狐、妖怪の山を探索するその壱
早朝になり、皐はルーミアと一緒に幻想郷を旅する為に白玉楼を発つと、自身の仕事場へと帰る小町の舟に乗せてもらって『三途の川』を渡った後──小町と別れた皐とルーミアは『三途の川』に通じている『中有の道』を出て、ものの数分でとある山中を絶賛迷子中だった。
ちなみに皐は執事服ではなく、群青色の着物に黒い袴を身に付けた服装で、何故か運動靴を履いており、ルーミアは何故か皐と御揃いの運動靴を履いて歩いている。
「何処だよ此処……」
「妖怪の山だよー?」
「妖怪の山? ……うん、やっぱし俺の知らん場所だな」
皐は溜め息をつくと近くにあった手頃な岩に座り、ルーミアは嬉しそうに皐の膝の上に座った。
「……まぁ、いっか」
皐は自身の能力でどら焼きを二つ造り出すと、一つをルーミアに与え、ルーミアは笑顔でどら焼きを受け取る。
「さて、これからどうしたもんかな……」
「──なら、この山を早く立ち去りなさい」
突然上から聞こえてきた声に皐はどら焼きを口にくわえたまま上を見上げる。
すると空から小さな犬の耳と尻尾を生やし、物語等に出てくる天狗が着ている服を全体的に白っぽくしたのを着た少女──犬走椛が降りてきた。
「そこの2人、この辺りは妖怪の山の麓ですよ。危険ですから早く立ち去りな……ルーミア?」
「あっ、おいしそうだけど食べられない天狗だー」
椛は皐の膝の上に座っていたルーミアを見て首を傾げたが、ルーミアの言葉に耳と尻尾を力無く垂らして溜め息をついた。
「落ち込んでるとこ悪いが、服装から見るにあんたは天狗か? それとも犬の妖怪?」
「……私は白狼天狗と呼ばれる天狗の種族で、名前は犬走椛と言います。そういう貴方は?」
「俺は皐、銀狐だ。……それと一応言っておくが、外見は若干女性寄りだが、性別は男性だからな?」
「お、男なんですか……!?」
椛の言葉を聞いた皐は溜め息を吐きながらと手を差し出し、宜しく、と言うと椛は苦笑いを浮かべ、此方こそ宜しくお願いします、と差し出された手を掴んで握手しながら答えた。
「わたしはルーミアだよー」
「「いや、知ってる(ます)から」」
ルーミアが皐と椛の握手している手に乗っかりながら笑顔で言うと、皐と椛は苦笑しながらルーミアに返事した。
「成程……だから幻想郷を旅してるんですか」
「つっても、宛は全く無いし……何より、こうして迷ってるしな」
皐が椛に造り出した煎餅を渡しながら事情を話すと、椛は何か考えながら煎餅をかじる。
その間、未だに皐の膝の上に座っているルーミアは自身を抱き締めさせるように皐の両腕を掴んで前に引っ張りながら笑顔で楽しそうに体を左右に揺らし、皐は煙草のようにくわえた芋けんぴ───事情を話していた途中で椛に見せる為に造り出した───を食べず、何度も上下に揺らしていた。
「サツキー、どら焼きー」
ルーミアが見上げながら皐にねだると、皐は無言のままルーミアの目の前で右手にどら焼きを造り出す。
ルーミアは嬉しそうに皐の右手にあるどら焼きを持つと食べ始める。
そんな二人をいつの間にかジッと見ていた椛は煎餅を食べ終える。
「御煎餅御馳走様でした」
椛が礼を述べると、皐は右手をひらひらと揺らすように反応してから、くわえていた芋けんぴをポリポリと食べる。
皐が芋けんぴを食べ終わるのと同時にルーミアもどら焼きを完食した。
「処で……貴方とルーミアは一体どんな関係なんですか?」
「旅仲間兼子守対象?」
椛に訊かれた皐は疑問系で返し、ルーミアは首を傾げながら皐の膝の上から立ち上がる。
「サツキー、どら焼きごちそうさまー!」
「御粗末様」
皐がルーミアの頭を撫でながら言うと、ルーミアはエヘヘと嬉しそうに笑う。
「……本当に子守みたいですね」
椛が微笑ましそうに言うと、皐は苦笑いを浮かべてから溜め息を吐く。
「……んで、俺は妖怪の山を見て回りたいんだが、あんたの返事は?」
ルーミアの頭に手を乗せたまま皐が訊くと、椛は首を竦めた。
「私の権限では何とも。天魔様に確認を取ってなら別に問題ないんですが……申し訳有りませんが、少しの間待っていて頂いても構いませんか?」
「別に構わないが、流石に此処はな……退屈しのぎ出来そうな場所はないか?」
皐の言葉に悩む椛だったが、直ぐに閃いたようで、皐に提案する。
「なら、この山に在る『守矢神社』にて待ってて頂いても?」
「『守矢神社』……?」
◇◆◇◆◇
『守矢神社』とはある日突然『外の世界』から神社ごとに幻想郷に移転してきた妖怪の山の上に建つ神社で、移転してきた理由は『外の世界』で人間からの信仰が減少していっており、それを危惧した神が妖怪からの信仰を得ることを画策した事だと言われている。
そんな神社へ椛に案内された皐とルーミアは鳥居の前で椛と別れてから、鳥居の前で饅頭を食べていた。
「うん、やっぱ饅頭にはこし餡だな」
「そーなのかー?」
「そーなんだよ」
「そーなのかー……って、またマネしたー!」
ルーミアが饅頭を持っていない手で皐をポカポカと叩くが、それに対し皐も饅頭を持っていない手でルーミアの頭を撫でる。
ルーミアは頭を撫でられた事に上目使い───本人は睨んでいるつもり───で皐を見るが、皐は微笑ましそうな表情でルーミアを撫で続けた。
「……あのー、神社の前で何してるんですか?」
突然後ろから聞こえてきた声に対し、皐はルーミアの頭を撫で続けながら頭だけ振り返る。
皐の後ろには蛇と蛙の形をした髪飾りを着けた緑色の髪に、何故か肩と腋の部分が露出している青と白の袖のない巫女装束の少女──東風谷早苗が竹箒を持った状態で何故か呆れながらて立っていた。
「その服装……あんたがこの『守矢神社』ってのの巫女か?」
「ぇぇ、まぁ……名前は東風谷早苗といいます。そういう貴女は?」
「俺は皐、こっちはルーミア。それと一応言っておくが、俺は男だ」
ルーミアを含めた皐の自己紹介に早苗は一瞬だけポカンとなった。
その表情を見た皐はまたか、と内心溜め息を吐く。
「まさか男って……冗談ですよね? ね?」
「妖怪としてどうかは知らんが、冗談は苦手でな?」
早苗は直ぐに済みませんでした、と謝罪し、皐は気にするな、と苦笑しながら許した。
「……それで、ルーミアさんと皐さんは何故『守矢神社』へ? しかも鳥居の前で何をしてたんですか?」
「説明するから、まずは警戒すんな。それと殺気も。別に危害加える積もりは全くない」
「もう今の殺気なんて形だけですよ……皐さんとルーミアさんのお陰で」
「何じゃそりゃ?」
「もう良いんです……それで、何してたんですか?」
早苗に訊かれた皐は早苗に饅頭を渡してから事情を説明する。
その間ルーミアは皐から何度も御菓子をねだり、皐はそのたびに饅頭を出してはルーミアに渡していた。
早苗は皐とルーミアのやり取りを見て微笑ましそうな表情になる。
「ん? どした?」
「いえ、お二人がまるで仲の良い兄妹に見えたので」
早苗の言葉に皐は能力でいつもの倍長い芋けんぴ───いつもは大体15センチ───を造り出し、剣の穂先を向けるように芋けんぴの先端を早苗にビシッと向ける。
「いいか? ルーミアは旅仲間兼子守対象なだけだ。解ったな?」
「ですが、子守なら別に兄妹を否定する理由にならないかと思いますが? それに、いっそのこと本当に兄妹となるのはどうでしょうか?」
「サツキは私の兄なのかー?」
早苗の否定的な言葉に皐の言い分は成立せず、更にルーミアの天然発言による追い撃ちにより皐は盛大に溜め息を吐く。
「…………もう好きにしてくれ」
「良かったですね、ルーミアさん。今から皐さんはルーミアさんの御兄さんですよ」
「そーなのかー!!」