第五十三話 眠れない日の討論会 前編 <五日目>
・前後編です。
~前回のあらすじ~
影の奇襲。
………………<メドナ>
わたしの部屋に誰かが訪れたのは、もう寝ようかと思っていた頃のことでした。
チャイムが鳴ったので、わたしは玄関へ行き、覗き穴から来訪者を見ます。エーリ坊ちゃまから、警戒は怠るなと言いつかっておりましたので、いきなりドアを開けるなんてことはせず、誰が来たのかを確認するために覗き穴を覗きました。
……が、わたしは来訪者の抱えていた人物を見て、急いで扉を開けました。
「坊ちゃま!? どうされたのですか坊ちゃま!?」
「……あ、メドナちゃん」
わたしは失礼にも、横抱きしてくださっていたゲンジューヤ様には目もくれず、抱かれていた坊ちゃまに駆け寄りました。
と言いますか、坊ちゃまにしか目がいきませんでした。
いつも凛としていて、冷静沈着・剛毅果断・自信満々で、聡明で明朗で朗らかで、でもどこか無邪気で年相応の子供っぽさが魅力的なエーリ坊ちゃま。わたしの仕えるご主人様。
そんな坊ちゃまが全体的にグッタリとし、顔は少し青ざめ、苦しそうに目を瞑り、力なく呼吸を繰り返しているだけ。このような姿、今まで一度も見たことがありませんでした。
一体何があったというのでしょう?
「なぁに? どうしたの~」
騒ぎを聞きつけ、眠そうに瞼をこすりながらシェーナ様もやって来ました。わたしはここ最近、シェーナ様と一緒に暮らしていて、この時間帯は彼女が眠くなる時間帯でした。
だから、眠気にも勝る勢いの声が、わたしから出ていたということでしょう。それだけの事態だということの証明でもあります。
「あれ~? ゲンジくんと……エーリくん? エーリくん!」
ぼんやりとしていたシェーナ様でしたが、坊ちゃまを見て、様子がおかしいことに気が付いたようです。慌てた様子で駆けつけました。
「どうしたのエーリくん! 怪我しているの? それとも病気?」
「ちょ、落ち着いてシェーナちゃん!」
駆けつけた勢いで、シェーナ様は坊ちゃまを揺さぶります。しかし、坊ちゃまは小さく唸るだけで目を開けることはありません。
そんなシェーナ様を手で制し、冷静になるようゲンジューヤ様がわたし達に声をかけます。
「エーリのこれは魔法による障害だ。怪我でもなければ病気でもない」
「ま、魔法?」
シェーナ様の驚きの含まれた問いかけに、ゲンジューヤ様は頷きます。
「とにかく、詳しい話がしたい。なるべく人目の付かないところで」
「それならば……」
わたしは、わたしの部屋へ入るよう促しました。
エーリ坊ちゃまは一体、どうしてしまったのでしょう?
……。
…………。
………………。
ゲンジューヤ様から一連の事件の説明を聞き、わたしは震えました。
本来ならば、わたしがついていて守るべき存在である坊ちゃま。その坊ちゃまを守れず、友人のゲンジューヤ様に守らせることになったなんて……わたしは……。
いつもそう。いつもそうなのです。わたしは坊ちゃまを守ると言いつつ守れていない。何もできていない。
坊ちゃまの優しさに甘えているだけで、何もできていないのです。
『人は支え合って生きていくものです。役立たずな人なんていないです。常に誰かが誰かを支えているのです』
『……何もできていないわたしでもですか?』
『です!』
ノヴァ様との会話が頭をよぎります。これでも本当に、こんな現状になってしまっているけれど、わたしは……役立たずではないのでしょうか……?
「……今は自分を卑下している場合じゃないわ」
不意に、シェーナ様がわたしの肩に手を置きます。シェーナ様の言葉は、わたしの心を読んだかのようにピッタリでした。
「落ち込んでいる暇なんてない。今は一刻も早くエーリくんを治療して、元の状態にすること。……私だって、負い目や後悔がすごいんだから」
「シェーナ様……」
よく見ると、シェーナ様は涙目で、声も微妙に上ずっているようでした。きっと、また私のせいでこんな目に遭わせてしまったと、考えているのでしょう。
シェーナ様がわたしの心を読めるように、わたしにもシェーナ様の心の声がよく聞こえました。それほどわたしたちは一緒に戦ってきた、と言うことでしょうか。
「……頑張りましょう」
「ええ、そうですね」
わたし達は悔しさや哀しさを押し殺し、現実と向かい合いました。
エーリ様が倒れている、現実に。
「話はさっき話した通りだ。メドナちゃんとこから帰る途中のエーリに会って、忘れ物があったから一旦分かれて……えーと、自分の部屋まで忘れ物の巻物を回収して、エーリんち行ったら……突然窓ガラスが割れて。ただごとじゃないと思って急いで突っ込んだら、謎の人型の影にエーリがやられていたんだ」
ゲンジューヤ様は先程話したことを、今度は簡潔に説明してくださいました。おかげで、冷静になったわたしの脳内に染み込む様に理解できました。
「なんとか助け出すことはできたけど、その前にエーリは敵から魔法をくらっていたみたいなんだ」
「それでこんなことに?」
「ああ」
苦しそうな表情で、時折顔をしかめる坊ちゃま。わたしには、坊ちゃまの手を握ってあげることしかできません。
「一体、何を受けたのですか?」
わたしがそう尋ねると、ゲンジューヤ様は、ちょっと待ってな、と言って忘れ物だったという巻物を読み始めました。
それに何が書かれているのか気にはなりましたが、ゲンジューヤ様が教えてくれるまで待つことにしました。
「少なくとも、ヒーリングやキュアは効かないようね」
シェーナ様がヒーリングとキュアを交互にかけていたみたようですが、効果はないそうです。
そうなると、肉体的・身体的ダメージではなく、魔法的な効果による症状ということになります。つまり、わたしの手には負えないということでもありました。
歯痒い、です。
やがて、ゲンジューヤ様が巻物から何か見つけたようで、ベッドの側で坊ちゃまを見ているわたしとシェーナ様の前にやって来ました。
「おら、ちょっと影に関する魔法を調べていたんだけど……『陽炎の鎖』って魔法の症状に似ているかな。多分だけど」
陽炎の鎖。聞いたことのない魔法ですね。
わたしは右隣にいるシェーナ様に目をやると、シェーナ様も知らない様で首を横に振りました。
少なくとも、賢者学科の一年生は習わない魔法のようです。
「陽炎の鎖。上級の闇魔法」
「じょ、上級!?」
「そんな!」
上級魔法って、卒業試験で会得する魔法レベルじゃないですか! そんな魔法を撃ってくる敵を、坊ちゃまは相手にしたのですか? しかも一人で?
それは……さぞ怖かったことでしょう。気が付くと、わたしは失礼なことに坊ちゃまの頭を撫でておりました。
「自身の影でできた鎖を生み出し、対象を縛って拘束する魔法。しかしそれだけではなく、縛ることで対象の魔力消費を封印する効果あり」
「魔力消費を封印?」
「要するに、魔法を使わせなくするってことだ」
「な、なんて効果ですか」
さすがは上級魔法ですね。会得するのが難しい分、効果も極悪です。
魔法を使わせなくするということは、魔法を扱う魔法使いにとっては致命傷です。
だって、魔法が使えない魔法使いはただの人ですから。
「それと、魔力消費を封印するってことは、生命力にも影響が出る。魔力と生命力ってのは密接な関係らしいからな。それがこの身体の衰弱という形で現れているんだろう」
「魔力消費が止まり、生命力が消費されている……みたいなことですよね?」
「そんな感じだろうな」
だから坊ちゃまはこんなにも弱ってしまっている。風邪にも似た症状ですが、魔法による治療ができないという最悪の症状です。
代われるものなら代わってあげたい……! でも、それが無理だって分かっているので、もどかしさが募っていきます。
「どうすれば治せますか?」
一刻も早く、坊ちゃまを安全な状態に治してあげたい。わたしはこんな苦しそうな寝顔ではなく、健やかな寝顔を見たいです。
そして謝りたい。不甲斐ないメイドで申し訳ないと、謝りたいです。
しかし、
「……」
ゲンジューヤ様はベッドの傍らに腰を落とし、無言で巻物を見ております。巻物に何か打開策が載っていないかと調べているようですが……嫌な予感を覚えましたが、気にしないことにしました。
この間、手持無沙汰となったわたしは、坊ちゃまの額の汗を拭うことに専念いたしました。同じ立場のシェーナ様は、全員分の紅茶を用意しておりました。
……気にしないことにしましたが、どうしてもゲンジューヤ様のした一瞬の気まずそうな表情が、忘れられません。
嫌な予感が拭えません。
良い感じに紅茶の香りが漂ってきたところで、ゲンジューヤ様が声を発しました。
「……うん。一応、解除方法が載っている」
「! それはなんですか!?」
思わず前のめりになり、問い詰めるようにゲンジューヤ様に尋ねます。そんなわたしに、ゲンジューヤ様は、
「ま、まぁ、ちょっと落ち着いて」
そう言って、苦笑いを浮かべました。
その瞬間、わたしは嫌な予感が当たったと悟りました。だってその表情は、先程の表情そっくりで、
「その……魔法をかけた魔法使いが解除するしかないっぽいんだ」
「……あ、そうですか」
決まりが悪そうな顔をしていたのですから。
一応、と言っていたではありませんか。その時点で解除方法が難しいと理解できるはずでした。
どうやら、自分では落ち着いていると思っていましたが、まだ冷静には程遠いようです。理解力が低下していますね。それに思考力も。
「本当にごめん」
「いえ、ゲンジューヤ様は悪くありません。こちらこそ失礼なことをしてしまい、申し訳ありませんでした」
「あ、いえいえ」
お互いに頭を下げ合いますが、実を付け過ぎた稲穂が垂れているようで、勢いがありませんでした。
それも仕方のないことです。坊ちゃまを今すぐ治療することができないことが分かったのですから。解除するには、魔法をかけた魔法使いをどうにかしなければならないのです。
ですが、ここでわたし達の勢いは盛り上がる……ことはありません。悪いことは連鎖するのです。
「じゃあ、その魔法使いと交渉しなければいけない訳ね? 魔法を解いてくれないかって」
シェーナ様がそう言うと、ゲンジューヤ様の顔が見るからに曇りました。
……あ、もしかして。
ゲンジューヤ様は少し言いにくそうに顔を歪め、うーんと唸り、やがて、
「……実は、魔法使いが誰か分からないんだ。逃げられてばかりで正体が不明なんだ」
「ええ~っ!?」
やはり、そうでしたか。その顔はそうですよね。二度目ですよその顔。
そもそもです。敵が坊ちゃまに魔法をかけて逃走したのだとしたら、それは交渉目的ではありません。交渉とは、互いに相手の利益となるものを持っている状態で、交渉人同士向かい合ってじゃないと起こりえないことですから。
たまに代理を通しての交渉が行われることもありますが、それは稀でしょう。代理だと信用や信頼関係に悪く影響しますからね。本人ではなく代理ということは、相手を信頼していないと思われることもあるでしょうし。
そう考えると、敵の行動は明らかに妨害目的。それも、ゲンジューヤ様が割り込まなければ、坊ちゃまが今どうなっていたことやら……。
あぁ、肝が一瞬で冷えました。
「それじゃあ、エーリくんはこのまま?」
「……」
「そ、そんな……」
時に沈黙は肯定と同じ意味になります。ゲンジューヤ様の沈黙は、わたしとシェーナ様に大きな衝撃を与えました。肝が冷えっぱなしです。
治せない……? 坊ちゃまはこのまま? そんなことを肯定されても、わたしはどうしたらいいのでしょう?
「坊ちゃま……」
わたしは、再び坊ちゃまの頭を撫でます。本来なら、主の頭を使用人が撫でるなんて極刑ものです。
それでもわたしは撫でます。ゆっくり撫で続けます。このことで死刑になっても構いません。首切り・引き摺り・火あぶり望むところです。
だから、これで少しでも坊ちゃまの苦しみを和らげることができたら……と思います。
「……まぁ、保証はないけど」
そう言って、静まり返った空間でゲンジューヤ様は話を切り出しました。
「多分、この運営会選挙が終わったら魔法は解除されると思う。おらはエーリから聞いてないから分からないけど、あんた達何か目的があって行動しているでしょ? それも運営会絡みで」
「……えっと」
「あー、いいよ。別に言わなくてもね。おらは元スパイだし、信用は出来ないだろう」
「いや、その、ゲンジューヤ様」
何か言おうと、言わなければと思い口を開きましたが、言葉が続いて出てきませんでした。
あくまでわたしはエーリお坊ちゃまの使用人。主人の指示を仰がずに暴露はできません。
シェーナ様も、わたし同様言いよどんで言葉が出てこないようでした。
そんなわたし達の様子を見て、ゲンジューヤ様は少し寂しそうに笑いました。
「それでいいと思う。いいや、それがいい」
「ごめんね、ゲンジくん」
「申し訳ありません」
「いいって。おらにもおらの目的があるし。誰にも言えない目的が」
やっぱり、その表情は寂しそうでした。しかし、次の瞬間には元の顔に戻っておりました。
ゲンジューヤ様は気持ちの切り替えが上手いようです。
「運営会中だけ魔法をかけ続けて、終われば解いてくれるはずさ。……不謹慎だけど、殺すのが目的だったらとっくにやっているだろうしな。衰弱してはいるが、見たところ命には別状はないし、ちょっとの間再起不能に陥らせたいんだろう」
そうなんですよね。坊ちゃまは苦しんではいますが、命の危機という様子ではありません。悪夢にうなされている、と言う表現がしっくりくるでしょうか。
「しかしそうなると、このままじゃエーリは最低運営会選挙が終わるまで目を覚まさないことになる」
「それは……困るわ! せっかく二人が……何か、何か方法はあるはずよ! 何か……」
「解除は使用者の解除のみ。影の魔法自体は調べが付いたけど、その使用者が分からない。これは事実だ。……偉そうに言って悪いけどさ」
「ま、魔法は、奇跡を生み出すものでしょう? 本当にないのかしら……奇跡のような手段が」
「……」
シェーナ様の言葉に、口を閉ざしてしまうゲンジューヤ様。
先程の沈黙は肯定を意味しました。しかし、この沈黙は、きっと否定でしょう。言うべき言葉が見つからないのです。だから沈黙するしかないのでしょう。
わたし達は再び絶望しました。絶望しか、絶望しか見えません。
闇しか……未来の見えない暗闇が、わたし達を襲いました。
「坊ちゃま……」
時間だけが無情にも過ぎていきました。次の日にさしかかろうとしております。
それでも、ゲンジューヤ様、シェーナ様、わたしは眠る気にならず、三人で話し合いを続けておりました。
「そもそも、この陽炎の鎖は精度が低いらしいんだ。まず至近距離で当てなきゃいけないらしい。それと、面倒な条件をクリアする必要があるみたい」
「面倒な条件なのに、それなのに坊ちゃまはかかってしまったと言うのですか?」
「ああ。……いやまぁ、条件自体はクリアできる状況だったから分かるんだけど、その代わりにどうしてそんな状況が生み出されたのかっつー問題が生じるんだ。くーっ、なんでだぁ?」
「? ええっと、どういうことです?」
「おっと、ごめんごめん。ちょっと思考が先に飛んでた」
頭の悪いわたしは、ゲンジューヤ様の言っていることがよく分かりませんでした。けど、その面倒な条件を達成してしまったというのは理解できました。
肝心の条件について尋ねてみると、ゲンジューヤ様は羽を少し揺らして、
「条件は『無防備であること』」
そう言い放ちました。
シェーナ様は思わずといった風に、口から疑問を漏らします。
「無防備って……あのエーリくんが? エーリくんは常に周囲に目を向け警戒していたわ。そんな彼が気を抜くなんて――」
「自分の部屋だから、じゃね?」
「……あ」
今度は気が付いたような、納得したような声を漏らしました。
確かに、自分の部屋って落ち着くし、何より気が抜けますよね。そんな自分の部屋に入った坊ちゃまは、気が抜けていて無防備だったという訳ですね。
「それに、寮のドアノブって魔法無効石が含まれているから、自分にかけてた魔法もその時解除されちまう。そんな時に襲われたんじゃあないかな」
「魔法が解除される瞬間ですか……なるほど」
いくら坊ちゃまでも、家に入る瞬間は気が緩むでしょうしね。理にかなった推論です。
しかし、
「……でもなぁ」
推論を出した本人が頭を抱えておりました。
もしかしたら、先程ゲンジューヤ様自身が言っていた、『その代わりにどうしてそんな状況が生み出されたのか』という問題について悩まれているのかもしれません。
そのような状況? 坊ちゃまが無防備になってしまう状況ですよね。ドアノブに触れて魔法が解除されて、部屋に入ろうとして気が緩んだ状況だとすると、別に違和感はないですが。
……本当に、違和感はないでしょうか?
「何か、おかしくないですか?」
わたしは頭をフル回転させて、ゲンジューヤ様の説明にある違和感をあぶり出そうとしました。
記憶が走馬灯のように目まぐるしく流れていき、その中から手探りで探っていきます。必要な情報は拾い、不要な情報は再び流す。それを繰り返し、繰り返し、最適化。
途方もない作業です。一度自分の中で納得・理解しかけたことを、分解して構築しなおすということは手間がかかることです。
でも、この違和感は、何か重要なヒントになりそうで、捨て置く訳にはいきません。
やがて、記憶の川からサルベージした必要な情報が出揃い、それらを並べていく。
『エーリんち行ったら……突然窓ガラスが割れて。ただごとじゃないと思って急いで突っ込んだら、謎の人型の影にエーリがやられていたんだ』
『自身の影でできた鎖を生み出し、対象を縛って拘束する魔法』
『そもそも、この陽炎の鎖は精度が低いらしいんだ。まず至近距離で当てなきゃいけないらしい。それと、面倒な条件をクリアする必要があるみたい』
『条件は「無防備であること」』
『自分の部屋だから、じゃね?』
『それに、寮のドアノブって魔法無効石が含まれているから、自分にかけてた魔法もその時解除されちまう。そんな時に襲われたんじゃあないかな』
わたしの中で、違和感が晒されました。
「やっぱりおかしいです。ゲンジューヤ様が坊ちゃまの部屋で坊ちゃまを助けたのなら、坊ちゃまは部屋の中で襲われなければおかしいです!」
そうです。やはりおかしなところはありました。
わたしの発言に、ゲンジューヤ様とシャーナ様が興味を持ったようで、わたしに目を向けました。
「ゲンジューヤ様の仮説だと、扉を開ける瞬間に襲われたということでしたが、その場合、何故敵は坊ちゃまを拘束して、わざわざ部屋へ運んだのでしょうか?」
ゲンジューヤ様の話だと、敵と坊ちゃまは部屋の中で対峙していたのです。だとしたら、敵は坊ちゃまを部屋へわざわざ運び入れたということになります。
この疑問に、ゲンジューヤ様が異を唱えます。
「別に変ではなくないか? 何か拷問して聞き出すため、廊下じゃなく部屋の方がやりやすいから運んだとか。それか部屋の外じゃいつ住民に気付かれるか分かんねぇから、とりあえず中に運んだとかな」
少し得意げに、ゲンジューヤ様は異論を続けます。
「もしくは、エーリが敵の攻撃を受けて、逃げ込んだ先で拘束されたとかな」
「それはどうでしょう?」
いつの間にか、わたしとゲンジューヤ様の議論という構図が出来上がっておりました。ゲンジューヤ様も乗り気なようで、不敵な笑みを浮かべております。
いいでしょう、臨むところです。
「敵の攻撃を受けてとおっしゃいましたが、それは変ですね。縛って拘束する魔法なのに、逃げられるんですか?」
「む!」
「拘束の意味ないわね~」
「いや、発動が遅い魔法なんだ! あるだろ、遅延する魔法が!」
「遅延できる魔法はあると思いますが、その情報は陽炎の鎖にありました?」
「……ないな」
がっくりと肩を落とすゲンジューヤ様。遅延できるかどうかは秘密にされている可能性もありますが、遅延と言うのは珍しい特性なので、情報として隠されることもないでしょう。
一つ、論破したところで、ゲンジューヤ様が次の疑問を述べます。
「じゃあ、逃げる途中に受けたは無理だとしても、運んだ説はどうだ? 部屋に入る前に拘束して運んだ。あ、部屋に入った後でもいいな。エーリと一緒に部屋に入り、中で拘束。どう?」
「確かに、ドアノブを触れれば坊ちゃまの魔法が解除されますが、それまでは魔法で周囲を完全に警戒している状態です。解除され、鍵を差し込み、扉を開けて、中に入るまでの間――そのわずかの間に行動できたのでしょうか?」
「うむむ。できなくはないと思うけど、ちょい厳しいかぁ」
「警戒している状態の坊ちゃまはすごいですよ。坊ちゃまを狙って潜んでいたとしても、範囲に入ればすぐ見つけ出せますし、何より意外と広範囲なんです。範囲外にいたとしても、そのわずかの間に襲えたかどうか……」
何かしらの手段で距離を一気に詰めて、坊ちゃまと一緒に中に入る……さすがに背後に人がいたら、魔法なしでも坊ちゃま気付きますよ。誰かを背後にしながら部屋に入ることって、後ろの人に気付かない訳がありません。坊ちゃまは背が低いですし、坊ちゃまより背の低いノーム族なら目に入らない可能性ありますけれど、扉を閉める時に自然と振り向きますから、気が付かないことが難しいですよね。
現実的に考えて、距離を詰めた後にすぐ拘束の方がしっくりきます。この時点で、一緒に中に入った説は崩れ落ちます。
ゲンジューヤ様もそう思ったらしく、運んだ説で思考し、話し始めました。
「ならこうだ。エーリの警戒範囲外にいて、ドアノブに触れたのを確認したと同時に瞬間移動! 背後に現れて無防備な背中に陽炎の鎖で拘束。後は中に入る」
ありえない話ではありませんが、そうすると……、
「運ぶ際、敵はドアノブに触れなければならないですよね?」
「……あ」
「拘束も解けますよ。魔法無効石で」
「あー」
ドアが偶然開いていたとしても、坊ちゃまを抱えて中に入るには、部屋を覆う魔法無効石によって何かしらの影響を受けることになります。寮の部屋は外部からの魔法に強い作りになっていますから。
「拘束がなくなったら坊ちゃまも魔法が使えます。さすがに抵抗すると思いますが」
「じゃあ、エーリよりも早く攻撃を仕掛け、気絶させたんだ」
「魔法は使えませんよ?」
「なら、魔法なしの肉体攻撃だ」
「え? でもエーリくんにヒーリングとキュアかけたけど効かなかったよ~?」
「うっ!」
シェーナ様の言う通り、坊ちゃまは魔法による症状だけで、他に怪我を負っていませんでした。
つまり、純粋に魔法による影響しか受けていないのです。
逃げる途中説、一緒に入った説、運んだ説。どれもピンとくるような説ではありませんでした。そもそも、わたし程度に問題点をあげられるのでは、説としては弱いです。
「おかしい、ですよね?」
チェックメイトにも似たわたしの宣言を受け、ゲンジューヤ様は、
「……まぁ、おらも変だとは思ってたさ」
と言って推論の誤りを認めました。しかし、
「でもよぉ、そうなるともっと『おかしなこと』になるんだけど……いいんか?」
ゲンジューヤ様は苦笑し、羽を震わせました。
これ以上の、おかしなこと……?
「今までの説が否定されるとしたら、メドナちゃんの説が肯定されちゃうんだ」
「メドナちゃんのって……確か」
「敵が部屋の中にいて、部屋に入って来たエーリを襲った」
「これのどこが……え?」
ゾクリ、と鳥肌が立つのを感じました。
ゲンジューヤ様の説を説き伏せたのはいい、いいのですが。
「どぉーやって、敵はエーリの部屋の中に入ったんだろうな?」
代わりに、もっと難しい謎に直面してしまいました……。




