第三話 メドナ 前編
前後編です。
~前回のあらすじ~
赤ちゃんがドラゴンを倒した。
「エーリ! 誕生日おめでとう!」
「おめでとうございます」
「あ、ありがとう。母さん、父さん」
この世界で三回目の誕生日がやってきた。僕ももう三歳児である。
一歳くらいの時に『はいはい』を習得し、二歳の頃には『歩く』を覚えた。
そして三歳。ある程度喋れるくらいまで成長したのだった。
「わたしからはー、これをあげるわぁ」
「……わぁ、何これ? 指輪みたいだけど」
「我が家に伝わる宝よ。『天上の指輪』と言って、いずれ魔法を覚えた時に役に立つわ。子供が三歳になった時に贈るのが伝統になっているの」
「なるほど。大切にするよ、母さん」
「うふふ、気に入ってもらえて良かったわ」
貴族は家の誰かが誕生日の時、盛大なパーティを開く。村に住む貴族を呼んで誕生日を祝うのだ。
招く側も招かれた側も粗相のないよう、精一杯気を使ってパーティを楽しむ。そういうしきたりらしい。
ということで、今日の主役である僕も、多少緊張しつつ楽しんでいた。
「私からはこれを。受け取りなさい、エーリ」
「これは……短剣だね」
「護身用に渡したわけではないですよ。貴方は栄えあるアルンティーネの血を継ぐ者。剣を持つことで常に貴族、及びアルンティーネとしての余裕と誇りを忘れぬように」
「う、うん。分かった」
母のロベラからは『天上の指輪』という金色の指輪を貰い、父のディーベから短剣を貰った。
ていうかディーベからの贈り物が重いな。いや、重量的な意味ではなく、精神的な意味だが。
「ほら、後は他の場所で遊んできていいわよ。こんな所にいても退屈でしょ?」
「分かったー」
僕への贈呈が終わると、後は大人の貴族たちの立食パーティになる。子供である僕にはまだ早い。
正月に親戚の大人たちと両親が楽しく酒盛りしている場から追い出された頃の気持ちを思い出した。
会場である社交部屋から離れ、二階の自分の部屋へ戻った。
「ふぅー……」
なんていうか、どっと疲れた。
誕生日ってこんな疲れるものだったっけ? そう心の中で愚痴りながらベッドへ座った。
一回目と二回目の誕生日はまだ良かった。まだまだ僕は子供で、マナーとか覚える歳じゃなかったから。
しかし、二歳を超えたあたりから、貴族たるもの云々と、マナーを躾けられ始めたのだ。
それは物心着く前にマナーを叩き込んで、将来貴族として恥のないようするためだとか。
僕の場合、精神年齢が十五歳であることを隠しながら、三歳のフリをするのには骨を折ったものだ。
あんまり賢く振舞うと何が起きるか分からない。僕としては、普通に魔法使いになって、普通にベリーチェ捜して、何の遺恨もなく、困難もなく、元の世界へ帰りたい。
この世界で暮らすのも悪くはないが、一度陽鳴と帰ってくる約束しているからなー。
まさかこんな展開になるとは思わなかった。
とうとうベッドに寝転がり始めた頃、部屋をノックする音が。
「エーリ坊ちゃま。わたしです、メドナです」
「あー、開いてるよー」
「失礼します」
質素なメイド服に、軽くウェーブのかかった栗色の長髪。凛とした灰色の目は、僕の姿を見て半目になった。
部屋に入ってきたのはメイドのメドナだ。ちょっとややこしい名前だといつも思う。
「ちょっと坊ちゃま。その服で寝っ転がったら服にシワできちゃいますよー」
「大丈夫大丈夫。そんなすぐにはつかないから」
「もー」
呆れの混じった声を出し、僕のそばへやって来た。手には水筒とコップの乗ったおぼん。
どうやら疲れ気味だった僕を気遣って、水を持ってきてくれたようだ。ベッドから体を起こし、コップに水を入れてもらって、一気に飲み干した。
こういう気遣いを、彼女は僕が生まれてから甲斐甲斐しくやってくれる。まぁ、それが仕事なのだろうけどね。
メドナは僕より五つ上で、アルンティーネに代々仕える使用人家。そして僕専属メイドらしい。
……なんか専属メイドって言葉が妙にエロいよね。
「メドナは今何歳?」
「え、うーんと、八歳ですが」
八歳。この世界では八歳の子が三歳の子の専属メイドになって奉仕しているんだよ? ビックリだぜ。
でもこれがこの世界の普通なことで、こういうところに僕は異世界にいるという現実を突きつけられることになる。
「坊ちゃまももう三歳ですか。時間が経つのは早いです」
「そうだねー。そういうメドナも八歳じゃん」
「坊ちゃまより五年先を生きていますからね。当然のことです」
薄い胸を張って自慢げなメドナ。茶目っ気があって、僕としても話しやすい存在だ。
「そういやさ。メドナはいつまでメイドやるの?」
何気なく浮かんだ疑問をぶつけてみた。使用人とかメイドって、生涯主人に仕えているイメージあるけども……。
「もちろん、お坊ちゃまに生涯付き従うつもりですが」
……うーん、マジっすか。この子は一生僕のメイドかー。
嫌という気持ちはない。むしろ嬉しくて小躍りしてしまうくらいだ。
ただ、この子が可哀想だと思った。
生まれた時からアルンティーネ家に仕えるということで自由は剥奪され、以降束縛された人生を歩まなければいけない。きっと好きな勉強や自由な恋愛もできないだろう。
まぁ、本人からしたら要らぬ同情だろうけどさ。
「そっかー」
「……」
何を言っても、この子の存在を否定しそうなので曖昧な返事をした。
しかし、それがまずかったのか。
「……坊ちゃまは嫌ですか? わたしが仕えるの……」
と落ち込み始めた。
「そ、そんなことは言ってないよ」
「でも、なんか返事が雑でした」
「む、なるほど」
この世界では日本人特有の曖昧な返事は使えんかー。残念ながら、僕はイエスやノーと言えない典型的日本人だったからなぁ。
通用しないというならなるべく使わないことにしよう……というのが既に日本人的。
「そんなつもりで言ったんじゃないんだ。逆だよ逆」
「逆?」
「うん。メドナが僕なんかのために一生従うなんて嫌だろうなぁって」
「そっ、そんな!」
メドナが勢い良く頭を下げた。
「主人に対しそのようなことを思うはずがありません! わたしは坊ちゃまの専属メイドになれて幸せです!」
うーわ、なんか僕が無理やり言わせたような台詞だー。
でも、メドナは涙目で、
「だから、どうかお側に置いてください!」
精一杯懇願した。
まるでここ以外に居場所がないかのような。
こう見えて彼女はとても要領がいいメイドだ。とても気が利き、安心できる。そんな彼女がここ以外に居場所がないとは思えないけど。
「なんで、この家なんだ?」
「……え?」
僕の足元に縋り付いているメドナと目を合わせる。そして思ったことをはっきりと告げた。
「メドナ程のメイドだったら他でもやっていけそうな気がするけど。わざわざここで働かずとも、他に職はあるだろうし、どうしてウチなんだ?」
「そ、それは……」
狼狽えるメドナ。何か言いにくい理由でもあるのだろうか?
ま、まさか! ディーベやロベラに脅されているとか? 誰かが人質になっている?
……まぁ、ないわな。
「正直に話して欲しい。キミの言うところの主人に、隠し事をする気かい?」
ちょっと狡い言い方をしてみた。するとメドナは急に赤面し、小刻みに震え始めた。その姿は羞恥に耐えているようだが……。
やがて意を決したようで、
「誰にも言わないでくださいよ?」
そう言い僕の耳元でこう囁いた。
「お母様から離れたくないのです」
……なるほど。思えばメドナはまだ八歳。いくらしっかりしているとは言え、自立しているわけではないだろう。お母さんがここで働いているのであれば、その後をついて回りたい気持ちにもなるだろう。うんうん。恥ずかしくなる気持ちも良く分かる。
僕も昔は親に甘えるのが恥ずかしい年頃があったものだ。
デパートに母と二人で出かけた時の話だ。最初は母親と手を繋いで歩いていたが、見知った友達がいるの発見した僕は、友達に見られたら恥ずかしいと思い、すぐに手を離した。そういう恥ずかしさだろう。
僕が満足げに頷いていると、メドナはわたわたと慌てふためいた。
「ち、違いますよ? ちゃんと理由があるんですよ?」
「うんうん、分かったから。マザコンなのは分かったから」
「マザコンじゃないです!」
「大丈夫。この家で気にする人はいないさ」
「聞いてくださいよーっ!」
はぁはぁと、肩で息をするメドナ。落ち着くまで待つ。
「ていうか、マザコンなんて言葉よく知っていますね坊ちゃま」
「……本に書いてあったんだ」
適当に嘘をついて流す。マザコンという言葉も通じるのかこの世界は。
「……コホン。あのですね坊ちゃま。マティージェ様をお母様と呼んではいますが」
「うん」
「実は血が繋がっていないのです」
「へぇー……ってマジか!」
「そうです」
メドナとマティージェはあまり似てないとは思ったけど……。
「マティージェ様が既に旦那様――ディーベ様にお仕えしていた頃に、ロズー村の南西にある聖メドナ橋の上で、赤ちゃんのわたしが捨てられていたのを発見したのです」
「あ、メドナって名前は」
「そうです。その橋の名前がわたしの名前になりました」
聖メドナ橋からとってメドナか。もしかしたら最初は『聖メドナ橋の赤ちゃん』とでも言われていて、それが省略されていってメドナとなったのかも。
その橋には行ったことがないから行ってみるのもアリだね。
「マティージェ様に保護され、優しきアルンティーネ家の方々のおかげで、わたしはここで働くことで生活を保証されました。マティージェ様にもアルンティーネ家にも大きな恩があるのです」
「その恩をお仕えすることで返したいと?」
「はい、そうです」
「そっか――いやうん、そういうことか」
危うくそっかーと曖昧な相槌を打つところだった。そんな僕を見てメドナがクスッと笑った。
「エーリお坊ちゃまに仕えることで恩を返せるとは思いませんが、坊ちゃまにはずっと付き従うつもりです。それが無理なら、アルンティーネ家に何らかの形で恩を返そうかと思います。ですが」
「マティージェは難しいもんなー」
「ええ。だからわたしはお母様になんとか恩を返すため、この家じゃないとダメなんです。お母様の働いている、この家じゃないと」
メドナの顔は、決意に満ちていた。なんとしてもやり遂げる、そう言った意気込みを感じた。
まったく。マザコンとか言ってた僕は恥ずかしい奴だよ。
「それなら好きなだけいたらいいさ。僕は気にしない」
「っ! は、はい! ありがとうございます!」
嬉しそうに微笑んだメドナの顔は、年相応を感じさせるには十分だった。
後編はバトります。