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魔法によって飛んだ空  作者: 元祖ゆた
運営会選挙編 
45/64

第四十四話 夜の終りに <四日目>

~前回のあらすじ~

スパイは○○○だった!


………………<メドナ>

太陽が眠ってしまった時間帯。または、月の起きている時間帯。

そして、わたしがこれからの聖女ジャンヌダルクについて、歩きながら考えている時間帯の時でした。

わたしの目の前に、何やら見知った顔の人が現れたのです。


「暗闇に乗じて逃げる気だ。ミニャー、早く毒を!」

「だから、ミニャーって呼んでんじゃないわよ!」


いかにも戦士な体格と人相の方は、神帝のピサスというお方です。

かつて、シェーナ様を無理やり勧誘しようとしたこともありましたが、坊ちゃま曰く、今では改心し、そんな気など微塵もないそうです。

ピサス様は分かったのですが、もう片方の女性は初めて見る顔です。艶やかな紫色の髪を内側に巻き、お洒落な服装に身を包んでおります。恐らく、ピサス様と同じく神帝の方なのでしょうけれど。


陰から飛び出してきた人について分析したところで、わたしの中に新たな疑問が生じました。

こんな場所で、こんな時間に、お二人は何をしているのか? と。


仮にもこの辺りには魔女の月の根城、サタン・ジェロカス城が建っております。神帝がいて悪いわけではありませんが、なんだか怪しいですよね。夜に、敵陣近くでウロウロしていたら、誰だって怪しいと思うものです。今がそのような状況なのです。


「(しかし、相手からしたらわたしも不審者。神帝でないわたしは自動的に魔女の月と認定されてしまいます。そうなったら……)」


そもそも今の私は黒のローブを着ているので、ひと目で魔女の月と判断されるでしょうが。

このままお二人が真っ直ぐ進んでくるならば、相違なくわたしと鉢合わせすることになります。神帝と魔女の月、争い合う二つの組織が直面したらどうなるのか。


わたしは、何があってもいいように、密かに杖を構えました。


「……む。消えた?」

「何よ? 右の方に行ったんじゃないの?」

「確かに右の方の行ったのだが……うむ」

「はぁっ。しょうがないわね」


しかし、懸念していたようなことは何も起こらず、お二人はわたしに気が付くことなく退却していきました。

きっと、わたしのいる側に生えてあった木が障害となって、わたしの姿が見えなかったのでしょう。なんという僥倖でしょうか。


「(とりあえず、トラブルにならなくて助かりましたね……)」


覚悟していたとは言え、戦うのは怖いものです。何もなかったことにわたしはホッと胸を撫で下ろし、杖の構えを解き――ません。

気が付いてしまったのです。お二人には見えない所にいたおかげで、わたしはお二人に見つかりませんでした。


しかしそのことは、他の人にも言えることではないでしょうか?


『そっちに逃げたぞ』

『逃げんじゃないわよクソドロ』


思い出すのは、先程までお二人の口から発せられていた不穏な言葉。まるで逃亡する者を追いかけているようです。

そしてその通り、お二人が誰かを追ってここまでやってきたのだとすると……。


「……ぁぁ」


――今、わたしの目の前にいる人こそ、その逃げてきた方なのではないでしょうか?


「ぁ、ぁはは。ぁはははははは!」

「(話の通じなさそうな相手なのですが!?)」


逃亡者と思しき人は、黒色のつなぎを着ており、少しでも目を離すと闇に溶けてしまいそうでした。

その様子に、どこか既視感を覚えました。どこかで、似たような者を見たような……?


「あ、あの」

「! いっ、いいいい、イエエエエエエエエエエフ!」

「!?」


わたしが何か話しかけるよりも先に、逃亡者は突然大きな叫び声を上げ、襲いかかってきました。

ああ、なるほど。既視感というのは、初めてサタン・ジェロカス城へ訪れた際に出会った、狂った魔女に似ていることからきたのでしょう。


「(って、冷静に考えている場合じゃありません!)」


結局、戦闘が始まってしまいました。やるしかなさそうですね。

あの時は逃げることしかできませんでしたが、今度こそは……!





「ヒィィィヤアアアアアアアアア!」

「くぅっ……!」


逃亡者からの第一波が襲いかかりました。

低級レベルの火魔法でしょうか。宙に浮かんだ幾つもの火の玉が、連続的に襲いかかってきます。

わたしはそれらを、風魔法・エアロカーテンで防ぎます。薄く発光している靄がわたしの前に発生し、ある火の玉は受け止め、またある火の玉は受け流して対応します。

威力はあまりはないようで、苦もなく受け止めることができました。


「ぁ、あぁああああああああ! あああああああ!」


効かないと見るや、逃亡者は長い杖を高々と掲げ、絶叫しました。

まるで狼の遠吠えのような声が響いたかと思うと、すぐに魔法としてわたしを攻撃してきました。


突如、空気中に真っ白な霧が発生し、わたしの視界を奪います。周囲を囲み、無闇に踏み込むことを躊躇させる、鉄壁とも言える守備です。


「(霧ってことは……『天魔法』!)」


天魔法。属性魔法の中でも応用魔法に分類される魔法です。火魔法と水魔法を掛け合わせて生み出す魔法でもあります。

その特徴は天候操作。自身の意を持った水蒸気を空気中に溶け込ませることによって、天気すらも操ってしまうのです。

非常に強力な魔法ではありますが、外でしか使えないという大きなデメリットを抱えています。


「(まぁ、そのデメリットも外にいる今は意味がないわけですが……!)」


攻めあぐねている内に、霧は濃くなる一方です。わたしは風魔法で竜巻を発生させて、吹き飛ばすことにしました。

息を整え、精神を集中させてから、わたしはゆっくりと詠唱を始めました。


「『放て! 蒼き空の弾丸を! うねり轟け、捻れた気流よ!』」


詠唱によって、杖を通して魔力が魔法へと変換されていくのを感じます。かつては魔力が足りなかったわたしですが、今なら連発すら可能な気がします。無茶をする気はありませんが。


わたしが放った魔法は『ハングリーサイクロン』。低級の風魔法ですが、威力・範囲共に優秀。

その名の通り、腹ペコな竜巻が邪魔な霧を食い散らかします!


ゴゴゴゴッゴ! と地響きのような音を鳴らしながら、竜巻が前方に広がる霧を喰らっていきます。竜巻の内に入った霧はかき消され、外の霧は吹き飛ばされ霧散してしまいます。

数秒の内に視界は開け、再び真っ暗な世界が目に映ってきました。


「ウェ、ウェエエエ、アッヒィィィィィィィィィ!」


そこには、次の魔法を準備している逃亡者の姿も見えました。魔法陣の描かれた巻物も一緒です。


「(第二波が来る前に!)」


わたしは、アルンティーネの家庭教師直伝、飛足で急接近しました。さすがに驚いたのか、逃亡者に空白が生まれます。

その隙に、『鎌槍』を放ちます。これも家庭教師直伝の技で、相手の武器を搦めて奪うことに特化した技なのです。

そんな単純なテクニックによって、相手の持っていた巻物を奪い取り、魔法発動を防ぐことに成功します。そのままわたしは、鳩尾へ強烈な――。


「ウッ、ゥガアアアアアアアアアア!」

「! っと!」


逃亡者が杖を鈍器代わりに振り回し、危うく頭に叩きつけられるところでした。冷や汗が頬を伝います。

『逆足』は飛足の逆バージョン。局面打開の緊急脱出の足さばき。わたしは咄嗟に、逆足でその場から退いておりました。


「ふぅ、危ないですね……ッ!」


エアロカーテンをもう一度展開し、今度は飛足のような懐へ飛び込む技ではなく、独特の歩調、フェイントを織り交ぜ、歩くテンポをずらして距離感を曖昧にする『波肌』でゆっくり接近することにしました。


ジリジリと、距離を詰めていくわたし。途中、天魔法が数回飛んできましたが、全てエアロカーテンで弾き返すことができました。

坊ちゃまから教わった大切な魔法が、この程度で破られるはずがありません。


「あなたが何故襲ってきたのか知りませんが」


わたしは、牙を剥き出しにして睨んでくる逃亡者に問いかけ、


「正当防衛により、あなたを排除します!」


丁度いい間合いに入ったところで、波肌から飛足に切り替えて強襲しました。

そのタイミングで、相手も天魔法で四方八方に霰を飛ばしてきました。しかし、エアロカーテンの前では塵芥も同然。


「はあっ!」


わたしは掛け声と共に、家庭教師が教えてくれた技の中でも、相手を昏倒させる程の技『稲妻』を炸裂させました。


「! が、アヘ、アヘェアヘェあ……ぁ」


低く鈍い音と、自分の手に伝わる確かな衝撃。

逃亡者はあっさりと気を失い、その場に倒れてしまいました。


稲妻は、相手の急所を見極め、自身の持つ全ての力を一点に集中して叩き込むという単純明快な技。わたしは無防備だった相手のこめかみへ張り手を食らわせたのですが……上手くいったようですね。


「ふぅ……」


思わず安堵の息が漏れます。戦うことに、緊張しないわけがありません。わたしはいつだって緊張するし、萎縮もします。

ただ、坊ちゃまを守る時だけは、緊張なんて吹き飛びそうですが。


「(そもそも、あんなに強い坊ちゃまを守る機会なんて訪れるのでしょうか……?)」


守られることはあるでしょうが、守る機会はないかもしれないと、自嘲気味に思ったのでした。





さて、不意のエンカウントによって時間を消費してしまいました。いつもなら聖女のお二人がいる部屋へ着いている時間ですが、わたしは未だ外を歩いております。少々急ぎ足で部屋へ向かいます。


歩く道は平坦で、人が通れるようにある程度整備されているようです。左右には等間隔に柳の木が植えられており、葉の流れる様は涼しさを感じさせます。


ただし、それは太陽が出ている時のお話です。


真っ暗闇の中、左右に生えている柳が、微かな風でユラユラ揺れております。まるでお化けが、わたしに向かって手招いているようです。


「(お化けなんて空想の存在。いるはずがありません。ありえません。だってお化けなんて本当にいたら、もっと世界的に問題になっているはずです。お化け対策の魔法も生み出され、普及しているはずです。そもそもお化けってなんですか。人が化けて出るとかどういう現象ですか。もしお化けが証明されたなら、世界中の人がお化けになりますよ。だって半透明でご飯いらずで生きていけるんですもの。そりゃあわたしもお化けを選びますよ。あっでもそれだと坊ちゃまに触れることができませんね。それとわたしがお化けになったら誰が坊ちゃまの世話をするのですか。お化けになったらお世話ができなくなってしまいます。それは一大事です。なぜなら坊ちゃまの世話ができないということは、わたしのアイデンティティーの崩壊でもありますから。どうしましょうどうしましょう。あ、でもそれなら坊ちゃまもお化けになっちゃえばいいんです。ナイスアイデアですわたし。お化けがお化けに仕えるとかシュールと言えばシュールですが、わたしにとれる選択肢はそれくらいしかありません。これでわたしも堂々とお化けになれますね。よし、お化けになりましょう。うーん……えいっ! ふぅ、これでわたしはお化けになりました。そう、今のわたしはお化けなのです。そういうわけでお化けは怖くない存在なんです。わたしも言わばお化けみたいなものですからね。同類を怖がってどうするのですか。それこそシュール。さぁ、お化けなわたしが道を通るので、他のお化けさんは気にせず無視してくださいな――)」


「あら?」

「なあああああああああああああああ!?」

「!? きゃあっ!」


あまりにビックリし過ぎてしまい、よく分からない悲鳴を上げて尻餅をついてしまいました。心臓はバクバクと早く打たれ、呼吸も大きく乱れております。不意打ちもいいところです。

何が起きたのか一瞬分かりませんでしたが、どうやらわたしの視界外から、人が声を出しただけなようでした。

わたしも驚きましたが、わたしの悲鳴でその人のことも驚かせてしまったようです。これは悪いことをしてしまいました。


「アンタ、大丈夫?」

「……あ、はい」


見ず知らずの人が手を差し伸べてくれました。普通に手を触ることができたので、お化けではなく人のようです。それとわたしもお化けではなかったようです。それは当たり前なことですが。

よかったです。本当によかったです。これでオチがお化けだったとかだと、口から泡吹いてショック死していたことでしょう。


「ありがとうござ……」

「ん?」


と、ここで顔を見て初めて気が付きました。

その目、その顔、その姿、先程ピサス様と一緒にいた女の方そっくりだったのです。と言いますか、本人でしょうね。

女の方はわたしを引っ張り起こしてから、わたしの姿を見て顔をしかめました。


「ローブ……魔女の月ね。余計なお世話しちゃったわ」


わたしがお礼を言う前に、女の方の目つきが鋭くなっていきます。

これは、嫌な予感がしてなりません。とりあえず、さり気なく一定の距離をとります。いつでも飛足、逆足が使える間合いを保つことが重要です。


「アンタ、この辺で黒いつなぎの男見なかった? 二人組なんだけど」

「さぁ、見ませんでしたが」

「……ふぅーん。そう」


最初から疑ってかかっているようで、敵意が見て取れる程です。わたしの嘘なんてお見通しといった感じでしょうか。


「さっき道端で倒れてたのよね。ま、こっちとしては戦う手間がなくなって助かったんだけどぉ……」

「? だけど?」


女の方は、もはや敵意を隠さずに、短剣を取り出し、


「ウチとしては、いたぶる機会が減ってイラつくのよねぇ!」


そう言って、わたしに剣先を向けました。

またです。またまた戦闘のようです。なんでしょう、今日は厄日でしょうか。


「この『クソ女給』がぁ!」


まずはエアロカーテンで相手の放つ魔法を見極めて……っ!


しかしこの時、おかしなことが起こりました。


「く、くぅっぅぅぅ!?」


魔法によるものでしょうか。痛みが襲ってきたのです。

内からくる痛みを抑えるように、胸を必死に撫でます。が、この程度じゃ慰め程度にしかならず、力が抜け、地面にうずくまってしまいました。

戦う前に、相手に対して無防備を晒すことになってしまいました。



――相手の女の方が、です。



「な、なんでアイツの心の巣ハートライフが? この女を襲うことがアイツの不利益になるっての? ……く、あぁっ!」

「?」


一体何が起こったのでしょう。はーとらいふ? 不利益?

よく分かりませんが、女の方は体の中が痛むようで、胸を強くさすり続けております。額には汗をかき、口は歪み、目は強く閉じられております。


敵意は、いつの間にか引っ込んでおりました。


「はぁ、はぁ、本当、厄介な魔法をかけられたものだわ……」

「あの、大丈夫ですか?」

「……アンタ、あの男とどういう関係よ」

「? あの男?」


荒く息を吐きながら、女の方はわたしにそんな質問を投げてきました。警戒しながら、少し考えてみます。

あの男……この場合、先程の逃亡者のことでしょう。まさか、わたしも同類とかと思われているのでしょうか。または逃亡の協力者とか。


わたしは慌てて手を振って否定しました。


「ち、違います! あの男とは何も関係ありません。夜道にいきなり襲われて撃退したくらいで……」

「! 襲われて、撃退? アイツを? アンタ、すごいのね」

「すごくはないですよ。思ったよりも使う魔法は弱かったですし」

「弱いって……どうなってんのよアンタの基準は」

「?」


何やら落ち込んでいるようですが、わたしにはさっぱり分かりません。そもそも、話が噛み合っているのかも不明です。アイツ、という方に対して、妙に親しげですし。


「……そっか。アイツ、アンタみたいなの襲うのね。なるほどねぇ~」


そして、何やら怒りの炎が見えた気がしました。正直敵意を向けられた時よりも怖いです。


こうして、なんとなくバトルな雰囲気は有耶無耶になりました。話している内に、ようやく痛みが引いたのか、女の方は普通に立つことができるようになりました。


「ウチじゃアンタには敵わない。だから、この場は逃走させてもらうわね」

「あ、そうですか」


わたしには彼女を引き止める理由もありません。こちらを気にしながら去っていく女の方を見送ります。

それにしても、一体何だったのでしょう。逃亡者もそうですが、女の方が急に苦しんだことや、アイツの存在です。

それと、不穏なことが一つ。



『アンタ、この辺で黒いつなぎの男見なかった? 二人組なんだけど』



二人組、と言っていましたが、わたしが会ったのは一人だけ。もう一人は一体どこに……?


「(それこそお化けだったりして……いやいや、冗談にしては笑えないです)」


わたしはほぼ全力で、おどろおどろした道を走っていきました……。





「参ったです。非常に深刻な問題です」

「そうですね。これ以上の難問はありませんね」


ようやく部屋に着くと、聖女のお二人が真剣な顔をして悩んでおりました。

恐らく、明日の儀式についてでしょう。わたしはお二人の邪魔にならないよう、紅茶をいれることにしましょうか。


「ノヴァとしたことが非常にうっかりしてたです。すっかり忘れてたです」

「私もです。恥ずかしさに悶える姫があまりに萌え――いえ、萌えたので」

「言い直す意味あるですか、それ」


いつも使っているやかんに、水を注いで火魔法で熱して沸騰させます。数十秒もあればすぐ沸くでしょう。


「まぁ、所詮は古き言い伝え。私達が知らぬ存ぜぬを通せば回避することはできますが」

「それはダメですよラージャたん。マーメイド族の神様が、いつどこでノヴァ達を見ているか分からないです」

「そうですね。あの時も姫の恥ずかしがる姿をウハウハ言いながら見ていたことでしょうし」

「そんな神様嫌です!」


うん、そろそろでしょうか。それじゃ次はティーポットに茶葉を入れて、お湯を注ぎ込みます。後は蓋をして数分蒸らすだけですね。


「仮に言い伝えを守るとしたら、あまりにも歳が離れていますね」

「です。年の差はどうやっても埋められないです」

「ならば、老化させる魔法を撃つしかないですね。または時間を進める魔法でしょうか」

「アハハ、それはさすがに相手に申し訳ないですよ。面白い冗談ですね」

「……」

「ら、ラージャたん、目がマジですよ? 嘘ですよね……?」

「……」

「ちょっと!? それはさすがに止めるです!」


いい時間になったので、蓋を開けてみます。すると、鼻腔をくすぐるいい香りが室内に充満します。

ここで、ノヴァ様とラージャ様が話を止めて、わたしの方に視線を向けました。


「あれー! メドナたんいつの間に!」

「気が付きませんでした」

「でしょうね。お二人共お話に夢中でしたから」


人数分ティーカップに注ぎ、テーブルに持っていきます。既にお菓子が置いてあり、すぐにでもティータイムが楽しめそうですね。

早速席に座り、気になっていたことを尋ねることにしました。


「ところで、お二人はどんなお話を?」

「ノヴァが重婚する話です」

「ぶっ!?」


斜め上の発言に、思わず吹き出してしまいました。

重婚とは一体? そもそも明日の話をしているのではなかったのですね……。


「複数の方と結婚をされるということですよね?」

「です!」


重婚自体珍しいことではありませんが、学生の身でというのはあまり聞かないので少し驚きました。


「で、相手はどのような方なのでしょう?」

「ちょっとちょっと! メドナたん、それは少し冷たくないです?」

「冷たいって、別にわたしは――え?」


あれ? と思ってラージャ様の方を見ると、苦笑いをしておりました。

わたしの反応が冷たいということは、わたしの言葉にノヴァ様が冷たいと思うところがあって、話の内容が重婚で……。


恐る恐るノヴァ様を見ると、ノヴァ様はポッと顔を赤らめ、


「メドナたん、ノヴァのことをよろしくお願いするです……!」


と言い放ったのです。

これにはわたしも、呆れて無表情にならざるを得ません。


「い、いや! ちゃんとワケがあるです! メドナたんと結婚しなければいけない理由が!」

「……はあ」


そう言うなり、ノヴァ様がうぅーと唸り始めました。何か力んでいるようですが……?

すると、突然シュワァアアアアアアアと音を立てて、ノヴァ様の下半身から泡が発生しました。

一体何事かと見ていると、泡がなくなった頃には足もなくなり、魚部分になっておりました。魔法を自ら解いたということでしょう。


「マーメイド族――というかノヴァの住む地域では、こんな古い言い伝えがあるです。『同じ種族以外に、魚半身を見られたならば、その者と結婚し、婿として迎え入れろ』と」

「な、なんですって?」


魚半身とはその魚の部分のことでしょうけれど、そこを見ただけで結婚? そんな言い伝えがあるなんて……。


そもそもわたし、女なので婿にはなれないのですが。


「だから、ノヴァはメドナたんと結婚しなければならないのです。あと、ラージャたんのも見たのでラージャたんとも結婚です」

「え、いや。は? あ、あうう?」


い、意味が分かるのに分からない! なんでしょうこの感情は!?


「そのことで悩んでいたのですか?」

「いや、それが今日会った少年にも見られてしまったので、それで重婚になってしまうと悩んでいたです」

「は、はあ」

「少年はノヴァの命の恩人です! しかしいかんせん、まだ幼いのです。重婚というのもあるですが、ノヴァにはそれが問題で……!」

「お姉さんらしく、リードしてあげればいいのではないですか?」

「そうは言いますがラージャたん。彼はお利口でドエスです。ノヴァにはリードできる自信がないです……」

「確かに聡明なお子さんでした。なら、姫がドエムになればいいのでは?」

「! それもそうです! ドエムならばドエスと相性いいです!」

「なら、今日から姫はドエムです。ドエム姫です!」

「うおおおおおお! ノヴァはドエムです! ドエム!」


「……」


ああ、紅茶美味しいですね。おかわりしてこよっと。





話は一段落し、本題へ入ります。


「明日の件なら対策してあるです!」

「! 本当ですか?」


ノヴァ様はやけに自信満々で、そう言いました。


「第一夜があまりにも悔しかったので、全ての儀式を見直し、戦乙女ワルキューレが選びそうなのを予測して対策を考えたです!」

「お、おお!」


対策らしい対策に、期待が高まります。確かに、行われる儀式を予測できれば、この前のように瞬殺とはいかないでしょう。


「詳しいことは明日の放課後話すです。それから夜まで練習するですが……いいです?」

「もちろんです」


わたしは力強く返事をしました。勝利することができるならば、睡眠時間を削ってでも縋るべきです。


こうして、今日はお開きとなりました。

えーと、紅茶いれて重婚の話して終わってしまったのですが……まぁ、たまにはこんな日があってもいいでしょう。


「ところでメドナたんはドエス、ドエムどっちです?」

「……」


ああ、やっぱり紅茶美味しいです。





帰り道。再び真っ暗闇な小道を歩きます。

今日は色々なことがありました。シェーナ様の手料理に、神帝の方々との出会い、逃亡者との戦闘、重婚……。


そう言えば、一つ残っていた問題がありましたね。逃亡者は二人組、わたしは一人としか会っていませんが、もう一人は――。


「……う、嘘ですよね?」


暗い道の先に、確かにいました。立っていました。

真っ黒いつなぎを着た男が。


「アヘヘ、アヘヘヘヘヘヘ!」

「なんて運がないのでしょうか、わたしは!」


口からよだれを垂らしながら、フラフラと歩いてくる男。その虚ろな瞳は、確実にわたしを捉えているようで、


「ガアアアアアアアアア!」

「!?」


突如口から、激しい炎を放射したのです。赤黒く、全てを燃やし尽くすような炎。

距離が離れているにも関わらず、その炎は恐ろしく早くわたしに接近し、


「あ――」


回避するよりも早く、ヤバイと思うよりも早く、わたしへと到達したのです。走馬灯を見る暇さえありませんでした。

ごめんなさい、坊ちゃま。使えないメイドで、ごめんなさい――。



「オラァ!」

「!?」



幸運なことに走馬灯が見る暇が生まれました。坊ちゃまに謝る暇が生まれました。

炎が割り込むように生じた風の壁によって阻まれ、わたしに届かなかったのです。エアロカーテンなんかよりも強力な魔法のようです。


と言いますか、


「こいつ、こんなとこまで逃げていたなんてなぁ。通りで見つからないわけだ」


わたしを助けてくれた人は、


「やぁ、メドナ。怪我はない?」

「エーリ坊ちゃま……?」



エアロカーテンを教えてくれた、わたしの大切な人でした。

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