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魔法によって飛んだ空  作者: 元祖ゆた
運営会選挙編 
58/64

第五十七話 ドランソーという男 <六日目>

~前回のあらすじ~

「尋問アタック!」


………………『ドランソー』

賢者棟の教員室の窓際の席。そこが私に用意されている指定席だ。

金属製のシックな机に、木製のゆったりとした椅子、机に並ぶ棚には、小物入れ置かれている。私自身、あまり物を持ち込まない性分だからか、他の教員の机よりも小奇麗にまとまっている。


これがいいんだ。整理整頓されているものは美しい。理路整然と話す人も美しい。

私は単純明快が好きだ。単独概念が好きだ。単刀直入が好きだ。要するに、他者が口を挟む間もなくはっきりとしていて、見るからに整っていて、時間を無駄にしないことが好きなのだ。


随分と寂しくなった外の景色を眺めつつ、私はコーヒーを飲んだ。口に残る風味が、私の精神を落ち着かせてくれる。

私は窓際という位置も好きだ。部屋の隅も好きだ。立方体があるとして、その角が好きだ。


恐らく、私という人間は、パーソナルスペースがとても狭いのだろう。だから端を好み、他者を寄せ憑かないような狭さを選ぶのだろうな。


他者と接する機会の多い教員が何を言っているんだ、という話ではあるが。


自分が偏屈であることは、何より自分が知っている。私以上に面倒臭い者はいないだろうな。老害、と言われても仕方がないと理解している。そしてそれを受け入れているからタチが悪い。


自虐めいた考えを浮かべながら、私は椅子に深く腰掛け、机に置かれた書類を手に取った。書類は数枚の紙を一つに束ねられており、ちゃんと表紙もあった。


『極秘』


そうぶっきらぼうに書かれた表紙。ただこの文字だけが記されている表紙。

正直、これだけだったら表紙はいらないだろうと思う。紙の無駄、時間の無駄、何より私がこの表紙を読むために費やした体力の無駄。


……ふむ、さすがに紙にまで文句をつけていると、本格的に人間として生きていけなくなるだろうか。世の中は程々と妥協でできているのだからな。気にしない、気にしない。


表紙をめくり、書かれた文字を丁寧に読んでいく。読み飛ばすなんてことはせず、一字一句を読んでいく。

内容は、えらく遠回りなことを書き連ねられていたが、私はしっかり目を通し、自分なりに脳内で簡潔にまとめた。


極秘と銘打ったこの書類、要するにイースオスマについてだった。


つい最近、神帝所属のピサスくんが、監視会までイースオスマ所属の男二人をつれてきたことを思い出す。

彼ら二人は一学生としてこの学園に潜り込み、無垢で才能のある生徒を引き抜きしていたことが、聴取によって明らかとなった。


イースオスマはセビトロ帝国の工作員組織だ。他国の教育機関に潜入し、優秀な子供を攫って自国の兵に仕立て上げることを目的に活動しているというのは有名な噂だが、真実でもある。


現に、我がナフィー帝国のアブルーニャ学園にも手が及んでいたのだからな。火のないところに煙は立たないとは言うが、まさにその通りだったという訳だ。


もう一度初めから読み直したところで、書類を火魔法で燃やし、カスも残さず消し去った。極秘系の資料はこうするのが規則となっている。紙がもったいない気がするのだがな。


頭の中を整理させつつ、コーヒーを飲む。集中力が増してきたような錯覚。

そぞろに、向かいの席へ目をやった。賢者棟に勤める臨時教員が、せっせと書類をまとめているようだ。紙に書かれた文字が、躍動的に踊っている。


これまたなんとなく、心の中でエールを送った。





授業のため、教室を訪れる。すでにチャイムが鳴ってから五分経過しているため、、生徒達は座って待っていた。

本来、私の性格上、時間を無駄にするのは好きじゃない。時間とは有限であり、大切にしなければならないものだからだ。故に、授業が始まる前に教室で待機し、チャイムと同時に授業を開始するのが好ましい。


しかし、私は授業時間にあえて五分遅れるようにしている。きっかり五分の遅刻、である。

では何故そのような愚行を冒しているのか、と言われると、生徒のためである。


今では年老いた私も、学生だった時代がもちろん存在する。だから、学生だった頃の気持ちも知っている。

この頃の子どもというのは、まだまだ遊びたい気持ちが強く、学ぶという行為に嫌気がさしやすい。授業というものはその最たるもの。勉強が好きだ、と言える生徒は両手の指で数える程だろう。


そんな子どもは、授業が始まる直前がもっとも憂鬱に感じるものだ。これから長い時間、自由を奪われ拘束され、学ぶことを強要されるというのだから、暗然たる思いに沈んでしまうのは当たり前。

私も、学生だった頃は毎日そうだった。先生が休みで自主学習にならないか、なんて考えたことは星の数程ある。


だから私は、自己満足として、あえて授業に遅れて行く。生徒にとっては、私の遅刻で多少授業が短くなったことに、小さな喜びを得ることができるのだ。

この喜びという感情は大きい。不満げな面持ちで授業を受けるか、喜色のまじった顔で授業を受けるかでは、私のモチベーションも上下するというもの。より質の高い授業を展開するためには、犠牲はつきものということだ。


もっとも、いくら遅れてきても、私が教室に入ったことで自主学習はなくなるので、生徒をがっかりさせてしまうものなのだがね。


「それでは、今日の授業を始めていこうか」


少し嬉しそうにしている生徒を見つけ、私は普段より機嫌よく授業を始められたのだった。





……。

…………。

………………。

本日の授業が終了した。

チャイムが鳴り止むのを待ってから、私は授業に用いた資料の片づけを始めた。

資料とは言っても、数個の巻物とチョークと貸し出し用杖くらいだが。


今日は初級の応用魔法についての授業だったのだが、生徒の食いつきが良くてスムーズに授業を進められたと思う。歴史や文化の授業になるとこうもいかないだろう。


……応用魔法。基礎魔法を組み合わせて新しく生み出した属性の魔法。全部で六つ。


火魔法と風魔法の組み合わせ、雷魔法。


火魔法と水魔法の組み合わせ、天魔法。


火魔法と土魔法の組み合わせ、金魔法。


水魔法と風魔法の組み合わせ、氷魔法。


水魔法と土魔法の組み合わせ、木魔法。


風魔法と土魔法の組み合わせ、毒魔法。


基礎魔法どうし組み合わせるのだから、もちろん難易度は上がる。が、それに見合うだけの結果をもたらしてくれる。

鍛錬することで、組み合わせる過程を省略し、直接応用魔法を発動することは可能だ。むしろ、一流の魔法使いになるためには、最低でもできなければならないこと。


今日生徒に軽く教えてみたものの、中々どうして、見どころのある生徒が数人いた。その一握りの生徒が、きっと世界をより良く動かしていくのだろうな。

無論、他の生徒も努力することによって、その数人と肩を並べることはできるだろう。しかし、その数人との差を縮めるために相当の訓練が必要だ。


結局は、何事も努力ということだな。


ちょうど片づけを終え、教室から出ていこうとしたところで、何やら賑やかな会話が聞こえてきた。


「犯人はあなたです!」

「な、なんだと!?」


ふむ……この声はメドナ君とリューイ君か。楽しそうで何よりだ。子どもの本分は遊ぶこと。若いうちに遊んでおいて損は何もない。遊ぶことで学ぶことも多い。子どもは存分に遊ぶべきなのだ。


などと年寄り臭いことを考えている時に、不意に思い出した。メドナ君の側にいつもいるはずの人物……エーリ君がいない。

……そう言えば、今日はエーリ君がお休みだったな。


なんとなく、胸に手を当てた。今も胸の奥深くに、彼の言葉が刻まれている。


「(心の巣ハートライフ。上級の洗脳魔法、か)」


齢五歳にして既に上級魔法を扱える程の技量。私相手に無詠唱で正確に魔法を撃ち込める度胸。

そして、天性と言うべき莫大な魔力量。あれは人が内包できる魔力量を超えている。


これこそまさに才能! 先程の数人なんて目じゃない、生まれながらの才能……ッ!


……っと、いかんいかん。こんなところでこれ以上貴重な時間は消費できないな。

我に返った私は、早足で教室から去った。


しかし、歩きながらも、どうしても私はエーリ君のことについての考えを巡らすのを止められない。


風邪、と言っていたか。今日学園を休んでいる理由は。

確かに、病気を治す魔法『リムーブ』を教えていない今の段階では、個人で治しようがないので、休む理由として適切だ。選挙中は生徒同士のいざこざが多くなるため、保健室も満員で使えないだろう。彼が休むことに不審な点はない。



だが本当に、風邪で休みなのだろうか?



「……」


私は一度、身をもって体験している。彼が上級魔法を使用したことを。上級魔法を使えるものが、それ以下の難易度の回復系魔法を使えないだろうか?


否! 彼が回復系魔法を使えないとは思えない。きっと、別の理由だ。別の理由で休んでいるのだ。

ならば、学園の授業を休んでまで彼は一体何をしているのか? 生徒の目がない授業中に何をするというのか?

……いや、ここは発想の転換だ。生徒の目がない、ではなく、教員の目がないと考えたなら?

教員の目を盗み、彼は秘密裏に行動する。何のために? 誰のために?


教員の目を盗むということは、すなわち監視会の目を盗むことでもある。そして、監視会の目を盗む必要があるのは、監視会の敵。



そう……イースオスマ、である。



「……はっ!」


思わず声が出る。自分の馬鹿らしい妄想に呆れたのだ。

妄想もここまでくると笑いのネタにもならない。寒気すら感じてしまう。


学園に潜入していたイースオスマの工作員は、監視会(私の信頼できる優秀な部下)の活躍によってほぼ取り除くことができたと言っていい。

しかし、ほぼ、と言うように、全てが取り除けた訳ではない。中でも一番タチの悪い奴、学園へイースオスマを招いている親玉的存在を、見つけ出せていないのだ。

親玉がいる以上、イースオスマは無限に増えていく。除去しても、除去しても、奴らはこの学園に潜入し、生徒を拉致しようと虎視眈々狙っているのだ。


先程、授業前に読んだ極秘の書類は、私の信頼する部下からの、イースオスマの親玉についての調書だったのだが……結果はまぁ、こんな愚考をしてしまうことから、容易に予想できるだろうがな。


正直行き詰っている。教員を調べようにも何百人といるし、臨時教員まで加えると相当数だ。さらに、生徒にまで捜査の手を伸ばすと、調べるだけで一生を終えることになりそうだ。


「……ふぅ」


考えながら歩いていたからか、あっという間に、教員室の自分の席までたどり着いた。椅子にどっかりと腰を下ろす。


何度も言うように、時間と言うのは有限だ。今日私の担当する授業はないが、明日の授業の準備や、監視会の活動報告をまとめた書類作成や、賢者学科一年用の新たな教材の手配等、やることは山ほどある。あるのだが……。


頭の中をモヤモヤしたものが漂い、一向に晴れない。それもそうだ。

まるで靄のような奴が敵なのだ。掴もうとしても掴めない、この学園のどこかに潜み、今もどこかで仲間を引き寄せている。

正体不明の親玉。我々監視会は、そんな奴を相手に戦っていかなければならないのだ。


「(本来は運営会の監視が役目なのだがな)」


運営会の監視については、申し訳ないが監視のプロであるハッチョー君に全て任せる形となっている。ハッチョーくんは優秀だ。きっと隠れてしまったフォルエッタ君も捜しだしてくれるだろう。


それよりも、イースオスマの親玉、か。


とりあえず数十分間、私は明日の授業の準備に勤しんだ。のだが。



……ふむ、ダメだ。全く集中できない。



私はおもむろに立ち上がり、外出の準備を始めた。

準備自体ものの数分で終わり、席から離れようとして、向かいの席の臨時教員に話しかけられた。


「あれ? ドランソー先生どこかお出かけですか?」

「うむ、ちょっと教え子に会いに行こうと思ってな。病欠なんだ」

「あー、お見舞いですか」

「そうなるな。済まないが、誰かが私に尋ねて来たら、外出により不在だということを伝えてはくれないか?」

「それくらいお安いご用ですよ」

「助かる」


忙しそうに書類分けしている臨時教員に軽く手を振って、教員室を後にした。


私は物事に白黒つけることが好きだ。私の選ぶ選択肢は常に、『イエス』か『ノー』しかない。単純思考と言ってしまってもいい。

これ以上、エーリ君についてウジウジ悩むのは性に合わない。エーリ君が『イースオスマ』なのか、『むじつ』なのか、本人に聞いてみるのが手っ取り早い。思考時間のロスは、この行動によって解消しようではないか。


特に問題を起こす訳でもなかったので、今まではエーリ君のことを様子見をしていた。心の巣も、日常生活に影響が出るレベルではなかったからな。


しかし、これ以上物事を集中して考えることができないとなると、日常生活の支障となる。なら、解決に動かないとな。

元々、真意を問うつもりだったから好都合。むしろ、理由ができて良かったのかもしれない。


さて、そうと決まったら急いでエーリ君の住む寮に行くか。途中、花とフルーツ詰め合わせも買って行こう。手ぶらで訪れるのは少し気が引ける。

この時期の花を選ぶとしたら、スイセンが良いだろうか。それと『ユグドラシル』の花なんて綺麗でいいんじゃあないかな。ユグドラシルは生きる意志を感じさせる美しい植物だ……。


なんとなくだが、お見舞いのことを考えている間は、頭のモヤモヤが少し晴れた気がした。





私は、久しぶりに感情というものを激しく揺さぶられた。


「これは……どういうことだ?」


お見舞いの品を購入し、真っ直ぐエーリ君の寮へ来た。

入学試験でのテストで、ランクがレベル8と認定された生徒だけが住むことを許される寮、レベル8ヴィチェレ専用高級男子寮。


本来エーリ君はレベル8以上あるのだが、本人の希望でこのレベルの寮に住んでいる。間違いはない。


「……うむ」


間違いはない。だからこそ、この光景は不審に思えた。


白く塗りつぶされた建築物。その三階の端っこ――ちょうどエーリ君が住んでいる奥部屋。そこに当たる、外と繋がるベランダの窓が、割れていたのだ。それも派手に。


外から見て一目瞭然のこの景色、一体何があったのかと考えさせられてしまう。


「(確かに、ベランダの窓は脆い。しかしそれは、内部からの物理的攻撃には脆いと言う意味だ。外部からの魔法、物理的攻撃は城レベルで強い。ならば、中から何かあって割れたと考えざるを得ないが……)」


とりあえず、外で突っ立って考えていても仕方ない。中に入ろうか。

思い立ったら行動だ、ということで玄関へ。警備の人に事情を話し、入れてもらう。

広いロビーを歩き、洒落た階段を上り、三階へ。目的のエーリ君の部屋の前へたどり着く。


「エーリ君、いるかね? 私だ。ドランソーだ」


そう言って、扉をノックする。

……が、一向に出てくる気配なし。まぁ、風邪で寝ているのであれば、出てくることなんてないだろうがな。


試しに、もう何度かノックをし、呼びかけてみたが……返事はなかった。


「……これは、まさかな」


私は嫌な予感がし、すぐに寮から外に出た。

そもそも、風邪で休みだとしたら、この部屋で寝ているのだろうか? 割れたままの窓を放置して。

否! ありえない。彼にはお付きのメイドがいる。その彼女が割れたままの部屋で主人を寝かせて放置しておくとは考えずらい。余程の鬼畜でなければな。


つまり、今彼はここではなく、別の場所で休んでいると考えられる。

……メドナ君の部屋での休養が妥当か。そうなるとやはり……。


もう一度、エーリ君の部屋の割れた窓が見える位置まで移動する。そして愛用の木製の杖を取り出し、関鍵詠唱をする。


「……『跳躍ハイジャンプ』!」


次の瞬間、私の跳躍は普段の数倍にも上がり、数十メートルもある寮の三階のベランダへ着地した。


別に、泥棒をするつもりで跳躍した訳ではない。気になったことがあったのだ。

だからと言って、不法侵入が許されるかと言われると、私は口を紡ぐことしかできないが。


目の前に、無残にも砕け散った窓ガラスの破片と、窓に開いた大きな穴と、小さなテーブルが転がっていた。


慎重に、落ちている者に触らないよう、ゆっくり窓へ歩いて行く。そして窓を間近で観察してみる。


……見たところ、このテーブルを内側から投げて窓ガラスが割れたようだ。割れ口がちょうどテーブル程度だ。

何があったかまでは分からない。しかし、何かがあって、テーブルを投げた結果、窓ガラスが割れてしまったようだ。

喧嘩か、遊びのはずみでついつい投げてしまったか、そんなところだろうか。


「(……うむ、それならそれでいいんだ。くだらない理由だったならそれで。……しかし)」


私は、辺りを隈なく調べながら、考える。

先程、悪い妄想が頭をよぎったのでな。解決するに越したことはない。


エーリ君は強い。そう、レベル8に偽装できる程に強い。だからこそ――


「……む?」


ここで、私は違和感を覚えた。ここにあってはならない何かが、ここに仕掛けられているような感じだ。


魔力を、感じる……?


「中からか?」


一人呟きながら、窓にできた穴から部屋へ侵入する。これで完全に私は犯罪者だ。不法侵入をした罪で逮捕されるだろうか。

それならそれでいい、が、今は止めてもらいたい。何故なら、この部屋の中に、私の違和感の正体があるからだ。


「(エーリ君が親玉の可能性として考えていたが……私は愚かだった。彼の強さを知り、最初から考えないでいた可能性があった)」


つい最近まで住んでいたようで、お菓子や飲み物が出しっぱなしだった。使った思われるコップも、シンクに置かれたまま。

ただ、貴重品は持って移動したのか、盗まれたのかは分からないが、この部屋にはそういう価値のある品は何もなかった。元からなかった可能性も否めないがな。


そうして、物に触れぬよう注意しつつ、部屋の中を捜索し、



やがて、ベッドの下――ベッド本体の底に貼り付けられた魔法陣を見つけた。



「『怪力パワーアップ』」


すぐにベッドを片手で持ち上げ、空中で裏返しにして、ゆっくり静かに下ろした。

露わになった魔法陣を見る。一枚の紙に書かれており、魔式を読み取るに、これが転移魔法の着地に用いる魔法陣だということが分かった。

どうやら、この魔法陣は最近使われたらしく、その際消費しきれず、あぶれた微小の魔力に私が反応したようだった。


これが、エーリ君自ら設定した魔法陣ならば問題はない。鍵を開け、中に入るという過程を省略できるし、その分の時間を有効活用できるからな。


しかし、私は考えてしまう。風邪を引いた等という嘘のような理由、割れた窓ガラス、そのままのコップ、ベッドの裏の魔法陣……。様々な要素によって、色々な推測が立っていく。


「(そうだ。逆に彼が、イースオスマの親玉に狙われる可能性だってあったのだ!)」


人間とはままならないな。どうしても悪い方向に考えを巡らせてしまう。最悪なパターンを一番にして考えてしまう。悪い場合だけ、ありえないことを、もしかしたらありえるかもと、自己暗示にも似た思考回路で判断を下してしまう。



私ももちろん、その人間の一人であった。



「(魔法陣というものは、要するに魔式の並びで、魔式は人の手が加えられるもの。それは文字であり、記号であり、文様である。そう、人が書き記す以上、その人の癖というものが出てしまう)」


紙を剥がし、手に取って見てみる。これでも私は教員だ。生徒の書く文字の癖は把握している。

これがエーリ君またはメドナ君の癖と一致するならば、この件はこれでおしまいだ。無断で侵入したことを侘び、何か御馳走を振る舞おうではないか。


震える手で、私は紙を凝視する。しっかり目を通す。

そう、これが一致するならば……一致さえすれば。


「……く、う! あ、合わないだと!?」


どうやら、私の最悪の妄想が現実味を帯びてきたようだ。

エーリ君、メドナ君以外の人物の魔法陣が、何故ここに? それも隠すようにして設置されていたのだろうか?


……いや、まだだ。まだ大丈夫だ。これは友達から貰った物で、友達が家へ来る時用に貼ってあっただけかもしれない。かなり弱いが、その可能性だって――


と、魔法陣を見ながら思考していると、あることに気が付いた。

私はこの紙に書かれた文字の癖を、見たことがある。それも、今日。


「……まさか、な」


紙を握り、その場を後にした。

花とフルーツは、適当に冷蔵庫へ入れておいた。ユグドラシルが成長して、他のフルーツを食べてしまわないかだけ心配だがな。





「あれ? ドランソー先生、お見舞いはもう終わったんですか?」

「ああ」


教員室、私の向かいの席の座る臨時教員の目の前に、私はやって来た。何事かと、彼は不思議そうな顔をしている。


「ちょっとその書類を見せてくれないか? 不備があったそうなんだ」

「え! そうなんですか?」


適当な嘘に、彼は慌ててまとめていた書類を手渡してくれた。じっくりと読んでいく。

もちろん、内容ではなく、筆跡・文字の癖だ。

目で文字を追い、確認しながら、私は臨時教員へ話を振った。


「……そういや君、名前は?」

「え? 前に自己紹介しませんでしたっけ?」

「したのなら済まん。悪いが、もう一度教えてはもらえないか? 歳のせいか、物覚えが悪くてな」

「そうですか。分かりました! 自分、『マヴラー・バイス』と言います。よろしくお願いします!」

「そうか、マヴラー君か」


……もう、十分だろう。

私は書類を閉じ、マヴラー君の机の上に置いた。


「それで、不備はどうでした? ありました?」

「うむ、あったよ」

「ほ、本当ですか! うわぁ、直さなくちゃ」

「ああ、そうだな」


そう言って、私は、



「君という、『不備』が、あった」

「……え?」



全力で顔を殴った。

素早く小声で関鍵詠唱をし、強化魔法で拳を強化させ、鼻のある辺りを撃ち抜いた。


「ぐきゅっ!?」


殴られたマヴラー君は変な声を漏らし、我々の席は教員室の隅にあるのだが、向こうの入り口近くまで、彼はぶっ飛んでいき、周囲の机を巻き添えにしつつ、壁に激突して床へ崩れ落ちた。


「ちょっと!? ドランソー先生!?」

「な、なんですかいきなり!」


教員室にいた教員達数名が目を丸くして駆け寄ってきた。多少興奮しているようで、息が荒い。

対照的に、私は至って冷静に、彼らに指示を出す。


「至急彼の記憶を調べてくれ。至急だ」

「え、と……」「え?」「なんでですか?」

「至急」

「……はい。分かりました」


教員達の中でも、私が信頼を置いている者ただ一人だけが、私の指示に何の疑問を持たずに、気絶したマヴラー君の元へ向かった。

そんな彼に、教員たちは一瞥しつつも、最後は私に詰め寄った。


「調べるって……事情を話して下さいよ事情を!」

「教員室滅茶苦茶じゃないっすか! 一体どうしたんですか!」

「理由を!」


私に群がる者達は、自分で考えようともせずに、次々に口にするのは、理由・訳・リーズン。


説明してやるのは吝かではないが、正直時間の無駄だ。

何故なら、彼らに話したところで、私に得が一つもないからだ。しいて言えば、私が何故こんなことをしたのかが判明し、彼らがスッキリするだけ。

それに話したとしても、次に彼らが言うことが予想できる。


『すぐ手を出す必要があったのでしょうか?』

『話し合いで解決できたのでは?』

『もし彼が違うのだったらどう責任を取るおつもりです?』


こんなところだ。ここにいる教員は貴族出身のコネ就職の者が多い。そう言う者は綺麗事を並べたがる。


分かっていない。そういう輩は、この世を真の意味で分かっていない。


魔法という何でもできる奇跡的存在がある以上、何かが起きてしまう前にこちらから行動する。食われる前に食う、逃げられる前に捕まえる、倒される前に倒す、それがこの世の理だろう。

確かに、今は平和な世の中だ。昔はこの学園のあった土地でも戦があったというが、それも過去の話。後ろからいきなり刺されるなんてことは、考えづらい。


しかし、だからといって、戦争に使われてきた魔法という凶器が、すぐ側に存在していることを、忘れてはならないのではないかな?


……なんてな。年寄りの、戯言だ。


「話して下さいドランソー先生! あなたが人を吹っ飛ばしたせいで、わたしの机の上の物が散らばってしまいました! どう責任をとるおつもりですか!」

「それよりも理由を! いきなり暴力をふるうなど……教員としてどうなんですか? 話し合うことだってできたはずです!」

「そもそもここでおっぱじめる必要ありました? 何かは知りませんが、もうちょっと穏便に、せめて場所を変えて……」


ああ、とても面倒だ。時間は貴重、彼らと付き合っている時間も惜しい。

私は彼らを無視して、マヴラー君を知らべている者の元に向かった。後ろからキーキーとやかましい声が聞こえるが、ただの騒音だ。


「どうだった?」

「……あ、それがですね……」


信頼している彼は、私の耳元に口を寄せ、


「どうやら、この方はイースオスマの幹部のようです。セビトロ帝国の記憶は得られませんでしたが、代わりに、この学園へ潜んでいるイースオスマについての記憶が読み取れそうです。彼を尋問すれば、親玉を見つけられるかもしれません」

「! 本当か!」

「ええ。彼の記憶に、イースオスマ関連のものが数多く出てきましたから」


思わず、ガッツポーズをとる。記憶を読み取ってくれた彼も、嬉しそうに微笑んでいた。

ちなみに、彼の名は『ディルシィ・ツルック』。賢者学科の補助員で、記憶を読み取ることに長けている。

彼はとても冷静沈着で、あまり表情を変えない男だが、この時ばかりは、柔らかい笑みを浮かべていた。


「さっそく中央棟の会議室へ行くぞ! こいつを運ぶから、手伝ってくれないかディルシィ君」

「了解しました」


ようやく、ようやくイースオスマをこの学園から殲滅できるかもしれない。被害に遭った生徒達を救うことができるかもしれない。


「本当に、ようやくだ」


……私は、はっきりとした事実が好きだ。時間を有効的に使うことが好きだ。きっちり整えることが好きだ。


そして、何よりも、



この学園と、ここの生徒達が……大好きだ。



だから、この学園の敵は、全て除去する。消去する。取り除く。


「さて、運営会選挙中の、最後の大仕事だ。気を抜かずに行くぞ」

「はい」



学園に巣食うイースオスマの親玉との邂逅は、近い。





「(……後で、無断で侵入したことを、エーリ君に詫びなくてはな)」

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