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魔法によって飛んだ空  作者: 元祖ゆた
運営会選挙編 
33/64

第三十二話 心の壁 <二日目>

~前回のあらすじ~

人魚は足を得るために、魔女になりました。


………………<エーリ>

思えば、フィレ先輩は謎が多い人だった。

狐をベースにしたワーグ族で、フサフサの狐耳にモフモフの大きな尻尾。暗く妖しい色をした瞳は、目を合わせただけで萎縮してしまいそうになる。顔立ちはかなり中性的で、体型も華奢。女のような男だった。

僕達は男子寮のロビーで出会い、いつの間にかよく話す間柄になっていた。何故仲良くなったのかも思い出せない程、自然に仲良くなった感じだ。

寮でだけの付き合いだったが、色々楽しかった……と思う。


「フィレは法王女様の右腕――司教院よ。所属は図書委院長」


毒舌女ことモデから告げられた情報に、憂慮していた事態が来てしまったことを嘆いた。

前に、フィレ先輩は現運営会メンバーだと言っていた。それはつまり、神帝の構成員であることを指す。同じヴィチェレ専用寮に住んでいることから、才能に関して申し分ない。なら、神帝でもそれなりの地位にいる可能性があるとは考えていた。


「(まさか司教院だとは……!)」


今、法王女はどこかに身を隠している。そして司教院は、そんな状態にある法王女の付き人役だ。第二のトップと言っても過言ではないだろう。

とにかく、法王女に近づくために、司教院であるフィレ先輩にコンタクトを取る必要が出てきた。

後、助祭院のピサスもか。


「図書委院は何をする組織?」

「主な仕事は情報収集と情報管理を行うわ。後は情報の拡散、規制も」

「まぁ、図書っぽいと言えなくもないか」


情報委院とかじゃダメだったのかな? 法王女に会えたら図書に拘る理由を聞くことにしようか。


「他に何か聞きたいことは?」

「今のところはない、かな」

「今のところは……ね」


モデが僕の言葉に、血の気が引いたような絶望の表情になった。『今のところは』ということは、今は聞かないけど今後出てきたら聞くという意味で、それは心の巣ハートライフを解く気がないと言っているようなものに聞こえただろう。

その通り、彼女には悪いが、僕は心の巣を解除する気は更々ない。司祭院でもあるモデは、この先使い道がたくさんあるからね。

とりあえず今後の目標が立った。司教院のフィレ先輩に会うことと、助祭院のピサスに会うこと。もちろん、ただ会うだけじゃなく、法王女の居場所について聞き出さないといけない。

最悪、モデと同じような手段を用いることになるだろう。


「おかげで色々分かったよ。ありがとね」

「……いえいえ。こちらこそ、有益な情報を提供できて嬉しいわぁ~……ッ!」


モデの目は、笑っていなかった。言葉にも力が入り、何か僕に対する恨みのような感情を押し殺しているようだった。

気にしても仕方ないので、愛想笑いをしてお茶を濁した。

しかし、そんな素朴な行為すら、モデにとっては頭にくるようで、


「……く、うぅぅぅぅぅ! アンタはいずれ殺す!」


と猛らせる結果となった。彼女との和解は遠い。

それにしても、中々有益な情報が得られた。法王女の扱う魔法や、司教院等の特殊な肩書き、フィレ先輩について情報は今度役に立つだろう。

……うん、しかしこの情報、モデじゃなくても入手できたような?

いやいや! 重要なのはモデが司祭院であることだ。彼女の肩書きを使えば、今僕は風紀委院所属の神帝メンバーになっているが、他部署への異動や昇格も操作できるかもしれない。可能性は無限大である。

さてさて、いつまでもここにいる必要もないな。得た情報を基に、まずは助祭院で風紀委院副長のピサスに会いに行こう。

長らく座っていた椅子から立ち上がり、軽く体を伸ばす。小気味よい音が、関節から聞こえてくる。

その様子を見ていたモデも、はぁーっと息を深く吐いて、椅子から立った。


「もう終わり? じゃあ――」

「うん、ピサスの所へ案内してよ。それで僕を紹介してくれ」

「――う、嘘でしょ……」


解放されると思っていたのか、モデはその場に崩れ落ちた。哀愁が漂っている。


「人生は、諦めが肝心って誰かが言ってたよ?」

「へぇ~、そうなの? なら、その誰かをぶっ殺して撤回させてやりたいわね」

「できるといいね」

「……そうね」


落ち込んでしまったモデに対し、僕が優しく肩を叩いてやると、力なく笑ったのだった。





風紀委院副長のピサス・ライネスは、鉄壁の防御を誇る男だ。

王の城、という防御魔法を扱い、あらゆる攻撃を完璧に防ぐという。一度でも発動したら最後、倒せない壁として立ち塞がる。まさに城のような男。城の擬人化。

そんなピサスはついた異名は、『守護神』。風紀を守る者として、お似合いの異名と言えるだろう。


「性格は真面目で忠実。自分というものをしっかり持っており、周囲に流されることもあるけど、最後は自分の心に従って行動する男よ」

「ふむ、ただの脳筋ってわけじゃないようだね」

「あんな見た目じゃそう思うのも分かるわ。でも、案外物腰柔らかいわよ? たしかこの前も、一人の生徒を捕獲するよう命じられているのに、結局命令無視していたし。可愛そうだ、とか言って」

「……へぇー」


風紀委院室を出て、三階にある修練室へ向かっていた。ピサスはよくここへ訪れては、筋トレに励んでいるのだという。さすが戦士学科、というべきか。


「おかげで彼、他の部署から非難されていてね。戦力増加を妨げたとか、敵になるかもしれない者まで守護するのか、とか」

「そりゃ非難されるよな。でも、カッコイイよそういうの。自分の信念を貫くってさ」

「そうね。でも、真相を聞いたらちょっとガッカリするわよ?」

「真相?」

「ええ。なんか、どこかのメイドに言い負かされたらしいの。しかも自分より年下」

「あ~、あはは。それはそれは」


適当に苦笑いをしつつ、メドナはやっぱり優秀なメイドだなぁ、と再確認した。

そんな他愛のない話をしていると、やがて修練室にたどり着いた。モデは軽くノックをし、声をかけた。


「誰かいる?」

『ん? その声はミニャーか』


ドア越しに、重い低音が聞こえてきた。この声の主は、十中八九ピサスだろう。声だけで威厳や威圧といったものを感じたからだ。ていうか、声だけでここまで深みを出せるのか。


「入るわよ?」

『おう、いいぞ』


入室許可をもらい、モデは躊躇うことなく扉を開けて中へ入った。その後に続く。

すると、


「……うぅっ!」


入った途端に強烈な匂いが鼻を襲った。まるで高校の剣道場のような、酸っぱい汗の香りが部屋中に充満していたのだ。要するにすっごく汗臭い。

鼻を摘みたい衝動に駆られるが、さすがに初対面の相手の前で、鼻を摘んで会話とか失礼だろう。だから泣く泣く我慢した。あぁ、まるで酢を直接鼻の中に突っ込まれている気分だぜ。


「ここは相変わらずね……。って何? アンタなんで涙目になってんのよ」

「だってこんな汗く――匂いが強いじゃんか。なんでキミ平気そうなんだよ」

「さぁ。この部屋結構利用するから慣れちゃったのかしら」


安々とそんなことを言うモデ。本当に平気なようで、特に辛い顔を見せていない。これがポーカーフェイスとかだったら詐欺師だよ。

とにかく、あまり匂いを意識しないようにして、周囲を見渡した。

修練室と言われるだけあり、体を鍛える器具がたくさん設置されてあった。しかし、ルームランナーやペックデックマシンのような器具はなく、良く分からない大きな木の棒や、鉄でできたダンベル、大きな岩があった。器具のラインナップが原始的といえば原始的だが、筋肉を鍛えるとしたら有効だろう。木の棒については使い方が分からないけど……。

謎の木の棒を凝視していると、ピサスがそのことに気が付いたようで、


「これが気になるか?」


と親しげに話しかけてきた。素直に頷く。


「これだけトレーニング器具がある中で、木の棒だけ異質だなぁと思って」

「む、そうだろうな。そう思うだろうな」


顎に手をやって、顎鬚を摩る。ピサスの厳つい顔が、微かに笑っているようだった。


「実はその通りだ。これは肉体を鍛える物ではない」

「あ、やっぱりそうなんだ」

「さすがに木の棒じゃ訓練にもならないからな。でも、別の使い道がある」

「別の?」


僕が疑問を浮かべていると、ピサスは前触れなく木の棒を掴み、


「……フンッ!」


と言う気合の入った声と共に、強く握り締めた。恐らく、魔力を込めているのだろう。ピサスの手と接触している木の棒の部分が、藍色に変色している。


「これは……肉体を鍛えるものじゃ……なく、フンッ! ……魔力調節を鍛えるための、ま、魔法道具だ……フンッ!」


ピサスが魔力を込めるたびに、木の棒は藍色に光り、反応を起こしている。確かに、魔力に反応するところを見ると、魔法道具のようだ。

藍色といえば、魔力吸収石が藍色だったか。何か関連性があるのかもしれない。


「魔力吸収石と同じような素材の木でできているらしいわ。魔力を吸収するところと、しないところがあるから、そこを調節して魔力を流すことになるから訓練になるのよ」

「へぇー。思ったよりよくできてるんだな」

「そうよ。正式名称は『魔力散乱吸収常緑高木』って言うらしいわ」

「そのまんまだ」


やはり、魔力吸収石との関連性があることは間違いないようだ。いずれ調べてみたいところだ。

モデからの補足説明を脳内で復唱しつつ、ピサスを観察する。

戦士学科の赤いリングを右腕に付けている。その数字は六。最高学年だ。

全体的にがっしりしており、服の上からでも分厚い筋肉を感じ取れる。頭は高校野球児のような坊主に、彫りの深い顔。常に威圧感があり、超低音のバリトンボイスの持ち主。

一言で言うならば、『漢』。男ではなく漢だ。

さて、そんな筋骨隆々の漢に対し、どう接触していくべきか。素直に法王女について話してくれるとは思えない。

とりあえず、心の巣を使えるように準備しておくが、心の巣にはとある発動条件があって、満たしてない今は発動できない状況だ。


「ありがとう。謎が解けたよ」

「いや、お礼されるだけのことはしていないさ。……フンッ!」

「それもうやらなくて大丈夫だよ」

「……そうか」


少し残念そうな顔をして、木の棒から手を離した。そんなに筋トレがしたいんか。

そして僕らは向かい合った。僕とモデが並び、その前にピサスが立つ。


「それで、何の用だ? ミニャー」

「ウチを名字で呼ばないで。前も言ったけど、ウチその名字嫌いなの」

「む、そうか。分かった」

「……ホントに分かったんだか。ちょっとね、今日はコイツを紹介しようと思って」


モデが僕を軽く小突いて前に出るよう促す。僕はうぅん、と咳払いを一つしてから前に出た。

さりげなく、自分の右腕に付いた赤色のリングを触りながら。


「初めまして。戦士学科一年のケリ・マクルです。本日より風紀委院所属になりました。よろしくお願いします」


ちゃんと四十五度の角度を意識して礼をした。最大限まで敬意を払う。これだけでも悪印象はつきにくいものだ。


「む、ということはこいつが例の小僧か」

「そうよ。ウチと音楽委院長が推薦した奴。ていうか、コイツの名前は今初めて知ったけど」

「なるほど、そうか」


顎に手をやり、何か考えているような仕草だ。目は細められ、僕を見定めようとしている。

僕は何がきてもいいように、精神を落ち着かせる。思考も相手に全集中させ、すぐ対応できるよう冷静に。

やがて、ピサスが口を開いた。


「華奢だが、本当に戦士学科か?」

「そうだけど」

「筋肉が付いていないな。まだ若いとはいえ、筋肉量が他一年より劣っている」

「まだ、入りたてだからかな」

「……そうだろうか」


一瞬、ドキっとして表情を乱すところだったが、鋼の精神で無表情を貫いた。

この漢、侮れないよ。僕の正体に不信感を抱いている。相手こそ本物の戦士学科なわけだし、こんな奴がいたっけ? みたいな気持ちになるのは当然だけど。


「いや、やはりおかしいな。お前は何かがおかしい」

「そんなことはないと思うけどなー」

「何か、隠しているな。筋肉が動揺している」

「筋肉って動揺するの?」

「するさ。筋肉も生き物だからな」


んなわけないでしょうが、とモデが呟いているが、それに付き合う程の余裕はない。

少しでもミスはできない。些細な綻びで全てが見抜かれてしまうだろう。それ程までに、この漢は鋭い。

筋肉がないのは当たり前だ。鍛えてないからね。戦士学科じゃないし、日常的に鍛える暇はない。

この嘘をどう埋めるか……。そうだな。


「多分、強化魔法のせいかな」


僕は誤魔化すために、魔法に頼ってみることにした。


「僕の強化魔法は肉体を数倍強化する。ただ、その反動で筋肉を激しく消耗させるんだ。そのせいかもしれない」

「……なるほど。強化魔法か」


それっぽい嘘をついてみたが、真剣に考えさせるくらいは信ぴょう性があったらしい。ピサスは眉間に深くシワを寄せている。

一応、肉体を強化する魔法は覚えている。低級・強化魔法・『バトルボディ』は、自身の肉体を二倍に強化する魔法だ。昨日はこれでチンピラ二人組をぶっ飛ばした。

しかしながら、この魔法を使っても筋肉が消耗することはない。だから、嘘を演出するのは、バトルボディを使った後に、自分へ消耗するような魔法をかけなければならない。何をかけるべきか……。

考えを巡らせていると、唐突にピサスが豪快に頭をかいた。


「ダメだな。やはり俺には頭を使うことはむかん」

「……えーと?」


どういうことかと尋ねる前に、ピサスは僕らから距離を取った。そしてポケットからナックルダスターを取り出し、装着した。黒色で無骨なナックルダスターだが、普通の物じゃないだろう。

まさか、と思う前に漢は、


「王の城」


と一言言って、最強の盾と謳われる防御魔法を発動させた。

長年の修練によって洗練された魔法は、キーワードを言うだけで自動的に発動されると聞いたことがあるが……まさにそれだ。体や脳が、魔法発動までのプロセスを覚えてしまうのだろう。

無詠唱に近く、高速詠唱より高次な技術。それがこの、『関鍵詠唱』だ。

半透明の黒いオーラが現れ、ピサスを中心にして正方形に広がる。まるでこの空間から切り離されたかのようだ。


「この王の城は高級の防御魔法だ。心の壁、と言う言葉を知っているか?」

「知ってるよ。他人と自分の心理的線引きのことだろ」

「そうだ。そしてこの魔法は、そんな心の壁を具現化したものだ」

「……へぇ」


面白い魔法だと思った。心の壁ってのは案外堅い。僕はメドナやシェーナには壁を作っているつもりはないが、実は転生された存在であるということを隠している。その秘密によって、僕は心から信頼する人を見つけられていない。

専属メイドであるメドナだけには、いつか話したい。


「だから、この魔法はあらゆる攻撃を防ぐ。心の壁の具現化だからな。自分を他人から線引きして守っているのだ」

「逆に言うと、心を許した相手には効かないと」

「そうだ。いともたやすく侵入を許す」


展開はもう読めている。が、尋ねないわけにもいかないだろう。


「それで、これから何をするんだ?」

「ああ」


ピサスは低く轟くような声で、



「俺に全力で攻撃してこい。風紀委院に相応しいか見極めてやる」



そう言い放った。





思えば、僕はどの魔法が得意なんだろう。

人によって得意な魔法、苦手な魔法と出てくるのは低級からだ。初級魔法は一通りできるようになるらしいが、低級魔法からは差が現れ始める。

これは、人の精神に起因する。魔法は、集中力や精神力、想像力を扱うので、その人の本質によってどうしても違いが生まれてしまう。その違いが、得意不得意を生じさせるのだ。

中級からは、苦手な魔法の習得が難しくなる。更に高級では、習得不可能とされている。だから魔法使いは、自分の得意な魔法を伸ばし、その道を極めるのだ。

別に極端なわけでない。基礎魔法の中で、火魔法が得意で水魔法が苦手だとしても、それ以外の風・土魔法が習得できないわけではない。ラーメンが好きでパンが嫌いだとしても、毎日ラーメンを食べるわけじゃないだろう? ご飯も食うし、パスタも食べる。同じように、魔法は無限にある。

今のところ、僕は苦手な魔法がない。魔法大全に記された全ての魔法を試したわけじゃないから、断定はできないけど。

そして僕は、得意な魔法もない。雑食、と言えばピッタリ当てはまるか。

そんな器用貧乏である僕は、何を極めていけばいいのだろうか……。


「さぁ、俺にお前の得意な魔法を撃ってみろ!」


得意な魔法か。分からない。どれも同じように使える僕は何が得意なんだ?

よく使っている魔法で考えてみよう。まずは幻想魔法のミラージュコート。自身を周りの色と同化させる魔法だ。

うん……微妙だな。それにたとえ得意だとしても、今は役に立たない。却下。

次は誘導魔法のパワーコンダクト。対象を指定した場所へ誘導する魔法。

使い勝手はいいが、得意と言うまででもない感じ。今は使えないからもちろん却下。

じゃあ、超火力の翼竜落としメテオフォールはどうだろうか。最近暴発したばかりだぜ。

ってダメだろ! 暴発とか危ない! 得意だったら制御できてるだろ! 却下却下!


「うーん」

「そんな悩まなくてもいいぞ?」

「いや、折角だし、今ある最大の力をぶつけてみたいんだ」

「……いい心がけだ」


ピサスが嬉しそうに笑う。期待に満ちた目が、僕を捉える。

勝利の星オンリースター……は秘密兵器的魔法だから今は控えるとして、後はエアーブレッド? でも初級だし、簡単に防がれるよなぁ。最近習ったのだと水の首狩りだけど、どうもしっくりこない。

こうやって考えてみると、僕は戦闘向きじゃない補助的魔法ばっかり使うんだな。そっちの方が楽しいからいいけどさ。

ダメだ。考えても出てこない。こういう時は思考をリセットして、根本から考えるんだ。

そもそも、僕は何故、魔法を覚えたんだ――?



『どうじゃ! いい景色だったじゃろ』



――浮かぶのは、空。広大で壮大な空を、僕は飛びたかった。

自称、太陽の魔女ベリーチェ。彼女に空を飛ぶ魔法を見せられて、僕は魔法に魅せられた。

あぁ、そっか。僕のルーツは、空を飛ぶことだ。


「ん?」

「って、何してるのよ?」


風紀委院二人が不思議な顔をしている。

それもそうだ。僕は僕の空エアロスターを使って空を飛んでいた。

多少狭い空間ではあるが、それでも飛行するってのは気持ちいいもんだ。心が昂ぶっていく。

空中で静止し、溜める。飛ぶためのエネルギーを、全身に流していく。


「あ、アイツ。空飛べたのね」

「確か飛行魔法は、魔女魔法の一つだった気がするのだが……」


二人の声が遠くに聞こえる程、意識を集中していく。飛ぶんだ、全力で。

今ある魔力を注いで、この空を、自分だけの空を飛ぶ!


「行くぜ、守護神!」


僕は指をポキポキ鳴らし、身を屈めた。膝を曲げ、体育座りのような格好で宙を浮かぶ。

そして、



「おらああああああああああああああ――」



掛け声と共に、


「!?」


思いっきり、


「ちょっと!?」


足を伸ばして、


「――あああああああああああッッッ!!!」


宙を蹴った!

瞬間、


「ぐ、がああああああああああ!」


壁をぶっ壊し、ピサスの懐に突っ込んでいた。そのまま威力を殺せず真っ直ぐ進む。いや、突っ走る。

自分でも、感じることができない程のスピードと威力。全ては、三階の端っこにある部屋まで突き抜けて、気絶したピサスの上でその痕跡を見て、初めて気が付いた。

連なっていた部屋の壁を全て貫通し、端っこまで来ていたのだ。遠くに、元々いた修練室で、取り残されたモデが、呆然としながら床へペタンと座っているのが見える。


「あ、あははは、あはははは!」


自分でも良く分からない笑い声が出る。

空を飛ぶって、やっぱ最高だな。こんなに爽快な気分になれるなんて。この魔法、上手く練習していけば音速――いや光速で空を飛べるようになるかもしれない。

そういや、まだ名前なかったな。僕の空からの派生した魔法。その名も――



神風発進ロケットスター』とか、どうだろう?





「悪かった。疑ったりして」

「あ、いやいいって」

「そうはいかん。俺は内心舐めてかかっていた。今は素直に認めている。お前はすごい奴だ」

「……そう? まぁ、素直に受け取っておく」


ピサスが目覚めたのは、結構すぐだった。実は咄嗟に回避していたらしく、神風発進が直撃したわけではなかった。単純な衝撃波によって吹っ飛ばされただけだったのだ。

それでも、全身を負傷していた。僕はヒーリングをかけ、すぐに治してあげた。

その時隣で、モデが恨めしそうに見ていたが、気にしないで無視した。


「ウチ初めて見たわ。王の城使って吹っ飛ばされるのを」

「俺も初めてだ。これは一体どういうことだろうか……」


二人は未だ興奮から覚めていなかった。そりゃそうだ。目の前であんな光景見せられたのだからね。僕自身も心の昂ぶりが続いている。

心の壁である王の城は絶対破られない。しかし、僕の魔法で簡単に壊れた。これはきっと、強度の問題じゃない。


「多分、取り払っちゃったんだよ。自分で」

「何?」


ピサスが不思議そうな顔で僕を見る。モデも言葉の意味を探っている。


「心の壁ってのは、相手との目に見えない境界線だ。それって絶対取り除くことはできないと思う。人は個別に完結し、成り立っているからね」

「それはそうだが」

「だけど、たとえ取り除けなくても、ある程度はなくせるものだと思う。心を許す、とでも言うのかな」

「ああ、そうだな。確かに俺の魔法は、何人かには侵入を許してしまう。だが、俺はお前に心を許した覚えはないが……」

「そうだろうね。でもそれは狭い考えだからだ」

「狭い?」

「ああ」


僕は壁にできた大きな穿孔をなぞる。すぐにヒビが入り、ポロポロと崩れる。


「心を許すにも色々あるということさ。信頼するから許す、憧れるから許す、好きだから許す、そして――」

「……屈服したから、許す」

「その通り」

「ってことは、あの時俺は」

「敵わない、って思わなかった?」

「……あぁ、なるほど」


人は降伏をする時、相手に心を開け放つ。そうしなければ、許してもらえないかもしれないと、思ってしまうからだ。

あの時、僕が突撃する瞬間、確かに見た。

恐怖に怯え、慌てた表情で手を挙げた、ピサスの姿を。


「そういう穴も、あるんだな。勉強になった」

「そっか」


なんとなく、笑いあった。こんなことをして、笑わずにはいられないだろ。


「ったく、これどうすんのよ。三階の教室全滅じゃないの?」


不機嫌だったモデすらも、笑っていた。ホント、どうしようもない時って、意味もなく笑えるよね。

こうして、三人で仲良く一通り笑いあったところで、本題に入った。

僕がピサスに、法王女について聞くと、


「ああ、教えよう」


と何の抵抗もなくそう言った。その顔は清々しい。


「俺は以前から、法王女のやり方は間違っていると思っていた。いくらインペラトーレだとしても、あんなか細い女子までを戦力にしようなどおかしいだろう? ……って、お前は知らないか」

「あ、うん」


シェーナを無理やり奪おうとしたことだな、と分かっていたが、一応知らないフリをした。


「一年でインペラトーレの女が、最近学園に入ったんだ。そしたら法王女から、その女を確保しろという命令が出てな。仕方なく受けたんだが……間違っていると気付かさせてくれたメイドがいたんだ」

「へぇー」

「それで俺は法王女に命令は遂行できないと言ったんだ。いくらインペラトーレでも戦力にならない、入ったばかりというのもあるし、あんなに線の細い女よりも他に人材はいると。しかし、法王女はその女じゃなければならないと言って、女に執着していたんだ」

「ふむふむ」


それはきっと、シェーナが法王女の同郷だからだろうけど……。それを知らない者からしたらまぁ異常だよな。


「そこで俺は、何かその女じゃないといけない理由でもあるのかと尋ねた。大事な人なのかとも聞いた。すると法王女にしては珍しく、たどたどしく誤魔化したのだ。何か悪い企みを隠しているのは、簡単に感じ取れた」

「ふむ。それでキミはどう思った?」


僕の問いに、ピサスは堂々と、


「信用できない、と思った」


と言った。隣でモデが苦い顔をしている。


「信頼している、と言ってくれた助祭院の肩書きだが、それすらも虚偽だったと俺は感じた。今まで尽くしてきた俺にさえ、言えぬことなのかと」

「そうだね。僕もそう感じると思う」


人に命令しておいてその真意を話さない。そんな奴のこと、誰が信じるって話だね。


「お前が何故、法王女の情報を求めているのかは知らない。きっと、法王女を貶めるようなことでも企んでいるのだろう。しかし、俺はお前に協力しよう」

「いいの? それって――」

「いい。でなければ俺は、俺じゃなくなる」

「……そっか」


ピサスは、晴れやかな顔だった。王の城を壊した時に、彼の何かも壊してしまったのかもしれない。

俺が俺じゃなくなる、か。自分をちゃんと持っている人って、彼のような人を指すのだろうな。


「俺はお前について行こう」

「お、信頼してくれるのか?」

「すでに心は許してあるさ」

「それもそっか」


僕らは固く握手をした。ごつくて厚い手に、僕の小さな手がすっぽり収まった。


「それなら、僕の企みを話そうか。他言無用だぜ?」

「いいだろう。漢と漢の約束だ」

「暑苦しいねぇ。でも、嫌いじゃないよ」


再び、僕らは笑い合う。まるで青春ドラマのワンシーンみたいで、臭くてとても恥ずかしいが、いい気分だった。

助祭院のピサス、攻略完了だ。


「よし、さっさとここを直して、トンズラしますか」

「直せるのか?」

「元通りとまではいかないだろうけどね」

「……やはりすごい奴だ。お前は」

「まぁね」


褒められ、ちょっと天狗になりつつ部屋を出た。

と、ここで忘れていたことを思い出し、モデの前へ。


「そうそう、もちろんキミにも協力してもらうからね」

「……だと思ったわ」

「あれ、思ったより素直な反応だ」

「そりゃそうよ。あんな魔法、目の前で見せられたらビビるわよ」


毒々しい髪をいじりながら、モデは何か達観した顔で、


「付き合ってあげるわ。ただし、後で殺すから」


と楽しそうに言った。





司祭院、助祭院を仲間に引き入れることができた。残るは司教院。

もしかしたら、ピサスの情報で法王女の居場所が分かるかもしれない。けれどそれは、ほぼありえないだろう。

シェーナを狙う企みをピサスに話していない法王女が、自分に不信感を抱いて危害を加えに来るかもしれないピサスに明かすだろうか? 明かさないよなぁ。

だからやっぱり、司教院と接触する必要がある。

全ての始まりである、フィレ先輩に――。

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