分からない。
分からないから、知りたい。
だけど、知るためには、生き残らないといけない。
死んだら、分からない。
でも、どうすればいい。
身体を動かそうにも、八方ふさがりのこの状況で何ができる。
何もできやしないさ。
なら、やっぱり諦めるしかない。
生を諦めないるしかない。
ついにワイバーンからブレスが吐き出される。
大気は揺らめき、必殺の一撃が僕目がけて突き進む。
瞳を閉じる。
もう、全てが終わった。
今度こそ、僕は死んだ。
「柊さん、死なないで!!」
だけど、その大気の揺らめきを割るかのように、僕の耳に心の奥底にその声が響いた。
僕に生きろと必死に叫ぶ彼女の声が僕の心に響いた。
(死にたくない)
とくんと心臓が脈打つ。
心の奥底に眠っていた思いがわき立つ。
それは、生き物として当り前の本能だった。
(生きたい!!)
目を開く。
既に、大気の揺らめきはすぐそばに来ている。
今から、この身体でよけようとしたところで、よけれきれない。
「コアクリスタルよ、死にたくないんだ、生きたいんだ、俺の体の中にあるほんのわずかの魔力でも、生命力でも何でもいい、それを少しでも使って、俺に魔法を使わせてくれ!!」
頼れるのは魔法だけだ。
もう魔力なんて残ってないけど、それでも、この場面で頼れるのはそれだけ。
『エンジェル……』
剣も防護服も何もいらない。
翼だけがあればいい。
もう一度、飛び立てる力さえあればいい。
『ウィング!!』
次の瞬間世界が白く輝いた。
そして、僕の背中には光り輝く銀色の一対の翼が広がっていた。
「うああああああああああ」
それを精いっぱいはためかせて、その場から飛び退く。
ぎりぎりで直撃は避けられた。
だけど、余波まではよけきれない。
吹き飛ばされてしまう。
眼前に木の幹が広がる。
「死んで、たまるかあああああ」
だけど、それも翼を使って方向転換して回避する。
「でやぁぁああああ」
そして、今度はそのまま上昇する。
浮かんだ空から、ワイバーンを見る。
力なく横たわっていた。
確認するまでもない。
腐食が心臓まで達したんだろう。
今度こそ、僕の勝ちだ。
そのまま、着地すると、二人の方へと向きなおす。
アイシャは慌てて僕のほうへと駆け寄ってくる。
だけど、そこまで思ってくれたのがやっぱり嬉しくて、それに答えられた自分が少しだけ誇らしくて、それ以上に、死なずに済んだことにほっとしている。
だから、僕はそっと目を閉じた。
一気に身体から力は抜けて行き、意識は混濁していく。
自分でもわかる。
ああ、もう、これ以上意識をつなげるのは限界だ、と。
かすかに甘い匂いを鼻腔に感じながら、僕はそのまま意識を失った




