第六十一話 未来への道標 後編 <六日目>
・この話は『未来への道標』の後編となっております。
~前回のあらすじ~
「右足首捻っちゃった」
>ナーェシ<………………
気が付くと、私は変な所に突っ立っていた。
まず、燃え盛る炎の海で埋め尽くされている大地があった。
ひび割れて痩せこけた地面を、激しく真っ赤な炎が、轟々と焼き続けている。
それは大地に対する一種の拷問に見えた。延々と、終わることのない焼き地獄。枯れても干からびても続く火の海が、そう私に理解させた。
次に、そんな業火に襲われている大地を、全て覆うようにして半透明の板が敷かれていた。厚さは目測で五センチ程度だと思われる。板と大地の間の間隔が妙に狭く感じられた。
板は、あの灼熱の炎を完全にシャットアウトし、大地と他の空間を切り離している。並以上の、相当な耐熱加工が施されているようだ。また、耐久性も持ち合わせているようで、大きな森を地面として受け、支えていた。
大きな森とは、半透明の板の上に広がっていた、葉の生い茂った緑の木々のことである。特徴的なのが、木の一つ一つが人の形をしていて、表情のない操り人形のようだった。ただただ不気味で、私は近寄りたくないと本能で思った。
最後に、そんな変な所を見下ろすように、私は空中の高い位置に浮かんでいる椅子に、腰かけていた。
「ここは……どこ?」
当然の疑問である。私は状況を把握しようと、椅子から身を乗り出そうとして……気が付いた。
椅子自体は玉座のような、どこかの国の王様が座りそうな煌びやかに装飾された物だったが、そんな椅子に私は拘束されていた。両手両足に、太いロープが巻きつき、力を入れてもビクともしなかった。
「何なのよ……!」
私は、今この状況が理解できていなかった。理解できているのは現在の状態だけで、何故こうなったのか、ここはどこなのか、といった経緯や過程が分からなかった。頭が混乱するのも無理はない。
訳の分からない現状に対し、むくむくと恐怖心が育まれていく。
「誰か! 誰かいないの? 誰かぁ!」
とりあえず、この不安を一刻も解消したくて、おもむろに叫んだ。
もはや冷静に思考できていなかった。今まで自分が何をしていたか、順を追って思い出すことも放棄していた。落ち着くこともなく、息を切らして叫ぶだけ。繰り返し愚かに叫ぶだけ。
安心が欲しい。ただその欲求を満たすため、私は声を張り上げる。ガチャガチャと、私を拘束している器具を鳴らして声を張り上げる。
「誰かーーーーッ!」
誰でもいい。エーリくん、メドナちゃん……私の呼びかけに答えて!
しかし……。
「……アハハ、アッハッハッハッハッハ! 無駄よ、シェーナちゃん?」
答えたのは、私の仲間ではなく、
「この世界には今、わたしとシェーナちゃんしかいないから」
クラスメイトでもあり、敵でもあるケイシーちゃんだった。
………………<メドナ>
黒ずんだ煙が立ち込める中、わたしと敵のケイシー様は対峙しておりました。
視線を動かし、わたしは敵の後方で霧に包まれているシェーナ様、右前方で倒れているキリコッテ様、わたしの右後方で仰向けで気絶しているリコプル様を視認します。
「(キリコッテ様、リコプル様、守れなくて申し訳ありません……)」
目を瞑り、心の中で二人に謝罪します。盾でありながら、二人を守れずわたしだけが生き残ってしまいました。
その上、
「(シェーナ様……まだ助けられていなくて申し訳ありません)」
敵の魔法によって倒れ伏せているシェーナ様を、わたしは未だ救えてはおりません。結局、わたしは仲間を守ることも、救うこともできないのです。
「祈りは済んだ?」
そして、敵は健在です。進展しているようで、実は何も進展してはいないこの状況。右足負傷という、悪い方向には進展しているのですが。
「いくら闇魔法に耐性があるとは言え……メドナちゃん、あんたじゃわたしには勝てないわ」
まさに、最悪の状況です。見るからに負けが見える戦いです。
それでも。それでもわたしは……。
「……オープン」
声と共に、黒いローブ・黒い魔女帽・黒い杖が現れ、わたしに装着されます。手に握っていた小さな杖は、大きく長い魔女専用の杖に早変わりです。
「メイド服の上からローブって、ちょっと変ねー。ってか奇妙?」
相手の冷やかしを無視し、わたしは精神を集中させます。
敵と戦ってみて、改めて知ることがありました。
わたしは弱いです。貧弱です。脆弱です。今の実力では、敵を倒すことは叶わないでしょう。
それでも、倒すことができなくても、勝つことができなくても、引き分けに持って行くことくらいはできるかもしれません。
『キミは機転が利く。ピサスを相手にした時、キミは抜群の推理力を見せてくれた。キミならできる』
わたしにあるのは、エーリ坊ちゃま曰く、機転と推理力のみです。ならば、それを最大限活かして戦いましょう!
「……いきます!」
「返り討ちよ!」
>ナーェシ<………………
突如現れたケイシーちゃんは、ふわふわと宙を浮きながら、玉座に座っている私の元へやって来た。
その顔は、いつもとは違い、嫌らしい笑みを浮かべていた。
「やっほ~! シェーナちゃん元気ぃ~? あはは、元気な訳ないわよねぇ~? ある訳ないわよねぇ~? 来て欲しかったのはわたしではなくエーリちゃんやメドナちゃんだものね~! アハハ!」
喋る言葉も、どこか人を馬鹿にするような話し言葉で、私の精神を苛立たせた。
それでも、怒りをぶつけることはせず、私は冷静に、心を平常のまま保っていた。先程までのパニックは、ケイシーちゃんを見てどこかへ飛んで行った。
「別に、私は元気よ」
「……つれないのー。わたしがここまで煽ってるのに。のらないの?」
「感情的になっても、解決しないって思ったの」
「クールね。あんたってそういうキャラじゃないでしょ」
確かに私のキャラクターではないけれど、今この環境では、冷静さが必要だと思い、私はクールなキャラクターを演じていた。
なにせ、両手両足身動きが取れない上、敵が目の前にいるのだもの。こういう時は、慎重に行動することが大切ね。
おかげで、今ではすっかり落ち着きを取り戻し、何故こうなったかを思い出せていた。
ケイシーちゃんの魔法……霧によって、私は全身を包み込まれ、気が付いたらここにいた。これがあの霧の効果だとは思うけれど。
「……ここはどこなの?」
ダメでもともと、私は尋ねてみることにした。私にはこれ以上情報がないので、聞くしかなかったの。
すると、何の気まぐれか知らないけれど、私の言葉にケイシーちゃんは反応を見せた。
意地悪な笑顔をピタリと止めて、思いも寄らぬことに、真面目な表情を作った。
「ここは……異なる内の世界」
更に口を開いて、質問に答え始めた。教えてくれるとは思ってもいなかったから、私は驚きを隠せない。
「外とは違う、内の……心の中の世界。外からの影響を一切受けない内の世界」
「内? 精神的な空間ということ?」
「そうね。それでも合っているわ」
ケイシーちゃんに、嘘をついている素振りは見られず、素直に話している印象を受けた。
そして、ケイシーちゃんは予想外なことを、ポツリと呟いた。
「この内なる世界は……何を隠そう、シェーナちゃんの深層心理の世界なのよ」
「私の深層心理の世界?」
「ええ。またはシェーナちゃんの無意識のイメージ。シェーナちゃんの体験の具現化。そして……」
「そして?」
呟きに返すと、ケイシーちゃんは私を憐れんだ目で見て、
「シェーナちゃんのトラウマで構築された、地獄」
そう、消え入るような声で、呟いた。
私はその意味を理解しようと、言葉を一つ一つ心の中で繰り返してみた。
深層心理は、自身の無意識下にあり制御できない要素を含む心理のこと。無意識は、心の中の意識的でない部分。体験は、主観的に経験すること。具現化は、はっきりした形・具体的に実現すること。
そして、トラウマ――心的外傷とは、肉体的または精神的に受けた事を、長い間引き摺ってしまうこと。
……。
「この世界はね、シェーナちゃんの受けたトラウマによって創り出されているのよ。あの荒んだ大地も、燃え滾る炎も、薄っぺらく頑丈な板も、鬱蒼とした森も、全部あんたの心から。ちなみにわたしも」
「そ、そんな……。分からない、分からないわ。あれらがトラウマだなんて、私には思えないわ。大地も炎も板も森も、別に苦手じゃないし」
「違うわよ。そう言っているんじゃないわ。……あんたは無意識にトラウマを持っていて、それはあういう風に具現化しているだけ。大地・炎・板・森そのものが苦手なんじゃなく、それらがトラウマを形作っているだけ」
「あ、あれが」
私は、再び眼下を見下ろした。
枯れ果てた地、燃え続ける炎、その炎を完全に遮っている半透明の板、不気味に茂っている森……これが、私のトラウマだと言うの?
「……ねぇ」
茫然と眺めていると、いつの間にかケイシーちゃんが私の側にいた。頬に息がかかる距離まで、彼女は接近していた。
背中から冷や汗が噴き出すのを感じる。慎重に行動していたつもりが、不用意に接近を許す程、私は不用心だったようだ。
「シェーナちゃん、あんた……」
「な、何! 何をするつもりなの!」
無表情に、私の耳元へ口を寄せるケイシーちゃん。身動きの取れない私は、全く抵抗できない。
「わたしね、あんたのこと、会った時からずっと……」
一瞬、蠱惑的な笑みを浮かべたケイシーちゃんは、
「……ムカつく女だと、思ってたの」
そう言って、私を鋭く睨みつけた。
「今からあんたを少しずつ壊してあげるわ。少しずつ、少しずつ……」
「! こ、壊すって、そんなこと」
衝撃的なことを言われ、私の心は動揺していたが、ケイシーちゃんの言葉に反論できるくらいには余裕があった。
「できないと思う? そうね、そう思うわよね。だってここは心の中の世界。いくら肉体的に攻撃しても意味がない。頭の良いあんたなら気付いていると思うけど、これはわたしの霧によって、生じた世界なのだから」
「……霧に包まれた他者の心の中に、トラウマの世界を生み出す魔法?」
「惜しいわね。正解は『霧を生み出し、霧を体内に取り込んだ者の精神を攻撃する魔法』。それがさっきの魔法よ」
ケイシーちゃんの言葉に、私は軽く身震いをした。
精神を攻撃する魔法? じゃあこれから私を少しずつ壊すって言うのは、つまり。
「あんたを……あんたを形作っている人格を、一つ一つ否定して、拒絶して、精神的に壊してあげるわ」
……。
…………。
………………。
「……少しやり過ぎたかしら?」
「……」
「ま、これくらいやった方が、彼女にとっても幸せでしょう」
「……」
「でもやっぱり、やり過ぎたかしら?」
………………<メドナ>
即座に状況を観察し、思考を始めました。
まず、わたしの状態ですが、正直なところ悪いです。
右足を負傷し、思うように行動することができません。移動する度に痛みを覚え、感覚が落ちてしまうことでしょう。
それと、敵に対して有効的な魔法を持ち合わせていません。ハングリーサイクロンやエアロカーテンでは決定打に欠け、そもそもエアロカーテンじゃ攻撃すら不可能です。
また、実力でも負けているので、相手の攻撃を防ぐことすら無理でしょう。撃ち合っても勝てる見込みはゼロと言えます。
だから、魔法によって攻撃することは現実的ではありません。補助として扱うことがベストでしょう。
ならば、どうやって相手に攻撃を与えるのかと言うと、単なる技術である無闘剣によって、肉体的にダメージを負わせるしかないでしょう。右足の痛みは大きなハンデになるでしょうけど、それしか方法はないようです。
対して、相手の状態ですが、ほぼダメージはありません。ですが、先程放った高級魔法の魔力の消費が激しかったためか、体力や精神が疲弊しているようです。集中力も途切れ途切れです。
そのため、魔法の行使に時間がかかることが推測されます。魔力を込めることや、詠唱を行うことは、体力・精神力を大いに必要とするからです。
以上のことから、迎撃系の魔法は使用しづらいでしょう。相手の攻撃に合わせて魔法を発動しなければならず、魔力量も多いと聞きます。よって、接近を許さないあの衝撃波は利用しないと思われます。
利用するとしたら、わたしを直接狙う魔法です。何故ならば、緻密な集中を必要とせず、ぶっ放すだけでよく、周囲にバラ撒くだけでも効果が期待できるからです。
そして、彼女がこれまでに放った魔法の数々を見るに、彼女の魔法の特徴は、周囲の自然現象を利用していることです。
人を包み込むような霧、空間を濃密度に圧縮したかのような見えない壁、一定の範囲を連続的に襲う衝撃波、虹色の高エネルギー光線……。
最後の高級魔法は、『とっておき』と本人が言っていたので、これらとは少し毛色が違うと思われます。とすると、最後を抜かして考えますと、今までの魔法は自分の環境を利用した魔法と言えます。
系統は、『自身の周囲にある環境を操り、自然現象を起こす効果を持つ魔法』で『現象操作系』。そして、その現象操作系が多い魔法と言えば――
「(天魔法! 火魔法と水魔法の合成によって生まれ、天に介入することができる応用魔法!)」
わたしがまだ習っていない魔法ではありますが、その特徴については自主学習で覚えておりました。
天魔法は威力・範囲共に高く、強力な魔法が数多く存在します。しかしその分、魔力消費も多く、その上『周囲の自然を利用する』という魔法の性質上、屋外でしか価値のない魔法と言われておりました。
ならば、自ずと敵に対する策が、浮かんでくるというものです。自分の分析、相手の分析によって、一つの作戦を思いつきました。
しかし……。
……。
あ、そうです。
わたしは何気なく庭園に視線を送り、思いつきました。
それは策とも言えぬ策ではありますが、土壇場で思いついた策としては上々です。他の策よりは可能性が大いにあります。
「……オープン」
それでは、その作戦に全てを託し、戦いとしましょうか。
「……いきます!」
そして最後に、この戦いは勝つのが目的ではありません。引き分けるのが目的です。
………………<ケイシー>
ふっ、分かるわ。分かるわよ魔女メイド。あんたの考えなんてお見通し。
わたしに魔法の実力で敵わないことは、今までの戦いで明らかになっているわ。なら、あんたは魔法で攻めることを止め、訳の分からない護身術で攻めることを選択するはず。
そして、あんたがわたしを観察するような目から、あんたはわたしが疲弊していることに気が付き、体力や集中力を多く使う迎撃系の魔法である『殴打の暴風雨』は使わないと読む。更に、あまり集中力を使わなくてもいい『雨の矢』主体で戦うとも読むわよねぇ?
もしかしたら、わたしの魔法が系統から天魔法だとも読み、弱点を知り、それを軸に作戦を練っているのだとしたら……それは一番の誤りよ。
確かにわたしの魔法は天魔法ばかりだわ。天魔法専属の魔法使いを言っていいくらいね。とっておきを抜きにすればだけど。
でもね、天魔法の弱点なんて、使用者のわたしが一番分かっていることだし、一番対策することなのよねー。
魔力消費が激しい? なら、魔力を溜め込んだ魔力石を使えばいい。……高価だから、あまり使いたくはないけどね。
屋外じゃなきゃ使えない? なら、屋外に入れない様に、罠を張り、魔法を展開するだけ。
弱点を知っているということは、その分対策も出来るってことなのよ!
だ・か・ら、あんたにとれる選択肢は、
一、お得意の護身術で接近し、直接叩きに来る。
二、一の作戦がわたしに読まれ、壁を張られることを予想し、前もってハングリーサイクロンを発動させ、壁破壊と同時に接近戦に持ち込む。
三、無理だと分かりつつ、魔法で遠距離攻撃を仕掛ける。
四、天魔法だと推理し、天魔法の弱点である『魔力消費が激しい』ことを利用し、リコプルのように動き回り、くたばるのを待つ。
五、天魔法だと推理し、天魔法の弱点である『屋外でしか使用できない』ことを利用し、賢者棟へ逃げる。
こんなところかしら。そして、この中のどれかを選んだ時点で――
一、接近するも、わたしが壁を張って通じず。ハングリーサイクロンを発動させる前に、雨の矢で終了。
二、壁破壊と同時に接近戦をわたしに挑むも、魔力石使用で殴打の暴風雨によって終了。
三、決定打なし。ジリ貧にて終了。
四、負傷した右足が素早く動けず、ジリ貧にて終了。
五、負傷した右足で、この庭園から賢者棟入口へ入るまでに雨の矢が直撃。終了。
あんたの負けが! 確実に決まるのよッ!
「……いきます!」
膠着していた時間が動き出す。メイドが威勢よく叫び、わたし目がけて突進して来た。
「返り討ちよ!」
思わず、わたしはほくそ笑んだ。この時点で、わたしの勝ちが決まったからだ。
メイドが選んだのは選択肢一か二。突進して来たということは、そういうこと。
「(結局、自分自身の技術に頼ったのね。バカなメイドにしては、中々面白かったわよ)」
メイドを標的として捉えつつ、わたしは精神を集中して魔法を発動させる。
「『発現せよ! 遍く星々の瞬きを! 侵入不能な未完成の障壁を!』」
疲れているからか集中力はブレ、多少精度は落ちてしまったが、素早く展開することに成功した。
この魔法は低級・属性魔法・応用魔法・天魔法・『不可侵の壁』。自身の周囲の空間を何倍にも圧縮し、壁として固定させる防御系の魔法。
さて、相手はどう出る?
「『放て! 蒼き空の弾丸を! うねり轟け、捻れた気流よ!』」
……終わった。
メイドは前もってハングリーサイクロンを発動していた模様。つまり、メイドが選んだ作戦は二。
「『我が力となれ』」
わたしは、右手に隠し持っていた魔力石に意識を集中し、言葉と共に魔力を引き出した。
大分減っていた魔力が、わたしの中に流れていく。補充されていく。
「やあっ!」
バシュウウウウウウウウウウ、と暴風が吹き荒れた。恐らく、わたしの壁を破壊してしまうことだろう……が。
「『発現せよ! 遍く星々の瞬きを! 無慈悲で無差別な衝撃の嵐を!』」
その間に、わたしの準備は完了していた。
相殺された嵐と壁。さあ、無防備だと思いながら、完全防備なわたしに特攻をしかけにおいで――
って、アレ?
詠唱に集中していたからか、メイドの姿がないことに今気が付いた。目の前に、メイドがいない。
あの足じゃ、短時間でここから賢者棟に戻ることは不可能だし、メイドが姿を眩ますような、幻想魔法を扱えるとも思えない。
と、ここでもう一つ気が付いた。
「(壁が消えてない?)」
わたしの発動させていた壁が、そのまま残っていた。そして、
「(メイドの竜巻も、まだ発生している?)」
もう勢いは僅かだが、壁の少し前方で、小さな竜巻が発生していた。
何? ってことは、メイドは竜巻を壁にぶつけなかったってこと? ならあの竜巻が衝突するような音は一体……?
わたしが考えていると、頭上から、
「ひゃああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!」
叫び声と共に、捜していた魔女メイドが遥か上空から落ちてきた。顔面真っ青にさせ、涙目で必死そうに黒い杖を握っている。
つい呆れた顔で、イロモノメイドが落下する様を眺め、気が付いた。
……まさか、自身で発生させた竜巻に、自分から巻き込まれたとでも言うの!? いくら低級とは言え、そんなの自殺行為よ! 渦巻く風は、肌を切り裂くほどの殺傷力があるし、体温を奪われて凍え死ぬことだってあるのに!
「は、はは『放て! 蒼き空の弾丸を!』 エアーウォールッ!」
地面に激突する数メートルのところで、初級の防御系の魔法を発動させ、メイドの躰は風のクッションによってふんわりと受け止められた。どうにか事無きを得たようだった。
「はーっ、はーっ! し、死ぬかと思いました……」
四つん這いになり、息絶え絶えのメイド。当たり前のことを呟き、当たり前にガタガタ体を震わせている。
わたしは、壁を展開させたままで、いつでも雨の矢が放てるよう準備しつつ、メイドに話しかけた。
興味を持ったのだ。わたしに敗北する未来が見えたからと言って、こんな愚考に及んだ理由を、聞いておきたかった。
「あんた、なんでそんなことしたのよ?」
「なんで、とは?」
「いくらわたしに勝てないからって、何も自棄に走らなくてもいいんじゃない?」
少しの間考え、わたしはそう結論付けた。
詳しくは、二の選択肢をわたしに読まれ、壁と竜巻を相殺させると確実に負けることを悟り、絶望しパニックを起し、突発的に竜巻に飛び込んだ、と言ったところかしら。
ま、結局エアーウォールなんて張っちゃってたから、生きたい気持ちが強かったようだけど。
「……はは、そうですね。こんな自暴自棄したくはなかったですね」
「でしょう? ったく、あんたのところは皆無茶するんだから」
このメイド然り、メイドの主人然り。バカばっか。
でも、バカはバカでも、笑えるバカなのよね。世の中には笑えないバカが多いけど、この二人はちょっと違うって感じ。
……っと、いけないいけない。敵に感情移入しちゃいけないわ。
すぐに意識を切り替え、わたしは冷めた表情を作り出す。
「で、いいかしら。今からあんたを始末するけど」
「……そうですね。始末されたくはないですけれど、今ので体力全部持って行かれましたから」
大の字で寝ている本人から了承を取り、わたしは杖を構え直し、意識を集中させた。
発動させるのは『惑いの霧』。霧を発生させ、霧を取り込んだ相手の精神をぶっ壊す魔法。
悪いわね、メドナちゃん。あんたの精神、壊させてもらうわ――
「おーいッ! 何やってんだよケイシーッ!」
「!?」
突然、声をかけられた。しかも、
「ケイシーちゃん何してるのー? わたしも混ぜてー」
「楽しそうなことしてるなー? 魔女のコスプレ?」
「……っておいおい。あれ気を失っていないか?」
「ホントだ! リコプルちゃんやキリコッテちゃんだ! 大変!」
次々と、声をかけられる。それもクラスメイト大多数の声だった。わたしは慌てて周囲を見渡す。
しかし、声は聞こえど、声を出している人は見えず。
「……な、なんで!? ど、どこから! 何が起きているの!」
「上、ですよ」
「上?」
メイドに促され、頭上を見てみる。
すると、賢者棟にあるわたしの教室の窓から、わたし達を見下ろすクラスメイトがいっぱいいた。
「ケイシー何してんだよ!」
「何かの劇ー?」
「わたしも仲間に入れてー!」
窓枠に身を乗り出すようにのっかかり、わたし達の様子を見て、それぞれ囃し立てている。事の重大さを理解している者、遊びだと思っている者、何も分からずはしゃいでいる者。
そしてわたしは、その中で、わたしを鋭く睨みつけているハーピー族の少年――ゲンジューヤを見つけた。
「あ、ああ。そんなっ!?」
クラスメイトに……ゲンジに見られてしまった。この状況を。全てを!
彼は明らかにエーリ側の人間! そんな彼が、この状況を見て、わたしが共犯者だと疑わない訳がない! そして、彼の側にいる実行犯のヤスラも、教室じゃ騒動を起こせず素直に捕まる選択肢しか選べない! 影の魔法で逃げようにも、目撃者が多すぎる!
……詰んだ。これ以上なく、詰んだ。
「……これで、あなたは逃げられないですよ?」
メイドがニヤリと笑う。わたしは苛立ち、メイドを蹴ろうと思ったが、皆が見ているので止めた。
ここでようやく、わたしはメイドの笑みを見て、思いついた。
「なるほど、ハングリーサイクロンに乗って空を舞ったのって……」
「ええ。教室にいる生徒の目を引くためです」
わたし達の教室は六階だけど、低級レベルの竜巻ならば、余裕で届く距離。それも庭園側に窓が面しているから、目を引くことは可能。
加えて、
「その格好も、計算だった訳ね?」
「そうです。魔女の格好はとにかく目を引きますから、そんな魔女の格好をした人が、竜巻に巻き込まれて宙を舞っていたら、窓の側にいる人はさすがに気が付きますよね」
そう言って、帽子を取ってヒラヒラ揺らした。
「考えてみたのですが、どうしてもあなたに勝てるヴィジョンが見えなかったのです。何をしても、あなたに通じず、または読まれ、返り討ちになってしまう未来しか見えませんでした」
メイドはゆっくりと起き上り、右足を擦りながら立ち上がった。動作はまだまだぎこちない。
「だから、勝つことを諦め、引き分けるにはどうすればいいのか考えました。わたしが勝つ訳でもなく、また負ける訳でもない、そんな結末を」
「で、クラスの皆にこの状況を見せるってこと?」
「実はゲンジューヤ様だけで良かったんですけどね。重要なのは、エーリ坊ちゃまを襲った犯人で、その犯人さえ捕らえられればいい。わたしが派手に吹っ飛ぶ様子を教室から見れれば、自然とケイシー様が共犯者であると知り、同時にヤスラ様が犯人と分かりますからね」
「はぁ、だからって竜巻に突っ込むかしら普通?」
「ですよね。本当に死ぬかと思いました」
わたしはため息を吐きつつ、全ての魔法を解除させた。そして、持っていた杖をメイドに下から投げた。メイドはそれを、慌ててキャッチした。
「あんたのお望みどうり、引き分けよ。つーかわたしの負け」
「そうですか? なら、わたしはあなたに勝つことができたのですね」
「実力では負けてないけど!」
「……負けず嫌いですね」
「伊達に女子のリーダーとして男子と争ってきてないからね」
「それもそうでした」
わたしは自分から後ろに両手を持ってきて、手首を縛るよう命じた。それは、降参を意味していた。
「縛りプレイですか?」
「違うわよバカメイド! ってか、よくそんなこと知ってたわね」
「坊ちゃまから教えていただきました」
「……やっぱり、意外とムッツリね。エーリくんは」
そうこうしている内に、ヤスラとゲンジとカテマが向こうからやって来るのが見えた。
……ああ、全部終わったのね。これから先、わたしとヤスラはどうなるか分からないけど。
「(なんか、すごいスッキリしたわ)」
はしゃぐクラスメイト達の声を聞いて、目の前で誇らしげな表情をしているメイドを見て、最後に能天気な空を見て……。
そう、思った。
………………<エーリ>
唐突に、目が覚めた。
「……ぁ、ぅん……」
反射的に上半身を起こす。続いて、習慣的に目を擦る。
んんーっ。今までどこか深くて暗くて永遠なところに沈んでいた気がしたが……もう忘れた。そんな混沌とした場所に、あまりにも長く浸かっていたためか、記憶の混濁が感じられる。
簡単に言うと、脳内がすっごくゴチャゴチャしている感じ。掃除せずに漫画や服が散らかった部屋のような、そういうイメージで良いと思う。
まぁ実際は、元の世界での記憶と、この異世界での記憶が、別々にランダムにフラッシュバックするという有様だ。例えば、今いるこの場所が異世界であるはずなのに、自分の部屋のような錯覚をしてしまうような、そんな混乱を感じた。
だから、思わず、
「坊ちゃま……っ!」
「ひ、陽鳴?」
この異世界に存在するメイドのメドナを、元の世界にいる妹の陽鳴と呼んでしまう失態を犯してしまったのだった。
姿形、性格や声がまったく違うと言うのに……何故間違ったし。
「雛……? ええと、どういう意味でしょうか?」
「! あ、いや、何でもない何でも! ……そう、寝ぼけてたからつい変なこと口走っちゃったんだ! そんな……感じ?」
パニックに陥りそうになるのを堪え、その上言葉を誤魔化そうとして、更に変なことをうっかり口に出しちゃう僕。寝起きの頭が、急速に覚醒していく。
「(おおおいおいおい! メドナ相手にこの言葉はマズイだろう! 最近のメドナは妙に頭が働いて勘も鋭い。あまり意味深なこと言うと、後々痛い目見たりする!)」
さぁーっと、血の気が引いていくのを感じる。こういう些細なミスが、僕の今後の異世界ライフを崩壊させちまうってのに!
……と怯えていたのだが、
「良かった……坊ちゃまが無事で、良かったぁ!」
両目の端に涙をためながら、抱きしめてくれたメドナを見て、そのことが杞憂だということを知った。
それと同時に、自分の置かれていた環境が、状況が、状態が、頭の中の霧のようなモヤモヤが晴れて……理解した。
ああ、そうか。僕がこうして無事目覚めたということは、作戦が成功したんだな……。
泣いて喜ぶメドナを、優しく抱きしめ返す。昔、僕――悠飛の母さんがしてくれたように、安心や幸福を与えられるように、抱きしめてあげた。
魔法なんかじゃないけど、心と心を近づける魔法のような行為……だと思う。なんか恥ずかしい言い回しだけど。
指の先で目元を拭ってあげ、顔をしっかり見た。少し疲れが見えるが、いつものメドナだった。間違っても陽鳴と勘違いしてしまうような顔ではなかった。
まぁ、今は泣いたばかりだから、目の周辺が赤かったり、頬が赤かったりしているから、いつもの気丈で凛々しくも穏やかな感じよりも、年相応の幼さがある素朴な少女という印象が強い。
「ごめんね、心配かけた。僕はもう大丈夫」
「……本当ですか?」
「うん! 元気元気!」
「ぐすっ……そうですか。安心、しました」
ホッとしたような、柔らかい笑みをこぼすメドナ。まったく、自分のメイドを悲しませるなんて僕は主人失格だな……。
今後はこんなことのないよう、頑張ろう。そう、心の中で密かに決意した。
メドナが落ち着いてきたところで、仲間のシェーナも僕の元へやって来た。
「エーリくん、大丈夫そうね~」
「やぁ、シェーナ。僕は大丈夫さ。……この僕の頭にのっかっている手は?」
「よしよし、偉かったわね~っていう手」
「そのまんまだね」
「そのまんまよ~」
シェーナに無防備な頭をなでなでされる。寝癖の付いた髪が、更に変な髪型に仕上がっていく。
なんだろう……やっぱり年下にあやされるのはこう……くるな。羞恥心やら罪悪感やら背徳感やらで、精神的に快楽にも似た感覚だ――
「ふんっ!」
「!? ちょっとエーリくん! なんで突然自分の頬を叩いたの!?」
「シェーナにこんなことさせている自分を戒めようと思って」
「すっごく自分に厳しいのね、エーリくん……!」
寝起きだからか、さっきから思考が飛び飛びだ。こんなんじゃいけないのに。
「とにかく、良かったわ。うん、良かった……」
「……?」
なんだろう? シェーナの様子が少しおかしいような? 具体的に言うと、いつもまとっている彼女の気張った雰囲気が消滅している……感じ。
何かあったのか尋ねようとしたところで、シェーナの方から僕に耳打ちしてきた。
「話したいことがあるのだけれど……後で少しいい?」
耳打ちには、耳打ちで返した方が良いだろう。僕もシェーナの耳元に口を寄せた。
「いいよ」
「……ありがとう」
二つ返事で引き受けると、シェーナが申し訳なさそうにお礼した。
話したいことか。話の内容を推測しようにも、材料が少なくてできないね。とりあえず保留。
あらためて、メドナとシェーナの二人を見る。この二人が今ここにいて、僕が目覚めているということは、さっきも思った通り作戦が成功したということ。
そう、推理ごっこがである。
「……うむ」
軽く周囲を見渡してみる。状況確認するためだ。
場所はメドナの部屋で、僕が寝ているのはメドナのベッド。窓の外を見るに、まだ日が落ちるには早い時間帯――昼下がりと言ったところか。
外からの物音がほとんどしないということは、寮付近に人がいないと言うこと。つまり、みんな学校へ行っているということでもあり、『昼下がり』という情報を付加することで、学校では午後の授業中だということが推測できる。
更に、メドナとシェーナの姿が、僕が気絶する前に見た姿とそれほど変わっていないことから、時間があまり経過していないことを意味する。
恐らく、僕が気絶してから次の日をまたぎ、その日の午後あたりに目を覚ましたのだろう。
「なるほど」
大体分かったところで、僕はずっと気になっていた人に、目を向けた。
このメドナの部屋には僕、メドナ、シェーナ以外にも、僕が目を覚ました最初から、他に人がいた。その人達は部屋の隅にいて、僕がしっかり目を覚ますまで待っていてくれたようだ。
僕の視線に気が付くと、臨時パーティとして加わっていたゲンジが、人を引き連れてやって来た。
「よっ! 思ったより元気そうで良かったぜー」
「ゲンジこそ。いつもより毛並みが綺麗に見えるよ。当社比二倍みたいな感じ?」
「なんだよ『とうしゃひ』って。まぁ、精神的に楽になったからかなー?」
「心と毛並みは関係してるのか」
「してるぜー。それも常に繋がっている」
「へぇ、初めて知ったよ。ならゲンジの毛並みがサラッサラになるまで梳いてあげよう」
「やめろ!」
適当に世間話をしつつ、僕は同じく世間話をするようなノリで話を切り出した。
「で、この二人が犯人?」
「おう」
「そっか」
ゲンジの目の前には、見覚えのある二人が、両手両足を縛られ満足に行動できない状態で座らされていた。
やがてゲンジの指示で、その二人はフラフラと立ち上がり、寝ている僕の前へやって来た。拘束されているため、その動きはぎこちなく、時間を多く要した。
それでも、皆手伝うこともなく、かと言って文句も言わずに、黙って待った。
「……や、二人とも」
「「……」」
気軽な感じで挨拶してみるが、二人とも無言のまま。ま、こんな状況じゃ、余計なこと言えなくて怖いよなぁ。
だからこそ、被害者である僕が、明るく接してあげようか。
「元気か? ケイシーに、ヤスラ」
ケイシー・エナーに、ヤスラ・アービー。
僕のクラスメイトであり、長い間シェーナを監視していた者達でもあり、僕を襲撃してきた者達でもあり、そして――
友達、でもあった。
「……元気では、ないわね」
「確かに」
僕の雰囲気を知ってか、ケイシーが最初に口を開き、続いてヤスラも口を開いて言葉を発した。
この場にあった微かな緊張の糸が、弛んだ気がした。
「そっか。ま、そりゃそうだよね。……それじゃー二人とも、僕は色々聞きたいことがあるんだけど?」
「……答えるわ。わたし達が知っていること全部」
「素直だね。抵抗すると思った」
「しないわよ、別に。わたし達は存在が知られれば用済みだから。『存在を悟られない』のが前提だから、バレた後の対処がないのよ。何を喋っても罰されないし」
「それはそれは。余程隠れるのに自信があるのか、ただ単に興味がないのか」
「どっちもだろ」
「そうね」
「あらら」
少しずつ、いつもの調子を取り戻しつつ、僕らは会話する。特に障害なく、尋問はスムーズに進んでいく。
僕の側では、メドナとシェーナがこのやり取りを見守り、ケイシーとヤスラの後ろでは、ゲンジが眺めている。
おかしなことに、加害者と被害者が、表面上は仲良さそうに会話している状況が、出来上がっていた。
「で、まず初めに、一番に聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「いいわよ」
「なんでも聞いてくれ」
二人から了承を得たところで、僕は少し間を取ってから、真面目な顔で聞いた。
「キミ達は……何者だ?」
僕のこの問いに、二人は声を合わせて、
「「図書委院」」
そう、これまた真面目に、言ったのだった……。
………………<???>
「……とうとう、ぼくの尻尾を掴んだようだね」
そこは、暗い洞窟のような所だった。
直方体の分厚い石が、規則正しく隙間なく並び、部屋を形作っている。四方の隅には、地面に突き刺さった長い鉄の棒と、その先にロウソクが立てられており、部屋を仄かに照らしている。この明かりのおかげで、真っ暗な部屋は魔法なしで目視することができた。
部屋の中央には黄金の玉座が置かれ、人が足を組んで座っていた。人とは言っても、獣――それも狐のような耳に、これまた狐のような尻尾を生やしたワーグ族の人だった。
その人が、この部屋の主であることは、誰が見ても一目瞭然だった。
「やはり、ぼくが見込んだ通り、この学園を変えられるのは、きみしかいないようだ……」
玉座の前には、石でできた小さな丸テーブルがあり、その上に色とりどりの果物が並ぶ。主は、その中から、何故か紛れていた『いなりずし』を一貫とり、口へ放り込んだ。
甘じょっぱく、柔らかい歯ごたえの油揚げと、もっちりしたシャリがマッチしている。数ある食べ物の中でも、これは主のお気に入りだった。
「ぼくはこうして、好物のいなりを食いながら、きみが来るのを待っていよう。……この最深部で、首を長くしてね」
広い空間に、主の呟きだけが木霊する。その声には、様々な感情が込められていた。喜び、楽しさ、愛しさ、興奮、憂い、期待、待ち遠しさ……。
主――フィレ・ディーノは、もう一貫いなりずしを掴み、静かに呟いた。
「ここまでおいで、エーリくん」




