第二十八話 ハート・トゥ・ハート <一日目>
~前回のあらすじ~
メイド、魔女になる。
………………<エーリ>
深夜だ。
日は完全に沈み、闇が支配する学園。静けさと寂しさが漂う寮。
もう少しで日付も変わるという時間帯に、僕の部屋へ愛の羽メンバーが集っていた。もちろんメドナとシェーナの二人だ。
男子寮に女子二人を連れ込むとは……他の男子には絶対内緒だ。殺されるかもしれないから。
とにもかくにも、一日目の報告&反省会を始めよう。
「お疲れー!」
「お疲れ様です」
「お疲れ様~」
持っていたコップを打ち合い、小気味よい音をならした。なんとなくの乾杯である。
それからオレンジジュースを一気に飲み干し、糖分を脳に送って覚醒させる。
正直、ちょっと眠い。この体になってから、夜ふかしがしにくくなった。なんとも抗えない甘美な眠りの誘いが強すぎて、最近は負けっぱなしだ。
はっきり言って不便。子供の体は実に不便だ。前の体ならばこれくらいの夜ふかし、どうということはなかったというのになぁ。まぁ、嘆いていても仕方ないけどさ。
それに今日は、身体的精神的共に酷い目にあった。始めて無詠唱の欠点を味わった。
毒魔法を受けて味わった痛みを思い出し、わずかに鳥肌が立つ。
痛みで集中力をあんなにかき乱されるとは思わなかった。完全に油断していた。
僕もまだまだだな。モデは強かった。もしあのままだったら、確実に痛みで気絶か、屈服していただろう。偶然翼竜落としが発動したからいいものの……。
結局翼竜落としが発動した理由は考えても分からなかった。それと、あの威力も正直謎だ。
本来、翼竜落としは上級の撃墜魔法だ。飛んでいるものを落とすのに最も効果を発揮する魔法。だのに、城の天井をブチ抜いて一階まで到達する威力だなんて……明らかにおかしい。誰か他の魔法使いが強力な魔法を上から発動させたのだろうか?
でも確かに、僕は魔力を消費したのを感じた。つまり、僕があの魔法を発動させたのだ。火事場の馬鹿力で片付けていい問題ではないだろう。
とにかく、この件で僕が学んだことは、今後同じ目に遭わぬよう、何かしら対策を練る必要があるということだ。無詠唱に拘っている場合じゃない。
例えば、魔法陣を予め何らかの紙に書きおこして所持する、とか。とはいえ、紙はちょっと価格が高いから、他の安い媒体を探す必要がある。この一週間の中で暇があったら探すとして、後は――。
「エーリくん? どうしたの~?」
シェーナの呼びかけに、思考空間から現実空間へ意識が移る。脳内反省会は後にして、今は現実の反省会に集中だ。
「なんでもないよ。それじゃ夜も遅いんで、さっさと報告会やりますか」
「そうですね。坊ちゃまも眠いでしょうし」
「そういうメドナもね」
「私から見れば、二人共眠そうだけどね~」
と言いながら、シェーナはあくびをした。なんとも締まらない始まり方だなぁ。
数十分で、報告会は終了した。
僕は結果だけを報告し、道程は大分ぼかして伝えた。二人に余計な心配を与えたくなかったからだ。
別に、なんか謎の罪の意識を覚えて言えなかったわけじゃない……はず。
神帝へは僕が、音楽委院長と風紀委院長であるモデの推薦によって入ることが決定している。
配属先は恐らく風紀委院だ。なんでも、神帝の中では総院以外で一番権力があるらしい。なら、そこに入らないわけにはいかない。
幸運なことに、風紀委院長さんと交流があるからね。
魔女の月はと言うと、現在の黒魔女である戦乙女に対し、挑戦する形の聖女へ、メドナが入ることになったらしい。
話を聞いた感じじゃ、戦乙女は相当強く手ごわい集団だ。聖女が勝てる可能性は少ないだろう。ただ、元黒魔女である聖女のメンバーが、ジェノーヴァとラージャをわざわざ逃がした意味を考えると……。
ジェノーヴァ達なら勝てるかもしれない、期待できると思ったからこそ託したのだろうから、聖女メンバーも実力はあると思う。後はメドナの頑張り次第かな?
まぁ、僕としては戦乙女の情報を得られればいいから、勝ち負けなんてどうでもいいけれど、メドナはそうじゃないだろう。
やっぱり、メドナ自身がやりたいようにするのが一番だ。主人として温かく見守ろうじゃないか。
神帝も魔女の月も首尾は上々。一日目から好スタートを切れた。
……と、思っていたのだが。
「どうしたの、シェーナ。顔暗いよ?」
「そ、そうかな~」
僕の言葉に反応し、顔をあげて笑顔を作るも、どこかぎこちない。
部屋に置いてあったパープルドラゴンのクッションを抱きしめ、体育座りをしているシェーナ。僕やメドナが話している間、ずっとそんな姿勢で、耳は傾けているが目は足元をずっと見つめていた。見るからに何か無理をしている。
メドナも気になっていたらしく、僕に続いて話しかける。
「坊ちゃまの言う通りですね。シェーナ様、ご気分でも優れないのですか?」
「シェーナちゃんまで……。大丈夫よ、大丈夫」
首を横に振るシェーナ。しかし、いつものシェーナらしくない。普段はもうちょっとキレがある。
一応、さっきの報告会でシェーナは何もなかったとは言っていた。この様子、何かあったのか?
僕はシェーナの側に寄り、顔を両手で掴み、無理やり顔を合わせた。瞳が、不安で揺れている。
「僕らはなんだ?」
「……ッ。な、仲間」
「だったら、正直に言ってくれよ。仲間だと思ってるんだったらさ」
「そんなこと……言われたら」
卑怯なやり口で済まないけど、ちゃんと吐き出してもらうよ。
後悔だけは絶対したくない。
「その、私ね」
「うん」「はい」
シェーナはクッションを体から離し、割座――つまり女の子座りになって、僕らの顔をちゃんと見渡した。
「これでいいのかなって、どうしようもなく思っちゃって」
「? どういうこと?」
「私、何もしてないから」
「……ああ、そういう」
申し訳なさそうに、シェーナは顔を伏せた。
何もしてないから、か。確かに、シェーナは報告を聞くだけで何もしていない。そのことに罪悪感を覚えているんだな。
しかし、それは間違いだよシェーナ。キミは何もしていないんじゃない、狙われている以上何もできないんだ。
僕がそう反論する前に、シェーナは言葉を紡ぐ。
「自分のことなのに……自分で解決しなくちゃいけないことなのに! なのに、全部二人に任せっぱなしで、頼りっぱなしで……。楽してる自分に、嫌な気持ちになって」
吐き出される負の感情。どこまでも平和を求めるシェーナは、こういうところでも悪を感じてしまうのか。
「なんで私は何もできないの? 戦争の時だってそう、隠れるだけ、逃げるだけで。結果家族を失って、使えない魔法に縋って……もう、ヤダ」
このままじゃ、シェーナは潰れる。僕はそう感じた。
強すぎる優しさは自分を殺してしまう。シェーナは、自分自身を殺してしまう。
「(何か……何か言葉をかけないと!)」
ここでシェーナに対して何らかのアクションを起こさないと確実に詰む! どうする? どうしたらいい?
ったく、一日目最後の最後にこんなボスが待っているとはね。慰めるのが下手な僕にとって、最悪な敵だ。
生半可な慰めじゃダメだ。逆に罪の意識を重くさせてしまう。突っぱねられるかもしれないし。
とにかく優しい言葉を並べ立てるか? ……いや、ダメだ。そんなの、その時は効いても後々倍になった不安が彼女に押し寄せるだろう。
じゃあ、音楽室の時のように抱きしめて落ち着かせるか? いや、それもなしだ。シェーナ自身が無力だということを肯定することになってしまう。落ち込みに拍車をかけるだけだ。
じゃあなんだ? 何をすれば? 彼女は今、何を求めているんだ――。
「結局、私って自己中心的で最低だわ! 他人に自分の理想や主義を押し付けて、平和を求めてるなんて言って迷惑かけて。なんで、なんで私……」
「そうだね。キミは最低な女だ」
「ちょっ! 坊ちゃま!?」
「……エーリくん」
立ち上がり、シェーナの前に立って彼女を見下ろす。頬を濡らし、嗚咽を漏らしている。随分と可哀想な姿だ。
でも、関係ないね。
「なーに悲劇のヒロインぶってんだよ。そういう女、よくいるよねー。自分のせいでとか思い上がっちゃってさぁ……面倒くさいことありゃしない。てか正直ウザイ」
「……!」
「坊ちゃま! いくらなんでも――」
メドナが止めに入ろうとしたが、手で制した。
今の僕は悪だ。そう、近づくもの全て切る悪だ。小悪党なのだ。
「二人に任せっきり? 頼みっぱなし? 迷惑かけてる? なんだよ、それらの言葉を否定して欲しいの? 迷惑じゃないって言えば満足か?」
「……」
「そんなわけないよね。キミはそんなんじゃ満足しない。また今日みたいに尋ねてくるさ。キミは優しすぎるから、その時は安心してもまた不安になる」
しゃがんで、シェーナの顔を間近で見る。涙を流し、目を赤くさせていたが、それでも僕を見ていた。
「迷惑なんてとっくにかかってるんだよ。今更なんだよ、その悩み」
「……あ、ぅ」
服をギュッと握り、唇を噛み締め、泣き叫ぶのを必死に耐えるシェーナ。それでも、目だけはひたすらに僕を見つめている。
はぁ、こんな小さい子泣かせて何してんだろーな僕は。こんなこと、妹の翡鳴にすらしないよ。
「でもね、僕らはその迷惑をずっと被り続けるよ。この程度、迷惑じゃないからね」
「で、でも私に――」
「私にとっては迷惑だってか? うるっせぇな本当。そんなの価値観を押し付けだ。僕にとっては迷惑じゃないからいいんだよ。ま、これは僕の価値観を押し付けているに過ぎないんだけどね」
「でも、それでも」
「……はぁ」
なおも何か言おうとしているシェーナ。僕は自分の髪をクシャクシャとかいて、鋭く睨みつけた。
「そんなに他人に優しさを施されるのが嫌いなの?」
「!」
僕の言葉に対し、見るからに動揺を見せた。始めて目を逸らした。
それを許す僕ではない。先程と同じように、顔を掴んで問答無用で対面させた。
「対等じゃなきゃダメなの? 助けたら助けなきゃいけないのか? 優しくされたら優しさを返さなきゃいけない?」
「……ッ!」
「そんなわけないじゃん。そんなんできたらでいいんだよ、できたらで。相手にとってそれが打算込みなのか単なる親切なのか、された側からは分からないんだからさ」
「……」
「借りを作りたくはないという気持ちは分かる。親切をされたらいずれ何か返さなきゃって思っちゃうのも分かる。それを罪に思うのも分かる。けどね、親切した側は大抵そんなこと望んでないんだよ」
それは、幼い子を叱責するような口調で。でも、諭すような気持ちで。
僕は頬を緩めて、想いを伝える。
「だって、親切を施した時点で満足しちゃうから。どうしようもなく自己満足しちゃうから。お礼を言われただけで心が報われるから。……シェーナはどうだった?」
「……え?」
「『え?』じゃないよ。キミは僕らは助けると言って、嬉しくなかったか? 僕はね、シェーナを助けるって言って、シェーナから助けてって言われた時、心の底から満足したよ」
戦士棟の音楽室で、シェーナの心の底からの望みが聞けて、僕は本当に嬉しかった。お節介焼いて良かったなぁ、ってしみじみ感じたものだ。
親切なんて、そんなものだ。
「シェーナはあの時、助けてって言わなきゃよかったって思った?」
「そ、そんなの、思うわけないわ!」
「なら、もう僕は報われた。もっと報われた」
シェーナの頬を流れる涙を、僕は手で拭ってあげた。あーあ、目元をこんな真っ赤にしちゃって。
「僕的にはもう報われてるんだけど、もしキミがどうしても借りを返したいっていうなら、その内何か美味しい物奢ってよ。それでオッケー?」
「……う、うん」
コクコクと頷くシェーナの肩を、軽く叩く。
僕の説教で、少しでも肩の荷が下りればいいなと思った。彼女は色々と思い込みすぎだ。
察するに、彼女は自分の言葉を否定して欲しかったんだろう。そうじゃないよ、と。シェーナは迷惑かけてないよと言って欲しかったんだろう。
けれど残念。僕は性格が悪いからね、否定なんてしないで肯定してやるぜ。
最後に、僕からシェーナへ今後の人生の課題を言い放つ。
「シェーナ、もっと図太く生きろよな!」
かと言って、図太すぎるオバさんになられても困るけどね。
「じゃあ、また明日」
「お休みなさい、坊ちゃま」
「……お休みぃ~」
二人が帰るのを見送り、僕は扉にちゃんと鍵をかけた。
前はクラスメイトの侵入を安々と許したが、今後からは気を付けていかないと。いつ誰に寝首をかかれるか分からないからね。
ちなみに、一応防衛策として、今日からシェーナはメドナの部屋で寝ることになった。両陣営が諦めていない可能性も否めないので。
メドナが去り際、僕にしか聞こえない声で、
「悪役、お疲れ様でした」
と言って微笑んだ。
なんて言うか、最近のメドナは僕に対して勘が鋭いんだよなぁ。メイド力が高まってきているということか。いずれ『メイドの嗜みです』とか言って、何でもできるようになりそうで怖い。
泣き腫らしたシェーナはと言うと、僕に責められて少し気が楽になったようで、暗さはなくなっていた。後はシェーナが自分自身とちゃんと向き合って、落としどころを見つけていくことが大切だ。
なんていうか、よりいっそう仲間っぽくなってきたじゃん。うん、いいじゃん。
時計を見る。時刻は、次の日を跨いでいた。二日目が始まっている。
さて、今日も元気に頑張りますか!
魔法学園編 主要キャラクター整理
<愛の羽>
エーリ・アルンティーネ:主人公。六つの偽名を使い分ける。
メドナ:エーリのメイド。最近鋭い。
シェーナ・エストーナ:仲間。平和を愛する優しき少女。
<神帝>
フォルエッタ・サンダリア・ミリアーカイズ:通称『法王女』。シェーナの友達。家族を生き返らせるためにシェーナを狙う。
モデ・ミニャー:風紀委院長。毒舌娘。今ではエーリに頭が上がらない。
ピサス:戦士学科の男。フレンシアと応接室前で争う。『王の城』という防御魔法を扱う。メドナに論破され、狙うの止めた。
音楽委院長:背の高い少年。エーリに助けられ、入隊の協力をする。結構したたか。
フィレ・ディーノ:男子寮の先輩。商人学科二年。ワーグ族で狐ベース。なんか怪しい。
<魔女の月>
ローニャ・エトーリア:通称『死女神』。戦乙女を率いる集団のボス。学園に眠る秘密の魔法を狙っている。
フレンシア・ガルドバルゴ:戦乙女ナンバー2。戦士学科三年。炎を纏う『業火の鉄拳』という魔法を使う。信じやすく素直な性格。ウサ耳。
ジェノーヴァ・ヴァンジーニ:愛称は『ノヴァ』。聖女のボス。騎士学科五年。語尾が特徴的。巨乳。
ラージャ・ウンディウス:聖女の副ボス。剣士学科四年。ジェノーヴァの付き人。紅茶をいれるのが上手い。
<クラスメイト達>
キリコッテ・ジャバッツ:ワーグ族。猫耳少年。可愛い。
カテマ・ロフ:ジャイアント族。図体はでかいが、心はおおらか。
リューイ・ガオーカ:ゴブリン族。男子のリーダー的存在。
ヤスラ・アービー:ドワーフ族。褐色少年。影が薄い。
ゲンジューヤ・スウダリ:ハーピー族。ゲンジ。
ケイシー・エナー:エルフ族。女子のリーダー的存在。
リコプル・タティーシ:ノーム族。三つ編み少女。何故かエーリをご主人と呼ぶ。
<その他>
アリア・ニグル・アクトゥース:レオの姉。担任教師。ノリがいい。
ドランソー・レアヴォワ:入学試験の試験官その一。ロマンスグレーのおじさん。
アン・ディシポ:試験官その二。一言も喋らなかった彼は、今後喋るのか?
チフェロス・ナナン・ルートス:学園の理事長。魔王のような風格。




