第四十七話 閑話その四 『闇戦 覚醒編』
・この話は前回の続きではありません。ちょっとした外伝になります。
~前回のあらすじ~
囮に使う決意。
昔、アブルーニャ学園の賢者学科一年の間で勃発した聖なる戦い――『聖戦』という名の争いがあった。
きっかけはよく分からない。が、きっと些末な理由に過ぎないものだっただろう。
男子連合軍という名の男子で構成された組織と、女子聖歌隊という名の女子で構成された組織が結成され、互いの不満を解消するように、魔法を使って争った。
両者一歩も引かず、血みどろの戦いを強いられた。憩いの場であるはずの、賢者棟の裏にある見晴らしのいい爽やかな草原は、地獄の焦土と化したのだ。
結果的に、勝利したのは男子連合軍だった。しかし、一人の女生徒の涙ながらの訴えによって、男子と女子は和解する運びとなった――。
「あれ? エーリくんは?」
ぼく、キリコッテ・ジャバッツは、右手に自分が飲んでいるお酒を持ち、左手にエーリくん用に用意したジュースを持って、リューイくんに話しかけた。
リューイくんはお酒を飲んだせいか、結構酔っ払っており、顔全体を真っ赤に染めていた。熟れたリンゴみたいでちょっと面白いかも。
「あー? ……あ、キリコッテか。ぅぃ~、エーリならこそこそとどっか行ったぞぉ。その辺にいるんじゃね?」
「そっか。分かった、ありがと」
「おう~」
リューイくんに手を振って、その場を離れる。周囲で寝転がっているクラスメイトに気を付けながら、辺りを一通り眺めてみる。
「ひゃああああああああああっはああああああああああああああ!」
「ふぅううううううううううう!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」
日差しが眩しい午前中である。
聖戦の舞台となった草原に、顔を赤くした男子が何人も雑魚寝しており、死屍累々としている。まだ酔い潰れていない連中も、酒という魔物に精神をやられ、訳もなく騒いでいる。
……中々の地獄絵図だね。皆お酒飲み過ぎ。
まぁ、飲みすぎる気持ちも分かる。なんてったって今日は、男子連合軍の勝利を記念した打ち上げパーティなのだから。
聖戦後、男女間で和解したとはいえ、あの男子より一回り二回りも勝る女子たちに勝ったのだ。結果、勝利の余韻に浸りたいという男子が多数いたことから、今日のパーティが開催されたのだった。
発起人はまたもやリューイくん。一番はしゃいでいるのもリューイくん。賢者学科一年の男子のリーダーは、やっぱりリューイくんだ。
「(でも、今回の戦いで勝てたのは……エーリくんのおかげだ)」
そう、ぼく達を勝利に導いたのは、たった五歳の少年――エーリくんだった。
今まで男子は女子よりも劣り、才能でも勉強でも運動でも負けてきた。それがたった一人の幼い軍師を迎えただけで、勝つことができたのだ。
皆口には出していないが、エーリくんに相当感謝している。もちろん、ぼくも。
「(まさか魔法の使えないぼくが活躍できるなんてね)」
ぼくがケイシーちゃんの杖を奪えた瞬間、世の中魔法だけじゃないんだな、と思い知らされた。
皆程ではないが、ぼくも内心勝利の余韻に浸りつつ、草原の側にある林へと入った。
秋真っ盛りな林の中は、小豆色・茶色・焦げ茶色と、落ち着いた色が支配しており、自然とぼくの心も落ち着かせる。
積もった落ち葉を踏むと、小気味よい反応が足から伝わり、何となく進んで踏みつける。
こんな自分の行動に、あと数か月もすれば、水たまりに張った薄氷を踏みつけて遊ぶことになるんだろうなぁ、と少し恥ずかしく思った。
でも、そんな落ち葉遊びには先客がいたようで、
「(ここの落ち葉の山、ぼくより一回りも小さい足跡が付いている……エーリくんだ)」
自分のクラスメイトのものだと知ると、恥ずかしさよりも嬉しさの方が増すのであった。
他の場所にできていた落ち葉の山を良く見ると、小さな足跡が点々と残されていた。まるでぼくとエーリくんを引き合わせるための道標のようだ。これを辿っていけば無事に会えそうだ。
「(それにしても、こんな林の奥に、何の用で入ったんだろう?)」
疑問を浮かべつつ歩いて行く。この奥には特に面白いものなんてないはずだけど。
やがて、開けた空間が現れると同時に、捜していた人を発見した。
気品ある服に身を包んだ茶髪の少年――エーリくんだ。じーっと、とある場所を凝視している。
ぼくが近づいてみると、足音を聞いてこちらに振り返った。
「お、キリコッテじゃん。どうしたの?」
「どうしたのはコッチのセリフだよ。こんな林の奥まで一人で来ちゃって。今メドナちゃんいないんだから、迷子になっちゃうよ?」
「ははっ、メドナがいなくても僕は迷子にはならないよ。どっちかって言うとメドナの方が迷子になる」
「え~、そうかな?」
「ホントホント。メドナは結構おっちょこちょいだから」
会話をしつつ、ぼくは持っていたジュースをエーリくんに渡した。エーリくんはありがとう、と言って、一気に飲み干した。
そして、飲み物の中身がジュースだと知ると、驚いた顔をした。
「これ、ジュースだったのか。てっきり水だと思ってたよ。ほら、パーティ会場にジュースなかったし」
「お酒と水しかなかったもんね」
勝利を祝うパーティということで、酒好きドワーフ族のヤスラくんが大量に用意した酒と、水魔法で生み出した酔い覚ましの真水しかなかったのだ。だからエーリくんが驚くのも無理はない。
「もしかして、このジュース渡すために僕を捜していたの?」
「うん、まぁね。エーリくん、まだお酒飲めない歳でしょ? だからリンゴのジュース買ってきたんだ」
「……」
一番の立役者が飲み物なしとか可哀想だからね、と付け加える。パーティが始まってお酒しかないことにガッカリしていたエーリくんを見て、ちょっとした親切心でジュースを用意したんだけど……ダメだったかな?
そんなぼくの言葉を聞いて、エーリくんは急に顔を俯かせて無言になった。どうしたんだろう? と、顔を近づける。
そして気が付いた。エーリくんは泣いていた。表情は普通なのに、目から一筋の涙が落ちている。
「天使だ……天使様だ」
「え? て、天使?」
そう言って、エーリくんはぼくに対して両手を合わせて拝み始めた!
「ありがとう天使様! 可愛い上に慈悲深いとか、それもうキリコッテが天使であることの証明だ! 性別が男とか、そういう次元じゃなかったんだ! キリコッテは天使! それ以上でもそれ以下でもない!」
「……な、何言ってるの?」
「何って、哲学の話だよ。キリコッテは天使、これが世界の共通認識さ」
「そうなの!?」
「ああ。猫耳超萌える」
もはや困惑しかできないぼくの前で、エーリくんは一心に手をすり合わせ続ける。ブツブツと『天使様最高』とか、『天使様可愛い』とか呟いている始末。
「(ど、どうしたらいいのこの状況! ぼくは天使なんて高尚な存在じゃなく、ただのキャットベースのワーグ族なんだけど。だから拝まれても幸福を与えることなんてできないし……)」
でも、エーリくんはぼくのことを天使だと信じてしまっている。子供の夢はできるだけ壊したくない。ぼくさえ否定しなければ何とかなる。
考えるんだキリコッテ! 何か、彼に幸福を与えられそうなものは……ハッ!
ここで、エーリくんがぼくの耳を注視していることに気が付いた。感情が高ぶったり、聞き耳を立てたりするとついピクピク動いちゃうこの大きな耳が、気になって仕方ないみたい。現に、感情の高ぶりで小刻みに震えているぼくの耳を、息を荒くして目で追っている。
これを上手く使えば、いけるかも!
「さ、触ってみる?」
「!?」
ぼくは恐る恐る、耳をエーリくんの目の前に差し出した。格好としては、立っているエーリくんの前で、僕が立ち膝になって頭を少し下げている感じ。王に使える騎士の如し。
エーリくんもぼく同様、恐る恐るといった動きで、ぼくに尋ねてきた。
「い、いいの?」
「ど、どどどうぞ」
よく分からない緊張が全身を襲う。な、なんか恥ずかしい……。自分からやっておいてなんだけど。
「じゃあ、え、遠慮なく」
そして、宙を当てもなく彷徨っていたエーリくんの両手が、ゆっくりと、ぼくの耳に――、
「ひゃんっ!」
「!?!?!?」
触れられた瞬間、変な感覚になり、思わず声が出てしまった。すぐに口を両手で抑えたが、もう遅い。
な、なんて女々しい声が出てしまったんだ! 恥ずかしいよお!
うぅ、エーリくん、またぼくのこと女の子とか誤解しちゃうかな……? そんな不安を覚えながらエーリくんの顔を見ると――
「……もう、死んでもいい」
すごく安らかな顔をしていた。てか死んじゃダメっ!
数分後。
とりあえず、エーリくんは一命を取り留め、普通のテンションに戻ってくれた。
話題は、ぼくが来た時にエーリくんが黙って見つめていた『あるもの』に移った。
「あれは『回廊』だよ。魔力のこもった洞窟」
「魔力の?」
「うん、魔力」
林の中に、突如現れる空間。その奥に、大型の魔物がぽっかりと大きな口を開いて待ち構えているような、闇を携えた洞窟が鎮座しているのだ。
これが回廊。中は恐らく、迷路になっている。
「洞窟や森の中には、長い時間をかけて空気中に漂う魔力を勝手に蓄えて、ランダムに変化する迷路のようになってしまうものもあるんだ。そういうのを回廊と言う」
「? 迷宮とは違うの?」
「そうだね。『迷宮』とはまた違うんだ」
そう言って、ぼくは不思議そうな顔をしているエーリくんに、簡単に解説をした。
「回廊も迷宮もほとんど違いはない。けどね、一つ大きな違いがある。それは『意志』なんだ」
「意志?」
「うん、意志。回廊には意志がなく、迷宮には意志がある」
「意志って……つまり、迷宮の方は生きているってことか?」
「そうだね。意志を持ち、入り込んだ者を惑わして殺し、魔力を得る。……これだけで、迷宮は生きていると言えるよね」
「ひ、ひぇ~」
エーリくんがブルッと身を震わせる。ちょっと怖い話しちゃったかな?
……なんて、思っていたけど、
「面白そうじゃん!」
と言って、エーリくんは目を輝かせていた。まさかの武者震いでした。
「つまり、ここは迷宮じゃないからそこまで危険度はないんだね?」
「ま、まぁ、小さい回廊だし、学園の進入禁止区域に指定されていないから、大丈夫だと思うけど……」
「そっかそっか!」
ぼくの言葉を聞いて、エーリくんは何故か準備運動を始めた。
え? まさか行くつもり?
「ははっ! やべぇ、テンション上がってきた! やっぱ異世界つったらダンジョンだよね! まぁ、厳密にはダンジョンじゃないから僕ん中じゃノーカンだけど」
「え? いせかい? だんじょん?」
「いやいや、こっちの話」
エーリくんが何を言っているのかよく分からなかったけど、一つ明確に分かるのが、彼がこれからこの回廊に挑もうとしていることだ。
「ちょ、ちょっとエーリくん! まさか行くつもり?」
「うん」
うん、って。躊躇いの一切ない良い返事だよ……笑顔も眩しいよ……。
じゃなくて! これはさすがに止めなきゃ!
「確かに危険度は低いと思うよ。でも、エーリくんのような小さくて魔法の使えない子どもじゃ危険だよ! 魔法を覚えてからでもいいんじゃない?」
「そうだねー、それも一理あるねー」
「一理しかないと思うけど……」
念入りに体をほぐすエーリくん。このままじゃ本当に回廊へ突入しちゃうよお。どうしようどうしよう!
「よし!」
「ま、待ってエーリくん!」
右往左往している内に、エーリくんは柔軟運動を終えて歩き出した。方向はもちろん回廊の洞窟。
慌てて回廊とエーリくんの間に割り込む。
「どったの天使。一緒に行く?」
「一緒に行きたい気持ちはあるんだけど、今は止めとかない? さっきも言ったけど、魔法使えないぼくらじゃ危ないよ!」
「大丈夫! その気になりゃ魔法なんてポロッと出るさ!」
「そんな肌に刺さった木くずじゃないんだから……」
ダメだ。エーリくん行く気満々だ。意志が固すぎる。
たとえエーリくんが男子連合軍を勝利に導いた軍師だとしても、この先は危険すぎる。いざとなったらぼくがエーリくんを守ればいいけど、守りきれない事態になったら……!
「レッツゴー、回廊!」
「あっ!」
エーリくんがぼくを避けて歩き出す。行ってしまう!
こうなったら、力づくでも――。
「つまりよぉ、魔法が使えりゃいいんだな?」
突如、ぼくらの背後から声が響き渡った。こ、この声は!
二人して振り返ると、案の定、
「男子連合軍リーダー! リューイだ! 初級魔法、使えるぜ?」
全身緑色のゴブリン族であるリューイくんが、腕を組んで仁王立ちして楽しそうに笑っていた。熟れたリンゴじゃなくなっている。
「酔っ払ってたんじゃ?」
「オレは酒好きなゴブリン族だぜ? 酔いなんて水飲めばすぐ回復するっつーの」
「それは普通にすごいね」
完全に酔いから覚めているリューイくんは、軽快な足取りでこっちまでやって来た。
「キリコッテがエーリ捜してたから後追ってみりゃ……楽しそうなこと企んでるじゃねぇかエーリ! オレも混ぜてくれ!」
「いいよ。やっぱ冒険にはパーティが必要だ」
エーリくんの即決により、リューイくんがサンキュー! と言って杖を取り出した。準備万端みたいだ。
「ひゃっはー! ワクワクしてきた!」
「だよね! やっぱこういう洞窟って冒険したくなるよね!」
「……」
盛り上がる二人に対し、ぼくはなんとなく無言で佇む。
ま、まぁ、これならぼくが止める理由はない……のかな? リューイくんならエーリくんのこと守れそうだし、うん。
……なんとなく寂しい気持ちがする。ぼくも、エーリくん達と一緒に冒険したいのかも。
そんなことを考えていると、エーリくんが僕の背中を叩いた。
「ほら、行くよキリコッテ」
「え?」
「え? じゃないよ。一緒に行きたい気持ち、あるんでしょ?」
「……」
エーリくんが、優しく微笑んでいた。まるでぼくの気持ちを見通しているようで、嬉しい気持ちが胸いっぱい溢れてきた。
そうだね。実はぼくも、エーリくん達と一緒に冒険したいんだ!
ぼくも自然と楽しくなり、元気よく頷いた。
「ぼくも行きたい。てか行っちゃお!」
「うん! 行こう!」
……この物語は、聖戦の一週間後に勃発していた、真っ暗闇の洞窟回廊とそれに挑むぼく達の戦い――『闇戦』を記したものである。
「行くぞ! 楽しい冒険の始まりだぜ!」
「魔法ならオレに任せろ!」
「……勢いで行くことになったけど、大丈夫かなぁ?」
不安しかないぼくらの前に、一体何が立ち塞がるのか?
『闇戦 完結編』。乞うご期待!
次回から<五日目>です。




