第二十四話 三つの思い <一日目>
~前回のあらすじ~
揚げ足取りバトル!
………………<エーリ>
お昼である。
外はまだまだ寒いが、日は元気よく昇っている。できれば気温も一緒に上げて欲しいものだが、魔法でも使わない限り無理だろう。
僕、シェーナ、メドナの三人は合流し、戦士棟を離れ、賢者棟へ戻ってきた。その頃には授業が終わり、休み時間に入っていた。
「お前らなぁ、私の授業サボるとはいい度胸じゃあねぇか」
教室でアリア先生が待ち構えているのは予想外だった。教卓の前に陣取り、こめかみをピクピクさせている。これは不機嫌のサインだ。
クラスメイト達は、飛び火したくないのか、僕らを遠巻きに眺めている。これじゃいい見世物だぜ。
「んー? 三人揃って何してたんだ?」
「あ、えーっと……」
チラリとメドナ、シェーナに目をやると、二人して小さく頷いた。僕に任せるということだろう。
ふむ、ならば長年(二十年)生きた上で身に付けた、大人の処世術を見せてやるか。
「三人で組体操してました」
「なんでだよ! 授業時間使ってすることじゃねぇだろ!」
「あ、扇です」
「組体操の内容なんて聞いてねぇよ!」
「じゃあピクニックしてました」
「こんな寒空で!? あとじゃあってなんだよじゃあって!」
僕の言い訳が尽く潰されていく。さっすが真の大人、対処が早い上に的確だ。
だが、僕も負けられない。元の世界では遅刻の常習犯として名を馳せ、担任に『屁理屈の悠飛』と呼ばれていたのだ。そう安々と引き下がれるかってんだ。
「今日授業あるって知らなかったんですよ」
「毎日授業あるのに今更!?」
「実は僕、左手でも字が書けるんですよ」
「へぇー……ってだから何!? それ今話す必要あった? いいからさっさと話せよ!」
「じゃあ逆にぃ、僕ら何してたと思いますぅ?」
「なんでお前が私に問題だしてんだよ! それに言い方ムカつくな!」
アリア先生が普段より鋭い眼光を見せる。まるで過去に人でも殺してそうな目だ。
……引き下がろう。うん、命が一番大事だから。正直に話して、許しを請おう。
「悪の組織と戦ってました」
「おうちょっとツラ貸せや」
……。
…………。
………………。
結局、信じてはもらえなかった。
アリア先生からのありがたーいお説教を全身で浴び、程良く耳が温まってきたところで、僕達は解放された。
昼休みも半ば近くまで経過している。野次馬はいなくなっており、いつものメンバーも先に食堂で食べていることだろう。
普段ならそこに交ざるのだが……。
「メドナ、さっきの出来事で聞きたいことは?」
「めっちゃあります」
「オッケー」
今回は見送らせていただこうか。ちょっと物騒な話になるだろうからね。
「どこで話すの?」
シェーナの質問に、少し考えてみる。
できれば静かな場所で、他人の目がなく、盗聴させる恐れのない場所がいいんだけど……うーむ。
賢者棟内で考えると、一つあるな。
「いい場所があるよ。ついて来て」
そう言って、僕は二人を引き連れ教室から出て行った。
賢者棟の一階、南廊下を真っ直ぐ進んでいく。窓から注ぐ陽光を右半身で受けながら、やがて左手に目的地が見えてきた。
応接室。そう、入学試験でお邪魔した教室だ。今回、ここを利用させてもらおう。
僕は躊躇なく扉を開けて中へ入った。鍵はかかっておらず、侵入を妨げる魔法もかかっていなかった。メドナ、シェーナも続いて入る。
応接室の中は入学試験時と同じだった。調度品が少なく殺風景だが、静かで重みを感じる部屋だ。
入ってすぐ目に付くのは、小さなテーブルを挟んで対面する二つのソファ。高級感を思わせる黒革のソファである。
部屋の隅には大きめの花瓶があり、見たことがない植物が刺さっている。大きな緑の葉っぱを何枚も咲かせ、根元付近が怪しく光っている。
マンドラゴラというらしく、知性はないが、獲物が近づくと本能で襲いかかるという。とはいえ襲うのは自分より小さな虫らしい。
……時折こちらに合わせて動いているように見えるのは気のせいかな。気のせいだろうきっと。
僕は入口に近いソファに腰掛け、二人を対面のソファに座らせた。
ちょっと一息ついたところで、シェーナが不思議そうな顔をして尋ねてきた。
「エーリくん、なんで応接室なの?」
「他に人が使ってなさそうだなーって思って。それと……」
僕は二人の顔を見渡してこう言った。
「ここなら、外からの盗聴される心配はないからね」
シェーナが神帝、魔女の月の刺客に襲われた時のことだ。僕は戦士棟の応接室内を盗聴しようとしたが、何故かできなかった。
きっと、魔法吸収石によって魔法がキャンセルされたのだろうと思う。誰かと応接をする部屋だから、盗聴・盗撮は警戒するだろうしね。ただ、内部では普通に魔法が使われていたから、外部からの魔法だけをキャンセルするのだと考えるのが妥当。
戦士棟の応接室がそうだったのだ。賢者棟の応接室も同じ構造じゃないとおかしいだろ?
そして、僕が盗聴の心配をしているということは、
「ここで内緒話をするということですね、坊ちゃま」
「さすが僕のメイドだ。理解が早い」
密談と、いこうじゃないか。
僕は、今まであったことを全てメドナに話した。それはもう洗いざらい全部ゲロった。多少脚色があったのは大目に見てもらうことにして。
話の途中、ところどころでシェーナが補足説明し、全て終わる頃には二十分経っていた。
その間、メドナは適度に相槌を打ち、質問を投げかけてくれた。積極的な姿勢だったので、僕らも話しがいがあった。
聴き終わった後、メドナは顎に手をやって目線を下にして考えていた。きっと、今までの情報をゆっくり咀嚼しているのだろう。二人でその様子を見守る。
やがて、メドナは僕らを見た。
「なるほど、そういうことになっていたのですか」
「うん。で、メドナはどうする?」
「それはもちろん……」
メドナの顔は真面目で、凛としていた。それだけで誠実さが伝わってくる。
僕を見て、シェーナを見て、メドナは話した。
「協力させてください。坊ちゃまのメイドとして、坊ちゃまにお供したいというのもありますが……烏滸がましい話ですけれど、わたしはシェーナ様は大切なご学友だと思っております」
「そ、そんな畏まらなくっていいわよ~。私もメドナちゃんは友達だと思ってるわ」
「……ありがとうございます。なら、友達を助けるのは当然、ですよね?」
「メドナちゃん……。ありがとう!」
メドナを抱きしめるシェーナ。最初困惑していたメドナだったが、シェーナを受け入れ微笑んでいた。
うんうん、友情ってのはいいものだ。僕らの関係はかくあるべきだね。百合百合しい輪に入れないのが非常に残念でならないけど。
こうして、愛の羽に僕のメイド、メドナが加入した。これで総勢三人。まだまだ少数精鋭だが、それでいい、これでいいんだ。
「よし! それじゃあ今後の策を練っていくとしようか」
「「はい!」」
元気のいい返事を聞いたところで、僕は顔を引き締めた。
「まず、僕ら愛の羽の最終目的を確認しよう。シェーナが運営会選挙に立候補して、運営会長になることだ」
「改めて言葉にすると、すっごい緊張してきたよ~」
「それだけ僕らはすごいことをしようとしているからね。当然といえば当然さ」
今ある二大巨頭に挑もうというのだからなぁ。むしろ、緊張はこれからもっとやってくるだろう。
運営会選挙は、元の世界でいう生徒会選挙だ。僕は生徒会なんて興味がなかったし、学校をより良くしようなんて高尚な気持ちを持っていなかった。そんな僕が、異世界で似たような行事へ真面目に参加することになるとはね。やっぱり人生って、何が起こるか分からない。
「まだ立候補はしていないんですよね?」
「そうだね。シェーナ、立候補ってどうするんだ?」
「え~と、監視会に立候補することを告げて、承認をもらえればそれで良かったと思うわ」
「期限は?」
「選挙の三日前までだったはずよ~」
「なるほど」
今日を選挙までの一日目とすると、選挙日は八日目。三日前ということは、五日目には立候補しないといけないということか。立候補しないまま六日目を迎えるとジ・エンドだな。覚えておこう。
「立候補は期限ギリギリにしよう。できるだけシェーナが立候補するという情報は伏せておきたい」
「分かったわ」
「了解です」
立候補してしまえば、確実に神帝、魔女の月が動き出すだろう。なら、できるだけ引き伸ばして、安全を確保した方がいい。その方がこちらも動きやすいだろうしね。
「あ、一応言っておくけど、シェーナが立候補することもそうだけど、さっき話したこととかも内緒な。誰にも話しちゃダメだ」
「クラスメイトにも?」
「ああ。ここの三人以外には秘密で」
「誰が神帝で、誰が魔女の月か分からないものね」
「そういうこと」
どこから情報が流れるか分からないこと程怖いものはない。よって、所属不明なクラスメイト達には話さない方がいいだろう。
「これからの目的なんだけど、シェーナが立候補するまでは情報収集をして、立候補した後は交渉しに動こうと思う」
「情報収集?」
「ああ」
いつの時代も、何の戦いでも、求められるのは情報だと僕は思う。情報さえあれば、如何なるようにも対処できるし、適応できる。敵を知り己を知れば百戦危うからずだ。
「選挙に出るとして、一番欲しいのは情報だ。なんせ僕らは初めて選挙に出るからね。敵を詳しくを知る必要がある」
「なるほど、さすが坊ちゃまですね!」
「よせよぉー、照れるじゃないかぁー」
「……すごい嬉しそうに見えるけどね~」
シェーナが何か微笑ましいものを見るような顔で、こっちを見ていた。メドナもメドナで、僕を尊敬の眼差しで見つめている。
な、なんて甘甘な空間なんだ! このままこの空間にいると妙な恥ずかしさで死んでしまいそうだ。
んんっ! と声を出し、シリアスな空間を呼び戻した。
「とにかく、僕らはこれから情報収集に動く。些細なことでもなんでもいい、神帝及び魔女の月の情報を集めよう」
二人共、力強く頷いた。やる気十分だな。
ただ、疑問があるようで、シェーナがおずおず手を挙げた。
「情報収集っていうのは分かったのだけど、方法は?」
「うん、それなんだけど……」
僕は楽しそうに笑いながら、
「潜入捜査をしようと思う!」
そう高らかに宣言した。
「えっ!」
「潜入?」
素直に驚くシェーナと、その意味を理解しようとするメドナ。そして、一番楽しい気分なのは僕だろう。
だって、潜入捜査とか超憧れるじゃん! 昔、スパイものの映画見た後とか、自分もスパイになった気分で近所の公園まで遮蔽物に隠れながら行ったものだ。
今思うと赤面ものの思い出だけどね。黒歴史というやつか。
「神帝、魔女の月に入るんだ。できるだけリーダーに近い位置でありとあらゆる情報を毟り取る。潜入期間はシェーナが立候補するまで。これが僕の考えた潜入捜査作戦だ」
「確かに、神帝と魔女の月は情報を隠蔽しているから有効だと思うけど……」
「ちょっと坊ちゃま、本気ですか?」
「本気さ。僕はいつだって何をするにも本気だよ」
心配そうな顔している二人に、僕は自身の胸を叩いて頼れる人アピールをした。
「キミ達の心配するように、潜入捜査は予想以上に危険だ。バレたら終わりだし、潜入しているうちに逆に組織へ思想が染まっちゃうかもしれない。けどその分、リターンが大きい。戦力、組織の構成、得意な魔法、組織としての弱点、といった有益な情報が得られるかもしれないんだ。虎穴に入らずんば虎児を得ず、とも言うし」
「そ、それもそうですが」
「大丈夫! 組織に入りたいって人を、両組織は無下にしないだろうさ。むしろ大歓迎だと思うよ? 時期が時期だしね。……スパイってことさえバレなければだけど」
「最後の一言で逆に不安になったのですが!」
「不安なんて何もないって。普通にヘコヘコ媚売ってゴマすって、組織内で高位の人に気に入られて昇格して、それから色々と組織について調べればいいんだからさぁ。平気だよ、ちょっとリスクがでかいだけだよ」
「坊ちゃまはわたしを励まそうとしているのですか怖がらせようとしているのですかどっちですか!?」
「あ! メドナの後ろにスパイが!」
「きゃああああああああ!」
とうとうスパイ自体に恐怖を抱くようになってしまったメドナ。これはちょっと面白い。
……いやいや、面白がっている場合じゃないぞ僕よ。これは大事な作戦なのだから。
「と、とにかく! 僕らは神帝、魔女の月に潜入する。んで、有益無益問わず情報を盗む。以上!」
「ほ、ホントにやるんですか……?」
「……」
僕の強制命令に、二人の少女は各々変わったリアクションだった。不安が超加速しているようで、顔を青くしているメドナに対し、シェーナは一言も発さず悲しい顔をしていた。悔しさがにじみ出ているようだ。
きっと、気付いたのだろう。潜入作戦に自分が――シェーナ自身含まれていないことを。
「この作戦、エーリくんが神帝、メドナちゃんが魔女の月に潜入するのよね?」
「そうだよ。僕は魔女の月のフレンシアに顔を覚えられているから無理。メドナは神帝のピサスに顔を覚えられているから無理。こうなると消去法で決まるよね」
まぁ、魔女の月は女しか入れないから、僕は最初から不可能なんだけどな。
「でも、わたしは……」
「ああ、シェーナは有名で顔が割れている上、インペラトーレだ。潜入が意味をなさない。悪いけど、潜入作戦には参加させることができない。しばらく待機してもらうことになる」
「ええ、分かっているわ。でも」
シェーナは、僕とメドナに申し訳なさそうな顔をして、俯いた。
自身は危険に身を置かず、友達を危険晒すことになる。そんなことでも考えているのだろう。
まったく。
僕はメドナに目で合図し、立ち上がった。メドナも続いて立ち上がる。
何事か、とシェーナが顔を上げる。
「僕達は一つの組織で、チームだ。誰かの為に何かを成し、チームの為に何かを果たす。それは僕じゃなきゃできないこともあるし、またメドナ、シェーナにしかできないこともあるんだ。誰かが誰かを支えるんだよ」
「そうです。適材適所という言葉もありますから、罪悪感を抱く必要はありません。むしろチームには不必要の感情です」
「僕らは他組織へ潜入して情報を集めてくる。シェーナは僕らの持ってきた情報を活かして選挙で立ち回る。メドナの言う通り、これぞ適材適所さ」
僕とメドナは、まるで示し合わせたかのように言葉を重ねる。少しでもシェーナの心の重荷を下ろせることを信じて。
「いいかシェーナ。僕は人助け大好きなお人好しじゃないんだ。むしろ僕は、傲慢で嫉妬深くて怒りっぽくて怠惰で強欲で食いしん坊でへんた――清純な少年だ。なるべく世界の端っこで細々と生活するのがお似合いな男だよ。でもね」
僕はシェーナの手を取る。柔くて暖かい感触が、僕に伝わってくる。
「シェーナの力になりたい。クラスメイトだからじゃなく、友達だから――シェーナだから、力になりたいと思ったんだよ」
「……ッ!」
シェーナが今にも泣きそうな顔で僕を見上げる。涙を必死に耐えているようだ。
ったく、子供がそんな我慢すんなっての。
「頼りたいなら頼ればいいし、支えたければ支えればいい。それがチームだ」
「そうですよ。わたしも及ばずながら力にならせてください」
「二人共……」
一筋、シェーナの頬を雫が伝った。それを皮切りに、次から次へと涙が溢れた。
まるで、今まで背負ってきたものが解放されていくように見えた。齢九歳が背負うには重すぎるものが、次々落ちていく。
子供は子供らしく、鼻水垂らして外走り回っていればいいのになぁ。この世界の子供達は強いよ、ホント。
隣に座るメドナが、シェーナの顔をハンカチで拭ってあげる。あぁ、この光景は子供っぽくていいじゃないか。
「ま、たまにはこういう大舞台も悪くない」
「そうですね。わたし、腕がなります!」
「その様子じゃ、スパイは克服したようだね」
「そ、そそそそそそうですね」
「下手! 誤魔化すの下手!」
どうしよう! ここにきてメドナが『嘘をつくのが下手』という事実を知ってしまったのだが!
「嘘、嘘ですよ坊ちゃま。今のは誤魔化すのが下手という演技をしたのでしゅ」
「噛んだ! 最後噛んだよ!」
超動揺してる~~~~ッ! どうすんだこれ!? マジで大丈夫か?
「……二人共」
新たな不安の種に胃が痛くなる思いの僕と、必死にポーカーフェイスを作ろうとしているメドナに、
「ありがとう」
シェーナから、これ以上のない元気の出る言葉をもらった。
昼休みももうすぐ終わる。午後からは教室で普通通り授業をすることになるだろう。
でも、放課後からは違う。僕らは挑まなくてはならない。
この学園の悪の組織に――。




