第二話 翼竜落とし
既に主人公無双体制入ってます。
~前回のあらすじ~
飛んだらバレそうになった。
メイドに目撃されてから一週間経過した。
結局僕が宙に浮いていたというのは、メイドの見間違いとなった。
まぁ、それが普通の判断だよね。僕的には安心したけど。
ちなみに、メイドの名前はメドナ、メイド長の名前はマティージェと言って、二人は家族で、代々我が家に仕えているのだそうだ。
あの日以来、メドナは僕と二人きりなると、
「と、飛べー。飛べー」
と「実は飛べるんでしょ? わたしには分かってるんだから」みたいなスタンスで話しかけてくるようになってしまった。
そのことをマティージェさんに見られ、また怒られるという悪循環。
彼女には本当に悪いことをしたなぁ。
さて、僕もメドナに見られてからは、色々対策をして魔法を使うようになった。
今日も家に両親はおらず、庭で花の手入れをメドナ、二階を掃除をマティージェがしていて僕の側にいない。
よーし、いつものように散歩といきますか!
まずは頭の中にある魔法陣を思い浮かべる。そして魔力を込める。
一週間も経てば慣れたもので、ほぼ一秒といった時間で魔法が行使できるようになっていた。
「(ミラージュデコイ!)」
僕の使っていた枕は僕自身となり、僕が二人いるという状況になった。
この『ミラージュデコイ』という魔法は、幻想魔法の一種であり、自分の指定した物を、自分そっくりに見せる魔法だ。触られても気付くことができず、僕が解除するか、指定した物が一定以上の攻撃を受けるかしないと解けない優秀な魔法なのだ。
これでもし、僕がいない時にやって来ても、バレることはない。
次に、別の魔法を発動させた。
「(ミラージュコート!)」
再び幻想魔法。これは自身の姿が周囲に同化する魔法だ。これによって僕の姿は見えなくなる。
ただし、見えなくなるだけであって、息づかいや歩く音は消すことができない。このことは念頭に置いておく。
完璧な偽装工作を終え、僕は意気揚々とエアロスターを使って飛んだ。歩くにはまだ時間がかかりそうである。
この一週間で、家の中はあらかた散策した。
貴族の家というだけあって、すごく広くてでかかった。なんて言うか、昔授業で習った中世のマナーハウスみたいだった。
部屋数が十以上はあり、一室一室が高級ホテル。
悠飛時代に住んでいた家が物置小屋に感じてしまうような、そんな切ない気持ちになった。
僕的には、図書部屋や遊戯部屋などに興味を惹かれた。
そこで僕は、今から三日前に図書部屋と遊戯部屋を重点的に調べた。
図書部屋はその名の通り、本がたくさんある部屋だ。この国の歴史や地図、魔法についての本に哲学の本まで。さすがに漫画やライトノベルみたいな本はなかったが。
今の僕には本を持つ力すらないので、誘導魔法『パワーコンダクト』を使って床へ本を誘導して読んだ。
パワーコンダクトは元の世界にいた時も使った魔法だ。指定した対象を指定した場所へ誘導する魔法で、本棚から床へ、一ページ目から二ページ目へと小回りの利く魔法である。一言で言えば念力かな。
初めの読んだのは地図の本。
本によるとこの家があるのは、ディメヴィア大陸のジンピューロ王国のロズー村の南東らしい。
うん、全然分からん。
次に読んだのは歴史の本。
しかし、この本は昔の文字で書かれており、一言も読めなかった。
無念。
そもそも何故言語が聞き取れるのか知るために、言語の本を取った。
すると、この世界は魔法の影響で互いに思いが伝え合えるようになっているらしい。文字についても同じことが言えると。
相手の思いが自分の中の言葉で変換される、そういうことだろうか。
僕の場合、日本語しか知らないので日本語に変換されているのか。これは便利だ。一から言語を習う必要がないからね。
ただ、歴史の本みたいに、この世界で昔使われていた言語は変換できないらしい。
何故だろう。こういったことに、深い意味がありそうな気がする。いずれ調べてみよう。
その後、数冊適当に本を読み、部屋から離れた。
初心者向け魔法の本があったが、ベリーチェ作の魔法大全の方ができが良かったので、途中で読むのを止めた。
この世界でもベリーチェの偉大さを感じることになるとはね。僕はきっと、一生ベリーチェに逆らえないだろう。
そんなことを考えつつ慎重に移動する。
遊戯部屋は図書部屋のあるフロアから大分離れた位置にあった。
中は広く、ビリヤード台みたいな物や、麻雀卓みたいな物が置いてあった。あとは脇の棚にチェスっぽい物やトランプみたいな物があった。
……いや、みたいな物って表現以外思いつかないんだ。遠目に見るとビリヤード台なんだけど、近くで見ると奇妙な程似ていない。なんて言うか類似品ばっかりだ。
ワクワクしながら来てみたものの、遊び方が分からない上に、この姿じゃ遊べない。
うん、帰ろう。
こうして図書部屋と遊戯部屋の探索は終了したのだった。
そして今日、僕はある計画を実行しようとしていた。
「(家を……出る!)」
そう、家を出て散歩することだった。
家の中を見回っている時に、窓の外を見る機会が何度も訪れた。
窓の外はまさにファンタジーの世界で、見たことのない植物や生き物、独特な服装の人々、不思議な風景と町並み。僕の好奇心が日に日に強くなった。
そのためのミラージュデコイとミラージュコートなのだ。
「(おっと、忘れてた)」
僕は風魔法『エアロスケイル』を自身へかけた。
このエアロスケイルは、飛行する上で障害となる要素を、周囲の風を纏うことによって排除する魔法である。向かい風や突風を受け流し、上昇することで感じる寒さや熱さを遮断する。紫外線なんかも反射するとか。
前にベリーチェの飛行魔法で空を飛んだ時もかけてもらっていた。これがないと飛行が少々難しくなるらしい。
部屋の窓をパワーコンダクトで開け放つ。そよ風が室内を軽く撫でていく。
ミラージュデコイ、ミラージュコート、エアロスケイル、そして、
「あっぶ!(ゴー!)」
体の一部のように扱えるエアロスターを発動させて出発した。
外に出た瞬間、眩しい日差しが僕を出迎える。エアロスケイル起動中のため、穏やかな風を感じることはできなかったのが残念だ。
何もかもが目新しい。見るもの、聞くもの、触るもの、琴線に触れて仕方ない。
「そう言えばこの前、アクトゥースさん家のメイドさんがまた辞めたそうよ」
「あらまぁ、やっぱり」
「長続きしないわねぇ」
近くにあった大きな木の木陰で、井戸端会議をするおばさん二人。
……アクトゥースか。ウチはアルンティーネだから違うか。似ててややこしいな。
そんなことを思いつつ、道なりに進む。
右手には畑、更に向こうには小さな林。左手には家が並んでいる。どこも小奇麗な邸宅ばかり。ここら辺は貴族の住むエリアなのかもね。
やがて道の目の前に大きな門が現れた。高さ五メートルはあるだろうか。
やっぱり貴族エリアとして区切っているのかもしれない。一等地みたいな感じか。
うーん、エアロスターならば越えられないこともないけど……。
今日は近場を探索しよう。そう思い、家の方へ引き返した。
「そう言えばこの前、シレマさん家の奥さんが新しい香水買ったらしいわよ」
「あらまぁ、やっぱり」
「羨ましいわねぇ」
まだ話してたんかい。てか物知りだなこのおばさんたち。
「ふぅ……」
ちょっと庭園のベンチで休憩。数メートル先でメドナが花に水をやっている。
あれから数十分家の付近を飛び回った。
結果、やっぱりここは異世界なんだと再確認することとなった。
例えばお隣さん。若い兄ちゃんが庭で剣を振っていた。
剣て。木刀とか竹刀じゃなく剣て。はぁ、すっげぇ……。
剣が武器として浸透してるってことは、魔物とかモンスターとかいそうだねぇ。
さて、もう少しでマティージェが二階の掃除を終えて一階へやってくるが……。
僕はベンチから離れ、思いっきり魔力を込めて上へ飛んだ。
「(異世界の空はどうなってるんだろう)」
そんな好奇心に唆されての行動だった。
あっという間に家は小さくなっていく。門の向こうに広がる景色や村の全容が、どんどん豆粒と化していく。
こんなにスピードを出しているのに、向かい風は立ち塞がることもなく。
僕は一人新幹線のような速度で上へ上へと飛んでいく。
今なら誰にも止めることはできないだろう。弾丸と化しているからね。
やがて目の前に雲の大群が見える。無論、僕は止まるつもりもなく、突っ込んだ。
しばらく周囲が白くて何も見えなかったが、それも終わって雲を突き抜けた。
そこに待っていたのは、元の世界を超えるような景色――ではなく。
「ウガルゥアアアアアアアアッ!」
「あぁぱぁっ!(ドドドドラゴン!?)」
体中傷だらけの黒いドラゴンだった。
「ガアァ!」
「!」
すぐに僕を捉え、口を開けた。
「(な、なんでバレた!? 今の僕は周囲に同化しているはず――じゃなくて! 今はそんなこと考えている場合じゃない! 口を開けたってことは、もしかして)」
予想は的中し、口から炎のブレスを吐いた。真紅色の光線が僕目掛けて一直線にやってくる。
僕はパニックになりつつあったが、咄嗟に一つ魔法陣を頭の中に浮かべて、魔力を注いだ。
「んあっぶぁ!(パワーコンダクト!)」
ブレスが、僕に当たらず右へそれていった。ブレスを右後ろへ誘導したのだ。余波が爆風となって襲いかかるが、どうにかエアロスケイルで防ぐ。
エアロスケイルはあくまで快適に空を飛ぶための魔法だ。あんなブレス防げない。
「(とにかく逃げよう! ……っ!)」
僕は逃げようとした時、不意に頭上が暗くなった。咄嗟に回避行動をとったのが幸いで、さっきまで僕がいた場所をドラゴンが噛み砕いた。
このドラゴン、体長がジャンボジェットくらいあるのに、なんていう瞬発力……っ!
冷や汗が滝のように背中を伝った。恐怖で動けない状態じゃないのは、この光景がまだ信じられないからだろうか。
回避できたのはいいがした方向ではなく上だった。逃げるのは下にいるドラゴンをやり過ごさなくていけない。
「(無理だ。このドラゴンは思ったより素早い。僕のエアロスターがマックススピードになれば突破できるかもしれないけど、この距離じゃ殺られる!)」
「ゥガルゥゥゥ……」
ドラゴンは静かに喉を鳴らす。まるで僕を待ち構えているようだ。
多少なりとも知性があるドラゴンなのかもしれない。だからこその様子見なのだ。
もしかしたら、このドラゴンにはピット器官的なものが付いているのかもしれないな。だから僕の居場所が分かると。
ピット器官とは蛇などが持っている器官の一種で、熱の温度を感知する器官だ。
いくら周囲に溶け込んでいようと、体温を感知されたんじゃ丸見えも同然か。盲点だった。
「(逃げるには、こいつを、殺るしかないか……)」
何をしても逃げられそうにない。一応転送魔法が使えるが、あれは綿密な計算を必要とする魔法だ。自分の家まで転送できるとは思えない。
だから、戦う。
初戦闘がドラゴンとか勘弁してくれよ。
倒すための戦略を立てる。魔法大全の中から有効な手を考える。
そして、僕は意を決した。
「(ドラゴンだろうが何だろうがやってやる!)」
「ウガラアアアアアアアッッ!」
まず、パワーコンダクトでドラゴンの魔力を根こそぎ自分の周囲へ誘導した。抵抗しようと再びブレスを吐く。しかし灼熱の炎は僕に当たることなく左右へ逸れる。ブレスを吐く瞬間、パワーコンダクトは対象を変更する。詳しくはブレスを左右へ誘導させるようにする。そして莫大な量のドラゴンの魔力は、吸収魔法『エナジードレイン』にて自分のものとした。
このエナジードレインは元の世界でも使った魔法だ。周囲に漂う魔力を吸収する魔法。
これにより、僕の中に恐ろしい量の魔力が溜まる。今こそ、強力な魔法を放つことができる。
一瞬、ドラゴンに対して罪悪感のようなものが感じたが、すぐに追い払った。
「(メテオフォールッ!)」
ドラゴンへ向けて、致命的な一撃が振り下ろされた。たった一撃。たった一撃であっけなくドラゴンは地上へ落ちていった。
『メテオフォール』。撃墜魔法の一つ。破壊力に特化した魔法で、魔力の全てを衝撃に変換し、相手に叩きつける。宙に浮かぶ相手程威力が増す。
やった、なんとか、やったぞ……。
僕は激しく鼓動する胸を抑えながら、去った脅威に安心していた。
「な、なんだ今のは!?」
「ドラゴンが勝手にやられたのか?」
「いや、人の魔力を感知している」
「まるで子供――いや、赤ちゃんぐらいの大きさの魔力だが」
「赤ちゃんだぁ!?」
会話が耳に入り、僕は気付いた。
向こうの方に、ペガサス? みたいな生き物に跨った騎士が四人いた。
なるほど。彼らがドラゴンと戦闘して、傷を負ったドラゴンがこっちに逃げてきたのか。
「ていうかさっきの魔法!」
「ああ、『翼竜落とし』だな」
「上級魔法じゃないですか!? それを赤ちゃんが?」
「……ま、小人族かもしれんしな」
「確認した方がいいんじゃないでしょうか?」
なんか面倒なことになりそうだと思い、僕は全速力で真下へ飛んだ。
「……今日も大人しく寝ていますね」
マティージェが僕の寝ている姿を確認し、音を立てないよう部屋を出て行った。
危なかった。死ぬかと思った。ドラゴンに、食われるところだった。
僕は今頃、先程受けた死の恐怖に、軽く震えた。
そうだ。ファンタジーの世界に生きるということは、元の世界より過酷な世界で生きていくことなんだ。
魔法に浮かれていてはいつか死んでしまう。そんな気がした。
「(これからは少し自重しよう……)」
そう反省し、赤ん坊らしく能天気に眠ることにしたのだった。
次の話は年が多少進みます。