第九話 女神の声
連続投稿。
三日坊主にはなりませんように。
今回は珍しくちょっとだけ長いです。
『ブレイブバスター!!』
収束された一筋の光は、岩盤のように分厚く固い装甲のような肌を貫いた。
また僕はユグドラシルの森に来ていた。
あれからしばらく待っていると、ヒューエルさんが僕のコアクリスタルを持って戻ってきて、渡してくれた。
強化されたコアクリスタルは、見た目には何一つ変わったところはなかったが、手に持っている剣を見てみれば少しだけ形が変わっていた。
少しだけ刀身が太く長くなっている。
それに合わせて、ずいぶん魔法攻撃力も上がっている。
確かにこのレベルなら、昨日よりもずっと楽に戦えるだろう。
「これぐらいの敵なら随分と楽に倒せるようになりましたね」
「一応トリプルAクラスの魔物なんだけどね」
「いや、結構いっぱいいっぱいですよ?」
とはいえ、魔法攻撃力と魔力制御補助をあげた状態で、限界ぎりぎりまでした収束率のおかげで貫通ダメージを与えられているわけだし、魔力攻撃力が上がった分消費も当然増えている。
一体倒すのに昨日に比べると時間的には短くなったが消費をしていないわけではない。
「うーん、私にはそう見えないけどな?」
そう言った彼女はにこりと笑った。
どこまでも、僕の力を信じている目だ。
昨日会ったばかりのはずなのに、ずいぶんと信頼してくれている。
年和歌の女の子があんまり見ず知らずの男をほいほい信じすぎるのは、下心を持った悪いことを考える人間も居る以上、よろしくないとは思うのだが、その信頼に出来るだけ答えるのが男と言うものだろう。
「そう言えば、新しい魔法の調子はどうですか?」
「ディバインオーラですか?まだ、完全にはコントロールは出来てないですね」
「そうですか」
僕の答えを聞いたアイシャさんは、ちょっとだけ考え込むようなポーズをとる。
「仕方ないよ、アイシャちゃん。ディバインオーラは難易度のすごく高い魔法なんだから。それを完全とは言えないけどちゃんと使えているんだから、それでも十分凄いと思うよ?」
「でも、柊さんなら、出来ると思うんです」
「あはは、随分と信頼されてるね」
「うっ、そう、みたいだね」
どうやら、信頼してくれているのミィーナだけではないみたいだ。
とりあえず『ディバインオーラ』はアイシャが教えてくれた。
コアクリスタルからは武器だけじゃなくて、防具も作り出せるけれど、それだけでは限界があってコアクリスタルから作り出された防具は魔法防御しかあげてくれない。
だから、それを補助する意味をこめて、魔法防御はもちろん物理防御と魔法攻撃力、移動速度を上昇させる魔法であるその魔法を覚えることになったのだ。
この魔法は近接戦闘をする人間にとっては覚えておいて損ではない魔法なんだけど、アイシャが使うような魔法であり効果も桁違いなだけあって、制御がかなり難しく、出力を落としても効果にブレが出てしまう。
「まあ、でも、アイシャちゃんの気持ちも分からないでもないけど。ディバインオーラ、ていうかアイシャちゃんのディバインローブはAランクラスの魔法使いでも習得できない魔法だからね。それを完全じゃないとはいえ使えてるんだから、才能はすごくあると思っちゃうよ」
「随分と簡略化してるからだよ」
アイシャのディバインローブは、薄い布を羽織っているようにしか見えないけど、高出力の魔力を圧縮させているから、かなりの高濃度の魔力を帯びていて、それに合わせて効果は抜群なんだけど、それに比べると僕のディバインオーラは、オーラを纏っているというよりかは、分厚いオーラに覆われているようにしか見えないし、当然それに合わせて効果は比べるまでもなく随分と落ちている。
「確かにそうだけど、でも、それだけでも、並のAランククラスの魔法使いじゃ覚えられないよ?」
「この系統の魔法は習得難易度はAランククラスですからね」
「ちなみに、アイシャちゃんのは、ダブルSランクだから、さすがに、無理だよ」
彼女はそう言って笑うが、どちらにしろ、今の僕には無理なものだとしか思えない。
まだ、Eマイナスランククラスなのだ、Aランクでさえ、随分と遠い。
「まあ、でも、最初に比べたら、随分とコントロール出来ているみたいだから、すぐに身体が覚えるよ」
「そうですね、柊さんは実戦派ですから」
だけど、僕にリタイア宣言は出させないみたいだ。
「頑張ります」
そう答えるしかない。
とりあえず、これからの戦闘でどうにか、ものにするしかないみたいだ。
「悪いがこっちに来てくれないか。亜種のドラゴンが群れを作ってて、かなりまずい状況になっているんだ!!」
そう心に決めたところで、不意に大声で叫んでいる男がやってきた。
その表情は焦りと恐怖と不安しかない。
「確かにそれはまずいね」
「分かりました、すぐに行きます」
「こっちだ」
そう言って走り出した男に、二人はついていこうとして、立ち止まる。
「柊さんはここにいてくださいね」
「さすがに亜種とはいえ、ドラゴンの群れ相手は辛いと思うから」
「分かりました」
さすがに行こうとは思えない。
行ったところで足手まといにしかならないことは分かっている。
今の僕では力量不足もいいところだろう。
「ただ、一人だから無理はしないようにね」
「危なそうだったら逃げてください。今の柊さんなら逃げ切ることぐらいは出来ますから」
「おい、早くしてくれ!!」
「すみません、すぐ行きます。行こう、ミィーナ」
「分かった。じゃあ、行ってくるね」
そう言った二人は走って行ってしまった。
その姿が消えるのを確認すると、その場に座り込む。
激戦続きでしんどいのもあるけど、それ以上に自分が情けないのだ。
危険なところに女の子を行かせて、一人で安全なところに能天気にいると思うと、本当に情けない。
「ふー」
深呼吸をすると立ち上がる。
情けないのは事実だが、今の僕にはそれをどうすることもできない。
『ブレイブバスター!!』
一筋の光が放たれ、ユグドベアの身体を貫く。
だけど出来ることもあるわけで、それは早く一人前になること。
彼女たちの好意を無駄にせず、今日教えてもらった魔法を完全に使いこなせるようになることだ。
「あんた、魔法使いか!?」
「え?あ、はい、そうですけど」
二人が離れて言ってすぐ、別の方向の茂みから僕より少し年上ぐらいに見える男が出てきた。
「ちょうどいい、魔法使いがいなくて困ってたんだ、こっちに来てくれ」
そう言った男は、こっちの返事を聞くこともなく、引っ張っていく。
「ちょ、ちょっと、状況の説明ぐらいしてください」
いきなりのことで反応が出来なかったけれど、いきなり引っ張っていかれても困る。
それに勝手に移動したら、僕がどこに行ったのか彼女たちも分からなくなってしまう。
そうなれば、きっと心配をかけてしまう。
「ワイバーンが出たんだよ。あれの鱗は魔法攻撃じゃないと破れないのに、群れが出た方に全部持っていかれたんだ。おかげでこっちは対応できなくて困ってたんだが、あんたがいて助かったよ」
魔法攻撃しか効かないのに、魔法使いがいないのは確かに致命的だろう。
それではどうやったって勝てないだろう。
「いや、僕、大したことはできませんよ」
けれど、だからと言って、Eマイナスランククラスなのだ、期待されても困る。
「心配するな。ちゃんと相手の動きは俺達で封じるからさ」
「いや、でも…」
「ほら、あれだ。くそ、あいつら、随分とやられてるじゃねえか。悪いが、俺も加勢してくる。よろしく頼むぞ」
けれど、男は僕の言葉を聞くことなく、さっさと戦闘に入ってしまった。
確かに、彼の仲間であろう人たちは、随分とダメージを受けているように見える。
「さて、どうしたものか」
一瞬逃げようかとも思ったけれど、ちらちらとこっちをさっきの彼が見ているからできそうにもないし、何より我が身恋しさに助けを求めてきた人間を見捨てるのは、人間としてどうかとも思う。
とはいえ、僕のブレイブバスターじゃ、さすがにワイバーンの鱗は貫けない。
始祖竜とも呼ばれる純粋種のドラゴンではないとは言え、一応ドラゴン族に入っていて、Sランククラスの魔物だ。
いくら、Sランククラスの魔物を倒したことのある僕でも、あくまでもSランククラスでも戦いやすい、倒しやすい魔物と戦ってきただけで、ワイバーンクラスは一度もない。
同じSランククラスだと言っても力の差は随分あるし、倒したことあるSランククラスだって、随分と弱らせてもらっての話だから、全く弱ってない状態の相手はしたことはない。
だから、考えられる方法は一つしかないだろう。
逃げられないし、今の手持ちの魔法じゃ倒せない。
なら、新しく作るしかない。
幸い、ヒントが全くないわけじゃない。
さすがに、一から作るのは無理だけど、存在するものを自分が使いやすいようにアレンジすれば、まだ可能性はある。
いったん目をつむり、集中力を高める。
大した意味もないが、これをしないとうまく気持ちを切り替えることができない。
閉じた目をそっと開く。
目の前の地面に二重の六紡星が描かれている魔法陣が現れ、その中心には小さな光の球が浮かんでいる。
「チャージ型の魔法、だけど、出来るかな?」
その光の球に魔力を込める。
ミィーナさんが使っているのを見たことのある魔法なんだけど、威力は折り紙つきで、収束率をあげれば、ワイバーンの鱗でも貫通させることは出来るだろう。
ただし、この魔法を使うということは、博打に近い。
チャージ系の魔法のいいところは、発動に時間がかかるけれど、その代わりにかけた分だけ、威力が上がるということで、この場面においては、瞬間的に使える魔力が少ない僕にとって、一番成功率の高い選択なのだが、今の僕のレベルで使いこなせるかどうかが非常に怪しいのだ。
威力を上げたら上げた分だけ、当然制御が難しくなるわけで、そのただでさえ制御の難しい魔法を、更に収束率をあげようというのだ、簡単に成功してくれるとは到底思えないし、もし失敗したら魔力はゼロで戦える状況じゃないから、全滅という危険性もある。
随分と、前線で頑張っている方々は、ボロボロだし。
とはいえ、現状ではこれぐらいしか考えられる手段はない。
魔法陣の中にある光球は、バスケットボールぐらいの大きさになっているが、まだ足りない。
この程度の大きさから収束させても、ワイバーンを貫く威力は期待できない。
「まだか!!」
前線でせかす声が聞こえるけど、それはとりあえず無視、というか答えている余裕なんてない。
力の制御が少しずつ甘くなってきているから、ここで気を抜いたら暴発する可能性だってある。
「悪いが早くしてくれ。こっちはもう耐えられそうもない」
更にせかす声が響く。
煩い。
こっちだってぎりぎりのところで耐えているんだ、と言いたいところだが、それはぐっと飲み込む。
そんな反論を言える余裕なんてない。
本当に、大変なところに呼んでくれたものだ。
「いったい、いつまでかけてんだよ、俺たちを死なせる気か!!」
しかも、勝手なことまで言ってくれるし。
こっちの言葉を全く聞かないで連れてきておいて、随分な口を聞いてくれる。
思いっきり罵倒してやりたい気持ちだけど、それをぐっとこらえて歯を食いしばる。
目の前にある球体は僕の体よりもずっと大きくなっていて、自分でもわかるほど自分の体からほとんど魔力を感じない。
つまりは、ここからが本番ということ。
残り少ない魔法を少しずつチャージしつつ、その球体を小さくする。
今の僕の魔力制御じゃ魔力濃度が薄いから、かなり小さくしないと貫き通せるだけの威力は出せない。
相変わらず前線からはぎゃあぎゃあと文句を言われているが、もう聞こえない。
全神経は目の前の光球に集中させている。
おかげで随分と小さくなって、僕の身長ぐらいになっているが、それでもまだ足りない。
気合いをもう一度入れる。
身体中からはあちこちで脂汗が流れていて、今すぐにでもシャワーを浴びたい。
とりあえず、これが終わって部屋に帰ったら、さっさとシャワーを浴びて、寝てしまおう。
まあ、自分で歩いて帰れるかどうかは怪しいものだけど。
その時は、男をまた下げることになるけど二人に頼んでみよう。
これをうまく切り抜ければ、二人もほめてくれるだろう。
「くっ」
とはいえ、成功できれば、の話だが。
意識が少しずつ遠くなる。
渦巻く力の奔流は少しずつ僕の制御から外れていく。
ミィーナさんが言っていた。
強い魔力を制御するとき、水の流れを想像すればいい、無理に抑えつけるんじゃなくて、水の流れのように円を描くように少しずつまとめていけばいい、と。
そして、その言葉通りに実践しているんだけど、どうしてもこれ以上先はどうしてもうまくいかない。
円を描くように魔力を圧縮させようとしても外にはじかれるよう、漏れ出してしまう。
当り前と言えば当り前のこと。
圧縮させればさせた分だけ、渦巻く力の奔流の勢いは洪水のように強くなる。
ここまでが限界なのだろうか。
目の前の魔法陣に浮かんでいる光球は、バスケットボールぐらいの大きさになっている。
でも、きっと足りないだろう。
まだ、完全とは言えない。
「くっ」
足元が崩れそうになる。
魔力はもうほとんど残っていない。
もう、何一つとして魔法は使えないだろう。
出来るのは、圧縮させることだけだけど、今の僕の魔力制御じゃ出来そうにもない。
当然と言えば当然で、この魔法が僕なんかが扱うことのできるレベルの魔法じゃない。
かなり難易度の高い魔法なのだ、それを使おうとしている時点で無謀もいいところだ。
前線を見れば、何人か膝をついていて、僕を見ていても、文句も何も言わない。
限界なんだろうが、それでも必死なって、彼らは動きを止めている。
それにかなえてやりたいと思うし、僕だってこんなところで死ぬのなんて嫌だ。
でも、無理なのだ。
意識が遠くなり、少しずつ光球の形も歪になってくる。
僕たちの負けだ。
『……』
そう諦めかけた時、誰かの声が聞こえた。
聞いたことのある声。
優しくて穏やかな女性の声。
『肩の力を抜いて。貴方なら大丈夫だから』
その声が再び語りかけてくる。
先ほどと変わらず優しくて穏やかな声。
それは、昨日僕を呼んだ声だ。
森の奥から聞こえた声だ。
『目をつむって考えて。ただ一つのことを、成功のイメージだけを貫き通す力を』
僕はその声の通りに力を抜くと、目をつむり想像する。
手のひら大になった小さくて、だけど爆発的な威力を持っている光球が浮かんでいる姿を。
『さあ、目を開けて。そこにあるはずよ。貴方の望んだ姿が。そして、それを放つのよ』
目をあける。
そして、確かにそこにはあった。
先ほどまでは、歪になりかけていたバスケットボールぐらいの光球が手のひら大になっている。
何故かはわからない。
あれほど暴れていた魔力の流れが穏やかになっている。
魔力切れを起こして、今すぐに倒れこみそうなはずの身体が、相変わらず苦しいには違いなくても、しっかりと前が見える。
ただの思い込みなのだろうか。
自分が無意識に課せていたリミッターが外れたのだろうか。
確かに、身体を守るために暴走しないようにとリミッターがつけられており、普段はその半分の力も出せていないといわれることもある。
それが外れて、本来の自分自身の力を発揮できているのかもしれない。
だけど、今はそれはどちらでもいい。
理由なんてどうでもいい。
魔法が完成したのだから、後は放つだけだ。
絶対にはずさないようにしっかりと見据える。
『ディバインカタストロフィ!!』
そして、それを放つ。
光球からあふれ出した力は、瞬間的にその大きさを変えたが、再び一筋の光となる。
狙う場所はただ一つ。
座り込んでいる人や必死になって抑えている人の脇をすり抜け、ワイバーンをとらえ、貫く。
「ぎゃああああああ!!」
耳障りな甲高い鳴き声が響く。
それは断末魔の悲鳴。
狙った場所は心臓、そこなら確実だと思った。
「もう限界、かな」
その場に膝をつく。
前線からは、歓声が上がっている。
どうやら、これで僕の仕事は終わりみたいだ。
ゆっくりと目をつむると、その場に倒れこんだ。
最後に見たのは、僕と同じ力なく倒れこんだワイバーンの姿だった。