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ヒーローたちのヒーロー  作者: にのち
10. ヒーロー候補と元ヒーロー
91/100

10.4 このあたくしの前でそんなしけた顔は許されないわ

「ええっ、魔法界に行くんですかっ!?」


 魔法界へ行くことを提案すると、野々宮は目を丸くして驚いていた。

 そして、当然の疑問を俺にぶつけた。


「なんのために?」

「異世界的アプローチを試す価値はある、って椎野が言っただろ。

 現代の理から外れた魔法なら、他の世界……未来へ行く方法もあるかもしれない」

「そんなものあるなんて魔法界でも聞いたことないですけど……」


 野々宮は不安そうに眉根を寄せて、小さく唸り声をあげる。

 心配するのももっともだが、何も根拠のない話ではない。


「魔法界にあるかは知らないが、魔法で異世界転移の実例ならある。

 この世界に住んでる勇者と魔王がいい例だろ?」


 リュミエールとドラゲーアという元勇者、元魔王は力を失った後もこの世界で暮らしている。

 サトーの手配により、山奥の僻地で自給自足のような生活をしているらしい。

 二人は魔法によって異世界から現世へやってきた。

 野々宮の使う魔法とは性質が異なるだろうが、どちらも魔法なんだから無関係ということもあるまい。


「とにかく行くんだよ。他にやれることもないしな」

「……それもそうですね」


 否定したところで代案があるわけでもなし、野々宮はすんなりと了解した。

 そうと決まれば話は早い。

 さっそく魔法陣を描いてもらおうと思ったのだが。


「でもまぁ、まずは体調が万全になったら、ですね」


 起こしかけていた上半身がギクリと止まる。


「あー、野々宮? 看病のおかげで熱も下がったし、だいぶ調子良いんだけど……」


 おずおずと早く行きたいと切り出してみるが、野々宮は微笑みを崩さなかった。


「まーさーかー、治りかけの病み上がりで行こうなんて言いませんよね? ねっ?」

「お、おお……もちろんだ」


 大声を出したわけでもないのに、有無を言わせぬ迫力が野々宮にはあった。

 俺はおとなしく布団に逆戻りし、明日からの行程を考えることにした。

 それを見て安心したのか、野々宮も「今日はこれで」と部屋を後にする。

 一人になって、広くもない自室がやけにがらんとしたように感じる。


 思えばヒーロー候補として活躍した一年間で、だいぶ知り合いも増えた。

 魔法少女の野々宮、バケレンジャー、黒染仮面、明智探偵、ルビィ女王にサフィ女王、アルバート王子、椎野華子、リュミエールとドラゲーア、メアリー、翔太と桂木、シオさん。

 主要メンバーだけでも一杯になり、脳内がハレーションを起こしそうだった。

 病み上がりの脳に非常識を詰め込みすぎたと反省しつつ、ゆっくりと目を閉じる。

 俺が関わってきたヒーローたちの姿が、まぶたの裏側で浮かんでは消えていく。


「俺はもうヒーローじゃない、か……」


 のどの奥から自分のものとは思えないほど低い声が出た。

 それが不思議とおかしくて、くつくつとかすれた笑いをしているうちに、俺の意識はまどろみの中へと落ちていった。


     + + +


 後日、俺と野々宮は魔法界へと旅立った。

 あいさつは大事ということで、まずは女王のいる城へと向かうことにした。

 現女王ルビィは今でもお城に住んでいる。サフィも誘われたそうだが、森の小屋が落ち着くようでそちらにいるらしい。


「オーッホホホホホホホホッ!! よく来たわね、二人とも!」


 ルビィ女王。

 真紅のドレスに身を包み、名を表すように赤く輝く瞳、態度は海よりも大きく、プライドは山よりも高い。

 アニメか魔法界でしか聞けないような彼女の高笑いを耳にすると、なんだか謎の感動がある。

 俺がしんみりとお辞儀をすると、ルビィは豪華な装飾の椅子にふんぞりかえって言った。


「しかし、遅い! 遅すぎるじゃないっ! 救国のヒーローが半年も不在だなんて嘆かわしいわっ!」

「いえ、俺は元々、人間界の人間ですから」

「永住権をさしあげてもよろしくてよ。女王権限で」

「謹んでお断りします」

「ふんっ、相変わらず失礼なガキね!」


 そう言いつつも顔が嬉しそうなのだから素直じゃない人である。

 ルビィと近況を語り合いつつ、本題の転移魔法についてたずねる。

 するとルビィは珍しく考え込むように沈黙し、カッと目を見開く。


「ないわね!」

「えっ」

「未来とやらに行く魔法は魔法界にはないと言ったのよ」


 あまりに堂々とした言い方だったので素直に聞きいってしまったが、それでは困る。

 ルビィが適当なことを言うはずもないが、どうにかならないかと食い下がった。


「絶対に? 一ミリの可能性もありえない?」

「……できない理由を説明するのは好きじゃないんだけど」


 こちらの顔色から引き下がれない事情を察したのか、ルビィの調子が少しだけ下がる。


「魔法界は空想の魔法でできているわ。

 だから、危機に陥って想像力が乏しくなったとき、空は白くなり、景色は薄れた」


 かつてミーラブに扮していたサフィからも聞いたことがある。

 住人の想像力でできた世界だから、携帯電話のように住人が知らないものは存在できないし使えない。

 そして、その魔法の中心は女王が担っている。それが魔法界の成り立ちなのだと。


「魔法の中心はあたくし。だから、あたくしの知るものはあるし、知らないものはないわ。

 携帯電話という機械だって、あたくしが認知してあげたからこそ使えたのよ」


 魔法界の危機。もう駄目だってときにサトーから電話がかかってきたときのことを思い出す。


「魔法界と人間界を行き来できるのは、人間界を知る魔法使いがいるから。

 それは人間界で修行することが伝統となっている歴史が証明しているわ。

 だけど、未来へ行ったことのある人はいない。

 誰ひとりとして経験も想像もしたことがないのよ」


 きっぱりと言ったルビィは溜息まじりに呟いた。


「あたくしはサトーがいる未来を知らないわ。

 だから、無理やり魔法を使っても、あたくしの想像上の未来にしか行けないのよ」


 これ以上に聞けることはなく、つんと顔をそらして目を細めるルビィにしつこく問いただすこともできなかった。

 なんだか悪いことをしたような気分になりながら立ち去ろうとすると――


「お待ちなさい」


 不満顔はそのままだったが、語気鋭い声とビシッと突き刺さるような指をさすポーズで呼び止められる。


「な、なんですか……?」

「このあたくしの前でそんなしけた顔は許されないわ!」


 プライドだけは魔法界消滅の危機のときでさえ失わなかったルビィ。

 現女王の沽券に関わると意地を張る彼女の瞳は、まだ炎を絶やしてはいなかった。


「……癪だけど、この魔法界にあたくしと同等か、ほーんの少しだけ格上が一人だけいる。

 せっかく来たのだから、相談するだけしていきなさい」


 ルビィは悔しさを言葉の前面に出しながらも、次につながる提案をしてくれた。

 女王と同じレベルの魔女といったら、一人しか思い浮かばない。


「もしかして、先代女王のサフィですか?」

「そうよ。あの子、きっと森の小屋で寝てるわ……叩き起こしてらっしゃい」


 ポン、と軽い音とともにルビィが出したのは、真っ赤なハリセンだった。

 ハリセンが魔法界に存在するということはつまり。


「……どこでそんな知識を」

「そんなことはいいから。サフィを起こすにはこれが必要なのよ」


 無理やり渡された魔法のハリセンは、重くはないが大ぶりで邪魔くさい。

 とはいえ、協力してくれた上に次の道筋まで示してくれたのだから文句など言えるはずもない。


「ありがとうございました、女王様」

「……次は紅茶の一杯でも飲めるくらい平和なときに来なさい」

「ぜ、善処します」




 ルビィから激励とハリセンを受け取り、俺たちは森へと向かった。

 前に見たときはモノクロだった魔法の森は、本来の緑を取り戻し、小鳥たちの歌が風に乗って流れる爽やかな場所となっていた。

 ちょっとしたピクニック気分である。

 こんな状況でもなければ野々宮と楽しくアウトドアなんてのも悪くないのだが。


「女王様も言ってたけど、今度はなんでもないときに来たいな」

「そうですね。案内したいところ、たくさんありますよ!

 朝焼け色に染まる魔法の湖なんて景色がサイコーで、湖畔でキャンプしたらきっと楽しいですよ!」

「それは楽しそうだな」

「あとは、魔法の滝とか、魔法の池とか、魔法の沼とか……」

「やけに水場多いな……」


 テンション高めに魔法界のお勧めスポットを語る野々宮だったが、突如スーッと勢いが止まった。


「こ、こんなはしゃいでいる場合じゃありませんね……」


 俺のことを気にしてくれたらしいが、それは見当違いもいいところだ。


「……サトーのことなら大丈夫だ。あいつほど心配いらないやつはいないよ」

「で、ですが……」

「それにサトーなら――未来を楽しく語るのに相応しくない場合などない、って言うさ」

「……ふふ、確かに言いそう」


 野々宮の表情が和らぎ、ホッとする。

 こんなときでも、こんなときだからこそ、野々宮にはとなりで笑顔でいてほしい。


 二人で談笑しながら歩いているうちに、森の小屋へと着いていた。

 軽く扉をノックしてみるも返事はなく、ルビィの言っていたとおり眠っているらしかった。


「……そういや、サフィはこんな昼間から寝てるのか?」

「何年も眠りについていた癖が抜けないんだそうですよ」


 サフィは怒りや悲しみから心を守るため、ずっと眠り続けていた過去がある。

 実は妖精の身体を借りて、意識だけ抜けだしたりはしていたのだが、本人の肉体はまだ動くことに慣れないのだろう。

 事件から半年以上経つのにリハビリ状態が続いているとは、難儀なものだと同情を禁じえない。


「起きるのが辛いようなら日を改めるか……ハリセンで叩くなんてとんでもな――!?」


 扉を開けて絶句した。

 小屋の中は本が散らばり、隅には着た形跡のある衣服が無雑作に積み上げられていた。


「なんだこの部屋の有り様は……!?」

「さ、サフィさんは長年の眠り癖のせいで、服も本も片付けられなくて悩んでいるそうなんです……」

「面倒臭いだけだそれは!」


 大方、着替えの必要がない妖精マスコット生活から抜けだせないだけだろう。

 部屋の主であるサフィは、散乱する本に埋もれるようにして眠っていた。


 ――それも結晶の中で。


「なんで拒絶の結晶の中で寝てんだ!」

「あ、それは拒絶じゃなくて安眠の結晶……時刻になるまで壊れることなく睡眠を守るアレンジ魔法で……」

「女王専用の上級魔法をアレンジしてまで安眠に使うなっ!」


 スパーン、と気持ちのいい音を鳴らし、遠慮なくハリセンで結晶を叩き割った。

 割ったといっても怪我するような割れ方ではなく、カラカラと崩れ落ちるようにして結晶は消え去った。

 サフィは衝撃に頭を押さえながら、ふらふらした声で言った。


「ち、チエにマサヒロ……おはよう……!」

「……おはよう、起こして悪かったな」

「大丈夫だよ……二人が近づいてきた時点で、意識だけは起きてたから……」

「えっ?」

「楽しそうに話しながら来てて、私も嬉しくなったよ」


 サフィが寝ぼけ眼のまま、堂々とこっそり覗いていたことをばらしてきた。

 俺が無言でスッとハリセンを構えると、野々宮が慌てて「起きてますから!」と止めてきた。甘過ぎるぞ。


「ごめんね、悪気はないんだよ。

 小屋に近づく相手を自動感知する魔法だから」

「まぁ、それなら仕方ないな……」

「でも正直、仲良しな二人が見れてチョー楽しかった」

「ハハッ、そうか。おい野々宮、やっぱりサフィはまだ寝ぼけてる、もう一発いこう」

「もうハリセン置いてっ! サフィさんも変な煽り方しないで!」


 多少のすったもんだはあったが、サフィにもこれまでの経緯を説明する。

 なるほど、と時折呟きながら神妙な顔で頷いていたサフィだったが、不意に視線を宙にそらす。


「……残念だけど私にもサトーさんのいる未来へ行く手助けはできそうにないかな」

「そうか……」


 うなだれる俺をよそに、サフィは空を切るように軽く腕を振り下ろした。


「でも――えいっ」


 虫でもいたのか、脈絡のない行動をいきなり取ったサフィに疑問の目を向ける。

 サフィは一仕事終えたように息を吐くと、なんでもないかのような顔をつくった。


「私以外にも二人のことを覗き見る不届き者がいるようだったから、ないしょばなしの魔法をかけたの」


 もしかしてシオさんの監視の目から逃れたのだろうか。

 見られている感覚がなかったため、どうにも判断がつかない。


「二人を見守るエキスパートとしては、無粋な覗きは勘弁できないからね」

「自分はどうなんだよ」

「私のは……粋な覗きだから」

「そんなものはない」


 俺たちの言い合いを横で聞いていた野々宮が、小さく手を挙げる。


「あの、もしかしてチャンスじゃないですか?」

「何が?」

「シオさんに補足されずにヒーロー補正を使えるチャンスですよ」


 確かに言われてみれば、監視が緩んだ今ならヒーロー補正を発揮できるかもしれない。

 ここから急展開がかかれば、この閉塞した状況を打開できるかもしれない。

 魔法界の奥地まで来て、これ以上やるべきことが見つからないのであれば、やってみるしかない。

 何もしないままより、やるだけやって――――




「……いや、ヒーロー補正のせいで、悪意がまた現代に来るかもしれない。

 そもそも狙って発動できるようなものでもないしな」


 ヒーロー候補でなくなって気弱になっているのかもしれない。

 それでも今の時点では、無理やりなんとかしてやるという気分にはなれなかった。

 野々宮も「そうですか」と強くは意見せず、静かな空気が流れた。


「少し休んでいきなよ。この森は癒しの効果があるから、きっと元気になるよ」

「悪いなサフィ、そんな場合じゃ……」

「ううん、そんな場合だよ」


 決して張り上げるほどの声ではない、優しく澄んだ声。

 しかし、それは俺の心の奥底までに届くように沁みわたっていった。


「私はね、私を信じてくれた魔法少女と、私を助けてくれたヒーローが大好きなの。

 二人が仲良くしてくれるのが、今の私の幸せ」


 少し捻くれた少女の顔はどこへやら、先代女王の風格をまとった魔女がそこにはいた。

 サフィは穏やかに微笑みながら、ベッドを指差した。


「ゆっくりおやすみ……ベッド一つしかないけど」

「お前な……」

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