第四十一話 閑話その三 『学園の闇』
・この話はちょっとした外伝になります。
~前回のあらすじ~
敗北の味を知る。
監視会。
代表生徒による運営会、学園支援団体の代表者による理事会と並ぶ、アブルーニャ学園を構成する三つの組織の一つ。教師達による、運営会を監視する組織。
主な役割は運営会の暴走、私利私欲に権力を使わないよう監視し、もし違反行為を行うなら単位の没収、力づくにでも止めることが許される。また、運営会選挙を仕切り、不公平のないよう行う義務がある。学生以上の権力を備えた組織と言える――。
「うーむ……」
「どうしたんですか、ドランソー先生?」
運営会選挙が始まる二週間前。寒さが本格的にやってきた頃だ。
私、ドランソー・レアヴォワが、教員室の自分の机にて唸っているところに、アリア・ニグル・アクトゥース君がやって来た。
私達はお互い教員で、賢者学科担当で、監視会メンバーだった。
彼女は私の分のコーヒーを一緒にいれてくれたようで、勧めるように机へマグカップを二つ置いた。白くモヤっとした湯気が立つ。
「また隠れてしまったようでね」
「……フォルエッタのことですか」
軽く礼をし、マグカップを持つ。深みのある香りを嗅覚で感じつつ、一口飲んだ。程よい熱さが喉を刺激し、空いた胃袋へ流れていく。
「理事会にお叱りを受けてしまってね。『監視会は運営会を監視するための組織だろう。それなのに監視ができていないとはどういうことなのか?』と」
「あちゃあ」
「まったく。フォルエッタ君は隠れるのが上手すぎる。きっと幼少期はかくれんぼばかりして過ごしていたに違いない」
「ですね」
互いに苦笑いを浮かべる。教員を出し抜く生徒程厄介なものはない。が、その分愛おしく感じるものだ。
「まぁ、悩み事はそれだけではないのだが」
「例の件ですね?」
「近々監視会会議を行う。招集連絡、任せたよ?」
「了解です」
やがて飲み干し、アリア君は早足に去っていった。早速招集に取り掛かろうとしているのだろう。命令に忠実なのは彼女のいいところだ。
私はゆっくり味わいながらコーヒーを飲み、喉を潤わせた。
フォルエッタ君については、監視のプロである『ハッチョー』君に一任するとして、問題は……。
「うーむ」
いつの間にか、空になっていたマグカップを口元まで運び、そこでようやく飲み干していたことに気がついたのであった。
それから三日後。
監視会のメンバーが、中央棟の三階にある『第二会議室』へ集まった。
「今日参加できる先生はこれで全員です」
「そうか。ありがとう」
アリア君から報告を聞いて、私は部屋の中を見渡した。
目測だが、最低でも二十人はいるだろうか。基本的に教員は多忙ゆえ、こういう集まりに参加してくれる人は少ない。その上、面倒だと言って参加してくれない教員も数多くいる。
だからこそ、今集まってくれた教員達は、熱意があって真面目な人であることが証明されたわけだが。
「この学園、教員は何名いましたっけ?」
アリア君が失望の混じった表情でそう尋ねてきた。
「七十二名のはずだが?」
「……ちょ~っとサボりすぎじゃないですかね、他の方々は」
教員は原則として、監視会への所属を義務としている。しかし実際に動いてくれる教員は、現状が物語っている。
「どいつもこいつも、権力やコネで教員になった腰抜けばかりだから、こういうことになるんですよ」
「この学園での教職は、色々有益だからだろうな」
「高給金で環境も良くって、何より名誉ですからね。だからこそ無能が斡旋されてくるわけですか」
「こらこら、アリア君言葉が悪いよ」
「すいません、つい」
言葉では謝っているが、心からの謝罪でないことはひと目で分かった。
しかしアリア君が怒るのも無理はない。彼女は自分の力だけで、この学園の教員という肩書きを掴んだのだ。家の力を使えば簡単になれたというのに。
昔、アリア君がここへ来たばかり頃、彼女は言った。
『言っておきますが、私はコネで入ったわけじゃありませんので。コネで入ったその辺の貴族様とは違うので、よろしくお願いします』
実に彼女らしい宣言だ。堂々としていて、凛とした瞳が今でも忘れられない。
思い出に浸っていると、いつの間にかアリア君を見つめていたようだ。アリア君が怪訝な顔をしていた。
「どうかしましたか? 私の顔をじっと見て」
「ん? いや、少しばかり昔のことを思い出してな。アリア君が入ってきた頃のだ」
「! あ、あれはもう忘れてくださいっ!」
途端に赤面してしまった。どうやら彼女にとっては、触れて欲しくない過去のようだな。今後は触れないよう気を付けるとしよう。
「ドランソー先生、そろそろ始めましょう」
「うむ、そうだな」
私は、手を叩いて注目するよう促した。あちこちで会話していた教員達が静まり、私を見た。
「諸君、集まってくれてありがとう。ドランソーだ」
第二会議室とは言っても、内装は普通の教室と同じだ。だから私は、皆に見えるよう教卓の前に立った。
何の因果か、私は監視会のリーダーに抜擢されてしまったので、先生の先生みたいな役目を負っている。私よりベテランは数多くいるので、多少緊張をしてしまうのは仕方のないことだ。
「今日集まってもらったのは……察しがついているとは思うが言わせてくれ。『イースオスマ』についてだ」
私の発言に、会議室が多少ざわめく。そうなるのも無理はない。
「監視会としては、本来の仕事ではないのだが、教員とは生徒を守るための存在だ。我々以外にイースオスマを対処できるものはない」
「し、しかし……」
「ん?」
続きを話す前に、教員の一人が割り込んできた。
見てみると、最近入ったばかりの教員だった。歳も若く、初々しさが見える。私にはないフレッシュさというものを感じるな。
「イースオスマは国家的組織と聞いております! その、我々の力で倒せるのでしょうか?」
新任の不安はもっともだ。この発言によって、周囲の先生達も顔を青くさせ、動揺を隠せていない。
この私とて同じだ。不安を感じていないわけがない。
しかし、
「倒せるのか、ではないのだよ。倒すのだ」
「ッ!」
私の言葉に、新任は言葉を失っていた。
「では、イースオスマを放置するというのか? それではこの学園の生徒達を危険に巻き込むことになる。だからと言って、外部組織に頼ることは以ての外だ。何が紛れ込んでいるか知れたもんじゃない」
「そ、それはそうですが」
「我々しかいない。我々が戦うのだ。そして、倒すのだ」
「……は、はい」
新任の前に立ち、そう告げる。そう告げざるを得ないのだが。
「横暴と思うかもしれないが、許してくれ。監視会しか動ける者がいないというのもあるが、それ以前に、我々は教員だ。我々以外に誰が生徒を守るというのだ」
「……!」
新任の目の奥に、炎が灯ったように見えた。やる気に満ちた炎だ。
それでいい。そうこなくては。こういう時、私のような中年より、若さが必要だ。
私は新任の肩に軽く手を乗せた。
「守るぞ。学園の生徒を」
「! はっ、はい!」
威勢のいい声だ。私にはもう出ない元気である。
羨ましいと思いつつ、乗せた手でポンポンと肩を叩いた。
「そういうわけだ。我々はイースオスマを倒す。皆もいいか?」
「「「はい」」」
「……ありがとう」
私は感謝を述べた。そして、
「そして、お休み」
そう言って、私は目の前の新任を眠らせた。鳩尾へ強烈な打撃を叩き込んだのだ。
私の攻撃を皮切りに、教室内にいた数人の教員が魔法を使って他教員を捕縛したり、意識を奪ったりし始めた。
私が事前にそう指示したのだ。瞬時に会議室はパニックに陥る。
「な、なんだこれは! おい! ドランソー、これはどういうことだ!」
襲いかかる教員を返り討ちにした、私より年上の教員が詰め寄る。私に対して警戒はしているようで、杖を装備して距離をとっている。
顔に怯えが見える。
「どうもこうもない。イースオスマを倒すために行動したまでだ」
「なっ、何ィ!?」
老年教員が驚愕している。私はそれを気にせず、話し始めることにした。
「イースオスマ……。セビトロ帝国の工作員組織。他国の教育機関に潜入し、優秀な子供を攫って自国の兵に仕立て上げることを目的に活動している秘密組織だ」
「それは分かっている。私が言いたいのは――」
「潜入するには、教員という職で潜り込むのが一番だ」
「!」
私の言葉に目を見開く老年教員。この程度、普通に予想できることだと思うのだが。
「だから私は、信頼できる教員五名だけにこの作戦を伝えておいたのだ。『会議室で私が合図をしたら、君達は会議室内にいる教員を全員無力化してくれ』と」
「な、なんて無茶苦茶な」
「そのおかげで、イースオスマの可能性がある教員がこれだけやられてくれたのだ。彼らには感謝しなくてはな」
「無実な者もいるかもしれないのだぞ!?」
「その時はその時だ」
「なんて奴だぁ……」
老年教員は頭を掻き、呆れた顔をしていた。
「しかし問題はこれからだ。イースオスマを倒すということを監視会全体に連絡した以上、教員として潜り込んでいるイースオスマは何かしら対策をとり始めていることだろう。その一つが、そもそも会議に参加しない、とかだな。ここにいる教員よりも、今日参加しなかった教員の方にイースオスマが多くいるだろうな」
自分の組織を潰す作戦を企てる会議に、参加したいと思う奴はいないということだ。普通、罠だと勘ぐるだろうからな。
とはいえ、自分の組織を潰そうとする会議について、捨て置けないのも事実。だから私は、こう考える。
今、この場の中に一人くらいはイースオスマがいるのではなかろうか。どのような作戦なのか知るための偵察、という役割でだ。
「ドランソー、貴様こんなことをして許されると思っているのか?」
「思ってはいない。しかし、こうするのが手っ取り早い。怪しい怪しくない関係なく、全教員を気絶させてから調べた方が確実だとは思わないか?」
「戯言を……!」
「そんなことより、周囲を見てみてくれ」
「……なんてことだ」
老年教員と同じように、周囲を見渡した。
目に入ってきたのは、四人の教員が立っている光景だ。たった四人だけが、平気そうにその場へ立っていたのだ。
つまり、それ以外の教員は平気じゃなく倒れているということだ。
「さて、私がこれからしようとしていることは、予想ついているな?」
「! ま、待て! 私は違うぞ! イースオスマではない!」
徐々に老年教員へ近づくと、私に合わせるように、徐ろに後退り始めた。
今、老年教員の目には、私がどんな姿で映っているのか……興味深いどころだ。調べる方法がないのが残念でならないな。
やがて、老年教員は追い詰められ、壁へ背中をくっつけた。
「……そうか。貴方はイースオスマではないのか」
「そうだ! 信じてくれ! 頼む!」
「うむ」
逃げられないと分かるや否や、両膝をついて懇願し始めた。その必死さ、もしかしたら彼は無実かもしれない。
「それこそ、戯言だ」
しかし、嘘なんていくらでもつける。そういうことは、彼を気絶させてから調べることとしよう。
私に信じてもらえないと知るや、今までの低姿勢を消し、敵意を露わにした。
「……くそが! 『は――』」
「フンッ!」
「!? っは!」
老年教員が魔法を放つよりも先に、懐へ拳をぶつけた。魔法でもなんでもなく、ただの拳だ。
「魔法は素晴らしい力だ。だが、それは時と場合による。今のような場面では失敗だったな」
「ぐ、ぐうぅぅ!」
痛みに顔をしかめながら、老年教員はゆっくりと地べたへ倒れていった。
制圧完了、である。
「……あーあー。これ後で理事長に怒られますよ?」
アリア君が妙に澄ました顔でやって来る。奇襲とはいえ、あれだけの教員相手に戦って息一つ上がっていないようだ。
「理事長殿はお心の広い方だ。きっと許してくれるだろうさ」
「まぁー、いざとなったらニグルの力にでも借りますか」
「それは心強いな」
理事長、チフェロス・ナナン・ルートス殿は、アクトゥースと同じく第二の姓を持つ。アクトゥースがニグルで、理事長殿がナナン。この学園にも数名が第二の姓を持っていたな。
だから、同じく第二の姓を持つアリア君は、いざとなったら権力で理事長殿も何とかできると言っているのだ。貴族が嫌いな彼女なりの、ジョークだろうがな。
「こりゃ一人一人尋問するの面倒っすねぇ」
と言いつつ、嫌そうな様子を微塵も見せないこの男は、ハッチョー・アンダマウサ。エルフ族のナイスガイだ。
主に捜索系魔法が得意で、フォルエッタ君の捜索・監視を頼んでいる。
「アリア先生、そういうの得意なんじゃないっすか?」
「……それは私が恐喝が得意だって言いたいのか?」
「ま、まっさかぁ! ただ俺は、アリア先生は力づくで相手をひれ伏させて情報を入手するのが上手そうだなぁと」
「だからそれが恐喝っつーんだよ!」
「ひぃっ! 恐喝だあ!」
陽気でおちゃらけた性格なハッチョー君だが、魔法の腕は一流。教員の中でも五本指に入る実力だ。
「とりあえず調査しましょうぜ? こんなことしてないでっさ?」
「お前が先に言ったんだろーがッ!」
また、時間は経過して更に三日後。
第二会議室で気絶した教員は、気絶させたその日のうちに全て調べ上げた。
結果、イースオスマの手先が二名見つかった。私の読みは当たっていたようだ。
すぐにイースオスマについて情報を吐かせ、その情報を基に、学園へ潜むイースオスマを捜索することになった。
アリア君、ハッチョー君の活躍によって、潜んでいた奴らをどんどん炙りだすことに成功した。
例えるならば、大地に生えた雑草を、ゆっくりと引き抜き、根ごと取れたような感覚。あの日会議に参加しなかった教員の三分の一がイースオスマだというから驚きだ。
しかし、問題が残る。
「……ダメっす。イースオスマの首謀者が分からねっす」
「そうか」
ここまで学園にイースオスマがいるということは、学園側から手引きした存在がいるということだ。しかし、それが誰なのか調べても分からなかった。
今まで拘束したイースオスマの手先も、それが誰なのか知らないようだった。
「参ったっすね。そいつ叩かなきゃイースオスマは永続っすよ」
「だな。なんとか手を打たなければならんが」
腕を組み、頭を働かせるも、いい案が浮かばない。
現在、学園の中央部から離れた所にある小さな小屋に、数人の教員が集まっていた。皆私の信頼している教員だ。
「案外、お前が首謀者じゃねーのか?」
「なっ、何を馬鹿なこと言うんすかアリア先生! 俺が首謀者だったらもっと上手いこと立ち回りますって!」
行き詰った空気の中、アリア君とハッチョー君はいつも通りだった。この明るさに、我々も淀んだ思考を追い払うことができるというもの。一服の清涼剤だ。
「例えば?」
「まず教員として学園に潜り込ませないっすね。ドランソー先生のような人に、簡単に見つかってしまうからねぇ」
「じゃあどう潜らせるんだよ」
「それはですねぇ……」
ハッチョー君はいつも通り爽やかな笑みを浮かべ、
「教員ではなく生徒として潜らせるっす」
と言い放った。
確かに、その可能性は私もそれは考えていたが……。
「お前、この学園に何人生徒いると思ってんだよ。それ全部調べるとなると……時間が足りねー」
「多分怪しまれない立場を望むだろうから、ランクだけじゃ分からないっすよね」
「ランクなんてその気になりゃいくらでも偽装できるしな」
私は、二人の会話を聞いていて、一つ気がかりを思い出した。
数ヶ月前に、入学試験で恐ろしい結果を出した生徒がいた。彼は自分の成績を隠し、私ともう一人の試験官にあろうことか魔法をかけ、他言できないよう施したのだ。
何か訳があるのだと思い、特に不便もないので、私は気にしてはいなかったが……。
「(エーリくん……まさか君が?)」
一抹の不安が、私の心の中で大きく育ち始める。
「ランク偽装できるくらいなら、記憶操作もできそうだな」
「記憶操作っつーか、洗脳魔法使って喋らせないようするんじゃねーっすか?」
「口止めか」
「(うむ、これは)」
私は、近々彼に会いに行かなけらばならないと思った。
真意を、問わなければ。
一週間後は選挙日だ。それまでにエーリ君に会いに行こう――。
次回から<四日目>です。




