表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒーローたちのヒーロー  作者: にのち
9. ヒーロー候補と異能に目覚めた少年少女
86/100

9.9 救世主《ヒーロー》

 薄暗く湿った足元の悪い道をずんずんと歩かされ、野々宮たちはようやく立ち止まることを許された。

 許されたとはいえ一つも嬉しいことはない。

 まさか、こんなところに連れてこられるとは思ってもいなかった。


「いやぁ、ここなら邪魔されずにたっぷりとお話しできるな?」

「どうして……」


 桂木の呟きなら一つも聞き逃さないといった様子で、反町は大きく反応した。


「どうして? この海の洞穴まで来たのか?

 そんなの一本道で逃げ場のない、あの《無能》も知らない場所だからに決まってんだろ?」


 《反転》の異能を持つ反町にとって、一方通行の洞穴は追い詰める場所として都合がいい。

 内部には照明が取り付けられており、ここへ来ることも計画のうちだと示していた。

 翔太も知らないであろう場所に連れてこられては、早急な救助も望めない。

 野々宮は不安な気持ちを隠すように拳を握り締め、反町をキッと睨んだ。


「やめてくれよ、あんたはついで。一緒にいたから連れてこざるを得なかっただけ。

 本命は……」


 反町は桂木のあごに触れると、乱暴に上を向かせた。


「お前だ、桂木」


 桂木は悔しげに口を結んでいたが、反町を振り払うことはできなかった。

 さきほどの車内での反発の結果を思えば、不用意に反町に触れることはできない。

 抗うことすらできない屈辱で桂木の拳は震えていたが、その行き場はどこにもない。

 反町は征服欲が満たされたかのような憎たらしい笑みを浮かべ、にやけたまま桂木を突き飛ばす。


「きゃっ」

「ひゃはっ、可愛い声あげるじゃねーの! 何度も赤坂さんをぶっ飛ばし、俺のことなんて見向きもしなかった女がよぉ……!」


 反町の言動からは暗い感情が透けて見える。

 野々宮は相手を刺激しないように、静かな動作で桂木をかばえるように体勢を整えた。


「はぁ……まただよ」


 反町がわざとらしい溜息をつく。


「……また、赤坂さんって言っちまった。

 ヒトってのはなかなか変われないもんだね、まったくよぉ。

 お前も異能なんて忘れたくせに、強気な目は変わりゃしない。

 ホントはこんな弱いくせによぉ!」


 反町が手を振り上げて、桂木が覚悟したように目を閉じる。

 野々宮は間に合わないとわかりつつも駆け寄ろうと立ち上がる。


 その瞬間、陰鬱な洞穴の奥に一陣の風が吹いた。




「真帆に触るな!」




 どこをどう通ってきたのやら、頭には枯れ草をつけ、服は土で汚れ、肩で息をする、酷くくたびれた姿の翔太がそこに立っていた。

 出口からの光を背に立つ彼はボロボロのはずだったが、どこか輝いて見えた。


「……無能のくせにしゃしゃってくるのも、変わんねーよなぁ」


 不快そうな眼差しを向ける反町は、つかつかと翔太のもとへと歩いていき、自然すぎる流れで平然と翔太を蹴り飛ばした。


「ぐっ、はぁっ……!」

「俺にすら勝てない雑魚がヒーロー気取ってんじゃないよ。

 ヒーローはそこの女だったろ? お前は覚えてるはずだろーが」


 ここを見つけ出すだけでも相当の体力を消耗したであろう翔太を、容赦なく痛めつける光景に野々宮は血の気が引いた。


「……何持ってんだそれ、防犯ブザー?」


 痛みにうずくまる翔太の手からは防犯ブザーのような機械が転がり落ちていた。

 反町は馬鹿にするようにそれを見下し、躊躇なく踏み潰した。


「あっ……!」

「傑作だな、こんなおもちゃで助けを呼ぼうだなんて」


 反町はしゃがみ込むと、翔太の髪を掴んで無理やり顔を引き上げる。


「ほら、自分で助けてって言ってみろよ?

 呼ぶべきヒーローはもうお前のことなんか忘れちまったけどなぁ!」

「やめて! 私に恨みがあるなら私にしなさいっ!」

「……だとよ、無能ヒロイン?」


 息も絶え絶えなところに一撃を喰らって、翔太は意識すら途切れそうだった。

 それでも反町の嘲笑気味な呼びかけに対抗するかのように、はーはーと大きく息を吸い込みながら、翔太は渾身の力を振り絞って、吐息まじりに言った。


「俺が、守るから」

「……はぁ?」

「今度は俺が戦うから……俺が、ヒーローになるから……!」


 翔太が反町を振り払い、再び自分で立ち上がる。


「もう思い出してもらわなくてもいい……でも、忘れたくはない。

 ヒーローの真帆も、ヒーローじゃない桂木さんも、俺は好きだから。

 俺が好きなのは桂木真帆であることに変わりはないから」


 言葉を紡ぐにつれて、翔太は意識を取り戻していった。

 堂々とした声で宣言した翔太の言葉は、もうそのまま告白でもあった。

 桂木は妙にすっきりした顔で、その言葉を受け止めた。


「私は異能のことも、私を真帆って呼ぶ"翔太"のことも知らない。

 でも、それでも私を好きでいてくれる内藤くんのことは満更でもないから。

 本音で付き合っていきましょう。これまでも、これからも」


 笑顔でそう返す桂木に、翔太は安堵したように表情を崩した。


「ごめん、うじうじと悩んで。真帆がそういうの嫌いって知ってたのに」

「……そういう元カノ情報はあんまり言わないで、びっくりするから」

「……ふふっ、ごめん」



「――――なぁ、恋人同士のポエム聞きにきたんじゃねぇんだけど?」


 せっかくいい雰囲気になりかけていたのに、ぶち壊しにする冷たい反町の声が洞穴に響いた。

 野々宮はもうなりふり構わない覚悟で桂木に寄り添い叫んだ。


「もうおとなしくするのは御免です! あなたも復讐なんて忘れるべきです!」

「うるせぇな! 外野が騒いでんじゃねぇよ! ……ったく、予定が早まっちまった」


 反町は携帯電話を取り出して嘲るように笑った。


「俺はもっと昔話で楽しみたいと思ってたのに、邪魔が入ったから外の連中を呼ぶはめになった。

 ……自業自得だぜ? 野郎どもは他の"お楽しみ"を期待してるだろうからなぁ?」

「……っ!?」


 反町の下卑た眼差しに思わず野々宮は短い悲鳴をこぼした。

 しかし、携帯電話を耳にあてたまま反町は眉をひそめる。


「出ねぇな……」




「全員倒したからな」

「誰だっ!?」


 ちょうど海面を照らす陽光が洞穴に差し込み、現れた人物は逆光でシルエットと化した。

 しかし、野々宮には誰なのかわかっていた。

 こんなタイミングで、こんなセリフで、こんなカッコつけて登場するのは一人しかいない。


「新藤さん!!」

「待たせたな、野々宮。いつも遅れてすまない」


 ヒーロー、新藤昌宏その人である。


     + + +


 ふらふらと危うい翔太の肩を支え、反町に向かって叫ぶ。


「あとはお前だけだ、観念するんだな!」

「ちっ!」


 形勢が不利になったと見るや、反町は俺をすり抜けて逃げようとする。

 逃がすか、とすぐさま飛びつき、二人して倒れ込む。


「掴むのは、はね返せないはずだ……!」

「お前……俺の《反転》を知ってるのか……?」

「生憎な!」

「……そうか、なら!」


 反町は寝転んだ体勢のまま俺に絡みつき、腕を締め上げようとした。

 俺は慌ててとっさに振りほどき、洞穴の出口側へと転がってかわす。


「カッコつけたわりに力は弱いじゃねーか!

 外の連中を片付けたってのはハッタリか!?」

「くっ……」


 嘘ではない。

 ヒーローパンチやナックルを駆使して戦い、危なげなく勝利している。

 しかし、それをここで披露するわけにはいかない。

 《反転》により俺の身体は洞穴の壁に叩きつけられるだろう。


「俺が弱点をそのままにしてると思ったか?

 鍛えてるし、柔道で寝技の勉強もしてんだよ」


 なんてやりづらい相手だ。

 普通は集団のボスってのは赤坂のように傲慢で油断しやすい大男がパターンである。

 しかし、本来が情報通の下っ端キャラである反町はその慢心がない。

 復讐するために緻密な計画を立て、準備を怠らず、状況が悪いと悟れば逃げもする。

 俺が習得しているヒーロー技の中には寝技も投げ技もなく、純粋な力比べとなればケンカ慣れしている反町相手では分が悪い。


「男どもが非力すぎてお話にもならねぇな?

 あーぁ、《強化》にビクついてたのが懐かしいなぁ」


 反町は逃げるどころか調子を取り戻して笑っている。

 情けないが今の俺では反町を数秒取り押さえるので精一杯だ。

 戦況は膠着状態に入った。






 俺と反町が戦っている中、反町の背後に回り込めた翔太は野々宮、桂木と合流していた。

 翔太が助けた、というよりはボロボロの翔太を二人が助けた形に近い。


「……ピンチですね、新藤さん」


 野々宮は自分にできることはないかとやきもきしている。

 桂木と翔太もそれは同じことだったが、桂木はその中でも一つ飛び抜けた発想をしていた。


「……ねぇ、私も異能を持ってたのよね?」


 翔太は言いづらそう、というか喋ること自体も辛そうだったので、野々宮が代わりに口を開いた。


「ええ、そうですよ」

「あいつの言う《強化》。今はもう使えないの?」

「記憶ごと封印されてしまっているそうですから……」


 野々宮の説明を聞いて、桂木がやや唸りながら提案した。


「それって思い出したら……ううん、知ってる人に教えてもらえば使えるんじゃない?」


 えっ、と野々宮が驚きに目をみはり、翔太に視線をスライドさせた。

 注目が集まった翔太は思わず否定を口にしかけたが、すぐに頭を振った。


「まさか、いや……やるしかない」


 しかし、すぐに懸念に思い当ったらしく、翔太は目を伏せた。


「でも、下手に過去のことを思い出すと、また忘れさせられてしまうんだ。

 今度は悪影響が残るかもしれない。桂木さんはそれでも……」

「やる。

 もしも、また忘れたら、次は最初から真帆って呼んでもらっていい。

 きっと私なら気にしない」


 桂木は翔太の手を握り、微笑みながら言った。


「今の私が戦うには、内藤くんがそばにいてくれなくちゃ駄目みたい……だから


 ――――翔太、指示をお願い」


「…………ああ!」






 俺と反町はまだ動けずにいた。

 お互い睨み合ったままでいると、洞穴の奥から威勢のいい声が聞こえてきた。


「真帆、脚力!」

「強化っ!」


 グンッ、と桂木が反町に迫る。

 狭い洞穴内とはいえ、人間の成せる業ではなかった。

 明らかに異能である。


「桂木、テメェまさか思い出して――!?」

「ふんっ、思い出せるわけないでしょ、あんたみたいな雑魚ッ!」


 桂木は反町に掴みかかり、反射的に投げの姿勢をとる。


「腕力!」

「させるかぁ!!」


 そのまま投げ飛ばそうとする桂木の腕をするりと逃れ、反町は壁際へと下がる。


「へ、へへっ……強化される力の間にラグがある……さては本調子じゃねーな?」


 反町の言った通り、桂木が強化する力の切り替えには数秒の間があるようだった。

 今の反町相手では、その時間は逃れるための決定的な隙となる。

 それでも桂木は挫ける顔など一切見せず、逆に挑発するように言った。


「あんた程度、今の私で十分よ!」

「何も覚えてないくせに正義ヅラしてんじゃねーよ!」

「この可愛い顔がそう見えるってんなら、それはあんたが悪党だからよ!」

「っ! このアマっ!」


 襲いかかる反町の勢いに、桂木は硬直して防御姿勢もとれない。

 翔太はとっさに割って入り攻撃を受け止め、桂木もろとも後ろへと倒された。


「ごめんっ、私ビビっちゃって……」


 反町に聞こえないよう、小声で謝る桂木。

 翔太は痛みに顔を歪めつつも、何か閃いたように勝ち誇った目をしていた。


「真帆、俺を信じてくれる?」

「……ええ。翔太が私を信じてくれるなら」


 翔太は気力を振り絞って声を上げた。


「先輩っ、反町を止めて!」

「ああ!」


 俺は翔太の呼びかけに応じて、何をするつもりかもわからないまま、反町を羽交い絞めにする。

 当然、反町も嫌な予感がしているらしく、必死にもがいている。長くは持たない。

 翔太が桂木に鋭い声で叫ぶ。


「投擲力強化だ!」

「と、とうてき? 投げるってこと? 何を?」

「俺を!」

「……っ!? こんのぉ――!!」


 桂木は考えることを止めたように翔太を持ち上げると、スムーズな動作でヒュンと翔太を投げ飛ばした。

 もちろん言うまでもなく標的は動けない反町で、翔太は頭から反町の腹に突っ込んだ。

 それは押さえている俺をも巻き込んで大クラッシュとなり、三人は洞穴内の地面に転がった。


 つまり、《無能》により《反転》されない翔太自らが弾丸となることで、反町にダメージを与えたわけだ。

 捨て身にもほどがある作戦だったが、遠慮なく信じ切った二人だからこそ成功したのだろう。


「くっそぉ……ぐっ!?」


 起き上がろうとする反町を軽々と掴み上げ、桂木は勝ち誇ったように言った。


「あんたが昔の敵だろうと関係ないけど、今の私の敵になるっていうなら……私は戦う!」


 えーい、と力任せに投げ飛ばし、反町は一直線に海へと放り込まれた。

 ぼちゃん、という音の後にばしゃばしゃとやかましい水音がしたので、死にまではしないだろう。

 俺は野々宮に駆け寄り、無事を確かめてホッとする。


「大丈夫か、何もないか?」

「はい……でも、色々とバレちゃいましたね」


 野々宮は案外余裕がある様子で、翔太と桂木を心配そうに見つめていた。

 桂木も異能は使ったが記憶をはっきり取り戻したわけではなさそうだし、どうなるかはわからない。

 シオさんにも迷惑や気苦労をかけることになるかもしれないが――


「……まぁ、恋心がバレたのは許してもらえるだろ」


 ヒーローってのは、粋でなくっちゃな――



 敵を倒して、抱き合って喜ぶ二人のカップルから、俺と野々宮は微笑ましくそっぽを向いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ