表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30歳から始まる魔法生活  作者: 霧野ミコト
第一章 紐解かれる神話
14/33

第十三話 限界の果てに

頭がくらくらして、目の前がちかちかする。


そこでようやく、自分がブレス攻撃の直撃を受けたことに気がついた。


なんとか立ち上がろうとするが、あちこち痛くて立つどころか動かすことさえできそうにない。


網膜がさけたのかどうかは分からないが、真っ赤になっている視界で懸命に周りを見てみると、興味を失ったように僕から視線を外し、再び王女へと向かっている始祖竜の姿があった。


いつの間にか修繕された結界には傷一つない。


自己修繕能力がついているのかもしれないが、それでもさっきはあっさりと砕け散りそうになったんだから、長くは持たないだろうし、相変わらずアレックス隊長が戻ってくる気配はない。


もうどうしようもないだろう。


僕もやれるだけのことはやった。


だけど無理だった。


身体中あちこち痛くて、なんとか立ち上がることはできるだろうけど、戦える状態ではない。


僕はゆっくりと目をつむる。


このまま目をつむっていたら、生き残れるかもしれない。


始祖竜は完全に僕に興味を失ったみたいだし。


だから、ここは変に動かないほうが賢明だ。


これが正しい答えだ。


間違いじゃない。


ちゃんとやることやって、もう何もできないのだから、何もする必要もない。


「い、いてて、くそ、立つだけで、こんなに痛いってありえないって」


だけど、僕は立っていた。


もうこれ以上頑張る必要はない。


やることはやったわけだし、これ以上やったってどうにかなるわけでもないし、生き残れるかどうかも分からない。


なのに、僕は立った。


「情けないままで、終わるのは嫌だもんな」


だけど、それは簡単な理由だった。


やっぱり、男だから。


かっこ悪いわままで終わりたくないから。


それに、こうして死んだふりみたいなことをして生き残れる確証なんてないし、ここで彼女を見殺しにしたら、後で処刑される可能性だってある。


中世の法秩序じゃないんだから、そんなことはありえないだろうけど、決してゼロじゃない。


まだ、僕はこの世界の法規制のすべてを知っているわけじゃない。


だったら、もうこれを選ぶしかない。


それに、言ってしまえば、それは最初から覚悟していたことだった。


それは、ここに来た時点で、覚悟したこと。


望まぬ形で死を迎える可能性があることを覚悟していた。


ならば、その覚悟に相応しい決断をしなくてはいけないだろう。


生き延びるために見捨てたら、たとえ裁かれなかったとしても、回りからの視線だってあるだろう。


わが身恋しさに王女を見捨てた、と。


そうなってしまえば、もう僕の周りには誰も居てくれないだろう。


もしかしたら、アイシャたちだって見捨てるかもしれない。


再び一人に戻るわけだ。


だったら、構わない。


孤独に打ちひしがれてしまう可能性があるぐらいなら、いっそ自分で決めてしまえばいい。


不確定な未来を選ぶよりは、自分自身で未来を選ぶ。


どうせ死ぬなら、誰かに殺されるよりも自分で死を選ぶ。


再びエンジェルウィングとディバインオーラを発動させると、始祖竜へと向かい


『アークライトジャッジメント』


魔法を放つ。


天空から放たれた光の奔流が始祖竜を飲み込む。


そして、そのまま僕は次の魔法の準備に取り掛かる。


『ディバインカタストロフィ』


光が消えうせ、始祖竜の姿が確認できると同時に再び魔法を放つ。


けれど、今度はそれが直撃することはなかった。


小煩そうにはらうと、ブレスを吐いた。


それを、僕はよける。


「ぐっ」


その瞬間に身体が痛くて、涙がにじむがなんとかこらえる。


それに、ここからが本番なのだ。


もうこれは賭けと言うよりも、自殺行為に近いものだけど、生き残るためにはこの手段しかない。


また吐かれたブレスをよけると、樹の陰に隠れる。


途端に攻撃は止み、王女の結界を壊しにかかる。


だけどそれを無視して、僕は目をつむる。


別に逃げたわけじゃない。


ただ、準備が必要なだけだ。


「頼むよ、僕の相棒」


そう一言語りかけると、


『イーヴィルセイバー、リミット解除。モードカタストロフィ』


相棒の力を解放する。


初めてその名を呼んだ僕のコアクリスタルから生まれ出た剣は光り輝く。


『ブレイブバスター!!』


そして、そのまま魔法を放つ。


始祖竜はそれに一瞬気がついたが、無視して結界を壊しにかかる。


ダメージがないと思っていたんだろうが、着弾すると同時に、思いっきり頭が殴られたように大きく揺れた。


モードカタストロフィ。


僕にとっての切り札中の切り札。


瞬間的に、魔力の出力を上げることができる。


ただ、その分だけ魔力消費量が増えるし、限界以上の攻撃をするわけだから、身体に欠ける負荷も恐ろしく大きく、諸刃の剣の切り札。


だけど、そうでもしないと、時間稼ぎさえできそうにもない。


エンジェルウィングとディバインオーラの出力を上げると、始祖竜に肉薄する。


ブレスを吐こうとしていた始祖竜はそれを飲み込み、腕をはらうが、しゃがんでかわすと、足元に滑り込むと


『ブレイブバスター!』


膝の裏に打ち込む。


途端に姿勢を崩し、片足を膝に着く。


「ぐああああ!!」


しかし、すぐに立ち上がると、苛立たしそう吠える。


すぐに距離を取るが、それをつめるように始祖竜は追いかけてくる。


怒り心頭で周りが見えていないのだろう。


振り下ろされた腕をよけ、距離をとり、それをつめられて攻撃されるとよけて、また距離を取る。


それの繰り返しで、攻撃はしない。


する必要はない。


もう、相手の目には僕しか映っていない。


これなら、なんとか時間を稼ぐことぐらいは出来るかもしれない。


ただ、いつ戻ってくるのか分からない以上、精神的にはかなり辛い時間になってしまうが、それでも完全に絶望的な状況ではない。


迫りくる爪をよけては、距離を取り続ける。


視界の端に捉えた王女は熱心に祈祷を続けている。


無知の僕には分からないが、こうしてたくさんの近衛隊の隊士と勇士をひきつれてやるようなことなんだから、それだけ重要なことなのだろう。


だったら、それを僕は守らないといけない。


この世界に住んでゆく一住人として。


振り下ろされた腕をよける。


回避して、距離を取って、牽制の魔法を放って、また、距離を縮められたら、距離を取り直し、攻撃をされたら避ける。


それを黙々と続ける。


心臓は早鐘を打っていて、頭の中はどうにかなってしまいそうなほどヒートアップしている。


どの攻撃だって一度でも当たれば、アウトだ。


何があっても、しっかりとよけなくちゃいけない。


始祖竜が大きく振りかぶると、そのまま振り下ろす。


僕は、それを何とか避けると、距離を取る。


避けられて行き場を失った腕は、大地に叩きつけられ、粉塵が舞い上がる。


一旦、心を落ち着かせるために、距離を取ろうと、右足を踏み込んだ瞬間、激痛が走った。


思わずバランスを崩し、前のめりに倒れそうなのになるのを何とかこらえ、その場に片膝をつく。


見てみれば、足は痙攣を起こしている。


思っていた以上に、僕の限界はすぐそばに来ていたようだ。


アドレナリンの出し過ぎで、自分の限界を過大評価していたみたいだ。


もう、今の僕にできることは、そんなにないだろう。


粉塵の中から現れた始祖竜の腕を両手と左足を器用に使って跳ねるように飛んでよけると


『アークライトジャッジメント』


天空の高いところから降り注ぐ光の洗礼を再び浴びせる。


だけど、ダメージはない。


そして、始祖竜は大きな口をあけると、ブレスを吐き出す。


もう僕にはよけることは出来ない。


防御結界を作ってみるが、あっさりと砕け散ると、そのまま吹き飛ばされ、何度も地面にたたきつけられ、最後に樹にぶつかったところでようやく止まった。


あちこち痛いし、視界はもう完全に赤く染まって、ぼんやりと黒い何かが動いているのがわかるだけだ。


そして、その黒い何かは僕に興味をなくしたのだろう、予測でしかないがユグドラシルの樹のほうへ、王女のほうへと向かっている。


そして、もう僕は完全に動けない。


身体中があちこち痛くて熱いし、口の中は鉄の味しかしないし、頭も無茶苦茶痛い。


一応、頭を抱えていたから、直接脳にダメージはないだろうが、そんなことを考えること自体無意味だと思えるダメージを身体中に受けているのが、自分でもよくわかる。


もう、僕は、ダメだろう。


僕の回復魔法は瀕死の重症を回復させるほどのものではない。


かといって、すぐそばに回復をしてくれる人も居ない。


アイシャやミィーナが居れば違うんだろうが、今そばには居ない。


ここで、死ぬ。


そう思うと、やっぱり辛かった。


後悔なんてないわけがなかった。


やりたいことはやっぱりいっぱいあるし、こんな無様な最後で終わるのなんて、格好悪すぎる。


せめて、相打ちぐらいじゃないと、男として格好がつかない。


だけど、もう身体は言うことは聞かなくて、体力はないし、死を待つだけしか許されない。


「悪い……な、相棒。最後に、も……う一回だけ。無茶……させて……くれ、な」


でも、ただ、待つのは嫌だった。


立つことはできなくても、魔法を打つぐらいはできるだろう。


魔力は残っている。


目の前にうすぼんやりと輝く球体が見える以外、何も見えなくて、さっきまで痛みで熱かった身体は急激に寒くなってきて、感覚もない。


そのせいで、余計に状況は分からない。


だけど、それでも頭の中の想像で、それをどうにか補完する。


目を閉じる。


見えないのなら、見る必要なんてない。


全部の感覚を魔法に集中させる。


全魔力を、自分の生命力の最後の一滴までを注ぎ込む。


どうせ死ぬんだから関係ない。


痛いのも苦しいのも悲しいのも寂しいのも何もない。


もう、何も感じることはない。


そう思うとほっとした。


ああ、やっと解放されるとほっとした。


何から解放されるのか、生きることがいやだったのから、死ねるから安心しているのか、それは分からない。


行きたいと思う心と同じぐらいの大きさでいつも死にたいと思っていた。


誰か僕を殺してくれと思うときもあった。


何もかもから解放してくれと思うときもあった。


楽しいことがないかなと思いながら、いつだってもう死にたいと思っていた。


そして、今この瞬間に満たされている感情は、絶望でも悲しみでもなんでもない。


安堵だ。


ほっとしているように思える。


意識を再び、思考から引きずりあげる。


まだ悲鳴は聞こえていない


だから、大丈夫。


まだ、間にあう。


ゆっくりと目をあける。


期待していたわけではないが、少しだけ視力は回復していたが、相変わらず世界は真っ赤でぼんやりとだけしか始祖竜と王女は見えない。


始祖竜が腕を振り下ろす。


途端に、今まで王女を守っていた結界が崩れ落ち、悲鳴が上がった。


でも、まだ、大丈夫。


まだ、彼女は、直接攻撃を受けていない。


目の前にある、自分の体の二倍以上ある光球を一気に圧縮する。


始祖竜が腕を振り上げた。


途端に、見えないはずの目には、なぜか怯えている王女の姿が見えた。


『ディバインカタストロフィ!!』


その彼女を守りたいと思った。


知らない人だけど、僕を助けてくれたノルンが助けて欲しいと言った少女だから、助けたいと思った。


昨日、僕はノルンに助けられた。


ノルンのヒントがなかったら、生き残れなかった。


言うなれば、ノルンのおかげで拾った命だ、それをノルンのために使うのなら悪くないだろう。


まあ、でも、出来れば生き残れればいいな、とも思う。


放たれた魔法は今まで感じたことのない、初めて感じる圧力だった。


まるで、ミィーナの魔法のように凶悪とも思える圧力を持っていて、僕は確信した。


この魔法なら、始祖竜でも十分ダメージを与えられると。


そして、ちょうど翼の付け根に直撃すると、一筋の光は始祖竜の翼を引きちぎった。


「ぎゃあああ!!」


甲高い悲鳴が上がる


それは、始祖竜にとっては初めての感触だったのかもしれない。


生態系のトップとも言える彼らにしてみれば、こんな場面など経験したことなんてなかったのかもしれない。


始祖竜は痛みに震えながら、その目に憎しみをこめて僕を睨んでいる。


僕は目をつむる。


もう、目をあけているだけの余力もないし、どんどん意識は白濁してゆく。


地響きを立てて走る足音が聞こえる。


片翼を失って飛べなくなったから、走っているんだろう。


わざわざここまでこなくても、あそこからブレスを吐けばもうお終いなのに、そんなことも考えられないほど怒っているのか、それとも直接叩き潰さないと気が済まないほどの怒りなのか、どちらにしろそうとう頭に血が上っているんだろう。


「ぐあああああ」


甲高い鳴き声が頭上が聞こえるが、どんどん耳も遠くなってほとんど何も聞こえないし、何も考えられない。


揺れが収まった。


どうやら目の前にいるみたいだが、目もあけられないし、耳も聞こえないから、状況が分からない。


何より、もう頭も動かない。


どうやら、賭けは僕の負けみたいだ。


出来るだけのことはしたけれど、結局だめだったみたいだ。


その瞬間、始祖竜の攻撃よりも先に、僕は完全に意識を失った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ