第十四話 スモール・ストーン・ブレイカー
~前回のあらすじ~
真の敵は理事長だった……!?
まだまだ日が立ってまもない頃。
僕とメドナは賢者棟の一階、教員室へやって来た。
新入生である僕らは、とりあえず教員室で担任教師に会うことになっていた。
「優しい先生だったらいいですね」
「そうだねー」
こういうのは運だからなぁ。僕が小学三年生だった時の先生は『くそババア』って呼ばれるおばさん先生だったんだけど、これがもう酷い先生で。何をするにも小言しか言わず、常に生徒を馬鹿にしてて、見下してて。くそババアのことなんて好きな生徒はいなかっただろうね。
でも、僕ら学年が卒業する時に、くそババアは泣いてたんだ。ああ、この人なりに僕らへ愛情を注いでいたんだなぁ、ってなんとなく思ったんだっけ。
……おっと、過去を懐かしんでいる場合じゃなかった。いつの間にかドアが目の前だ。
僕らはノックして教員室へ入った。
「失礼しまーす」
「失礼致します」
中は案外普通の作りだった。机があり、椅子があり、水晶や巻物や杖が陳列している棚があり……。日本っぽさは皆無だが。
僕らがキョロキョロしていると、一人の教師がやって来た。
背が高く、スラッとしている体型。濃い茶色のショートヘアー。鋭い目をしている。読者モデルのようだ。
僕はこの人と今日初めて会ったはずなのに、何故か既視感を覚えた。
「んー、何か用か?」
「あ、僕達今日新入生としてここで授業を受けることになっているのですが」
単刀直入に言うと、教師は僅かに表情を緩ませた。
「おおー! じゃあお前らがアルンティーネさん家の子供かぁー」
「うわっ」
「きゃっ!」
そう言って、教師は僕とメドナの頭を撫で始めた。なんか妙に距離が近いな……。
どうしていいか分からず、撫でられるがままになっていると、突然教師がメドナの姿を上から下までじっくり見た。
「ということは、こっちのメイドはメドナちゃんかー。大きくなったなぁ」
「えっ!? わたしのこと知ってるんですか?」
「もちろん。まぁ、メドナちゃんが赤ちゃんだった時だけどな」
懐かしそうに話す教師。困惑するメドナ。そんな二人をボーッと眺める僕。なんだこの構図は。
それよりも、教師の発言が気になった。メドナの赤ちゃんの頃を知っている……? この人、まさか!
「ま、まさか……」
「おっ、気がついたかな?」
「メドナの母さん?」
「違うわ! 私まだ若いわ!」
「じゃあ父さん?」
「もっと違うわ! 私女だし、そもそも男は子供産まないからな?」
ちょっとボケると、ノリノリで返してくれた。この先生、芸人気質である。
僕らはまごまごしていると、教師はしゃあねぇといった風な仕草をした。
「私の名前は『アリア・ニグル・アクトゥース』って言うんだよ。聞き覚えあるだろ?」
「……あー。聞き覚えありますね」
「だろ?」
「アリアって」
「名前の方かよ!」
ズッコーっとコケるような格好と共に突っ込んだ。もしかしてこの人……本当に芸人? え、マジ?
冷静に見ていると、恥ずかしくなったのか姿勢を戻してコホンと咳を一つ。
「私の家――アクトゥースってアルンティーネと交流あるだろ? その縁で赤ちゃんだったメドナちゃんを見せてもらったことがあってな」
「あ、そういうことでしたか」
「おう。ほっぺたツンツンしたりしたんだぜ?」
「は、はあ」
そう言って、アリア先生はメドナのちょっと火照った頬をツンツンした。ちょっと僕もやってみたくなった。まぁやらないけど。
しっかしアクトゥース家ときたか。どうりでデジャヴがあるわけだ。なんせ二回目だ二回目。レオの時と今回だ。あの濃い茶色の髪色は目立つし印象に残るからねぇ。
いい機会だ。ちょっとレオについて聞いてみるか。
「実は僕達、レオと友達なんですよ」
「おお、本当か! そっかそっか、それは良かった」
本当に嬉しそうに話すアリア先生。レオのことを大切に思っている気持ちが伝わってくる。
「実はレオは私の弟でな。あんまり家に顔出せてなかったし気になっていたんだ」
「そうだったんですか」
「どうだ? レオは元気か?」
「元気ですよ。元気すぎて毎日逆立ちで村を徘徊していますね」
「それちょっと危なくねぇか!?」
「しかも片手で」
「何目指してんの私の弟は!?」
キレッキレで冴え渡る先生のツッコミに、僕は新たな可能性を感じ始めていた。
それにしても、アリア先生はレオの姉さんだったか。結構年離れているんだな。
「レオってここに入学するんですよね?」
「ああ。でもまだ誕生日きてないから入学できないんだよなー。来年になるだろうな」
「そうですか」
あらら。じゃあ今年は学校で会えないのか。残念なり。
ちょっとがっかりしていると、アリア先生は突然我に返ったかように外を見た。
「おっと! 長話している場合じゃねぇや。お前ら、ついて来い」
「え? どうしたんですかいきなり」
「これから授業やるからよ。受けるんだろ?」
そう言えばそうだった、と僕らは本来の目的を思い出したのだった。
賢者棟六階、一年教室。
エーリ・アルンティーネ、五歳(心は男子高校生)。一年生としての生活が、今始まる!
「初めま――」
「おらあ! このヤロー!」
「何すんのよ!」
「いやああああああ! 服が濡れちゃったあああああ!」
「くっ、魔法を食らったか!」
「ぶっ殺せぇ!」
……始まらないかもしれない。
「えー、というわけで、この子がエーリ・アルンティーネ。こっちのメイドがエーリのメイドで、メドナ。仲良くなー」
「よろしくお願いしまーす」
「よろしくお願い致します」
僕らが挨拶をすると、パチパチパチとまばらな拍手が鳴った。きっと、新入生がやって来る機会がしょっちゅうあるのだろう。これは慣れている空気だ。
僕は教室内を軽く見渡した。
人数は大体三十人。男子の方が少し少ないか。種族関係なく受け入れているからか、様々な種族が座している。
教室は大学のように指定された席がなく、長いテーブルがあって数人が横並びで座れる模様。正面には黒板――ではなく木版が設置されていた。チョークはあるのに黒板はないのな。不思議。
クラスメイトに囲まれたり、質問責めにされたりせず、僕らは教室の後ろの方の席に座った。
それにしても……。
「……」
「……」
「……」
なんで男女で分かれてるんだろうかね?
木版を正面にして、教室の右半分が女子、左半分が男子が席に座っている。時折男子の一部が女子の一部と無言で睨み合っている。
さっき教室へ入った時も、男子と女子で魔法使って乱闘していたし、もしかして男女間で仲が悪いのかな。痴情のもつれかね?
歓迎されないよりはマシだけど……これもこれで居心地悪いなぁ。
「んじゃーアリア先生の授業始めるぞー」
そして何も気にしない先生だった。学級崩壊待ったなし!
「入学生もいるし、魔法について復習するかー」
アリア先生はのんびりと木版に文字を書き始めた。僕はそれを軽く目で追った。一応ベリーチェに魔法について教えてもらったからな。何一つできなかったけど。
「魔法とは、ずっと昔にこの世界で実現した奇跡だ。人の思いが世界に変化を起こし、願いが形になって現れた。それが魔法」
確かに、手ぶらであんな空高くまで飛ぶだなんて、奇跡以外のなんでもないよな。
「世界に変化を起こさせる『魔式』と、そのためのエネルギーである『魔力』さえあれば誰でも魔法は扱える。まぁ多少才能とか努力とか必要だけどな」
カツカツと、木版にチョークで書かれる音だけが響く。意外にも教室は静かだ。さっきまで騒いでいた人達とは思えない。勉強することに関しては真面目なのかもな。
「魔式は魔法を実現させるための式だ。紙や地面等に式を書くか、詠唱するか、どっちかの方法で使用する。魔力は魔法を生み出すための不可視のエネルギー。生まれた時に体内へ宿り、魔力容量が決まる。変動はない。とは言え、ランクが低いからってあんま気にすんな! 魔力は使い方次第でいくらでも変わるからな」
隣の席のメドナが少し反応したが、すぐ授業に集中した。
メドナ、バローネだってかなり落ち込んでいたもんな。今後は魔力を効率良く使用することが求められていくだろう。
「魔法陣は魔式が書かれた陣で、魔力注げばすぐ魔法を扱うことができる。ただ書くのが面倒で、ちょっと間違っただけで魔法は発動しないから大雑把な奴には向いてないな。私とか」
ベリーチェは言っていた。魔法陣こそ世紀の大発明で、これ程楽なものはないと。
確かにそうだ。ただ頭の中に浮かべて魔力を込めれば魔法が使える。
杖や指輪等の媒介があるとなお良し。僕のように何年もかけて魔法陣の形を覚え、頭の中で完全に再現できたら無詠唱も夢じゃない。
ここでアリア先生は書くのを止め、生徒たちの方へ振り返った。雰囲気はガラリと変わり、気さくで接しやすい先生オーラが滲み出す。
「うし! 魔法についての簡単な説明は終わりにすっとして、早速魔法について練習すっぞー」
「うおおおおおおおおおおお!」
「しゃあああああああああああああ!」
「ふぅぅぅぅぅぅ!」
そして、一気に祭りとなった。男女共に歓喜の声を上げている。とても楽しそうである。
さてはこいつら、これのために説明中は力を溜めていたな?
「魔法は二つに分けられる。『属性魔法』と『特性魔法』だ。一年生のお前らが学ぶのは属性魔法の方。この属性魔法は更に三つに分けられる。『基礎魔法』、『応用魔法』、『特殊魔法』だ。しばらくは基礎魔法を学び、応用、特殊と移っていくからな。覚悟しとけよー?」
「行くぜゴラァ!」
「学ぶぜ学ぶぜ!」
「ふぅぅぅぅぅぅ!」
だから、なんでそんなテンション高いんだよ。
教室内で五つのグループができていた。
基礎魔法の火魔法を学ぶグループ、水魔法を学ぶグループ、風魔法を学ぶグループ、土魔法を学ぶグループ、そして――。
「よーし。んじゃ魔法使ったことない人集まれー」
まだ魔法使ったことないよグループだ。
新入生で魔法を使ったことがない設定の僕とメドナは、もちろんこのグループだ。
そして、このグループに見覚えのある人が一人いた。
「あれ? シェーナ?」
「えっ?」
薄茶色ボブカット髪のヒューマン族、シェーナ・エストーナだ。昨日以来である。
「エーリくん! メドナちゃん!」
「うぃーす」
「お久しぶりです。昨日ぶりですが」
三人でなんとなくハイタッチ。そっか、シェーナも合格していたか。帰り際フラフラしていたからもしかして、なんて悪い予想をしちゃってたが。良かった良かった。
「二人も合格したのね。おめでとう!」
「そっちこそおめでとうだよ。これからはクラスメイトとして頑張ろうな」
「うん!」
再会に喜ぶ三人。こうして友情は育まれるのだ。出会いに感謝!
「もう済んだかー? 授業すっぞ授業」
「あ、はい」
アリア先生に促され、僕らは離れた。授業は真面目に受けようか。
このグループは全員で五人。僕、メドナ、シェーナ。そして、
「キリコッテ・ジャバッツって言います。よろしくね」
猫がベースのワーグ族の少女だろう。見た感じ小学五年生くらいかな? 猫耳がピクピク動いている。しっぽはゆらゆらと揺れ、引っ張りたくなる衝動を湧き上がらせる。
「カテマ・ロフ。よろしくなー」
巨体の男がゆっくりと挨拶した。ジャイアント族だ。巨人である。何歳かは見た目だけじゃ判断できないぜ。
軽く自己紹介したところで、先生が皆に小石を配った。見覚えのある小さな藍色の小石だ。
多分、これは魔力吸収石だ。入学試験での木っ端微塵になった魔力吸収石を思い出す。
「んじゃー基礎的なことからやるからな。この石は見覚えあるな? この魔力吸収石に魔力を注ぐんだ。ただし、込めすぎて割ってはダメだ。割らないよう、魔力をギリギリまで注げ。それが今日の訓練だ」
ふむ、なるほど。これは魔力のコントロールを学ぶための訓練かな。面白い。
よし、早速やってみっか!
「フンッ!」
パキッ!
「うっし!」
「うっし、じゃねぇよ! なんで速攻割るんだよ!」
案外難しいんだね、コレ。あっさり割れちゃったよ。
アリア先生は僕に新しい小石を渡し、メドナの方へ。
「エーリは置いといて、メドナはどうだ?」
「すいません先生、全然割れないんです……」
「なんで割ろうとしてんだよ! 主人の真似しなくていいからな?」
まったくメドナめ。意外とお茶目さんだな。
「メドナ、僕みたいに小石割っちゃダメなんだよ?」
「はい、分かってます……。わたしの魔力が少ないせいで、割れなかったんじゃないんです。割ろうとは思ってないんです……」
「……そう」
なんか、すっごい居た堪れなくなった。かける言葉も見つからなかった。僕は励ますの下手だからな……。
ふと、隣を見てみる。
「魔力の注ぎ方ってどんな感じなの?」
「ど、どうすればいいの先生?」
シェーナとキリコッテは困惑しているようだった。そりゃいきなり魔力を調節して注げだの言われても困るよね。
その様子を見ていると、キリコッテが僕の視線に気付いた。そして駆け寄ってくる。
「ねぇねぇ、どうやったの?」
「ん? そうだね……」
フワッと、いい香りがした。爽やかな果実の香りだ。
そう言えば、ワーグってシャンプーどうしているんだろう。全身の毛をシャンプーするのか、ボディソープで洗うのか。相手が男だったら聞いているのだが、いかんせん女の子だ。尋ねるわけにもいかないな。
てか、どうでもいいことを考えてしまっていた。
「小石に意識を集中させるんだ。そうだね、イメージとしては、体内にある液体を小石へ流し込む……的な」
「うーん、ちょっと分かんないや」
「だろうねぇ」
この感覚を言葉で伝えるのは難しいもんなぁ。どうしたもんか……。
悩んでいると、キリコッテは何か名案が浮かんだようで、顔を輝かせていた。
「ならさ、ぼくが小石を手のひらに置くから、それにエーリくんが魔力を込めてくれないかな?」
「え? あ、いいけど。それって……」
うん、いい案だ。これなら多少なりとも僕の体から小石へと流れる魔力を感じられるかもしれない。けど、それには……。
「よし、じゃあやっちゃお!」
「! あ、ああ」
キリコッテの手のひらの小石に、僕は手を置いた。身長差があるので、キリコッテには屈んでもらっているのだが、
「あ、あはは。なんか近いね」
「……そうだね」
すぐ目の前にキリコッテの顔があった。ああ、なんだよこの良い香りは。キリコッテの汗の臭いと香りが混ざって、それはもうお兄さんクラクラしちまうよ。
いや、ダメだダメだ。こんな年端もいかない子にクラクラしちまっては紳士の名折れ! 健全な精神で挑まねばいかん!
ピキキッ!
「「あ」」
ついつい魔力を込めすぎて、一瞬で小石は粉々になった。あまりに早すぎて魔力が流れる感覚はなかった。これは失敗である。
そして遠くでは、
「……うぅっ!(メキッ!)」
メドナが僕らを羨ましそうに見て、小石を握り潰した。これも失敗である。
更に、側にいた巨人カテマは、
「……ぬぅ!」
パキッ!
小石を物理的に潰していた。大失敗である。
ならば残った希望、シェーナはと言うと、
「よいしょ、よいしょ!」
両手で小石を練っていた。意味不明である。
結果、全滅。ここで先生が一言。
「ダメだこのグループ」
はい、おっしゃる通りです。




