第二十七話 魔女達のお茶会 <一日目>
~前回のあらすじ~
毒まみれ。
………………<メドナ>
「喉渇いたのです!」
「姫、紅茶ができました」
「ありがとです。……うん、今日も美味しいです! 全身に香味が染み渡るのじゃ~」
「フフッ。姫、ちょっと年寄り臭いですよ? それと、お茶請けのケーキです」
「ケーキ! 何のケーキなのです?」
「ごく一般的なショートケーキです」
「ケーキと言ったらやっぱりショートなのです!」
「……」
なんでしょう、この状況は。
わたしは今、ささやかなお茶会に参加しているようです。
いるようです、と断定的じゃないのには理由がありまして。
「ほら、メドナたんも飲んで食べて~」
「大丈夫ですよメドナ。味は自信があります」
「……あ、はい」
二人に促され、わたしは一口紅茶を啜った。その瞬間、鼻腔を突き抜けるような爽快感が駆け抜けました。
まるで神秘的な深海を、一人で優雅に泳いでいるような感覚に陥りました。潤いの極地。
「!? こ、これは美味しいですね!」
「ですよね? ラージャたんのいれる紅茶は美味しいのです~」
「口にあって良かったです」
しばし和やかな空気が流れます。夜だというのに、まるで日向にいるような心地でした。
……ではなくて、
「あの、お二人様? わたしは――」
「ノヴァは『ジェノーヴァ・ヴァンジーニ』。騎士学科五年なのです。ノヴァと呼ぶです!」
「あ、はい。先程もお聞きましたが」
「わたしは剣士学科四年、『ラージャ・ウンディウス』です。よろしくお願いしますね、メドナ」
「いやラージャ様も先程挨拶しましたよね!?」
この異様な二人の魔女に、わたしは圧倒されていました。
ここは、城の中にあった部屋の一つ。ちょっとした談話室みたいになっており、机と椅子が幾つかセットで設置されております。その内の一つに、わたしとノヴァ様とラージャ様の三人が利用おり、テーブルの上にはちょっとしたティーセットが並んでいます。
床は木製で、その上に幾何学模様の絨毯が敷かれているようで、天井に吊るされた蝋燭によって、それが妖しく浮かび上がります。本棚があり、貴重な本が飾られております。隣の棚には巻物が陳列しており、風化して古くなった巻物が、年代ものであることを匂わせます。
また、暖炉も備え付けられており、寒い今の季節にピッタリです。
ポカポカとした室内で、暖かい紅茶とケーキ……最高じゃないですか。
でもですよ。でもでも。
記憶を遡りましょう。何故、わたしは暖かい部屋で紅茶を飲んでいるのか――。
魔女の月が集会を行う場所――サタン・ジェロカス城に、わたしメドナは潜入しました。夜なので、城内は当然のことながら薄暗く、恥ずかしながらわたしは怖くて動けず、廊下で立ち往生しておりました。
その時です!
「キエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエイ!」
「!!??!??!」
謎の奇声と共に、一人の魔女? が、廊下の奥から走ってきたのです。確かに魔女の格好なのですが、口からよだれを垂らし、白目を剥いて、体を大きく後ろに仰け反らせ、杖を振るいながらがに股で走ってきます。
狂人です。どう見ても狂人です。魔女のような何かです。
そしてその狂人は何故か、わたしを追いかけてきたのです。今までの人生で怖かったランキング光栄の第一位です。
どうにかわたしはその狂人から逃げ、一つの部屋の中にお邪魔しました。その部屋は無人だと思っていましたが、実は人がいたのです。
二人の、魔女が。
「見たことない顔です。それは……メイド服?」
「そ、そうです。とある方に仕えておりまして」
「へぇ~、そうなのです? いいですねぇ、主従関係って」
頬に手を当て、ほぅ、と恍惚の表情で物思いに耽っているようでした。……主従関係で何を想像しているのでしょう?
その魔女は、すごく美しく穏やかなオーラの魔女でした。
真っ直ぐに長く、サラサラとした蒼い色の美しい髪。青ではなく、蒼です。蒼空とでも言えばよいでしょうか。そのような髪色をしておりました。
服装は黒いローブを羽織って右手には黒い杖。魔女の月特有の格好をしております。ただ帽子を被っておらず、代わりに頭の上には赤いリボンが付いていました。リボンがお好きなのでしょうか。
あと……ローブ越しからでも分かるのですが、胸囲の方が……その、大きくて。正直羨ましいです。
「それで、何か用ですか?」
わたしが蒼い髪の魔女と自分の胸を見比べていると、もう一人の魔女が歩み寄って来ました。
この魔女は先程の魔女とは正反対で、全体的に綺麗でクールな雰囲気を纏っておりました。
癖なのか、ところどころ巻き毛がある長い髪。青よりも濃い、藍色の髪色は深海を想像させます。
後は同じく、夜の正装を着込んでおります。この方は帽子もしっかり被っているようです。
「! その、わたし今追われていて!」
わたしの答えに、眉をひそめる藍髪の魔女。審議を確かめようとしているのでしょうか?
「追われて……誰にですか?」
「いきなり奇声を発して白目剥き出しで杖振り回しながらがに股で全力疾走してくる魔女です」
「それは逃げて正解です」
さっきあったことを事細かに正直に伝えたら、あっさり信じてもらえました。
どころか、彼女達は、
「それは恐ろしい目にあったのですねぇ~。分かったです、お茶会ですよラージャたん。お茶会をして、少しでも恐怖心を和らげてあげないといけないです」
「かしこまりました、姫」
「え?」
あっという間に、わたしの手を引いて椅子に座らせ、
「そんな恐怖体験、しばらく夢にも出てくるです。可哀想に」
「今、紅茶をおいれしますので、しばらくお待ちください」
「え、ええ?」
目の前のテーブルには、砂糖やメープルが並び、
「あ、ノヴァはジェノーヴァ・ヴァンジーニって言うです。ノヴァのことはノヴァって呼ぶです!」
「ラージャ・ウンディウスです。姫――ジェノーヴァ様に仕える者です。気軽にラージャと呼んでください」
「これはこれはご丁寧に。わたしはメドナと言います。ノヴァ様、ラージャ様、よろしくお願いいたします」
「そっか~。よろしくですメドナたん!」
「よろしくお願いします、メドナ」
「……たん? たんとは――じゃなくて! ええええええ!?」
三人でお茶会をする流れになったのでした。なんという展開の速さでしょうか。何か時間魔法でも受けてしまったのかもしれません。
わたしの記憶遡行はここで終わりです。現実へ戻ります。
「ほら、メドナたんも食べるです。とっても美味しいですよ?」
「学園内にある、ケーキが有名なお店で購入したものなので、味は保証します」
「あ、それはそう思うのですが……」
「こっちにはマカロンもあるのです! ラージャたん、準備するです!」
「かしこまりました、姫」
「ちょっと……話を……」
指示を受けて、ラージャ様はいそいそと奥の部屋へ下がっていきました。この部屋には、右奥にもう一つ小部屋があり、そこに食料品等が備えられているようです。
目の前には、ニコニコ無邪気に笑うノヴァ様。笑顔がとっても眩しいです。
「お客様は久しぶりなのです。今夜は楽しいです~」
「久しぶり……なのですか?」
「そうです。いつも二人だけなのです」
「こんなに机とか椅子があるのにですか」
「……そうです」
わたしの言葉に、ノヴァ様は一気に表情を曇らせました。
どうやら、触れちゃいけないことだったようです。わたしはどうにかしようと足りない頭で必死に考えました。
結果、
「お、美味しいです! ショートケーキ!」
ケーキを食べて、感想を言うことしかできませんでした。
「ふぅ、お腹一杯です~」
「調子に乗って食べ過ぎましたね、姫」
「メドナのお話が面白くてついつい食が進んだのです!」
「そうですか? それなら良かったです」
弛緩した空気の中で、わたしも頬を緩ませました。
あの後、ラージャ様がお菓子を次から次へと持ってきて、お茶会ではなくお菓子会になってしまいました。
ただ黙々と食べるのは寂しいですので、わたしは自分の仕える主人――エーリ様についてお話しました。エーリ様がいかにかっこよく、凛々しく、頼りになる主人であるのかを熱弁しました。それはメイド好きな貴族様からわたしを助けた話から始まり、近所に住む幼馴染様を身を挺して救った話、怪鳥から村を守った話等、幼少期の武勇伝を語り尽くしました。
その間ノヴァ様は目を輝かせ、
「キャーッ! かっこいいです!」
「うおー! 痺れるです!」
「すごいです! すごいですーっ!」
と、一つ一つの話に反応を見せてくれました。
ラージャ様も関心した表情で、ほう、と声を漏らす場面が多くありました。
わたしとしては、エーリ様の素晴らしさを広めることができて非常に満足です。今日のノルマは無事達成できました。
ホクホク顔でいると、ノヴァ様は、はぁ、と溜息をつきました。明るい表情から一変して、暗い表情でした。
わたしはまた何か、地雷を踏むようなことを言ってしまったのかと、オロオロしました。
しかし、それは杞憂だったようです。
「すごいです、メドナたんのご主人は。それに比べてノヴァは……」
「そんなことありませんよ姫。姫には姫だけの良さがありますから。比べる必要なんてありません」
「ラージャたん……。ありがとうです」
どうやら、わたしの主人であるエーリ坊ちゃまと自分自身を比べていたようです。
わたしはエーリ坊ちゃまに仕える身で、ラージャ様はノヴァ様に仕える身。同じ主従関係を持つノヴァ様は、坊ちゃまに対し何か感じることがあるのでしょう。
……杞憂、とは思いましたが、きっかけを作ったのはわたしです。やっぱり、わたしが地雷を踏んだということでしょう。
「そうですね。ノヴァにもいいところ……あるといいのですが」
ラージャ様の慰めは、残念なことにあまり届いていない様子です。
それならば、第三者のわたしが何か言うべきでしょうか。先程は逃げてしまいましたが、ちゃんと言葉に出して伝えましょう。
わたしは徐ろに立ち上がり、ノヴァ様としっかり顔を合わせました。ちゃんとわたしの言葉が伝わるようにするためです。
「そうです。ノヴァ様は坊ちゃまとは違った良さがありますよ」
「メドナたん?」
思いがけない方向からの発言に、ノヴァ様は当惑した様子です。しかし、わたしは喋るのを止めません。
「身元不明のわたしに、こんなに良くしてくれました。優しく接してくださいました。温かく和やかな空気に包み込んでくれました。これだけでも、ノヴァ様が慈悲深く清純な方だと分かります。ノヴァ様のいいところだと思いますよ」
わたしは、普段坊ちゃまがわたしにしてくれるような優しい笑顔をイメージし、真似して笑ってみました。
そうです。ノヴァ様は魔女に襲われたと言うわたしの言葉を信じ、お茶会まで開いてくれた心の広い方なのです。それだけで、彼女の良さが伝わってくるではありませんか。ラージャ様の言う通り、比べる必要なんてないのですよ。
「……メドナたん」
すると、ノヴァ様は目元をウルウルさせて、嬉しそうな顔をしてくれました。わたしの気持ちが通じたのでしょうか。
「はぁ、はぁ、メドナたん」
……通じた、のですよね? ノヴァ様がうっとりとした表情をして、何やら手をこうワキワキと動かしているのには特に理由なんてありませんよね!?
何故か身の危険を感じたわたしは、後ろに下がって距離を取ろうと思いました。
しかし、間に合わず。それより早くノヴァ様が、椅子に座ったままわたしに飛びかかってきたのです!
「メドナたあああああああああああああんッ!」
「ひぃっ!? きゃあ!」
避けるわけにもいかず、受け流すこともできず、わたしはノヴァ様に飛びつかれ、床に倒れてしまいました。わたしの方が小さいので、そのままノヴァ様に思いっきり抱きしめられました。
な、何やらわたしの背中に、わたしにはない柔らかさを感じるのですが……ッ!
「あぁ! なんて可愛い子なのですか! ノヴァはキュンキュンきたのですー!」
「な、なななな! はなっ、離してくださいー!」
「クンクン。はぁ、メドナたんいい匂いがするです!」
「ひゃん! くっ、首筋嗅がないでください!」
「恥ずかしがるメドナたんも可愛いです! あーもう、これは『アレ』をやるしかありません!」
「『アレ』!? 不穏しか感じないワードなんですが?」
「ふっふっふ、楽にしてくださいですメドナたん! 『アレ』を優しくやるので、ノヴァに身と心を委ねるのです!」
「嫌です! そもそも『アレ』って何ですかーーーーーーっ!」
地面でジタバタもがく二人の少女。ノヴァ様の腕の中にすっぽりと埋まっているので、離そうにも離せません。あぁ、誰ですかノヴァ様が清純とか言った人は。ちょっと異常な愛で方ですよこれ。
本格的に嫌な予感がしてきたところで、ラージャ様が抱きつくノヴァ様を引き剥がしてくれました。
……できれば最初の頃に、微笑ましく見ていないで早く引き剥がして欲しかったです。
「た、助かりました」
「いえいえ。うちの姫がご迷惑をおかけしました」
「せっかく『アレ』が試せると思ったのに」
「試さなくていいです!」
一世一代の危機を何とか回避し、暗かった空気もなくなっていました。『アレ』が結局なんなのか分からずじまいでしたが、知らなくて良いこともあるでしょう。
だから結果的に良かったのかもしれません。二度と同じ目に遭いたくはないですが。
メイド服を軽く払って、わたしは椅子に座りました。お茶会も仕切り直しというところでしょうか。
ノヴァ様は荒かった息を整え、紅茶を一口飲み、落ち着いたところで、
「そう言えば、メドナはこの廊下で何していたのです?」
と、本来ならもっと早くにされるであろう質問をしてきたのでした。
とうとうこの質問がきましたか。わたしとしては、尋ねられるのを今か今か待っていたところなので、少し遅いくらいです。
この城へ潜り込んだ当初の目的は、魔女の月について情報を得ること。そのために、魔女の月へ入ろうと思っていたのです。
丁度いい機会です。この二人に入り方を尋ねましょうか。
「わたし、魔女の月に入りたくてやって来たのです」
「「!」」
わたしの言葉に、お二人共目を見張りました。ノヴァ様は持っていたティーカップをゆっくりと机に置き、僅かに体を震わせました。ラージャ様は相変わらずクールな表情でしたが、指をピクっと動かしたのをわたしは見逃しませんでした。
この反応、確実に魔女の月に関わっている者の反応でしょう。
「な、なんで魔女の月に?」
ノヴァ様は多少慌てたような声で、そう言いました。期待交じり、わたしはそう感じました。
うーん、と考えるフリをして、二人の顔を見渡し、
「わたしは、魔女の月のトップになってみたいのです」
そう、ぶっちゃけちゃいました。
これで、確実な反応が見れます。もし、現魔女の月のトップ集団なら、負の感情を抱くでしょう。
それもそうです。例えば、超一流の魔法使いに、見習い魔法使いが『お前より強い』と言っているようなものでしょう。簡単に言えば宣戦布告です。
そのような反応を示したのなら、わたしは無知だったことを白状し、下に従かせてくださいと何度も頭を下げることになるでしょう。そして今後は、トップ集団の中で情報を得ていくことになります。
ただ、わたしのこの言葉に、逆に正の感情を抱くとしたら、それは他集団と言えます。つまり――
「……いいですね! いいですいいです! メドナたん、きみのような人を待ってたです!」
こういった、歓迎の言葉がもらえるでしょう。
「魔女の月は、魔女で構成された組織です。と言うか、魔女じゃないと入れない組織なのです」
ノヴァ様が真剣な顔で述べます。真っ直ぐな瞳が、全てわたしに向けられています。言葉も、わたしに対して話されています。まるでわたしに、魔女の月について教授してくださっているように思えます。
……実は、その通りです。わたしの不相応な宣言を聞いたお二人は、
「ラージャたん、ノヴァはメドナを気に入ったのです!」
「と言うと、挑むのですか?」
「そうです! これ以上、逃げたくはないのです!」
何やら意味深長な会話を繰り広げ、やる気が燃え上がっているようでした。
そして、お二人はわたしの方を向きました。先程までの緩んだ空気はなく、どこまでも真面目な表情でした。
「メドナたん、お願いがあるのです。ノヴァ達の話を聞いてもらえませんか」
「話、ですか。一体何の――」
「魔女の月について、です」
「!」
わたしはノヴァ様の発言に、動揺の色を隠せませんでした。
まさか、初日で魔女の月の情報を、それも自分から話すと言うじゃありませんか。棚から牡丹餅的展開です。普段あまりはしゃぐことのあまりないわたしでも、この出来事には内心ガッツポーズをしました。
とはいえ、この喜びを顔に出さないよう注意し、わざと小難しい顔をしてみました。
しかし、世の中というものはそう甘くありません。現実はいつだって厳しいのです。
「魔女の月について知っていることを話すです。その代わり、協力して欲しいことがあるです」
等価交換、ときました。予想範囲内ではあります。
わたしは眉をひそませました。協力の内容次第では断ることも考えなければならないからです。
こんなにもわたしに優しくしてくださったお二人には、是非とも協力したいのですが、わたしには果たさなければならない役目があります。自分の意思で助けたいと思った方が、いるのです。
だから、判断は慎重にしなければなりません。協力内容がわたしにとってプラスなのか、はたまたマイナスなのか。
そんなことを思案していると、ノヴァ様はニッコリ微笑んでいました。
「あ、全部聞いてから判断してもらっていいですよ。了承するのも拒否するのもありなのです」
「……いいのですか?」
「いいです! メドナたんは可愛いので! 真面目に考えているメドナたんいいです! ノヴァと結婚するです!」
理由になってない理由でしたが、わたしにとっては好都合です。情報を得られる上に、自由に判決できますね。
頭を下げ、礼を述べます。
「分かりました。なら、そうさせていただきますね」
「うんうん、そうするべきです!」
「結婚はしませんが」
「そんな!」
こうして、魔女の月についての勉強会が始まったのでした。
「では、そもそも魔女とは何か? 分かります?」
「えーっと、確か……悪魔と契約をした女性、ですよね」
「おお~、メドナたん正解! 物知りです!」
「たまたま知っていましたので」
昔アルンティーネ家で学んだことが生かされてよかったです。お母様は元気で過ごしているでしょうか?
……後で、手紙でも出しましょう。
「悪魔という魔物と、契約した女性を魔女と言うです。契約することで魔力の底上げや自身の魔法性能の向上等、様々な恩恵を受けることができるのです。その代わり、代償が必要で、悪魔に払う代償は自身の生命力です。つまり生きる力なのです」
「生きる力、ですか。そんな大事なもの、手放してよいのですか?」
「それ以上に、優れた魔法、叡智を得る可能性があるです! まぁ、払う生命力も微量なので、あまり気にならないのです」
「……そうですか」
おいしい話には必ず裏があります。自らの命を削ることで得られる魔女としての力、ですか。
代償が微量というのは本当でしょう。でなければ魔女という女子だけで、神帝と並ぶ程の勢力にはならないでしょうから。
「そんな魔女の集まりが、魔女の月なのです。皆代償を払いながら、自身の望みを叶えるために、魔女として毎日一生懸命頑張っているのです!」
ノヴァ様にとって誇りであるらしく、大きい胸を張ってそう言いました。
魔女達は皆、生きる力以上の何かを求めて、魔女になったのでしょうか。だとしたらそれは、将来に対する先行投資のようなものでしょう。少ないとはいえ代償を払い、力を得るということです。
ノヴァ様、ラージャ様も、命を削ってまでして何らかの奇跡を求めて、魔女になったということなのでしょうか?
……いえ、詮索は止めておきましょう。
「魔女の月の魔女は、魔女同士で集団を作り、集団単位で行動するのです。大小様々な集団が存在し、『魔女の夜会』と呼ばれる集会で、集団達をまとめるリーダー的集団を決めるのです」
「魔女の夜会……ですか」
魔女の夜会。何か魔法の実験でもしたりするのでしょうか?
あ、もしかしたら、廊下を狂いながら走っていた魔女のようなことをするのでしょうか? または実験の果てがあの狂人だったりするのでしょうか?
どちらにしろ、わたしにはいいイメージが浮かびません。絶対に。
先程のいいように表せない恐怖を思い出し、軽く鳥肌を立てつつ、わたしは紅茶を啜りました。
「魔女の夜会は、簡単に言うと集団同士の話し合いです。どの集団が先導役としてこの組織を導いていくのか、を決める集会なのです」
「あ、そうなんですか」
予想と違い、かなり温和な感じじゃないですか。やっぱり平和が一番ですよね。
「でもでも、いつも話し合いで解決しなくて、結局儀式に頼っちゃうんのですよ」
「儀式!?」
ぎ、儀式ときましたか。それはアレですか? 誰かを生贄に捧げて何か禍々しい化物を召喚するようなものでしょうか?
やっぱり、あの狂った魔女のように狂わされるのでしょう。そして、これからそんな組織に入ろうとしているわたし……。
詰んだ、かもしれません。
そんな戦々恐々としたわたしの考えを読んでか、ノヴァ様はひらひらと手を横に振って否定しました。
「儀式とは言っても、そんな怖いものじゃないですよ? 例えば、熱湯風呂とか」
「熱湯風呂!?」
「ゴムパッチンとか」
「ゴムパッチン!?」
儀式が随分チープになりました! 魔女ってそんな体張らないといけないのでしょうか!? 儀式というか罰ゲームという感じがするのですが。
意外と肉体系な魔女の実態を知り、動揺したわたしは紅茶を一気に飲み干しました。なんていうか、この紅茶は普通の紅茶と違って、飲んでいると潤いを感じます。
「そして、儀式を突破した集団はトップ集団として、魔女の月を支配できるのです。その集団は、他の魔女達から敬意と羨望と、それから畏怖を込めてこう呼ばれるのです。――『黒魔女』と」
「黒魔女……!」
魔女の月を支配するトップ集団――黒魔女ですか。
つまり、神帝の総院に当たる組織ということでしょう。なら、わたしは今後、今の黒魔女に接触する必要がありそうですね。
「基本的に魔女は、『魔女魔法』の研究を目的としているのですが、黒魔女は特にその責任が大きくなるです」
「魔女魔法?」
「魔女だけが扱える魔法をそう呼ぶのです。『新生魔法』の一種ですね」
「……新生魔法ですか」
わたしはかつて授業で習ったことを思い起こしました。
新生魔法。何にも属さない全く新しい魔法をそう呼びます。
そもそも、魔法とは、
魔法
・属性魔法:基礎、応用、特殊からなる魔法。属性が付与される。
○基礎魔法:火、水、風、土の属性を持った魔法。あらゆる魔法の基礎。
○応用魔法:基礎魔法を二つ組み合わせて生み出す魔法。
○特殊魔法:基礎魔法で作れない無から生まれた属性を持つ魔法。
・特性魔法:派生、新生、禁忌からなる魔法。属性が付与されない。
●派生魔法:基礎魔法を突き詰めて、一つの効果に特化した魔法。
●新生魔法:無から生まれた全く新しい魔法。
●禁忌魔法:世界を揺るがす魔法。魔法使いが目指すべき真理とは真逆と言われる。
以上のように、属性魔法、特性魔法と分けることができ、更に細かく六つに分けることができます。
その上、数え切れない小さな分類が存在します。例えば、わたしのエアーウォールの正式な分類は、
『初級・属性魔法・基礎魔法・風魔法・エアーウォール』
となります。
基本的に筆記試験では、魔法等級・六つの魔法の中のどれか・魔法名で済みます。
話が逸れましたが、つまり魔女魔法とは、特性魔法・新生魔法・魔女魔法ということですね。
「元々魔女の月は、魔女魔法を極めるために作られた組織だったのです。選挙に出て運営会を狙うような組織じゃなかったのです。ですが、とある一つの集団が、現れたことから、魔女の月が変わっていったのです。強引なやり口で他集団から引き抜き、自分達の望みを叶えるために平気で他者を陥れ……。そんなこと、誰も望んでなんかなかったです……!」
ティーカップを持ち、飲もうとしたところで、中身が空なことに気が付いたノヴァ様は、ラージャ様に目配せをしました。
すると、ラージャ様が席を立ち、新しい紅茶をいれにいきました。あんなに飲んだのにまだ飲めるなんてすごいですね。
「ごめんですメドナたん。ノヴァは喉が乾きやすいのです……」
「いえいえ、謝られることなんてありません」
「メドナたんにそう言ってもらえて、助かるですっ!」
新しい紅茶を待ちつつ、話は再開されます。
「そのとある集団は、運営会長になった時に得られる『ある特権』に目をつけたのです。その特権を利用すれば、魔女魔法の深淵にたどり着けると思ったのです」
「ある特権?」
「そうです。ある特権とはズバリ――」
部屋の中にあった本棚を――詳しくは本棚の上にあったアブルーニャ学園の地図を指差しながら、
「学園に眠る秘密の魔法の閲覧権限、です!」
と言い放った。
そう言えば、シェーナ様のお友達であったフォルエッタ様が、学園にある秘密の魔法について述べていたと、シェーナ様から聞いていたことを思い出しました。
「つまり、その秘密の魔法を知るために、運営会になろうと勢力を拡大したのが、今の黒魔女だということですか?」
「そうなのです。メドナたんは物分りがよくて可愛いです!」
「いえ、そんなことはありませんよ(可愛い?)」
これで魔女の月の動機を知ることができましたね。自分の欲望のために使っている神帝の法王女様よりは、まだマシかもしれません。
あくまで少しだけですが。シェーナ様を襲う時点で、どちらの組織も人として許せないです。
わたしが憤りを感じていると、ノヴァ様は悔しそうな表情を見せました。その顔は、先程ノヴァ様が『いつも二人だけなのです』と言った時の表情と同じでした。
もしかしたら、ノヴァ様は……。
「ノヴァはちょっと前まで、とある集団を率いていたのです。それも、過去に黒魔女になったことのあるくらい大きな集団です」
「……」
話のオチが分かってしまいました。悔しがる理由も、察することができました。ノヴァ様は強く握りこぶしを作っています。
「メドナたんが想像する通りです。魔女の夜会でノヴァの集団が負けて、現黒魔女に吸収されることになったのです……!」
「……ッ!」
やはり、そうでしたか。悪い方向に想像した通りでしたが、本人から聞くのとでは衝撃が違いますね。
今の黒魔女に負けて吸収されたから、今たった二人しかいな――。
……あれ? 何かおかしいですね。吸収されるなら、ノヴァ様とラージャ様もですよね?
わたしが質問をする前に、ノヴァ様がこちらを見て察したようです。
「疑問に思う点、あるですよね。聞いていいですよ」
「あ、はい。今、お二人は黒魔女じゃないんですか?」
「違うです。実は無所属なのです」
「そうだったのですか……」
集団を基本とする魔女の月で、お二人は無所属ですか……。きっと今まで、この城で強い逆風を浴びてきたことが想像できます。
同情するのは失礼なことです。しかし、これではお二人共があまりに……。
わたしが目を伏せていると、ノヴァ様は微笑んでおりました。気にしなくてもいいよ、と言われている気がしました。
「ちなみに言うとですね、魔女でもないのですよ」
「あ、そうなんですか? はぁ……は?」
「この魔女の格好、昔の名残なのです。ローブ着ていると落ち着くのです~」
「え、いや、そうじゃなくですね」
今、ノヴァ様はなんと?
わたしが唖然としていると、ノヴァ様は再び微笑みました。
「実は今、魔女じゃないのです。魔女でさえなければ、黒魔女に吸収されることはないのです」
「そ、そんなことをしなくても!」
魔女を止める必要なんてありません! 魔女の月を止めればそれで済むじゃないですか! わたしはそう言おうと思いました。
しかし、それはノヴァ様の言葉で遮られました。
「いや、これしか方法がなかったのです。魔女の月の魔女は、『魔女の掟』という特別ルールを破ることができないのです。そして、ルールの中に、敗れた魔女は勝った魔女集団に従い、仲間になるというのがあるのです」
「! そんな、ことって……」
「確かに、目指す道は同じ、魔女魔法の深淵です。でも、黒魔女に入った魔女達は、元から入っていた魔女達にいいようにこき使われているのです! そんなの、許せるわけないです!」
「……」
「だからです。今の黒魔女に吸収されそうになった時、ノヴァの集団の皆が、ノヴァとラージャを逃がしてくれたのです。自分達が奴隷のように扱われるのを厭わないで、逃がしてくれたです。だからノヴァ達は彼女達の思いを受け取り、魔女を辞めたです。魔女の掟が有効なのは魔女のみ。魔女じゃないノヴァ達には適応されないのです」
わたしは驚きのあまり、呆然としておりました。
それで、それでお二人は無所属で、魔女じゃなくて、たったお二人で……。
魔女を辞めると簡単に言っておりますが、辞めるということは悪魔との契約を破棄すること。契約破棄は悪魔に対する重大な冒涜行為です。一体悪魔にどれほどの代償を払うことになったのか、考えるだけでゾッとします。
「ノヴァの集団の子達は黒魔女の下につくのを嫌がっていたです。でも、黒魔女は強くて叶わなかったです。だから、ノヴァ達に託したのです」
「託した……ですか」
「はいです」
ノヴァ様はわたしと目を合わせ、
「託されたノヴァ達はずっと待っていたです。ノヴァ達の前に現れるかもしれない、黒魔女に挑戦する気持ちのある、勇気ある者を」
そう言って、ニッコリ笑ったのでした。その笑顔はあまりに無垢で、見るものの気持ちを癒す笑顔でした。
ラージャ様が新しい紅茶を持ってきた頃には、わたしは決心しておりました。
魔女の月の情報を得るには、黒魔女に近づかなければいけないです。ただ、それは別に、黒魔女と敵対している状態でも可能ですよね?
……。
…………。
………………。
『聖女』という集団がありました。
ジェノーヴァ・ヴァンジーニを筆頭として、彼女をラージャ・ウンディウスが補佐して運営されている集団でした。
彼女達は魔女魔法を極めるために、日夜訓練や実験を重ねました。時に笑い、時に泣き、楽しい時間を過ごしておりました。
――『戦乙女』が現れるまでは、ですが。
後に死女神、と呼ばれるようになるローニャ・エトーリアを筆頭に、戦乙女は乱暴な方法でどんどん勢力を拡大していきました。
やがて、聖女と戦乙女の二大集団となりました。激突は、すぐ起こりました。
魔女の夜会でお互い儀式に臨み、勝ったのは戦乙女でした。黒魔女は、戦乙女になりました。
勝者は自由に魔女の月を支配できる。つまり、魔女の月内で絶対遵守のルール、魔女の掟さえ変えることができるのです。
理不尽な掟で、次々と聖女メンバーが戦乙女メンバーになっていきます。このままでは、戦乙女の一極体制となってしまいます。
それだけは避けなければならないと感じた聖女の魔女達は、筆頭のジェノーヴァ、お付きのラージャを逃がしました。
魔女という誇りさえ捨て、ジェノーヴァとラージャは時が来るのを待ちます。自分達の力となってくれる者が現れるのを、ずっと――。




