10.11 一番近くで見てきたのは私ですから!
突然、電話がかかってきたと思ったら、突然切れた。
野々宮からすると、昌宏がどういう状況にあるのかさっぱりわからない。
しかし、助けを求められたことはわかった。
(新藤さんが、私に、助けを……!)
夕刻、昌宏はヒーローへの意気込みを新たにして、もうピンチに陥っているのだ。
それでこそ私のヒーロー、なんて言ったらさすがに怒るだろうか。
直接助けられないことをもどかしく思っていたので、頼られたことは嬉しかった――が。
「……それにしたって早すぎません?」
宣言どおりに始めていたよく効くおまじないが効果を発揮したのかもしれない。
あまりの効果に乱用は控えようと胸に刻みつつ、着の身着のまま外へと飛び出す。
部屋着ではあるが、いざというときは変身すればいいのだから関係ない。
出がけに母親が「こんな時間にどこ行くの?」とやんわり止めたが、すぐ戻るからと振り切ってしまった。
しかし、駆け出して数秒であることに気付いた。
(……どこに行けば?)
こっそりと外出することを忘れるほど急いでいたので、目的地がわからないことにすら気付いていなかった。
携帯電話で連絡を返してみてもつながらない。
だけど途方に暮れている暇はない。
野々宮は物陰に隠れるようにして魔法少女に変身し、ステッキを構えながら小声で唱えた。
「新藤さんのところへ連れてって!」
ステッキはうんともすんとも言わない。
以前このやり方で昌宏のもとへと文字通り飛んでいったことがあるのに、同じことができなかった。
野々宮は違和感に焦らされながらも、何度も何度も唱える。
「し、新藤さんを助けたいんです!」
しかし、結果は変わらなかった。
肝心なときにどうして、と落胆して肩を落とす。
(なんでだろう……新藤さんを助けられるイメージが足りない?)
魔法は想像力で紡いだ理想を現実とする技だと、女王から聞いたことがあった。
女王ほど強力な魔法使いならば一人でもそれが可能だが、野々宮のような人間の魔法少女にはそれだけでは不十分だ。
ありがとうの感謝の気持ちや、誰かを想う強い気持ち。
そういった純粋な能力ではない部分こそ、魔法少女の力の源である。
人間の力不足を補うだけでなく、魔法使いも超えるほどの奇跡を成せる原動力なのだ。
(何があったんですか……新藤さん!)
昌宏が助けてほしいと言い、野々宮が助けたいと願っていれば、魔法は成立するはずだ。
そうならないということは、その前提が覆されたということに他ならない。
ものの数分で昌宏の気が変わるなどありえるのだろうか。
まるで心の底から助けを求めていない、それも野々宮のことすら忘れたかのような――
「まさか……」
野々宮の脳裏に、これまでの情報から推測される最悪の展開が浮かんだ。
悪意を溜め込んだシオ。サトーを助けようとしていた昌宏。助けを求めていた電話。
いつか想像した最悪のシナリオが早くも訪れたのだとしたら。
「まさか、新藤さん……私のこと……記憶から……」
「あ、野々宮さんだーっ」
「きゃあっ!?」
魔法少女の格好を知り合いに目撃されて、思わず悲鳴をあげる野々宮。
しかし、振り返るとそこにはくすくすと控えめに笑う椎野がいた。
「ノノちゃん、こんばんは! なあに、その格好? 趣味なの?」
「椎野さん、良かった……違いますよっ!」
「その格好で出歩くには、まだちょっと時間が早いんじゃないかな?」
「違いますったら!」
声を荒げて否定すると、椎野はしいーっと人差し指を口にあてた。
「さっきから声が大きいよ」
「あっ」
「……大丈夫。バレそうになる前に、時間調整してうまくズラしといたから」
そのとき、椎野が指差した方向を一人の通行人が通り過ぎていった。
もしも、あの通行人がもう少し早くここを通っていたら、夜のコスプレ少女の噂だけでは済まなかったかもしれない。
「あ、ありがとうございます」
「いいよ。でもヒロくんのことは教えて……なんか、あったんでしょ」
野々宮はかいつまんで事情を話した。
昌宏からの緊急連絡。魔法が失敗に終わったこと。
シオの手によって記憶ごとヒーロー補正を消された可能性があるということ。
椎野はふんふんと頷きながら話を聞き、困ったように顔をしかめた。
「ヒーローってピンチになると記憶喪失になるものなの?」
「記憶喪失になったからピンチなんですよ!」
「ふーん?」
椎野は無表情ではないのに、考えてるのか考えてないのかわかりづらい。
「でも、今度はノノちゃんだけじゃなくて、私のことも忘れちゃってるのかー」
ふと寂しげに視線を遠くに向ける椎野に、野々宮は軽い葛藤を覚えた。
「何、考えてるんですか」
「……ごめんね。 ちょっとやり直せたらなー、って思っちゃった」
「椎野さん」
「だ、大丈夫! 恋のやり直しはこりごりだから! ホントだよ?」
誤魔化すように手を振りつつ、椎野は野々宮にたずねる。
「どうにかしてヒロくんのところに行けないかな?」
「そうですね……でも、そんな方法……」
見当もつかない場所にいる、連絡の取れない相手を探し出す方法。
そんなもの奇跡や魔法にでも頼らなければあるはずない。
しかし、魔法ですら昌宏のところへ行くことはできなかった。
(私に新藤さんを助けることは…………私には?)
――そのとき、野々宮の頭の中に、とある発想が閃いた。
「……新藤さんの助けになればいいんですよね」
「うん、それにはまずヒロくんの居場所がわからなくちゃ話にならなくない?」
「……いいえ、方法は一つじゃありません。
新藤さんを助けられる誰かの助けになれば、それは新藤さんを助けることになる」
ヒーローたちのヒーロー。
その信念は、味方の少ないヒーローたちの助けとなることで、より多くの人の助けになるという考え方。
昌宏は何もヒーローを助けることだけを目的としたわけではない。
その先にある手助けの輪を広げる手段が、ヒーローを助けるということだっただけだ。
そして、昌宏もその輪の中にいる。決して、終点ではない。
「ヒロくんを助けられる誰かって……?」
「サトーさんですよ。サトーさんに権限が戻れば、新藤さんのヒーロー補正を復活できるはずです!」
シオが昌宏のヒーロー補正を消したのは、彼女に管理権限があるからだ。
「シオさんは言いました。
どんなに悪意に染まろうと、事実と根拠に基づいて行動するのが信念だって。
管理権限さえ移れば、シオさんはヒーロー補正を消せなくなります!」
「でも、その権限? って、元々はサトーさんにあったんでしょ?」
「それはサトーさんが現場から外れて、なおかつ未来から戻れなくなったからで」
「今はいるのに、権限戻ってないの?」
「それは未来とのコンタクトがまだ取れないから――――あっ」
プロジェクトの管理権限の認可は、おそらく未来のヒーロー監察組織本部が担っているのだろう。
しかしそこへは現在、往来はおろか通信手段さえ断たれている。
「どうするの? 管理権限なんてシオさんのいた未来でないと動かせないんじゃない?」
椎野の言うとおりだった。
野々宮と椎野が未来へ行くことはできないことは、つい最近に思い知らされている。
サトーが魔法界に戻ってこれたのも、一方通行で不安定な手段をとったからだ。
結局こちら側からのコンタクトはとれずじまいだった。
「うう……椎野さんが本気出せばどうにかなるんじゃないですか?」
「出せたら前に相談されたときに出してるよ……」
「そ、そうですよね」
野々宮はうかつなことを言ったと反省するが、椎野はわかりやすく落ち込んでいた。
「はぁーあ、前の私だったら細かいこと気にせずに行けただろうに……」
「ごめんなさい……」
「うーん、私の能力を少しだけでも戻せないかな……それか、今ここで覚醒するとか」
「そんな無茶な」
やけ気味になった椎野は、現実的ではない案を口から出まかせに言い始めた。
「私よりもすごい能力者が現れるとかねっ」
「そんな都合のいい新キャラいませんよぉ……」
真面目にやってさえくれれば力強い椎野を落ち込ませてしまった野々宮は、もはや涙目である。
そんなご都合主義の権化みたいな救世主が現れるわけが――――
「いるよ。新キャラじゃないけどね」
二人の背後に気付かれることなく現れた彼女は、それこそ普段の椎野のように時間を止めて現れたみたいにいつの間にかそこにいた。
まずは登場に仕方に驚いた野々宮だったが、次に彼女の容姿にびっくりした。
驚くほど美少女だったのだ。灰色の髪にオッドアイという特徴的で、アンバランスな魅力が調和をとっている不思議な少女。
「えっ……どちら様ですか?」
「名乗るほどの者じゃないよ、初対面でもないし」
こんなの一度見てたら忘れるはずはないのだが、初対面ではないと言い張る彼女は名乗りもせずに続けた。
「私、都合のいいオンナ筆頭みたいな存在だから。
椎野さんのタイムリープ能力をトレースして、好きな時代へ行って戻ってこれると思うよ」
「そんなことできるんですか!?」
「できるよ。なんでもできるから、私」
当然とばかりに胸を張る少女の言葉に、嘘はないように感じられた。
妙に信頼できるし親しみやすい少女に、野々宮はおずおずとたずねる。
「え、えっと、まだ誰かは思い出せないんですけど……助けてくれるんですか?」
「うん。反則だと思ったんだけど、昌宏くんったら私のことも忘れてるみたいだし、直接会うわけじゃないから」
昌宏の知り合いらしい。彼が助けたヒーローの一人なのだろうか。
野々宮には見覚えがなかったが、とにかく最強感あふれる少女の助けに感謝した。
「ありがとうございますっ!」
「いいってば。それにね、私は都合がいいキャラだけど……」
少女は人を惑わすような笑みを浮かべ、野々宮にウィンクをした。
「その都合をつけたのは、あなたの魔法だよ」
少女は台詞だけを残して、忽然と姿を消した。
その空間の名残を惜しむように手を伸ばしたが、空を掴むだけでそこには何もなかった。
「……今のなんだったのかな、ノノちゃん」
呆気にとられていた椎野がふわふわとした声で問いかけるが、野々宮にもよくわかってはいない。
ただ胸の中に渦巻く不安は、もうすっかり別のものに変わっていた。
「きっと……新藤さんは大丈夫ってことですよ」
「なんでわかるの?」
「ヒーロー補正を一番近くで見てきたのは私ですから!」
野々宮の元気一杯の物言いに、きょとんとして目をぱちくりさせる椎野。
しかし、ハッとしたように口を開く。
「あっ、なんかずるい。その台詞、私にもちょーだい」
「あげませんよ!」




