第三十四話 動き出す人々 <二日目>
~前回のあらすじ~
メイド、魔女になる。パート2。
………………<メドナ>
魔女になり、新生聖女となったわたし達は、魔女の夜会で使用される会場へ向かいました。
会場はサタン・ジェロカス城の一階、入口から最も遠い位置にある大広間――『現世の闇』です。
アルンティーネ家の社交部屋の数倍は広く、特に高さがあります。一面真っ黒な絨毯が敷かれ、壁や窓を包むようにこれまた黒色のカーテンが引かれております。天井には幾つもシャンデリアが設置され、ゆらゆらと揺れる無数の炎によって、黒一色のこの空間を照らしております。
噂に聞いたことがあります。魔女達はこのような場所で夜な夜な怪しげなことをすると。確か名前はサバトとか言いましたか。
そんなサバトでも行われていそうなこの場所で、明日の夜に魔女の夜会が開かれるのです。
「ふわぁ~。相変わらず真っ黒なのです!」
「こんなに暗くして灯り付けるくらいなら、カーテン取ってしまえばいいのにって思いますよね」
ノヴァ様、ラージャ様も、思い思いの感想を述べていきます。共通しているのは、お二人共懐かしそうに会場を眺めていることです。
ノヴァ様はわたしが見ていることに気が付き、少し恥ずかしそうにしておりました。
「どうです? 現世の闇は?」
「名前がどうにかならなかったのかなぁ、と思いました」
「確かにそうです」
お互いに笑い合うしかありません。暗闇の魔女の独特のセンスには脱帽です。
それにラージャ様も加わり、いつの間にか三人で並び、部屋の中央を眺めておりました。
様々な魔女が描かれた大きなステンドグラスです。とても色鮮やかで、上からの明かりによって、美しく輝いております。
描かれているのは、白い魔女、青い魔女、黄色の魔女、赤い魔女、紫の魔女、黒い魔女。恐らく黒い魔女が暗闇の魔女だと思います。黒い魔女の周囲は黒く塗り潰されており、暗闇を表現しているようでした。
それと、一番上に、何か――。
「あら? 誰かいるわよ!」
「本当だね」
背後の、入口の方から声が聞こえ、わたしは思考を中断しました。
こんな所へ訪れるのは、魔女の月の魔女しかおりません。しかも、わたし達聖女以外は戦乙女なのです。
更に考えると、わたし達のように、下見へ訪れる可能性だってあるわけです。そう、魔女の夜会へ参加する戦乙女のメンバーが。
だからわたしは、警戒しながら後ろを振り返りました。
そこには――。
「あ! よく見たら聖女の二人よ! なんでここに!?」
少し薄い橙の色した髪の少女が、ウサギ耳をピョコピョコさせながらこちらを指差しております。この方とは前に、坊ちゃま捜索の時に情報をいただき、お世話になったことがあります。
「いや、なんでってことはないと思うけど。わたしたちだけが魔女の夜会に出るわけじゃないでしょ?」
フードを深く被り、ちょっと大きめの黒いローブによって、どのような体格の人物なのか分からなくしている人が、ウサギ少女の隣に立っております。
そして、
「誰かと思えば……久しぶりだな、ジェノーヴァ」
真っ黒でフリルの多く付いたドレスを身に纏い、燃えるような赤い髪の女性が、威風堂々たる歩みで、やって来ました。
わたしはすぐに、この女性と戦士棟付近ですれ違ったことを思い出しました。
「元気そうですね、ローニャ」
負けじと、ノヴァ様も歩いて行きます。派手さはないものの、美しい蒼色の髪が、サラサラとなびかせ、見るものを魅了しております。
「ここにいるということは……やっと出るのか」
「そうです。メンバーも揃ったです」
「へぇ……」
赤い髪の女性は、一度わたしを見て、すぐに目線を変えました。
やがて二人は一メートルくらいの距離を保って対面し、一歩も引かずに会話を始めました。二人に近付いてはいけない空気が、この場を支配しておりました。
「わざわざ負けに出て来るとはな」
「負けないです」
「無理だ。あたし達戦乙女が勝つ」
「違うです。ノヴァ達聖女が勝つです」
お二人共表情は穏やかでしたが、言葉の節々に闘志を感じました。
譲れない意思が、ぶつかり合っているのです。
「戦乙女は今度こそ運営会選挙で勝利する。そのために、おまえ達の力が必要だ。負けてくれ」
「聖女の皆が繋いでくれた想い、無駄にする気はないです。負けるのはきみ達です」
目と目が衝突し、言葉と言葉が不和を起こしており、会話にもなっていません。
しかし、これだけで通じ合ったのでしょう。赤い髪の女性は、小さく笑ってから、背を向けて去っていきました。
一緒に来た二人も、その後を慌てて追いかけていき、再びこの大広間は聖女だけになりました。
わたしは知らぬ間に緊張していたようで、深く息を吐いておりました。
「メドナたん、今のが戦乙女の中枢メンバーです」
ノヴァ様は、さっきまでの出来事が、まるでなかったのようにいつも通りへ戻っておりました。
「ウサギたんがフレンシア・ガルドバルゴ。フードたんがツァーチ・レンゲラ。そしてあの赤髪は……」
でも、あの赤い髪の女性が去った方向を見て、何とも言えない曖昧な表情を浮かべ、
「ローニャ・エトーリア。戦乙女のリーダーで、死女神と呼ばれる存在です」
忌々しく、言葉を吐き出したのでした――。
………………<エーリ>
カイズブルー城の三階の教室全てを修復してから、僕達三人は二階にあるリビングへやって来た。
元々お城としての役割を持っているので、家臣や使用人が暮らす空間も数多く残っている。その内の一つがこのリビングとなる。
二階は東西にあるギャラリーによって場所をとられてはいるが、案内されたリビングはそれなりの広さであった。
お洒落な模様の長テーブルが中央に置かれており、それに合わせて高そうな椅子も並んでいる。少し離れた窓際には、小さいテーブルとソファがセットが置かれてあった。
もちろん、心は小市民の僕はソファの方へ座った。モデ、ピサスが後に続く。
「あぁ、疲れたー」
「あれだけのことをすれば疲れて当然ね」
「そうだな。お前らより屈強な俺でさえ、疲れを感じているからな」
「はいはい、筋肉自慢は聞きたくないわー」
僕を含めた三人共、ソファへ深く腰掛けてだらけていた。この様子だけだったら、まさか僕達が風紀委院だと思うものは皆無だろうと断言できる。それ程までに、僕らはソファでグッタリしていた。
こうなっているのには、もちろん理由がある。
ここへ来る前、僕達はまず、戦闘によって壊してしまった部分の修復作業を行った。
修復自体は、三人で協力することであっという間に済んだ。後始末や修繕を役割としていた美化委院に所属経験のあったピサスを筆頭に、指揮が取られた。
僕が金魔法と土魔法で壁と同じ材質を生み出し、それをピサスが火魔法で巧みに加工、最後にモデが加工した物を接着する。まさに三位一体。
こうして、誰かに見られる前に、全てを元通りに直したのだ。
しかし、あれだけ派手な音を出してしまっていたので、巡回していた風紀委院を呼び寄せてしまうことになった。
作業自体は済んであったので、なんとか誤魔化すことはできたのだが、次から次へと神帝の人がやって来たのだ。あの状況じゃ、落ち着いて話もできない。
という訳で、人気のないこのリビングまで移動することになったのだ。
軽く頭を振って、疲れによる眠気を吹き飛ばした。
「疲れてこのまま眠りたいところだけど……本題に入ろっか。まず、ピサスが知りうる限りの法王女について話してくれないかな」
「いいだろう」
ピサスは、疲れを一切感じさせない顔でそう言ったのだった。
……。
…………。
………………。
話は数分で終わった。
ピサスが要点をまとめて話してくれたので、聞く側としてありがたかった。
しかし、内容がどれも聞いたことのあるもので、法王女の居場所も分からずじまいに終わった。
ピサスが、申し訳なさそうに頭をかいた。
「済まないな。俺は役に立てそうもない」
「いや、そんなことはないよ。分かったことがあるからさ」
「分かったこと? 内容はウチが話したのと同じだったけど?」
モデが不思議そうな顔をしている。確かに内容は一緒だったが、ピサスの話で確定したことがあるのだ。
法王女が信頼を置いている三人の内の二人が、同じようなことしか知らなかったのだ。だったら……。
僕は逃れられない道を考え、溜息をついた。
「司祭院と助祭院が同じ内容とすれば、やっぱり司教院に近づくしかないってこと。それが分かった」
フィレ先輩と接触する、やはりこの道しかないようだ。強制ルートとでも言えばいいか。
いいだろう。フィレ先輩に会って問いただそうじゃないか。フィレ先輩はかなりやり手で隙のない人だが、こっちには司祭院、助祭院が味方についている。これ程心強い味方もいないだろう。
憂いを断ち切り、僕は心を奮い立たせた。
「今後の方針が決まった。フィレ先輩に会う」
心の巣を使う前提で動いたほうがいいかな。発動できる環境を作ってから呼び出した方がいいか……うーむ。
打倒フィレ先輩用の作戦を考えていると、モデが不思議そうな顔で手を挙げた。どうやら質問があるらしい。
「どうしたの?」
「あのさ……んー」
尋ねると、どこか言いにくそうな感じで、急にモゴモゴし始める。自分から手を挙げておいて、言い渋るとは変な奴だなぁ。何か僕に対して言いにくいことでもあるのか?
と、そこで僕は嫌な予感がした。もじもじする様子を見て気が付いたとも言える。
え? まさか? えっ!?
不意に、脳裏をよぎるのは、僕が考えうる最悪の展開。こうなっては終わりだという、地獄の光景。
やがてモデは、意を決して、
「……フィレ、どこにいるか知ってるの?」
と、聞きたくない言葉を放ったのだった。まだ毒舌の方がありがたい、そう思わせる言葉だ。
この言葉には様々な意味が含まれている。
まず、言いにくそうな様子と表情から、彼女はフィレの居場所を知らない。知らない上で、フィレ先輩に会うと言った僕に、尋ねているのだ。
そして、僕がフィレ先輩の位置を知っていて聞いているんだよね? という確認も含まれている。まさか知らないで言っているんじゃないでしょ? と。
だから僕は、マズいと思った。実は、ヴィチェレ専用男子寮のロビーで話しかけられて以来、僕は一度も、フィレ先輩と出会っていないのだ。
同じ寮で生活してはいるが、会わない日だってそりゃあると思う。でも、この時期に寮で遭遇していないというのは、何か嫌な想像を浮かばせるとは思わないか?
僕は慌ててピサスの方を見た。モデは知らないようだが、ピサスならと思ったからだ。
「ピサスは? ピサスは何か――」
「……済まない」
しかし、ピサスは小さく絶望の言葉を呟き、ただ顔を俯かせるだけだった。
モデやピサスがフィレ先輩の居場所を知らない。同じ信頼された仲間だと言うのに、知らない。
これはおかしい話だ。嫌な想像が、加速していく。
「最後に会ったのはいつだ?」
僕は恐る恐る、二人へ問いかけた。
問いかけてはいるものの、僕は確信していた。嫌な想像は、きっと……。
ピサスとモデは、顔を合わせ、
「そういや、選挙始まってから会っていないな。最後に会ったのは選挙前だ。ミニャーは?」
「ウチも同じ。てか、苗字で呼ぶなって言ってんでしょうが! 『脳筋』!」
「ふん、お前の毒など痛くも痒きゅもにゃいわぁ~」
「バッチリ効いてんじゃないの」
二人の夫婦漫才に突っ込める程、僕には余裕がなかった。
会ったのは選挙前……となると、やっぱりそうか。
断言できる。フィレ先輩は今、法王女と共に、この学園のどこかに隠れている。
考えてみれば分かったことだ。法王女がいないとなると、次に狙われるのは司教院。司祭院と助祭院は風紀委院という武闘派集団に属しているから狙われることは少ない。しかし、情報収集等の非武闘派である図書委院は別だろう。
僕は急いで体を起こし、勢い良く立ち上がった。
「ちっ!」
「ちょっと、どこ行くのよ!」
「確認したいことがある! ついて来て!」
返答を聞く前に、僕は走り出した。恐らく結果はあれだろうけど、一応見ておかないと。
「な、なんなのよ! もう!」
「ちょっ、毒、毒解除してくりぇ」
「ごめんごめん、忘れてたわ」
外はもう、暗くなり始めている。口から出る息は、白くて生暖かい。
走ること数十分。強化魔法によって通常より早く走れただろう。目的地に到着した。
吐く息のように真っ白な建物。僕にとっちゃ、見慣れた家。
レベル8ヴィチェレ専用高級男子寮である。
まだここまで追いついて来ていない二人を置いて、僕は中へ入った。
清潔が保たれている寮内を歩く。どこにも寄らずに真っ直ぐ目的の部屋へ。三階まで階段を上り、数ある部屋の中から、とある部屋の前に立った。
『フィレ・ディーノ』という立札のある、部屋だ。
「フィレ先輩! いますか? いたら返事ください!」
ドンドンと激しくノックをしながら、叫ぶように声をかけた。
もしいたら、何事かと思って出てきてくれるはずだ。もしいるならば……。
「先輩! フィレ先輩!」
扉を叩き続ける。静まり返っていた廊下に、僕の声とノック音だけが響く。
数分続けてみたが、フィレ先輩が出てくることはなかった。扉は固く閉ざされており、魔法無効石によって室内を覗くこともできない。ただの物理攻撃でも、扉を壊すことはできないだろう。
良く見ると、この扉には変な模様があった。何かは分からないが、扉の開錠を妨げる一因になっているようだ。
ここにはいないのか、それとも別の場所へ隠れているのか……それすらも分からない。
とうとう僕は、呼びかけるのを諦め、廊下に両膝をついて項垂れた。
フィレ先輩がいないとなると、この広い学園で、法王女のことを捜さなかればならない。街と同じ程度の広さのこの学園でだ。
選挙まで、間に合うはずが……ない。
「(捜索魔法をフルで使っても間に合うかどうか……。そもそも、魔法無効石のある場所じゃ捜索魔法でも意味がない。そんな場所を魔法なしで捜さなきゃいけないのか)」
どう計算しても、どう作戦を立てても、無理だ。不可能だ。
呆然としていると、いつの間にか二人が追いついていた。僕の様子を見て、察している。
「やはりいなかったか……」
「ということは、一緒に隠れているってことでしょうね」
「そうなると大変だ。この学園はとにかく広い。山もあれば谷もあり、森もあれば川もある。隠れられる場所など無限大だ」
モデとピサスが、さっきまで僕が考えていたことを口に出す。
どうしようもない無気力感が、体を支配していく。
「しかしそうなると、泉の声を探るしか方法はないな」
「そうね」
ピクッ、と僕の耳が動いた。興味深い会話に、反応したのだ。
次の瞬間には、怠惰な自分はおらず、ピサスに縋り付いていた。
「泉の声ってなんだ?」
「ああ、ここからちょっと離れた所に、小さな泉があるんだが。そこで俺を声を聞いているんだ」
「? ど、どういうこと?」
全体的に意味不明な言葉に混乱していると、モデが呆れながら補足説明をしてくれた。
「ほら、ピサスは助祭院でしょ? 助祭院の役割は法王女の代理で神帝に指示を出す。じゃあ、その指示ってどうやって受け取るのよ。法王女隠れてるのに」
「あっ!」
僕は思わず声を出した。考えてみればそうだ。完全に見落としていた。
「『ノレルの福泉』っていう泉があって、そこへ特定の時間帯に訪れると、声が聞こえるのよ。法王女のね」
「要は言伝を魔法で届けているのだろう。俺は毎日それを聞きに泉へ行き、指示を仰ぐのだ」
「……」
二人の言葉が、僕の中の炉にくべられていく。闘志が燃えていく。やる気が溢れていく。
まだ終わってない。まだ、法王女を捜せる!
「だから、その魔法がどこから飛んできているのかを知ることができたなら……」
「法王女に会えるでしょ?」
「……そっか」
僕は自分の頬を叩き、意識をはっきりさせた。
これからだ。このチャンスを、逃す手はないだろう。
顔を上げると、二人が僕を見ていた。どうやら、指示を待っているようだ。
「ウチは早く自由になりたいのよ。協力するから、さっさと終わらせるわよ」
「正しき道を踏み外している法王女に、正義の道を歩ませようじゃないか」
嫌々ながらも付き合ってくれるモデ、厳つい顔で口元を歪ませるピサス。
だから、僕は不敵に笑って、
「法王女に、挑もう」
そう言って、僕は拳を突き出した。
………………<ローニャ>
「そう言えば、フィレの方はどうなっている?」
あたしがツァーチに尋ねると、彼女は明るい声で、
「大丈夫だよ。彼はもう出て来ない。誰にも見つけられないさ」
そう言って笑った。
「ふふふ! 遂にあたい達戦乙女が天下を取れるのね!」
前を歩くフレンシアが、嬉しそうに話す。
「聖女を取り込めれば戦力は格段に上がるわ! ジェノーヴァとラージャは相当強いからね!」
「そうだね。前にフレンシア、ジェノーヴァにボコボコにされたもんね」
「あ、あれはたまたま調子が悪かっただけよ! 次は負けないわ!」
「ふーん?」
「何よその目は! ふん! いいわよ! あたいが強いってとこ、夜会でちゃんと見せてあげるから!」
「じゃあそういう力比べができる儀式を選ばないとね」
二人が楽しそうに話すを眺めながら、あたしは微かに笑った。
今度こそ……あの憎き法王女を潰してやる。
寒い風が吹きつける闇夜に、あたし達三人は消えていった……。
次回、再び外伝となります。




