第十一話 とんとん拍子
暗く染まる夜の空。
鬱蒼と茂る森の中では、灯りなんていうものはなく、魔法で作った簡易的なライトだけが唯一の光源となっている。
『ナインズソード』
光り輝く剣が次々と魔物を捉えては斬り伏せていく。
イベント最終日の開始の合図から六時間以上が経った。
僕の気持ち的に言えば、ようやく、という気分だ。
昨日、ワイバーン相手に一緒に戦った人たちは、深々と頭を下げてこれまた神妙な謝罪の言葉を述べるとそのまま足早に帰って行った。
おそらくは、僕の隣にアイシャがいたからだろう。
彼女のことを全く見ようとしなかったし、かなり怯えていた。
「ほら、後一時間もないんだから頑張って」
完全に息の切れている僕を見てミィーナはそういう。
その彼女のほうはかなり余裕そうだ。
「辛いのはよくわかりますが、ここでの頑張りが明日の喜びになりますから」
もちろんアイシャもまた余裕に見える。
僕以上の魔法を乱発しているというのに、どこまでも底なしの魔力だ。
「あともう少し頑張れば、きっとBランクも夢じゃないですよ」
「Bランク、ねぇ」
ほとんど萎えかけている闘志をなんとか燃やしてみる。
昨日の戦果はワイバーンを倒したこともあって随分とすごかった。
同じ轍を踏むまいとしていた受付の例の彼女は再び驚いていたし、実際僕も驚いた。
僕のランクはEマイナスからCマイナスまであがった。
ビギナーからEへあがるのとはわけが違う。
評価ポイントしては、倍どころではすまないぐらいの違いがあるんだから、相当評価点を挙げたということになるんだろう。
そして、そのあと昨日と同じくエンチャンターにコアクリスタルのレベルアップをしてもらった。
「Bランクになればいろいろと出来ることも増えるよ。他の国にも行けるし」
「イベントもいろんなものに参加できますし、なれるなら今のうちになっておいた方がいいですよ?」
「まあ、そりゃそうだけど」
確かに、今回のイベントでなれるのならなっておいた方がいいだろう。
これだけ評価ポイントをもらえるイベントはないから、これを逃せばかなり時間がかかることになる。
二日でビギナーからCマイナスランククラスまであがるようなおいしいイベントは絶対にないだろう。
そう考えると、今のうちに辛い思いをしておいてさっさとなってしまった方が得だろう。
「分かりました、頑張ってみます」
とりあえず、そんなに時間はないだろうが、やれるだけのことをやってしまおう。
『ナインズソード』
九本の剣を生み出す。
背中には翼を背負い、身体中に金色のオーラを纏っている。
昨日までの自分なら考えられないことだし、それ以前なんか想像しようという気持ちも起きないだろう。
「じゃあ、いこうか」
「すぐそばに、Aランククラスの魔物が三体います。二人で足止めしますんで、しっかりと決めてください」
そう言った彼女は、もう随分と離れたところまで走っていて、ミィーナさんはそばにいないあたり、もう現地に向かっているんだろう。
軽く足を踏み込むと、一気に跳躍する。
残り時間は、そんなにない。
ここは少しでも時間を節約しないといけない。
『ブレイブバスター!!』
視界に魔物が入ると同時に魔法を放つ。
しかしその白い光の筋は捉えることなく、地面にふれると爆音をとどろかせる。
既に、二人は三体の魔物から距離を取っている。
僕がしようとしていることを、おそらく理解しているのだろう。
魔物の意識は完全にこちらへと向かっている。
それは想定内で、それを狙ってのあたらない魔法を放ったのだ。
『アークライトジャッジメント』
そして、こっちが本番。
一瞬のタイムラグの後、天から白い光が降り注ぐ。
僕の方を見ている三体には頭上の出来事を知ることもなく、あっさりと直撃を受けると焼きつくされる。
この魔法は、対複数用の魔法で、純粋な威力なら収束率の高く貫通ダメージを与えられるブレイブバスターのほうがあるが、範囲内の魔物を殲滅させるにはこちらの方が威力はある。
威力の低いナインズソードは別として、僕が持っている攻撃魔法はどちらかというと威力はあっても一対一用に作られていているから、もし複数相手との戦闘になったら苦労するだろうからと言って教えてもらった魔法だ。
おかげで、随分と戦いに幅が広がった。
「ほら、次は、あっち。今度もAランクだよ」
「頑張りましょう」
「分かった」
勝利の余韻もなく、そのまま次へと移る。
すぐそばで待ち構えていた魔物は、硬いうろこに覆われている二足歩行のトカゲみたいな魔物た。
ここは、貫通力の高い魔法で一発で決めるべきだろう。
既に、彼女たちが魔物の足を止めているから、よけられる心配もないだろう。
『ブレイブバスター』
放たれるのは一筋の光だが、込められた力は先ほど放ったものの比ではなく、あっさりと堅いうろこを突き抜け、心臓を打ち抜く。
ブラフと勝負を決める魔法にこめる力に差があるのは当たり前だ。
『穿て』
そして、そのまま九つの魔法の剣を放つ。
血の匂いに誘われてやってきた魔物を打ち抜いた。
「今のはCランククラスだね。このレベルぐらいならもう楽勝かな」
「大量発生は困るけどね」
でも、彼女の言うとおり、大量発生でなければ今のレベルなら大丈夫だし、それを分かっていて言わなかったんだろう。
「ほら、ホントに後もう少ししか時間がないよ。次行こう」
「今度はSランククラスみたいですね。かなり手ごわいですけど、今の柊さんなら大丈夫でしょうね」
「頑張ってみるよ」
そう答えると、走り出した彼女たちを追いかける。
それにしても、本当に彼女たちはすごいものだ。
探知機があるわけでもないのに、どのレベルの魔物がどこにいるのかを迷いなく探し当てるんだから、純粋に戦闘能力だけに特化してるわけじゃない。
Sランククラス以上の人はそれ以下とは比べ物にならないというのは聞いていたけれど、ここまでとは思わなかった。
「ワイバーンですね」
「大丈夫?」
そう言った二人は、だけど、言葉とは裏腹に笑顔だ。
「大丈夫です。僕には、これがありますから」
魔法陣を浮かび上がらせると、光球を作り出す。
「そうだね。それに、今回は私たちのフォローもあるしね」
「装甲を削りますね」
そう答えた二人は、胸部に魔法を打ち込む。
「ぎゃぁぁああ」
受けた痛みにもだえながら、それでも、ワイバーンは火炎を吐く。
周辺の草木は燃え、気温はぐんとあがる。
だけど、それを二人が結界を張って、僕を守ってくれる。
だから、僕は安心して魔法を放つことができる。
『ディバインカタストロフィ』
僕が持つ最高の魔法を。
放たれた白い光の筋は、薄く焼けはがれかけた鱗に阻まれる。
「貫けぇぇぇ!」
でも、それは一瞬のこと。
阻んでいた鱗は砕け、突き破る。
「ぎゃああああああ」
断末魔の叫びをあげて、痛みにのたうち回りながら、昨日と同じく倒れ伏す。
違うのは、息絶え絶えながらも僕が経っていること。
「ばっちりだね。ちゃんと魔力充填量を減らしてるし」
「防御力が下がってますから」
昨日は傷一つない鱗を貫かなくちゃいけなかったわけで、今日はそれとは違うんだから限界ぎりぎりまでやる必要はない。
「魔力を節約するのは、大事なことですからね」
そう言った彼女も嬉しそうに見える。
その姿は生徒の成長を喜ぶ教師の姿と重なる。
「時間は、そろそろみたいね」
『本イベントが現時点を持って無事に終了したことを宣言する。汝らのご助力を感謝する。後日、汝らには礼の限りを尽くそう』
同時に、男の声がした。
おそらくはアレックス近衛隊長だろう。
「終わったみたいだね」
「そうですね」
感慨深い気持だ。
一昨日、ほとんど何も知らない状態でここに来た時は、無事に帰れるのかどうかが、不安で仕方なかった。
たくさんの魔物に囲まれた時は死を覚悟した。
だけど、その中から助けてもらって、こうして、一人前、というにはまだ早いけれど、一人でなんとか頑張れるぐらいまで鍛えてくれた。
「この三日間ありがとうございました。感謝してます」
深々と頭を下げると、礼を言う。
本当に、二人には感謝してもしきれない。
「いいよ。私たちだって楽しかったんだし」
「はい。この三日間は本当に楽しかったです」
だけど、二人はそう言って笑ってくれた。
迷惑しかかけてないだろうに、そう言ってくれる、そうやって気遣いをしてくれる二人を純粋に尊敬する。
「それでも、感謝したいんだ。ありがとう」
この世界の住人が全てそうなのかどうかはしらない。
だけど、僕が知っているどんな年下の女の子たちも彼女たちほどしっかりとした人はいなかった。
そんな二人に出会えたことに素直に幸せだと思う。
こっちの世界に来て本当に良かったと思う。
「うーん、このままだと終わりそうもないから、素直に受け取っておくね」
「はい、そうですね」
「そうしてくれると助かるよ」
そう言うと、僕たちは笑いあう。
一人でいることを願っていた。
誰かとつるむことなく、一人で動きたくて、だから魔法と剣を選んで、属性を二つとった。
一人で、なんでもできるようにと、慌てず、焦らず、じっくりと鍛えてきた。
だけど、そんな僕だけど、こうして二人と笑いあっている。
縁というものは不思議なものだ。
「じゃあ、そろそろ戻ろっか?」
「そうですね。今日は随分と頑張ったから、疲れてるでしょうし」
「そうだね。さすがにくたくただよ」
魔力は、こまめに回復させていたから、余力はかなりあるけど、体力はそうはいかない。
結構辛いところがある。
「なんなら、肩を貸そうか?アイシャが」
「私なの!?」
「だって、私がしたら、アイシャが嫉妬しそうだもん」
「また、蒸し返すつもり!?」
「あはは」
三人で歩く道はとても楽しかったが、それが少し寂しくもある。
僕たちは今日でいったんお別れになる。
二人は、この国に住んでいるんじゃなくて、別の国からわざわざここに来ていて、明日の早朝には帰ってしまう。
もちろん、お互いいる場所は知っているから、会おうと思ったら、いつでも会えるんだけど、それでも、すぐそばにいないと思うと寂しくなってしまう。
でも、それが当り前のことで、いつでも一緒なんて言うのはありえないことで、会えないからこそ、久しぶりに会えた時に、幸せな気持ちになれるんだし、会えた時間を大切にするんだ。
『……て』
「え?」
森を抜けて、ヴァルハラ城とユグドラシルの森を繋いでいる橋に足をかけた時に、不意に声が聞こえた。
「どうかしたの?」
突然立ち止った僕を見て、ミィーナが訝しげにしている。
隣にいるアイシャも心配そうに見ている。
「いや、なんでも……」
『祭壇まで来て。彼女を守ってあげて』
ない、と言おうとした言葉は、最後まで言わなかった。
今度ははっきりと聞こえた。
僕を助けてくれた女性の声が。
助けを求めるノルンの声が。
「ごめん、ちょっと用事が出来た。二人は先に戻っていて」
それを僕は無視できなかった。
エンジェルウィングとディバインオーラを発動させると、来た道を戻る。
二人は呆けたように僕を見て、その場に立ち止まっている。
だけど、そっちの方が幸いだ。
ノルンは僕に助けを求めた。
僕だけに助けを求めた。
ということは、僕だけでどうにかできることを踏んで、そう言ったのだろう。