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魔法によって飛んだ空  作者: 元祖ゆた
運営会選挙編 
46/64

第四十五話 亡国の領域 <四日目>

~前回のあらすじ~

襲われて、怖がって、驚いて、呆れて、また襲われた。


………………<エーリ>

神帝の拠点、カイズブルー城。

その地下には、建てられた当時のままの地下牢が現存しているのだが、神帝によって再利用されている。


使用例として、神帝内で違反行為を行なった者に対する独房、飼っているペットの一時的な檻、そして――。


「スパイってキミだったんだな。ゲンジ」


間諜や密偵といったスパイを拘束しておく牢である。

縦に長い長方形の空間で、灰色の石が隙間なく詰められた壁に、青色の魔法無効石の練り込まれた格子。もちろん格子だけでなく、牢自体に魔法無効石が散りばめられており、地下牢では一切の魔法が使用できない。

窓がなく、陰鬱とした牢は、恐ろしく冷徹な印象を受けた。


そしてそれこそが、カイズブルー城の地下牢だった。


「神帝が運営会になってから、スパイのせいで今まで運営が上手くいかなかったと言っていたから、随分と長い間潜伏していたことになる」


格子と同じく、魔法無効石の埋め込まれた特殊な椅子に、ゲンジは両手両足を鎖で縛られ座らされていた。ちょうど牢の中心だ。

そんな状態のゲンジの目の前に、僕は立つ。鏡で見ていないから分からないが、きっと今の僕の顔は冷めた顔をしているだろう。


「なるほどねぇ、そりゃ見つけるのも時間がかかるか。魔女の月のスパイっつーと、普通は女のスパイを想像するからなぁ。魔女の月が女だけの組織ってのがあるからさ」

「……」


僕の言葉を、黙って聞いているゲンジ。その顔は、教室で授業を受けるクラスメイトの顔だった。


「管理委院に入って神帝の情報を周囲へ流すだけでも大ダメージだろうね。目的は何? 神帝を蹴落とすため?」

「……」

「ま、喋らないよね」


最悪捕まって尋問されることもあるのがスパイというもの。そういうことの覚悟はできているんだろう。見上げた根性じゃないか。

しかし人事ではないぞ。これが未来の自分の姿にならないよう、僕も注意して行動しなければならないな。


「(それにしても、尋問はどうするのだろうか)」


ゲンジを見張っている二人組の話を聞くに、ゲンジは捕まる前に自身へ結界魔法をかけたようで、それによって洗脳系の魔法は防がれてしまうらしい。これで記憶を読んだり、自白させたりすることができなくなったわけ。僕の心の巣ハートライフやワードコーティングも効かないだろう。


ならば、結界魔法を解除するしかないわけだが……こういう場合、魔法無効石は通用しない。

魔法無効石はあくまで『石のある状態での魔法を無効化する』という効果を持つ。

つまり、石がある前に使われた魔法については無効化できないのだ。石も万能というわけではないわけだ。


そして、牢自体が魔法を扱えない環境にある。魔法による尋問は不可。


「(となると……)」


ちらりと、ゲンジの側に置かれた様々な『器具』を見た。どれもこれもが、赤く汚れていた。


「(まぁ、拷問器具使うよな)」


一番手っ取り早いのは、拷問専用の器具の使用。暴力という単純且つ強力な力によって相手に口を割らせる原初の方法。

よく見ると、ゲンジは相当痛みつけられたのか、全身傷だらけだった。人間だったら致命傷となる傷ばかりだ。中には、今も血が流れている箇所がある。

ただ、彼は異種族。傷の治りが早いようで、治っている箇所もチラホラ見られる。


僕はなんとなく、床に転がっている使い込まれたノコギリを蹴飛ばした。血は既に乾いており、靴に血がついてしまうことがなかった。

そんなことを知り、今度はペンチを踏んづけた。


「それで、今度はエーリが尋問しにきたのか?」


そう言うゲンジの顔は、『普通』だった。恐怖も畏怖もなく、悲しみや悔しさもなく、無表情とも違う普通の顔をしていた。


「言っとくが、おらはしぶといぜ? まだ一度も気絶していないし、寝てもいない。ハーピー族は引越しの多い種族だ。一週間空を飛び続けることもある。心身ともに強靭なのさ。……いくらクラスメイトとは言え、口は割らない」


このセリフもまた、少しも表情を動かさなかった。

僕はゲンジの言葉に、腕を組んで考える。ここでどの選択を取るべきかによって、今後が変わる――。



「いや、助けに来た」



僕は自然と、そう言っていた。選択肢はたった一つだった。

ゲンジの顔が、ちょっぴり動いた気がした。


「ったく、いつまで学校休んでるんだよー。これ以上休むとアリア先生に怒られるよ? あの人体罰上等のクソババアだからさ」

「な、何を……言っているんだよ?」

「それにそんな怪我放置してちゃダメだって。ヒーリングとキュアかけてやるからついて来て。牢の中じゃ満足に魔法が使えないからねー」


僕は椅子の側に落ちていたブレードソードを拾い、力任せに鎖に叩きつけた。鎖は卵を床へ落としてしまった時のように簡単に砕け散った。

そのままの調子で椅子も壊し、ついでに拷問器具も破壊していった。時間はかかったが、ゲンジを縛っていたものを全てとっぱらった。


「それより聞いてくれよゲンジ。今日の話なんだけど、リューイとヤスラって実はホラーが苦手らしいんだ。聞かせてやりたいくらいだよ、あいつらの悲鳴――」

「ちょっと待ってくれよ!」


自由になったゲンジが、僕に詰め寄る。明らかに混乱していることが見て取れる。


「な、何やってんだよ! おらを自由にするなんて……エーリ神帝なんだろ? こんなことしたら、エーリは……」

「いや、僕は神帝じゃないよ」

「え!?」

「かと言って魔女の月でもないけど」

「ええ!?」


じゃあなんで? と言いたげなゲンジに、僕はニヤリと笑って、



「男子連合軍だからね。仲間を助けるのは当然さ」



そう言ってやった。


僕にはやらなければならないことがある。それはシェーナに安心を与えること。そのために今、愛の羽を作って行動しているわけだが。

あともちろんのことだが、元の世界へ帰ることもあげられる。姿をエーリから悠飛へ戻す方法と並行して、やらなければならないことだ。


しかし、それとは別に、人として、愛羽悠飛として、やりたいことがある。例えば、魔法の使用やベリーチェと再開すること等があげられる。

それともう一つ。



僕にとって許せないことに、立ち向かうことだ。



ゲンジは悪いことした。神帝の情報を盗んで外へ流したり、神帝内を混乱させたりした。神帝にとっては、許されないことだろう。

けど、だからってこれはやりすぎだ。ゲンジの尋問に、遊びが含まれている時点で、僕はそれを許せない。

だから僕は助ける。きっと、面倒くさい生き方なんだろうけど、変える気はない。


それが僕、愛羽悠飛であり、エーリ・アルンティーネなのだから。


「……ぷっ。ははは!」


僕の言葉に、つられて笑い出すゲンジ。


「そう言えば、そうだったな。同じ男子連合軍だった」


その顔は、作られた普通ではなく、いつもの普通の顔だった。そうそう、子供はそうやって作った表情してないで、素直に感情表現するべきだ。


「助けてくれてありがとな」

「貸し一。いずれ返してもらうよ」

「うわ、なんてビジネスライクな反応だ」

「実は照れ隠しとか、適当に補完しておけばいいよ」


そう言って、僕らはなんとなく握手をした。友情って、こういうものかもしれないね。





「そういうわけで、捕まっていたゲンジを助けた」

「「……はあ」」


地下牢へ遅れてやって来たピサスとモデに、そう説明した。二人共、呆れたような困ったような、戸惑いの入り乱れた顔をしていた。


ちなみにゲンジには、すぐにヒーリングとキュアをかけたので、今ではピンピンしている。貸し二である。


「いやまぁ、ウチはアンタに逆らえないからなんとも言えないけど……」

「……む」


清々しく従順なモデの隣で、低く唸る漢が一人いた。ピサスである。

通常でも濃い顔が、眉間に皺がよりいっそう濃く見える。まさに漢。男ではなく、漢。


彼は元々、ここへゲンジを尋問するためにやって来たわけだからね。自由になっていて、しかも僕が助けたもんだから、そう悩むのも当然だ。

それに彼は法王女を一緒に倒すため組んではいるものの、神帝の主導者的位置にいる。そんな代理主導者が、神帝内をかき乱した者を許してしまってもいいものか、と思うところもあるのだろう。


しばらくそうやって唸り、やがて野太い声を発した。


「自由にすることについては、いいだろう。姿が知れているから、再び神帝に潜り込まれることはないだろうし、俺としても、こんな場所で長時間拘束して拷問したくないというのもあるしな」

「! 本当か?」


ゲンジが思わず喜びの声を出す。平気そうな感じだったけど、やっぱり拷問は怖かったのかな? まだまだ未成熟な学生だから、怖がって当然だ。

そんなゲンジに釘を刺すよう、ピサスが鋭く睨む。


「ただし、それは法王女からの命令を果たしてからだ。答えてもらうぞ」

「命令って、福泉のやつか」

「ああ」


そう言えば、スパイを拷問して聞き出すようにとは聞いたけど、何を聞き出すのかは聞いていなかった。

この辺完全ノータッチだったからな僕は。他に気にすることがあったから、しょうがないと言えばしょうがないが、なんて凡ミスだ。


睨まれたゲンジは、顔をすぐに引き締めた。


「……命令次第かな。悪いけど、利益を損なう可能性があることは言えない」

「そうか。俺としては命令内容が聞ければそれでいい。盗まれた情報は仕方ないしな」

「寛容だな」

「あれだけ痛みつけられていて喋らなかったお前に対する敬意だとしておこう」

「そうか。感謝する」


そう言って、恭しく礼をするゲンジ。これが捕まったスパイに対する処分だと思うと、かなり優しいから当然の礼だろう。


……と思っていると、ピサスが僕に近づき、耳打ちをした。


「ケリが助けた者だから、大目に見ているだけだ。少しでも怪しい動きをしたら、その時はお前と対立してでも捕らえるからな」


ピサスの言うことは当たり前であったが、


「ありがと」

「む、お礼を言われることを言ったつもりはない」


その声はどこか優しかった。


「それで、指示というのは?」


話を進めよう。僕はゲンジに代わって尋ねた。


「『神帝内に潜り込んだイースオスマについて聞き出してください』。そう指示されている」

「……イースオスマだって?」


ピサスの言葉に、僕は予想外のがきたなぁと思いながら頬をかいた。その単語は、今日聞いたばかりホヤホヤの言葉だったからだ。急上昇ワードとも言う。

セビトロ帝国の秘密組織だったっけ。なんか、僕らを攫おうとしているとかどうとか。


「ああ。どうやら神帝にいるらしいのだ。それで法王女はイースオスマに内部崩壊させられることを危惧している。イースオスマについて情報を握っているのが……」

「……」


僕らの視線が、自然とゲンジに向かった。当の本人は目を伏せ、何か慎重に考えているようだった。


「知っているよ、イースオスマ。あいつらのせいでおらがスパイってバレたんだからな」

「……ほう」


ピサスがゲンジに強い眼差しを向ける。嘘をついていないか、顔の筋肉の動きでも見ているのだろう。

伏せていたゲンジも顔を上げてピサスを見詰め、真正面から向き合う二人。僕とモデは蚊帳の外となった。


「スパイ活動をしていた時、あいつらが接触してきたんだ。『仲間にならないか』と。それを断った途端、おらがスパイだということが暴露され、捕まった」

「それが誰か分かるか?」

「分からない。城の中で一人いる時に、思念を飛ばしてきたんだ」

「城の中となると、やはり神帝内にイースオスマがいるのか。城は門以外に入口はないから、自然と門番二人に姿を見られる」


二人の会話を聞いていると、イースオスマという単なる噂が、現実味を帯びてきた。もしかしたら、僕のように正体を偽装して入り込んでいるのかも……。


そんなことを考えていると、モデが僕の背に合わせて中腰になり、僕の耳に口を寄せてきた。

俗に言うヒソヒソ話である。


「アンタじゃないでしょうね、イースオスマ」


とんでもないことを言ってきたモデに、僕もモデの耳元に小さい声で話す。


「まさか。僕がイースオスマだったらとっくにキミを攫っているよ」

「そ、それもそっか。アンタ強いもんね」

「……なんか嬉しそうだね。何? 僕に攫われたいの?」

「! んなわけないでしょうが!」

「――ッ!? 耳元で叫ぶなよ!?」


ひぃぃ、突然の大音量に耳キーンしてるよぅ……。あと超ビックリしたし。まるで音量マックスなっているのに気が付かないで音楽かけた時みたいな。


「わ、悪かったわね」


文句を言おうとする前に、毒舌女は意外にも、僕に対して素直に謝った。態度も嫌々ではなく申し訳なさそうで、少し恥ずかしそうなだけ。更にビックリ。


心の巣がモデの毒舌を封じているせいか、最近の彼女は本当に素直だ。これは順調に調教されているということか? 逆に調子狂っちゃうぜ。


「ま、まぁ、気を付けてよ? 今のはヘタしたら僕への攻撃と見なされちゃう場合もあるからさ」

「あ、うん。そうね、気を付ける」

「……」


え? マジで調教されている? 従順になっている? でも五歳児に調教される中学生ってどうなんだ?

ってかそう思うとめっちゃ可愛く見えてきた。まぁ元々可愛らしいとは思っていたけど……。


いや、ダメダメ! 五歳(男子高校生)が手を出しちゃいかんよ! 絶対後で後悔するからな。罪悪感で殺されるから。うん。


足の太ももを思いっきりつねって自我と理性をはっきりとさせてから、二人の会話へ混ざった。


「イースオスマは案外近くにいるかもしれない」

「どういうことだ?」

「目をつけたゲンジを何もせず放置するのか、ということさ」


僕は二人の顔を見ながら、考えていたことを話した。


「噂じゃイースオスマは人攫いの組織だ。そんな組織がゲンジに対して普通に勧誘し、失敗した途端にスパイであることを流しただけなんておかしくない?」

「確かにな。しかしそれは噂を信じた場合だ。嘘の可能性も多大にあると思うが」

「まぁ、そりゃ僕も完全には信じてはいないさ。ただイースオスマらしくない、と思っただけだ」


これは仮説になるんだけど、と前置きをして話を続ける。


「攫わなかったのではなく、攫えなかったとしたら? 力の差やどうしようもない状況だったから、攫えなかった。しかしイースオスマとしてはキープしておきたい。だから――」

「勧誘してみて、のってくれたら万々歳。のられなかったとしても、スパイ情報を流せばおらは神帝に捕まってしまう」

「そう。神帝の所有する地下牢という、目の届く範囲に拘束されるのさ。捕まっている状態ならば、他の組織へ渡ることもない。自分たちが管理する必要もない。力がなくてもキープし続けられる」


神帝内にイースオスマがいるってことは、ゲンジ確保は好都合だろうしね。地下牢にぶち込んでさえおけば、神帝のフリをしていつでも様子を見に来ることができる。


この仮説は、ゲンジとピサスが話しているのを聞いて、考えついたことだった。


「ちなみに、神帝でゲンジを日々監視できる立ち位置で怪しくない人は?」

「ああ、それは……」


僕の言葉に、ピサスはある方向を見た。ゲンジもモデも、その方向を見る。

だから僕も一緒に、ゲンジのいた牢屋の入口を――正しくはその見張り番を見た。


「……な、何か?」


黒いつなぎを着た二人組の男だ。どちらもヒューマン族で、見た感じ高校生と小学生といったところ。

僕らの視線を浴びて、明らかに挙動不審な小学生。ピサスはその小学生に詰め寄る。


「正直に答えてくれ。お前はイースオスマか?」

「い、いや。違いますけど……」

「……」


じっくりと見定めるピサス。おどおどして落ち着かない小学生。

数分、無言の時間が到来する。当の二人以外も、固唾を呑んで見守る。

やがて、一つの答えが出た。



「嘘だな。筋肉が異常に動揺している」



その瞬間、事態が動いた。


「う、うおおおおおおおおおおお!」


高校生の方が、突然魔法器具を使ってきたのだ。

『飾る光』。元の世界にある物で例えると、スタングレネード。要は目潰しである。

強烈な閃光が炸裂し、僕らはいとも容易く視覚を奪われた。目の前が文字通り真っ白になり、現実を把握できない。


「むう、やられたな……!」


ピサスの言葉が、その場にいた皆の心の声を代弁していた。

地下牢という、魔法が使えない場所での魔法の行使。魔法が発動することなどありえない、という固定観念によって生じた致命的な油断。


地下牢での魔法は、魔法無効石によって使えない。それは絶対だ。

しかし、魔力を込めるだけの魔法道具は使用できる。通常、そういった魔法道具は地下牢への持ち込みを禁止しており、入口で回収されるのだが――。


「見張り番だから魔法道具の携帯を許されている。そのことに気が付いていれば、この場で問い詰めなかったが」

「今更言ってもしょうがないよピサス。それよりも早くここから出て、捜索系魔法を使うんだ」

「……そうだな」


ピサスは自分のした軽率な行動を悔いているのかもしれない。しれないというのも、まだ目が見えていないからだ。


目が見えるようになった頃には、当たり前だが、既に二人はいなくなっていた。


「二手に別れよう」


そう提案したのは僕だ。ピサスとモデ、僕とゲンジの二つのチームに別れることを提案した。


「ピサスとモデは同じ風紀委院で連携がとれているから、同じチームの方がいい。ゲンジのことなら、僕に任せてよ」

「……いいだろう」


急いでいること、焦っていることもあって、あっさりと受け入れられた。

そうと決まれば、早速イースオスマ狩りを始めよう。





「聞きたいことがある」


捜索魔法を発動しながら、外を走っている僕とゲンジ。冬の夜はやっぱり寒いなぁ。


「さっきも言ったけど、利益を損なう可能性があることは言えないからな」

「あー、魔女の月についてはいいよ。僕が知りたいのは神帝だ」

「神帝……?」


カイズブルー城付近にサーチをかけてみたものの、生物何一つ潜んでいなかったので、場所を変えて大きく移動した。

今は校舎が立ち並ぶエリアへ向けて移動中。今は使われていない城下町の路地をひた走る。


「管理委院にいたんでしょ? だったら、法王女もしくは司教院について何か情報を持っていないかなぁと思ってさ」

「それはまた秘密レベルの高い情報を欲しがってんねー」


一応、ゲンジを逃さないよう警戒はしている。その気になれば気絶させてでも捕らえることが可能だ。

……気は進まないけどね。


「法王女については知らない。司教院が全ての情報を管理していたからよ。司教院本人も謎が多い人だし」

「……ふむふむ」

「ただ、司教院の下についていた図書委院については……」

「ついては?」


強化魔法を使っているとはいえ、多少息があがってきた。結構な距離を探索しながら走っているからだろう。いずれスタミナも鍛えないといけないな。


僕と同じように息を弾ませて走るゲンジは、尖った唇を突き出し、


「知らない!」


と元気よく言い放った。

ま、そうだよな。司祭院と助祭院が知らないんだ。管理委院が知っているはずないとは思っていたけれど……。


でも、思ったより落ち込むなぁ。多少、スパイであるゲンジが何か情報を持っていないかと期待していたんだろうな、僕は。


「な、なんか済まん」

「いいって。ゲンジは何も悪くない」


がっくり項垂れる僕を見て、ゲンジは本当に済まなそうにしていた。心なしか、背中に生えている羽も、ぎこちなく羽ばたかれている。

若干空気が悪くはなっているが、搜索の方は順調だ。今は城下町を離れ、周囲に林がある細い小道を進んでいる。奴らが潜んでいそうな所は次々と調べられ、範囲が絞られてきている。二人組ということが、負担が減って効率的。


そうして、しばらく会話もなく走っていると、ゲンジが突然手を叩いて声を上げた。


「あ、そうそう。前に司教院が大規模な魔法実験を行っていたことは知っているかい?」

「いや、知らない」

「そりゃよかった」


僕が知らないと知るや、ゲンジは得意げな顔をして説明を始めた。

そういや、初めて会った時もゲンジに何か説明してもらったっけ。何ヶ月か前の話だけど、もう懐かしい。


「今から数ヶ月も前のことかな。色んな部署から人を集めて実験を行ったんだ。おらも管理委院として駆り出されたからよく覚えている」

「何をやったん?」

「『空間魔法』と『召喚魔法』、そして『創造魔法』をメインとした魔法による『脳内迷宮具象化実験』さ」

「脳内迷宮ぐしょ……なんて?」

「脳内迷宮具象化実験」


ゲンジの言葉を聞き、疑問符を頭に浮かべる。

迷宮、迷宮ねぇ。ロールプレイングゲームのダンジョンのことだよな。僕もやったことあるよ。基本的に地下深くへ向けて進めるんだけど、敵モンスターやトラップがあって簡単には進めないんだよなー。

この異世界に迷宮があることは、家の本で読んで知っていたけれど、やっぱ違和感覚えるよなぁ。現実味がないと言えばいいのだろうか。この目で見るまでは到底信じられそうにない。


「迷宮を人の手で擬似的に作ってしまおう、という趣旨の実験だったんだ。この世界にある幾つかの迷宮を参考にしてな」

「何のためにそんな実験を……」

「さぁ? こればっかりは本人に聞くしか。ちなみに実験は成功さ。地下三階までの迷宮がちゃんと出来上がったさ」

「へぇ。それはどこにあるの?」

「それが魔法で作ったもんだからさ、数日後には消えちまった」

「あらら」


それは残念。僕も一度は迷宮に挑んでみたいもんだ。やっぱモンスターハウスとかあんのかな?


有益とも無益とも、嘘とも真実とも判断しづらい情報を得たところで、灯りのない道を進む。この辺りはいっそう暗く、魔法で明るくしないと歩けないほどだった。

それと、妙に寒くて怖さを感じる。気分は肝試し。


僕と同じ感想を持ったのか、ゲンジが羽をブルブルと震わせる。もしかして羽と感情がリンクでもしているのかな?


「やけに怖い雰囲気出てるなー。側の木も人に見えてきちゃう」

「柳の木か。確かにね」


道の両脇には、同じ間隔で枝垂柳の木が植えられてあった。不気味に項垂れる姿は、高校生の僕ですら恐怖でチビりそうに……ん?


ちょっと変だな、それは。いや僕がチビりそうになることじゃなくてね。

僕は柳に近づき、凝視しながら考える。なんだこの変な感じは。


「どうした、エーリ。木が気になるのか? ……あ! いや、ダジャレはたまたまだから! 別に狙って言ってねぇよ?」

「別に気にしてないけど」

「木だけに?」

「……」

「ごめん! 冗談! 冗談だから無言で脛蹴らないでくれ!」


無言になってしまった僕の周囲を、ウザったくチョロチョロしているゲンジは無視しておいて。

しばらく考え、僕はこの変な感じに気が付いた。


「今、冬だよね?」

「そりゃあ、まぁそうだろ」

「……オッケー」


僕だけじゃなく他の人からも確認を得られたところで、


「『リアリィーリアリティ』」


高級・『解除魔法』を発動させた。

解除魔法はその名の通り、何らかの状態から解除させる類の魔法を指す。封印や呪いはもちろん、幻なんかも解除できてしまう。

そしてこのリアリィーリアリティは、幻を解除する魔法。


つまり、


「(今、目の前に広がる幻想魔法を解除する!)」


冬なのに緑の葉を生やして植えられている枝垂柳の幻想を、見破ってしまうということだ。


魔法発動後、柳は波打って揺れて歪み、空間に穴が生じた。一般的なフラフープ程度の、小さく真っ暗な穴だ。

まるでワープホールな穴に、僕は躊躇なく手を差し入れた。すると、手を中心に四方へ亀裂が走る。蜘蛛の巣のようにヒビは広がり、やがて砕け散った。


柳は消え、枯れた何かの木が生えている本来の風景に戻った。


「なるほど、幻想魔法だったのか」

「うん。柳の木の幻想を作り、ここへ隠れながら移動しているんだろうね。捜索魔法対策かな」

「じゃあ、この暗い雰囲気に合わせての柳だったんだろうな」


隣で瞬きを繰り返して関心しているゲンジを尻目に、僕は道の両端にまだまだ生えている柳を見て辟易した。

今解除したのはその中の一本。壊していく時間がもったいないけど、やるしかないのが嫌だなぁ。


ポンと肩を叩かれる。僕の顔とは対照的に、ゲンジの顔はやる気に満ちている。


「おらも手伝うぜ、エーリ!」


……ったく、なんか調子いいなこの鳥は。


「助かる」


猫の手も借りたい状況だ。じゃあ鳥の手でも借りてみようかね。





……。

…………。

………………。

幻想の柳の木を三十本程解除したところだった。

数百メートル先に、見慣れた人が歩いているのを見かけた。ウェーブのかかった栗色のミディアムヘアーに、シックなメイド服を着た小学校高学年くらいの女の子。


て言うか、僕の専属メイドのメドナだった。

何があったのか知らないが、歩く姿から妙に疲れている印象を受けた。若いのに気苦労が多いからなぁ。今度いたわってあげよう。


そして、メドナの周囲に二人組の一人が隠れていることも知った。柳の木から、ひょっこり顔を出している。姿から、それが高校生の方だと分かる。


「悪いゲンジ。先に行くけど逃げるなよ!」

「え? おい――」


ゲンジが何か言う前に、僕は全力で駆け出した。

嫌な予感がする。なんかメドナがとばっちりを受けそうな気がしてならない。メドナは昔から変な奴に絡まれやすい性質タチだからなぁ。


そして、事態は僕の予想した展開する――。





「ふぅ。危機一髪だった」


メドナの目の前に現れた時には冷や汗ものだったが、なんとか間に入って守ることができた。

中級・風魔法・『ヴォイドシールド』。例え強力な炎だとしても、僕の風の盾は防いじまうぜ。


「あ、あへ、アヘヘェ!」

「ッ! よっと!」


高校生は連続して、赤黒い炎を吐き出した。それら全てを、風の盾で器用に受けていく。

魔法大全の知識から、相手の魔法は中級の炎魔法『ヘルブレス』だと分析する。口から吐き出される炎は、速度、威力ともに強力で、一度浴びると燃え尽きるまで燃やされる。


さすがはイースオスマの構成員といったところ。随分と強力な魔法を使うねぇ。

しかし、僕の仮説が成り立つのだとしたら、これでもゲンジには敵わないということになるんだけど……。ゲンジは何者?


改めて、僕は目の前の敵を見た。


「アヘアヘ、アヘェェェェェェェェ!」


黒いつなぎを着ており、高校生くらいの少年の姿をしている。先程地下牢で見たまんまだ。

ただ、その表情と動きは明らかに変わっていた。


「(この男、さっき見た時よりも様子がおかしくないか?)」


目は虚ろで意思がないように見え、だらしなく舌を口から垂らして顔を歪ませている。体を常に左右へ揺らし、落ち着きもないようだ。

逃げている途中に何かあったのか? それにもう一人がいないことも気になるな。


「メドナ! 僕の後ろに!」

「は、はい!」


とりあえず、女の子座りして呆然としていたメドナを僕の背後に。

気になることはたくさんあるが、まずはその前に、


「悪いけど、夜ももう遅い。一気に終わらせてもらうよ」

「ア、あ、アア」


僕の大事な家族を殺そうとしたこいつに、正義の鉄槌を!

口をモゴモゴさせる男に対し、僕は指を鳴らし、魔法陣を思い浮かべて魔力を込めた。過去に一度、ティンダロスの群れ相手に使おうとした魔法。


「アアアアアアアアヒャアアアアアアアアアアッッ!!!!」


イタチの最後っ屁、とでも言えばいいのだろうか。男の咆哮と共に、巨大な炎が口から吐き出された。全力全開のヘルブレスだ。さすがにヴォイドシールドでは防げない。

しかしそれが僕に激突する前に、僕の魔法が発動した。


自分を脅かすあらゆる脅威を、消し去り滅ぼす。上級の『消滅魔法』の一つ。



「『亡国の領土イレイザーテリトリー』ッ!」



僕とメドナの敵は、全て滅べばいい。



僕を中心にして、半透明のドームが出現した。そのドームに入ったものは全て、滅んでしまう。

炎も、熱風も、衝撃波も、全て消え去り滅びゆく……。


「ギャッ、ギャアアアアアアアア!!」


ドームに入りかけていた男でさえも、問答無用で滅ぼす。男の右半身は一瞬で消し飛び、立つことができなくなった。

その、がら空きになったボディに、


「吹っ飛べ」


いつかの時みたいに、初級魔法のエアーブレッドを叩き込んだ。男は派手に吹き飛び、脇に植えられていた幻の柳へ激突した。それと同時に、柳は消え、本来の枯れた木が出現した。


……一件落着、かな。


僕は男の元へ行き、気絶しているのを確認してからメドナの元へ戻ってきた。メドナは未だ地面にペタンと座ったまま、ボーッとしていた。


「危なかったね」

「……はい。はい、そうでした」

「良かったよ、メドナを守れて」


僕がそう言うと、途端にメドナは涙を流し、


「~~~ッ! うぅっ、坊ちゃまぁ~!」

「おっと」


泣きながら僕の胸に抱きついてきた。あっという間に、僕の服は彼女の涙や鼻水で濡れていく。

きっと、とんでもなく怖かったのだろう。あんな目にあったんだ、死ぬかもしれないと思ったかもしれない。大人顔負けで立派とは言えまだまだ幼い女の子だ。泣いてしまうのは、当たり前。


「よしよし、もう大丈夫だよ」


だから僕は、メドナを抱きしめ返し、慰めることにした。彼女の頭を優しく撫でてあげる。



『抱きしめるとね、心がちかくなるでしょ? だから抱きしめてあげるの。私が持っている幸せを、少しでも抱きしめた相手に分けてあげられるようにね』



いつかの母親のセリフが、脳内でリフレインする。


「よしよし」

「うわああああああああああん!」


守らなければならないのはシェーナだけじゃないということを、絶対に忘れてはいけないと己に誓うのであった。

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