第十一話 決意と別れと旅立ち
~前回のあらすじ~
ボス撃破!
それは、突然の出来事だった。
僕が五歳になった誕生日、父のディーベに、書斎に来るよう呼び出された。
何故か、メドナも一緒にとのことだ。
「うーん、僕何か悪いことしたかなぁ?」
「どうでしょう。坊ちゃま、イタズラとかしてないですか?」
「そうだなー。父さんがいつも使っている靴を毎日左右逆に置き換えたくらいかなー」
「地味に嫌ですねそれ!」
そうこう話していると、書斎の前にたどり着いてしまった。
ノックをし、失礼しますと声をかけ、中に入った。程よい緊張感である。
ディーベは、いつもよりシリアスの入った顔だった。
「エーリ、誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
軽く礼をし、向き合う僕たち。一体何を言われることやら……。怒られる覚悟でもしておこうか。
数秒間、無言で見つめ合い、ディーベがゆっくりと口を開いた。
「エーリ、将来何になりたいですか?」
「……え?」
精神的に構えていた僕に、予想外の質問がやって来た。
将来……将来とな?
「ええと、父さん。将来って?」
「もちろん、そのままの意味ですよ。将来何になりたいかです。例えば騎士だとか、商人だとか、勇者だとか」
「何にって言われても……って、勇者!?」
勇者って志望すればなれるものなのか? 神とか王様とかに選ばれるものなんじゃ……?
「勇者とは、この世界の未知なる地帯を探検し、解き明かす職業です」
「へぇー。俗に言う冒険者ってやつかなぁ」
「確かに、勇者は冒険者とも呼ばれますね」
「なるほどー」
そう言う意味で勇者かー、ハッハッハ。理解した理解した。
……いやいや! そうじゃねーよ!?
「しょ、将来ってまだ早くないかな? 僕まだ五歳だし、嫌いな食べ物あるよ?」
「好き嫌いは関係ないと思いますが」
早くない? 将来のこと聞くの早すぎない? 元の世界でも将来のこととか定まってなかったのに! 進路予定調査表で『フリーター』とか書いちゃうくらい決まってないのに!
「何かないですか? なりたいもの」
「う、うーん。さ、サラリーマンとか?」
「何ですかそれ。初めて聞きました」
「おっ、お嫁さん?」
「何故メドナが答えたのでしょうか……?」
うぅ、いきなりそんなこと聞かれても答えられないんだよなぁ。
しきりに頭を捻らせているといると、ディーベが話を進めた。
「このような質問をしたのは、貴方を学校に入学させようと思ったからなんです」
「が、学校?」
学校。教育機関の一つ。同い年の子供が集まり知識を深める場所。知識だけじゃなく、感情や道徳、社会のルールなんかをなんとなく学べる。そういう場所が学校である。
「この国は五歳から学校へ入学することができるのです。だから、エーリに意思があれば、入学させても良いかなと思っています。それとメドナも」
「わ、わたしもですか?」
「エーリ専属メイドなんですから、エーリについていくのは当たり前でしょう?」
「そ、そうですね」
メドナが安心しているのを、僕は見逃さなかった。
きっと、僕だけが学校に入って、メドナは置いていかれると思ったんだろうな。まったく、可愛らしい奴だ……。
じゃなくて! は、早くね!? 五歳から学校って……。元の世界だと幼稚園通ってる頃だよね。
て言うか、この世界の子供は脳の発達の成長が早いのかな? 賢い子供多いし。
「なるほど、学校は分かったよ。でも将来っていうのは?」
「はい、実は貴方が通うかもしれない学校には、学科があるのです。学科によって学べる内容が変わるので、できるだけ将来なりたい職業に沿った学科に入ったほうが良いと思いまして」
「はぁー、そういう理由かー」
あぁ、ビックリしたー。初っ端将来聞かれて動揺しないわけがない。
五歳児に何期待してるんだよとツッコミを入れるところだった。
「この世のほとんどの人はいずれ魔法を会得し、魔法使いになります。ただ、魔法使いにも職種というものがあり、中でも有名な六大職種というものがあるのです」
「おおっ! ゲームみたいだ!」
「ゲーム……?」
「いやいや、なんでもないっす」
ディーベの顔がちょっと怖かった。調子に乗るのは止めて話をしっかり聞くことにしよう。
「そもそも、僕が通う学校てどこなの?」
「そうですね、ちょっと待って下さい」
そう言って、机の上にある古紙を取り、僕とメドナに見せてきた。
「『アブルーニャ学園』。ジンピューロ王国にある『大都市ピレオス』一の学園と言われており、歴史と実績のある学校です」
古紙は、学校のパンフレットのようだった。概要や校風等が書いてある。
ふむ、アブルーニャ学園か。なんか名前がカッコイイな。大都市ピレオスっていうのは初めて聞いたな。大都市ってつくくらいだしでかいんだろうなぁ。
「入学試験がありますが、合格すれば五歳以上なら誰でも入学可能。六年制で、一年ごとに進級試験があります。そして、六つの学科があります。六つの内、四つの学科は先程言った六大職種の内の四つです」
「あれ? 六つじゃなくて四つ?」
「まぁ、有名な職が褒められる職とは限りませんからね」
「ははっ、なるほど」
盗賊とか、暗殺者とかかな? 確かにこういった職は堂々と学科にはできんわな。
ディーベが、古紙のあるページを広げた。学科のページである。そこには、以下のことが書かれていた。
『戦士学科』
戦士職を目指す者が学ぶ学科。戦士は己の肉体を武器にし、攻撃的魔法と共に超接近戦を仕掛ける武闘派。
『剣士学科』
剣士職を目指す者が学ぶ学科。剣士は接近戦を主にし、剣をメインに魔法でサポートする。己自信の肉体と精神を磨ける。
『騎士学科』
騎士職を目指す者が学ぶ学科。騎士は戦場を駆ける花形。槍をメインに、生き物に乗って陸・空・海自由に走る。
『賢者学科』
賢者職を目指す者が学ぶ学科。賢者はひたすら魔法だけを磨き、魔法による恩恵を一番受ける職。
『勇者学科』
勇者職を目指す者が学ぶ学科。勇者はあらゆるサバイバル知識を広く学び、どんな土地でも挑戦できるよう訓練が必要。
『商人学科』
商人職をを目指す者が学ぶ学科。商人は流通を学び、経済に精通し、駆け引きを行う。
……。
…………。
………………。
ふむふむ、なるほどなるほど。
僕は全てに目を通し、メドナが横で読み終わるのを待って、ディーベに返した。
「中々個性的な学科ばっかりだね」
「そうですか? 基本的な職をおさえていると思いますが」
いやいや、十分個性的ですよ。だって普通科とか理数科とかないからね。商人じゃなく商業だったありそうだが。
「これらの学科から一つ選び、入学試験を受けます。これに合格すると晴れて学科生として学ぶことができます」
「落ちたら?」
「また来年です」
「でしょうね」
僕はふぅと息を吐いた。なんとなく、体内の空気を出しておきたかったのだ。
その様子を見ていたディーベは、表情を緩めた。
「いきなりで疲れましたか?」
「いや、そんなことないよ。逆に興味が湧いた」
「ほぅ」
そうだ。これはチャンスかもしれない。
この村にベリーチェの噂はなかった。あれ程の魔法を扱う魔法使いの噂がないのはおかしい。太陽の魔女と呼ばれている(自称)らしいし。
うん、そろそろ村を出て捜すのもいいかもしれない。ここがターニングポイント。
「……父さん。僕、行くよ。学校に」
僕は、真剣な表情でそう言った。
ディーベはちょっとだけ嬉しそうな顔をして、
「貴方なら、そう言うと思っていました」
と言った。
貴族は、一応職業らしい。商人職が派生してできた職だとか。
アルンティーネ家は代々貴族の家で、今は一人娘のロベラが継いでいる。婿として嫁いだディーベも貴族となったらしい。
ただ、アルンティーネの血筋である者のみが当主となり、証として額に宝石を埋めるらしい。
だからロベラの額に宝石があったのか。てかロベラが当主なのな。
ん? ってことは僕もいずれ宝石を埋めるのか……? え、何それすっげぇ怖い。
「エーリ、一応言っておきますが、貴族という職があることも忘れないで下さい」
「アルンティーネを継ぐ、ということだね」
「ええ。まぁ、私達夫婦としては、子供達には自由に生きて欲しいと思っています」
「え、いいの?」
「貴族なんて、嫌われるだけの職ですからね。自分のやりたいことを精一杯やる方がいいでしょう」
その時のディーベの顔は、どこか寂しげだった。
前に聞いた話だが、ディーベはエルフと人間のハーフらしく、昔色々あったらしい。
貴族――ヒューマン族は基本的に異種族を嫌っているから、なんとなく察しがついた。
「貴方は五歳になりました。これでいつでも入学できます。どの学科に入るか決まったら教えて下さい。ただ、学校に入るとしたら学校の寮に住むことになりますので、結構準備に時間がかかります」
「へぇ、寮なんだ」
寮なんて中学校以来だよ。食堂のおばちゃんとか懐かしいなぁ。
思い出に馳せていると、ディーベがニヤニヤとしながら近寄ってきた。
「……寂しいですか?」
「へっ、へっちゃらだい!」
ちょっと演技がかった動きをして否定した。ディーベめ、今更お茶目な感じを出してきおって。
「まぁ、メドナがいますから、何かあったら彼女を頼るといいでしょう」
「もちろん、別の部屋だよね?」
「……一緒がいいのですか?」
だから、そういうお茶目を今更やられるとなんか別れづらくなるじゃんか。
そしてメドナよ。チラチラこちらを期待に満ちた目で見ないでおくれ。
「女子寮がありますから、別々です」
「良かったー」
「良かった!? 坊ちゃま、今良かったって!」
メドナを無視し、僕はディーベに古紙のとある学科を指差して言った。
「実は、もう決まってるんだ。入りたい学科」
「その、指差した学科ですか?」
「うん」
「二言は?」
「ないよ」
僕は、力強く肯定した。ハッ、こんなの最初から一択だ。ベリーチェに憧れている僕が選ぶ学科だぜ? 当然――
「賢者学科に入学するよ!」
魔法使いになったからには、魔法を極めないとな!
それから、僕はすぐに準備を始めた。
まず、やらなければならないことは、皆への別れの挨拶だった。
正直、すごく言いにくい。でも、これはやっておかなければならない大事なことだ。
突然友達が他所へ引っ越した、なんてことは元の世界で味わったことがある。あの時の気持ちを、皆に味あわせることだけはしちゃいけないと思った。
というわけで、僕はいつもの広場に集まっている化物討伐隊メンバーに、別れを告げた。
「僕とメドナは、学校に通うことになったんだ。だから、もう遊べない」
「……え?」
そう反応したのはラズだった。どんな顔されるだろうかと、ちょっとばかりビクビクしていると、
「エーリ達もでちゅの?」
間の抜けた顔をしていたのだった。多分、僕も阿呆面になっていることだろう。
続いてレオが、
「あ、皆もそうなんですね」
そう言って頬をかいた。
僕らは互いに見合わせ、笑った。て言うか、笑うしかなかった。滑稽すぎだろ、これ。
皆の話を聞くに、どうやら学科は違うけど皆同じ学校へ行くらしい。なんか緊張して損したわ。
「化物討伐隊は不滅でちゅわ! オーッホッホ!」
ラズが高らかに笑い声をあげた。
うん、僕がこの前教えた『真の淑女の嗜み』を実践しているようで良かった。これでゆくゆくは立派なお嬢様キャラになることだろう。後は金髪縦ロールにすれば完璧。行く前にこれが見れて満足だ。
「じゃあ、いつか学校で会いましょう!」
「おう!」
レオと握手をし、皆に礼をして去った。
あっさりとはしていたが、彼らに挨拶ができて良かった。できれば学校でも仲良くしていきたいものだ。
次に向かったのは、平民領域にあるちょっとした高さの丘である。
彼らはいつものように僕を待っていた。エーリではなく、ユーヒである僕を。
「ごめん、実は引っ越すことになって、これからは一緒に遊べそうにないんだ」
そう嘘をついた。
正体を明かそうかと思い、少し迷った。けれど、僕はユーヒとして、彼らと友達になったのだから、最後までユーヒでいようと思った。
なんて言うか、これは感情の問題だ。
「えっ! ま、マジかよ!」
「そんな!」
「……ッ!」
三人が詰め寄ってきた。珍しく、ベルルもだ。
「……もう、会えないの?」
不安げな表情で見上げてくるベルル。良心が痛む。
僕はベルルの頭に手を置き、笑いかけた。
「いや、会えるさ。またこっちに遊びに来るよ」
「! そ、そうなんだ。良かった……」
心の底から安心したようで、笑顔になってくれた。良かった良かった。
続けて撫でていると、横からティノに抱きつかれた。
「絶対遊びに来てよね! 絶対よ! 絶対なんだから!」
「うん、絶対来るよ」
「……えへへ!」
顔を綻ばせ、グリグリ頭を押し付けてくるティノ。まったく、可愛い奴め。
二人とじゃれていると、最後に背後からライルに抱きしめられた。
「男と男の約束だぜ! また来いよ!」
「おう!」
約束は守られるために存在する。この約束、絶対果たすぜ友よ!
三人に抱きしめられながら、僕は幸せを感じていた。
絶対、またここに来よう。そう胸に誓った。
そして、四日後。
アルンティーネの邸宅の前には大きな馬車が止まっている。その前に、僕とメドナ、ディーベとロベラとメイド長――マティージェが向かい合っていた。
「準備は万全ですか? ハンカチ持ちました? 指輪ははめてます? お金は持ってますか? ああ、いざとなったら指輪を売って足しに――」
「落ち着いてディーベ。ちょっと心配性すぎるわぁ」
「初めての遠出です。しかもそこに住むんですよ? 神経質にならない方がおかしいですよ」
「もうちょっと心に余裕持ちなさいよぉ。相変わらずディーベは神経質ねぇ」
「そういうロベラは大雑把ですよ」
「うふふ」
「ははは」
キャッキャ、ウフフ……。
なんか……デジャブなんですが。
「……メドナ」
「は、はいっ!」
「エーリ様をちゃんと仕えるのですよ。メイドの本懐を忘れぬよう」
「分かっております」
横では、マティージェがメドナに別れの挨拶をしていた。他人行儀な親子ではあるが、いつもよりマティージェが心配そうな顔をしている。
「それと、メドナ」
「はい?」
「……気を付けて」
「ッ! は、はい! 母様!」
そして抱擁。あぁ、素晴らしい場面だ。感動したよ。
そうやって余所見をしていたら、突如ロベラに抱きしめられた。
「あぁ! 愛する我が子が行ってしまうわ!」
「んぐぐ!?(何事ッ!?)」
「今のうち抱きしめさせて!」
「もむむむ!(圧迫死するよ!)」
ロベラの胸に顔を埋められ、ジタバタしていると、ディーベに助けられた。
「まったく、程々にしてくださいよ。妊婦なんですから」
「そうでした。ごめんねぇエーリ」
「はぁーっ、はぁーっ。だ、大丈夫だから母さん」
危なかった! 一瞬あの世が見えたよ……。
ロベラが大きく膨れたお腹を摩りながら、微笑んだ。
「学校にも休みがあるんでしょ? 最初の長期休みに帰ってきなさいねぇ。多分家族が増えていると思うから!」
「うん、絶対帰ってくるよ!」
そう言って、軽くハグをした。しばらく会えないが、次に会うのが楽しみだ。
ふと横を見ると、ディーベは大きく両腕を広げ、待っていた。
「(ったく、しょうがないな)」
流れで、ディーベともハグをした。
こうして、別れの挨拶を済ませ、馬車に乗り込んだ。
「行ってらっしゃい! 辛くなったらいつでも帰ってきなさいねぇ。あ、あと入学試験落ちたらすぐ帰ってきなさいねぇ。頭ナデナデしてあげるから!」
「エーリ様、メドナ。行ってらっしゃいませ」
元気に手を振るロベラ、極めて冷静に振舞うマティージェ。
そして、ディーベは、
「貴方達の学校生活が、健やかでありますように」
そう言って、微笑んだ。
走り始めた馬車の窓を開け、僕とメドナは身を乗り出した。そして、二人息を合わせて、
「「行ってきまぁぁぁぁぁす!」」
僕らの声は重なって、しばらく木霊した。
紅葉の舞い散る景色の中、馬車は新たなステージへ向かっていった……。




