第四十六話 スピーク・ユア・マインド <四日目>
~前回のあらすじ~
滅!
………………<エーリ>
後日談を語ろうか。
まず、スパイとして神帝に潜り込んでいたゲンジは、期間限定でピサスの監視下に入ることで落ち着いた。スパイという立場のゲンジに対し、かなり優しい裁量なのは、僕の存在が大きいのだろう。
帰り際、ゲンジは僕に対して真剣な表情を見せ、
「この借りは絶対に忘れない。いつか必ず返す。本当にありがとう」
そう言って礼をした。
僕はと言うと、そんなクソ真面目にお礼を言われるとは思っていなかったので、
「……ま、そのうち適当に返してもらうさ」
と、照れ臭くなってそっぽを向いたのだった。
こんな面と向かってちゃんと謝られたことなんて、元の世界じゃなかったなぁ。文だけでの謝罪だったり、スマートフォンを使っての間接的な謝罪だったりね。たとえ喧嘩したとしても、次の日には忘れて普通に接してくることもあった。
そう思うと、ゲンジは立派だな。大人でも子どもでも、ちゃんと謝れる人って意外と少ないんだ。偉そうなこと言っている僕だって、安いプライドのせいで謝れない時が多々ある。
だから、謝れるってのは立派なことだと思う。逆に褒められるべきことだとも言える。
……ま、ゲンジがスパイという点を除けばだけどね。
ちなみに、ゲンジには神帝の前では僕のことをケリと呼ぶよう言いつけておいた。ゲンジは最初怪訝な顔をしていたが、なんとなく意味が理解できたようで、ニヤリと笑った。説明する手間がなくて何よりだ。
それと、ゲンジをピサスとモデに差し出す際、ピサスとメドナが再開すると面倒なことになりそうだったので、その間だけ周囲に隠れてもらった。
僕とメドナに繋がりがあることはまだ隠しておこう。まぁ、既に知っている可能性は否めないけど。
ゲンジについてはこんな感じ。実際はもっと時間がかかっているんだけどね。
じゃあ、お次はイースオスマの二人組について。
黒いつなぎを着た高校生&小学生コンビは、無事捕まって牢に入れられた。明日にでも監視会へ引き渡すそうだ。
まぁ、国際的犯罪組織の一味を、一学生の組織が処理できるかと言ったらできないだろうしな。賢明な判断だろう。
ただ、監視会へ引き渡す前に、あの二人を取り調べはするらしい。神帝の重要な情報が盗まれていたら大変だからだそうだ。ゲンジと違って、監視しておくわけにもいかないからな。
けどあの様子じゃ、取り調べも大変そうだ。奇声あげて目見開いている奴らだ。理性があるとは思えない。魔法での洗脳や読心が上手くいけばいいな。
高校生については、メドナにちょっかいだそうとしたところを発見し、僕が惜しげもなく上級魔法ぶっ放して捕らえたけど、あの時点で小学生については把握できていなかった。
なので、メドナが泣き止み次第捜しに行こうと思っていたのだが――。
『おーい、エーリ!』
『お、逃げずにちゃんとやってきたなゲンジ』
『さすがに逃げねえって。それよりあっちにイースオスマが――』
『いたのか? じゃあさっそく倒しにいかないとね』
『いや、それがもう倒されていたんだ』
『マジで?』
『……あ、それ倒したのわたしです』
『マジで!?』
……という風な会話の後、実際に小学生がだらしない顔をして気絶しているのを発見した。この伝説的快挙には、普段威厳たっぷりの僕も、さすがにメドナを猫可愛がりしたものだ。
『よくやった! ナイスだメドナ!』
『えへへ! わたし頑張りました! すっごく頑張りました!』
『おう! 偉いぞー。ご褒美に撫でてやろう。よーしよしよし!』
『はふぁ。気持ちいいです坊ちゃまぁ~』
『そうかそうか。よし、これはどうだ。よしよしよしよし!』
『はぅ、ふにゃぁ~』
『これが本当の猫可愛がりか……』
そりゃもう頭とか顎とか撫で回してあげたもんだ。はたから見たら、メイドを可愛がる少年という変な光景だったと思うけどね。というか実際ゲンジにそんな目で見られていたけどね。
そんなこんなで、小学生は高校生と一緒に逮捕という流れになった。めでたしめでたし。
……と、いきたいところなんだけど、僕は一つ疑問に思っていることがある。
イースオスマの二人、明らかに様子がおかしかった。理性がなく、本能で行動しているような気もした。あの状態は一体何だったのだろうか?
一つ、イースオスマの情報を流さないために、何らかの魔法を自身に施した。例えば、記憶の全消去、とか。記憶がないから体に染みついた経験と本能だけで戦っていた……なんてこともあるかも。
だとすると、あの本能的な凶暴さも頷ける。即死するような魔法バンバン撃っていたからなぁ。うちの可愛いメドナに傷一つでもついていたら殺していたかもしれない、本気で。
それともう一つ。これはできれば当たって欲しくない仮説なんだけど。
イースオスマの情報を流さないために、というところまで同じだが、自分でじゃなく、別の者に魔法を施してもらった。
つまり、
「(この学園に、また別のイースオスマが潜んでいるということだ)」
あー、怖いなぁ事件とか何も起こりませんように、なんて願うとフラグになっちゃうのかな?
……。
…………。
………………。
夜も遅い時間、僕の部屋に愛の羽メンバーが集合した。
今日は報告会&反省会、そして――
「いよいよ明日、シェーナに立候補してもらう!」
明日に向けた作戦会である! 僕はやや興奮気味に、二人へ向けてそう言った。
「と、とうとう明日かぁ~。緊張してきちゃった」
「わたしもです。立候補するわけでもないのに何故でしょう……」
すると、シェーナとメドナも緊張からくるものか分からないけど、若干テンションが高めだった。まぁ、喋れない程緊張されるよりはマシだ。
僕はパープルドラゴンのクッションに尻を置いて座高を高くし、二人の注目を集めるように人差し指を立てた。
「一度確認しよう。齟齬が生じないためにもね」
人は忘れやすい生き物だ。確認は何度やっても悪いということはない。ヒューマンエラー対策のダブルチェックじゃないけれども、意志疎通というのは大切だ。
僕の言葉に二人が頷いたところで、話を始めた。
「立候補は明日中に済ませないと運営会選挙に参加できないらしいからね。今まで僕らは目立たず行動してきたが、明日からはそうはいかない。逆に目立つように行動していかなくてはならない」
「支持率を集めていくという訳ね?」
「そうだね。まぁ、そんな真剣に臨まなくてもいいけど」
学園の生徒に本当に支持されて運営会長になるのだとしたら、何日も前から立候補して街頭演説とかした方が良いのかもしれない。
けど、僕らの目的はあくまで『運営会長になってシェーナを守る法を定める』ということ。人気はさほど重要ではない。重要なのは票だ。
「幸運なことに、神帝と魔女の月は圧倒的トップが君臨している。そして、そのトップによって両組織共に運営されている。ならば、そのトップと上手く交渉できれば組織の票を根こそぎ奪える」
「そして、その交渉のための情報収集に、坊ちゃまとわたしが動いている」
「ああ。神帝に対しては既に交渉材料があるから後は直接会うだけ。魔女の月に関してはこれから臨む魔女の夜会の結果次第で変わっていく」
聖女が戦乙女に勝つようなら、交渉はやりやすくなる。戦乙女が勝つなら、何らかの策を講じる必要がありそうだ。
そんな損得勘定で考えていると、右隣に座るメドナが凛とした顔で、
「大丈夫です坊ちゃま。聖女は勝ちます」
そう言い放った。
見るに、メドナは静かに闘志を燃やしているようだ。格好はいつもと同じなのだが、纏う雰囲気がキリッとしている。
そんな様子に、思わず圧倒される僕。
初めて見る顔かもしれない。普段はもっと優しげで儚げで控えめなのだけど。これがギャップ萌えというやつか。
聖女に入って、魔女の夜会で敗北して、心が成長したのかもしれない。兄のような感じで見てみた僕としては、嬉しいような寂しいような。一人娘の成長に一喜一憂する父親の心境である。
ま、ここまで断定的なことを言われちゃあ、主としては信じてやらないとな。
僕はメドナの肩に手を置き、微笑んだ。
「分かった。じゃあ勝ってこい!」
「は、はいっ!」
多少プレッシャーをかけるくらいが丁度いい。メドナは嬉しそうに返事をした。
僕は満足気に頷きながら、話を続けた。
「僕とメドナは引き続きスパイ活動を。シェーナは監視会のいる中央棟三階の第二会議室へ行って立候補……の、はずだったんだけど……その」
「?」
僕は全て言い終える前に、口を閉じてしまった。左隣に座るシェーナが、不思議そうに首を傾げた。メドナも同様である。
僕はと言うと、これから言わなければいけない内容を思い浮かべ、意識的に頬をかいた。
うぅ、気が重い。重いよ、超ヘヴィーだよ。だって、僕の失態によって起きてしまったことに対する、最悪の対抗手段だからなぁ。
こんなこと、言いたくはないんだけど……くぅっ。テンション高めにして勢いで言えるかと思ったけど、そんなことはなかったぜ。
ふと、僕は無意識にズボンをしわが出来る程強く握りしめていたことに気が付いた。手汗で若干湿っており、気色悪い温かさを感じる。喉はカラカラに乾き、息がキュッと詰まる。鼓動も、いつもより早く大きく鳴り響いている。
緊張、だね。僕は明らかに緊張をしている。どうしようもなく緊張をしている。
「えー……と。実は、ね。お、囮が、じゃなくて」
言葉は上手く発されず、曖昧模糊とした単語が宙ぶらりんになる。ったく、僕が喋れない程緊張してどうするんだよ……。
困惑しているのか、黙ったままの二つの視線を浴びながら、僕が口をもごもごとしているだけで無為に時間が過ぎていく。
いや、言いたいことは決まっているんだ。……決まっているのか?
土壇場で何か妙案が浮かばないかと思考するも、上手く頭が働かない。意外にも脳内はクリアだが、一つの考えが占拠し、他の考えを跋扈させないのだ。
やっぱり、この作戦でいくしかないのか……? 何か、もっと安全な手は何かないのか? ダメだ、分からない。でも、これしか……!
「エーリくん」
僕が悩んでいると、シェーナがとうとう声をかけてきた。痺れを切らした、というところか。
と、思ったが、シェーナはそれ以上何も言わずに、黙って僕を見つめていた。
これは……僕が言うまで待ってくれるということか。なんて健気で、優しくて、厳しいのか。
実は、とっくに気が付いていたのだ。この作戦しか浮かばないということは、この作戦しかないということに。
でも、これを言ってしまうと、確実にシェーナを危険に巻き込むことになる。シェーナのことだ、この作戦を言うと嬉々として承諾してくれるだろう。役目の無かった自分が活躍できると喜ぶだろう。
しかし、シェーナを守るために、シェーナを危険に晒す矛盾の作戦を、言ってもいいのだろうか――。
「……」
シェーナは未だ見つめている。何も言わずに見つめている。メドナも口を開かず待っている。
二人共、僕の言うことを待っている。全てを信じるような瞳を向けて、待っている。
……僕の心の中を、打ち明けよう。
「シェーナには立候補してもらうんだけど、その際僕やメドナはつかない」
「……! それはシェーナ様にとって危険なのでは?」
「ああ、そうだね危険だ。でも、シェーナにはその危険な状態になってもらい、シェーナを監視している図書委院を引っ張り出してもらいたい」
「それって……」
メドナが勘づき、全て言ってしまう前に、僕は自分から告げた。
「シェーナには囮になってもらう」
一番言いたくないことを、言った。言ってしまった。
口の中が何故か苦く感じ、嫌な汗が背中を流れていく。なんて残酷なことを、僕は言っているのだろうと、今更後悔してしまう。
恐る恐る、シェーナの顔を見た。こんなことを言われた今、どんな顔をしているんだろう――。
「……よかった」
僕の目に映ったのは、優しく微笑んでいるシェーナの姿だった。
その姿は、何よりも尊く、何よりも美しく感じさせた。輝いて見えたのだ。
まるで地母神のような反応に驚き、何も言えずにボーッとしていると、
「ちゃんと言ってくれて、よかった」
そう言って、また口元を綻ばせた。
そんな言葉を聞いて、僕の胸の中は不思議と軽くなり、嘘のように緊張も解けていった。
「『正直に言ってくれよ。仲間だと思ってるんだったらさ』」
「……それは、僕が前に言った」
「そうよ。エーリくんが前に、私に対して言ってくれた言葉」
一日目の時、表情の暗かったシェーナに、僕が言ったことだ。卑怯なやり口だと思ったが、シェーナに対してそれがよかったのを覚えている。
それを、言われた本人であるシェーナに僕が言われることになるとは……。
「ここでエーリくんが、嘘ついたり誤魔化したりしないで、正直に言ってくれた。だから、私はよかったと思う」
「……そっか」
いつの間にか、シェーナも成長していたんだな。
「仲間、だからな」
「うん!」
成長していくことは、嬉しくもあり、寂しくもあり、何より頼もしくなるんだね。また一つ、僕も成長できた気がするよ。
その後、僕の口によって大まかな作戦は伝えられた。メドナもシェーナもやる気満々で、話している僕もやる気に満ちていた。
さぁ、激動の四日目が終わり、衝動の五日目が始まる……!
・次回、番外編予定です。




