第六十二話 正しき判決 <六日目>
~前回のあらすじ~
主人公復活!
………………<エーリ>
図書委院。
神帝に所属する組織の一つで、情報収集を主な役割としている隠密集団。司教院であるフィレ・ディーノ先輩直轄の組織でもあり、組織の構成等一切不明。隠されていることに意味を持つ組織なのだ。
まるで忍者のような組織だなぁ、と思いながら、僕は耳を傾ける。
「図書委院はね、司教院様にスカウトされた外部の強力な魔法使いによって構成されているの。だから、わたしやヤスラは元々外部の魔法使いだったのよ」
「わいはこの学園近くのギルドで適当に仕事を受けて暮らしてたんだ。そんな時、司教院様が声をかけてくれてなー。一つ返事でのっかったんだ」
「わたしはヤスラとは違うギルドでスカウトされたんだけど、時期は同じね。まぁ、金が良かったし、わたしも即了承したわ」
「二人とも結局は金か」
「世の中金だ」「世の中金よ」
「……ま、それはこの世界もあっちも同じか」
そんな身も蓋もないことを呟きながら、僕は何気なく外を見た。どんよりした雲が宙を浮かんでいる。
現在、お昼と夕方の中間くらいの時間帯である。本来教室で授業を受けている時間だが、ちょっとした事情からそれは見送られていた。
そのちょっとした事情とは、もちろんこの状況――犯人達への尋問だった。
「これでも、強力な影の魔法使いと言われていたんだぜ?」
「確かに強かったなぁ。僕には劣るけど」
「負けず嫌いだな、エーリは」
「でも実際、ヤスラの魔法防いでるんでしょ? 階段で襲った時に」
「そうだな。渾身の奇襲が防がれたんだった」
「ほらほらー、やっぱり劣ってるじゃんか」
「……ドヤ顔ムカつく」
辟易した顔のヤスラ、苦笑しているケイシー。今僕の目の前にいるこの二人こそ、犯人だ。
シェーナを監視し、襲撃し、僕をも闇討ちした犯人がヤスラで、その協力者がケイシーなのだ。そして二人は、犯人であると同時に、図書委院だ。つまり、今どこにいるか全く分からない法王女の、一番の部下である司教院フィレ先輩の、一番直近の組織である図書委院の彼女達から何か情報を得られるかもしれないということなのだった。
……なんかややこしくてまどろっこしいけど、仕方ない。最初からゴチャゴチャしていたしな。
そんなことより、そんなことよりも! 僕には気になっていたことがあった。
「ところでヤスラ、キミは『この学園近くのギルド』と言ったが、それは本当かい?」
「本当さ。ケイシーが言ってたろ? 『わたし達は存在が知られれば用済みだから。「存在を悟られない」のが前提だから、バレた後の対処がないのよ。何を喋っても罰されないし』と。だから、わいらには情報を隠しても仕方ない。それよりかは、エーリに有益な情報を喋って罪悪感を消したいんだ。少なくとも、わいは友達だと思っていたから」
「襲撃しておいて都合のいい話だね?」
「ごもっとも」
僕の言葉にヤスラは肩を竦め、力なく項垂れた。その様子は演技でもなく、心から落ち込んでいるようだった。
……はぁ、そんな落ち込むなら最初からやらなきゃいいのに。ひけない理由があったとしても、自分が後悔してしまうような道は選択すべきじゃない。
そもそもだ。そもそも、僕ら愛の羽には、彼らに対して暴言や暴力を感情に任せて振りかざすことを許されていると思う。
事実それだけのことをされたのだ。監視に、暴行に殺人未遂。もう犯罪のオンパレードだぜ。特にシェーナは、彼らに何をしてもいいと思うし、彼らは何をされても文句が言えないと思う。
しかし、
「……」
僕の隣にいるシェーナは、黙ってやりとりを眺めていた。
彼女の心境は分からない。けど、彼女は感情が昂ぶっている様子でもなく、極めて冷静に思考しているようだった。
シェーナが理知的である以上、僕もメドナも、冷静で理性的に振る舞うことができた。だからこんなにもフレンドリーな感じで尋問が行えていた。
今回はこの方が良かったから、結果オーライ。
僕としても、クラスメイトを感情に任せて攻撃することを好まないし、感情的になることで、彼らから聞き出せることも聞き出せないかもしれない。ここは冷静に、落ち着いて話を進めよう。それがいい。
そう結論付けた。この結論は、きっと正しいだろう。
「……うーん」
そして僕は、それよりも気になっていた事について考え始めた。それは学園の側のギルドという言葉についてである。
「と言うことは……ギルドがあるのか? あのギルドが? それもこの近くにッ!」
「お、おう。てか近い! 顔が近いぜエーリ!」
思わずヤスラに詰め寄ってしまったが、そんなこと気にならないくらい僕は興奮していた。尋問とは別のところで感情任せになっていた。
ギルドっていうとアレだろ? なんか酒場みたいな場所で、受付嬢がいて、ランクによって任務もらえて、報酬貰えるやつだろ!? うっひゃあ! ついに身近な存在になって来たなギルドが!
思わず拳を握ってしまう。まぁ無理もない。
異世界に来てからというもの、魔物や異種族と交流してきた僕だが、まだギルドは未体験だったのだ。興奮するのは当然の結果と言える。
一応、『魔法使いギルド』が存在していることは知っている。世界中の魔法使いが登録して所属する組織で、魔法使いとして生きる上で必須である。
これは元の世界で言う戸籍に近い。戸籍がないと職や住処が手に入りにくいのと同じで、魔法使いギルドに所属することで魔法使い身分証明になり、ギルドで色々な任務を受けることができたり、住居を紹介してもらえたりするらしい。魔法使いギルドに登録した者同士でチームを組むこともでき、チームで登録しておくと楽というのが、母親ロベラの弁である。
かくいう僕も、生まれてすぐ魔法使いギルドに登録されたらしい。ロマンもクソもない。
違うでしょ……! ギルドの登録ってのは、その場に自らの足で訪れ、中世風な異世界の雰囲気を感じながら、異種族で美人の受付嬢を前にして、ドギマギしながら登録してなんぼだろ!
「……エーリは一体どうしたんだ?」
「さぁ?」
一人ギルドについての価値観を膨らませていると、二人が不審そうな目で僕を見ていた。
これはいかん。今はギルドについて妄想している場合じゃなかったぜ。ちょっと引き気味の二人の前で咳払いしつつ、話を戻した。
「つまり、図書委院は全て元々外部の魔法使いなんだね?」
「一気に話が戻ったな……」
「まぁね。んでどうなの?」
「ああ、そうだ。わいらみたいに、別の場所でスカウトされた魔法使いしかいない。だからこの学園の生徒のほとんどよりは実力があるぜ」
「だろうねぇ」
そりゃここで魔法学ぶ人よりも、元々外で学び、既に魔法を使って働いている人と比べたらなぁ。比べる意味もない程差が出ていることだろう。
言ってみれば、高校から初めてバスケをやる人と、中学でバスケを三年間やってきた人を比べているようなもんだ。
どのスポーツも結局経験者が強いからなぁ。初心者の強いスポーツってないもんかな? 運が絡むスポーツなら可能性あるか?
「図書委院自体は何人いるんだ?」
「図書委院は二人一組で各クラスに存在しているから……六学科、六クラス、二人組で七十二人か」
「多ッ!?」
お、思ったより多く潜んでいたんだな図書委院。もっと少数精鋭な組織と思っていから驚いた。そんだけいりゃあ、今までの学園生活ですれ違うこともあっただろうなぁ。
現に、目の前にいる二人はその七十二人の内の二人な訳ですけどね。
「それだけいたら、さすがに入学時点で、学園側が外部の魔法使いって気付かないもんかねぇ?」
至極当然の疑問を述べると、ヤスラはニヤリと笑った。
「外部の魔法使いが、生徒だけとは限らないぜ」
「……あぁ、裏口入学ね」
それは単純なことだった。外部の魔法使いを教員として学園に何人か潜り込ませ、生徒を向かい入れやすくするという裏工作があったのだ。学園の闇は深いねぇ。
しみじみとそんなことを考えつつ、再び外を見た。
雲の動きはゆっくりではあるが、先程あった位置から移動している。時間は確実に過ぎ去っている。
頃合いとしては、丁度いいかも。
「工作までして図書委院増やして、キミ達は学園で何をしていたんだ?」
ここで僕は、図書委院について切り込んでいくことにした。
「基本的には、司教院様の命令に従って周囲の情報を集めるのが仕事よ。強い魔法を使える者はいないか、またその魔法使いはどこに所属しているのか、何の魔法を使うのか、等々」
「ふむ、まんま諜報部隊って感じだね」
「そうね。そう言っても差し支えないわ」
その諜報活動を、成人していない学生がやっているってのが奇異だけど……。まぁ、この異世界は十五歳で成人、五歳で学校に入学できるくらいだしなぁ。この世界で産まれた人にとっては違和感はないか。
て言うか、僕の考え方ってちょっとおかしいんだよな。どうしても元の世界の価値観があるから、それありきで異世界の物事を判断しちゃっているんだ。そりゃ違和感あるに決まっている。魔法という概念が存在しているんだから。
異世界に住んで五年経つが、未だに元の世界基準で物事を考えてしまうのは僕の悪い癖だ。いい加減この世界に適応しなくてはね。
適当に指をポキポキ鳴らしながら、僕は意識を切り替える。曖昧で漠然としてはいるけど、僕にも異世界で育まれた新たな価値観というものがある。それを意識し、尋問を続ける。
「『基本的には』ってことはさ、キミ達は何か特別な任務でもあったの?」
早速気になっていたことを尋ねる。概ねは予想出来ているが、図書委院本人達の口から話を聞きたかった。
するとヤスラ達もこの質問が予想出来ていたらしく、レスポンスが早く淀みがなかった。
「この学園四人目の魔力ランク10・インペラトーレである、シェーナさんの監視よ」
「……っ!」
ケイシーの言葉に、僅かだが、左隣に座っているシェーナが体を震わせた。
それもそうだろう。震えない訳がない。だって、自分を監視していたとか、監視していた本人から聞かされるなんて、ゾッと恐怖しない方がおかしい。
「もう大丈夫だから」
シェーナにだけ聞こえるように音量を絞り、声をかけた。小さ過ぎて正しく聞こえたかは分からないけど、僕の言葉でシェーナは薄く微笑んだ。
「とは言え、常にではなく、シェーナさんの周囲に神帝のメンバーがいる場合、監視は行われなかった。それは、図書委院という存在が誰に対しても秘匿というポリシーを掲げていたため、同じ神帝メンバーでも明かせなかったからなんだ」
「明かせないことと、監視が行われないことは別じゃないか?」
「いや、同じさ。明かせないからこそ、他の神帝のメンバーがシェーナさんの近くにいて、わいら図書委員院がシェーナさんを監視していることがバレたらおしまいだ。接触はなるべく避けるべきなんだ」
「監視していることなんて、そうそう他の人にバレない気がするけど」
「普通はな。でも、図書委院だけでなく他の神帝メンバーもシェーナさんを警戒していた」
「シェーナが新たなインペラトーレだから?」
「そうだ。神帝か魔女の月、シェーナさんがどちらに入ってもパワーバランスぶっ壊しちまう。生まれ持っての素質ってのはそういうことなんだ。だから自然と警戒する。それで、警戒している人を監視している人がいたら、その監視している人のことも警戒するのが道理だろ」
「道理かどうかは知れないけど……ま、不審に思うね」
ヤスラの言葉に嘘がないか観察しつつ、僕は納得していた。
なるほどね。今までの学園生活の中で、ヤスラとケイシーが常にシェーナの見える位置にいた訳じゃないから、どうやって監視していたんだろうと思っていたんだけど……先客がいたのか。
しかし、そうだとすると。
「てことは、やっぱクラスに図書委院以外の神帝がいたんだね?」
そういうことになる。ケイシーが軽く首を縦に振った。
「神帝以外にも、魔女の月がいるみたいね」
「うむむ、それこそ道理だ」
さすが二大勢力と言うべきか。多分――いや九十九パーセントいるとは思っていたけど、事実として肯定されれば少し動揺もする。こんな戦力になるか分からない一年のクラスにもいたんだなー。
まぁ、メドナも魔女の月ではあるけどね。
「そんな神帝や魔女の月が監視しているような環境で、わいらは図書委院として活動していたんだ。秘密裏にね」
少し誇らしげに、ヤスラは笑った。
まぁ、今日まで正体がバレなかったことは、誇っていいとは思う。神帝や魔女の月がいる中だもんなぁ。
しっかし、本当に諜報部隊みたいじゃんか。僕の住んでいた街じゃ考えられないぜ。それは元の世界でもこの異世界でも言えることだが。貴族領域は本当に平和だったんだな。
僕はここまでの話を聞いて、そんな浅い感想を持った。随分と物騒なクラスに入ってしまったものだ。
「なるほどなー。キミ達のことが少し分かってきたよ」
「そうか。それは良かった」
少し安堵したような表情のヤスラ。ケイシーも、上手く伝えられたことに安心している様子。これが冷酷無慈悲に襲ってきた敵だとは思えないくらい、穏やかだ。
しかし。
「それで、だ。本題の一つに入ろうと思うんだけど」
「おう、なんだ?」
「僕を襲った理由だ」
僕がした質問は、彼らの穏やかな表情を壊してしまうような質問だった。
………………<ヤスラ>
それは、突然の命令だった。
図書委院として賢者学科一年に配属された今年の春から、夏を過ぎ、秋に入った頃。わいとケイシーは司教院様――フィレ先輩に呼び出された。場所はフィレ先輩の住む男子寮の一階ロビー。
「やぁやぁ、よく来てくれたね」
ロビーにある大きなソファに、フィレ先輩は足を組んで座っていた。狐の耳と尻尾がユラユラ揺れている。
「任務があるのでしょう? だったら来ますよ」
「寂しいことを言うね。なら、任務がなければ来てくれないのかい?」
「それは……」
わいが口ごもると、フィレ先輩は意地悪そうな笑みを浮かべた。それを見て、からかっているのかと気付くのに、数秒の時間を要した。
「……先輩、早く任務についてお話いただけませんか?」
からかわれたことと、それに気が付かずオロオロしたことから、この場からとっとと去りたいという気持ちが強くなり、わいはフィレ先輩に催促した。
しかし、そんなわいの姿もフィレ先輩にとってはからかいの対象であったようで、
「ああ、そうだね。そんなに催促されては、ぼくとしても話さずにはいられない」
ニヤニヤと、楽しそうに笑いながらわいを見ていた。
話の内容はこうだった。
昨日あった入学試験で、インペラトーレであるレベル10の成績をたたき出した生徒が現れたということ。今後その子はわいらのクラスに入って来るので、特別に護衛も兼ねて監視して欲しいこと。その子は女の子なので、なるべく学外ではケイシーが監視すること。
「監視なら分かりますが護衛って……どういうことです?」
当然の疑問をケイシーが言う。すると、フィレ先輩はわずかに優しい顔になった。
「どうやら、法王女様の古き友人のようなんだ。護衛というのは彼女の依頼でね、自身の夢をかなえるのに大切な存在だからとのことだ」
「あら、意外と友達思いなのですね法王女様は」
「神帝という巨大組織を率いているリーダーだから、甘い顔はあまり見せられない。本来はそういった優しい気持ちを持った子なんだよ」
「へぇ、知りませんでした」
「だろうねー。本人も否定しているし」
思わぬ発見に驚きつつ、話は進む。
「年末には選挙もある。できればきみ達には、二年へ上がるまで監視と護衛をしてもらいたい。まぁ、護衛は入学してから一か月間くらいでいい。学園に入って間もなく、何も知らない彼女に近寄る不埒な輩から守ってあげてくれ。一か月過ぎたら監視一本にシフトしてくれて構わない」
「それは何故です?」
「選挙ということは、インペラトーレである彼女を利用しようとする輩が現れるかもしれない。護衛する機会は増えるだろう。つまりその分、きみ達の存在がバレる可能性も増えると言うこと。その子の身の安全と、図書委院の存在。どちらが大切か、きみ達には分かるだろう?」
「残酷ですね」
「知らなかったのかいケイシーくん。この世界は最初から残酷なんだ」
「それもそうですが」
適当に頷くケイシーを尻目に、わいも質問をする。
「監視はいつものように行えばいいのですね?」
「うん、そうだね。いつも通り監視し、情報を集め、ぼくに報告してくれればいい。……ああ、それと」
「? それと?」
フィレ先輩は一幕置いて、狐の尻尾をゆっくり振りながら微笑む。
「監視する子の周囲で変な動きがあったら、その発生源を叩いてくれ。法王女様曰く、なるべく悪い虫をくっ付けたくないらしい。それが例え、きみ達の友達だとしても」
「その子を利用しようとするクラスメイトがいるってことですか?」
「その行為が利用と言えるかどうかは分からないけど、今後その可能性が高いんだ。そしてそのクラスメイトは、きっとぼくらと敵対する。あの性格、生き方ならば絶対に彼女を助けようと動く筈……」
「?」
フィレ先輩はどこか嬉しそうにはしゃいでいるように見えた。あれほど上機嫌な姿は見たことがなかったから、少なからずわいは動揺した。
まるで、新しいおもちゃを手に入れ、はしゃいでいる子どものようだった。
「とりあえず、注意はしておいて欲しいね?」
「誰の事かは知りませんが、わいらが注意する必要ありますかね。こう見えても昔は影の魔法でブイブイ言わせてましたよ?」
「あはは、きみの実力は説明されなくても知っているさ。その実力を加味した上で、注意してほしいって言っているんだ」
「と言いますと?」
「インペラトーレを超えるランクを持っているようなんだ」
「!? それは本当ですか!?」
わいとケイシーが驚き詰め寄ると、フィレ先輩はそれを見越していたようで、数メートル既に下がっていた。わいらの反応を見て、満足気に微笑んでいる。
「まぁ、そう言う訳で注意はしておいてね?」
「「は、はい」」
やっぱりこの人には敵わないなぁ、と内心で苦笑しつつ、わいは注意することを念頭に置いた。
「いずれぼくの元にやって来そうだね」
「そ、それはさすがにないんじゃないですか?」
わいは否定的な意見をしたが、フィレ先輩には届かなかった。何故なら、ずっと笑顔を浮かべたままだったからだ。
「ふふ、トラップは何重にも仕掛けておこう。その方が面白い」
「何を考えているか知りませんが、程々にしてくださいね?」
「もちろんそうするさ。アレを手放すのは命を捨てるより惜しい」
「命よりですか。なんかわいも興味出てきましたよ。アレって何なんです?」
わいがそう尋ねると、フィレ先輩はこれまた楽しそうに笑いながら、
「ひーみーつ!」
人差し指を口の前に持ってきて、とびっきり無垢な笑顔を浮かべ、そう言った――。
………………<エーリ>
ヤスラの話を聞いて、僕は激しく動揺していた。心臓が高速で鼓動し、冷や汗が背筋を伝っていく。呼吸も不規則だ。
「そう言う訳で、わいはエーリを襲った。それはフィレ先輩からの命令の一つ、シェーナさんの周囲で変な動きをする者がいたら叩け、というものに従ったからだ」
「エーリちゃんがメドナちゃん、シェーナちゃんと一緒に何か企んでいるのは分かっていたけど……確信が持てなくてねー。監視って言っても限界があるし、企みがサプライズパーティとかだったら目も当てられないわ。だから、決定的瞬間を待っていた」
「そして、決定的瞬間が訪れた。シェーナさんの運営会選挙立候補だ。大人しい彼女が立候補するとは思えない。すぐにシェーナさんの周囲の者の仕業だと分かったよ」
ペラペラと、知りたかった事情を話してくれるヤスラとケイシー。耳に入り、理解はしていくが、それ以上がない。
それよりも、別の事に脳の容量を使っているような感覚だった。
「後はエーリちゃんも知っての通りよ。ヤスラはあえてシェーナちゃんを襲い、エーリちゃんを誘い出した。これはその時点で一番怪しかったエーリちゃんが、本当にシェーナちゃんを利用した企みなのかを確認するための最終の儀式。これによって、エーリちゃんは叩くべき敵と認定」
「対面しても勝てそうになかったから、以前家に遊びに行った時に設置した物を使ってエーリを襲撃。設置したのは、偶然ではなくフィレ先輩の指示だった。隙があったら設置しておいてと言われていたんだ」
「!」
ここで初めて、俯いていた僕はヤスラの顔を見る。そして、ピサスが嘘を見破る技術を真似てみた。
嘘は……ついていないようだ。ということは、この話は真実。
「これが、エーリを襲った理由と手段だ」
二人は真剣な顔で、僕を見つめていた。これが嘘をついているとは絶対に言えないだろう。
……なんてこった。
逆に僕は右手を頭に乗せ、顔を真っ青にして、彼らに背を向けた。
それもそうだ。何故なら、今の話を信じてしまうと、とんでもないことが浮き彫りになる。それも、僕の存在を揺るがすような大きな事態!
この話が本当だとしたら……。
僕はヤスラの話を脳内でリピートする。詳しく言うと、話に出てきたフィレ先輩の言葉だ。
『その行為が利用と言えるかどうかは分からないけど、今後その可能性が高いんだ。そしてそのクラスメイトは、きっとぼくらと敵対する。あの性格、生き方ならば絶対に彼女を助けようと動く筈……』
『インペラトーレを超えるランクを持っているようなんだ』
何故、僕がインペラトーレ以上の力を持っていることを知っている!?
軽いパニックに陥りながら、僕はその言葉について考察する。せざるを得ない。
性格、生き方についてもそうだが、何より僕がインペラトーレ以上のランクであることを知っているのはおかしいのだ。絶対に。
絶対、と言い切れるのにはもちろん理由がある。心の巣、だ。
僕がインペラトーレを超えていることを知っているのは、入学試験時の試験官――ドランソー先生とアン先生だ。僕はその二人に心の巣という魔法を使って口止めをしている。だから決して、彼らはその秘密情報を外に漏らせないはずなんだ! あれは一度でもかかったら使用者以外に解除できる魔法じゃない! 心の巣が効いていないなんてことはないだろうし、第三者の介入も考えにくい。試験会場だった応接室前の廊下にはメドナもいたし、外から何かアプローチしようものなら、メドナが異変に気が付いて何かしらの対処をとるだろう。あの時点で情報を得るのは不可能なんだ!
考えれば考える程、かえって混乱するばかり。思考の渦にのみ込まれていく……!
性格、生き方についてもだ。ヤスラの話を聞くに、任務が与えられたのは入学試験日の翌日。つまり僕が学園にやって来て二日目ということになる。その時点で、僕の性格や今までの生き方が分かるって言うのはおかしい! 寮にやって来たのは三日目! つまりその時点で、フィレ先輩とは出会っていない!
その時点で出会っていないはずの人の、性格や生き方が分かるなんてことがあるだろうか? それは未来予知? 読心? テレパシー? 実は会っていて、僕が忘れているだけなのか?
その当時のことを思い出そうとする。すると、妙なことに気が付いた。
その部分の記憶だけが、すっぽり抜け落ちていたのだ。
分からない。記憶を探って何も分からないなんてことが、あるだろうか? 僕は自分の知らない何か魔法を、受けているとでも言うのか?
「うぅ……」
「坊ちゃま、大丈夫ですか?」
思わずこみあげてきた吐き気を我慢していると、右隣に座っていたメドナが背中をさすってくれる。その優しい手つきに、こんがらがった頭の中が少し緩和された気がした。
「……っ!」
先程からずっと無言なシェーナは、僕の左手を握ってくれていた。何やら様子のおかしいシェーナだけど、それでも僕を励ましてくれていることは手のぬくもりから伝わった。
思考する程分からないけど、思考放棄だけはしちゃいけない。僕には大切な仲間がいる。大丈夫、大丈夫だ……ゆっくりしっかりじっくり考えていこう。
「はぁ、はぁ……」
目を瞑り、背中でメドナを、左手でシェーナの優しさを感じ、僕は心を落ち着けた。
荒れていた心は、いつの間にか静かに心音を刻むだけ。トクントクンと心地よいリズムが流れていく。
「ふぅ」
うん、いつもの僕だ。エーリ・アルンティーネだ。
「今の話に嘘はないわ。信じてくれと言っても、信じられないかもしれないけど」
「……いや、信じるさ。てか真実じゃないと困る」
本当は嘘であった方が良かった、なんて思ってるんだけどね……。
「他に聞きたいことはあるか?」
「それじゃあ、本命を聞かせてもらおうかな」
僕はメドナとシェーナに目で合図し、慰めてもらう体勢から話を聞く体勢をとった。二人は僕から手を離し、真剣な表情になる。
「法王女の居場所について、何か知ってる?」
それは、僕が一番欲していた情報だった。言わば、これまでの行動がそれのためと言っていい程だ。単刀直入に尋ねる。
ここで法王女の居場所が知れればベストなんだが……。
「……うーん」
しかし、現実はそうもいかず。
ヤスラとケイシーは共に首を横に振った。それは分からないと口で言っているようなものだった。
「まぁ、だよね。そうだと思った」
「ん? エーリはわいらが知らないって知っていたのか?」
「いや知らないよ」
「じゃあなんで?」
そう尋ねられ、僕は苦笑した。
「ヤスラの話を聞くに、僕はいずれフィレ先輩の元に行くことになるんだろ? それで、フィレ先輩はトラップは何重にも仕掛けて置いて待ってるんじゃないか?」
「た、確かにそう言っていたけど」
「なら、キミ達が法王女の居場所を知っているとしたら、それは叶わないことになる。知っているとしたら、フィレ先輩の居場所じゃないと」
僕が考えを声に出すと、それを聞いたヤスラとケイシーは口を大きく開けてポカーンとしていた。どうやら、推理は当たったようだ。
「という訳で、フィレ先輩の居場所を教えてくれよ」
そんな二人に聞こえるように、大きな声で堂々と言い放ったのだった。
数分後。
僕らはフィレ先輩の驚きの隠れ場所を知ることとなり、尋問は終了した。詳しい話し合いは明日ということに。
「……で、だ」
「おう」
「ええ」
ヤスラとケイシーの二人は分かっているようで、目を伏せて頭をわずかに下へ傾けた。
両隣にいるメドナ、シェーナも理解している。ずっと聞き役に徹していたゲンジも分かっているようで、ゆっくり僕の元へと歩いてきた。
「どうするんだ? この二人」
「「……」」
ゲンジの問いは、この場にいる皆が思っていた事だった。
この二人の敵を、愛の羽としてどう処理するのか。そういうことだ。
僕は顎に手をやり、考える。
彼らのしでかした罪は重い。一人の女生徒を監視し、魔法を扱って襲いかかったこと。僕の部屋へ無断で侵入し、襲いかかったこと。主な罪はこの二つ。
前者は僕が防いだことにより事無きを得たが、後者は僕自身酷い目に遭った。授業に出られない程の影響を受けてしまった。これだけでも有罪判決だ。
また、僕が倒れている間も色々あったらしい。メドナが負傷しているのはそれが原因だ。幸い僕のヒーリングで傷は治ったが、治ったからと言って問題が解決した訳ではない。
けじめが、必要なんだ。僕らとしても、敵としても。
「本来おらは部外者だから、意見するのは筋違いかもしれんが……。エーリ、両者が納得するような裁きが必要な訳じゃないぞ。被害者であるエーリ達が納得できるような裁きを与えるべきだ」
黙って考えていると、ゲンジがそう耳打ちしてきた。言葉には強い意志があり、ゲンジなりに僕らを心配してくれていることが伝わってきた。
「わたしは坊ちゃまの判断に従います。どんな裁量でも納得できます。だから坊ちゃまは、坊ちゃま自身の意志を尊重してください」
ゲンジの耳打ちを見て、メドナが意見する。その表情は、我が子を見守る母のように、優しく温かかった。
「私もメドナちゃんと同じよ。エーリくんのすることなら、私は何でも信じられる」
あろうことか、長い間監視されていたシェーナも、僕に判断を委ねた。僕以上の被害者と言ってもいいくらいなのに。
まぁ、そこが温和なシェーナらしいと言えるけど……これはあまりに無垢すぎやしないか? 時には他人を攻撃することも必要だと思うが、彼女はそれをしない。
永遠の被害者なのだ。過去に戦争を体験してから、平和を愛するようになったシェーナは、決して魔法を使って他人を傷つけたりしない。争うこともしない。平和主義者と言えば聞こえはいいが、実際は全てを受け入れ自己完結してしまう孤独な存在。
彼女はこれで、いいのだろうか?
僕はシェーナに視線を送る。『本当に良いのか?』という意味を含ませて。
「……」
これに対し、やはりと言うか、シェーナは無言で頷いた。
……やれやれ。平和主義って言うか、ただの甘ちゃんだ。これ以上僕から言うこともない。
「ヤスラ、ケイシー」
僕が声をかけると、二人はゆっくり顔を上げた。
二人には既に覚悟ができているようで、その顔は決意に満ちていた。何を言われても従うという、覚悟が見て取れる。一切の怯えや迷い見えない。
なら、僕としても、心置きなく罰を与えられるということだ――
「キミ達はとんでもないことをしてくれたね。度を超えた罪には、罰が必要だ」
「……ああ、分かっている」
「エーリちゃんの好きにしなさい」
二人を前にし、僕は無表情に立つ。
この異世界には、法がない。
法とは、社会規範の一種で、特定の行為に対する強制的な制裁を課す機能を持っている。
そんな法が、この異世界には存在していなかった。これが何を意味するか。
簡単に言うと、世紀末だ。この世の終わりである。
完全なる自由で、束縛されない世界。ありとあらゆることが自己責任で許される、そんな世の中。世界全域が無法地帯と言ってもいい。魔法も使い放題、撃ち放題、投げ放題。
一応、魔法を、悪いことをする者を取り仕切る組織は存在するが、当たり前だが、強制力が全くと言っていい程ない。
それは、魔法と言う何でもできる力が蔓延しているからだ。魔法で何でもできるからこそ、倫理が育ちにくく、道徳もありゃしない。
『何でもできるし、何をしても大丈夫。だって、全てを叶える魔法があるから』
そういう思考回路が、魔法を学ぶにつれて植え付けられていくのだ。そしてその魔法自体が、凶器であることを自覚していない。
何でもできるということは、人を傷つけることも、簡単にできてしまうと言うことなのだから。
少し考える。常に武装した人達が暮らす街を。凶器をひけらかして闊歩する人達を。そんな街で、武装を制限する法を定めようと声を張り上げてみたとする。当然、『コイツは何を言っているんだ?』という顔で睨まれて終わりだ。
この異世界は、そういう状況にある。魔法という、凶器になりうる可能性を秘めた奇跡を、人々は自覚せず必要不可欠だと思っている。
だから、そんな魔法を取り仕切るルールは存在しない。
ルールというものは、力の制限に等しい。ルールがあるからこそスポーツは楽しめるし、生活は成り立っていく。ルールがなくても世界は存続するが、生活は存続しないだろう。
生憎、僕の世界には法があった。裁く場所もあった。折り合いを付けられる機会がたくさんあった。しかしこの異世界にはそれがない。
……罪には罰を与えなくては。犯罪者が司法によって裁かれるように、この二人を裁く司法になってやろうじゃないか。
「悪い子には、お仕置きだ――」
……。
…………。
………………。
ゴン! ゴン!
「あだ!?」
「いたぁッ!?」
お仕置き。僕は彼らの頭上を、思いっきり拳を叩きつけた。
――拳骨、である。
「な、何するんだ!? 痛いじゃないか!」
「そうよ! せめて一言言ってからにしなさいよ!」
「それじゃ仕置きにならないじゃん」
「それはそうだけどぉ……」
拳骨を油断していたところに受けた二人は、猛然と僕に抗議を始めた。突然の痛みや驚きで声が上擦り、涙が流れているのを気にもせず、両手を縛られた状態のままで、二人は必至に頭を撫でていた。
「家じゃ、拳骨が悪いことをした子にするお仕置きでね。僕も小さい頃はよく殴られたもんだ」
「……そうでしたっけ?」
メドナが首を傾げている。それもそのはず、この場合の家とは、元の世界の家のことなのだから。
「そもそもエーリくん、まだ小さい頃真っただ中じゃない?」
シェーナのツッコミが耳に痛い。それはその通りまだまだ僕がガキであるということと、実は高校一年生なのに子供のフリをしていることの、二つの意味で耳が痛い。
あとついでに、二人を殴った自分の拳が痛い。
「痛いか?」
「痛いに決まってるだろ!」
「タンコブできる程の威力だったわよ! てかできてるし!」
「はっはっは」
「「笑うなーっ!」」
僕が笑いながら能天気に尋ねると、二人は涙目になりつつ僕に答えた。その様はまるで、父親に叱られた年相応の子どものようだった。頭の上を擦っている姿には思わず笑みがこぼれる程だ。
「なら、許す!」
「「……え?」」
今度は茫然とする二人。感情豊かで面白いなぁ。
「言ったろ? 家じゃこれがお決まりの罰し方なんだ。これ以外は知らないから、これで許す!」
僕はなお茫然としている二人を見ながら、そう言い放った。
……確かに、この世界には法は無い。それは裁く者と、裁く基準――ものさしがないからだ。
その上、法に強制力が働かないことも原因の一つだろう。魔法で何でもできるのだから。
しかし、だからと言って、この異世界が荒廃している訳ではない。それは何故か?
何故なら、他人に対する思いやりがあるからだ。他人に対する優しさがあるからだ。人同士の繋がりがあるからだ――。じゃなきゃ、こんな学園も、ケーキの美味しい店も、魔法使いによるギルドも成り立たないだろう。
また、地域間では人同士の信じ合いによって、暗黙の了解じみたルールが存在している。それが村で、街で、国なのだ。
元の世界にもなんとなくあっただろう。困っている人を見たら助ける、泣いている人が慰める。これらは別に、法で定められている訳ではなかったが、することが当たり前のような風潮が常にある。
学校の道徳の授業で習ったから、環境がそういう環境だったから、そうしないと世間から爪弾きにされるから、と言われればそれまでだが、それだけじゃないと僕は思う。
人同士は、遺伝子レベルで助け合うことを前提にしているんだと、そう思っている。あくまで個人的意見だけどね。
そしてそれは、この異世界も同じで、例外なく……きっと同じだ。だから、当たり前のことが育ちにくいこの異世界でも、助け合いは根付いていた。
そういった助け合い・信じ合いによって成り立っている法よりも強制力の弱い法みたいな信じ合い――『法もどき』を、警察の役割を持った騎士団が守っていたり、魔法の悪用を防ぐための組織があったり……。
法はなくともこの世界は回っている。そして今日も、回っていく。
「坊ちゃまがそう言うのでしたら、わたしはそれに従います」
「私も~」
メドナはどこか僕の意見に安心したような顔でそう言い、穏便に済ませたいシェーナも安心しているようだった。誰もかれもが甘ちゃんで困っちゃうぜ。
「許すって……本気かエーリ!? わいらは酷いことしたんだぜ!?」
「そうよ! こんな拳骨一つで許すなんてどうかしてるわ!」
対して、罰が軽くて喜ばしい立場であるはずの二人が、抗議する。なんか滅茶苦茶だ。
「酷いって、思っているんだね?」
「そりゃ思ってるよ! わい達はやっちゃいけないことをした」
「今更綺麗事よ。綺麗事だけど、わたしは友達を手にかけたってことは理解しているつもり。そしてそのことに罪悪感を持っていることも……綺麗事だけど」
「綺麗事綺麗事うるさいなぁ。世の中綺麗事で成り立っているんだから、そこまで言わなくても分かるって」
「だったら!」
何故か必死になっている二人を見て、僕は苦笑した。
普通は命乞いや謝罪の言葉を言って罪を軽くしようとするものだけど、この二人が言っていることは真逆だった。そしてそれが真剣だったからこそ、僕は笑った。
「反省してるんだね?」
「もちろん!」
「悪いことしたって自覚しているわ」
「だったら、僕はキミ達にこれ以上罰を与えると、逆に加害者になっちゃうよ。反省しているんだから、もうしないでよ」
僕が考えたことは、単純なことだった。
異世界に法がない以上、彼らを罰する方法は無い。ならば、別の手段で罰するしかない。
ここで元の世界の法を持ってきてもいいが、僕は法律に関して詳しい訳ではないし、それによって罰することが、良いとも思えない。
だから僕は、自分の中の罰し方で、罰することにしたのだ。拳骨――昔ながらのこのやり方で、僕は罰した。憲法ならぬ、拳法と言ったところか。
そして彼らは罰を受け、反省した。これ以上彼らを責める理由が、何処にあると言うのだろうか?
「で、でも! わいらが反省しているって嘘をついているのかもしれないぜ?」
尚も食い下がるヤスラ。そこまでして僕から罰を受けたいのか? ちょっと引く。
疑心暗鬼か何か知らないけど、ヤスラは僕の言うことが信じられないようだ。
だから僕は、彼が信じられるよう、彼の拘束を解いて向かい合った。
「こういう時こそ信じ合いだろ? 僕はキミが反省したと信じてるから」
そして笑いかけた。きっとこうすることが、この異世界的にはベストだと思ったからだ。
もちろん、僕的にもベストな判決と言えるだろう。
「エーリ……」「エーリちゃん……」
二人の目の端に、再び涙が溜まっていく。しかしそれは、拳骨を受けて出た涙とは違う種類の涙だった。
「ありがとうエーリっ! わい、信頼してもらえるよう頑張るよ!」
「わたしも! わたしも頑張る!」
「うんうん、それでいい。でも、僕はいいけど、メドナやシェーナといった、迷惑をかけてしまった人達にはちゃんと謝りに行こうな?」
「「うん!」」
ボロボロと涙を垂れ流す二人の肩を、優しく撫でてあげる。
全く。まだまだ二人はガキなんだから、もうちょっと子どもらしくに生きるべきだ。罰を自ら受けようだなんてどうかしてる。
――今日もこうして、世界が回っていく。もちろん、僕らの日常も回っていく。
「それで……さ。エーリに頼みがあるんだけど」
「ん? なんだヤスラ。藪から棒に」
「わたし達、もう図書委院には戻れなくてさ。その、居場所がなくなっちゃって」
「普通に生徒として学園生活を謳歌するのはダメなのか?」
「いや、それもいいんだけど……そうじゃなくて」
ヤスラとケイシーが妙にもじもじしながら言い淀んでいる。一体何を言おうとしているんだ?
と、考えながらゲンジを見て……閃いた。
「ああ、もしかして仲間にでもなりたいの?」
「「!?」」
僕の言葉にビクッと反応する。図星のようだ。
「迷惑をたくさんかけてしまったから、その分皆の力になりたくて!」
「わたしも! こんなこと言える立場じゃないけど……」
おそるおそるといった感じで、二人は言ってきた。怯えの混じった表情は、彼らの言葉を何倍も弱く感じさせた。
「どう思う?」
僕は振り返り、背後にいるメドナとシェーナに目をやった。
メドナは目を瞑り、僅かに頭を下げた。シェーナは少し嬉しそうに笑った。
どこまでもお人よしな奴らだな……ホント。
「よし、んじゃ今後の作戦会議でもすっか」
「? あの、エーリ。わいらは――」
「もちろん、キミ達を入れて、ね?」
「エーリ!」「エーリちゃん!」
でも、こういうのが僕らには合っているのかもな。愛をチーム名に掲げる者達としてはさ。
「エーリ! おらは!? おらも入れてくれよー!」
「分かった分かった。ゲンジもおまけで入れてやろう」
「よっしゃー!! ……おまけってのが気に入らないけど」
「むむ、贅沢な鳥だなキミは。おまけになるか、焼き鳥になるか、選ぶがいい」
「選択肢が不穏!? おまけで! おらはおまけでいいですぅ~!」
……正直、これが正しい判決だったかは分からないけど、悔いはない。
「さて、僕らに残された時間は少ない。早速始めよう!」
「「「おーっ!」」」「お~」「はい!」
運営会選挙まで、あと二日。決着の時は近い――。




