第七話 ユーヒ・アイバ
出血表現ありです。
~前回のあらすじ~
ペットの不法投棄ダメ! 絶対!
広場の化物騒ぎから早数ヵ月。
普段ならお昼寝をしている時間帯に、僕はとある場所へ来ていた。
普段は訪れない……と言うか、初めて訪れた場所だった。
そして、僕の姿もいつもとは違って、数段質の落ちた服を身に纏っている姿だ。イメージ的にはゲームなんかに出てくる村人衣装。
煌びやかな貴族服から、地味目な村人服。これではまるで変装だが、今回の狙いはその変装にある。お忍びで来ているとでも言えばいいのだろうか。
そう、僕は遂に、
「(平民領域! 侵入成功っ!)」
貴族領域と平民領域を仕切る門を突破し、未知の地域へと足を踏み入れたのだ!
一か月前の話だ。
「……妊娠しちゃったみたい」
「そ、それは本当ですかロベラ!」
「嘘をついてどうするのよぅ」
夕食を食べている時だった。母親のロベラが何気なく切り出したのは、妊娠したという報告だ。
普段冷静沈着な父親のディーベは、驚きのあまり声が裏返っていた。
「なぁんか調子悪いなぁとか思ってたのよぅ。アレもこないようだったし…。それで調べてみたら、ね」
「そうですか……。そうですか」
ディーベは忙しなく瞬きをして、胸に手を当て何かに祈るような仕草をすると、落ち着いたようでゆっくりとロベラを見た。
「おめでとう、ロベラ」
「うふふ、ありがとう」
ほわほわとした空気が二人の間に生まれる。キャッキャウフフ、キャピキャピ。
僕はというと、四歳児なので二人が何を言っているか分からない感じに振舞う。具体的に言うと無我夢中で飯を食った。ガツガツかっ込む感じで。
「エーリ」
すると、僕の元にディーベがやって来た。そして頭を撫でられた。
「これから貴方はお兄ちゃんになるのです」
「ッ!」
一瞬、陽鳴の姿が頭に浮かんだが、すぐに消し去った。
「弟か妹か……貴方に兄弟ができるのです」
「そうなんだ!」
子供らしくはしゃいだが、行儀が悪いと怒られた。
「兄弟ができるんだけど、どうしたらいい?」
「どう、とは?」
夕食後、自室にてメドナとのんびり過ごしていた。
しかし、頭の中には兄弟ができるという喜びと、元の世界にいる妹に対する謎の罪悪感で、グルグル回っていてのんびりはしていなかった。
「僕には何かしてあげられることってあるかなってこと」
「うーん、そうですね……」
メドナは考えるポーズを取り、数秒後に名案が閃いたとばかりに手を叩いた。
「そう言えば、こんなことを聞いたことがあります。妊婦から元気な子供が生まれてくるよう、祈りの魔法が込められたお守りが売ってある、と」
「祈りの魔法を直接妊婦にかけるわけじゃないんだ?」
「お守りに込めて持ち歩くことに意味があるんじゃないでしょうか。直接だといつ効果が切れるか分かりませんから」
「なるほどね」
安産祈願のお守りということだろうか。確かに、僕がしてあげられることとしてはいいかも。売っているらしいし、買うだけだから入手は簡単だ。金ならあるし。
僕が異世界へ行く時、元の世界の妹には辛い思いをさせた。あんなに泣いている姿は見たことがなかった。
その罪滅ぼし……ではないな。ただの自己満足だが、この世界の兄弟をその分可愛がろうと思った。
うん、お守りを買ってみよう。
「ちなみに、どこで売っているの?」
「それは……あっ!」
メドナが途中で重大な何かに気が付いたようで、困り顔になった。
「どうかした?」
「す、すいません坊ちゃま。お守りは平民領域で売っているんです」
「ダメじゃん」
なんだこのオチは。
まぁ、ここで諦める僕ではない。
「(元々平民領域には行く予定だったし、結果オーライ!)」
むしろ平民領域に侵入する自分への口実ができたのだ。素晴らしい結果だ。
こうして口実を得た僕は、早速次の日行動に移った。
お昼寝の時間に、慣れた手つきでミラージュデコイを使って偽装し、ミラージュコートで周囲に同化。
そして今回は念には念を入れるため、ピット器官でも探知できぬよう、変温動物のように体温を気温に合わせる魔法『サーマルセイブ』を発動した。これでドラゴンにもバレないだろう。
偽装工作三種の神器とでも言うべきか。隙のない布陣である。
僕はこの三つの魔法をまとめて『隠密セット』と呼ぶことにした。
「(さぁ、出発!)」
意気揚々と貴族領域を駆ける。と、その前に。
僕は焼却用ゴミ置き場に立ち寄り、捨てる予定の汚れた服を手に入れた。これを水魔法『ウォーター』で汚れを流し、風魔法『ウィンド』と火魔法『ファイヤー』を合わせて熱風を生み出し、乾かした。
「(なんか、しょうもないことに奇跡的な力を使っている気がする……)」
これくらい手で洗え、と怒られそうな有様である。
その後、普段着ている高い服を隠して、ある程度綺麗になった服を着てみた。鏡がないので全身像は分からないが……うん、見下ろした限り一般人って感じだ。
身なりが整ったら今度こそ出発。そんな時間もかからず、門へとたどり着いた。
「(思えば長い道のりだった……)」
初めて貴族領域と平民領域とを区別する門を見かけたのは、僕が赤ちゃんの時だった。
あれから僕は四年の時を経て四歳となった。そう、ここまで来るのに四年をかけたのだ。
溢れる感動を味わいながら、僕は門を飛んで乗り越えた。
平民領域。
ロズー村の中央地帯と東地帯と南東地帯を指し、一般的立場のヒューマンが暮らしているエリア。
貴族領域とは違って平民たちには活気があり、様々な露店が立ち並ぶ様はまるでお祭り。家のグレードは貴族の邸宅と比べれば天と地だが、生活していく上では十分と言えよう。畑も盛んに耕作されており、美味しそうな果実がたくさんなっている。
そんな平民領域に足を踏み入れた僕が最初にしたことは、魔法の解除だった。
人気のない路地裏に隠れ、隠密セットを解除。後はさり気なく人並みに加わった。
「(ははっ! 誰も僕が貴族だとは思うまい!)」
ただ水で流して乾かしただけの服は思った以上に見窄らしい。そのおかげで誰も貴族の子供だとは思っていなようだった。僕は堂々と道を歩いた。
左右にちょっとした露店が立ち並び、歩くだけでも楽しい気分になった。
「あの店潰れたのか!?」
「貴族が圧力かけたらしいぜ。先に自分が同じような商売をしているから、これは商売妨害だ! っつてな」
「クソッ! 貴族さえいなければあの店は潰れず済んだのに……」
時折聞こえる貴族への批判。その度に僕は目を伏せる。
ずっと対立している貴族と平民。そのために必要な変装。同じヒューマンのはずなのに、どうして僕は変装なんてしているんだろうか。考えても仕方ないけど。
楽しい気分は悲しい気分に相殺されたが、メドナから得た情報を基に、目当ての露店を探した。
それは数十分歩くとすぐに見つかった。
露店の集中していたエリアから少し離れ、耕作地が増えてきた辺りにポツンと立つテント。『黒魔法堂』の看板を掲げたこの黒いテントこそ、目的の店だった。
「(なんかすっごく不気味なんですけど……)」
入るのに躊躇う雰囲気を醸し出してはいるが、品を購入するために中へ入らなくてはならないのが世の常。軽くノックし、すいませーんと声をかけながら中へ入った。
「ひぃッ!」
すぐ目の前に入ってきたドクロに、思わず悲鳴をあげてしまった。そんな僕の声に反応して、店主らしき人物がやって来た。
「おっ? 誰かと思えばガキじゃあないか。冷やかしかー?」
薄暗い店内から現れたのは、漆黒の衣装に身を包んだ女だった。大きな魔女帽、ラフな格好の服、その上に黒々としたマントを羽織っている。長い白髪がアクセントとして映えている。
魔女然とした女は、露骨に嫌そうな顔で、手でシッシと追い払う仕草をした。
「……あ、いや。買い物に来ました」
「何? お使い?」
「まぁ、そんな感じ」
「ふーん」
特に興味もないといった風で、淡々と店の中を整理している店主。
感じ悪いなぁー。
僕はさっさと帰りたかったので、単刀直入に尋ねた。
「お守り売っていませんか? 安産祈願のお守り」
「あぁ?」
店主は僕の声に見向きもせずに、
「売り切れてないよ」
と一言述べた。
「うっ、売り切れ? それはホントですか?」
「そうだ。客に嘘ついてどうする」
「さっきガキとか冷やかしとか言ってたから、ありえなくは」
「……あのなぁ」
ここでようやく振り返った。その顔は真剣だった。
「商売に関して、わしは嘘をつかないことを信条としているの。だから本当だ」
「……口ではいくらでも言えるけど」
「ったく、疑り深いガキだな」
ここで店主は証拠として、商品の売り上げを記した古紙を渡してきた。
「ほらよ。買った客と商品のリストだ。これまで偽装とか言われたら打つ手なしだ」
「あ、ありがと」
受け取ってパラパラと見る。確かに、今日の午前に十個売れている。前日の売り上げも見てみると、午前に十個売れている。買った人は全て別人で、同じ人は一人としていない。前々日と更に遡っても午前に十個売れ、客は全て別人。お守りの個数も、十個しかないらしい。
この古紙を信じるならば、全て本当だ。
「ごめん。疑ったりして」
僕は頭を下げて素直に謝った。間違ったことをしたら謝る、これウチの家訓ね。
店主は最初驚いた顔だったが、
「おう。まぁわしも態度悪かったしな。お互い様だ」
と言って苦笑した。
「はぁ、しかし参った」
店を出て、しばし道なりに歩いていた。
結局お守りは入手できず。あれだけ準備をして骨折り損とは。
それならば、次の日買いに行けばいいのだろうが、いかんせんそれは難しい。
「(朝起きて貴族としての勉強、それが終わるとラズたちが来て探検。それだけで午前が終わってしまう)」
だからこそ、お昼寝の時間を利用して平民領域に来たのだが。今僕が自由に行動できるのってこの午後しかないからなぁ。
午前に売り切れる商品をどうにかして手に入れる方法……うーん。
頭を悩ませていると、いつの間にか小高い丘に来ていた。
太陽の位置を見て、まだ時間に余裕があることを知った僕は、せっかくだからと丘を登っていった。
所々草が生えているここは、時折風が吹いて心地よい。周囲に店もなければ人もいない。思考するには絶好のスポットといえた。
と思いきや、人を見つけてしまった。
丘の一番上にある大きな木。その根元に人がいた。見たところ子供である。それも二人。
何してるんだろうかね、そんな風に思っていた時、気が付いた。
二人の子供が、根元で倒れている人を介抱しているのだ。僕は急いで駆けつけた。
「どうしたの!」
「えっ!」
「ひゃあ!」
二人の少女が僕の声にビックリして振り返る。片方は金髪、もう片方は黒髪の少女たちだ。同年代だと思われる。
何か言いたげな様子だが、それを無視して倒れている人の側に寄った。
その人も子供だった。いや、人ではなかった。
「(他の種族か……)」
初めて他種族を見た。本来なら大喜びをするところだが……。
全身黒い毛が生えており、もふもふとした尻尾、鋭い爪。何より、顔が狼だった。大きな口が雑な呼吸を繰り返す。
「(見た感じ狼男だな)」
そんな少年が倒れている地面は、赤く湿っていた。結構な出血量だ。
側には折れた木の枝。その一部が背中に刺さっている。大きな木を見ると、木の肌に引っ掻き傷がある。
なるほど、何が起きたのか大体分かった。
すぐに右手の人差し指にはまっている指輪へ魔力を込める。誕生日に貰ったこの金色の指輪は、魔力を効率よく魔式へ注ぎ込むことができる上、少量の魔力でも増幅してくれる効果がある。
頭の中には既に魔法陣が浮かんでいる。指輪を媒介にして魔力が流れていく。
「『ヒーリング』」
人を癒す魔法が、狼のような少年に施される。少年の体は赤く発光しており、これが緑になれば正常を表し、青だと鎮静を意味する。
僕はありったけの魔力を注ぎ込んだ。するとあっという間に傷が塞がり、息が整っていくのを感じた。
怪我人の側にいた二人の少女は、息を飲んで見守る。
数秒で体の発光は緑になり、青くなった。
しかし、ここで治癒を止めるわけにはいかない。次の行うのは、治療だ。
「『キュア』」
治癒魔法『ヒーリング』は対象の体の傷を癒す魔法だ。ありとあらゆる傷を治すことができる。
しかしそれは体の傷だけだ。心の傷は治せない。
それを癒すのが治療魔法『キュア』である。対象の心の傷を癒す。
怪我というものはほっとけば治る。それは人に自然治癒能力が備えられてあるからだ。しかし、心にはそれがない。時間が経てば治るかも知れないが、案外トラウマというものは生涯忘れられない。
僕は昔、小学校の頃に画鋲を踏んで怪我をしたことがある。傷自体は一週間で治った。ただ、それ以来画鋲を見ると本能的に恐怖するようになった。
キュアはそういった心の傷を癒す。恐怖を取り除いてあげるのだ。
「……っふ、はぁっ」
施術中されている少年が大きく息を吐いた。それと同時に、キュアによって治療していた体が、青白く発光した。
治療が終わったのだ。僕は魔法を解き、軽く肩を揺すった。
少年が目を覚まし、僕と目が合った。
「よ、元気?」
軽く手を振った。しばらく目を瞬かせ、何故かちょっと後退して怯えた顔をした。
「ッ! ひ、ヒューマン族! おまえ、おれが怖くねぇのか?」
震える声で発せられた言葉は、今までヒューマンに何をされてきたのかが用意に察せた。
「怖いわけないじゃん!」
僕は笑顔で答えた。こんな幼気な子供を怖がらせる趣味はないよ。
僕の返答が予想外だったのか、呆けた顔をする狼男っぽい少年。
そこで、状況でも思い出したのか、辺りを忙しなく見渡し始めた。
「お、おれ、確か木の上から……なんで」
「この人が助けてくれたのよ!」
怪我人を見ていた二人の内の一人、黒髪少女が状況説明を始めた。
「助けたって……おれ、木の枝刺さった気が」
「この人が魔法使って治してくれたの!」
「ッ! 魔法、だと?」
ん? なんだこの悪寒。例えるならば、化物討伐隊にあれよあれよと言う間に決まっていた時……そう、ラズが僕の手を引いて皆の元へ連れて行った時の……あれと似た感じ。
「魔法か……なぁ、もしかしたら!」
「そう、もしかしたらよ!」
二人で盛り上がっているのを尻目に、僕は帰ろうと思った。
人助けはできたし、ここに長居してもお守りは手に入らない。魔法を使ってはしまったが、今の僕は変装している姿だ。住む場所も違うだろうし、バレる確率はとても小さい。
そうと決まったらとっとと去ろう。そう思い、後ろを振り返ると、見守っていた二人の内の一人、金髪少女がいた。
面と向かって姿を見なかったので、今まで分からなかった。
美しく長い金髪に透き通るほど白い肌。タレ目と赤らんだ頬が可愛らしさを演出している。
何より、特徴的なのは、長く尖った耳。
「(『エルフ』……だな)」
漫画やゲームで定番の異種族の一つ、エルフ。僕は少女の身体的特徴から、そう思った。
少女はというと、目を伏せ、手を組み、
「ライルを助けてくれて……ありがと」
そう恥ずかしそうに言って、俯いた。なんか照れてモジモジしている。
なんだこの可愛らしい生物は。すっごい癒される。
僕のキュアを上回る癒しを受けて間延びした顔をしていると、いつの間にか他の二人が、エルフ少女の前に立っていた。
何事だろう、と構えていると、
「ありがとう! 助かった!」
と大きな声でお礼を言われた。
「おまえが助けてくれなかったらおれは死んでた。おまえは命の恩人だ。本当にありがとう!」
「……いや、そこまでお礼される程のことはしていないさ」
僕は構えを解いて楽にした。
「そんなことはない! おまえはおれの恩人なんだ! ……いや、友人だ!」
なんでや。なんで友人になるんだよ。
「そこで友人であるお前に頼みがあるんだ」
「いや、ちょっと」
「おれたちに魔法を教えてくれ!」
「ごめん。時間がとれそうも――」
「頼む! なんでもするから頼む! 一生のお願い!」
「……」
一方的! かなり一方的で話す隙を与えてくれない。
こいつには話が通じないと思い、隣にいた黒髪少女に目をやった。
少女は、
「お願い!」
お前もか。
「……ッ!」
ちなみに、エルフ少女も頭を下げていた。
……うーむ。
「ふんっ」
「あたっ!?」
僕は目の前にいる少年に軽く手刀を食らわせた。少年は何事かと目を白黒させる。
「なんで魔法を覚えたいの?」
「え?」
「理由を教えてくれないと」
「じゃ、じゃあ理由を教えたら魔法教えてくれるの?」
最後の発言は隣にいる黒髪少女から発せられたものだ。
彼女の姿をじっと見てみる。
他二人の仲間より幼い容姿、褐色の肌に黒い髪をポニーテールにしている。
以上の特徴に、他二人が異種族だということを加味して考えると……。
「(『ドワーフ』、か?)」
ドワーフは背丈が小さくパワフルな種族だ。幼いという特徴もある。絶対とは言えないから本当ところは分からない。
「まぁ、聞かなきゃ分からないからさ」
曖昧な答えで茶を濁しつつ、理由を言うのを促した。
すると、少年は真剣な顔になって説明を始めた。
「『流民領域』って知ってるか?」
「ああ。ヒューマン族以外が住んでいるエリアだよね」
「そうだ」
流民領域。
ロズー村の南西地帯を指し、一般的立場のヒューマン族以外の種族が暮らしているエリア。
色々な種族が住んでいるせいか、一つの文化が定着しない。常に新しい文化が普及し、すぐに廃れる。変化の大きい領域だ。
僕は、家庭教師に習った以上のことを思い出した。
「最近、その流民領域で作物を荒らす奴がいてな。結構被害がでかいんだ。おれんちもやられた」
「荒らすって……食い荒らすってことか?」
「その通り。せっかく育った物を食っちまうんだ」
「対策は?」
僕が尋ねると、黒髪少女が代わりに答えた。
「したわ。捕獲用の罠をね。でもね、とあることが懸念されて無傷で捕らえるしかないのよ」
「とあること?」
「ええ」
ここで黒髪が、嫌悪した表情で、
「もしかしたら、畑を荒らしているのは貴族のペットかもしれない、という可能性よ」
「んなっ!」
思わず変な声が出てしまった。
ここでも貴族か。なまじ権力を持っているから歯向かいたくないのかな。うん、基本的に貴族は嫌われているようだ。そう思っていたほうがいいな。
「貴族のペットだったら無闇矢鱈に傷つけるわけにはいかないでしょ? だから捕獲用の罠は簡易的なやつばっか。そんなので捕まったら全国の人が使うでしょうね」
「そうだね……なるほど」
ようやく話が見えてきたな。ここで再び少年が話を引き継いだ。
「あんなので捕まるはずがない。けどこのままじゃ作物が全滅だ。だからおれら子供が立ち上がった」
「大人ならば責任が伴うけど、子供なら責任は軽くなる……」
「そうなのか?」
「ええっ!? 知らないで言ってたの?」
てっきり理解して話しているもんかと思ったら……。
「あー、実はな。全部こいつの受け売りなんだ」
と言ってエルフの少女の肩を叩いた。少女は恥ずかしそうに両手で顔を覆った。注目されるのが苦手なのかもしれない。
なるほどね。頭のいい四歳児だと思っていたら……実際頭が良かったのはこのエルフちゃんか。
「と、とにかくな! 子供が傷つけたのだったらそれ程怒られないだろ? 子供したことだって主張できるし!」
「まぁ、親の責任とはなるだろうけど。親がやって政治的な問題になるよりはマシか」
「そ、そうだ!」
一回ボロが出た後の悲惨さたるや……。絶対理解してないだろこの少年。
「場所も流民領域ではなく、ここ平民領域で倒すんだ。そうすると貴族の怒りを分散できる」
「倒したのは流民領域の住民かもしれないが、場所は平民領域だから土地の管理について糾弾されるか」
もはや責任のなすりつけだが、それ程までに貴族というのは厄介な存在だということだ。
「それでおれらはペットをここまで誘き寄せて倒す算段だったんだけど」
「この大きな木の上にペットが上り、それを追っかけたキミが木の枝を踏み潰して落下と」
「す、すげぇ! 良く分かったな!」
「まぁね」
それで落ちて怪我を負ったところに僕が通りかかると。すごい幸運だったな。
全体像はこれで掴めたか。
「魔法を教わりたいっていうのはそのペットを仕留めるために?」
「仕留めるっていうか……ま、懲らしめる?」
「同じじゃないか」
「同じだな」
笑い合う少年と僕。ははっ、中々面白い少年じゃないか。
「頼む! 魔法を教えてくれ!」
「お願い! あんたが頼りなの!」
「お願い……します」
三人共勢い良く頭を下げる。真摯な思いが伝わってくる。
彼らはただの被害者なのだ。なのに、怪我をするまでして頑張って。
こんな子供たちが懲らしめなきゃいけない現実。なんて、酷い現実だろうか。
「んおっ! どうした?」
「きゃっ! ちょ、ちょっと!」
「……ッ!?」
いつの間にか、僕は彼らを両手を大きく広げて抱きしめていた。
「僕が力になるよ! 全身全霊で、キミたちをサポートする! 任せて!」
「……マジか? マジかマジかマジか!」
「もちろん!」
「ありがとう!」
僕と友人は抱き合った。こんなにも熱い抱擁は初めてだった。
「ちょっと! 離れなさいっての!」
「……あ、あぅあぅ」
そしてそれに巻き込まれる二人。
この日、僕は彼らに魔法を教えることになった。少しでも彼らの力になれればいいなぁ。
ま、もし仕留められないとしても、いざとなったら僕がペットを仕留めてあげよう。同じ貴族だし問題はないだろう。
そう思いながら、しばらく四人抱き合っていた。
「そういや、おまえ名前なんて言うんだ?」
帰り際、少年にそんなことを言われた。
エーリ、と言いそうになり、止めた。変装しているのに本名はマズイか。
ならば……。
「ユーヒ」
「ん?」
僕は軽くタメを作り、
「ユーヒ・アイバだ」
そう言って、笑った。
家に帰り、自分の部屋に戻った時、気が付いた。
「(あ……結局お守りどうしよう?)」
僕は何しに外出したんだ……。
僕はしばらく呆然として、動けなかったのであった。
なんだこのオチは。