香織とカオリ
日常世界。空は澄み渡り、日差しが木々を鮮やかに見せる。
祐太郎は緊張していた。映画館で
デートした後、香織に今度、自分の家に来ないかと誘われたからである。
祐太郎にとってそれは一線を越える事を意味する。
残念ながら祐太郎は今まで、AVとエロ漫画でしか恋愛に触れる機会が無かった。家デートという言葉も、存在さえも知らなかったのである。
「それは……つまりお前ッ……!」
コウジが目を見張る。祐太郎は何度も頷いた。
「つまりそう言う事だ。香織も待ってる事だし、俺はいくぜ」
香織は出口で、グラウンドを見ながら待っていた。祐太郎はドキドキしながら、香織の家へと向かった。
「女子の部屋に入るの初めてだ……」
祐太郎は感嘆の声をあげる。香織はベットに座ると、隣に座るよう祐太郎に促す。
香織は緊張しぎこちない声で、祐太郎に聞いた。
「なに……しよっか」
「ほら、学校の話したり……」
「……」
気まずい沈黙の時間が流れる。映画館なら何かしら話題を見つけられたし、当然映画を見てる最中は喋らなかったので、
いざこのような状況に置かれると二人とも話す事がなかった。
「あ、あのさ、今度どこ行こっか」
「原宿とか、買いたい服あるし……なんか好きなブランドある?」
「いや……ブランドとか知らないし」
香織が布団に倒れこんだ。
「改めちゃうと話し出来ないよね……。映画行った時は結構話せたのにね」
「まぁな」
二人とも、互いに見つめ合う。何分か解らない時が二人の間に流れた。
祐太郎はゆっくり、顔と顔とを近付けていった。
祐太郎は香織に覆いかぶさると、香織に、キスをした。赤ちゃんに親がするみたいな、軽いものを。
「祐太郎、いいよ。好きな事して」
「うん……」
その時だった。急激に景色が変わり、再び闘いの世界へ周囲は姿を変えた。
二人ともそれぞれの国で、何も言わずに、いつも通りに、互いに殺しあう為に空へ飛び立った。
再び森の上で、カオリとユータロウは互いを見つけ、距離を置いて制止する。
カオリは、自分の馬鹿さに頭を抱えた。
完全な貞操の危機だ。男子高校生を部屋に誘う時点で多大なる危機だというのに。その上、自分で誘うのは危機を通り過ぎて危篤だ。
「殺すしか……ない」
「ブツブツうっせーな」
ユータロウが言う。
突如、カオリが叫び声をあげた。
「糞がアアアアアァァ!!!」
香織は焦ってはダメだと解りつつも、焦らずには居られなかった。
「死ね!死ね!死ね!内臓ブチまけて、死ね!」
今日は、元の世界と同じ、さわやかな晴れ。香織の焦りと怒りとは正反対の天気だ。汗と涙がボロボロと零れる。
力を任せた斬撃に祐太郎の剣は揺れるが、直ぐに体制を立て直しユータロウはカオリ脇腹に蹴りを入れる。
「ぐふっ」
カオリは数メートル先に飛ばされた。
「まぁドンマイだよ。仕方ない。これは運命なんだよ。
焦っても俺は殺せねぇ。
残り数時間の間に、研究所の記憶持ちこし研究が完成することに掛けるしかないんじゃねーのか?」
「うる……せええええええ!!」
カオリが絶叫する。捨て身の攻撃とばかりに、ユータロウに突進した。
「俺も最悪だよ。始めての彼女がお前とかな。吐き気がするわ」
剣で軽くあしらい、カオリの心臓を付くが躱された。
無言で刃を打ち合う。憎しみをぶつけ合うかの様に、また完全に諦めて居るかのように。
何時間たっただろうか。いつも通り、元の、世界に景色が戻った。
ユータロウがその直前、何やら口に放り込んだのを、カオリは見逃さなかった。