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魔法によって飛んだ空  作者: 元祖ゆた
運営会選挙編 
53/64

第五十二話 終わらない夜 <五日目>

<魔女の掟>について


第一条

魔女の月は、魔女の組織である。加入するには、暗闇の魔女の召喚する悪魔と契約し、魔女にならなければならない。


第二条

魔女の月は、魔女の夜会によって黒魔女を決めるものとする。黒魔女は、魔女の月を仕切る集団となる。


第三条

魔女の月は、黒魔女主導のもと、運営される。全ての魔女は、黒魔女の下に集う。


第四条

魔女の月は、魔女同士の争いを禁止する。ただし、魔女の夜会では争いを認める。なお、魔女以外は魔女の夜会に参加できない。


第五条

黒魔女は、魔女の夜会で敗れた組織から、魔女を自分の集団へ同意なしで引き込める。


第六条

黒魔女は、魔女の夜会で行う儀式を選ぶ権利がある。



第七条

黒魔女は、争いにおいて他集団に負けない。


~前回のあらすじ~

ストーカーの存在を確認。


………………<エーリ>

五日目の夜。

メドナが魔女の夜会ナイトパーティから帰って来たところで、いつもの報告会&反省会を行った。


「まず、お疲れ様ということで」

「はい」

「お疲れ~」


各々持っていたカップを掲げ、軽くぶつけ合う。静かな僕の部屋中に、澄んだガラスの音が響き渡る。

なんとなく、音が聞こえなくなるまで待ってから、僕は話し始めた。


「毎度お馴染み報告会といきますか。僕からいいかい?」

「どうぞ~」

「よろしくお願いします、坊ちゃま」

「うむ」


畏まる二人を前に、僕は今日の出来事を一から喋った。多少脚色が混じってしまったが、支障はない。淡々と事実を告げていくよりかは建設的だろうという、ちょっとした僕のエゴだ。


だって、影を探知して逃げられてシェーナを助けて逃げられた、なんて普通に話しても面白みがないだろう? それに、また失敗したのかよ、と思われてしまうだけだし。


確かに、逃げられたことは失敗かもしれない。しかし、シェーナにまとわりついている監視者が存在するということを確定付けられたのだ。これについては成功と言ってもいいんじゃないかな。うん、きっと成功だ。


「(くぅ……なんかすっげぇ情けないぜ)」


大人には、自身の心を守るための言い訳が必要なのさ……ふっ。


そんな内心で複雑な感情が渦巻きながら、僕は今日会ったことを爽快活劇に仕立て上げ、報告を以上とした。

メドナは真面目な表情で時折相槌を打ち、シェーナは楽しそうに耳を傾けてくれた。結果的に、話にアレンジを加えて良かったな。


「それじゃ、次はメドナ。頼んだよ」

「畏まりました、エーリ坊ちゃま」


恭しく一礼し、立ち上がるメドナ。僕もシェーナもメドナにいつも以上に注目する。


それもそうだ。今日は魔女の夜会で、結果次第で今後の方針がガラリと変わる。

戦乙女ワルキューレに負けてしまったのなら、これからメドナは戦乙女の傘下として行動しなければならなくなる。行動に制限がかかってしまうのだ。

そうなると、情報収集がしにくくなる。僕が並行して動かざるを得ない。


ただ、今までのは負けてしまった場合だ。


「魔女の夜会の第二夜、魔宴の結果ですが……」


そう、例えば、メドナ達聖女ジャンヌダルクが、


「わたしの所属する聖女は……」


死女神率いる戦乙女に、



「……勝利しました!」



勝ってしまえば、問題は何もないだろう。


「勝ったって……ええっ!? 勝てたのメドナちゃん!」


一番驚いているのは僕ではなくシェーナだった。いや僕も驚いたんだが。

相手は神帝と対をなす魔女の月の主軸組織だというのに。すごいなメドナ。


「ええ、勝つことができました。とは言っても、勝てたのはノヴァ様のおかげですが」

「で、でも、規則は? 規則はどうしたの?」

「規則……?」


シェーナがあたふたとしながらそんなことを言う。規則……ああ、なるほど。


「メドナ、魔女の掟ウィッチルールの第七条はどうしたのかって、シェーナは言いたいようだ」


僕が助け舟を出してあげることにした。するとシェーナはしきりに頷いて肯定した。


「そうそう、それよ! 確か、黒魔女マレフィキウムは負けないとか、そういう規則に縛られていたんじゃないかしら?」

「第七条『黒魔女は、争いにおいて他集団に負けない』ですね」

「そうよ。なんで勝ててるの?」


首を傾げ、難しそうな顔をしているシェーナ。まぁ、おかしな話だよな。

負けないはずなのに、現に戦乙女は負け、そして聖女は勝利を得た。これじゃ規則は適用されていないことになるけど。


でも、元々この法には大きな穴がある。


「そうですね、おかしいですよね。でも、規則は破っていませんし、規則は今も適用されています」

「え?」


メドナはシェーナが戸惑っている様子を見て、少し楽しそうに笑い、解説を始めた。


「わたしも最初は混乱していました。これでは聖女は一生勝つことができないと。けれど、初めて掟について聞かされた時、ノヴァ様は大丈夫だと言っておりました。そこで、改めて考えてみたんです……シェーナ様、第三条が何か覚えておりますか?」

「だ、第三条? って、え~と……黒魔女主導で運営される……だっけ?」

「それも第三条ですが、その後です」

「その後……?」


うーん、と数秒声に出し、思い出したようで、あっ、と声を上げた。


「なんか、魔女全ては黒魔女だ、とかそういう感じだったわよね」

「そうです。詳しく言うと、『魔女の月は、黒魔女主導のもと、運営される。全ての魔女は、黒魔女の下に集う』が第三条となっています」

「うんうん。それで、この第三条がどう関係してくるのかしら?」

「後半の文が鍵になってくるのですよ」


メドナがこう言うと、シェーナは必至に考え始めた。


第三条、『魔女の月は、黒魔女主導のもと、運営される。全ての魔女は、黒魔女の下に集う』

第七条、『黒魔女は、争いにおいて他集団に負けない』


この二つの規則について、よく見て考える。考えに、考える。


やがて、シェーナは僕と同じ考えに至った。


「第三条の後半の文は、全ての魔女が黒魔女の下につくということ。これは黒魔女という組織の下――傘下ともとれる表現ね。そして第七条は、黒魔女は他集団との争いに負けない……。そっか、黒魔女の傘下でもある聖女は、他集団のくくりに入らない!」

「どうやら、そういうことみたいです」


なるほどね~、と納得したような顔で笑うシェーナ。メドナも上手く説明できてホッとした様で、ゆっくりとクッションへ腰を下ろした。


そう、シェーナの言ったように、僕も考え付いた。魔女の掟自体、表現が曖昧なんだ。

『下に集う』とは言っているが、これがどういう意味なのかよく分からない。実際に黒魔女である戦乙女の下へ集っていない聖女に、規則違反で何か罰が与えられているようでもないし。


シェーナの言う通り、下へ集うすなわち傘下ともとれるし、実際黒魔女である死女神の下に、騎馬戦の馬役のように集まるって意味にもとれる。


『下に集う』という文が曖昧過ぎて、自由に解釈がとれてしまうんだ。戦乙女と聖女は別集団だが、どちらも魔女の月という組織のくくりであるように。


要するに、この掟は結構ガバガバなんだ。


「なるほどね~。そうなると正直、第三条の後半いらないわね」

「いや、そうでもないさ」

「そっ、そうなの?」

「うん」


新たに浮上した謎に、またもや考え込むシェーナ。

僕はパープルドラゴンのクッションに座り直し、小さく咳ばらいをした。


「下に集うってのが重要なんだ。下剋上が発生してしまうからね」

「下剋上?」

「ああ。黒魔女でない魔女集団が、黒魔女を倒して洗脳し、魔女の月を支配してしまうかもしれない」

「それは……変よ。だって第四条で魔女同士の争いを禁じているはずよ? 魔女の夜会では争えるらしいけれど、魔女の夜会をしている会場には黒魔女の配下がいっぱいいるはずだし、黒魔女の人達自体強いから、正面から挑んでも負けるだろうし。闇討ちは期待できないわ」


第四条、『魔女の月は、魔女同士の争いを禁止する。ただし、魔女の夜会では争いを認める。なお、魔女以外は魔女の夜会に参加できない』


シェーナが言っているのはこのことだね。


「確かに魔女同士の争いは禁止されているよ。『争い』は、ね」

「妙に争いを強調するってことは、そこが鍵?」

「ああ。争いの意味を考えるんだ」

「争い……複数人による闘争、喧嘩、諍い……」

「そうだね。闘争や喧嘩である争いは、一人ではできない」

「それはそうだけど……」


ここで僕は、ニッと口角を上げ、


「黒魔女へ不意打ちをしかけ、一瞬で倒した場合、争いと言えるかな?」


と言い放った。

あ、とシェーナは呟いた。


「例えば、死女神が一人で道を歩いているとしよう。そこへ僕が死女神に気づかれずに背後へ近づき、攻撃。死女神は僕を認識できずに気絶。この場合、争いという定義が当てはまるかどうか」

「当て……はまらないわね。どちらかというと闇討ちかしら」

「こうして僕は、気絶した死女神に無事洗脳を施し、黒魔女を支配することに成功。つまり、黒魔女の上に立ったんだ」

「なるほど、ここでさっきの第三条が!」

「ああ。下に集うという文によって、立場的に上へ立ってしまったともとれる僕は裁かれる。ま、これは僕が魔女である場合なんだけど。僕じゃなく、メドナで考えた方がいいか」

「でも、少なくとも、魔女による下剋上は防げるって訳ね」

「そうとも」


役に立たないと思われた第三条の後半の文が、ここで効いてくるのだ。


「とはいえ、やっぱり色々と不足している文ではあるけどね」

「そうね~」

「そうですね」


これには全会一致で賛成だった。





「そういや、ノヴァのおかげで勝ったとは言っていたけれど、どうやって死女神に勝ったんだ?」


三杯目くらいのお茶を飲み干したところで、僕はそう尋ねた。

二杯目を飲んでいたあたりに、メドナから魔女の夜会・第二夜の内容と結末について聞いたのだが、どのようにして決着をつけたのかは聞いていなかった。


メドナは僕におかわりはどうかと勧めてきたが、断った。お腹タポンタポン。


「うーん、そうですね。実はよく分からなかったのです」

「へぇ?」


分からない、か。まぁ闇鍋に合うような魔法なんて思い浮かばないしな。味覚をいじるような魔法だったら見た感じじゃ分からないよな。


なんて考えていると、予想もしない事を投げかけられた。


「坊ちゃま、宇宙って知っています?」

「……え、宇宙?」


思わず聞き返してしまった。いや、だって、脈絡なかったし。


「ウチュー?」


ほら、シェーナも困惑しているよ。多分聞いたこともなかったんじゃないかな?


「ウチュー……シチューの親戚かしら?」


これ絶対聞いたことないよ。シェーナ初めて聞いたよ。小ボケするような性格じゃないからねシェーナは。


「ノヴァ様は自身の魔法を宇宙の神秘と言っておりました」

「は、はぁ。神秘ねぇ」


宇宙の神秘がテーマの魔法って、聞いたことないなぁ。

そもそもこの異世界は、宇宙に関しては元の世界より馴染みが薄い。宇宙に出る手段がないようなのだ。スペースシャトルとかある訳ないしな。


星とか月とか、太陽がテーマの魔法なら知っている。けど、宇宙そのものをテーマにしている魔法を僕は知らない。あの魔法大全にも載っていない。あの何でも屋みたいな魔法大全がだ。


そんな宇宙に合わせて神秘か。もちろんと言うか、神秘がテーマの魔法も知らない。


一体なんなんだ……宇宙の神秘。


「すごい魔法でしたよ。あんなゲテモノ、平気な顔でどんどん食べちゃうんですから」

「ゲテモノって言い方どうなの?」

「本当に、そう呼ぶに相応しい鍋だったのですよ……」


そう言って、翳りのある表情を見せるメドナ。


一体なんなんだ……闇鍋。いや闇鍋については知っているけど。


「でもでも、楽しそうよね~。今度やってみたいわ」

「そうですね。この中の最低一人は命を失うことになりますが?」

「そんなに!?」

「最高で三人消えます」

「全滅!?」


そ、そんな過酷だっけ闇鍋って。元の世界に住んでいた頃に友達とやったことあるけど、さすがに死ぬまではいかなかったぞ? 精々マズイって言う程度で食べられない訳ではなかったし。運が良かっただけなのか?


くぅ……なんなんだよ闇鍋って! あと宇宙の神秘!

こりゃあ、今夜は眠れない夜になりそうだ。


「申し訳ありません坊ちゃま。ノヴァ様の『宇宙の神秘』と言う魔法については見ていてもさっぱり分かりませんでした。使えないメイドで申し訳ありません」

「ああ、いや。そんな謝らないでよ。大丈夫だからさ」


深く首を垂れるメドナに、頭を上げるよう声をかけつつ、思考する。


そういや、僕も一応ノヴァの魔法は見ているんだった。水が欲しいって言っていた時、寸止めするつもりで水の首狩りを発動させて投げた。

しかし、寸止めの位置に届く前に、魔法が突然消え去った。僕自身魔法をキャンセルさせた覚えはない。


もしかしたら、あの現象こそ宇宙の神秘と関係があるのかもしれない。もう一度、今度はゆっくり観察させてもらえれば分かるかもしれない。

とは言え、僕から聖女に接触する訳にはいかない。今後のメドナの情報から推理していくしかないようだ。


「よし。報告会はこの辺で終わりにするか」

「じゃあ反省会だね~」


シェーナの言葉を聞いて、意識を切り替える。

五日目の結果はよく分かった。後は今日の反省をして、今後の方策を練る。


まぁ、僕とメドナは相変わらずそれぞれの組織にて情報収集だから、メインは監視者に狙われているシェーナをどう守るか、だよな。

明日は魔女の夜会がないから、メドナが護衛としてシェーナにつくことになりそうだけど。



僕ら愛の羽の夜は、まだまだ終わらない。





「それじゃ、おやすみ」

「エーリ坊ちゃま、おやすみなさい」

「おやすみ~」


僕らの夜が終わり、二人の仲間を寮まで送った。今はその帰り道。

石が敷き詰められた道を歩く。元の世界の道路とはいかないが、それなりに平らで砂利道より歩きやすい。

道の左右にはレンガ調――と言うかまんまレンガでできたタイルの建築物が立ち並ぶ。ここら辺の建物は全部、学生専用の寮だ。


男子寮と女子寮は離れている。そもそも僕はレベル8ヴィチェレ専用高級男子寮。同じレベル8ヴィチェレ専用高級女子寮だと、徒歩十分(強化魔法あり)くらいの位置にあるんだけど、メドナはレベル1バローネ専用女子寮でかなり距離がある。ぶっちゃけ遠い。


かと言って、か弱い女子二人を送ってやらないなんて、男子としてどうかと思う。そもそも僕は彼女たちより精神的に成熟しているのだし、このくらい当然のことよ。


特にシェーナは今日目立ってしまったからな。監視者がいつ見ているとは限らない。

一応、何かあったら何か合図になるような魔法を、空中に打ち上げるよう二人には言っておいてあるけれど、不安が消えることはない。


せめて送るくらいはさせて欲しい。それが僕に出来る不安の緩和法だ。


「(本当は四六時中一緒にいるべきなんだろうけど)」


当たり前だけど、女子寮は男子禁制だ。見つかったら即退学という厳しい処分が下されるらしい。

僕の隠密セットならバレる可能性は低いけれど、もしかしたら幻想魔法を見破るすごい奴がいるかもしれない。リスクが高すぎる。


まぁ、バローネの寮とはいえ、施錠に関してはしっかりしているようだし、女子寮を信頼するしかないようだ。


そんなやましくない気持ちでの護衛を考えていると、ふと気配を感じた。

実は今、僕は強化魔法を自身にかけている状態だ。夜道は何かと危険だから、二人を送る時はいつもかけているのだが。


低級・強化魔法・『ザ・シックス』。第六感と呼ばれる五感以外の心の働きを強化してくれる魔法だ。

こういうのはワーグ族が優れているらしいけど、生憎僕はヒューマン族。多少エルフ族の血が流れているのかもしれないけどね。


とにかく、今の僕は武道の達人よろしく周囲の生き物の気配を微かに感じ取れる。

いる……今僕を見ている奴が……そばにいる。


「(位置的に建物の屋上にでもいるのか?)」


自分より上の方で、身動きせずにジッと僕を見つめているっぽい。その目的は一体?


「(ふっ、誰だか知らんが……面白い!)」


ぽきぽきと指を鳴らし、首を鳴らす。

最近、なにかと失敗続きで鬱憤溜まっちまってんだよねぇ……。相手が何のつもりで僕を観察しているのか分からないけれど、丁度いい。


「吹っ飛べやぁッ!」


僕は右手に空気を集め、上目がけて――



「わぁーっ! ストップ! ストップゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」



間抜けな叫び声と共に、上から何かが下りてきた。バッサバッサと羽を大きく羽ばたかせている。

その姿は見たことのある者だった。


「おらだよ! ゲンジだよー!」


ゲンジューヤ・スウダリことゲンジだった。





「中央棟で解散した後、おら調べてみたんよ、影の魔法についてさ。図書館使って」

「ほう、それはどうもありがとう」

「いえいえ。……そんでその結果伝えるためにエーリんち行ったら、鍵かかってて入れないんだ」

「まぁ、当たり前だ。キミとリューイとヤスラが無断で風呂入っていた日から、施錠はしっかりしているし」

「ドンドン叩いても応答なかったから、メドナちゃんとこいるのかなって」

「妥当な考えだね」

「空飛んで捜していたら、運よくエーリが歩いているのを見かけたんだ。何か考えながら歩いている様子だったから、つい魔が差して……」

「驚かそうとでも企んでいたの?」

「その通り! 隠れて機をうがかっていたのさ!」

「はぁ……」


僕はため息を吐きつつ、ゲンジの顔を見た。満面の笑みである。

ちょっと憎らしいが、僕の為に行動してくれた友人に何を言えようか。僕は再びありがとうと感謝の意を述べた。

するとゲンジは、この程度どうってことねーよ、と再び破顔した。


「本当に鍵はバッチリだったよ。中に入れんかった」

「だろうね」


じゃなきゃ鍵の意味ないしな。でも、これで少しは女子寮の鍵も信頼できるか。


「今帰り? 家まで送るぜ? 空の道だけど」

「……頼んだ」

「おっしゃ。任せな!」


夜の寒空の中、ゲンジは僕を抱えて飛行する。すいすいと水を泳ぐ魚のように、快適に空を泳ぐ。

やはり、空を飛ぶというのは気持ちいい。それは自力でも他力でも同じことだ。

白い息を置き去りに、眼下に広がる異世界チックな光景を眺めていると、あっという間に僕の住む寮が前方に見えてきた。

さすがはハーピー族と言うべきか、飛行能力は抜群のようだ。


そういや、と僕は気になったことを尋ねた。


「ピサスはどうした? ピサスいなきゃ行動できないんじゃ?」


スパイと発覚してから、ゲンジはピサス監視下じゃないと行動できなかったはず。いつもゲンジの側にはピサスがいたし、コンビのような印象がある。


ゲンジはあー、と言ってくちばしであるものを指した。それは今、僕を抱えている右腕の手首だった。

よく見ると、魔法式が書き込まれているようだ。腕輪のように、この世界の文字が一周して書かれている。


「さすがに四六時中監視とはいかないだろ? とは言え、目を離すにはまだ危険なんだと。だから、そのための制限がこれさ」

「何か……見たことある式だな」


式を見て、僕も似たようなものを使ったことがあると思った。文字と並びから、洗脳系の魔法っぽいけど。


「なんか、神帝の情報を漏らすと意識を失うらしい」

「へぇ、そんな便利なもんがあるんだ」

「一日くらいしかもたないらしいけどな」


なるほど、見たことあると思ったのは、上級魔法の心の巣ハートライフに似ていたからか。効果が似ていりゃ式も似るだろうしな。


「それで、影の魔法について何が分かったんだ?」

「ああ、それが……」


僕の為にわざわざ調べ、こんな夜遅くに僕に教えに来てくれたようだし、ありがたく厚意に甘えよう。そう思って尋ねてみたが、


「……あ」


何故だか、雲行きが怪しい。右手だけで僕を抱え、左手で懐をいじり、急に顔を曇らせるゲンジ。


「どうした?」

「……影の魔法について書いた巻物、どっかに落としたみたいだ」

「あらら」


とりあえず、近くの建物の屋根に下り、じっくりと懐を探したのだが……見つからなかった。


「多分、おらの部屋だ。書いてそのまま置いてきちゃったんかな」

「ったく、ハンカチちり紙巻物は家を出る前に確認しないと」

「なんだそのラインナップは」


元の世界じゃ、ハンカチちり紙は小学生の頃に必需品として親に持たされたもんだ。玄関での厳しいチェックは今でも思い出す。


あぁ、そういや――



『エーリ、ハンカチーフ指輪巻物は持ちましたか?』

『巻物にはヒーリングの魔方陣が書かれているわ。何か怪我を負った時使いなさい』

『気を付けて遊びに行くのですよ』

『行ってらっしゃい!』



父のディーベと母のロベラとも、そんなやり取りしたっけ。

……懐かしいな。


「悪いなエーリ。取りに戻るから先帰っててくれ。できれば部屋を暖めてくれているとありがたい」

「何様だよ」


ゲンジは僕を屋根から下ろし、再び空を飛んで行った。去り際、両目でウインクを残して。

意外と難しいよな、ウインクって。


それから、僕はウインクを練習しながら歩いたせいか、結構時間をかけて自分の部屋の前へたどり着いた。

ドアノブに触れた途端、自身へかかっていた魔法が全て消え去る。魔法無効石の効果だ。

まぁ、『魔力認証』の邪魔にならない様、消しておかないと鍵開けられないからな。


基本的に、寮の部屋には指紋認証にも似た、魔力認証が備えられている。これは特定の魔力に反応する『限定魔力石』に、魔力を注いで反応するように登録し、その石を使って作られた鍵穴カバーのことを指す。


鍵穴の前を完全に覆っているカバーを外すには、部屋の主の魔力が必要で、魔力を注ぐことでカバーが外れ鍵穴が出現する。そこへ普通の鍵を差し込み、部屋へ入る。部屋の中に入り、内鍵を閉めれば籠城の完成だ。


この一連の流れが、この世界の防犯であり施錠だった。


中に籠ってしまえば、魔法無効石によって外部からの干渉を防ぐことができる。もしかしたらフィレ先輩は、今も部屋に籠っているのかもしれない。


「(考えたところで、それを試すための力はない訳だけどね)」


さて、ゲンジが来る前に軽く掃除を――



「……暗き闇に落ちろ」



突如、僕の体がガクッと落ちた。底なし沼のような、真っ暗な水たまりに下半身が埋まっていたのだ。

そして、


「影の縛りだ」


その水たまりから、無数の黒い鎖が飛び出し、僕の体中に巻きつき縛った。

ここまで、一瞬の出来事だった。驚く声を上げる間もなく、水たまりは消え、気が付いたら僕は床へ転がっていた。


「……」


全身に鎖が巻きつき、身動きが取れない僕の目の前に、真っ黒な影。

シェーナを襲った、例の影だ。


「お前……僕を狙うとはいい度胸だ――な?」


この時、僕の心は恐れや不安よりも、焦りが勝った。放課後は逃がしてしまった監視者に繋がる影を、ここでも逃がす訳にはいかないと、バカながらそう思った。思ってしまった。

あらゆる疑問を捨てて、今ここにいる敵に執着してしまった。


だから、いつものように脳内で魔方陣を浮かべ、指輪を通して魔力を――


「あ? な、え?」


魔力が……通らない?


「く、あ? な、なんで!? なんでッ!」

「……」


魔力が流れていかない! 無効化とかそういうのじゃない! なんていうか、魔力そのものが最初からなかったような、そんな感覚!


「緩やかに眠れ」

「がッ!」


影が声を出した途端、全身に激痛が走った。

それはモデの毒よりも弱いが、確実に気絶に陥るような、衝撃的痛み。体力がどんどんと削られていく。

原因は鎖か? ……ダメだ、きつく絡んでいて抜け出せない!


このままじゃ……やられる。ここでようやく、僕は冷静になった。



恐怖を、覚えた。



「あ、うわ、あ、ガアアアアアアアアアアアアア!」

「!?」


気絶する前に、全力で吠えて、身体を曲げて全力で机を蹴り上げた。

机は影には当たらず、明後日の方向へ飛んでいく。


それでいい。僕の目的は、影に攻撃することじゃない。


パリイイイイイイン! と音が鳴り響いた。机が、ベランダへと通じる窓へぶつかったからだ。

これで、外部からの干渉を許すことができる。


「……チィッ!」


影は焦ったようで、右手を鎌のように尖らせ、僕に襲い掛かってきた。首でも刈り取るつもりだろうか。


ああ、危なかった。



「エエエエエエエエエエリイイイイイイイイイイイイ!!!」



直前にゲンジと会えていて、本当に良かったなぁ。


「てめぇ! 何者だ!」

「……」


疾風の如く、割れた窓から突っ込んできたのはハーピー族のゲンジ。鎌のような右手を吹き飛ばし、ゲンジが僕を守るように影と対峙する。


その背中、なんと頼もしいことか。


「……」


数秒睨み合い、やがて影は無数に分裂し、部屋から去って行った。

追いかけようとも思ったが、僕の体に巻きついた鎖がそれを許してくれることもなく、ゲンジは僕の事が心配で追いかけることも出来ず、黙って見送るしかなかった。


「大丈夫かエーリ!」

「大丈夫では……ないかな。なんか、すっげぇ、疲れて」

「この鎖……生命力を吸っているのか。それと魔力を封印している!」


ゲンジが必死な顔で僕を介抱する。

その姿を見ながら、僕はゆっくりと、闇へ落ちていった。



僕らの夜は、まだまだ終わらない――

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