第九話 怪鳥マモン 前編
前後編です。
~前回のあらすじ~
異世界リア充。
梅雨がやってきた。元の世界の暦では六月。
ジメジメした空気に滅入りそうになりながらも、僕はユーヒ・アイバに変装して、いつもの小高い丘へ向かった。
その途中、とある店に立ち寄った。店の看板には黒魔法堂の文字。
「うぃーっす」
「いらっしゃ――ん、なんだユーヒかよ」
「なんだぁその態度は。こっちは客だよ?」
「へいへい、いらっしゃいませぇ……ッ!」
「待って! 右手に持った剣を置いて!」
今日も今日とて、この店の店主は、黒色でつばの広い三角帽子に黒いマントと魔女っぽい格好である。中に来ているのはスウェットのようなユルい服だが。せっかく美人な顔をしているのにもったいない。
「ほらよー。例の品だ」
「! つ、遂に!」
この店に初めて訪れて以来、僕は足繁くこのテントに通っていた。
目当ては安全祈願のお守りだ。この商品は人気で、午前中に売り切れてしまうらしい。そもそも個数が少ないので需要が安々と供給を上回る。
もしかしたら午後に売れ残った商品が出るかもしれない、そう思って通い続けていたが……。
「なんでお前予約しねーの?」
「ハッ! その手があったか!」
「お前馬鹿だろ」
店主の粋な計らいによって、僕は商品を予約してもらった。名前はエーリではなくユーヒで。
そして今日、その商品受取日だった。
「元気な子供が生まれてくるよう、祈りを込めた祝福魔法『幸せの鐘』を三日三晩ぶち込んだお守りだ。すんごい効き目だよ。もうブリッと子供でるよブリッて!」
「生命の神秘を汚ぇ言い方すんなよ!」
お守りはまん丸で宝石のようにキラキラ輝いていた。ベリーチェが僕のために生み出した魔法石のようだ。なんとなく、魔力が込められているのが分かる。
「ほら、金寄越せや金」
「お前よく店続けられているね! マジで客に対する態度じゃないよ?」
「客は金吐く道具だろ?」
「店辞めちまえ!」
クソッ! こんな奴に金を渡さなければならないのが腹立つぜッ!
とは言え僕は商品を買い取る立場。仕方なく、懐から金を出した。
このジンピューロ王国――を、従属国としているナフィー帝国の通貨『リア』である。
硬貨は一リア、三リア、十リア、三十リア、五十リア、百リア、三百リア、五百リアが各々存在する。
紙幣は千リア、三千リア、五千リア、一万リア、三万リア、五万リア、十万リア、三十万リア、五十万リア、百万リア。
お守りは三千リアなのだが、相場が良く分からない。いずれカモにされそうで怖い。
まぁ、貴族だから金たんまりあるんだけどね。このお金も、母のロベラへ上目遣いでお願いしたら簡単にくれたものだし。
「まいどー。こんな金、よく持ってたな」
「お小遣いやりくりしたんで」
「そうかそうか。こりゃ二年分くらい使ったんじゃねーの?」
満面の笑みで金を受け取り、いそいそと財布にしまい込んだ。
しかし二年分の小遣いか。元の世界で四歳児の二年分のお年玉と考えると……五千円くらいかね。だとすると高い買い物だよなぁ。
「商品ありがと。暇があったらまた来るよ」
「おう! またわしの懐を暖めにおいで」
「二度と来るか!」
そんな軽口をたたきながら、店を出た。
いつもの丘の木の下には、既に友達が揃っていた。
ワーグ族のライル、ドワーフ族のティノ、そしてエルフ族のベルルだ。皆僕の姿を見た途端、わざわざ走ってきた。
軽く手を振って挨拶をした。
「よーっす」
「おいっす! ユーヒ!」
「ちゃんと来たわねユーヒ!」
「こんにちは、ユーヒ」
ライルは暑苦しく、ティノは指をビシッとさし、ベルルは目を逸らしながら挨拶をしてくれた。
うんうん、我ながらいい感じに関係が結べているんじゃないかな。異種族サミットみたいな。
「今日、やるんだよな?」
ライルが、真面目な顔でそう言った。他の皆も多少緊張した様子だ。
僕もつられて気持ちを引き締めた。
「ああ、今日、キミ達は……」
「おれたちは」
「貴族のペットを」
「ぶっ殺す」
ちょっとベルルの発言が物騒だが、連携して言った通り、今日僕らは貴族のペットを懲らしめるのだ。
「皆ペットを懲らしめるだけの力を得た。全ては今日のため。戦いの火蓋は切って落とされたのだ!」
「おおっ! なんかユーヒが燃えてるわね!」
「暑苦しいのが増えたわね……」
そう、今日こそ日頃の魔法修行の成果を発揮するのだ。
彼らは子供とは思えない程のスピードで魔法を習得した。メドナ曰く、五歳から七歳の間に初めて魔法を使えるようになるらしいが、
「(レオ、ライル、ティノ、ベルル……既に四人いるんだが)」
異端児しかいない件について誰か教えて下さい。
「よっしゃ! 早速ペットの場所まで案内するぜ! ついて来い!」
「おう!」
ライルたち三人の後に続き、丘から離れた。行き先はペットの暴れている所――流民領域だ。
流民領域。
ロズー村の南西に位置し、ヒューマン族以外の種族が住むエリア。
ライルが初めて僕にあった時、彼は自分の姿が怖くないのかと言っていた。そう、彼ら異種族はヒューマンに怖がられている。恐怖され、嫌悪され、蔑まれているからこそ、流民領域という地域ができてしまっているのだ。逆もまた然り。
様々な異種族が住んでおり、ライルのような獣人のワーグ族、ティノのような小さく力持ちのドワーフ族、ベルルのような美しく可憐なエルフ族。その他にも、この世界の十大種族と呼ばれる種族が住んでいるという。
僕は、そんな世界にやって来た。
「……うっわー! すっげぇ!」
道行く人の一人一人が違う種族だった。誰も彼もが漫画やアニメで見た異種族。これは感動しないほうがおかしいと言うもの。
腕っ節が強そうで筋肉モリモリの大男だ。あれはオーク族かな? その隣にいる髭面で背の小さい男はドワーフ族か。んじゃあれは――
「ほら、よそ見ばっかしてないでついて来なさいよ」
「あっ、うん」
目をキョロキョロさせていると、ティノに腕を掴まれて引っ張られた。いかんいかん、目的を忘れちゃいけないな。
ここに来るまで、僕らは流民領域と平民領域を区切る門を通らなかった。実は抜け道が存在し、そこを通って難なく流民領域へ入ったのだ。
「(まさか壁に穴があるなんてな……)」
杜撰な管理に感謝と言ったところか。
後は軽く変装し、ヒューマン族だと分からない姿になった。具体的には、フードの付いたコートに、犬のお面を付けている。
変装している上に変装とか、もう無茶苦茶である。
「あまり動かないで。ユーヒがヒューマン族って知られたらちょっと面倒なの」
僕の後ろからベルルが囁く。なんか犯罪している気分だなぁ。
そんな僕の気持ちは関係なく、この領域は騒がしい。
領域自体円形になっており、柵に囲われているらしい。中央部には市場があり、主に食料品が売られている。その周囲には森があり、川があり、山がある。一日じゃ回りきれないだろう。
そう言えば、メドナはロズー村南西の橋で保護されたんだっけ。流民領域は南西に位置するから、この近くに橋があるかもなぁ。機会があったら見てみよう。
引っ張られること数分。あっという間に目的地に着いた。
「ここがおれんちの畑だ」
ちょっとした森の中に、突如現れるポッカリと開いた空間。そこに集落があった。
木で作られた簡易的な建物が、ライルの家だった。そしてその庭にある畑が……見るも無残な光景だった。
「……これは酷い」
「だろ?」
植えられているありとあらゆる植物が踏み潰され、食い散らかされ、掘り返されている。ライルの家だけじゃなく、この集落は全滅らしい。
「ティノやベルルはこの近くの集落に住んでいるんけど、そっちの集落も同じ有様らしい」
「そうか」
気が付くと、僕は握りこぶしを作っていた。
許せないな。一番許せないのは、こんなペットを野放しにしている貴族だ。
貴族領域でも、ペットを井戸で放置することがあった。あれは被害がなかったからまだ良かったものの、これは実際に害を被っている人がいる。
っと、僕が熱くなってどうする。実際怒っているのは彼らだよな。僕は冷静な立場にいないと。
「んじゃ、早速作戦開始だ。いくぞーっ!」
「「おーっ!」」「……おー」
僕らの復讐が始まる。
バッサバッサと音を立てて、大きな影が上から舞い降りてきた。
怪鳥と呼ばれる大きな鳥、マモンである。
全身青色の体長五メートル以上はある大きな体躯。鋭い鉤爪とくちばし、そして目。赤く禍々しい色をしている。
元の世界でいうと、カラスに近い。青色で五メートルくらいのカラス。そんなの住宅街に現れたら恐怖しかないだろうな。
「グギュグァァァァッ!」
マモンは叫び声を上げながら地面に羽ばたいて風を叩きつけた。
恐らく、地面に仕掛けられる罠を警戒してのことだろう。マモンはカラスのように知能があり、日々学んでいく生き物らしい。
まぁ、そんな行為、無駄なんだけどな。
「! ガ、ガアアアアアアアアアア!?」
突如、マモンはバランスを崩したかのように宙に浮かんでジタバタし始めた。そして、ゆっくりと移動を始めた。まるで見えない何かに誘導されているかのように。
「手筈通り、僕があの丘まで誘導する!」
誘導魔法パワーコンダクトによって、マモンを丘へと誘う。途中で落とさぬよう、集中する。
「行くぞ! ティノ! ベルル!」
「ええ!」
「……うん!」
ライルとティノは誘導が失敗した時のため、マモンと並走している。ベルルは先に丘へ行き、待ち構える。
僕はこの無人の畑でひたすら集中だ。魔法陣を浮かべ、魔力を注ぎ込み続ける。
頭がおかしくなりそうだ。これほどの距離を誘導したことがないからね。でも、辞めるわけにはいかない。
絶対、成功させてやる!
………………
わたし、ベルル・ナーヴォクはあの小高い丘までやって来ていた。
大きな木の下で息を整える。大丈夫、コンディションは最高だ。
「……よし」
一人でガッツポーズをとる。普段なら恥ずかしくてしないことだが、一人の時くらいはいいだろう。
杖を握り締める。この杖はユーヒの用意してくれたものだ。
それだけじゃない。ユーヒは全員分の杖を用意し、毎日魔法を教えてくれて、わたしたちを助けてくれていた。
見ず知らずの、わたしたちを。
普通なら嫌悪されるものだ。他の国は知らないが、ここロズー村はヒューマン族が作った村だ。だからか、異種族は嫌われる傾向にある。
だと言うのに、
「(ユーヒ……変な人ね)」
あんなに無邪気な笑顔で接してくるユーヒに、わたしは戸惑いを隠せないでいた。
それに気になることもある。彼の雰囲気だ。
「(やけに大人びている気がする。年相応って感じがしない)」
わたしたちに合わせてくれている気がする。他の二人はそんなこと思ってないかもしれないけど。
まぁ、そんなことはどうだっていい。
わたしはユーヒを信頼しているし、図々しい話だけど……と、友達だと思っているから。
自分で考えておきながら頬が赤くなるのを感じる。
「(いけないわ! 集中集中!)」
わたしは木を後ろにして立った。目の前には、導かれるようにして、あるいは流されるように、にっくきヤツがやって来た。
さぁ、戦闘の始まりよ。
「『放て! 堅き大地の一端を! その力、敵を束縛するものなり!』」
わたしは杖に意識を込めながら、詠唱をした。すると、マモンの真下の地面が盛り上がり、土でできた巨大な手が現れた。
「グギャガァガグウウウウウ!」
土の手は、宙に浮かぶマモンの両足を掴んで握り締めた。これでもう、こいつは容易に逃げられないだろう。
土魔法『大地の束縛』。この魔法は、地面から土できた巨大な手を生み出し、対象を捕まえて握り締め拘束する魔法。
必死にもがくマモンだが、抜け出すことができない。この拘束は、マモンが抜け出すことを許さない。
そこへ、仲間からの攻撃が届く。
「『放て! 猛き炎の侵食を! その力、敵を射抜くものなり!』」
「『放て! 清き水の雫を! その力、敵を飲み込むものなり!』」
一つは火でできた矢だ。火の矢はマモンの羽を左右とも貫いた。被矢した瞬間、羽が燃え上がった。
マモンとしては痛さのあまり叫びたいところだろう。しかし、それを許してあげる程わたしたちは優しくない。
もう一つの攻撃、小さな水の塊が、マモンの顔面に着弾した。水の塊は顔を覆い、呼吸を妨げる。
それだけじゃない。そもそも水魔法の特性として、『分解』がある。じわじわと、顔を分解していく。
「――――!」
もはや何を言っているのか分からない。何も聞こえないし、喋らせる気はない。
後はなんでもいい。溺死するか、焼死するか、どっちかなのだから。
……と、思っていた。
「ね、ねぇ! なんかおかしくない?」
「ん? どうしたのティノ」
杖に集中しながら、駆け寄ってくるティノ。その後ろにはライルもいる。
「ああ、なんか燃えにくいんだ」
「あたしも。こっちは思うように分解できてないっていうか……」
「……もしかして」
わたしは二人の言葉を聞いて、あることを思い出しました。
ペットを飼う人の中には、魔物をペットにする人もいて、そういった魔物は、たまに魔法を覚えているのだと。
次の瞬間、わたしたちの魔法が全て解除されました。マモンが一回、羽ばたいただけで。
「なっ!」
「そ、そんな」
「……魔法を覚えた魔物のようね」
きっと、今のわたしは苦い顔をしていることだろう。これは計算外だった。
マモンはと言うと、余裕そうな表情で宙を飛んでいた。わたしたちが加えた傷は残っているようだけど、火も水も消えてしまっていた。
「クソッ! もう一回だ!」
「ええ! 頼んだわベルル!」
「任せて……ッ!」
わたしはもう一度、大地の束縛を発動させようとした。しかし、マモンはそれを許してくれなかった。
大きな翼を動かし、突風を生み出した。その突風はわたしたちを軽く吹き飛ばした。
「うおおおっ!」
「きゃあ!」
「ッ!」
大きく舞い上げられ宙を舞う。このまま落下すれば確実に死ぬ。わたしは、パニックになりそうな頭を落ち着かせ、素早く詠唱した。
「『放て! 堅き大地の一端を! その力、敵を束縛するものなり!』ッッ!」
すぐに土の手が出現し、わたしを含めた三人をキャッチした。
「た、たた助かったああああああああ! 死ぬかと思ったぜ!」
「は、はぁ。ありがと、ベルル」
「どういたしまして。そっ、それよりも!」
「「あ」」
落下するのをなんとかできたのは良かった。が、その代わりに。
「マモン、飛んでいっちまったな」
「作戦、失敗ね」
悠々と空を飛んでいくマモンを、わたしたちは見送るしかなかった……。
「おーい! 皆ー」
数分後、ユーヒが小走りでやって来た。
皆の様子を見て、ユーヒは悟ったらしい。うーんと何かを考え始めた。
きっと、どう言って慰めようかとか、そういうところだろう。ユーヒは甘くて優しいから。
「ごめん、ユーヒ。作戦失敗しちゃったわ」
わたしが、代表として報告した。こういう役はあまりむかないんだけど。
ユーヒは少し驚いた顔をして、すぐに頬を緩ませた。
「……そっか。良く頑張った。お疲れ」
そう言って、わたしの頭を撫でた。
「ッ!」
一瞬、訳が分からなくなり、ユーヒから逃げて気の陰に隠れた。隠れる必要なんて、ないのに。
撫でられた瞬間、恥ずかしいと思い、何故か心地よい気持ちもあった。それがごちゃまぜになって頭が真っ白になったのだ。
ああ、頬が熱い。多分真っ赤っか。ユーヒの馬鹿。
わたしが隠れてしまうと、残ったライルとティノがユーヒに話しかける。詳しい状況報告だった。
「すると、ペットは魔法を使うのか」
「ああ。おれの『炎の弓矢』が途中で解除されちまったんだ」
「あたしの『水の束縛』も同じようになったわ」
「そうか……。これは対策が必要だな。けど、これ以上被害を増やしたくもないし」
ユーヒは、眉間に皺を作って思索をする。そして、ふと思い出したかのように尋ねた。
「そう言えば、マモンはどこへ逃げたか分かる?」
「え? あ、あっちの方かな」
ライルが指をさす。その瞬間、ユーヒがハハッと言って笑った。
「お、おいおい。どうした?」
「いや、面白いことになったなぁって、思っただけ」
そう言うユーヒは、楽しそうだった。
「ねぇ、やっぱりキミ達は自分の手であいつを倒したいよね?」
「もちろん! 元々ユーヒにはおれらに魔法を教えてくれるのと、あいつを倒すサポートを頼んだんだからな」
「別にユーヒに倒してもらってもいいけど……それじゃあたしたち的に良くないって言うか」
「……」
わたしは無言だった。それは、彼に次の言葉を促すためだ。
「だよね。僕もキミ達の立場だったらそう思う。だから、マモンはキミ達が倒すべきだ」
「でもよぉ、おれらが知らない土地へ逃げていったし……」
「もう、無理かも」
悔しそうに歯噛みするライル。諦めムードのティノ。
二人の代わりにわたしが話しかけた。無論、木の陰から。
「……何か、方法でも、あるの?」
「ん、あるよ」
すると、落ち込んでいた二人がすぐに復活した。その目は希望に満ちている。
「あるのか!?」
「本当!?」
「ああ」
自信満々といった風に、ユーヒが言う。
「簡単な話さ。僕が奴をここまで連れてくる。キミ達が迎え撃つ。それだけさ」
「で、でもあっちっておれらは!」
「大丈夫」
ライルの反論に、未だ飄々としているユーヒ。
やっぱり、ユーヒは変な人だ。でも、頼りになる。
「幸運なことに、あっちには知り合いがいるんだ。しかも、討伐隊のね!」
ユーヒは、笑顔でそう言った。何かを期待させるような、良い笑顔だった。
まだ四歳です。




