それぞれの事情
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「う........んっ。」
暖かな日差しが差し込むベッドの上で少女は目を覚ました。
(あれ、私生きてる?体も動くし、どこも怠くない。)
少女が自分に起きていることを確認している丁度その時、少年もその部屋に入ってきた。
「おはよう、目が覚めたんだね。体の調子はどう?」
普通に会話している少年であるが、内心初めて見えた少女の翡翠色の瞳に見とれていた。
「おはようございます。体も動きますし、大丈夫です。」
「そりゃ良かった、森の中で毒蜘蛛に刺されて倒れているのを見たときは驚いたよ。」
少年の会話から現在、自分の置かれている立場を大体把握した少女は、改めて自分を助けてくれた少年の顔を覗き込んだ。
自分の居た村では珍しい黒目に黒髪、目鼻立ちはハッキリしているものの飛び抜けていいとは言えない顔立ち、どこをとっても『平凡』の二文字が似合う少年であった。
「大丈夫?ボーっとして、熱でもあるの?」
少しボーッと少年を観察していると、不意に少年の手が自分の顔に近づいてくるのが分かった。
「いやっ!」
瞬間的に思い出される忌まわしい記憶が少女の体を動かし、少年から後ずさった。
「えっと.....ごめん。」
咄嗟に謝った少年だが、(やばい、どうしよう、今ので嫌われたかな?)と内心とても穏やかでなくなってしまったのである。
「いえ、謝らないでください!助けて頂いたのにあんなことしてしまって。」
少女に嫌われたと内心びくびくしていた少年だが、嫌われてないと分り非常に安堵していた。
「こっちこそ知らない人の手が顔に触れるのは、嫌だって気づかなくて。」
「そうでは無いのですが.......。」
少女の最後に放った一言は、小さすぎて少年の耳には入ってこなかった。
(気まずい........とりあえず話題を変えよう。)
少年は、会話が無くなったことに冷や汗をかきつつ話題を変えようと、頭を捻っているとあることに気づいた。
(そういえば俺、この子の名前知らないや。)
そうと分かれば、直ぐさま行動に移した。
「自己紹介がまだだったね、俺の名前はアルバート、アルって呼んでくれ。歳はこう見えても19だ。」
「私は、ユリウェルと言います。ユリーと、呼んでください。私は今年で17になります。」
(もっと年下に見えたな、あれかな栄養が摂れなくて成長が進んでないのかな?)
ユリウェルを診た時に痩せていたことから、アルバートは心の中でそう結論付けた。
無難な挨拶を終えた二人、次の会話に繋げたのは以外にもユリウェルの方であった。
「そういえば此処はどこなのですか?」
自己紹介を終え少し落ち着きを取り戻し始めたユリウェルは、今まで疑問だったことを聴いてみることにした。
「此処は世間で言うところの叡智の森、その森の最深部だよ。」
「叡智の森......」
ポツリとそう呟いたユリウェルは、その瞬間自分がなぜこの森に来たかを思い出した。
「この森に賢者様はいらっしゃいませんか?
私会ってどうしても聴きたいことがあるのです!」
アルバートは、いきなり大声を出したユリウェルに驚きながらも、一旦彼女を落ち着かせようと思った。
「とりあえず一旦落ち着いて、確かに此処には賢者様は住んでいるけど今は旅に出てて居ないんだ。」
「そう.....ですか......。」
アルバートの言葉で落ち着き出したユリウェルだが、この森に賢者様が今居ないことを聴いて明らかに落ち込んでいた。
この落ち込み様を見てアルバートは、ユリウェルがなぜこの森に来たかが気になり出した。
「そういえばユリー...さんはなんでこの森に来たの?」
「さん付けは要らないですよアルさん。」
「ならユリーもさん付けは要らないよ。」
「いえ、アルさんは、年上ですし何より私のことを助けてくれたのですからさん付けは当然です。」
そう言われては、アルバートにはなにも言い返せなくなってしまった。
理由をアルバートに言うかどうか迷ったユリウェルは、今までの会話から理由の触りだけなら話して良いのではないかと結論付けた。
「私がこの森に来た訳は、私の..........。」
ユリウェルの言葉はここから先には繋がらなかった。理由は簡単、彼女のお腹が『くー』という可愛らしい音を出したからである。
「........。」
「........。」
なんとも言えない沈黙。その中でもどんどんと赤くなっていくユリウェルの頬。
「えっと、しょうがないよユリーは俺が見付けてから丸一日寝てたんだから。」
アルバートは取り敢えずフォローを入れておいた。
「そっ....そうなのですか、それならしょっ.....しょうがないでしゅね。」
「..........。」
「..........。」
再びの沈黙、男の人にお腹の音を聴かれたユリウェルは余裕がなくなり、言葉を噛んでしまった。
「取り敢えず食事持ってくるから待っててね。」
そうアルバートは言うと、素晴らしい速度で部屋から出ていった。
残されたユリウェルは、まるで茹で蛸のように顔を真っ赤にして羞恥に悶えていた。
(どうしよう、恩人のアルさんの前であんな恥ずかしいこと.......
アルさんが戻ってきたらどんな顔して会えば良いんだろう?)
不安がるユリウェルだが、当のアルバート本人は(ユリーの真っ赤になった顔可愛かったなー。)と思いながら呑気に調理をしていた。
「お待たせ、一日も眠っていて胃が弱ってるだろうから細かく切った野菜の雑炊にしたよ。
あと念のためこの解毒剤を食後に飲んどいて。」
「ありがとうございます。あの、この野菜と一緒に入っているのは?」
ユリウェルが質問したのは、雑炊に入っていた白い粒々した物であった。
「あぁ、これは米って言ってここら辺の地域で結構作られてる穀物なんだ。
ユリーの前住んでた所では見かけなかった?」
一瞬かつて暮らしていた村が頭を過り暗い顔をしたユリウェルだが、直ぐに素に戻り会話を再開した。
「えぇ、私の住んでいた村では...小麦を作っていました。」
アルバートは、ユリウェルの『村』と言う言葉に込められた様々な思いを感じたが聴かないのが良いと思い、探らなかった。
「取り敢えず冷めないうちに食べてよ、この小皿使っていいから。」
「ありがとう、それじゃあいただきます。」
アルバートが雑炊を分けた小皿を笑顔で貰う。
「.......美味しい。」
一口食べたユリウェルから出た言葉は、なんの飾りもない素直な感想だった。
「良かった、口に合わないかと心配してたんだ。
後、薬飲んだらまた休んでて、夕食には起こすから。」
そう告げるとアルバートは部屋から出ていった。
残されたユリウェルは、雑炊を一通り食べ脇においてあった薬を飲むと、久しく感じていなかった安心感と共に眠りについた。
△ △ △
ユリウェルが目を覚ますと、窓から入ってくる光は紅く染まり時刻が夕暮れであることを示していた。
ベットから半身を起こし、少したつと部屋のドアからノックの音が聞こえてきた。
「どうぞ、起きてますよ。」
ユリウェルがそう答えると、アルバートは静かに入ってきた。
「調子はどう?
食欲があるなら夕食は少し重いものにするよ。」
「食欲はあるのでお任せします。」
遠慮がちに答えるユリウェルであるが、昼に目を覚ました時に比べて顔色も大分よくなっていた。
「了解、顔色も良くなってきてるし薬が効いたかな。
また料理が出来たら来るから。」
ユリウェルの回復を感じながらアルバートは、部屋を後にした。
(なんかあの部屋良い臭いがしたな。)
ユリウェルが回復してきたことで余裕が出てきたアルバートは、余計な下心を少し思うようになっていた。
(まあ、これは俺のスキルが分かったらこの関係も終わるだろうな。)
ふと頭を過った過去の出来事からアルバートの口元は自嘲気味な笑いが浮かんでいた。
夕食もアルバートに頼んでしまったユリウェルは、自分の行動に内心驚いていた。
(こんなに人に頼ったのは、親以来かな....。
夕食が終わったら全部話そう、もしそれで嫌われても私は後悔しない!)
ユリウェルが覚悟を固めていると、再びドアがノックされた。
「どうぞ。」
ユリウェルが答えると料理をお盆に乗せたアルバートが入ってきた。
「お待たせ、料理のメニューは野菜炒めとスープそれからパンだよ。」
お盆に乗せられた料理は、どれも湯気が立ち温かく、彩りもきれいだった。
「美味しそう。」
昼食を食べてみて、アルバートの料理の腕が高いことが分かっていたユリウェルは、自然と空腹を強く感じていた。
「冷めないうちに食べちゃってよ、多分口には合うと思うから。」
「えっ、アルさんはどうするんですか?」
一人で食べることが申し訳なくなってしまったユリウェルが素朴な疑問をぶつけてみた。
「俺は居間で食べてくるから。」
「あのー、良かったらここで一緒に食べませんか?」
アルバートの答えを聴いたユリウェルは、即座にアルバートを誘った。
「......分かった、じゃあ俺の分持ってくるから少し待ってて。」
アルバートは、一瞬の逡巡の後に了承の返答を出した。
「お待たせ、じゃあ食べようか。」
ものの数分でアルバートは戻り、部屋にある机をユリウェルの座るベットに近づけ一緒に食事を始めた。
(やっぱり、美味しい。)
程よい歯ごたえを残した野菜炒めを食べながらユリウェルはアルバートのスキルについて考えていた。
(アルさんのスキルってなんだろう、これだけ美味しい料理が作れるんだし料理系統のスキルかな?)
「.....ユリー、ユリー」
「っ!
すいません、ボーっとしてしまいました。」
いつの間にか二人の皿にあった料理は全て食べ終わっていた。
「それは良いけどこれからどうするの?
多分あの人、賢者って言われてる人は当分帰ってこないよ。」
アルバートの一言でユリウェルは、夕食前に決心したことを話そうと決めた。
「アルさん、夕食が終わったら少しよろしいでしょうか?」
「.....いいよ。」
ユリウェルの今まで聞いたことのない声に一瞬たじろいでしまったアルバートだが、なんとか返答を返すことが出来た。
「昼食の前に話そうとしていた私がどうしてこの森に来たのかですが、ーーーー。」
ユリウェルは全てを話した、スキルのこと、両親のこと、村でのこと。
アルバートが自分が話しやすいように気遣っていることを感じ、ユリウェルはなんとか全てを話すことが出来た。
「だから私、この森に来たんです。
賢者様ならどうにかしてくれるんじゃないかと思って。
もう自分の目の前で誰かが倒れるのは見たくないから。」
泣きながら最後の話を終えたユリウェルは、恐る恐るアルバートの様子を伺った。
覚悟をして話したものの、アルバートに嫌われてしまうのではと考えると自然と腕が震えてしまった。
「そうなんだ.....。」
やがてポツリと呟かれたアルバートの言葉にユリウェルは、ビクリと反応してしまった。
ユリウェルはおずおずと顔を上げアルバートの顔を伺おうとしたとき、不意に自分の手を握る感触に驚き顔を一瞬で上げた。
顔を上げた先にはアルバートが自分の手を握っているのが見えた。
「っ!」
これから起こるであろうことが脳裏を過りユリウェルは思わず目を伏せてしまった。
「........あれ?」
しかし、ユリウェルが次に来るで有ろうスキル発動の感覚がいつまでたっても起こらないのを不思議に思い、目を開けるとそこには予想しないことが起こっていた。
「なんで......アルさん倒れ....ないの?」
それは自分に触っているにも関わらず平然としているアルバートだった。
「これが俺のスキルだから。
俺にはスキルに干渉するようなのは効かないんだ。」
そう答えたアルバートの表情はとても冷たい物であった。
「ユリーが自分のことを話してくれたし俺もおれ自身のこと話すよ。
俺のスキルは『無能』つまりスキルを持ってないんだ。」
読んでくださりありがとうございました