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魔法によって飛んだ空  作者: 元祖ゆた
運営会選挙編 
61/64

第六十話 未来への道標 前編 <六日目>

・前後編です。


~前回のあらすじ~

「平常、豹変、戦闘!?」


………………<シェーナ>



「『発現せよ! 遍く星々の瞬きを! 心を惑わす神秘の霧を!』」



「本性を現しましたね……!」

「ケイシーちゃん!?」

「! 応用魔法なのっ!」

「きゃあっ!」


キリコッテちゃんを中心に、突如霧が発生した。その場にいた四人が、それぞれ変わったリアクションをする。

それは、魔法によって生じた霧。何らかの効果を持った、異常な霧。薄黒くて、雷雲のような色をした霧が、間欠泉のように、勢いよくキリコッテちゃんの周囲から噴射され始める。


どう見ても誰が見ても明らかに、あの霧に触れれば悪い事態になる!


「――ッ! 皆さん、この場から逃げてくださいッ!」


四人の中で、一番早くそれを理解し、反応したのはメドナちゃんだった。メドナちゃんの悲痛ともとれる必死な叫びを聞いて、私は条件反射のように、無意識に背を向けて逃げ出していた。その瞬間は本当に何も考えていなくて、自分の身だけの心配をしていた。


何故なら、本能的にも分かったからだ。あの霧は、きっと今ある私の存在を全てぶっ壊してしまうような、因子を持っている。私が私でなくなるような、何かがあの霧にはある。だから、絶対触れてはならない。


……しかし、


「もう、遅い」

「――!?」


あっという間に、私は霧に包まれた。何も抵抗できずに、あっさりと。

包まれる直前、私は霧の発生源を見た。すると、この霧が、私だけを追って噴射されていることに気が付いた。



でも、そんなことに気が付いても、キリコッテちゃんの言う通り、もう遅い――。





………………<ゲンジ>

賢者棟の六階に位置する一年教室。窓から身を乗り出せば、綺麗に整えられた庭園を見ることができる。

ここは、賢者学科に属する一年の生徒達が日々学ぶ部屋。それなりに広く、ちょっとしたどんちゃん騒ぎをしても大丈夫。防音や魔法に対する耐性もあるらしく、外からの雑音も聞こえない。魔法を習うのだから当然と言えるが。


そんな教室で学ぶために、現在賢者学科一年に所属している生徒数は三十人。一か月前に進級試験に合格した者が二人いて、三十人となった。

生徒の数は良く変わる。人によって入学時期が違うため、その分進級時期も違う。

おらは去年の夏頃入学したから、今年の夏に進級試験を受けることができる。ま、おらの実力だったら楽勝だろう。


「ぬしらはいいよなー。友達同士、進級試験の時期が近くってよ」


そう話し出したのは、現在おらが監視中のヤスラ・アービーだ。色黒で健康的に見える少年で、ドワーフ族特有のパワーを持つ。あと、酒飲みで有名なドワーフらしく、昼間からひょうたんに入れた酒を飲んでいる。頬がかすかに赤い。


「あっし、キリコッテ、シェーナ、エーリ、メドナあたりはほぼ同時期だわー」

「見事に揃ってんな」


適当に相槌を打ちつつ、今度はもう一人に目をやった。

カテマ・ロフ。共犯者ではないかと疑われている一人だ。ジャイアント族らしく、豪快に子豚の丸焼きを食っている。料理とも思えぬ下等な食べ物だけど、すっげぇうまそうに見えるのは何故だろうか。


今、おらはヤスラとカテマの三人で昼飯を食っていた。もちろん食事は建前で、本当はヤスラの拘束と監視が目的だ。こうして食事に誘い、この場に括りつけておくことで、メドナちゃんやシェーナちゃんが尋問しやすくなるし、こっちに気を配る必要がなくなる。


「(ま、適当にこっちで言い訳作って足止めしとくか)」


幾つか言い訳を考えつつ、おらはおにぎりを食った。絶妙な塩加減と、ピリッと辛い高菜の組み合わせは最高だな。これに『オリハルコンの爪』が入っていれば文句なしなんだけど……希少な品だからなぁ。この程度のおにぎりにゃ入ってないか。


良く味わい、幾つか胃袋に詰め込んだところで、世間話でもすることにした。


「ヤスラはいつ入ったんだっけ? おらより前だよなー?」

「ん? んー……今年の春かな」

「じゃあ冬越したら試験じゃないか」

「まぁ、そうなるかな」


おらが入学した時には、既にヤスラ、リューイの悪ガキ二人組がいたからな。まさかそこに、三人目としておらも入ることになるなんて……。

ま、それを言ったら、スパイとして学園に入ることになるとは思わなかったけど。


「前と比べて、大分落ち着いてきたじゃない?」

「わいがかぁ?」

「おう。なんか、おらが入ったばっかの頃は、よく女子に泥ぶっかけてたじゃん」

「あ、ああ。そんな頃もあったな……」


いやいや、あんたついこないだまで魔法ぶっ放してたじゃんか。そんな遠い目良くできるな。


「昔からしたら大分変わったよな。カテマも、魔法使えるようになったし。最初は魔力コントロールすらできていなかったのに。頑張ったんだな」

「いや、あっしの頑張りじゃないわー。皆が教えてくれたからだわー」

「それでも、カテマの努力がなきゃできなかったと思うよ? おらはそこを評価したい」

「……///」

「「頬を染めるな頬を!」」


ただでさえホモ疑惑あるっつーのに、そんな嬉しそうに乙女な仕草すんなよ。


「もう少しで進級かぁ……」


ヤスラの一言に、なんとなく皆でため息。

進級しても、一年と二年はたった一フロア分の距離だから、いつでも会える距離なんだけど、それでも寂しさはあるよな。


「わい、待ってるぜ。二年の教室で。早く進級して来いよ」

「ヤスラ……」


どこか寂しそうな笑顔を浮かべ、ひょうたんを逆さまにして一気に酒を飲んだ。

進級、か。おらとしちゃ進級よりも、犯人を見つけることが先だ。この酒飲みが、犯人だとは思いたくねーんだけどな。


犯人は一体、誰なんだろうな……。

教室の窓から外を見る。能天気な空模様は、とても教えてくれそうにはなかった。


「カテマのことも……わい、待ってるぜ」

「……///」

「「だから、頬を染めるな!」」





………………<メドナ>

追いつめられれば追いつめられる程、人は思わぬ行動をとるものではありますが、『こういう展開』は、お粗末な頭脳を持つわたしにも予想出来ておりました。

犯人もしくは共犯者にとって、正体がバレてしまうことが一番ダメなのです。最悪の結末、絶望の幕引きと言っても過言ではないでしょう。


何故ならば、犯人達にとって今後がないからです。犯人達は今まで少しも尻尾を出さずに、シェーナ様を監視したり、シェーナ様を襲撃したりしました。堂々とした攻撃をしていながら、わたし達にはそれが何者によるものなのか、悔しいことに坊ちゃまが襲われるまでまったく分かりませんでした。


そう、彼らはそう言った身辺特定に値する情報を漏らさず、秘密裏に行動をしていたのです。決して正体をひけらかすことなく、常に忍んで動いていたのです。


隠すことで、秘密にすることで得る力は非常に大きいです。数日前のわたし達は、誰が犯人なのか常に気張らなくてはならなかったので、気が緩んだ瞬間を襲うチャンスだって生み出すことができます。

他にも、期待できる効果がたくさんあります。言ってみれば、わたし達愛の羽だって、周囲に存在を隠して行動している訳ですし。


しかし、そんな正体不明を演じてきた犯人は、クラスメイトのケイシー様とヤスラ様でした。遂に正体が特定できたのです。今までのことに、何らかの形で関わっていることが判明したのです。正体不明のあやふやだった敵が、正体明確のはっきりした敵になったのです。


……タネの分かった手品のように、隠れることによる利点はなくなり、同時に彼らの居場所は消失したのです。そんな人が、打って出る手段と言えば――



「皆には悪いけど……口封じ、させてもらうわね?」



自分達の正体を知ってしまった者に対する、口封じ、ですよね?


「本当はこんなこと、したくなかったんだけどね……」


わたしは、この庭園に連れてくる前から、教室時点で共犯者候補の三人に対してずっと警戒しておりました。だから、この後の彼女の行動に対し、素早く行動することが可能です。

シェーナ様にも予想出来ていたようで、身体の重心が少し後ろ寄りになっておりました。いつでも回避行動をとれるような体制です。

とは言え、シェーナ様は他人を傷つけることを良しとしないお方です。予想はできていても、対応できない可能性があります。


わたしが、何とかしないと!


「『発現せよ! 遍く星々の瞬きを! 心を惑わす神秘の霧を!』」

「!」


ケイシー様が杖を取り出し、素早く淀みなく詠唱をしました。その姿は、わたし達に対して魔法を扱うことに、微塵も抵抗感や罪悪感もないようで、完全な敵の姿でした。


「本性を現しましたね……!」


ならばわたしも、一人の敵として認識し、迎撃するだけです!


「『エアロカーテン』!」


同時に、わたしも杖を出し、いつも練習しているように、関鍵詠唱をします。坊ちゃま直伝、風の防御魔法です。

すぐに、わたしの目の前に風でできた壁が出現します。薄く発光しており、少しの風で遠くへ流されていきそうな靄ではありますが、防御性能は高いです。


まず、敵の発動させた魔法を受け、どのような魔法なのか分析することとしましょう。一番手、それもこちらが油断しているタイミングで撃ってきた魔法ですので、この魔法を得意としている、またはこの系統の魔法を得意としている可能性があります。口封じのため撃ってきたのですから、わざわざ苦手な魔法を撃つなんてことは考えにくいです。


「(魔法の『系統カテゴリー』さえ分かれば、攻めの方向性が見えてくるものです!)」


この学園に入学して、学んだことの一つ――『系統』。

それは、魔法の与える効果を、似たもの同士おおまかにグループ分けしたことを表します。


例えば、最近の魔法だと、坊ちゃまの部屋へ侵入を可能にした魔法は――『転移系』と呼ばれております。これはその名称通り、『ある地点から別地点への転移する効果を持つ魔法』をグループ分けした言い方なのです。

転移系と呼ばれる魔法は、すべてこの特徴を押さえているので、一度でも転移系だと知ることができれば、その特徴から対処や対策が可能になるのです。今回坊ちゃま襲撃に使われた魔法は転移系でしたので、再びその事件現場へ転移してきて襲われぬよう、坊ちゃまをわたしの部屋へ移しました。これも、転移系だと知れたからこそ、とれた対処なのです。


とは言え、同じ特徴を持ってはいますが、効果が全く同じという訳ではありませんので、絶対に対処できる保証はありません。当たり前ですが。


ちなみに、魔法を属性魔法か特性魔法かの二つに分類する一番大きな種類分けを『原形オリジン』と呼び、次に大きく基礎魔法や応用魔法といった魔法の種類分けを『類型ブランチ』と呼び、類型から更に火魔法や水魔法と細分化した種類分けを『承継グロウス』と呼びます。そして、そこから更に細分化されますが、細かすぎてまとめられないため、魔法そのものの名称である魔法名で表します。

その際、魔法の効果の特徴に、他の魔法との類似点が見られるのであれば、その他の魔法達と一緒くたにするグループ分け――系統に含まれるようになるのです。



低級・属性魔法・基礎魔法・風魔法・エアロカーテンは、魔法等級・原形・類型・承継・魔法名で、防御に特化した魔法ですので、系統は防御系ということなのです。



敵の扱う魔法は一体何なのか、それを防御系のエアロカーテンで防ぎ、見極めてやります! この魔法ならば、敵の攻撃を完全に防げ――!?


前方に展開し、攻撃を受け止める準備が整ったところで気が付きました。

他の方々が、無防備に立ち尽くしているのです。まさかケイシー様が攻撃してくるとは思ってもみなかった様で、驚くばかりで杖も握らず棒立ちしているのです。


「(……マズいです!)」


すでに敵の魔法は発動しております。グレーの霧が、勢いよく敵から四方へ噴射され始めているのです。

この魔法の効果は、見たところで分かることはありませんが、触れたら大変なことになることだけは、本能的に理解できました。


わたしは、エアロカーテンを大きく展開して敵を囲むようにしようと調節しつつ、思いっきり、


「皆さん、この場から逃げてくださいッ!」


大きな声で叫びました。大きく突発的な音による恐怖は、原始的でありながら有効的手段ですが、その音を声によって、それも叫ぶように発すれば誰もがその音を恐怖しつつ聞き取り、理解してくれるはずです。

わたしは可能な限り息を吸い、言葉を叫びました。


……結果、


「っ!」

「オッケーなの!」

「……!」


音に反応し、人形のように動かなかった三人は、一目散にその場から離れる行動を選択しました。キリコッテ様は無言で頷き、リコプル様は結構余裕そうな表情で、シェーナ様は無言で走り始めました。


ふぅ、なんとか彼女達をこの場から遠ざけられそう――


「もう、遅い」

「!?」

「! シェーナ様!」


敵から噴出され、辺りに漂い始めていた霧は、一瞬の内にシェーナ様を飲み込みました。霧がまるで意志を持っている生き物のようで、シェーナ様の姿は、霧に包まれ見えなくなってしまいました。


「シェーナさ――」


急いでシェーナ様の元へ駆けつけようとしますが、その間に、敵が割り込んできます。


「一番厄介なインペラトーレから始末するのが定石よね?」

「……知りませんよ、そんな定石」


敵は、少し意地悪く笑いました。守れなかった歯痒い思いに、わたしは歯を食いしばります。


「どいて下さい」

「どかないわ。わたし決めたの。一人一人始末するって」

「……キリコッテ様とリコプル様が、あなたの手から逃げ出しましたが?」

「逃げられないわよ。あらかじめ、あの二人には足止めの魔法をかけておいてあるから。あなたがシェーナちゃんと作戦会議している間にね」


庭園へ移動する途中に、二人に魔法をかけたいうことでしょうか。だとしたら、わたしなんかの監視は、意味がなかったということです。

でも、意味がなかったとしても、今は関係がありません。犯人が確定しているのですから。


「もう一度言います。どいて下さい」

「いやよ」

「そうですか。聞き分けが悪いですね」

「そういうメドナちゃんも、聞き分けが悪いみたい」


お互いに道を譲らず、正面衝突したままで、和解の道はやはりありそうもないようです。

一秒も早く、シェーナ様を助け出さなくては、何か取り返しのつかないことになるかもしれません。


「……ふぅ」


わたしは杖を握り、敵を睨みつけました。



「では、今からあなたに、アルンティーネに伝わる『メイド拷問コンボ』にかけさせていただきます」



勝てるかどうか分かりません。恐らく、わたし程度の実力では勝てないでしょう。

けれどこの戦い、この道、譲ることができません!





浅く低く、わたしは放たれた矢のごとく、地を蹴って敵に肉薄しました。

アルンティーネ家の家庭教師様に教わった護身術『無闘剣アンリミテッドファイト』の一つ、飛足とびあしです。どんな悪地でも相手の懐に飛び込むこの技により、敵のすぐ目の前へ。


「!? なっ――」


さすがの敵も、これには驚いたようで――


「――ん、て、ねッ!」

「ッ!」


飛足に続いて繰り出した、人体の急所を穿つ技である稲妻いなずまは、虚空を貫きました。目の前にいるはずなのに、当たらなかったのです。


壁、です。見えない壁が、わたしと敵の間に生じているようで、わたしの拳はその壁によって隔てられたのです。

いつの間にこんな魔法を発動していたのでしょう? もしかして、あの霧を発動させる前に?


「ちょっとメドナちゃん! 魔法使いなんだから、魔法使って戦いなさいよー」

「……生憎、わたしには魔法の才能がないもので」


クラスで振りまく純粋な笑顔を、敵はこの場でも振りまきます。まるで、休憩時間のちょっとした戯れのような、そんな気さえさせる微笑。


「でも、この魔法はただの打撃攻撃じゃ崩せないわよ? どうするの?」


ニコッと、わたしに微笑みかけます。そんな敵の後ろでは、霧まみれになっているシェーナ様。

……ああ、こんなわたしでも、ゲスな笑顔というものを理解できました。


「崩しますよ。……お望みの魔法で!」


怒りは力となり、原動力となり、仲間を助ける奇跡となります!


「『放て! 蒼き空の弾丸を! うねり轟け、捻れた気流よ!』……ハングリーサイクロン!」

「おっ?」


低級の風魔法ハングリーサイクロンが、轟々と唸りを上げて、目の前にあるはずの見えない壁を食い荒らします!


「おおっ?」

「はぁっ!」


ゴオオオオオオッ! と激しい音を立てて、突発的に現れたわたしの竜巻によって、邪魔な壁は消え去りました。

同時に、竜巻もゆっくり消滅します。風の煽りを受けて、庭園の花が舞い上がっており、遠くから見るとさぞ幻想的な風景でしょう。


「やるじゃん! メドナちゃん、本当は魔法の成績いいんじゃないかしら? 本当はわたしより成績いいんじゃない?」


パチパチと、心からではない拍手を、わたしに浴びせます。不愉快以外の何物でもありません。


「その口、閉じてくださいッ!」

「わわ!」


再び飛足で接近し、両手を槍のように構え、手に持っている杖目がけて絡みつかせます。

この技――鎌槍かまやりは、相手の武装を強制的に解除させる技。魔法使いにとって杖は大事な媒介。なくても魔法は扱えますが、効率は著しく落ちてしまいます。


いくら敵が優秀な成績を修めている者であったとしても、杖がなきゃさすがに力が落ちる。そう思っての行動でした。



「ねぇメドナちゃん、わたしにそんな近づいていいの?」



ゾッと、言い得ぬ恐怖を覚えたわたしは、咄嗟に逆足さかあしでその場から緊急回避的に逃げ出し、


「『発現せよ! 遍く星々の瞬きを! 無慈悲で無差別な衝撃の嵐を!』」

「ッ!?」


先程までわたしがいた空間が、これまた見えない衝撃波が襲いかかるのを、感覚的に把握しました。


「――くぅ!?」


逆足もまた、無闘剣の技の一つなのですが、これは緊急回避の技。しかも、受け身等の身の安全を捨て、本当に危機一髪の状態から回避するための術なので、自身へダメージを負ってしまうのです。


右足に、嫌な痛みを覚えました。


「あっはは! 今の衝撃波、よく避けたわねメドナちゃん! しかもあんな体勢で! ちょっと無理したんじゃない?」

「……無理なんてしていません」

「強がるわねー。明らかに顔歪めてたじゃない」

「……」


敵の言動に一々突っかかるのもバカらしいと思い、わたしは口を閉ざしました。結果的に、わたしの方が口を閉ざすことになってしまったことだけが、口惜しいですが。


「(あの衝撃波は脅威です。敵は完全に倒しに来ている。最悪、わたしは殺されるかもしれません)」


その圧倒的事実に、わたしは怖くて、怖くて怖くて怖くてたまりませんでしたが、


「(……でも)」


チラリと、霧に包まれて身動き一つしないシェーナ様を見ました。そして、走馬灯のように、今まで一緒に過ごしてきた記憶を脳内に蘇らせました。


「……いきますよ」



確かに、格上の相手と戦うのは怖いです。

しかしそれよりも、わたしは、仲間を失う方が怖いことに、気が付きました。



「へぇ、まだやるのね?」

「やりますよ。わたしはシェーナ様を助けたいので」

「……いいわ、それ。仲間の為に戦うって言う相手を、軽く捻り潰すのは!」


敵はすぐに詠唱を始めます。わたしも、何が来てもいいよう、エアロカーテンを全面に張ります。



「吹っ飛びなさい!」

「わたしを守って!」



敵の杖先から放たれる色鮮やかな虹色の可視光線と、わたしの目の前に顕現した薄く発光している風の壁が、衝突しました。

光線は凄まじい勢いで、敵の杖の先から放たれております。沸騰したやかんが発するような音を、周囲に響かせつつ、襲いかかっているのです。

少しでも、光線を生身で受けてしまったら……想像することすら恐ろしいです。


対して……。


「……あら?」


わたしのエアロカーテンは、その名の通り、風を受けたカーテンのように、


「わたしの光線を……受け流している?」


緩やかに靡き、光線を真正面から全て受け止めず、周囲に散らしておりました。

これこそ、このエアロカーテンの真骨頂。攻撃を受け止めるだけでなく、受け流すこともできるのです。むしろ、この能力があるからこそ、カーテンと言えるのだと思います。


敵は、うんざりした表情をして、言葉を吐き捨てました。


「随分と面倒な魔法ね! ドーンと受け止めるくらいの甲斐性はないのかしら?」

「申し訳ありません。わたしには甲斐性がありませんので。……エーリ坊ちゃまならありますよ?」

「確かに、エーリくんはありそうね。でも、まだまだ子供なのよねー。さすがに五歳児には、甲斐性なんてないんじゃないかしら?」

「……子どもと侮っていると、後悔しますよ?」

「そうねぇ。是非ともわたしに、後悔を味わわせてみせてもらたいものね!」


キッ、と敵が鋭く睨んできたと思ったら、


「!? い、勢いが増して!?」


突然、光線の威力が増し、カーテンを押し退け始めたのです。

慌てるわたしを見て、敵は低く笑います。


「知ってる? 魔法等級ってあるじゃない? 魔法の強さのことを指す言葉なんだけど」

「知って……いますよ! 授業で習ったじゃないですか!」

「あら、覚えていたのね。なら話は早いわ。魔法ってのは、初級・低級・中級・高級・上級・特級・魔級と区別されているのだけど、下の強度は上の強度に威力で撃ち負けるらしいの」

「それも知っています! バカにするのも大概にしてください!」


わたしの言葉に、敵は満面の笑みで、



「この魔法の魔法等級は中級なの。つ・ま・り、あなたの低級魔法ごときじゃ防ぎきれないってことよ!」



そう言って、光線の魔法へ更に魔力を込めたようでした。

何故なら、敵の放っていた魔法は急激に勢いづいて、わたしの盾に襲いかかり、


「……あ」


あっという間に木端微塵に吹き飛ばしてしまったのです。残されたのは、無防備なわたしだけ。


「ふふっ! 丸裸になったわね!」

「くっ!」


回避しようと、再び逆足を使いますが――急激な痛みが右足を襲い、わたしは思わず前のめりに躓いてしまいました。目の前に平坦な地面が広がります。


「(……あ、ああ)」


一気に、絶望感が心に襲いかかります。今まで感じていた恐怖も一緒に、雪崩れ込んできます。

負ける。やられる。こんな……こんな所で。


「た、助けて……」

「助けは来ないわ!」


そして、壁を失った無防備なわたしに、光線が――



「助けに来たの!」



「! リコプルちゃん!?」


敵の背後から、リコプル様が颯爽と現れ、敵の視線が後ろに向きます。その動きにリンクし、光線もあさっての方向へ発射されます。

その瞬間、もう一つの影が、さっきまで敵の顔が向いていた方向から、わたしの元まで人を超えた身体能力で駆け寄って来ました。


「ぼくも助けに来たよ!」

「……キリコッテ様」


猫耳が魅力的で可愛いキリコッテ様が、高速のままわたしを脇に抱えて、その場から距離を取ってくれました。庭園の隅の花壇に、腰かけるように下ろされます。


「ありがとうございます、キリコッテ様」

「いや、お礼はいいよ。それよりも、メドナちゃんを一人残してしまったことを謝りたいんだ。ごめん」

「そんなこと、謝らなくてもいいですよ?」

「そうはいかないよ。気持ちの問題って言うか、一度言葉にしておきたいって思ったから……だから謝らせてよ。本当にごめんね」


まったく、キリコッテ様は義理堅い方ですね。こう言われては、わたしも素直に謝罪の言葉を受け取るしかありません。

特に反論することなく、わたしはキリコッテ様の言葉をしっかり咀嚼し、戦場へ目を向けました。


「『放て!』」

「ッ!? 水かけないでよ! 服濡れちゃうじゃないー」

「スケスケ姿のサービスショットなの! ……ぐっふっふ、お姉ちゃん何色の下着付けてるの~?」

「変態! リコプルは変態ね!」

「ぐへへぇ」

「その笑い方、本当に変態っぽいわよ!」


リコプル様の方を見ると、リコプル様は敵を翻弄しているようでした。いつものノリで敵の目を引き付け、適当にいなし、隙を窺っては高速詠唱で軽く手を出す……まさに、ヒットアンドアウェイ。ここ数か月で彼女が確立し始めた戦法バトルスタイルです。


小人族であるリコプル様は、その小さく小回りの利く体躯を存分に利用し、忙しなく絶え間なく動き続けます。その上、彼女は常に高速詠唱による魔法行使。防御系魔法で対応するよりも早く、攻撃を与えることができます。


まさに、彼女に適した戦い方だと思います。


……しかし、


「ちょこざいな!」

「! ひゃわ! は、弾かれた!?」

「高速詠唱ごときじゃ、わたしには大したダメージは与えられないわよッ!」

「……ごもっともなの」


高速詠唱は普段の詠唱を短縮して魔法を発動させるものですが、その分どうしても普段より劣化してしまうのです。

更に、


「……はぁ、はぁ」

「ちょっとリコプルちゃん、もうバテてるの? まだ始まったばかりなのに。まさか魔力切れフレームアウトじゃないわよね?」

「わ、分かってるの。ちょ、ちょっと小休止なの」


高速詠唱は普段の魔力を二倍消費してしまうのです。いくらランクが高い彼女とは言え、何度も高速詠唱できるものじゃないのです。

言ってみれば、高速詠唱は短期決戦の技。長引けば長引く程、不利になっていくのです。


「隙だらけよ! 『発現せよ! 遍く星々の瞬きを! 一際輝く虹の光線を!』」

「!」


マズイです。あの詠唱は、先程の虹色光線! 今のリコプル様には到底防げないです。

助けに……助けに行かないといけません!


「――ッ!」


わたしは立とうとして、強烈な右足の痛みを覚え、思わずその場に座り込んでしまいます。

くっ! このままじゃ、このままじゃいけないのです! こんな時に――


「任せて」

「!」


すると、側にいたキリコッテ様が、身を屈めるように小さくしゃがみ、


「はぁっ!」


勢いよく足を伸ばし、爆発的なスピードで駆けだしていきました。

そして、光線が放たれるより早く、リコプル様をかかえて回避したのです。誰もいない空間を、突き抜けていく光線がシュールに見えました。


「な、なんて早さよ!」


これには、わたしだけじゃなく敵も驚いておりました。助けられたリコプル様も然り。

リコプル様を連れ、ゆっくり歩いてくるキリコッテ様をついつい凝視していると、本人はちょっと照れておりました。


「前にとある場所で、ぼくが足を引っ張ったせいで、友人二人を危ない目に遭わせたことがあってね。それ以来身体能力――特に脚力を鍛えているんだ」

「へ、へぇー」


ちょっと引き気味なリコプル様。まぁ、開いた口が塞がらないとはこのことでしょうか?

いやだってですよ? 足鍛えただけで、あそこまで早く走れるのでしょうか? 恐らく、彼女が猫をベースとしたワーグ族だからこそできた芸当だとは思いますが。


「でもまだまだでね。今日はもうできないや」

「! あ、そ、そうなんですか」


と言うことは、もう緊急回避の手段が何もないということですね……。

でも、どうにか。


「(……どうやらわたしは、一時的とはいえ、助かることができたみたいです)」


どうにか、あの場面から脱出することに成功したのです。


「ごめんねメドナちゃん。助けを呼びに行ったんだけど、何故か足が止まって動かなかったの」

「いえ、謝らないでください。おかげでこうして、わたしは危機一髪の窮地から助かったのです。わたしの方から感謝こそすれ、謝罪要求なんてしませんよ」

「……それなら謝らないの。その代わり……こう言うの!」


そう言って、リコプル様は勇敢な表情を作り、


「一緒にケイシーちゃんをやっつけるの! 力を貸して?」


小さな手を、わたしに差し出してきたのでした。

続いて、


「もうあんなスピードは出せないけど……ぼくも一生懸命頑張るから、一緒に戦っていいかな?」


キリコッテ様も、手を差し出します。柔らかそうな、幼い手です。


今、わたしの目の前には小さな手が二つ並んでおります。見る人によっては。それは頼りなく見えるかもしれません。


「……ええ」


しかし、わたしにとっては、頼りがいのある大きな手に見えました。

わたしは、その二つの手をまとめて握り、


「やりましょう。犯人を倒すのです」


二人と顔をしっかり見合わせました。


「……ちょっとー。わたし差し置いて何してるのよー」


わたし達のやりとりを、律儀にも待っていてくれたようです。暇そうに、花壇の端に座り込んで頬杖をついておりました。

話し合っている間に攻撃してこないことから、彼女にも良心があるのかもしれませんね。または、わたし達と正面からぶつかってみたい、といった戦闘狂的思考の持ち主の可能性も否めません。


「申し訳ありません。一致団結しておりましたので」

「そうなの。三人寄れば文殊の知恵、友情パワーを見せるの!」

「卑怯に思えるかもしれないけど……覚悟して」


三人で、敵の目の前に立ちます。今までは一人で戦っていましたが……なるほど、これ程心強いものはそうないでしょう。

敵から目を離さないようにしつつ、わたし達は小さい声で作戦会議をします。


「彼女に近づくことは難しいです。魔法によって、迎撃されてしまいますからね。できれば、遠距離からの攻撃をしたいところですが……わたしにはありません」

「なら攻撃はリコがするの。高速詠唱じゃなく、普通の詠唱なら威力も落ちないし。でもその間、リコには隙ができちゃうの」

「ぼくが囮になるよ。囮と言うか、目を引く役って言えばいいかな? リコプルちゃんに意識が集中しないよう、視線を分散させるために動き回るよ」

「なるほど。それならば、わたしがお二人を防御をします」

「……決まりなの」

「だね」

「ええ」


あっという間に、時間にして十秒程で、戦闘の方針が決まりました。

リコプル様が遠距離攻撃、キリコッテ様が攪乱、そしてわたしが、お二人の盾。


「決まったー? てか終わったー?」


呑気に花を眺めている敵の問いかけに、わたし達は頷きます。

その頷きに、敵はニッコリ笑いました。そして、杖を握り直しているようです。


「いきます!」

「なの!」

「うんっ!」


第二ラウンドの、開始です!



「……まとまったところ悪いけど、わたし三人も相手にするの面倒なんだよねー……。それでなんだけど、ちょうど魔力循環が良くなってきたし、『とっておきの魔法』、あげるわね?」



それぞれ杖を握り、作戦で決めた役割を全うするため、動き始めた――わずか数秒。


「わたしの使える魔法の中で、魔法等級が高級の、最強の闇魔法……」

「!」


リコプル様とキリコッテ様の中間地点で、壁を張ろうとしていたわたしは、敵の呟きがバッチリ聞こえました。

高級の魔法なんて、まともに受ける訳にはいきません。いえ、受けられません。中級ですらあのザマなのですから。一度、この場から散開した方が良さそうです……が。


「よっと、詠唱始めるのー!」

「……ふっ!」


リコプル様は後退し、キリコッテ様は目を引くよう陽動するべく、右前を高速で駆けていて、それぞれ呟きが正しく聞ける状況ではなかったのです。


「『裁きを下せ……蠢く暗闇の囁きを。我が身に宿る邪悪の波動よ』」

「(……マズイです! リコプル様もキリコッテ様も聞こえていない!)」


わたしは、全力でエアロカーテンを――



「『深き闇の邪な波動ダークネス・ウェーブショックッ!』



真っ暗闇の波が、庭園全てを飲み込みました。





………………<ケイシー>

解き放った波動によって、周囲は暗黒の残滓を残していた。あちこちで煙が立ち込め、花壇に咲いた花々は無残にも散っていた。


「……はぁ、やっちゃった」


わたしは、胸が張り裂けそうな思いを感じながら、小さく呟いた。

いくら校舎に防音加工が施されているとはいえ、この煙は欺けない。いずれこの景色を見て、人がやって来るだろう。


「(その前に、皆を回収しないと)」


結構派手にやったから、遠くまで吹っ飛ばされているかも。死んではいないと思うけど……。

さすがにこの年で人殺しはしたくない。そういうのは、金に困ったらでいいわ。


「(でもいずれ、人を殺すことになるかもしれない)」


こういう役に就いている以上、ついて回るのが殺人だ。誰が好き好んで友達を殺すと言うのか。仕事じゃなければしたくないに決まってる。


「(こういう考えが、他の委院に甘いって言われるのよねー)」


はぁ、とため息を一つついてから、軽く背筋を伸ばし、濁った意識をリセットさせた。


「(とりあえず、回収ね)」


そう考え、視界の悪い庭園を歩き――気が付いた。



「……嘘でしょ?」



己の魔力を思いっきり込めて放った高級の魔法よ!? タイミングが合わなければ上手く発動しないけど、上手く行った時は恐ろしい破壊力を生む魔法なのよ! それがなんで! なんで……!



「……危ない、ところでした」



気絶せずに、平然と立っていられるのよッ!



エーリのメイドが、煙をかき分け、わたしの目の前に立つ。右足を庇いながらではあるが、その怪我は波動によるものじゃない。だから、このメイドは、魔法による影響をほとんど受けていない!


「どうして!? どうして無傷なのよッ!」


わたしは、いつの間にか激高していた。そりゃそうでしょ。自分のとっておきを、そんな軽く受けられるなんて!


すると、メイドはわたしのそんな姿を見て、かすかに微笑んだ。


「わたしのことについては、調べていないんですか?」

「調べてるわよ! あんたは、魔女の月に所属していて、聖女ジャンヌダルクっていう落ちぶれた集団に――」

「ああ、ちゃんと知っているではないですか。なら、わたしが魔女であることももちろん知っていますね?」

「はぁ? だからなんだってのよ!」

「……ふぅ」


やれやれといった仕草を、まるで主人エーリのように、生意気なメイドはわたしに披露した。


「もう一度言います。わたしは、魔女です」

「……だからなんだって――あ? ……あ、ああ!」


そこでようやく、わたしは思い出した。

確か魔女になると、様々な恩恵を受けることができると聞く。魔女魔法の使用解禁、自身の魔力が2ランク上昇、魔法使用時に精度上昇の効果、精神力・集中力・想像力の向上、そして……。


「悪魔の御加護によって、闇魔法が半減する耐性を得る!」

「その通りです。わたしに対して放たれた闇魔法全て、効果を半減させることができます」


半減って……さっきの魔法が高級だったから、その半分の威力。つまり。


「『低級』ごときの魔法ならば、同じ低級ごときのエアロカーテンで相殺できます。……とは言え、その魔女の耐性を思い出したのは、あなたの闇魔法をエアロカーテンで防御した時ですが」

「……くッ!」


メイドはわたしの悔しがる顔を見て、してやったりと笑い、



暗黒面ダークサイドに堕ちたメイドは、手ごわいですよ?」



そう言って、魔女メイドは杖を強く握った――。

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