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30歳から始まる魔法生活  作者: 霧野ミコト
第一章 紐解かれる神話
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プロローグ

とりあえず、まったりと気長にやっていきます。

がらんとした部屋。


ただ、無機質な部屋、というものとは対極で、色鮮やかなカーテンやカーペット、天井につるされているシャンデリアも部屋の大きさに合わせた小さいながらも安っぽさを感じさせない。


ただ、椅子や机も何も置かれていないから、どうしてもがらんとした感じを受ける。


「ここは、どこだ?」


「始まりの部屋ですよ」


思わずつぶやいた言葉に期待していなかった返事が返ってきた。


振り返ると、先ほどまではいなかった場所に、一人の男性がたたずんでいる。


折り目正しい上品な黒のスーツを着こなした白人の男性。


しかも、かなりの美形。


「はじめまして。ここは始まりの部屋。そして、私はこの始まりの部屋の管理人であり、案内人でもあります」


「えっと、どういうことですか?」


ちょっと理解不能。


いや、言っていることはわかるんだけど、状況は理解できない。


別に、眠ってたわけじゃないから、夢でもないだろうし。


仕事が終わって、疲れ果てながらも、アパートのドアを開けたところまでは覚えているし。


「そうですね。あなたの自尊心を満たすのであれば、あなたは選ばれました。ゆえに、私たちの世界に呼ばれたのです」


「いや、え、あ、はあ?」


「信じてらっしゃいませんね?ですが、それはまぎれもない真実なのです」


頭がフリーズする、ということはない。


ただ、オーバーフローを起こして、何が何なのかわからない状況にはなっている。


ひとつ深呼吸をする。


冷静さを取り戻せるわけではないが、これで多少は混乱から逃れられる。


「先ほど、僕の自尊心を満たすのであれば、と言っていましたが、どういう意味でしょうか?」


「言葉通りの意味です。あくまでも私たちの価値観で言えば、あなたは、ここに呼ばれるだけの能力を手に入れた。ゆえにこの場所にいるだけのことです」


そういった男はにこりと笑った。


「覚えはありませんか?人が見えぬものが見えたり、何もないはずなのに気配を感じれたりしたことはありませんか?」


その言葉で思い返す。


確かに学生のころ、そういう経験はあった。


ただ、大人になり、仕事をしているうちにそういうものを感じることはなくなっていった。


「そのすべてが事実であったとはいいません。ですが、そのすべてが嘘であるというわけでもありません。確かにあなたは特別であり、ゆえに人とは違った経験をしてきたというわけです」


すっと心に入る。


特別。


その言葉は僕が願っていたこと。


自分が見てきたものを、感じてきたものを否定しないための言葉。


大人になって、社会に出て、会社勤めを始めた。


そうしていたら、いつの間にか、今まで見てきたものを、見えていたものを否定している自分がいた。


確かに存在していたはずなのに、見えていたはずなのに、その存在を信じられず、否定している自分がそこにいたのだ。


そうして、凡百の存在に埋もれていったのだ。


それが、いやで足掻いたけれど、一年が経ち、二年が経ち、三年が経ち、としているうちに、それは次第に小さくなっていき、消えうせたときに残ったのは絶望感だけだった。


先の見えない暗闇の未来。


特別なんかにはなれず、凡百の存在でしかなく、しかもその中でも劣悪な能力しか持てない自分。


そして、思ってしまったのだ、死んだら楽なのだろうか、と。


夢も希望もない、彼女なんてできたためしもない。


働き出してたまるにたまったストレスで過食に走って肥えきった体では、これから先もできるとは思えない。


幸い、親兄弟はまだ生きているが、そばにいるわけではない以上、結局は一人だ。


一人で生きて、一人で死んでゆく。


そんな孤独の中で生きていうけるほど、自分は強くはない。


なにより、疲れてしまった。


必死に自分の望む自分になろうと走り続けた結果、その足元にも及ばない結果に疲れきってしまったのだ。


だったら、いっそと思ってしまった。


「さあ、選択の時です。今から、貴方は、ユミールという世界に召喚されます」


彼はそういうと大きく手を広げた。


それは、まるで舞台俳優の見せる演技のようにも見える。


「そこは、貴方が知っているファンタジーの世界です。魔物がいて、魔法が存在しています。もちろん、魔法を使って、魔物と戦うこともあります。そこは、貴方が信じていたものが存在する世界です。そこに行きますか?」


「そ、そんなことを言われても、いきなりなんて決めれませんよ」


「怖いのですか?」


「そ、それは……」


思わず口ごもるけど、でも、それは図星。


確かに僕は怖がっている、恐れているのだ。


だが、それは決して死を恐れているわけじゃない。


ただ、誰も知らない世界で、一人きりになることを恐れているのだ。


死ぬことよりも、それ以上に孤独になることを恐れているのだ。


別に生き死にに関してはどっちでもいい。


痛い思いをするのはいやだが、痛みを感じるまもなくという感じならば、むしろ死んでしまったほうが楽だ。


うじうじと悩んで、暗い未来に向かってぼんやりと生きていくのに比べれば、非常に建設的だ。


そういう意味では、死と隣り合わせにある世界にいけるということは、渡りに船という状況だ。


もちろん、進んで死ぬ趣味はない。


遣り残したゲームやまだ見てないアニメ、読んでない本だってあるわけだし。


「確かに、貴方が今の生活を送るよりもずっと危険でしょう。命の保証もできません。ですが、心配なさらなくても、最初のうちはしっかりと私どもがサポートしますし、いきなり命の危険にさらすようなことはありません。先ほど言ったように貴方と同じように、あちらからこちらにこられている方もいらっしゃいます。それに、ご家族とも連絡はとることもできます」


「え?」


「ユミール、というのは、日常からちょっとだけ出た世界のことを言います。ですから、まったく別の世界、というわけではなく、日常の裏側というのが正しいんです。そして、日常の裏側である以上、多少の制限はありますが、連絡も取れますし、すぐとはいきませんが、ご家族と会うこともできます。同じ世界にいるわけですから。」


「えっと、要するに、普段の僕たちは世界の半分しか知らなくて、その隠された半分の世界に、僕は呼ばれているということですか?だから、家族とも連絡は取れるし、僕と同じように呼ばれてきている人もいると」


「そういうことです。理解が早くて助かります」


心は幾分落ちついてきた。


彼の言っていることも理解できたし、自分の中で静かに考えることもできた。


「僕は行きますよ」


だから答えた。


一人じゃない。


それだけで十分だ。


日常の裏側へと行きたいと思った。



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