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ヒーローたちのヒーロー  作者: にのち
10. ヒーロー候補と元ヒーロー
90/100

10.3 もうヒーロー候補じゃないんでしょ?

「けほっ……」


 風邪を、ひいた。

 そらぁ、寒空の下で何時間もへこんでしょぼくれていれば、風邪もひくよな、と自虐的に笑う。

 おかげで身体は熱っぽいが、頭は冷えた。

 シオさんから聞かされた衝撃の事実は、俺のアイデンティティをこれでもかと破壊した。

 年単位で続けていたヒーロー活動を停止させられ、今後も事件には関わらせないと宣言されたのだ。


 しかし、土壇場でも根拠なく高笑いするのがヒーローである。


「負けてたまるか……」


 この先の展望など一つもない。

 それでも気持ちだけは折れてはいけないと、心に喝を入れた。

 ヒーロー候補でなくなったからなんだ。

 思い出せ、数年前のあの日。俺はサトーと出会う前に声を上げたじゃないか。

 必要なのは前へ踏み出す気持ちだ。

 布団の中で拳を握り締めていると、部屋のドアが開いた。


「もー、気合入れてないで寝ててくださいって言ったじゃないですか!」


 野々宮が小袋を抱えたまま、叱るようにビシッと布団を指差す。

 俺は無意識に起こしていた身体を横に倒し、布団をかぶり直した。


「悪い悪い……つい盛り上がっちゃって」

「治るものも治りませんよ、まったく……あ、グレープ味でいいですか?」

「ああ、サンキューな」


 野々宮が袋からゼリー飲料を取り出す。

 今日は日曜日。朝からお見舞いに来てくれた野々宮が、自ら買出しに行ってくれたのだった。

 野々宮にはすでに大まかな事情は話してある。

 はじめは驚いていた野々宮だったが、さすがに芯がしっかりしており、すぐに協力を申し出てくれた。


「これからどうします? 誰をぶっ飛ばしてやるんです?」


 少々、気がはやっているようだが……


「待て待て、誰が悪いって話じゃない……やれることは三つ。

 シオさんの説得、悪意の処理、サトーとの接触だ」

「うーん、昨日の今日でシオさんを説得するのは難しそうですね」

「面と向かって何もするなと言われたからな」


 この時代での権限はシオさんに一任されているという話だ。

 つまり、シオさんが許せばヒーロー活動は再開できる。

 ただ考えもなしに頼んだところで、情にほだされてくれるような人ではない。


「そもそも連絡は取れるんですか? 拠点はなくなっちゃったんでしょう」

「俺の行動を制限するということは、なんらかの監視体制はしいてるんだと思う。

 話があるという意思を示せば、応じてくれないことはないはずだ」


 先日の事件でシオさんが助けてくれたときも、どこからか監視をされていた。

 俺に察知されない形での監視はすでにされていると考えて間違いないだろう。

 連絡網は途切れていないと希望を持つが、野々宮はべつのことを気にしていた。


「……ということは、シオさんに不都合なことをすればバレるのでは?」

「……そうだな」


 しれーっとしたなんともいえない空気が漂った。


「詰んでるじゃないですか!」


 野々宮があたりを見回すが、そんな容易く見つかるような監視ではないはずだ。


「まぁ、常時見られているとは限らない。窮地に反応して駆けつける、ということもあるからな」

「……だとしても、説得するには材料がいりますね」

「そこで悪意の処理だ」


 現代に流れ込む悪意を止める、あるいは消し去ることができればヒーロー活動を停止させる意味もない。

 そうなればシオさんも未来の本部もヒーロー活動に文句はつけられない。


「でも、どうやって?」

「それが問題だ」

「もーっ……」

「言ってみるだけ言ってみたほうがいいだろ、こういうのは!」


 未来のヒーローたちですら根絶できない悪意をどうやって消し去るか、それがわからない。

 そもそもどこに、どのような形で悪意というものが存在しているのか、それも知らない。

 シオさんが教えてくれるはずもなく、自ら探そうにも雲をつかむような話だ。


「見つけてもヒーロー補正なしでどうにかなるのか……」

「うーん……三つ目は、サトーさんに会うことですか?」


 野々宮の顔には手詰まり感がありありと浮かんでいる。

 それでもすべての案を検討しようと、俺が挙げた最後の選択肢を口にした。


「そう、サトーに会って協力を仰ぐこと。

 幸いサトーは帰らないんじゃなくて、帰れないんだ。

 会って話すことができれば助けてくれると思う」


 サトーの不在は、緊急措置による未来との断絶が原因だ。

 サトー自身が帰らないことを望んだわけではなく、物理的に帰れないだけなのだ。

 つまりサトーと接触することができれば、事態は一気に好転すると思われる。

 シオさんが活動反対派だとしても、サトーは俺に協力してくれる。

 それだけは何故か、簡単に信じることができた。


「ただ、それも問題ははっきりしてますね……」

「ああ。未来にいるサトーとどうやって会えばいいか、だな」


 距離が離れているならともかく、時間が離れた相手とどのようにコンタクトをとればいいのか。

 しかも接続が断たれているらしい。

 今までつながっていたことすら知らなかったが、淡い期待も握りつぶされるようだった。


「まだ世界のどこかにいるというのなら探しようもありますけど……」

「地球のどこかにいるってんなら、行って行けないことはないからな」

「あれ、海外経験でもあるんです?」

「いつだったかモルディブに……」


 ハッとして言葉が止まる。

 かつて俺は、椎野に巻き込まれる形でループ現象に囚われたことがある。

 その際の不用意な発言により、モルディブに行ってみたいという彼女の願いを叶えたのだった。

 この話は野々宮に詳しく話してはいない。

 それは決してやましいことがあるからではなく、膨大すぎるエピソードの一つ一つを話せるわけがないからだ。

 不審げに眉をつり上げた野々宮が何かを察したように声の調子を下げた。


「モルディブが、なにか?」

「いや、なんでもないんだ……行ったことあるなってだけで、海外」

「ふーん…………一人で?」

「あっ、いや」


 ここで口ごもった時点で誤魔化しようがなくなった。

 野々宮に誠意のない態度をとりたくはないので、突っつかれる前に素直に白状する。


「ほら、そのさ、椎野と……ループ中にモルディブ行ったことあるんだ。

 リセット前提で借金しまくって豪遊気味に強行軍したやつ」

「ほう、詳しく」

「通常のやり方ではない交渉術を用いて、プライベートジェットみたいな感じで飛んだんだ。

 だけど、景色を見ただけでなんもしてないからな、前にも言っただろ?」


 野々宮はつーんとした目をこちらに向けていたが、やがて静かに息を吐いた。


「まぁ、何かあればもっと椎野さんがつつきますね」

「だ、だろ?」

「……それに、私たちには時間や未来のプロがついてました」


 野々宮はスマホを取り出して、椎野に連絡を取り始めた。


「今から呼ぶのか!?」

「話は早いほうがいいでしょう?」


 それはそうだが、とよどみない動作で連絡をする野々宮を呆然と見つめる。

 野々宮は椎野のことを友人といいつつ、ライバル視していると思っていた。


「……椎野のやつ、お見舞いにかこつけて色々と言ってくるぞ」

「だから、私がいるときに呼ぶんです。抜け駆けされるより幾分かマシです」


 鋭く言い放つ野々宮にヒヤリとした何かを感じ取った俺は、おとなしく布団を深くかぶった。


     + + +


「来ったよー! あっ、私の声って寝てる人の頭に響くと思うけど、我慢してねー?」

「なら抑えてくれ……」

「いやぁ、さすがに自宅に乗り込むのはアウトかなーって思ってたら、ノノちゃんからオッケー出たんだもん」

「きょ、今日だけですからねっ!?」


 張り切って来ました、とお見舞いのわりに気合入った服装の椎野は、カップ麺をおみやげに現れた。


「果物は切んなきゃなんないし、ゼリーや飲み物はもうありそうだし。

 これなら食欲出たときにすぐ食べれるでしょ?」


 こういう考えてなさそうな顔して考えているのが、椎野の魅力であり怖いところでもある。

 ありがたく受け取り、余計な世間話がスタートする前に本題を切り出す。




「……つまり、ヒロくんは力も行動も制限されたまま、未来にいるサトーさんと会わなきゃいけないってわけ?」

「そういうわけだ」

「それって結構なピンチじゃん?」


 これまでの話をかいつまんで話すと、椎野は一言で状況を表した。

 言われてみればこの万策尽きた感じはピンチとも言える。万もとれる策はなかったが。


「ピンチだけど、ヒーロー補正ってかかんないの?」

「あっ、確かにそうですね」


 ピンチ、と言えなくもないが、追いこまれている感じはない。

 どちらかというと、お話の主戦場から弾かれて参加できない登場人物のような、そんな気持ちだ。


「まぁ、今の俺はヒーロー候補どころかモブ状態だしな……補正もかかんないんだろう」

「そう卑屈にならないでさぁ、気楽にいこーよ。

 ヒーロー活動の終了宣言だって一方的に言われただけでしょ?

 べつにヒーロー補正使うな、なんて一言も言われてないってことじゃん」

「それは屁理屈だろ……言いつけを破るのはヒーローらしくないぞ」

「いいじゃない。もうヒーロー候補じゃないんでしょ?」


 ポン、と小気味良く太鼓を鳴らすかのように弾んだ声色で言いのける椎野。

 あっさりと枠を外していくその大胆な思考は、文字通り長年の時間経験によるものかもしれない。


「まぁ、私はヒロくんがヒーローじゃなくてもいいけどね」

「わ、私だってヒーローの新藤さんじゃなきゃ駄目ってことないです!」


 椎野はけらけらと笑いながらも、不真面目にならないレベルの声色ではっきり答える。


「まっ、結論からいうと、私にできることはないかな」

「えらくズバッと言ったな……」

「今の私はほんのわずかな時間停止しかできないし……それに未来とか興味ないし」


 素知らぬ顔で語る椎野は、これちょーだい、とレモン風味のゼリー飲料に手を伸ばす。

 ちゅーちゅーと吸いながら、合間合間に独自の未来論を話す。


「だって未来に行って何するの? 変えたい過去は誰にでも一つくらいあるけど、未来なんて変えてもしょうがないでしょ」

「どういう意味だ?」

「えー、わかんない? そうだなー……たとえば、宝くじを当てたいなって思うじゃない?

 でも未来の当選番号を見てきたところで、その未来自体が変わっちゃうかもしれない」

「……そんな簡単に変わっちゃうものか?」

「未来変えるためにヒーローやってた人が言うの、それ?」


 あっさりと反論されてしまい言うことがなかった。

 しかし、いまいち納得できないでいると、野々宮が口を開いた。


「それじゃあ、未来はまったく参考にならないってことですか?」

「そうとも言えないけど、あてにならない天気予報くらいかなーって」

「……未来は変わっちゃうからこそ、思い通りに変えようとするには向かないってことですね」

「そんな感じー。だから、ヒロくんのお嫁さんが誰なのか見てきても意味ないんだよね」

「み、見たんですかっ!?」

「え? 見てないよー?」

「ホントに!?」


 二人のやりとりはさておき、未来というのは無限で曖昧で不明瞭だ。

 椎野のふわふわ時間講座はわかるようなわからんような、なんともそんな感じである。


「過去改変は改変された現在に戻ればいいけど、未来改変は改変される未来に辿り着くかはわからない。

 いわば未来ってのは時間的というより、異世界的な概念なんだと思うな」

「そういえば、シオさんも実質パラレルワールドって言ってたな……」


 未来がパラレルワールドみたいなものとして考えると、変えても意味がないことは感覚でわかるような気がする。

 それはわかったのだが……


「椎野、俺は未来を変えたいんじゃなくて、未来に行きたいんだ。サトーのいる未来に」

「ごめん、話がそれちゃったね。

 何が言いたいかっていうと、大切なのは考え方ってこと。

 サトーさんがいるのは"未来"という名前の異世界。

 時間ではなく異空間へのアプローチとして考えてもいいんじゃない?」

「異空間……別世界、か……」


 椎野にしては思いのほか具体的なアドバイスに感心する。

 俺が返答しないことをどう思ったのか、椎野は小首を傾げて、不安げに上目遣いになる。


「私にがっかりした?」

「……そんなことないさ」


 そう答える以外になかったが、椎野は満足そうににっこりと笑うと、立ち上がって裾を払った。


「ふふっ、言ってほしかっただけ!」

「お前……」

「さーて、私ができるのはここまでかな……悔しいけど」


 去り際に呟く椎野の横顔は笑顔だったが、俺は思わず声をかけた。


「椎野のおかげで希望が見えた気がする。ありがとう」

「……そこまで言わせるつもりじゃなかったけど、こちらこそ!」


 相変わらず自分のペースを崩すことなく、嵐のように椎野は帰っていった。

 俺は椎野に言われたことを含めて、今後の計画を頭の中で練り上げる。

 すると、野々宮がそわそわした様子でこちらを見ていた。


「どうした?」

「あ、いえ、やっぱり椎野さんってすごいなーって」

「ドッと疲れるよな」

「はい……あ、じゃなくて、なんだかんだと役に立って帰りますよね……」


 なんだか野々宮がしょんぼりしているような気がする。

 もしかして自分が役立たずとでも思っているのか。

 そんな勘違いも甚だしいことを考えているのなら杞憂でしかない。


「野々宮も言ってほしいか?

 真っ先に看病に来てくれてありがとう。

 ちゃんと俺の話を聞いて、一生懸命に考えてくれてありがとう、って」

「いや、そんなのは当たり前のことで……」


 そう言いながらはにかむ野々宮。

 これが当たり前になるほど一緒なんだと思うと、込み上げてくるものがある。


「感謝してるさ、今までだって、これからだってな」

「あはは……なんか照れますね」


 野々宮は顔を扇ぎながら、こんなこと言わせる椎野さんはやっぱりすごい、とぶつくさ言っている。

 このつっぱりきれない甘さ加減こそが、野々宮らしさでもある。


「それに野々宮にしか頼めないことだってあるさ」

「えっ?」


「異世界へのアプローチ、だよ」


 補正なしの渾身の決め台詞だったが、肝心の受け手である魔法少女は一向にぽかんとしているのだった。

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