第五十四話 眠れない日の討論会 後編 <五日目・六日目>
~前回のあらすじ~
謎が謎を呼ぶ。
………………<エーリ>
深い闇だ。
僕は深い闇の中にいた。
「(まるで海だな……)」
光も届かないような深海の底を、地につかずゆらゆらと流れにそって揺蕩っていた。そんなイメージ。
僕の他には何もなく、真っ暗で、その上だだっ広い。果ての見えぬ暗闇の海底だ。
仮に、『闇の海』とでも名付けようか。
この闇の海では、不思議なことに感覚というものが機能していない。闇とは言え、海の中にいるはずなのに温度を感じることはないし、無味無臭で海の臭いを感じることができない。
まぁ、海の中で普通に口呼吸ができている時点で、海ではないけどな。だったら五感が機能しているかどうかなんて、自分では判断できないか。海であり海でない不思議空間で、五感がどうとか現実的に考えることはナンセンス。
ここは闇の海。そして僕はここにいる。それでいい。
現状把握ができたところで、今度はここからの脱出を試みる。自然な流れだと思う。
「おーい」
とりあえず、声を出して他に誰かいないか確認してみるが、声が反響するものの誰にも届かず。
いや、届いているのかもしれないが、僕へのレスポンスはない。つまり他に人がいるのかいないのか不明。
「(ったく、どうして僕はこんな所に……)」
身体は自由が利くが、無重力の中にいる感覚で操作しなければならなかった。
つまり不自由。
最初は無重力なんて体験できるものではないから、適当に体を動かして楽しんだ。思うように動かないなりに、平泳ぎで空中? をスイスイ泳ぐのは中々面白い。この感覚は小学校のプールで初めて平泳ぎをやった感覚に近いと思った。
お次はクロール。平泳ぎとは違い、力強く進むことができた。
しかしその分、方向が滅茶苦茶になりやすかった。右に進んだかと思えば、いつの間にかずれて上方向に進んでいる。修正しても、またすぐずれる。
でも、こんなことでも僕の琴線に触れて楽しかった。童心に返るとはこのことだな。現に僕は五歳児だけど。
『おにいちゃーん! 待ってよー!』
『ははっ! ここまで来いよ陽鳴ー!』
『待ってよー!』
童心に返ったからか、子ども頃の記憶までもが蘇ってきたよ。市営のプールで鬼ごっこしていた時の思い出だな。
妹の陽鳴と二人でプールに来て、日が沈むまで泳いだっけか。懐かしいなぁ。
どれ、折角だから同じ気持ちで泳いでみるか。無垢で穢れのない僕に戻ろう。
クロールも平泳ぎも知らない、ただべらぼうに手足を動かして泳いでいた僕をイメージし、実践!
「(おおっ!?)」
バチャバチャと音を立てて……いるのかは分からないけど、そういう感じで、闇の海の中を縦横無尽に進んでいく。
「(なんか、超楽しー! うわー、うわー、楽しい! うわー!)」
以上の遊びを無我夢中になってしばらく続け、ふと我に返った。
「(何やってんだ、僕は)」
とりあえず、ちゃんと現状確認することにした。
確か僕は、異世界へ行くためにベリーチェの残した魔法大全を参考に魔方陣を――
……ちょっと、過去に振り返り過ぎたな。
ええと、運営会選挙まで残り三日――つまり五日目で、中央棟で影を探し、シェーナが立候補して、シェーナが襲われて、メドナ達聖女が勝って、それで……
「(僕が襲われたんだった)」
ああ、そうだ。そうだった。そういうことがあって、僕はここにいるんだった。
謎が解決したところで、僕は再び泳ぎだす。目指すは当初の予定通り、ここからの脱出である。
しかし、それは不可能だということを知った。
慣れてきた平泳ぎでとりあえず上を目指して泳いだのだが、行けども行けども上には届かず。諦めずに何十分、何時間も泳ぎ続けたが、一向に出口は見えず。
てか、本当に何十分と時間経過したのかは分からない。あくまで体内時計による感覚だからなぁ。
その内僕は、脱出を諦めた。いや、別に僕が怠惰な人間だからとか、諦めることが染みついているとか、そういう訳ではない。
泳いでいる内に、この闇の海は、脱出できるような空間ではないと思ったからだ。
「(あの闇でできた沼……あれに僕がハマった時と同じ感覚なんだよね)」
影の敵が使ってきた魔法で、僕の下半身を闇空間に沈めた魔法。あれと似た感覚を、この闇の海で覚えていたのだ。
だったら脱出は絶望的だろう。何故なら、あの闇空間魔法からも脱出できなかったからだ。
ま、しばらくはこの無重力を体験しておこう。元の世界、異世界でも体験できないことだろう。不思議と恐怖は感じないし。
なんて、能天気に思っていると、
≪坊ちゃま!? どうされたのですか坊ちゃま!?≫
突然のことだった。声が、上の方から降ってきた。静寂に満たされたこの暗い闇の海に、耳に心地よく優しい声が、響き渡っていたのだ。
それは何度も聞いたことのある声で、僕の知っている人の声だった。
「メドナ? おーい、メドナぁー! おぉーっい!」
僕は全力で声をあげた。しかし、僕の声は先程同様届いてない模様。いくら反応を待ってもこちらの望んだ声は返ってこなかった。
どうやら、この闇の海とメドナのいる場所は繋がっておらず、隔離されているようだ。しかし、向こうからは声が届き、こちらからは声が届かないという不思議な関係性を持っている。
一方通行の道路とでも思っておけばいいか。僕のいる闇の海へは通行可能だけど、僕側からは交通違反になってしまう。
……まったく、なんて面倒な。それもこれもあの影野郎の魔法のせいだ。
この闇の海でも、当たり前と言うか、魔法が一切使えないようだ。
そもそもあの魔法は何だったんだろう。魔法大全では見ない魔法だ。分類的には闇魔法あたりだと思うんだけど……。
≪あれ~? ゲンジくんと……エーリくん? エーリくん!≫
今度はシェーナの声が上から降ってきた。透き通るような凛とした声が鳴り響く。
≪どうしたのエーリくん! 怪我しているの? それとも病気?≫
≪ちょ、落ち着いてシェーナちゃん!≫
メドナ、シェーナだけでなく、ゲンジのテノール声も聞こえてきた。三人とも相当焦っているようで、普段の口調より幾分も早口だ。
声の内容から察するに、これは僕の耳から聞こえる声が、この闇の海へ届いているのだと思った。この場合の僕の耳とは、この闇の海にいる僕ではなく、異世界にいる僕の耳である。ちょっとややこしいね。
要するに、僕の本来の肉体から聞こえる会話が、無意識に、精神的に堕ちてしまった僕の下へ届いている……そういう解釈でいいだろう。
それと、三人の声によって、今の僕が別な存在であるということが判明した。
シェーナの言葉が怪我・病気を心配しているので、敵の攻撃を食らった後の、眠った僕を心配して言ってくれたことだと理解できる。
すなわち、今無傷な僕ではない僕が、別の場所にいるという証明!
……ああ、よりややこしくなってきたぜ。
仮に、今闇の海にいる僕を『精神体』、異世界で敵にやられて気絶している僕を『現実体』とでも名付けようか。
なんか、今日の僕は仮の名ばかりつけているけど、気にしないことにしよう。
≪エーリのこれは魔法による障害だ。怪我でもなければ病気でもない≫
≪ま、魔法?≫
≪とにかく、詳しい話がしたい。なるべく人目の付かないところで≫
≪それならば……≫
ふむ、会話の流れ的に、ゲンジが現実体を保護し、メドナの部屋へ訪れたらしいね。男子禁制の女子寮に入るとは、ゲンジ中々度胸が据わっているなぁ。発覚したら即退学だぜ?
……きっと、それどころではないんだろうけどさ。
とりあえず、しばらく会話を聞いてみよう。何かここから脱出する手段が見つかるかもしれない。
どれぐらい時が経ったのだろう。
この闇の海では時の経過を知る方法がない。外を見て、太陽の位置から割り出すことは不可能だからな。
ただ、ここへ降ってくる声から、推測することは出来た。
≪ゲンジューヤ様の仮説だと、扉を開ける瞬間に襲われたということでしたが、その場合、何故敵は坊ちゃまを拘束して、わざわざ部屋へ運んだのでしょうか?≫
≪別に変ではなくないか? 何か拷問して聞き出すため、廊下じゃなく部屋の方がやりやすいから運んだとか。それか部屋の外じゃいつ住民に気付かれるか分かんねぇから、とりあえず中に運んだとかな≫
今、現実体の近くで推理合戦が行われている模様。時間的にはもう十二時に近いだろう。
≪もしくは、エーリが敵の攻撃を受けて、逃げ込んだ先で拘束されたとかな≫
≪それはどうでしょう?≫
結構白熱しているようで、少し楽しそうに討論している。羨ましさすら感じる。
ま、答えを知っている僕からしたら、すっげーもどかしくてたまらないんだが。
「(答えは、僕の部屋にあらかじめ隠れ潜み、僕が部屋へやって来て油断しているところに魔法を放った)」
僕は仰向けに足だけバタバタ動かしつつ、リラックスした気持ちで、三人の繰り広げる会話劇に耳を向けていた。
それと同時に、並列的に、僕は考えていた。
このあり得ない密室を破った、トリックを。
まず、基本的情報で確定していることから述べていこう。
・被害者は僕、詳しくは現実体。
・加害者は影の魔法を扱う正体不明の人物。シェーナを監視していた。
・僕は自分の部屋で敵にやられた。部屋は密室。
この場合の密室は、出入口が玄関にある扉一つしかない部屋で、隠し通路・秘密の通路ナシの純粋なる密閉された空間を指すこととする。
うむむ、なんだか刑事ドラマの刑事でもやっている気分だ。もしくは推理小説。
探偵なんて役は、凡才の僕には向かない役だなぁ。一応、元の世界で推理小説は読んだことあるけれど、犯人を当てることはできなかった。と言うか、主人公に投影して何も考えず推理した気分になっていただけだった。
ま、今は凡才は凡才なりに、頭を働かせてみるけどね。
話を戻そう。
部屋自体は、外部からの魔法によるあらゆる干渉を防ぐ、と言われている。
確かに、部屋を覆うように魔法無効石が含まれた物質が使われており、透視・盗聴・壁抜け侵入は不可能だった。実際に確かめたからこれは確定事項。
んで、部屋は物理的攻撃にも強い。頑丈な壁に扉。斧やハンマーをもってしても、傷一つ付けるのがやっとらしい。重機ならば壊せるかもしれないけど、この世界にそんなメカメカしたものはない。
唯一脆いのは、ベランダへ続く窓。机を蹴とばして壊すことができるほど弱い。しかし魔法に対しては強い。
例え、壊して侵入してから直そうとしても、それは無理な話だ。魔法無効石が含まれている窓なので、物理的に壊したのなら、物理的に直さなくてはいけない。そもそも、僕が壊すまで窓は壊れた形跡はなかった。
更に、事件当時僕はすぐに内鍵をかけた。つまり、外から入れない状態だった。
以上が、部屋が密室たる所以だ。
現実的思考でも、魔法を加味した思考でも、密室を突破することができない。
「(そして、そんな密室に奴は現れた。これも確定事項)」
魔法による侵入は不可だから、瞬間移動で部屋の中に入ったとか、超小さくなって僕の肩に乗って一緒に入室したとか、窓を破って現れたとか、そういうのは全部不可なのだ。外部からの魔法は完全にシャットアウトしているからな。
それなのに、敵は僕の部屋にいたんだ。
「(なぜ……?)」
ふーっと息を吐きつつ、頭上を見上げた。
どこまでも真っ暗な闇の空間が広がっているだけだったが、ゴチャゴチャしていた脳内がスッキリした気がした。
「(この謎を解かないと、またやられるかもしれない。それも今度はシェーナ本人の元へだ。それだけは……それだけは避けなければ)」
やはり、あの時中央棟の階段でシェーナを襲った者の犯行だろう。時期的にそれしか考えられない。
だとしたら、次はシェーナに襲いかかる可能性だってあるんだ。謎を解かなければ、守りたい存在が守れない。
……しかし、なんで敵はシェーナを直接狙わず、僕を狙ってきたんだ? ここへきて新たな謎が浮上する。
「(考えろ……ただこの謎を解くことだけを……!)」
エセでもいい、偽物でもいい、今だけは探偵になってやる!
≪メドナちゃんのって……確か≫
≪敵が部屋の中にいて、部屋に入って来たエーリを襲った≫
向こうでの討論は、意外にも正解へとたどり着いていた。皆、やるじゃないか。闇の海から褒めてやろう。
中々有益な情報も手に入った。敵の使っていた魔法と、その条件云々。
それに比べて僕は……あー。
うつ伏せ、仰向けを繰り返しながら、闇の海を漂う気味の悪い生き物がいた。
僕だ。
「あーあーあー」
感情のない声を出し、暇そうにだらしなくだらけている生き物がいた。
これも、僕だ。
そもそもこの闇の海には僕しかしないので、生き物=僕になってしまうんだが。
地味に怖い話である。生き物=僕が、もし闇の海ではなく異世界で適用されたとしたら? 全人類僕である。ああ、なんていうエーリ・パンデミック!
……なんて、馬鹿馬鹿しいこと考えている場合じゃないな。
闇の海にいると、どうしても気合いが抜けてしまう。例をあげると、マッサージチェアに座ってマッサージを受けつつ、力を入れようとしている感じか。だらけてしまうのも無理はない。
でも、やらなきゃいけないよな。今の僕は探偵だ。お子様(五歳)探偵だ。
そんなお子様探偵は、ずっと犯人について考えていた。影の魔法を扱い、シェーナを狙う犯人である。
シェーナを監視する者じゃないと、立候補したタイミングで襲うことは不可能だろう。そして、あの時助けに入った僕の姿を見ていないと、今回襲撃することもなかっただろう。
故に、シェーナの監視者=階段での襲撃者=僕を襲った加害者、と確定してしまってもいいだろう。
これに情報を付け足すと、僕のクラスメイトに所属してシェーナを監視しているのが一番都合がいいだろうから、
シェーナの監視者=階段での襲撃者=僕を襲った加害者=僕のクラスメイト
となる。
更に候補として、シェーナにある程度親しく接して情報を得られる立場で、上級魔法が扱える程のランクがある人物。
ここで、僕がシェーナに渡したランキング表から相手を絞ることができる。
確か――
『クラス内最強は誰だ? ランキング』
第一位 シェーナ・エストーナ(レベル10:インペラトーレ)
第二位 エーリ・アルンティーネ(レベル8:ヴィチェレ)
第三位 ケイシー・エナー(レベル8:ヴィチェレ)
第四位 リコプル・タティーシ(レベル8:ヴィチェレ)
第五位 キリコッテ・ジャバッツ(レベル7:グラントゥーカ)
第六位 ゲンジューヤ・スウダリ(レベル7:グラントゥーカ)
第七位 リューイ・ガオーカ(レベル6:プリンチペ)
第八位 ヤスラ・アービー(レベル6:プリンチペ)
第九位 カテマ・ロフ(レベル5:ドゥーカ)
……。
…………。
………………。
こんな感じだったか。
三日目の時に聞いた話じゃ、リューイ、ケイシー、リコプル、キリコッテの順に接触回数の多かった。つまり、この四人が特に怪しいということになる。
かといって、ヤスラとカテマが怪しくないかと言われたら、素直に首を縦には振れないが。
この中に犯人がいるとは考えたくはないけど……いるはずなんだ、犯人が。
「(とはいえ、これ以上絞れないんだよね)」
情報がまだ足りない。容疑者を絞る情報がもっと欲しい。
それと、何か見逃していることがある気がする。何か大事な、全てをひっくり返せるような、何かを。
「(密室の謎、犯人の謎……この二つの謎が解かなくては)」
もう一度、一から考え直してみる。
密室……外部からの魔法干渉を防ぎ、物理的干渉も防御するアンチ魔法的密室。確かに僕は、その密室の中でやられた。敵は部屋の中に突然現れて襲ってきた。
犯人……影の魔法を得意とし、シェーナを陰ながら監視し、密室の中で僕を襲った。使った魔法は上級魔法で、クラスメイトだとしたら、一年なのに上級魔法が使えることから、ランクが高いと思われる。
「(まだ、まだ足りない! 何かとっかかりがあれば! なんでもいい! 考えろ! 考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ――)」
≪坊ちゃまの部屋には外からの侵入は無理なんですよね?≫
≪無理だな≫
≪じゃあ、内からはどうなんです?≫
「!」
≪内部からってことか? まぁ、物理的には無理だが、そういう魔法なら可能かもしれんな≫
≪そんな魔法あるの~?≫
≪転移系の魔法だな。前もって着地点を作っておき、そこに向かって空間転移する。一応、外部からの侵入ではなく、内部からの侵入になるね≫
≪魔法無効石は?≫
≪あれは魔法を無効化するものだが、魔法無効石のある状態での魔法を無効化するだけだから、効果が出てしまったものに関しては無効化できない。それも外部……部屋全体を覆うように含まれているだけだ。部屋の中では普通に魔法使えるだろ? だったらできるよ。あらかじめ内部に着地点さえ作っちまえば魔法は通用する。その時点で魔法の効果が完了したことになるからな。『移動する』って効果がな。合図一つでひとっ飛びさ≫
≪あれ? でもそれだと、エーリくんが自身にかけていた魔法はドアノブ触っても解除されないんじゃ?≫
≪かけていた、表現的に当時はかけている。つまりドアノブを触る瞬間もかかっているということじゃん。現在進行形の魔法は法則どおり無効化されるよ≫
≪な、なるほど~?≫
≪納得していない顔のようだ≫
……。
あー、あほらし。何が探偵じゃ。辞めだ辞め。
そういやこれ、ミステリーじゃなかったな。
この世界はずっと……ファンタジーだった。ファンタジーで考えなければならなかったんだ。
僕に足りてなかったのは情報じゃない。ただの考え方。見方。思考の軸。
元の世界の価値観で、異世界の謎を解ける訳ないじゃんか。ははっ、なんて道化だよチクショー。
……でも、おかげで気が付いた。
内部からの犯行が可能なら、密室は簡単に破れてしまう。密室なんて言うのも烏滸がましい程だ。これで閉ざされた空間の謎は解消された。
それと、ゲンジが言うには着地点が必要らしいじゃないか。ふむ、だから敵は、シェーナの方を襲わずに、僕の方に現れたということか。
ちょっと疑問だったんだよなぁ。なんであんな完璧な密室を破れるのに、監視対象であるシェーナの所ではなく、僕の方へ来たのか。
来なかったのではない。行けなかったのだ。
それは何故か? 僕の方にしか、着地点がなかったからだ。
「(犯人は僕の部屋へ訪れる機会があり、ずっと前に着地点を作っていた……だから今回、僕がシェーナを助けたことからシェーナの後ろ盾だと分かり、丁度よく前に作っていた着地点を思い出し、襲撃することにした)」
脳内に快感が駆け巡っていく。鳥肌がフルでスタンディングオベーション。叫びたい程感情が昂ぶっていく。
連続的に謎が繋がって、氷解していくこの感覚……試験問題を解いた時のような、あの感動が溢れ出して止まらない。止まらないのだ。
「(僕は普段、友達を部屋に招くようなことをしていない。もっぱら遊びに行く方だ。だから、僕の家に来た奴は数える程しかしない。メドナ、シェーナは抜かして、それ以外で僕の部屋に来たことのある人物。それも、僕が寮を使い始めてから襲われるまでの範囲で!)」
推理が繋がっていく。思考が流れていく。連鎖して解けていく。
始めは頼りなく細い糸だった。
日を重ねるごとに謎は増え、失敗ばかりの結末。あるのは法王女との交渉材料と、諦めない根気のみ。
しかし今は、太くて強い一本の綱。今までの積み重ねが、頑丈で真っ直ぐな道を示してくれている。
「……犯人は――」
脳内の閃きと共に、一筋の光が、闇の海に降り注いだ。
………………<メドナ>
「そもそも、魔法無効石についてはよく分かっていないんだ」
「え~? じゃあさっき言ったことは嘘?」
「いやいやまさか。本当のことさ。分かっている範囲の中でね」
「意味深だね~」
もう何度目かの紅茶を啜りながら、わたしはお二人の会話を聞いておりました。自分からは会話に入らず、他人事のように。
「魔法を無効化すること自体、変なことなんだ。魔法とは奇跡であり、希望である。そんな希望を、なかったことにしてしまうのが、魔法無効石だ」
「まぁ、不思議な石だとは思うわね~」
「希望を消しちまうから、『絶望石』なんて別名があるくらいだからな。一体どういう原理なんだか」
「それを言うなら魔法も原理が分からないんじゃ?」
「まーな」
ふと、話を聞いていたわたしは、一つ思い立ちました。
早速試してみようと、坊ちゃまの側に寄ります。そして、その手を握り、部屋の壁にくっ付けてみました。
もし陽炎の鎖が今も発動中だとしたら、現在進行形で効果が出ていると判断されるのだとしたら、壁に含まれた魔法無効石によって魔法を打ち消されるかもしれない、そう思っての行動でした。
しかし、
「まぁ、ですよね……」
坊ちゃまの様子は変わらず、何も起こりませんでした。
わたしの一連の行動を見ていたようで、部屋の中央に置かれたテーブルの側に座っているゲンジューヤ様が声をかけてきました。
「多分、陽炎の鎖は相手に巻きついた時点で効果が完了したんだろうな。だから魔法無効石には無効化できない」
「融通効かないですね」
「だな。まさに絶望石だぜ」
「……」
本当に絶望ですね、そう言ったはずでしたが、その言葉は口から発せられていませんでした。
きっと、無意識にその言葉を言ってしまうのを躊躇したのでしょう。
わたしの憧れている人は、いつでも前向きで、明るくて、心の強い方でした。どんな時でも諦めず、真っ直ぐぶつかっていく方でした。
今回もそうです。クラスメイトを助けるために、全力で運営会選挙に臨んでいます。失敗してもめげずに、逆にその失敗を糧とし、挑戦しているのです。
絶望です、なんて口にして、どうしようもない事実と認めたくないです! まだ手段があるのに、方法があるのに、挑戦しないで諦めるなんてこと、したくはないです!
わたしは使えない子です。ダメなメイドです。今までも足を引っ張ってばかり。それは愛の羽だけでなく聖女でも、アルンティーネ家にお仕えしていた時もそうです。
それでも、わたしは坊ちゃまを全力で支えたい! 誰かが誰かを支えているのだとしたら、わたしは坊ちゃまを支えたい! 少しでも坊ちゃまの側で、坊ちゃまの見ている景色を一緒に見ていきたい!
積もり積もった思いが、頭の中で雪崩れ込みます。押さえられていた感情が、産まれたばかりの赤子のように、爆発しております。ぐちゃぐちゃとしていて、追い打ちをかけるように台風が暴れまわります。
それでも、見失ってはいけないものは、ずっと中心にあります。雪崩にも爆発にも台風にも負けずに、芯を残して存在しております。
わたしの中の大切な芯……それは――。これだけはなくせない、大切なもの。
……。
さて、こんなところで、このタイミングで、これまで頑張ってきた坊ちゃまが脱落していいはずがありません。そんなこと、メイドのわたしが許しません。
絶望には悪いですが、あなたの出番は用意されていませんよ?
「さて、これからどうすっか……」
「どうにかエーリくんを治してあげることはできないの?」
「そりゃあ……無――」
「考えましょう。まだ、わたし達には、魔法を解く手段があります」
「メドナちゃん?」
わたしは、ベッドから離れ、お二人の前に立ちました。
「犯人を捜すのです。坊ちゃまを襲った犯人を。部屋への侵入方法は分かったのですから」
「犯人って……でもよぉ、絞りきれねぇぜ?」
「そうね。クラスメイトが怪しい、というのは分かっているんだけれど、結構な数になるわよ」
「それでもです。候補がいるのなら、調べるべきです」
もう迷いません。坊ちゃまのために、わたしは手足を動かしましょう。
「メドナちゃん……」
シェーナ様が、心配そうな表情で、わたしの顔を見て、
「……うん、そうね。できることからやりましょう!」
何かを汲み取ったようで、やる気に満ちた顔でそう言ってくれました。
シェーナ様も立ち上がり、わたしの横に並びます。そして、二人の視線は、一人のハーピー族へと注がれます。
「おいおい、なんだよこの流れはよー」
「どう思います?」
「……すっげぇ、燃えるじゃねぇか」
ゲンジューヤ様も立ち上がりました。ちょっと嬉しそうにハニカミながら。
「おらはエーリに借りがある。命の借りがな。エーリのためならひと肌……いやふた肌み肌も脱ごうじゃあないか! 全裸になってもいい!」
「そしたら人を呼びますが」
「止めときまーす」
停滞していた空気は吹き飛び、新たな風が、わたしの部屋に吹き始めた気がしました。それは絶望なんてほど遠い、燃える意志を感じる希望の息吹でした。
坊ちゃま……わたし、頑張ります!
「勢いでつい立っちゃったけれど、やることは考えることよね~」
「そうですね、犯人捜しです」
「しっかし、実際どう調べていくんだ? 範囲が広くてとても残り数日で調べ切ることなんて――」
「犯人に……心当たりがある」
「「「!?」」」
突如聞こえた掠れ声に、わたし達は声の方向に振り向き、駆け寄りました。
この部屋にいるのは四人。わたし、シェーナ様、ゲンジューヤ様、そして……。
「坊ちゃま!? エーリ坊ちゃま!」
わたしのお仕えする主人、エーリ坊ちゃまです。目を瞬かせながら、わたし達の顔を見渡します。
「ああ……メドナ。お早う……って今は夜か」
「エーリくん、大丈夫なの!?」
「シェーナか……。大丈夫ではないね。やっぱり全身怠くて動くこともままならないようだ」
「じゃあ動かない方が良い! あんたは生命力を吸われているんだ!」
「分かってるよゲンジ。でも、今言わなきゃいけないんだ。闇の海から出られている今のうちに」
闇の海……? 坊ちゃまの言い放った言葉について考えるよりも先に、坊ちゃまが話を続けました。
「今から作戦を話す。最後までちゃんと聞いて、その通り実行してくれ。失敗は死を意味する」
「死!?」
「冗談だよ」
もう~、と頬を膨らませるシェーナ様を温かく見つめ、やがてわたしの方に顔を向ける坊ちゃま。
その顔は、いつも尊敬している坊ちゃまで、真摯な瞳でした。
「頼んだよ、メドナ」
だからわたしも、いつもの通り、
「お任せください、坊ちゃま」
そう返しました。
……いつの間にか、次の日が始まっておりました。愛の羽創立から六日目です。
一つの作戦を胸に抱き、わたしとシェーナ様は学校に向かいます。ゲンジューヤ様はすでに教室へついている頃でしょうか。
『運営会選挙が始まる前にな、僕の部屋に三人遊びに来たことがあったんだ。まぁ、遊びに来たっていうか、無断で侵入していたというか……鍵かけてなかった僕が悪いんだけどさ』
失敗は許されない一度きりの作戦。隣を歩くシェーナ様の顔は、少し緊張しているようでした。
もちろん、わたしも緊張しております。
『んで勝手に僕んちの風呂使っていやがってな……そこの鳥っころにも、覚えがあるんじゃないか?』
『……ああ、もしかしてあの時の? いい湯だったぜ!』
『やかましいわ!』
エーリ坊ちゃまが昨晩話してくれたことが、脳内で何度もリピートされます。忘れてはいけない事なので、意識的にそうしているのですが。
『あの時以外に、僕はクラスメイトをいれたことがない。ここにいる三人除いてね。つまりだ』
ギュッと、拳を握ります。わたしの決意が、身体の動きとなって溢れ出しているようです。
『リューイとヤスラ。どちらかが、もしくは両方ともが、「犯人」だ』
わたし達の反撃が、今始まります。
見ててください坊ちゃま。坊ちゃまの頼み、絶対に果たしますから!
・次回は番外編です




