2.1 Mission 最低限の青春を謳歌せよ
――この世を救うヒーローの影で、あの世を救うヒーローがいた。
ある日、世界を裏側から侵略せんとする者たちが現れた。
常世の霊を奴隷化し、不滅の軍団で永久の支配を企む、その名もネヴァー。
悪の組織に対抗すべく、仲の悪い天界と地獄も重い腰を上げ、地上へ死者を派遣した。
世界の危機にもかかわらず、様々な事情が絡んだ末、選ばれた者は誰もが問題あり。
地獄の狂犬、紅蓮。
天の落とし子、コヨミ。
死を視た者、優人。
ただでさえ影になりやすいヒーローの中でも、彼らの人知れずっぷりは群を抜いていた。
彼らの使命はネヴァーに乱された霊魂を時には導き、時には滅し、在るべき姿へと帰すこと。
死線を定めろ、死の淵で戦え、彼らの名は、幽霊戦隊バケレンジャー。
決して、日曜の朝にはお目にかかれないヒーロー戦隊である。
+ + +
五月も半ばを過ぎた頃。
前々から対策をしてきた中間テストは、苦手な数学が七十点台だったことを除けば、概ね満足のいく結果だった。
中学時代、ヒーロー活動にかまけて学校生活を疎かにした身としては、人生大事に、の作戦で生きるつもりである。
成績も人間関係もぶち壊したヒーローを未練がましく続けているのは、自分でも不思議だった。
柄にもなく感傷的になっていると、ふらりと野々宮が歩いてくる。
テスト返却後に話したいことなど予想がつく。
「新藤さーん……」
このテンション。
明らかに何かが駄目で、その救いを俺に求めようとしている。
確かに外見だけなら仏頂面の俺より、真面目で気遣いもできて、笑顔が優しい野々宮の方が頭が良さそうだ。
「見せ合いっこならお断りだ。高かろうと低かろうと、ろくな結果にならん」
「そ、その余裕、良かったんですね……?」
「野々宮は悪かったのか」
「……初めて、五十点を切りました」
あぁー、と悲痛な声混じりの溜息を零し、俺の机にもたれかかる。おい、教室だぞ。
俺と野々宮の関係は友達以外の何物でもなく、それ以上の関係など期待はしてないと言えば嘘になるが、今は友達でいいと思っている。
しかし、周囲からすれば入学早々、男女で仲良くなった二人は怪しく見えたらしい。
だいぶ、探りを入れられたが、お互いに引っ越したばかりで友達が少なく、自然と仲良くなったと言って回っている。
そうしているうちに話せるクラスメイトも増えて、結果的にはすべて丸く収まった。
とは言え、野々宮のこの崩壊ぶりは珍しく、今も周囲の視線をひしひしと感じる。
「赤点じゃないのに落ち込むのは、人によっては余裕に見えるぞ」
「……新藤さんはどう思います?」
拗ねたように訊ねる野々宮を刺激したくはないが、嘘もつきたくない。
あくまで俺の主観的な意見であることを強調しつつ。
「勉強してその点数なら、嫌だなぁ」
「うわー!」
「わっ、落ち着け! 何なら、勉強見てやるから!」
とうとう完全に壊れた野々宮を見かねて、とっさに適当なことを口走る。
俺は勉強量で点数を取りにいくタイプで、人に教えられるほど頭がいいとは思えない。
しかし、すがるような目でこちらを見つめる野々宮に弁解することはできなかった。
「……どうせ、魔法少女頑張ってんだろ。俺程度の頭でよければ、助けるよ」
「うう、ありがとうございます。流石にこの点数では安心して人助けできません」
「その認識は大事だ。勉強を疎かにするなよ」
俺の教訓は間違っていなかった。
過去を犠牲に、一人の未来ある魔法少女を助けられるなら。
密かな感動に胸を熱くしていると、放課後の教室に担任の声が響く。
「新藤、野々宮……お、いるな、ちょっと来い」
呼びとめられた俺たちは顔を見合わせ、心当たりがないことを確認する。
何があるのかと不安だったが、担任が俺たちを待たずに行ってしまうので、慌てて後を追いかけた。
職員室に二人。怒られると決まったわけでもないのに、何故か肩身の狭い思いをしてしまう。
そんな繊細な生徒の感情など気にも留めず、担任は単刀直入に話を始めた。
「お前ら、部活入ってないな」
「あっ」
俺と野々宮の声が重なる。
「自宅が遠いってことはないな」
「はい」
「アルバイトの申請はないが、やってるのか?」
「してません」
「それはそれでなぁ……」
ヒーローと魔法少女に支障をきたすので。
否、それらのせいで、真面目な部活動に支障をきたすので、うかつに入部できない。
しかし、どんなに理解のある教師でも、この説明で仕方ないとは言えないだろう。
隣の野々宮は完全に硬直している。ここは俺がどうにかしないと。
「あの、知り合いがいなかったので、気後れしてしまって、そのまま」
「最近はクラスにも馴染んでるし、今からでも遅くないぞ?」
「え、えっと、時期外れの入部は迷惑になりそうで……」
「五月で一年生なら何処も歓迎だと思うが、うーん、そんなに嫌か?」
「そういうわけでは」
「部活入れば他のクラスや上級生の知り合いも増えるだろうに」
担任の気遣いはよくわかる。それだけに心苦しい。
そして、言い訳ばかりの俺と黙り込んだ野々宮を見て諦めたのか、担任は譲歩した。
「大きな声じゃ言えんが、形だけでも入部してくれないか。文化系なら、ゆるいところも多いから」
「……考えときます」
差し出された入部届けを受け取り、職員室を出る。
担任にも立場や評価があるのだろう。無理強いされないだけ、いい教師だと思う。
それだけにどうしたものかと、無言で入部届けを凝視するしかない。
不毛なにらめっこをしていると、野々宮がくいくいと制服の端を引っ張る。
「これ以上、やること増えたら死にます」
「生きろ。野々宮も帰宅部だったのか……まぁ、俺と一緒に下校してたもんな」
「部活に入れば友達ができるかもしれないのはわかります、けど……」
「わかる。しかし、ヒーローだからって生活を疎かにしちゃいけない。条件のいい部活を探そう」
「うう……」
「探したという実績を残して、堂々と帰宅部になろう」
「うう……えっ?」
+ + +
俺の帰宅部回帰作戦は、やり口が汚いという意見で却下された。
そして、二人で色々と部活を見て回っているのだが、どれも熱心そうで、声すらかけられない。
一ヶ月間、ろくな友達も作れなかった二人である。組んだところで何ができようか。
しばらくして、体育会系は無謀ということで、文化系に的を絞る。
俺が鞄に入れたままにしていた部活紹介のプリントを参考にする。
吹奏楽部、書道部といった練習やコンクールが存在するものは除いた。
手芸部、新聞部は成果物が求められ、時間が必要そうなので除いた。
そして、残された部活を行っているであろう部屋の前で、俺たちは突っ立っていた。
「パソコン室……パソコン部」
「活動内容がタイピングの練習、ワードやエクセルの操作技術向上って書いてあるぞ」
「具体的には……何をするんでしょうか」
「俺、パソコン持ってないし……野々宮は?」
「一応、ありますよ。インターネットとか、たまにゲームしたり」
部室の前で余計なお喋りを始める。
失礼ながらも校内で一番お粗末な活動内容で、ハードルもかなり低いパソコン部。
それでも入るには勇気が必要で、その勇気が充填されるまでに三分かかりそうだった。
しかし、三分を待たずして、部室の扉は開かれた。向こうから。
「君たち……部屋の前で何してるの?」
温和で優しそうな男子生徒。背はそこそこで、のんびりした顔に眼鏡をかけている。
普通、眼鏡をかけると顔が締まり、冷たい印象を与えやすくなるものだ。
しかし、この人は全身から柔和なオーラを放出しており、優しさが眼鏡をかけているような幻覚さえ見える。
「ご、ご迷惑でしたかっ!?」
「ううん、僕は気にしてないけど……」
誰かの気に障ったかと部屋の様子をうかがうが、中には誰もいない。
パソコンも一つだけ電源がついており、この生徒以外には部員は来ていないようだ。
「他の部員は……」
「ああ、うちの部は幽霊、部員が多いんだ」
「はぁ……あれ、一年生は?」
彼は色々と諦めたような顔で話していたが、一層悲しそうな顔で言った。
「一ヶ月で来なくなるとはね……」
俺は入部届けを後ろ手に思案していた。
パソコン部にこの人しかいない以上、入部届けはこの人に出すしかない。
この優しそうな人に、サボること前提で入部しますと、そんな酷なことが言えるのか。
では、何も言わずにサボるのか。そのたびに、この人は諦めた顔になるのか。
俺が話をどう切り込むべきか、考えあぐねていると、ここまではおろおろしてばかりだった野々宮が一歩前に出た。まさか。
「あの、入部希望です! 五月ももう終わりで、ご迷惑かもしれませんが……」
「えっ!? いいの、言っとくけど、この部は期待を軽々と下回るよ!?」
どんな部だ。
「そ、その、申し訳ないのですが、私たちは個人的にボランティア活動をしてまして、部活動に専念することは難しいんです」
「そっか……あれ、でも、ボランティア部もあるよ?」
「いえっ、そこまで本格的なボランティアではなく、趣味のようなものでして!」
野々宮が説明に苦慮しているさまは絶景だな、とだんまりを決め込む。
助けたいのはやまやまだが、俺も自身のコミュニケーション能力に不安を抱えているので、余計な口出しは避けたい。
「まぁ、拒む理由はないし、歓迎するよ」
「ありがとうございます!」
ホッとした様子で入部届けを渡す野々宮。
「君もどうぞ」
「はい、ありがとうございます」
俺からも入部届けを受け取り、軽く目を通している。
そして、少しだけ誰もいないパソコン室に目をやり、何事もなかったようにこちらに向き直る。
「新藤昌宏君に野々宮千恵さん、か。僕も自己紹介しとくよ、青柳優人。二年生だけど、部長なんだ」
「よろしくお願いします」
「わ、私も、よろしくです」
「うん、それで、これは僕の勘みたいなものなんだけど」
無事に入部届けを渡せた安心感が一気に引いて、不穏な空気を感じる。
青柳、部長は優しそうな目を眼鏡を奥に覗かせて、俺たちを興味ありげに見ている。
「二人とも仲良さそうだけど、特別な関係?」
絶句。
野々宮が否定するかと思って横を見ると、俺以上に慌てふためいている。
仕方なく、俺がいつもの台詞を言う。
「俺たち、境遇が似てるというか。それで気が合ってるだけです」
「へぇ……もしかして君たち」
ちょっと、この人、優しそうな顔して誰もが指摘しなかったことを言う気か。
それを言われた後の俺たちの関係を保障してくれるというのか。
気まずくなったらどうするんだ。今後、発展するものも発展しないかもしれない。
俺の動揺をよそに、青柳部長は容赦なく口を開いた。
「ヒーロー的なこと、やってる?」