第四十八話 翻弄する影 <五日目>
魔法学園編 主要キャラクター
<愛の羽>
エーリ・アルンティーネ:主人公。六つの偽名を使い分ける。日々成長中。
メドナ:エーリのメイド。最近鋭く、探偵じみている。魔女になった。『灰被り』の異名を持つ。猫可愛がりされた。
シェーナ・エストーナ:仲間。平和を愛する優しき少女。自分に出来ることを探した結果、囮になる。
<神帝>
フォルエッタ・サンダリア・ミリアーカイズ:通称『法王女』。シェーナの友達。家族を生き返らせるためにシェーナを狙う。
モデ・ミニャー:風紀委院長。司祭院。毒舌娘。今ではエーリに頭が上がらない。ツンデレ?
ピサス・ライネス:戦士学科の男。助祭院。フレンシアと応接室前で争う。『王の城』という防御魔法を扱う。筋肉の動きで嘘をついているか分かる特技を持つ。
音楽委院長:背の高い少年。エーリに助けられ、入隊の協力をする。結構したたか。
フィレ・ディーノ:男子寮の先輩。司教院。商人学科二年。ワーグ族で狐ベース。姿を隠している。
<魔女の月>
ローニャ・エトーリア:通称『死女神』。戦乙女を率いる集団のボス。学園に眠る秘密の魔法を狙っている。
フレンシア・ガルドバルゴ:戦乙女ナンバー2。戦士学科三年。炎を纏う『業火の鉄拳』という魔法を使う。信じやすく素直な性格。ウサ耳。
ジェノーヴァ・ヴァンジーニ:愛称は『ノヴァ』。聖女のボス。騎士学科五年。語尾が特徴的。巨乳。『聖天使』の異名を持つ。重婚に悩む。
ラージャ・ウンディウス:聖女の副ボス。剣士学科四年。ジェノーヴァの付き人。紅茶をいれるのが上手い。『結露』の異名を持つ。ジェノーヴァいじりが趣味。
ツァーチ・レンゲラ:戦乙女の中枢メンバーの一人。フードを深く被り、大きめのローブで正体を隠している。感情を操る。
暗闇の魔女:魔女の月創始者にして、魔女を生み出す『真祖』。お菓子作りとぬいぐるみ編みが趣味。
蒼海の魔女:暗闇の魔女の友達。『魔女名』を持つ魔女の一人。マイクパフォーマンスが得意。プライベートは暗い性格……?
<クラスメイト達>
キリコッテ・ジャバッツ:ワーグ族。猫耳少年。可愛い。愛しい。魅力的。可憐。監視人候補その一。
カテマ・ロフ:ジャイアント族。図体はでかいが、心はおおらか。ホラー苦手。ホモ疑惑。監視人候補その二。
リューイ・ガオーカ:ゴブリン族。男子のリーダー的存在。スケベ。ホラー苦手。結局彼は何を見たのか……。監視人候補その三。
ヤスラ・アービー:ドワーフ族。褐色少年。影が薄い。ホラー苦手。監視人候補その四。
ゲンジューヤ・スウダリ:ハーピー族。ゲンジ。その正体はスパイ! 今はピサスの監視下。監視人候補その五?
ケイシー・エナー:エルフ族。女子のリーダー的存在。エーリを可愛がるお姉さん的ポジション? ホラー平気。監視人候補その六。
リコプル・タティーシ:ノーム族。三つ編み少女。何故かエーリをご主人と呼ぶ。ホラー好き。監視人候補その七。
<その他>
アリア・ニグル・アクトゥース:レオの姉。担任教師。昔はやんちゃしてた。
ドランソー・レアヴォワ:入学試験の試験官その一。ロマンスグレーのおじさん。決断ができる人。
ハッチョー・アンダマウサ:監視のプロ。法王女の捜索と監視が仕事。チャラい。
アン・ディシポ:試験官その二。沈黙。
チフェロス・ナナン・ルートス:学園の理事長。魔王のような風格。
~前回のあらすじ~
回廊回。
………………<シェーナ>
運営会選挙まであと三日。愛の羽結成から五日目。
そして、今日は……、
「――それじゃあ、つまり君、シェーナ・エストーナくんが、運営会選挙へ立候補するんだね?」
「は、はい!」
「……分かった、承認しよう。わざわざ立候補するのだから、頑張るんだぞ?」
「ありがとうございます。頑張ります~!」
私が運営会選挙へ立候補した日になった。
………………<エーリ>
……。
…………。
………………。
「それで、怪しい奴はいるか?」
「……いや、今のところはいないね。モデの方は?」
「こっちもなし。ピサスは?」
「俺の方のも特に異常は見られない」
「まぁ、簡単には尻尾出さないよな」
僕は探知魔法のマジックカウンターを発動させつつ、一旦休憩することにした。深呼吸と共に、体内に溜まった緊張をゆっくり吐き出す。
なんとなく、気分が落ち着いた気がする。
時は放課後、場所は中央棟の屋上。
ドラマやアニメでよく見るような学校の屋上とは違って、本当の屋上だ。真っ平らな屋根の上、といった表現がピッタリ当てはまるかな。
広さも高さも十分あり、楽しそうに放課後をエンジョイしている学生が眼下に見える。見晴らしのいい場所であることは間違いない。
そんな下界を観察できる屋上に、僕、モデ、ピサス、そしてゲンジが四方に散らばって座っていた。本来はゲンジを参加させるつもりなんてなかったが、ゲンジには常にピサスの監視が必要で、ピサスが参加するということは、イコールゲンジの参加を意味していた。
ま、ゲンジはなんだかんだ優秀な奴だ……と思う。長年バレずにスパイを勤めてきた実績があるし、いざとなったらこの前の借りと称して手伝ってもらおう。
「それにしても、屋上だけあって高いわね」
一陣の風が吹きつけ、思わず身を震わせていると、モデが同じように体を震わせながらそんなことをポツリと言った。
最初は同じように寒さを感じて震えているのかと思ったが、後になって言葉と行動に違和感を覚えた。
普通に考えれば、刺すような風を浴びて寒がっているように見えるが、実は違う。彼女の呟きと風から関連性を見出せないのだ。
つまりこの場合、全くの別物と考えてもいいだろう。単体で物事を理解することが必要。モデの何気ない発言と、身体が震えたという現象を別々に捉えるのだ。そして最後は繋げる。
するとどうだろう。面白い結論に導かれないだろうか?
僕は僅かに口角をつりあげ、モデに話しかけた。
「はっはっは! さてはモデ……」
「な、何よ?」
少し溜めてから、人差し指でモデを指し、ゆっくりとこう告げた。
「高いところ、苦手だね?」
「ッ!?」
僕の言葉を聞いて、まるで初めて僕の翼竜落としを間近で見た時のような、そんな驚愕の表情をモデは浮かべた。
てか、そこまで驚くことじゃないけどね。自分でヒントあげたようなもんだし。
「だ、誰が高いところ苦手よ! そんな訳ないじゃない!」
そして、何故かムキになって声を荒げるモデ。その態度、ますます高所恐怖症説を強めることになってないか? 素直に苦手と言えばいいものを……。
思わずジト目で見ていると、モデはそんな視線に耐え切れなかった様で、
「わ、分かったわ! ちょっと見てなさい! ウチが高いところなんて大丈夫だということを証明してやるわ!」
「いや、別にそこまでしなくても」
「フン! 見てなさいよ」
僕の静止を振り切り、屋上の端に向かって歩き始めた。しかしその一歩一歩は、強気な言葉とは裏腹に弱弱しい。
大丈夫かなぁ、と心配しながら様子を見守る。何をするつもりか知らないけれど、あんまり端っこに行くと危ないよね。急な風なんかに煽られた時、落っこちることに――
ビュウッ!
「キャ~~~ッ!?!?!?」
フラグ回収早ぇよ!?
モデは僕の懸念していた通りに、突風に煽られて屋上から身を投げ出した。無防備な身体が無謀にも宙を舞う。
「ったく! 言わんこっちゃない!」
僕は無詠唱でパワーコンダクトを発動させ、ビュービュー吹いている風をモデの真下へ誘導した。
すると、散らばるように吹いていた風が、一つの塊となってモデにを下から押し上げる!
「な、何!? なんなの!?」
重力に勝った風の力によって、屋上から下へ落ちかけていたモデの身体は、なんとか上へと舞い戻ることに成功した。
最悪なケースである転落死は、どうにか避けることができた。
しかし、今度は、
「ちょっ、とま、止まんないんだけどぉ!」
思ったより風の力が強かったようで、逆に上へ飛んでいくモデ。なんとなく、海外のニュースで見る竜巻に巻き込まれた車を連想した。
「きゃああああああ! 高い! 高い高い高い! 死ぬ!」
彼女の絶叫が響き渡り、なんだなんだと屋上にいるメンツが顔を上げる。
「むむ、なんだか楽しそうだなミニャーの奴」
「楽しそう……なのかねぇ?」
「うむ、楽しそうだ。そうだな、あの顔は風紀委院室にゴキブリが出た時と同じ顔だ」
「それ、本当に楽しんでいるのか?」
呑気なピサスとゲンジの会話は、もちろんモデには届かない。
やがてモデは何十メートルも昇り、徐々に速度を下げ、空中で静止したかと思うと、今度は一気に落下してきた。
「死ぬウうううううううううう!」
「……しょうがないなぁ」
僕はモデの着地点にエアーウォールを生み出し、クッションを設置。後はパワーコンダクトで空気の流れを誘導をして、不意の突風を防ぐ。
数秒後、無事クッションにダイブしたモデ。事無きを得たのだった。
「ハァーッ、ハァーッ……」
顔を真っ赤にし、ゼーゼーと荒く息を吐きながら屋上に四つん這いになるモデ。
オチとして、僕は彼女に問わなければならないことがある。
「高いところ、どう?」
「……超怖い」
でしょうね。
順を追って話そう。
何故、僕らが中央棟の屋上という奇異な場所にいるのかというと、早い話が図書委院の捜索のためだ。
今日の放課後、シェーナには一人で中央棟の三階にある第二会議室へ赴き、監視会へ立候補する旨を伝えて承認してもらうことになっている。
その際、僕やメドナは付き添わない。前に言ったように、囮になってもらうためだ。
僕は、あの法王女がすんなりとシェーナのことを諦めてくれるとは思っていない。何らかの形で監視していると睨んでいる。
ならば、その監視対象であるシェーナが立候補なんて奇妙な行動に出れば、少なくともその周囲で監視している何者かは動くことだろう。その者が司教院でも図書委院でも何でもいい。
「(そこを、押さえることが出来れば……!)」
確実に、法王女へ近づく道となるだろう。貴重な手がかりなのだ。
だから僕らは、探知魔法が効く範囲で、人目のない屋上へと潜んでいるのだった。
「今頃、立候補宣言している頃かなー」
「だろうな」
僕の何気ない呟きに、ゲンジが答える。ふさふさとした羽毛が温かそうに見える。
「やっぱ心配?」
「そりゃそうだよ。シェーナは魔法で他人を攻撃することを何より嫌う。そんなシェーナに監視者が襲い掛かったら……あぁ、心配だ」
僕がこの策を告げた時、シェーナは喜んで引き受けてくれたけど、不安に思っていないわけがない。きっと、すごく怖い思いをしていることだろう。
守るべき存在を守らないなんて、本当最悪な野郎だよ僕は……。
「……あんま気張るなよケリ。本当に大事な時に動けなくなっちまう」
「ああ、分かってる」
僕の肩をポンと叩き、ゲンジは別の場所に歩いて行った。場所を移動して探知するつもりなのだろう。
……気張るな、か。分かってはいるんだけど。
「(とりあえず、集中だ)」
シェーナを監視しているならば、確実に何らかの魔法を発動していることだろう。僕がミラージュデコイやミラージュコートで隠れて行動するように。
少しでも動いて見ろよ。僕のマジックカウンターによって、お前の位置を鮮明に特定してやる!
そう、意気込んでいた時の事だった。
「む!?」「! きたわ!」「反応あり!」
三人の声が四方から聞こえてきた。そのタイミングで、僕の口からも、
「……かかった!」
自然と声が漏れていた。
………………<シェーナ>
私が第二会議室へ訪れた時、室内には三人の教員がいた。
一人は私の担任、アリア先生。濃いめの茶髪のショートヘアーに、ツリ目がキュートな綺麗に整った顔、すらっとした体型は、女性として憧れるわ。
今はどこか怒っている様子で、見るからに不機嫌そう。
そんなアリア先生の隣で困った表情をしているのが、ハッチョー先生だ。騎士学科の先生で、エルフ族特有の甘いマスクで、女生徒を虜にしているのだとか。あくまで噂だけど。
そして最後に、アリア先生とハッチョー先生を窘めているように見える先生が一人。
私達クラスの副担任、ドランソー先生。とても渋い外見をしていて、性別問わずカッコいい大人と思ってしまうのがドランソー先生の魅力だ。
以上の三人の先生が、会議室の奥の方にかたまっていた。
「失礼致します」
私は挨拶をしてから一礼し、三人の下へと歩いて行った。
すると、真っ先にアリア先生が私の存在に気が付いた。
「ん? シェーナか」
「……シェーナ君?」
「何々ー? 教え子っすかー?」
アリア先生の言葉を皮切りに、ドランソー先生、ハッチョー先生が私に気が付く。
「どうかしたかシェーナ。授業でなんか分からないところでもあったか?」
「いえ、そういう訳ではありません」
「じゃあ何の用だ?」
アリア先生が私を目線を合わせるために、膝を曲げて前屈みになった。その目は、優しさに満ちている。
「ちょっと、お願いがありまして」
「お願い? いいぞ、何でも言ってくれ! 私にできることなら何でもするぞ!」
「おおーっ! なぁーんか、アリア先生本当の教師っぽいっすねぇ」
「……私は本物の教師だが?」
茶化すハッチョー先生の頭に拳骨を落ちるのを見届けつつ、私は用件を単刀直入に告げた。
「私、運営会選挙に立候補したいの」
………………<エーリ>
探知に引っかかったのは、中央棟内の二か所からだった。位置的に一階の北廊下と、三階の給湯室のようだ。
早速僕とモデ、ピサスとゲンジに分かれて、各ポイントへ向かった。
その間シェーナに危害がないよう、シェーナ付近への探知魔法は発動させたままにしておいた。
「僕が合図したら魔法を使ってくれ! この場合、僕の不利益にはならないから普通に発動するはずだから!」
「分かったわ!」
こういう時、モデの魔法は重宝する。ただ声を発せば服毒してしまうのだから。魔法大全に毒対策の魔法がなければ詰んでいたところだった。
僕らは一階の北廊下を目指して疾駆する。強化魔法による補助によって、普段の何倍ものスピードで階段を駆け下りていく。
モデも僕と同じように強化魔法で強化しており、特に苦も無くついて来ている。さすがは剣士学科というべきか。
「(でもよく考えたらモデが剣使っているところ見たことないな……。一体どんな剣を扱うのかな。やっぱ王道のレイピア?)」
そんなどうでもいいことを考えつつ、警戒しながら軽快に階を下りていく。あっという間に一階へ。
「この先だ! 毒舌の準備はいい?」
「もちろん! 幾千幾万もの罵詈雑言を並び立てれる自信があるわ!」
それはそれで問題あるような気がしたけど、こんな状況だから見逃してあげようと思った。
弾んだ息を整えつつ、曲がり角で一旦止まる。ここを右に曲がると、北廊下である。
反応は未だに北廊下に一つ。給湯室の方は、ピサス達が接触したのか分からないけど、移動しているようだ。
高鳴る鼓動を抑えつつ、僕はモデに合図を送り、一斉に廊下へ飛び出した――。
………………<シェーナ>
私の発言に、その場が凍ったような気がした。
いや、実際に先生達は口をあんぐり開けたまま茫然としていた。
「……あ、お、シェーナ? マジか?」
そう恐る恐る口にしたのは、アリア先生。驚きを隠せていないようで、まだ顔に動揺の色が見える。
「はい。立候補したいです」
私がダメ押しにそう言うと、アリア先生が大きく息を吐いた。とても辛そうな印象を受けた。
「くぁ~マジか、シェーナがかぁ~。まぁ、お前ならやりかねないけどさ」
「ちょっと先生。まるで私が変な子みたいじゃないですか~」
「いや実際変な子よお前。魔力吸収石に魔力込めないで一生懸命こねるとか、意味不明だ」
「そ、それはその、たまたまで」
「あとたまにエロいことクラスメイトに聞いて回っているだろ? あれちょっとしたセクハラよ? 変態行為よ?」
「へ、変態……私が、変態……」
「無意識だったのか」
アリア先生に告げられた新事実に、がっくり肩を落とすしかなかった。
私って変な子に見えるのね……。知らずの内にセクハラ行為も行っていたとは……結構ショック。しばらく引きずりそう。というかもう引きずり始めたわ。
「まぁ、お前が変態セクハラおやじだってのは周知の事実だからいいとして」
「良くないですう~!」
それよりもだ、と言って私の発言を上書きしたアリア先生は、真剣な表情だった。
「誰の差し金だ?」
「!?」
その声音に、いつものアリア先生とは縁遠い印象を受け、口ごもってしまった。
誰の差し金……? 先生は一体何を疑っているの?
「え、ええと。先生、どういう意味で――」
「私はこう見えても生徒をよく見てきた。その上で分かることがある。シェーナ、お前は立候補するような生徒ではない」
「そ、そんなこと……」
私は先生の射抜くような眼光に委縮し、次の言葉が出てこなくなった。
そんな私の様子を、アリア先生は無機質な目で見つめていた。
「自分から立候補するなんてありえない。あるとすれば、何者かに差し向けられたとしか考えられない。洗脳されている可能性もあるな」
「そんな!」
何者からの刺客? 洗脳? そんな物騒な言葉が出てくるなんて。私は自分の意志で立候補しに来たというのに。
確かに、私が自分から立候補するのはちょっとおかしいことだわ。立候補するということは、この学園を背負って立つ存在になりたいですとアピールするようなものだから。
普段ボケーッとしていて、リーダシップなんてない私が立候補するなんて、正気の沙汰とは思えないわよね。
でも、それは昔の私だった場合。
今の私は、エーリくんとメドナちゃんの力を借りて、将来自分がこの学園で生活していくために行動しているの。刺客でもなければ洗脳でもない。これが私の選択した道なの!
……と、先生に言えば信じてもらえるかもしれないけれど、同時に危険が増す。
情報なんて、どこから漏れるか分からないものね。監視会は立候補者に対し公平を謳っているけれど、もしかしたら神帝、または魔女の月に肩入れしている教員だっているかもしれない。
それに、最近はイースオスマとかいう秘密結社の名前をよく聞くようになったし、実際現れたとエーリくんとメドナちゃんから聞いている。
ここで、全てを明かすには危険すぎるかも……。
「(でも、だからと言ってこの場に相応しい理由をあげられるかと言われれば……う~ん)」
私が黙って考えていると、アリア先生の眼光が増す。
「やっぱ、何かしらの思惑があって立候補するんだな?」
「……」
まだ考えがまとまってはいないけど、時間は待ってはくれない。
とりあえず、私は真実と嘘を織り交ぜて話を続けることにした。ここで嘘をついても仕方ないので、真実を。頷いて肯定する。
「そりゃそうだろうな。立候補する以上何かしら考えがあってだろうな」
アリア先生がそう言って一瞬目を逸らし、再び私を見た。逸らした先は、私が入室した時に一言喋って以来、一貫して沈黙を保っている先生二人の方。
いつしかこの会議室は、私とアリア先生だけの世界になっていた。
「でもよ、分かっているか? 今立候補している生徒二人のことを」
「は、はい。知っています」
「じゃあ尚更理解できねぇな。普通に考えれば、あいつらに勝てる訳ねぇだろ」
「それはそうですが……」
あの二人――法王女と言われるフォルと、死女神と言われるローニャちゃんのことだ。
先生の言う通り、私が普通に立候補しても勝つことは出来ないだろう。だからこそ、今エーリくんとメドナちゃんが頑張ってくれているのよね。
「もしフォルエッタやローニャを倒して組織乗っ取ろうなんて考えているなら、止めた方が良いわよ? どっちも恐ろしい魔法を使ってくるから返り討ちにされると思う」
「そんな乗っ取るなんて物騒なこと、考えていませんよ~」
「……それもそうか」
ここで初めてアリア先生は、表情を緩めて苦笑した。教室でよく見る先生の顔だ。
しかし、それもすぐに真面目な顔へと切り替わる。
「仲間は誰だ?」
「……!」
ド直球に、核心へと迫る質問を投げられた。
ここでバカ正直にエーリくんとメドナちゃんです、なんて言おうものなら、計画やスパイ活動についてまで尋問されてしまうかもしれない。ここで真実は言うべきではない。
かと言って、生半可な嘘は見抜かれる。相手はアリア先生だ。普段から頻繁に接している分、私の嘘なんて簡単に分かってしまうだろう。
どうすればいい? どうすればいいのエーリくん……っ!
………………<エーリ>
影だ。
ぼんやり陽炎のように揺らめく影が、北廊下の中央に立っていた。人の影のようにも見えるが、細長いだけの黒い靄のようにも見える。
「あれが探知に引っかかったのか……」
「な、何よアレ」
「分からない」
正体は分からないが、あの影は怪しすぎる。現に、僕らの探知魔法に引っかかったということは、魔法が関与しているということだ。
何が効くかはもちろん分からない。とりあえず、当初の予定通り、モデに毒魔法をぶっ放してもらおう。
この影が無関係だった場合もあるが、その時はその時だ。間違いだったとしたら、後で死ぬほど謝ればいい。
ここで逃がすことだけは、絶対にしてはいけない!
「モデ!」
「オッケー!」
僕の呼びかけによって、モデが毒魔法を発動させる。まぁ、発動させるというか、毒舌自体が魔法発動の関鍵詠唱となっているようだけど。
影と僕らの距離は大体十メートル。声が届くようにと、モデは息を深く吸い込み、思いっきり吐き出した!
「『高いところ苦手で悪かったわねクソがあああああああああああッ!』」
……あ、まだ気にしてたんだ。
「『好きで高所恐怖症やってんじゃないわよおおおおおおおおおお!』」
そして続くのか。これもう毒舌じゃなくて愚痴じゃね?
「『ウチだって! ウチだって高い場所から景色眺めたいわよッ! ふざけんなああああああああああああああああ!』」
うん、愚痴だ。これ愚痴だ。影に八つ当たりしてるだけだこれ。
毒舌の内容はともかく、魔法は確実に発動され、謎の影へと襲い掛かる!
……が、
「効いてないみたいね」
「……ああ」
影は変わらず、不気味に揺らめいているだけで変化なし。
「少なくとも、振動できる物質ではないようね」
「マジか……」
振動できないって……そんなんあるのか? 確か元の世界じゃ、振動しない物質なんて存在しないって聞いたことあるけど。
て言うか、モデの毒舌って耳から毒舌を聞かせるんじゃなくて、相手を振動させて毒を与えるのか。耳塞いでも意味なしじゃん。改めてモデの毒魔法の恐ろしさを認識。
「んじゃあ、次をぶち込む!」
毒が効かないとなれば、今度は僕が別の魔法をぶち込んでやる。
幸いなことに、影はその場から移動したり、僕らに攻撃を加えようとせず、ただフラフラしているだけ。
なら、その隙に打ち込んでやろうじゃないか。
「(でも、何を?)」
ここで、一度考える。
ただ闇雲に強力な魔法をぶっ放しても意味がない。仮にもここは中央棟。大規模な魔法撃ってまた半壊なんてさせたら……どんな恐ろしい目に遭うことやら。
求められるのは、確実に相手へ有効で、校舎を壊すことのない魔法。
影に効く魔法とは?
「(振動しない物質なんて存在しない……なら、この影は未知の物質!)」
振動するということは、少なくとも、物理法則に従っている物質であるということ。では逆に、振動しないのだとしたら、物理法則に従っていない可能性大。
証明された物理法則を使わず、証明されていないこの異世界だけの法則をぶつけてみればどうだろうか?
「(だとすると、この場合は……)」
僕は脳内にある魔法大全の記憶を呼び起こし、とあるページを開く。魔方陣を鮮明にイメージし、黄金の指輪を媒介に魔力を注ぎ込む。
何度も感じた発動の瞬間に酔いしれながら、影へと解き放った。
「『サンデイライト』!」
その時、世界は白く輝いた。
目眩ましという訳ではない。影の近くに光の球が現れ、白く世界を塗り替えたのだ。北廊下は真っ白なキャンパスのようだ。
光魔法・低級・サンデイライト。
白く塗りつぶす光の球を生み出す魔法。真実だけを映し、嘘偽りは暴かれる。
影といったら光だし、謎に包まれた正体を照らして暴いてくれるかもしれない、そう思って撃ちこんだ。
その結果、
「け、ケリ! 影が!」
「ああ! 影が消えていく!」
影はゆっくりと、上から下へと消滅していった。その間僅か十秒程。
チリチリと残滓を飛ばしながら消えていく様は、一種の芸術にも思えた。
全て消え去った時には、その場に何も残ってはいなかった。一応探知魔法で調べるも、やはり何も残っていなかった。
「なんだったのよ、全く」
「だね」
フーッと、疲労の溜まっているような深い息を吐くモデ。僕も両腕を伸ばして疲れた体を解す。いつのまにか緊張していたようだ。
「攻撃もしてこないで、ただそこに存在しているだけで……何が目的なのよ」
モデの言葉を聞いて、再び気を引き締める。
分かってる。これはきっと足止めだ。モデの魔法が効かなかったことから、あの影はこうやって不審に思わせ、足を止めさせ、時間を稼ぐために設置されたんだ。じゃなきゃ振動しない未知の物質なんて置かないよね。
だとすると、敵はピサス達のいる給湯室の方にいるか、あるいは……。
「……シェーナ?」
………………<シェーナ>
私は、思い切って言うことにした。
「私の仲間は、ケイシーちゃん、リコプルちゃん、メドナちゃん、リューイくん、エーリくん、キリコッテちゃん、カテマくん、ゲンジくん、ヤスラ? くんです」
仲のいいクラスメイトを全部つらつら述べた。嘘と真実が混じった究極の一手だと我ながら思うわ。
「あ、あぁ? そりゃお前、いつも一緒にいる仲良し組じゃねぇか」
さすがに戸惑った様子のアリア先生。ここで更に畳み掛ける!
「いや、まだいますよ~。ヒーコちゃん、ヤフリースくん、ミンティちゃん、カノラちゃん……」
「それクラス全員言うつもりかよ」
「はい。そのつもりです!」
私は力強く肯定した。ここで私がやらかして、エーリくん達に迷惑かけるわけにはいかないわ!
「私にとって、クラス全員が仲間です。そして、そんなクラスの代表として、学園を平和にするために立候補したのです~!」
「な、なんだそりゃあ!」
困惑を隠せないアリア先生。あの無機質な表情ではなく、親しみやすい優しい表情に戻っていた。
「はっはっは! これはアリア君の負けだな」
すると、今まで黙っていたドランソー先生が、笑いながら私達の輪へ入った。
「シェーナ君が何か目的を持って立候補することは間違いないが、少なくとも彼女の発言に後ろめたさは感じられなかった。学園を支配しようだとか、そういう邪悪な思想ではないようだよ?」
「ドランソー先生……」
「我々は監視会だ。過度な干渉は、違反行為に値してしまう」
「そう、ですね」
アリア先生はがっくり項垂れ、頭を派手にかきむしってから、私に目線を合わせて優しく微笑んだ。
「ごめんなシェーナ。私、ちょっと疑心暗鬼になっててな」
「い、いえ。お気になさらないで~」
「本当ごめん! 今度何か奢ってやるから!」
「……仲間の分もですか?」
「それクラス全員に奢ることになっちまうじゃねーか! それは無理!」
あははは、と笑いが零れる。場はすっかり和んでいた。
この後、ドランソー先生と数回やり取りをして、私は立候補したのだった。
会議室を出て、一階へ向けて歩き出す。
何とか立候補できてよかったわ~。ていうか、なんであんなにアリア先生は疑心暗鬼になっていたのかしら。
先生が気にしてそうな問題だから……イースオスマ? でもエーリくん達が捕まえたって言っていたけど。
そんなことを考えながら、階段を下りていた……時の事だった。
「……え?」
突然、階段の下から半透明の影が、浮上してきた。
それは人の形をしており、真っ黒で塗りつぶされたような見た目をしていた。
何だろうと思う間もなく、その影は、私へ向けて右手を大きく振るってきた。その瞬間、右手は爆発的に膨らみ、大人一人分くらいの大きさになって、
「――ひゃ」
慌てて防ごうにも防げない勢いで、私は――。
「ヴォイドシールドッ!」
やって来たエーリくんの魔法に守られた。影の手が風によって弾かれる。
「ああーっ! 最近こんなんばっかじゃん! ちょっと治安悪いぜこの学園! 風紀委員何してんだ仕事しろーっ!」
愚痴ながらも、しっかり盾を張るエーリくん。すごいなぁと見惚れてしまう。
「大丈夫?」
「うん、平気よ。エーリくんが守ってくれたから。ありがと」
「いいよお礼は後で。それより立候補は?」
「してきたわ。それで今出てきたとこ」
「ふむ、やっぱシェーナが出てきたところに合わせてきたのか……」
エーリくんは難しそうな顔をしつつ、正面の影を睨みつけた。
影は膨らんだ右手を元に戻しつつ、こちらを同じように睨んでいる……気がする。顔がないから分からないわ。
「また影か。こいつが本体っぽいな」
「また?」
「ああ、別の場所にも出たんだ。ちょっと形は違うけどね。こいつが本体で、他は足止め用だと思う。んで、シェーナが出てきたタイミングで自動的に魔法発動。探知には引っかからずに、実際発動した時には足止めによってここまで来れないと、そういう作戦かな?」
他の影がどういうのか分からないけど、エーリくんの言うことを考えると、この魔法を使っている人は確実に私を狙っていたようね。
今更、恐怖で身体が震える。
「ま、まさか、フォルが?」
「フォルエッタが差し向けた可能性はあるね」
「そんなぁ……」
もはや勧誘というレベルじゃないわ。魔力さえ手に入ればいいと、そう思っているの? フォル。
「とりあえず、叩いてみるか」
そう言って、エーリくんが魔法を発動――
「なんだ?」
しようとした時。影に動きがあった。
右手を膨らませた時のように、今度は全身を膨らませた。何倍にも膨らみ、影はジャイアント族並に巨大化した。
「なるほど。この影は変幻自在に体格を調整できるのか」
「納得してる場合じゃないわ! どうするの~?」
「この程度普通に防げると思うよ」
「あ、そうなんだ」
一安心したところで、影は再び右手を膨張させた。
そして、右手を振りあげて、
「……は?」
「えぇ!?」
自分の腹を殴った。影が自分の右手で自分のお腹を攻撃したの。正気の沙汰とは思えない行動に呆気にとられる私達。
次の瞬間、腹から大量の黒い霧が吹きだした。辺り一面を真っ黒に覆い尽くす程の黒い霧だ。
「! やべぇ!」
エーリくんが何かに気が付き、盾を維持しつつ盾から出ていく。
しかし、
「クソッ! 逃げられた!」
真っ暗な視界から、悔しさに満ちた声が聞こえてきたのだった。
………………<エーリ>
結果として、シェーナを狙っている奴が確実に存在することが分かった。それが法王女か、司教院か、図書委院か、魔女の月か、イースオスマかは分からない。
ただ、それだけが分かった……。




