第十八話 五歳児の日常
~前回のあらすじ~
泣く子には弱い。
あの聖戦から一ヶ月経過した。
秋も深まり、元の世界ではそろそろ雪でも降るんじゃないかという頃である。残念ながら、ロズー村では雪が降らなかった。大都市ピレオスでは、運がよければ雪が降るらしい。見てみたいところではあるねぇ。
今、僕は男子寮の自室で寛いでいる。時間は朝。太陽の日差しが窓から室内へ降り注いでいく。
ここは入学試験で高成績者に与えられる特権の一つ、レベル8ヴィチェレ専用高級男子寮である。
小高い丘に立った真っ白な建物で、地下、屋上ありの全三階。
「(あぁ、素晴らしいな一人暮らし!)」
そんな寮でも、僕の部屋は三階の奥部屋。トイレ付き、洗面付き、ベランダ付き!
そして、なんと! 風呂部屋があるのだ!
この世界にシャワーはない。そもそも水道がない。ガスもない。電気もない。何もない。
しかし、代わりに風呂があるのだ。水をはじくタイルの床、丸くて大きい浴槽、そして鏡。そう、僕の部屋には風呂がある! これだけで僕は満足だ!
口笛を吹きつつ入り支度を整え、僕は優雅に朝風呂を満喫することにした。
ゆっくり扉を開けるとそこには――、
「ん? おー、エーリ。風呂借りてるぜー」
「うぃーす」
「ちっす」
クラスメイト三人が入っていましたとさ。っておい!
「だってよー、オレんとこ風呂ねーもん。いっつも寮の大浴場で窮屈な思いだぜ。部屋に風呂とか羨ましいっての!」
体を洗いながらそう言うのは、ゴブリン族のリューイだ。緑色のボディが怪しく光っている。
「つーか知らなかったよ、エーリがヴィチェレってこと。エーリって地味に凄いんじゃね?」
ボサボサの髪をクシャクシャ洗っているのは、褐色系男子のヤスラだ。実はドワーフ族だと知ったのは最近である。
「おらもこんな部屋に住んでみたいねぇー。んで行水したいわ」
自身の翼を丁寧に洗っているのは、ハーピー族のゲンジ。鳥だけに行水ってか。
僕はというと、溜息をつきつつ、穏やかな顔でお湯に浸かっていた。お風呂を人を堕落させる。
「どっから入ってきたのよキミ達はー」
「普通に玄関から。鍵かかってなかったぜー?」
ニヤニヤしながらそう言うリューイ。とてもいやらしい笑みである。
そもそもこの世界じゃ鍵なんてあってないものである。魔法があれば自由に開けられるし、扉も自由に破壊できる。自由すぎるというのも問題だな。
そこで登場するのが『魔法無効石』。別名『絶望石』。希望である魔法を打ち消すからそう呼ばれるらしい。
魔法に対する耐性を持つ素材は多く存在するが、この石はあらゆる魔法を打ち消すという最強の石。盗聴も透視も防ぐ優れ物。
公共施設や高級住宅街やお城等、人が集まる場所に良く配置されている。また個人的な家でも使われていたりする。
ただ値が張るのが問題だ。金持ち御用達アイテムとも言える。
そんな最強の石がふんだんに使われているこの寮は、泥棒の入る余地が無い完璧セキュリティなのだ。
……僕がうっかり鍵を閉め忘れたりしなければ、だが。
「せっかく魔法無効石使った部屋なのによぉ、鍵忘れるとか勿体無いぜ?」
「それはそうだけど。けど、魔法無効石にも弱点あるじゃん」
そう、そんな最強の石にも弱点がある。それは……。
「ああ、あまりに魔法を無効化しすぎると、壊れちまうんだっけ」
ヤスラが髪を洗い終え、浴槽に入ってきた。ちょっと狭くなる。
「そうそう。なら大切に扱わないといけないよな? つまり力づくで開けられるよりも、こうやってオープンにして入られた方がマシってことだよ」
「それ本末転倒だけどな」
今度はゲンジが浴槽に入り、更にキツくなった。お湯もどんどん流れ出る。
「所詮は魔法を無効するだけの石だからなぁ。いざとなったら剣や斧とかでドア壊せるし。あんまセキュリティあるとは言えないよねー」
「ま、ないよりはいいだろ。そりゃあ!」
「だね。……ちょっ!」
最後にリューイが飛び込み、浴槽がすし詰め状態に。お湯なんてほとんど放出しちまった。
「「「あー、いい湯だなー」」」
「出てけ!」
穏やかな朝の時間に、僕の怒号が響き渡った……。
午前の時間、僕は学校にいた。賢者棟一階一年教室である。
傍らには専属メイドのメドナ。今日も一緒に魔法の授業を受けている。
最初は魔法使えないグループだったが、魔力吸収石の授業をこなし、基礎魔法を学ぶグループに混ぜてもらえるようになっていた。
そう、魔法が使えない設定は終わったのだ! 僕は今、自由に基礎魔法が使えているのだ。
……フッ、何故魔法が使えない設定で自分を縛っていたのか、と過去の愚かな自分を叱責してしまうくらい、普段から魔法を使えるというのは素晴らしかった。
まぁ、さすがに授業では無詠唱ではなく詠唱して魔法を使っているけどね。郷に入っては郷に従え、皆詠唱している中無詠唱は目立つのですよ。これは最低限の縛りと言えようか。
「ねぇねぇー、ご主人ご主人ー」
今日は土魔法のグループで訓練だ。適当に巻物を見ていると、服の裾を引っ張る子がいた。
彼女はリコプル。ノーム族で五歳の僕より背が小さい女の子だ。年は上っぽいけど。
「なんだいリコプル。あと僕はキミのご主人様じゃないからね」
「勝負しようよ勝負。どっちが先に土の壁を展開できるか勝負だよ!」
聖戦以来、僕は何かとリコプルに勝負を挑まれていた。負けたのがよっぽど悔しかったのかなぁ。
僕は渋々勝負にのることにした。わざとらしく肩を竦め、やれやれと首を振った。
「しょうがない。相手をしてあげようか」
「むむ! その勝ち誇った態度、今に悔しがらせてやるの!」
杖で僕を差しながら、プンプンした顔で言い放った。はっはっは、なんておちょくりがいのある相手だ。
「……坊ちゃま」
隣にいるメドナが何か言いたげにジト目でこっちを見ているが、気付いていないことにした。
早速、僕は指輪を付けた右手をかざし、リコプルは杖を持った右手で構えた。
「メドナちゃん、合図お願い」
「はい、分かりました」
三人の間に緊迫の空気が支配する。同じ土魔法グループの皆も、固唾を呑んで見守っている。
この勝負、相手より早く高速詠唱を唱え、魔力を注いだ方の勝ちだ。
睨み合った二人の間に、永遠ともいえる時間が流れる。実時間では数秒しか経っていないだろう。
ゴクリ、と誰かが唾を飲んだ。それが合図となった。
「はい!」
メドナが勢いよく手を上げる。それに合わせて、僕とリコプルは同時に、
「「『放て!』」」
高速詠唱を唱えた。
瞬時に目の前へ土でできた盾が現れる。どこか歪で、一撃で壊れてしまいそうな程脆弱な土の壁だ。
しかし、クオリティはどうでもいい。今はどちらが早く展開できたかだ。
僕とリコプルはメドナを見る。メドナはうーん、と考え込む顔をしている。
果たして、どちらの方が早かったのか? その真相は――
「おら、遊んでないで訓練しろ訓練」
先生の邪魔が入り、真相は闇に葬り去られたのであった。
ギャラリーは先生の登場によって、蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。僕も便乗して逃げ、離れた所にあった椅子に座った。
高速詠唱は無駄が多い。しかし実践ではかなり有用だ。
例えば、足への攻撃を部分的に土の壁を展開するだけで、防ぐことができる。たとえ歪んだ盾だとしてもだ。覚えて損はないどころか、もしくは重要な技として確立できるだろう。
まぁ、無詠唱の方が高速詠唱より早いんだけどな。だって言う必要ないし。思い浮かべて魔力込めるだけでいいし。
ふと、教室全体を見渡した。
「あれー? なんか発動しないんだけど」
「それ魔式間違ってるぜ? こことここ」
「ああ、そっか。サンキュー」
「おーう」
「おおっ、出た出た炎!」
「やったじゃん!」
「うん!」
「魔力込めた後ってすっごく疲れるよねー」
「そうだな。まるで全力で気張った後みたいだわ」
「……」
「嘘だって! そんな目で見んなよ!」
あんなにいがみ合ってギスギスしていた男女が、仲良く魔法の授業を受けていた。かつて対立していたことが嘘のように。
あの聖戦の後、教師達がやって来て皆事情聴取された。全員等しく怒られ、三日間謹慎処分になった。
そして休み明け。
「……おっす」
「……おはよう」
多少ぎこちなかったが、男女が会話をし始めたのだ。睨み合っていただけの男子と女子が。
それから徐々に仲が回復していき、今では普通に会話できるようになっていた。こんな美しい光景を見れるとは思わなかった。
これはきっと、
「シェーナちゃん、ここどうするの?」
「えっとね、そこは……」
「これはこれは?」
「うん。ちょっと待ってね」
「わたしもわたしもー」
あそこで人だかりのなっている中心になっているシェーナのおかげだろう。心に訴えるあの号泣は、皆の心に響いたのだろう。
気が付くと、僕の隣にシェーナがやって来た。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「皆の先生やってるシェーナに教えることなんてあるのかなー」
「あ、あるよ~。もう、からかわないで!」
僕が茶化すと、シェーナは顔を真っ赤にしてプリプリと怒った。戦いを止めた女の子は、こんなにも年相応だった。
シェーナは、まるで絵に書いたような優等生だった。
知識が深く、魔法の筆記はいつもクラストップ。その上実技も素晴らしい。身体能力も優秀。更に性格もよく、誰にも隔てなく接してくれる。
何より彼女自身親しみの持てるキャラで、頼りがいのある女の子だった。
「メドナちゃんとどこまで進んだ?」
これさえなければ、だが。
彼女はすごく恋バナに飢えていて、人の恋路に敏感だった。特に僕とメドナの仲について追及してくるのだ。
「はぁ……」
「ちょっと、溜息つかないでよ~」
「いやだってさぁ」
すっごくゲスイんだもん、キミ。そんな笑顔を輝かせちゃってさ。
「何度も言うけど、僕とメドナには何もないって」
「え~。でもさ、男女だよ? 男に女の子が仕えているんだよ? 間違いがあってもおかしくないよ~」
「間違いってなんなのさ」
「それは……もう、言えるわけないじゃん!」
バシバシと肩を叩かれる僕。そんな顔真っ赤にするなら言わなきゃいいのに。
つーか、五歳に何期待してんだか。
……ハッ!? まさか中身が男子高校生だと知っていて……?
いやいや、それはないそれはない。それは……ないよね? ね?
大丈夫そんなことはないと、自身を勇気づける自己暗示をかける。この子勘が鋭そうで怖いわ。
「そういや、シェーナ自身は恋しないの? そんな恋愛話好きなら自分がすればいいのに」
「あ、うん。そうだけど……」
僕は普段気になっていた質問をぶつけた。話を逸らすためにした質問だったのだけど。
「……」
「シェーナ?」
何故か顔を赤くして黙ってしまった。そして二人の間に訪れるモヤモヤした空気。
ど、どうしよう。何この地雷踏んじゃった感は。うぅ。
そんな時だった。
「坊ちゃまー」
僕に救いの手を与えてくれた神がいた。我がメイドのメドナである。メイド服を揺らしながらやって来た。
「ちょっと聞きたいことがあるのですが……」
チラッと、シェーナの方を見るメドナ。話し中かどうかを伺っているようである。
視線に気が付いたシェーナは、慌てて立ち上がり、
「あ! も、もう大丈夫。ありがとねエーリくん!」
「あ、うん」
そう言って小走りで去っていった。わたわたして行ったシェーナを見て、メドナは小さく呟いた。
「……なんだったのでしょう?」
まったくだ。
お昼の時間がやってきた。
僕とメドナと、クラスの友人達と食堂へやって来た。奥の大テーブルが僕らの指定席だ。
最近なんとなくだが、固まって行動するグループが出来上がっていた。
「オレ今日はサンドウィッチー」
「じゃあおらはカレー」
「うーん、ピザかパスタで悩むなぁ」
リューイ、ゲンジ、ヤスラがメニューを見てあれやこれや騒がしい。
「ぼくは魚定食にしようかな……カテマはどうする?」
「あっしは肉定食で」
ワーグ族の猫少年キリコッテ、ジャイアント族のカテマは小さな声で話している。
「メドナちゃん、このハンバーガーって美味しかった?」
「はい、中々美味しかったですよ」
「じゃああたしはこのハンバーガーにしよっと」
メドナと女子聖歌隊のリーダーだったエルフ族のケイシーは和やかに料理を決めている。
「リコはこの大噴火定食にしてみるの」
「ゆ、勇者ね!」
リコプルとシェーナは楽しそうに会話していた。
総勢十名。それなりに大きなグループとなっていた。皆ワイワイしていていい雰囲気だ。
そんな中、僕は一人考察していた。
この世界にはサンドウィッチやカレー等の食がある。それも食文化に統一性はなく、様々な国の料理が存在する。ちなみにこの食堂には和食、洋食、中華と、元の世界と同じような食事ができる。
しかし、その一方で車や電車等の移動手段はなく、馬車といった生き物の力を借りないと動かない物が普及している。工業が栄えていないのだ。または科学。
そのため水道やガスも整備されておらず、シャワーがなくて風呂がある。僕は風呂派なので逆に嬉しいけどね。
そう、この世界のインフラは非常に遅れている。科学的なものは一切なく、昔ながらの方法が定着してしまっている。まるで文明開化が起きなかった江戸時代、みたいだ。江戸っぽさは皆無だが。
……もしかしたら、
「(文明開化の代わりに、魔法という奇跡が起きたのかもしれない。だから科学は発達せず、魔法ばかりが発達していった。その行方がこの世界だ。なんでも魔法で賄えるから、科学が発達する必要がない)」
ありうる話だと思った。魔法の普及と共に欧米文化も取り入れられ、こんな世界に――、
「エーリちゃん、決まった?」
「んうぃっ!」
突然ケイシーに話しかけられ、変な声が出てしまった。ちょっと恥ずかしい。
「あはは! エーリちゃんすっごい声出てたよ?」
「ケイシーが突然話しかけるからだよ! はぁ、ビックリさせないでくれ」
「顔も真っ赤だね、エーリちゃん。超カワイイ!」
「うるさいよー」
ケイシーに抱きつかれ、嫌そうな顔で引き剥がす。
どうもケイシーは僕を幼い子供扱いにする。ちゃん付けで呼んだり、急に頭を撫でてきたりするのだ。
……まぁ、実際僕は子供だけどさぁ。ケイシーの方がお姉さんだけどさぁ。
「何食べる? やっぱりお子様ランチ?」
「やっぱりってなんだよ。僕はコーヒーセットにするよ」
「うわぁ! 大人ぶってるエーリちゃん可愛い!」
「だから抱きつくなっての」
ケイシーの胸元に顔を埋める形で抱きしめられた。柔らかい感触と甘美な香りが僕の感覚を襲った。
はー、女子ってなんでこんないい匂いするんだろうね。いい匂いするから女子なのか。
……ハッ!?
その時、僕は気付いてしまった。
女子はいい匂いがする → いい匂いするのが女子 → キリコッテはいい匂い → 女子!?
そう、キリコッテは女子だったのだ!
「どうしたのエーリくん。ぼくのことジッと見て」
「いや、世界の真理に気付いてしまってね。ありがとうキリコッテ」
「……う、うん?」
これだけでも、今日は食堂に来てよかったと思った。魔法使いの真理にたどり着くのも時間の問題だぜ。
少し肌寒い午後。
僕ら賢者学科一年は外に出ていた。実技の訓練である。
室内でできる魔法は室内で訓練するが、規模が大きくてできない魔法もある。そういうのを外の施設で訓練するのだ。
賢者棟から歩くこと十分。大きなドーム状の施設が現れた。『第一魔法実習館』である。
ちょっとした体育館くらいの大きさだ。円形で天井がなく、二階と三階に観客席がある。魔法無効石を練りこんだ建物らしく、ちょっとやそっとじゃ崩れない程強固らしい。
なるほど、ここなら遠慮なく魔法をぶっ放せるというわけだ。
ちなみに、今回の授業担当教師はドランソー先生。僕の入学試験時に試験官だった人だ。白髭、白髪でダンディなおじさんだ。
「この授業では少し上の魔法を扱う」
ドランソー先生のこの発言に、生徒たちは色めき立った。それもそのはず、この発言は魔法のグレードアップを指しているからだ。
「魔法には『魔法等級』というものがある。これは魔法の効力を等級化したものだ」
話が始まると静まる生徒達。誰もが真面目に聞いている。
それほど今日の授業は重要だった。
「等級は初級・低級・中級・高級・上級・特級・魔級と区別されていて、効力が大きければ大きい程、魔法等級は大きくなる。単純な撃ち合いなら、下の等級は上の等級に威力で撃ち負ける。また、上の等級の魔法の防御を、下の等級の魔法は打ち破れない。例を挙げると、初級・火魔法・炎の矢は、低級・火魔法・『炎の鎧』を貫けない。ダメージを与えることができないのだ」
僕はふと、怪鳥マモンを思い出した。
あの鳥には初級魔法が効かなかった。おそらく、上の等級の防御魔法を使っていたのだろう。一年ぶりの真実である。
「魔級は魔法使いのたどり着く最終魔法とされる。魔法使いは魔級の取得を目指して、日夜腕を磨いているのだ」
魔級かぁ。ベリーチェ程の大魔法使いなら使えるんだろうな。異世界に単独でやって来る程だからね。
そういや、僕が今まで使った魔法の中では、翼竜落としと心の巣が上級で一番高いか。
ふっふっふ。まぁ、僕には更に上の切り札的魔法があるんだけどね。使う機会はなさそうだけど。
「話が逸れたな。つまり、今日は初級魔法ではなく低級魔法を教える」
「うっしゃあああああ!」
「ひゃあ!」
「ふぅぅぅっぅぅっぅぅぅぅぅぅぅ!」
一気に湧き上がる歓声。誰も彼もが喜んでいる。
そりゃそうだ。普通だったら初級の基礎魔法習ったら次は初級応用魔法だからな。
「とは言え、君達はまだ基礎魔法を習いたてだ。ちょっとのグレードアップだから、あまり期待をしないでもらいたい。良いかね?」
「「「はい!」」」
ドランソー先生の問いかけに、元気良く答える皆の衆。現金というか、素直というか。
早速、各々習いたい基礎魔法ごとに固まることになった。
僕は何を習おうか。一応基礎魔法の魔法陣はあらかた覚えているんだけど……。
「坊ちゃま、どうします?」
「そうだねぇ」
そもそも、僕は何が得意なのだろうか。苦手な属性はなし、魔法大全によって相当な数の魔法を扱える。特に拘って使っている魔法もない。強いて挙げれば飛行魔法だが、最近は使えていない。
僕って一体、何なんだろうか。
「ねぇ、メドナ」
「? どうしました?」
「僕って何だろう?」
「ふ、深いですねその質問」
メドナは面食らった顔をした。それもそうだ、突然そんなことを言われても困るだけだ。僕も困る自信がある。
いや、なんでもない……と言葉を撤回しようとしたが、メドナが何やら興奮した様子で詰め寄ってきた。
多少顔が赤いようだけど大丈夫か……?
「坊ちゃまはすごい人です!」
「は、はぁ」
なんか一言目から褒められたんだが。
「あらゆる才に恵まれ、思慮深くて、頼りがいがあって、勇敢で、カッコよくて……」
「……」
ベタ褒めなんですが。こっちが恥ずかしくなってきたよ。
「わたしは……好きですよ、坊ちゃまのこと」
そして衝撃的なことを言われてしまった。
耳まで真っ赤に染めたメドナが、笑顔で好意を表した。こんな直球、面と向かって言われたら動揺するじゃないか……ッ!
「……そ、そっか。ありがとう」
「はい!」
僕はというと、少し吃りながら感謝を述べるだけだった。
ま、まったく。何言っとるんだこのメイドは。まるで告は――いや、やめよう。それ以上考えない方がいい。
とにかく頭を冷やそう。うん、そうだ。水魔法だ。水魔法を習って水を顔にぶっかけよう。そうしよう。
……その後の授業で、僕は低級・水魔法・『水の首狩り』を顔面に当てようとしてドランソー先生に取り押さえられた。
夜の帳が下りた。
僕は寮のロビーにて、静まり返った学園をボーッと眺めていた。
ここに来て早一ヶ月。大分この生活が馴染んできた。
そう、馴染んできた。
「(最近じゃ元の世界のことを忘れる時があるなぁ)」
もう五年である。五年も経ったら、色々なことを忘れていく。思い出せなくなっていく。
いっそ、こっちで骨を埋めてもいいが、
「(一度は帰って、陽鳴と会いたいな)」
帰ってくる約束をしているのだ。絶対、帰ろう。
これだけは忘れないよう、決意した。
そんな時だった。ペタペタと足音が聞こえてきた。どうやら誰かがロビーへやって来たようだ。
「やぁ、エーリくんじゃないか」
足音の主は僕の背後までやって来て、声をかけた。後ろを振り向く。
「あぁ、フィレ先輩」
長い黄色の髪を後ろ結びにし、狐耳をピコピコさせているワーグ族の『フィレ・ディーノ』先輩が、浴衣姿でやって来た。若干濡れている様子から、大浴場にでも入ってきたのだろう。
「また景色を眺めているのかな? きみも物好きだね」
「まぁ、暇だったんで」
この先輩とは、聖戦後の謹慎中にこの寮で知り合った。今と同じように、ロビーでボーッとしているところへ話しかけてきたのがきっかけだ。
ここはヴィチェレ専用男子寮だから、学科や学年関係なく色んな人が住んでいる。
だからこの人が商人学科二年だとしても、なんらおかしいことはない。
「隣、いいかい?」
「どうぞ」
フィレ先輩が隣に座る。ふんわりとシャンプーの香りが鼻腔をくすぐる。
なんでこうワーグ族ってのはいい匂いを漂わせるのか。流民領域のライルはそんなことなかったのに。
ちなみにフィレ先輩は狐がベースのワーグ族だ。狐と言っても別に、先輩は糸目キャラじゃない。むしろタレ目。
特に話すこともないので、引き続き呆けていると、先輩が話を切り出してきた。
「いやぁ、そろそろだね」
「? 何がですか?」
「運営会選挙だよ」
「……あぁ」
そんなのあったなぁ、と僕は生返事をした。
運営会選挙……確か年四回行われる選挙だっけ。アブルーニャ学園を代表して運営する運営会を決めるための選挙。選ばれた生徒は運営会長と呼ばれ、運営会長に選ばれたメンバーが運営会となる。
そんな感じだったか。
「まぁ、エーリくんは来てまだ間もないだろうからね。忘れていてもしょうがないか」
「ですよ。そもそも、今の運営会が行事らしい行事やってないので、身近に感じていないだけですけど」
「確かにね」
そう、現在運営会が発足しているはずなのに、何もしていないのだ。運営らしい運営をしていない。
そもそも、誰が運営会長をやっているのかさえ知らないけど。
「実は今の運営会、内部で色々あって運営に漕ぎ着けていないんだ」
「内部分裂みたいな?」
「そう。反対勢力とか生まれちゃってね。てんやわんやさ」
「あらら。大変そうですね」
なるほどね。そういう裏事情があったのか。反対勢力というくらいだし、結構な規模の組織だと予測できる。
ま、この学園には千を超える生徒が住んでいるわけだし、分裂とかあってもおかしくはないか。
それにしてもこの先輩、随分情報通だな。
「先輩、物知りですね。実は運営会メンバーだったり?」
「まぁね」
「ですよねー。……へっ?」
冗談交じりで言ったつもりだった。冗談はあっさりと肯定された。
僕は思わず先輩へ顔を向けた。先輩はニッコリと、愉快そうに笑っていた。
「エーリくん、驚いてるねー。いい顔だ」
「そりゃ驚きますよ」
まさかの運営会メンバーだったか。どうりで内部分裂とか知っているわけだ。
「時間はかかったけど、反対勢力を抑えることができたんだ。時すでに遅し、だけど」
「もうすぐ運営会選挙ですもんね」
来月は十二月。運営会選挙のある月だ。これでは反対勢力を抑えた苦労が報われないよなぁ。
同情にも似た思いを抱いていると、いつの間にか、先輩が僕を真面目な顔で見ていた。
「この学園には色々な組織が存在する。様々な主義主張があり、理念がある。中には暴力的な理念を掲げる組織もある。そういう組織から生徒が立候補して、運営会長になったどうなるかな?」
「ッ!」
全身に電気が流れたような感覚だった。そうか、そういうこともあるのかと、事実を突きつけられた。
先輩はニヤリと笑った。それはもう楽しそうに。
「選挙は所詮、どれだけ全校生徒を取り込んだかで決まる。単純な組織力勝負なんだ。だってそうだろ? 自分に票を入れる人が多ければ選挙は勝つのだから」
「……そうですね」
「なら、自分に票を入れてくれる味方を増やすのが得策だ。そしてそれが一つの組織となる」
「……」
長い髪をいじりながら、先輩は薄く笑う。何がおかしくてそんな顔をしているのか、恐怖すら感じる。
「ではここで、エーリくんに問題だよ。どうしても相容れない組織が二つあったとします。さて、どうなる?」
「……マジですか?」
僕の返答は、答えを知った上での返答だった。うんうん、と先輩は頷いた。
「今、この学園には二つの大組織があり、主にその二つが運営会選挙で争っている。同じくらいの規模だ。お互い味方を増やすために争っている。武力でね」
「そんな……」
「相反した理念だというなら、力づくでねじ伏せて自分の組織に従えるのが手っ取り早い」
いつの時代の話だよ! と思ったが、よく考えたら元の世界でもよくあることだった。暴力で従えるなんて昔からの常套手段だったではないか。
「そうなると戦力が欲しくなるよね。相手組織と戦うための戦力。だから今、二大組織は有能な人材を探している」
先輩は立ち上がり、僕に背を向けて歩き出した。自分の部屋へ戻るのだろう。
しかし、ロビー入口で立ち止まり、こう告げた。
「例えば、入学試験でレベル8――ヴィチェレ以上の生徒なんて有能だよね?」
「なッ!」
「……ハハッ! 気をつけた方がいいよエーリくん。二つの組織は有能な生徒を無理やり取り込もうとするからね」
今度こそ、先輩はロビーから出て行った。
先輩が去った後も、残された不穏な言葉が、いつまでも僕の心へ響いていた。
次回からちょっと変則的な構成になります。




