第四話 メドナ 後編
前編より長いです。
~前回のあらすじ~
過去に触れた。
誕生パーティは大いに盛り上がっていた。
ロズー村出身で、他の国へ冒険に行った者の冒険譚が、貴族たちには好評だった。
貴族は立場的には最高だが、その国、街、村で生きていかなければいけないので、窮屈な人生を送る者も多いのだ。
だからこそ、自分の知らない国での冒険譚は心惹かれるものがあり、人気があるのだ。
パーティ会場と打って変わって、微かな物音しかしないくらい静かなエーリの部屋。
僕は一人、パーティ会場の様子を聞いていた。メドナにはちょっと寝るから一人にして欲しいと言って出て行ってもらった。
音魔法『サウンドスティール』は、遠くにある音を聴き取る魔法だ。盗聴器みたいな感じ。
しかし安心してくれたまえ。僕はこれを犯罪行為には一切使用していない。正当な理由あっての使用だ。今回のように、パーティ会場から追い出された僕が、パーティ会場の様子を探るために使用するのは犯罪じゃないだろう。だから犯罪行為に走りかけているお兄ちゃんを許しておくれ、陽鳴よ。
「(これも情報収集のためなのだ)」
貴族だらけのパーティとなれば、何か有益な情報を拾えるかもしれない。
例えば、ベリーチェのこととか。
「(なんせ『太陽の魔女』と呼ばれているらしいし)」
自称だけど。でも、あの魔法大全は本物だ。なんせ今まで使ってみた魔法は全部、魔法大全に載っていたものを使用しているからね。本の内容全部暗記しておいて良かった……。
そういや、もう喋れるから魔法陣を頭の中で浮かべて魔力を使う方法じゃなくてもいけるな。詠唱する機会もあるかもしれない。
まぁ、しばらく無詠唱スタイルでいくつもりだけど。無詠唱は楽だしカッコイイし!
「『そう言えばこの前、シュガーネさん家の娘さんが、ムチリーさん家の息子さんをまた泣かせたらしいそうよ』」
「『あらまぁ、やっぱり』」
「『お転婆よねぇ』」
またこの二人かよ。
この二人のおばさん、いいところの貴族の婦人らしい。前にロベラに聞いた。
それにしても、この盗聴器みたいな魔法は便利だ。遠距離だし、位置さえ特定してしまえば自由に使えるし。
ただ、ちょっと気になることがあった。前にも一度、家の中に誰かいるか探るために使ったのだが、その時ディーベの部屋の中を探ろうとしたら、魔法がキャンセルされたのだ。その後何度使ってもディーベの部屋の中まで魔法が使えなかった。
もしかしたら、こうした外部からの魔法を拒絶――無効化する魔法があるのかもしれないな。じゃなきゃ盗聴されまくりだろうし。
「冒険、かぁ……」
僕も冒険者の話を聞いて興味を持った。この世界にはまだまだ未踏の地がたくさんあるらしい。
そしてそういう土地にはまだ誰も知らない宝や魔法があるのだという。
いずれベリーチェを探すために冒険に出ることになるから、参考になりますわ。
「『こ、困ります』」
しばらく会場付近で情報収集していると、聞き覚えのある声が聞こえた。
その声の方に意識を集中する。
「『まぁまぁ、そういうことを言わないでおくれ、ね?』」
「『でも……っ!』」
「『いいから』」
男の声がして、二人の足音が離れていく。
「(……メドナ?)」
不穏な会話に、僕は部屋を飛び出した。
………………
それはパーティ会場での出来事でした。
わたしことメドナは、坊ちゃまがお休みなさるということで、部屋を出てパーティ会場に戻ってきておりました。
会場は邸宅内にある庭園を渡った先にあり、色取り取りの花でできたアーチを潜って行きます。
まず、目を惹かれるのは会場内の真正面に鎮座しているステンドグラスです。かの有名な伝説の魔法使いである『ドゥーレン・フォルティ』が描かれており、その姿やまさに神の使い。美しい色彩と輝きでドゥーレンを表現しているのです。この会場には何度も来ているわたしですが、来る度にこのステンドグラスに目を奪われてしまいます。
壁や床といった普段は目をかけない所も、有名な職人さんが手がけた一級品でできています。こういったさり気ない工夫が、会場全体の品位を上げているのでしょう。
わたしは会場を軽く見るだけにして、メイドの控え室へ向かいました。
控え室は豪華絢爛な会場とは違って素朴ではありますが、使い勝手では後者に軍配が上がるでしょう。
そう考えながら扉に近づいた時です。控え室の中から何かいつもとは違う雰囲気を感じました。
落ち着いてノックをし、声をかけてから入ります。すると、
「……む、可憐だ……」
一人の男性がいました。端正な顔立ち、濃い茶色の長髪を揺らし、威圧的につり上がった目。美しい服に身を包み、いかにも貴族といった方でした。
わたしにはこの方に覚えがありました。
リエールモ・ニグル・アクトゥース。ニグルの姓を賜りし家系。ここロズー村一の貴族であり、『天才のリエールモ』と呼ばれる程の才能を持った方です。
しかし、わたしはこの方を好いてはいませんでした。
「美しい顔立ち……だ。是非とも私の奴隷にしたい……」
彼の足元にはぐったりとしたメイドが何人もいました。あろうことかアルンティーネ家に仕えるメイドです。こんなことが許されるのは彼だけでしょう。
女を虜する外見で、成績優秀で才能もある彼ですが、それを台無しにする程の悪趣味な性癖が彼にはありました。
それは、自分の気に入ったメイドを奴隷として好き放題扱うことでした。例え他の家のメイドでも関係なく、権力を振りかざして自分のものとし、奴隷として扱うのです。
「名は何というのだ?」
「……メドナ、と申します」
「メドナ……ふむ、良い名だ。聖メドナ橋から名付けられたのであろうか、お前に相応しいぞ」
「ありがとうございます」
わたしは今までこの方に会ったことはありませんでした。それはこういう性癖を持っているから危ないということで、先輩のメイドさんたちが引き合わせないようにしてくださったのです。
彼は貴族の中でもこの村一番。ですので、彼のお願いを無下にはできません。いくらアルンティーネ家だろうとです。だから、気に入られでもしたら終わりだと、先輩方がおっしゃっていましたことを、鮮明に覚えております。
「気に入った」
「……っ!」
この言葉を聞いた時、わたしはショックで気絶しそうになりました。ふらつきそうになる足を、踏ん張って耐えます。冷や汗が止まりません。
「よし、私の後について来い。今から庭園にて楽しい遊びをしようではないか」
「あ、遊びですか?」
「うむ」
リエールモ様はニッコリと、見るものを惚れさせるような微笑みで、こう言いました。
「メドナが全裸になって犬のように走り回るのだ」
わたしは、体の震えを抑えるのに精一杯になりました。
彼はわたしの肩を抱きます。
「いいぞ……その顔。怯えるメイドの姿は私の大好物なんだ」
わたしは咄嗟に、リエールモ様から離れました。そんなわたしに、リエールモ様はちょっと驚いた顔でしたが、再び笑い、手を差し出します。
「さぁ、遊ぼう」
このままでは、わたしは一生の方の奴隷となってしまう。お母様に恩を返すどころか、アルンティーネ家にも恩を返せません。
なにより、
「(エーリ坊ちゃま……)」
そう、わたしの主人である坊ちゃまに仕えることができません。
坊ちゃまは三歳とは思えない程優秀な方です。ふとした時に、その優秀さが垣間見える時があります。その度にわたしは尊敬し、この方に仕えて良かったと感じるのです。
「こ、困ります」
坊ちゃまのことを考えていたら、そんな言葉が、震える口から溢れました。
貴族様を拒絶してしまった。わたしの頭の中に警鐘が鳴り響きます。
リエールモ様も、予測外の抵抗に面食らったのか、一瞬物凄い形相で睨みました。
しかし、次の瞬間には、美男子らしい笑みを浮かべておりました。
「まぁまぁ、そういうことを言わないでおくれ、ね?」
グッと、肩を掴まれました。万力にでも挟まってしまったのかと思うほどの圧です。
「でも……っ!」
ここでも拒絶の言葉が口から抜け出します。わたしは一体どうしたのでしょう?
「いいから」
リエールモ様は強引に、わたしを控え室から連れ出しました。
花のアーチを潜り、庭園の中にある東屋に着いた途端、わたしを突き飛ばしました。
「この私に口答えするメイドとはな……お仕置きが必要だ」
「も、申し訳ありませんでした。お許し下さい!」
「許しを請うなど図が高いなお前」
そう言いながら、リエールモ様は懐から短剣を取り出します。
「……まずは逃げられないようにしないとな」
わたしは、リエールモ様が醜悪な笑顔を浮かべていることに気が付きました。
ああ、これが本性なのだろうと。
そして、自分の気持ちにも気が付きました。
わたしはまだ、坊ちゃまに仕えていたかったのだろうと。
「何やってんだよ」
だから、わたしの目の前に現れた坊ちゃまは、幻想に過ぎないのだと思いました。
………………
「……はぁー」
なんていうか、悪い予感ってのは得てして当たるものだね。
エアロスター、ミラージュコート、エアロスケイルを使って猛ダッシュで来てみれば、庭園の東屋で、メドナが短剣もった貴族に襲われかけていた。
「……チッ」
僕の姿を見て舌打ちをする貴族。舌打ちしたのは僕の方だっつの。
まぁ、相手は貴族だ。適当に理由つけて穏便にお引き取り願おう。
「こんなところにいたのかー。捜したよメドナ」
「……えっ! あ、はい」
なるべく三歳児らしく無邪気でバカっぽく振舞った。
ふん、見なかったことにしてやるんだ、さっさと行けよ貴族。
「寝て起きたらお腹減っちゃってさ。何か作ってよ」
「あ、ああはい! 今お作りします!」
呆然としていたメドナが我に返り、震えながら立ち上がる。ふらっとしたところを僕が支えた。
「大丈夫?」
「ご、ごめんなさい! 坊ちゃまの手を煩わせることに……」
「いやいや、僕は気にしないよー」
……精神的ダメージが大きいな。こいつ、ウチのメイドに何しやがったんだ。
「じゃあ行こうか」
貴族には触れずに東屋を出ようとした。しかし、そうはならなかった。
「あれっ?」
「な、なんですかこれ」
東屋の外に出ようにも、出られない。まるで見えない壁でもあるかのようだった。
「私はね……」
ふと、今まで一言も発していない貴族がポツポツ喋りだした。
「メイドが好きなんだ。あの服が、仕草が、全身から醸し出すオーラが私の心をくすぐってたまらなくするのだ」
何言ってんだこいつ。
「特に他の人に仕えるメイドが良い。自分に主人がいるにも関わらず、この私のために奉仕をする……ああ、考えただけで興奮してしまう」
そう言いながら、貴族は懐に短剣を仕舞い、変わりに杖を取り出した。
魔法、か。
「そんな私には三つ、大嫌いなものがある」
この見えない壁は魔法だね。魔法大全によると、『エアーウォール』って魔法だろう。空気を固めて見えない壁を作り出す。恐らくだが、僕が東屋に入った瞬間にはもう作り出していたのだろう。
獲物を、逃がさないために。
「ガキと、男と、貴族だああああああああッ!」
貴族は杖を振るった。すると、空中に液体が現れ、僕のすぐ横に着弾した。
ジューっと焼けるような音がして、液体の当たった所は溶けていた。
「今のを浴びたくなければそのメイドを寄越せ」
……うん、さすがに僕に直接当てはしなかったか。それは予想通り。
いくらメイドが欲しいからとはいえ、今日のパーティの主賓である僕に怪我を負わせたともなると大変だからね。威嚇程度に魔法を使うだろうと予想していた。
「ぼ、坊ちゃま! 大丈夫ですか!」
ただ、メドナには効果てきめんだったようだ。
「本来ならわたしが庇わなくてはいけないのに……ひっく、ご、ごめんなさいごめんなさい」
涙を流し、僕に頭を下げるメドナ。今まで溜まってきたものが爆発した感じだろう。
「お前は私の物だ。なぁに、一番可愛がってやる」
貴族は下衆な笑いを浮かべる。メドナは涙を拭いながら貴族の元へ――
「うるせーな」
僕は指を鳴らしながら、間に割り込んだ。僕も今まで溜まったものが爆発した。
「私の物だぁ? 何を言ってるんだよお前は。メドナは物じゃないよ?」
「……次は当てると言ったのが聞こえなかったか? クソガキ」
「大体貴族ってなんだよ。何が偉いんだよ。お前は貴族って肩書きだけで全然偉くねーじゃん。なんかこの世のために功績の一つでも残したのか? ん?」
「こっ、このクソガキぃ!」
怒りのあまり魔法を使わず殴りかかってきたのを軽く回避する。
「第一、僕はお前のこと知らないんだよねー。ホントに貴族?」
「がぁああああああああああああ!」
キレた。もうプッツンしたのだろう。僕が主賓とか、そういうことを忘れて本能のままに襲いかかってきた。
右手で殴ってくるのと同時に、左手は杖を構えている。
「坊ちゃ――」
メドナが庇おうとするのを、僕は逆にメドナを背後へ庇った。
驚愕の顔をするメドナに、大丈夫だよとアイコンタクト。
「ッ! な!」
この貴族もどきの右手は僕に当たらず、宙で止まる。
エアーウォールという魔法を僕も使ってみた。なるほど、使いやすいな。
「こんのォ! 『放て! 清き水の――』」
「吹っ飛べ」
貴族もどきが詠唱で魔法を使う前に、僕は風魔法『エアーブレッド』を発動させた。
エアーブレッドは空気の塊を弾丸にして撃ちだす魔法。いわゆる空気砲。
僕の周囲の空気が圧縮され、発射されるのを感じた。
「あぱぁっ!」
着弾し、貴族もどきから変な声が漏れる。空気砲は鳩尾を捉えただけでなく、貴族を吹っ飛ばして壁に叩きつけた。
やがてズルズルと下に落ち、ピクリとも動かなくなった。
「……怪我はない?」
僕は一安心し、メドナに声をかけた。メドナはと言うと目を白黒ながら、
「だ、だいじょう、ぶ、です」
しどろもどろになりながら答えた。
僕はメドナの手を握った。
「よし、ここから出て逃げよう。誰か来たら厄介だ」
「え、あ、はいぃ」
奴が気絶したことでエアーウォールは解け、東屋から出られるようになった。
僕は東屋から出る前に、奴にとある魔法をかけていった。
洗脳魔法『ワードコーティング』だ。これは自身の言った言葉を相手に信じ込ませる魔法で、相手はそれを事実として認識してしまうという、恐ろしい魔法なのだが。
僕は貴族もどきの耳元でこう言った。
「『自分はメイドが嫌いだ。大っ嫌いだ。見ると逃げ出したくなる衝動に駆られる。それもそうだ。自分はメイドより矮小な存在なのだからな。貴族だなんて偉くない。今日は知り合いの貴族の誕生パーティだったが、メイドがいっぱいいて嫌になった。その日何があったかなにも覚えていない』」
ついつい、邸宅の端っこの方まで走って来てしまった。
ここには焼却用のゴミが集まる場所で、メイドくらいしか人が来ない。秘密話などをするにはもってこいだが、長い間いたくはない。
僕は息を整えつつ、考えていた。
「(さて、メドナの目の前で魔法を使ってしまった)」
僕はなるべく魔法が使えることを隠したい。面倒事が起きるのはベリーチェ捜索に影響が出るかもしれない。
だから必要なら口封じを……そう思っていた。
「あのさ、メドナ」
「は、はいっ!」
うん? なんか様子がおかしいな。
「どうしたの? なんかおかしくない?」
「あ、ああ、そっそうかもしれませんね!」
メドナを見てみると、メドナは茹で上がったタコみたいに真っ赤にさせていた。
パクパクと口を開け、やがて声に出した。
「あ、あのですね。わたし、嬉しかったんです」
「嬉しい?」
「はい! わたしのこと助けてくれた時、すっごく嬉しかったんです! わたし、あのままだとリエールモ様の下で一生暮らさなきゃいけなるって……そう思ってたんです。でも!」
メドナは僕の手をギュッと握った。その顔は未だ真っ赤っか。
「エーリ坊ちゃまが助けてくださいました。その姿は……なんと言うか、カッコよくて、ドキッとしました!」
「お、おう。そうか」
こんな真っ直ぐ見つめられて『カッコよかった』とか言われるとさすがに戸惑うな。
「先程、わたしは何もできませんでした。あろうことか、守るべき主人に守られるなんて……メイドとして最悪です」
ギュッと、唇を噛むメドナ。相当悔しい思いなのだろう。気持ちは分からないでもない。
だが、次に見せた表情は悔しさとかではなく、緊張だった。
「お願いします! 差し出がましいのは承知の上です。こんなわたしですが……坊ちゃまの側に置いてください! わたしは坊ちゃまの側にいたいのです。坊ちゃまに仕えたいのです!」
そう言ってから、メドナは頭を下げた。
僕は再び混乱した。
「(僕が魔法を使うところを見ているのはメドナだけ。だから釘を刺しておけば、放っておいてもいいのでは? ……しかしメドナが誰かに言い触らす可能性が……)」
そう考えていたが、メドナの姿を見て、僕は自分がバカだなぁと思った。
メドナの肩に手を載せる。不安と期待の入り混じった表情のメドナ。
「僕のメイドはメドナだけだよ」
こんな不安がっている少女に、僕は何を考えているんだか。
メドナは頬を赤らめ、目尻に涙を溜めながら、嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございますエーリ坊ちゃま! 大好きです!」
……うん、そっか。あれだよね? 別に異性としてじゃないよね? 別に恋愛としてじゃなくて親愛としてだよね? さすがに三歳児に惚れる八歳児はいないよね? ね?
こうして、僕とメドナは以前より仲良くなった。
ていうか、メドナの方がすごい歩み寄ったって感じだった。僕としても仲良くなるのは吝かじゃない。
魔法の件は適当に誤魔化した。魔法の本を読んでいたらできたとか言ったら、
「さすが坊ちゃまです!」
という調子で驚きもしなかった。この反応、前々から目をつけられていたのかもしれないね。
一応この件は内緒で、そう言ったら彼女は『死んでも守ります』と言って承諾してくれた。こういう感じなら彼女のことを信頼してみてもいいかもしれない。
……後日、アクトゥース家の長男がメイドを見て失禁したという噂を聞いたが、きっと僕には関係ない話だろう。
また歳をとります。