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30歳から始まる魔法生活  作者: 霧野ミコト
第一章 紐解かれる神話
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第十四話 歪な感情

何のために戦うのか。


何のために命をかけるのか。


ユミールに来てずっと考えていた。


元の世界にいた時には考えることなんてなかったけれど、ユミールで生きるためには力が必要で、その力をもってして戦わないといけない。


この世界にいる限り、力が付きまとってくる。


だけど、闇雲に力を求めたところで、それが決していいものだとは思えなかった。


ただ、力だけがあればいいとは思えなかった。


だから、理由が欲しかった。


力を手に入れるための、戦うための理由が欲しかった。


だけど、今はその答えはない。


こっちに来る前はすべてを投げ捨てていた。


いろんなことが退屈で、面倒くさくて、流されるまま生きていた。


それこそ生きるのがいやになることすらあった。


雁字搦めの生活が嫌で、好き勝手に生きていていたくて、そうならない世界に癇癪を起こしていた。


そして、死んだほうが楽だ、誰かいっそ殺してくれ、と。


しかし、しばらくすると目の前にある楽しいことにその意識は薄れていく。


あとはそれの繰り返し。


鬱々とぐだぐだと心の中に延々とめぐり続ける感情。


なんとも情けなく、みっともなく、自己中で、ガキで、面倒くさいどうしようもない駄目な人間だった。


それは、こっちにきても変わらない。


今は楽しいから。


縛られる感情がないから、自分の好き勝手に生きていけるから、気にならない。


だけど、いつかはまた来るだろう。


死にたがりとも言える『殺してくれ』衝動に襲われるだろう。


そうやって、またすべてを投げ捨てるだろう。


それを防ぐ手段がないわけではない。


簡単なのは守りたい人を見つけること。


でも、今はそんな相手はいない。


そもそもソロで行動するつもりでいるんだから、それでは本末転倒もいいところだ。


寂しいのは嫌だけど、常にそばに居られるのは嫌。


僕の居てほしいときだけ居てくれればいい、そういう自分勝手。


どうすれば投げ捨てなくなるのだろうか。


そして、何のために力を求めればいいのだろうか。


何のために戦えばいいのだろうか。


その答えは、いつか見つかるのだろうか。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




目をあけると、真っ白な天井が広がっていた、


「ぐあっ」


起き上がろうと、身体を動かしたところで、激痛が走った。


針で刺されたような鋭い痛みとともに、身体を引きちぎらんばかりに思いきり引っぱられているような痛みだ。


「生きてる、のか?」


だけど、それは、たぶん生の証。


生きているからこそ、痛みがあるのだろう。


あの時、半ば以上死を覚悟していたが、だからと言って完全に諦めていたわけじゃない。


そのための対策はしっかりと取っていた。


少しでも、生き残る確率をあげるために、アークライトジャッジメントを使ったのだ。


光の柱を立てて、目印にしたのだ。


もしかすると僕を探しに来てくれたアイシャやミィーナ達が見つけてくれるかもしれない、そう思って、その魔法を使ったのだ。


不意に何かが落ちるような物音がした。


痛む身体に鞭打って、首だけ物音のほうを向くと、銀髪の女性がいた。


「アイシャさん?」


それは、アイシャだった。


茫然と入口で立ちつくしていて、足元には切り花が落ちている。


おそらくさっきの物音はそれが原因だろう。


だけど、その表情が見る見るうちに、変わっていく。


今にも泣きそうな、瞳に涙を溜めた表情に変わっていく、


「目が覚めたんですね!!」


そう言った彼女は、落とした切り花を慌てて拾うと、駆け寄ってくる。


「うん、まあ。身体があちこち痛いけど、一応大丈夫みたい」


「それは、仕方ないですよ。死んでもおかしくないほどの怪我をしていたんですから。それを私とミィーナ二人で、必死になって治したんですよ?」


「ごめん。ありがとう」


かなりの剣幕に思わずたじろぐが、それだけひどい傷だったのだろう。


確かに、あの時の感覚からすると、死んでもおかしくないほどのダメージを受けていただろう。


身体の感覚はなく、すごく寒かったわけだし。


「でも、本当に良かったです。受けたダメージがひどかったので、目が覚めるまで時間がかかるのは覚悟してましたけれど、三日も寝ていたんですよ?」


「三日も!?」


それは、随分と長い間寝込んでいたものだ。


受けたダメージを考えると仕方ないのかもしれないけど、そんなに眠るほどだとは。


「三日かぁ。随分と寝てたんだね」


「はい、分かっていたことではありましたけど、心配だったんですよ?」


そう言った彼女は、優しく笑う。


それを見れば、どれだけ心配していてくれたのかがよくわかる。


それにしても三日。


随分と長い間心配をかけてしまった。


待っている間は気が気じゃなかったんじゃないだろう。


今ここにはいないけど、きっとミィーナにも心配をかけてしまっただろう。


そこまで考えたところで、愕然とした。


「もしかして、僕のことを心配して、帰るの遅らせた?」


確か、彼女たちはクエスト終了翌日には帰る予定だったはずだ。


「気になさらなくてもいいんですよ。私が勝手に心配して残っていただけのことですから。それに、ミィーナに先に帰ってもらっていますから」


「……」


何も言えなかった。


彼女は気にするなとは言うが、気にしないはずはない。


僕のせいで、彼女の予定を狂わしてしまったのだ。


しかも、自分の無茶のせいなのだ。


あの時、ちゃんと彼女たちに頼っていれば、こんなことにならずに済んだというのに。


ノルンの言葉を勝手な解釈で単独でいったせいで惨敗した挙句、真でもおかしくな怪我をした。


ワイバーンを倒したことで、調子に乗っていたのだろう。


たいていの相手なら何とかできる、と。


本当に、情けない。


「気にされなくてもいいですよ。本当に悪いのは、近衛隊なんですから。自分の主君を守れずに、全滅した挙句に、全ての責任を貴方に押し付けました。ですから、彼らがいけないんですし、それにアキラさんが巻き込まれただけなんですから」


だけど、彼女はそう言って優しく笑いかけてくれる。


決して僕の罪ではない、と諭すように。


「ありがとう」


僕はそれに笑いかける。


彼女はそういうが、それでも僕に全く罪がないとは思わない。


だけど、そう思ってしまうことが彼女の重荷になってしまうんだったら、それは余計に罪深いことだ。


だったら、ここで素直に頷いて、自分自身で自分を罰すればいい。


「身体の傷はまだ痛むでしょう?退院するには、まだ、数日はかかるだろうって」


「そんなに、ですか。そう言えば、始祖竜はアイシャさんが倒したんですか?」


それは気になっていたことだった。


生きているということは、勝ったということだろう。


「ううん、私たちじゃないの。倒したのは、近衛隊長よ」


「隊長ですか」


ということは、ぎりぎりで間に合った、ということだろう。


僕個人としては、もっと早く助けに来てほしかったけれど、始祖竜10匹相手となるとそういうわけにはいかなったんだろう。


というか、今ならなおさらアレックス隊長の化けものっぷりがよく分かる。


あんなのを一人で10匹も相手したのだ。


同じ人間だとは思えない。


「助けてもらった立場としてはお礼がいいたいけど、さすがに無理ですよね」


だけど、それでも助けてもらったということには変わりない。


お礼ぐらいはいいたいけれど、向こうはずっとずっと雲の上の存在なのだから、無理だろう。


「お礼はいらないと思う。そんな必要なんてないもの」


しかし、返ってきた言葉は随分と冷たく鋭利なものだった。


一瞬別人かと思ったほど、今までのアイシャさんの声とは全く違っていた。


「あ、違うんです。お礼をするのは近衛隊長で、むしろされるのはアキラさんのほうですよ、ってことです」


「ああ、そういうこと」


思わず、そんな気持ちが表に出てしまったんだろう、慌てて彼女は言葉をつづけた。


その言葉に、なぜかホッとする。


なんだか知らない彼女を見たようで、ちょっと変な気持ちだった。

まあ、出会って数日なんだからそれは当然なんだけど、やっぱり今の彼女はなんとなく違和感があった。


まるで、さっきの言い方だと、そんなことをする価値もない人間だと言っているように思えた。


だけど、確かに彼女の言葉の通りだ。


感謝されてもおかしくない結果を残したわけだし。


「そうだ、飲み物買ってきますね。喉乾いているでしょう?」


「え、いや、悪いからいいよ」


「気にしないでください。養生しないと早く治りませんよ?」


そう言った彼女は、さっさと部屋から出て言った。


軽くため息をつくと、身体を起こす。


相変わらず、痛みがひどいが、それでもなんとか置き上がることは出来た。


窓の外を見ると、見覚えのない景色が広がっている。


いったい、ここはどこなのだろう。


「目が覚めたようだな」


不意に全く聞き覚えのない声が聞こえた。


「……アレックス隊長」


思わず振り返ると、そこにいたのは、僕を助けてくれた人だった。


噂をすればなんとやらと言った感じで、僕が目覚めたのを感じてきたわけではないだろうから、グッドタイミングだ。


「あの、どうして、こんな場所に?」


とはいえ、こうして来てくれているが、まさか雲の上の人がわざわざ僕のところに見舞いに来てくれるとは思わなかった。


「君は、殿下を助けてくれた。情けない話だが、近衛隊の戦列が崩壊した後、殿下が無事でいられたのは、君が時間を稼いでくれたおかげだ。それに対して感謝するのは当然の礼儀だ」


そう言った彼は、少しだけ笑みを浮かべた。


一瞬、なぜか背筋に悪寒が走った。


なんとなく、嫌な気配がする。


額面のままに受け止めさせてくれないそんな気配がする。


「そんな、僕はただ、当り前のことをしただけです」


だけど、僕はそれを押し隠すと笑い返す。


確かに悪寒が走ったけれど、それでも悪い人ではないだろう。


そこまでは、感じなかった。


「それでも、我々は感謝しているのだよ。君があの時、あそこで殿下を守ってくれなかったら、殿下は無事ではなかった。殿下を失わなくてすんだのだ。君はもっと誇るべきだ」


「身に余る光栄です」


正直実感はわかない。


だけど、下手に否定するよりかは、逃げて置くほうが無難だろう。


向こうだって、矜持があるわけだし。


「近衛隊全隊員に代わって、君に感謝する」


そう言った彼は、頭を下げた。


「そ、そんな、頭なんて下げなくてもいいですよ。上げてください」


だけど、そんなことされたら、こっちが困る。


向こうは雲の上の存在で、こっちは、泥沼をかいているすっぽんみたいな存在なんだ。


そこまでさせるわけにはいかない。


「だが、これぐらいはしないと君に感謝の気持ちは、記せない」


「その程度で、許されると思っているのかしら。貴方の罪が」


どうにかして、やめさせなければ、そう思った矢先に、声がした。


凛とした涼やかなこの声は、アイシャだ。


だけど、その声は、普段の彼女とは全く違って、氷のように冷たく容赦がない。


それは、まるで、先ほどの声のように。


「ヴェーノン君か」


「ええ、貴方が見捨てた、虫の息だった彼を助けたヴェーノンよ」


「そういういい方は心外だな」


そう言った彼は、ため息をつく。


だけど、そんなことはどうでもいい。


いや、どうでもよくはないんだけど、それよりももっと気になることがある。


それは、彼が僕を見捨てたということ。


「あら、事実通りだと思いますが。殿下を守ったせいで、今にも死にそうになっている彼を、貴方はほったらかしにしたじゃないですか」


「殿下の安全を最優先しただけだ」


「あの時、あの場所には、もう魔物はどこにもいなかったのでは?何より、殿下もまた御自身を守るすべを持っておられる。まず、最初は人命救助をするべきだと思いますが?」


辛辣な返しだった。


近衛隊の隊長として、殿下の安全を最優先するのは確かに間違っていない。


けれど、殿下が自身を守るすべがあるのならば、確かに考えるべき点はあったのかもしれない。


「素直に言ったらどうなのですか。王族でなければ、貴族でもなく、それどころか近衛隊ですらないものに、目をかける気などないと」


「そのようなことはない。私は、ただ、自身の職務を全うしていただけだ」


「その結果、あの場にいた近衛隊は壊滅。たまたま、危険を察知した彼が、時間を稼いでくれたから良かったものを、もし彼がいなければ殿下は死んでいた。ならば、何を為すべきなのか、考えるまでもないと思いますが?」


「……」


それに、彼は答えなかった。


旗色が悪いのは彼だから、仕方ないだろう。


彼は、人命救助を怠ったわけだし。


まあ、一般庶民の命の重さなんかと比べ物にならない責務を背負っているのだから、仕方ないとは思う。


見捨てられたせいで、もしかしたら死んでいたかもしれないので、何も思っていないわけではないが、それでも彼の責務を考えたら、ある程度理解は出来るし、納得も出来る。


だが、それでも、それをしっかりと追求するあたり、アイシャさんもすごいものだ。


相手は、近衛隊の隊長。


普通の貴族では相手にならないほどの権力を持った人間だ。


それを相手に、こうもぽんぽんとものを言えたりはしない。


「殿下は君の行動に感動され、ひどく感謝しており、直接その言葉を君に伝えたいと言っている。これは殿下からの書状で中には招待状が入っている。そこに書かれている日時に、宮殿正門に来るといい。私が、殿下のところまで案内しよう。病み上がりのところに邪魔をして申し訳なかった。失礼する」


そうまくし立てるように、早口で言いきると、彼は出て言った。


その姿はまるで敗残の兵にも見える。


「アイシャさん、ありがとうございました」


完全に彼の気配が消えると、僕はそう言った。


彼女は意味が分からず、きょとんとしている。


「僕のために、あそこまで言ってくれて、ありがとうございます」


だから、今度はちゃんと説明した。


無茶苦茶言うからはらはらもしたけど、それでもそこまでそう思っていてくれたと思うと素直に嬉しい。


「あ、いえ、その、えっと」


だけど、彼女はようやく言葉の意味が理解できたのか、照れて、慌てている。


まあ、彼女の性格からすると、それは仕方のないことなのかもしれないけれど。


極度の照れ屋さんだし。


「えっと、これ、ジュースです。飲んでください」


「あ、ありがとうございます」


「それじゃあ、私も帰りますね。病み上がりの人のそばにいつまでもいるのもどうかと思いますから」


「え?」


「それじゃあ、おじゃましました」


そう言った彼女は、逃げるように出て言った。


そこまで照れなくてもいいのに、と思いつつも、彼女なら仕方ないかと思いなおし、ため息をついた。




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