第五十話 第二夜 魔宴 後編 <五日目>
・前編より文量があります。
~前回のあらすじ~
闇鍋パーティの始まり!
………………<メドナ>
「魔宴と言う儀式はですね、簡単に言うと闇鍋です! 容器に入れたい食べ物を暗闇ちゃんに言い、暗闇ちゃんがそれを魔女魔法にて召喚しちゃいます! ほとんどの食べ物が召喚可能らしいので、遠慮せずに言ってくださいね~!」
「なんでも、とは言っているが、『食べられる生き物』を言うのだぞ。それと『フォークで刺せる食べ物』だ。液体はジャッジが難しいからな。あとは『公序良俗に適した食べ物』を選ぶこと。人肉とか人の腸とか、そういうのは個人で楽しんでくれ。ま、そういう嗜好、嫌いじゃないがな……くふふふふ」
「こうして召喚された食べ物を、会場の明かりをぜぇ~んぶ消すので、そのタイミングで投入してくださぁ~い!」
「容器にはあらかじめ塩スープを入れ煮込んでおくから、味が付かないという事態には陥らないだろうさ。かと言って、食べ物の味が塩だけになるような事態にならないよう、調整して入れてあるから感謝しろよ?」
「全員分投入したところで蓋をして、数十分煮込みますぅ! この間ガールズトークでもピロートークでもいいので適当に話していてくださいな! そんな感じでなんやかんや時間をつぶし、十分煮込めたところで、再び明かりを消します! そしてここからが戦いです!」
「戦乙女と聖女のメンバー一人一人交互に食べてもらう。例えば、最初に聖天使が食べたなら、次は死女神、その次は結露……といった感じだ。明かりは参加者の顔だけ照らすようにするから、普通に闇鍋をするなら容器に入った食べ物は選べないと言っておこうか。……ちなみに、司会の我らは顔だけでなく全身を照らさせてもらう。六人の顔だけ浮かび上がっていてもヴィジュアル的に不気味だしな」
「『口に入れ、十回噛み、飲み込む』ことをもって『食べた』ということにします! 無事食べることができたら次の人へ。食べられずに途中で吐いたり、すぐ飲み込んだりしたら失格でぇ~す!」
「これは投入した食べ物がなくなるまで行う。六人いるから六回だな。なくなったところでまた我に入れたい食べ物を言う。二週目に突入というわけだ」
「こうして周回を重ねていき、最後の一人になるまで行います! 最後の一人になった時点で、その人の所属する集団の勝利となります! ……こんなもんですかね」
「ああ、特に魔法を使っちゃダメとかいうルールはないが、相手を攻撃する魔法は禁止だ。食事は皆で仲良く食べましょう、だ」
「ちゃんと言うなら、一つ、相手に対する攻撃の一切を禁ずる。二つ、代表者以外の参加を禁ずる。三つ、魔法を使用すること自体は認める。です!」
指定された席に座り、暗闇の魔女と蒼海の魔女の説明を皆で聞いております。席については、右隣がノヴァ様で、左隣がラージャ様。対面がフレンシア様で、わたしから見て左端がツァーチ様、右端がローニャ様となっております。
魔宴自体は闇鍋と言われる料理法なので、聞いたことのあるような説明でしたが、お二人の話の中で大切なことが数点ありますね。
魔宴についての注意点をまとめると、
・固形の食べ物を入れること。
・常識的な判断で食べられる物を選ぶこと。
・口に入れて十回よく噛んで飲み込むこと。
・相手への攻撃禁止。
・助っ人禁止。
・魔法は使ってもいい。
要するにこういうことですよね。とりあえず、魔法による妨害勝負にならなくてよかったです。きっとわたしこの中じゃ最弱でしょうし……はぁ。
おっと、これから戦いというのに気分を落ち込ませてはいけませんね。やります、わたしはやります!
拳を力強く握り、己を鼓舞していると、司会のお二人が円テーブルの側に小さなテーブルと椅子を設置し始めました。実況席ということでしょう。
「前回同様、良識のある行動をお願いしまぁ~す!」
「それでは儀式を始めようではないか。地獄の虐殺儀式をな……くふふふふ!」
負けられない戦い、第二夜・魔宴の開幕です!
早速、食べ物選びに移ります。
今回は魔宴について事前に練習済みですので、特に悩むこともなく、わたしは『活きたマンドラゴラ』を渡された紙へ書き、召喚してもらうことにしました。
マンドラゴラとは、緑色の大きな葉を数枚生やし、足が付いていて歩く茶色い球根のことを一般的に指します。知性はなく、自分より小さい虫が近づくと本能で襲いかかる植物で、観賞用に飼われることもあります。
確か、いつも愛の羽が作戦会議をする賢者棟の応接室にも、観賞用マンドラゴラがありました。しかし、わたしが召喚してもらうのは観賞用ではなく、食肉用なのです。それもピッチピチに活きたものをです。
このマンドラゴラ、薬作りに欠かせない材料であり、精力増強や精神向上の効果をもたらすと言われております。特に活きた状態のマンドラゴラは最高の材料であると聞いたことがあります。魔女にはお馴染みの材料でもありますね。
何故、わたしが数ある食べ物の中でマンドラゴラを選択したのか。正直に言って、この食べ物は様子見のつもりで選びました。食べても毒になるようなことはなく、自分へきても味方へきても安心できます。
それに今回の儀式はルールによって、魔法の使用を禁止されていないので、自分の入れた食材を自分で引き当てることが一応可能です。先程、暗闇の魔女は『普通に闇鍋をするなら容器に入った食べ物は選べない』と言っておりましたが、ここで捻くれた考え方をすると、『普通ではなく魔法という異常を利用するならば、容器に入った食べ物は選べる』と解釈できるのです。
言わばこの食材は安全牌。闇鍋の中のラッキー食材なのです!
まだ一週目なのですから、積極的に仕掛けに行かなくてもいいでしょう。きっと、ノヴァ様とラージャ様も練習通りに安全な食べ物を選んでいるはずです。そうなれば六つの食材の内の三つが安全に選べるということになります。
そう考え、わたしは何気なく左右を見渡しました。
「うっふっふ! これを食らって死ぬがいいです……最後の晩餐にしてやるです」
「要するに食べ物であればいいのです。食べられるものならば!」
……え、ええええええええええええ!? なんかすっごく不気味で不穏なんですが!? お二人とも恐ろしいこと呟いていますけど!?
練習ではお二人ともケーキや餃子といった一般的な食材を入れていたのですが……一体何を投入するつもりなのでしょう? 計画にない行動は止めて欲しいのですが!
わたしは自身へ突然生じた不安をかき消すために、お二人へ意味深長な呟きについて問い質そうとしました。もしかしたら、相手を怖がらせるだけのダミー発言かもしれませんし、聞いてみないことには分からないと思ったからです。
しかし、ここで紙は回収され、召喚へと移ってしまい、タイミングを逃してしまいました。
ま、まさかお二人とも、地雷食材を選ぶなんてことしていませんよね……? わたしは信じていますからね?
暗闇の魔女が全員分の紙を回収し、一枚一枚確認していきます。すると、
「……く、くふ。くふふふふふふふふふふふふ!」
と暗闇の魔女が不気味な声で笑い始めました。それはこの世に生きる者が発したとは思えない、背筋がゾッとするような邪悪な笑い声でした。
……あの、本当に公序良俗に適している食材が書かれているのですよね……?
ひとしきり一人で笑った後、暗闇の魔女は大仰な杖を宙に出現させ、召喚を始めました。まだ会場の明かりが点いている状態なので、何が召喚させるか見えてしまうのではないかと心配しましたが、召喚された食べ物は黒い靄に覆われており、臭いもせず無臭だったため、その食材がなんなのか分かってしまうという事態には陥りませんでした。
一瞬、黒い靄自体が食べ物ではないかという恐怖で心の底から怯えましたが、黒い靄が六つ召喚されたところで安心に変わりました。だって、六つの中にはわたしの選んだ無害なマンドラゴラがあるはずですから。黒い靄は食材を分からなくするための仕様なのでしょう、きっと。
さて、無事召喚が済み、わたしが一安心したところで、黒い靄に包まれた食材が代表者それぞれの目の前に置かれました。
興味本位から触れてみると、スベスベとしていて適度に柔らかい葉のような感触を覚えました。どうやら、ちゃんとマンドラゴラのようです。
「それでは全員に渡ったところで、照明オ~フ!」
蒼海の魔女の掛け声と共に、会場が真っ暗闇に包まれました。同時に、わたしたち代表者の胸の辺りから頭の先までがぼんやりと照らされ始めます。
なんだか、アルンティーネ家で暮らしていた頃に、エーリ坊ちゃまとラズ様とガラト様の四人で、暗い部屋で怪談ごっこをしたことを思い出しました。火の付いたロウソクを囲むようにして一人一人怖い話をしていく遊びだったのですが、あの時は生きた心地がしませんでしたね……。
そんな昔の思い出に浸っている間も、儀式は進行していきます。食材投入の合図が出され、わたし達は自分の選んだ食材を容器に一斉に入れます。
ボンッ!
「ちょっと!? 今容器から爆発音したわよ!?」
「ぎゃーっ! 何が入ったですか~っ!」
「あ、あははは。わたしすっごい帰りたくなっちゃったよー」
……。
「メドナ。無言で逃げようとしてはダメですよ?」
「いやだってラージャ様。これ食べたらきっと死にますよ?」
「多分大丈夫ですよ。暗闇の魔女がオーケーを出しているのですから。……多分」
最後に自信のない『多分』と言う言葉を聞き、不安が加速したのですが。
「わーわー喚くな。儀式とはいえこれは食事だぞ? 静かに瞑想しながら出来上がりを待つのが礼儀だ」
「……ローニャはハート強いねぇ」
「ハート強いっていうか、ぶっ飛んでないかしら?」
六人の中でただ一人、ローニャ様だけは冷静でした。戦乙女という大きな集団を率いているだけありますね。腕を組み、ジッと容器を見ている姿は謎の圧迫感がありますね。
「よ~し! 全員分投入終わりましたので、今から十分程度煮ます! ナマモノが入っている可能性がありますからね。よ~く煮て、食材の味をひき出しちゃいましょう!」
「うむ、それがいいだろう。まぁ煮ている間、手持無沙汰タイムに突入というわけだ。適当に待っているがいい」
司会二人の言葉を聞いて、少しだけリラックスをすることにしました。座り姿勢を若干楽にし、足を伸ばします。固まった身体がポキポキ鳴ります。
……そうだ。折角ですし、ノヴァ様に聞きたいと思っていたことを聞いておきましょうか。
それは、先程容器に入れてしまった謎の食材についてではなく、その前から疑問に思っていることです。
「ノヴァ様、お聞きしたいことがあるのですが」
「ん? なんです?」
「どうして、戦乙女が魔宴を選ぶと予想できたのですか?」
わたしはずっとこのことが気になっていました。
魔女の夜会で行われる儀式は全部で相当な数に値する。しかし、その中からノヴァ様は見事魔宴という儀式を選ぶことが出来た。
ただの勘とは、到底思えません。
わたしは真剣な表情で、ノヴァ様が答えてくれるのを待っていると、ノヴァ様も真面目な顔になって答えてくれました。
「宇宙って、知っているです?」
「宇宙……ですか。それはこの世界の外に存在する未知の空間のことですよね」
「そうです。それです」
宇宙という単語はあるものの、未だかつてそれを見たものは皆無と言われております。何故なら、この世界の外に出たことがある人がいないからです。
世界と宇宙の間には見えない魔力の壁があり、どんな魔法を使っても通過することができないと言われております。現に、誰も通過できておりません。
だから、この世界がどのようになっているのか、全貌を知ることが出来ていないのです。
それにしても、何故このタイミングで宇宙の話を?
「考えてみるとおかしいです。宇宙に行ったことがないのに、この世界には宇宙という単語が定着しているです」
「それは……確かにそうですが、行っていないからといって、宇宙という名前が付けられないということにはならないのではないですか? 天国という言葉が定着していますが、実際そこに行った人はいないのですから」
「むむーっ。そう言われると反論できないですね」
あははと苦笑いを浮かべるノヴァ様。わたしにはまだ、ノヴァ様の話したいことを察することが出来ません。
「メドナたんの言う通り、未知を踏破しなくても言葉というのは定着するです。でも、ノヴァは宇宙に違和感を覚えるです」
「違和感?」
「です」
そう言って、ノヴァ様は顔をしかめました。何か思い出したいのに思い出せない……そういう風に頭を悩ませているようです。
「ノヴァは知っているのです。宇宙を」
「……え?」
わたしは思わず言葉を失いました。
宇宙を知っている? 今までの歴史で行ったことのある人なんていないはずなのに。
「宇宙はすごく綺麗です! 色々な星が輝き、瞬いて……。地球は青く美しいです」
「……『ちきゅう』?」
「この世界のことですよ。この世界――ノヴァ達のいるこの惑星は地球と言うです。大地の地に、球と書くです」
ノヴァ様から与えられた情報を基に、ちきゅうという漢字を思い浮かべます。
地球……こうでしょうか。
「この世界はすっごくごちゃごちゃしてるです。色んな文化が混ざり合い、一つになっている」
「……そうでしょうか? 他の国に行ったらその国なりの文化があるのではないですか?」
「それはそうです。文化は日々進化しますから。ノヴァが言っているのは、もっと大きなことですよ」
「? 大きな?」
話が理解できず、とうとう思考放棄してしまいました。そんなわたしに対し、ノヴァ様は再び苦笑します。
「話が逸れたですね。要するに、ノヴァは宇宙を知っていて、その宇宙の力で今日の儀式が魔宴じゃないかと予測できたのです」
「宇宙すごいですね!?」
「です! ノヴァの魔法は宇宙の神秘なのです!」
とても楽しそうに笑うノヴァ様。しかし、ふと見せる表情には、憂いが含まれているような気がしました。
結局、よく分からないまま、煮る時間が終了しました。
ここからいよいよ実食です。ノヴァ様の言っていたことが気になりますが、気持ちを切り替えて儀式に臨むとしましょう。
いずれ、ノヴァ様の言っていたことが理解できるといいなぁ……。
食べる順番は、フレンシア様、ラージャ様、ツァーチ様、わたし、ローニャ様、ノヴァ様となりました。これは暗闇の魔女がなんとなく決めた順番ですが、皆異論はなくすんなり決まりました。
「食う順番なんて関係ない。あたしはただ、容器の中にある食べ物を食べるだけだ」
こう言ったのは、今日も派手なフリフリドレスに身を包んでいるローニャ様です。
……ローニャ様、ちょっと達観し過ぎじゃありませんか? 格好とセリフがミスマッチです。
「ではでは! 準備が全て整いましたので、魔宴を開始いたしたいと思いますぅ!」
「さぁ、地獄の窯で裁かれた罪人を、思うがままに味わうといい!」
司会の方々の合図と共に、容器の蓋が開けられます。
その瞬間!
「「「!?」」」
円テーブル座っている皆が、同時に顔をしかめました。ツァーチ様は相変わらず顔がフードに隠れて窺い知れませんが、動作からしかめているのだろうと思いました。
かくいう私も、顔を歪ませずにはいられません!
何故なら、
「ぐ、く、くく、臭いですー!?」
「これ本当に食べ物の発する臭いなのでしょうか?」
「ひぃ~っ! なんなのよコレ!? なんなのよコレぇ~っ!?」
「……あー、マジで帰りたいなぁ」
「……」
とんでもない異臭が、嗅覚を襲ったのです。あえて例えるならば、肥溜めと死臭と腐臭と、人のかくありとあらゆる汗と、くさやを混ぜたような香りでしょうか。あと何故か鉄臭い血の臭いも感じるのですが……?
思い思いの感想を吐き出し、目を背けたくなる現実で意識を保とうとする代表者達。ちなみにわたしは、逆に無言になって意識をなくさないよう頑張って耐えております。
そして、遂にあの人まで、
「……はは、まったく。これ間違っているだろう。家畜用の食べ物をあたし達に出してはいかんぞ? さぁ、魔宴を仕切りなおしていこうじゃないか」
あの大物であるローニャ様でさえ、現実逃避に走ってしまいました。それ程までに、容器から溢れている臭いは、強烈で鮮烈で激烈だったのです。
この発言によって、代表者達の間で心の一致団結が行われました。目指すは一つ、『仕切り直し』です。
「そうです! やり直すです!」
「今回ばかりはジェノーヴァに賛成ね! あたい達には一度冷静になる時間が必要だと思うわ!」
「それがいいねぇ。戦乙女、聖女共に同意見っぽいしねぇ。じゃあ司会の二人、新しい容――」
「食え」
「……え?」
しかし、そう甘くないのが人生。暗闇の魔女は残虐そうな笑みを浮かべて、
「食え」
ただ一言、そう言って沈黙しました。
「「「………………………………………………………………」」」
……やるしか、ないようです。わたし達には食べる以外の道は、存在していないのです。
「だ、だあああああああ! っく! や、やややってやろうじゃないの!」
逃れられない空気に、トップバッターのフレンシア様が雄叫びを上げてフォークを容器の中へ突っ込みました。
「ぎゃああああああああ! フォークの刺さった感触が気持ち悪いんですけど! ズポッて! 今ズポッていった!」
「……さよならフレンシア。わたしはきみのこと、一生忘れないよ!」
「怖いこと言ってんじゃないわよツァーチ! これくらいで……これくらいでぇっ!」
真っ青な顔中から汗を吹き出して怯えているフレンシア様は、勢いよくフォークを取り出しそのまま口へと運びました。勢いで乗り切ろうとしているようです。
しかし、現実は厳しいものなのです。
「ングング……あ、案外いけるじゃグハァッ!」
「吐血した!?」
口から血を吐き、顔を真っ青にしたままテーブルへ沈みました。
間違いなく、失格です。
「戦乙女の代表者、早くも一人脱落だな。まだ一週目だというのに……くふふふふ」
「笑い事じゃないよ!?」
普段人を茶化すような立場にいるツァーチ様がツッコミに回ってしまう程、現状は最悪でした。
「ではぁ、お次はラージャちゃん! どうぞぉ~!」
暗いムードの中、蒼海の魔女の陽気な声が木霊します。
人が血を吐いて気絶する様子を見せられていながらのこの発言。司会二人はかなりの鬼畜でありますね。
わたしは左隣のラージャ様へ小さく声をかけました。
「……生きて帰ってきてください」
「……こんなので……こんなので死ぬなんてことになったら口惜しいでしょうね。口だけに」
「あ、ちょっと上手いです!」
「そうですか。あはは」
「あははは」
「「……」」
あのクールなラージャ様がダジャレを言わなければいけない程、場は狂っておりました。
やがてラージャ様は恐る恐るフォークを入れ、おっかなびっくり何かを刺し、おずおずと口に入れました。
果たして……?
「おぼろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろ」
「ストレートに吐きました!?」
「ラージャたぁ~ん!!」
ラージャ様、失格。気絶者一人追加です。遺言は、『こんなので死ぬなんてことになったら口惜しいでしょうね。口だけに』。
「次はわたしか……」
「期待はしていないが頑張れ。骨は拾ってやる」
「飯食う前のセリフじゃあないよねぇ」
ラージャ様の次はツァーチ様です。容器を前に、彼女は礼儀正しく手を合わせて、小さくいただきますと呟きました。このような状況でも、命をいただくということを、ツァーチ様はちゃんと理解しているようです。わたしも見習いたいものです。
「それじゃ、食べるよー」
明かりによって、口元だけが上手く照らされており、誤魔化すことも出来ない状況で、ぱくっと、口の中に何かを放り込みました。
「もぐ、もぐ」
意外にも、一回、二回と噛んでいくツァーチ様。今まで散っていった人達と比べて、とても軽快に顎を動かします。それでも、普段物を噛む時より何倍も遅いですが。
「もぎゅ、もぎゅ」
これだけ噛んでいけるということは、もしかしたら、わたしの入れたマンドラゴラをひかれたのかもしれません。だとすると、これは突破されてしまうでしょうか。
「もきゅっ、もきゅっ……うむ、非常に美味であるな」
ん? あれ?
「もっきゅん! 一度噛むたびに溢れる○○○! ああ、これこそ吾輩が常日頃から求めていたゆまえんぃにがさあおぷいぃ!!!!!!」
「壊れたです!?」
六回目くらい噛んだあたりから、変なキャラクターになって、七回目で完全に崩壊してしまったツァーチ様。
「えろああ? ぶあぅるるぅ! いうぇそぽきゆうーえだがったさぁ!」
「くっ、しっかりしろツァーチ! 暗闇!」
「ああ、これはマズイな。ドクターストップだ」
ツァーチ様、自我崩壊を起こし失格。今まで一番酷い症状かもしれません。
「うぅあぽしぃおおおおおおおおお! むぅれぎゅらさああああああああ!」
……今まで鍋をつついた者で、生き残った者はいません。そんな状況で、
「それじゃー次はメドナちゃん!」
わたしの番がとうとうきてしまいました。一生こなくてもいいのに。
ちらりと、ノヴァ様の方に目を向けると、ノヴァ様はサムズアップをして、
「頑張るです!」
とエールを送ってくれました。うぅ、頑張るしか、ないようです……。
ごくりと、生唾を飲み込み、銀のフォークを手に取ります。恐怖で微震しておりますが、気にしても直ることがないのでそのままで。
魔法を使ってもいい、とのことでしたが、わたしは料理を美味しくするような魔法や、味覚を騙す魔法を知りません。
そう、産まれた時から持つ自分の舌で、処理しなければならないのです!
「(エーリ坊ちゃま……どうかわたしに力を……)」
わたしにとっての神への祈りを済ませ、わたしもツァーチ様のように手を合わせて数秒瞑想し、
「いただきます」
合図と共にフォークを入れ、悍ましい何かを刺し、口に入れ――
「……た、食べないでぇ」
「!? きゃああああああああああ! 食べ物が喋ったあああああああああああああああ!?」
口に入れることが出来ず、つい放り投げてしまいました。何かが刺さったフォークは宙を舞い、暗闇の会場のどこかへ落ちました。
その時聞こえた、『おっ、落ちる! ひぃぃぃっ!』という小さな悲鳴を、わたしは聞き逃しませんでした。
「何食わせるつもりですか!? あれ生きてますよ! 食べないでとか人語喋りましたよ!?」
「いや、我らに言われても……」
「入れたのは皆さんの中の誰かじゃないですか~」
それはそうでしょうけど……確かに生き物でしたが……でしたが。完全に知能のある生き物でしたよね?
さ、さすがに食べないでって言ってくる生物を食べることなんてできませんよ。
「食べるのを放棄したから、灰被りも失格だな。くふふふ」
「そう、ですね……」
食べることができないという自分の愚かな思考によって、わたしは失格となりました。失格と言われてから、わたしは正気に返り、何をしてしまったんだと後悔しました。
わたしが唯一、聖女のために頑張れるチャンスだったかもしれないのに、それを投げ捨ててしまったのです。頑張って理性を押し殺し、食べるべきだったのです。
ごめんなさい坊ちゃま。わたしはダメなメイドです。あれだけ頑張るとか絶対勝つとか言っておきながら、結局口だけでした。今日から口だけメイドと呼んでくださっても構いません。ああ、わたしは本当に最低なメイドです……。
そして、
「ごめんなさいノヴァ様。わたし、失格になってしまいました……」
聖女の皆様に顔向けできません。身体を張って食べようとしたラージャ様と比べて、わたしは口に入れてすらいません。結局、わたしが加入しても勝つことなんて……。
「大丈夫です、メドナたん。気にしなくていいです」
わたしが落ち込んでいると、ノヴァ様がわたしの頭を撫でてくれました。その優しい手つきに、わたしは思わず甘えてしまいそうになりました。
しかし、違うのです。わたしは慰めて欲しくて落ち込んでいるのではありません。本当に、自分に対して嫌悪しているのです。何もできていない自分が、酷く惨めで情けないのです。
「……ありがとう、ございます」
こんな反応、ノヴァ様に失礼だろうと思いはするのですが、わたしは顔を伏せたまま、心のこもっていないお礼を言うことしかできませんでした。
「(最低だ、わたし)」
すっかり心が廃れてしまったわたしには、もはや祈ることしか許されていませんでした。
今のところ、お互い生き残っているのはノヴァ様、ローニャ様の一人ずつで引き分けです。つまり、この後順番が回ってくるローニャ様が脱落したら自動的にノヴァ様が生き残ります。そうなると、聖女の勝利ということになるのです。
相手への攻撃が禁止されているこの状況で、ローニャ様が失格になってくれるのを祈りましょう――。
「うむ、食べたぞ」
しかし、祈りは届かずローニャ様は見事食べきったのです。まぁ、勝算があるからこの儀式を選択したのでしょうから、ここで失格になるのはおかしいですよね。
きっと、何らかの魔法を使用して食べるのを補助したのでしょう。明かりによって見えるのは胸から頭の上までなので、手に杖を持っていても見ることが出来ませんが、きっとそうなのでしょう。
引き分けという均衡は破られ、聖女は追いつめられる形となりました。ここでノヴァ様が食べられなければ、聖女はもう……。
「メドナたん。さっき話した宇宙の話、覚えているですか?」
わたしが諦め始めた時、ノヴァ様が急にそんなことを言いました。言葉には出さず、頷いて肯定します。
「宇宙はあらゆる神秘に溢れているです! 未知の物質、未知の現象、未知の法則! あらゆる可能性が眠っているのです!」
「可能性、ですか」
「です!」
ノヴァ様は豊満な胸を張り、誇らしげに言います。
「宇宙の神秘の一端を、少しだけ見せるですっ!」
その後のことです。
魔宴が五十週を迎えたところで、ローニャ様がお腹いっぱいになり失格。聖女が勝利しました。
「もう……食えん」
そう言ってグロッキーな様子のローニャ様と違って、ノヴァ様は、
「えへへへー。ノヴァはまだまだ余裕です!」
元気いっぱいで、本当に余裕綽々なようでした。飛び跳ねて喜び、ゲテモノを食べた後とは到底思えません。
……わたしはこの激戦を一生忘れないでしょう。ローニャ様にノヴァ様、二人の怪物の食べっぷりを、目にたっぷり焼き付けました。
それに比べて、わたしは。
「自分が役立たずだなんて思っちゃ駄目ですよ」
「!」
ノヴァ様が微笑みながら、わたしの前に立ちます。
「人は支え合って生きていくものです。役立たずな人なんていないです。常に誰かが誰かを支えているのです」
「……何もできていないわたしでもですか?」
「です!」
元気よく声を出し、再びわたしの頭を撫でるノヴァ様。
「メドナたんが見ていてくれたから、ノヴァは力を発揮できたです。そもそもメドナたんが聖女へ入ってくれなかったら、今日の勝利がなかったです」
「結果論ですよ、それ」
「いいんです! 結果論でもなんでも、メドナたんがいる今がジャスティス!」
「意味が分かりませんよ」
なんとなく、わたしは笑ってしまいました。そこでまた、頭を優しく撫でられます。
「一緒に、勝利を目指すです!」
「……はい」
こんなわたしでも、誰かを支えているのかもしれない。そう考えると、素直に甘えられそうな気がしました。




